蒼穹の葬麗

作者:黒塚婁

●蒼穹の葬麗
 戦いと戦いの狭間に――春の気配に誘われるように、ふと脚を伸ばす。
 当て所ない散策は、晴れ渡る空と、心地よい風に薫るは春らしい雑多な気配さえ有れば。何処までもいけそうで、その何処か、を思うと――冬の陰りを胸の内に感じる。
「折角のイイ空に、くだらんこと考えンのヤメとこ」
 打ち消すように軽く頭を振る。
 地獄を覆う偽りの髪も、ずっと馴染んだ。額に触れる感覚に曖昧と笑い、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は、周囲へと目を向け、僅かに驚く。
 全く、目的はなかったのだが――街の喧騒を外れ、ふらふらと、一体、何処まで歩いたのやら。気付けば、視界一面に、空色が広がっていた。
 ネモフィラ――。
 山の麓だな、と漠然と思う。日当たりの良い緩やかな丘を彩るは、真っ青な花の海。
 自然と唇が開き、言葉が溢れそうになった、その時。
「これが――人が手ずから植えて整えたものだとすれば、賞賛される景色であると思います?」
 揶揄するような声が、飛ぶ。
 弾けるように。本能的に、キソラは飛び退く。
 柔和な笑みを浮かべ――かっちりとした黒衣に、仕立屋が如き――そう呼ぶには剣呑すぎる道具を備えた男が、そこに居た。
「この景色が美しいのならば……美しく仕立て上げた私の作品も、同様に賞賛されるべきだと思いませんか?」
 男の名は、ヌイ――『人間の体を繋ぎ合わせ、より人間らしい屍隷兵を作る事を目的』として活動している――或いは、していた――ドラグナーであった。
「アンタ――」
 血の匂いを隠さぬ敵に、キソラは胸の奥底から噴き上がるような熱に。髪が、熱く燃えるような感覚に震えた。恐怖ではない――射貫くような強い眼差しを、正面から受け止め、ヌイは微笑みを絶やさず、再度問うた。
「さあ、どう思いますか?」

●救援依頼
 キソラ・ライゼがドラグナーに襲撃されるという予知があったと、集ったケルベロス達へ、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は告げる。
「連絡はつかぬ――状況は、予知の限りしかわからぬが、急ぎ、救援に向かって欲しい」
 言われずともそうするだろうがと、彼は双眸を細めて呟くと、その予知の限りを語り出す。
 戦場は、人気のない丘陵地。
 とはいえ、何も遮るもののない、平地といって過言ではない。
 ただひとつ――ケルベロスにとって、精神的な障害があるとすれば、直ぐ足下に一面の花畑が広がっているということだろう。
 特に誰が手入れをしているわけでもないネモフィラが視界の限りに広がっている。
 それだけ、とも言える。それは戦闘に赴くものの心に任せる、と辰砂は目を伏せた。
「敵は、そのドラグナー一体。キソラひとりでは手に余る程度には強い」
 ドラグナー・ヌイは、屍隷兵を作ることに心血を注ぐ集団に属すらしく――それがキソラを襲撃する所以まで、辰砂は知らぬが。
「だが、長らく戦ってきた……因縁の果てではあることは解る」
 さて、そのヌイであるが。外見は、衣服の仕立屋のような姿をしている。
 その武器は見た目通り。縫い針のような剣、裁ち鋏などの斬撃や、糸による魔術であるようだ。
 周囲に人気はなく、巻き込まれる一般人の心配は不要だ。仮に可能性があったとして、人払いは供に任せておけと辰砂は告げ、再度ケルベロス達を一瞥した。
「貴様らが駆けつけるよりも先、既にキソラは戦闘に入っているはずだ。彼を如何に助けるが最適かは、私よりも貴様らの方が詳しいだろう」
 後の望みは――疾く、救援を。
 そして、命玩ぶデウスエクスの残党に、終焉を。


参加者
ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
ベーゼ・ベルレ(ミチカケ・e05609)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)

■リプレイ

●至る
 対峙したその相手の容貌と――言葉の意味を考えた。その、刹那の。空白は現実にはまさに瞬きの間に過ぎ去り。
「――は、こりゃ驚いた。まだ続けてたンかよ」
 キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は冷笑を湛え、ドラグナーを睨める。
「花を、景色を。人々が好むように変えて良いのなら……私どもが、思う儘に兵を作っても……作品を作っても、良いのではありませんか?」
 男は、微笑みを崩さない。ソレが作り上げる悪趣味な所業と――花畑の美しさを天秤にかけ、是非を問うなど。一笑に付すべき話ではある。
 此方の理屈ならば。
「ナルホド一見理屈は通ってる、が」
 ある種、キソラと似たような笑みを――ドラグナー、ヌイは浮かべている。
 問いかけてはいるが、理解してほしいなどと、思っていない。ただ彼が――怒ると知っているのだ。
 こいつらは、そういう存在だ。ふつふつと、内側に何かが湧くようだ。怒りか、過去から生じる恐怖か。言葉にならない衝動が、身体を戦慄かせる。
(「――逸るな」)
 息を吐く。地獄化した髪が逆立つような、膚が泡立つような感情の漣を客観視して、集中を高める。曾ての因縁、あの竜の、冷たい牙の感覚。だが、終わった話だ。
 風を掻き乱すような刃物の音がして、ヌイの周囲にも不穏な力が巡り出す。
「ひとは、案外頑丈なようですから。それを生かすために、造形を磨き……ああ、『あの腕』も、」
 男は皆までは語れず、また語るつもりもなかったのだろう。
 刃物が舞う。同時に、ヌイの眼前で爆破が起きた。その場に留まりながら、キソラの奥へと押し込むような一撃と、接近を阻むような鋏や針の斬撃の応報。
 接近を厭うなら、逆を狙うは必定。
 即座に、キソラは距離を詰めた。オウガメタルを纏った鋼鬼の装甲は、鈍い青色で足下の色を映し。
 勢いを乗せ、振り抜く拳を細剣で受け止め衝撃を殺すように、ヌイは後ろへ跳躍する。
 柔らかで流麗な、戦い方だ――が。
 ヌイの背に――漆黒の爪が、斬り込んで、いた。
 初撃の成果を見届けるより早く。足使いだけで、すかさず二撃目を叩き込む黒い影――軽やかで、早くて、重い、魂を喰らう降魔の一撃と共に、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は低く笑う。
「アンタを素材にすりゃ俺のが上手く遊べるぜ――試してみるか」
 笑みも見せ、何処か親しげにも響く声音であるが――彼が纏うは、空気すら焼き焦がすような、黝い地獄の炎。
 震えそうな殺気は人避けのための力だが。向けている先は、敵だ。
 深い深い殺気の籠もった一撃を食らって、勢いの儘に横に跳んだヌイを。
 すかさず、轟く竜砲弾が、撃つ。
「なーにが仕立て屋か。単なる趣味の悪いドラゴンモドキなだけじゃないか」
 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)はぶっきらぼうに言い、滅殺の意志を宿す金属槌――今は砲撃形態のそれを、無造作に担いだ。
 ほぼ同時、足下には暖かい輝きが――味方を守護する魔法陣が折々と、重なって。優しい気配が周囲に漂い、キソラの疵も癒やしていく。
 いつしか、周囲にはレスキュードローンが静かに浮遊している――。
「キソラ、大丈夫っすか――」
 ミミックのミクリさん共々駆けつけたベーゼ・ベルレ(ミチカケ・e05609)が、問いかけてきた。グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)の赤茶の尾が揺れている、案じるような眼差しは、キソラもだが、周囲の自然に向けられていた。
「無事だろう」
 片や、断定的な声音が追いかけ届く。
 ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)は冷めた灰の視線で敵を見つめていた。問い掛けではなく、確認。
 サイガの眼差しはいつも通り。親しき間柄であれば解る程度に、少しだけ、咎めるような刺々しさが滲んでいる。敵に向ける苛烈なそれではなく。
 立ち位置を不本意に動かされたヌイが、動く。
 だが、その足下を、鋭く。銃弾が射貫く。
 白銀の銃を携えたビハインド――アルベルトに、背を任せ。
 早撃ちで牽制した、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が標準を合わせた儘、漆黒の瞳をゆっくりと瞬かせた。合図を送るように。
「ミンナ――」
 何を告げようか、悩むように。空色の瞳を眇めたキソラの眼前に。光の盾が、漂う。
 彼を守るよう、光を紡いだ――君影・流華(ウタカタノウタウタイ・e32040)は、ふわりと微笑む。
「キソラさんは、前にワタシが危ない時に、助けてくれた――理由は、それで十分。今度はワタシが、キソラさんを助ける」
 白きボクスドラゴンのセラフも、やる気に満ちた姿勢で、彼の横に並んでいる。
 だからキソラは――いつも通りに、不敵な笑みを口元に浮かべ。
「ああ、ミンナ。宜しゅうに」

●麗質
「賑やかな事ですね」
 はてさて、蚊帳の外に置かれたヌイは。軽く肩を竦めてみせる。しかしその周囲には、無数の糸が躍り、青の双眸は剣呑な光を宿している。
「羨ましい限りで」
「ドラゴン共はきらいだ――配下たるドラグナーも同じことだ。滅びて寂しいのなら、余所へ行け」
 ティアンはにべもない。喩え、ドラゴンやその眷属でなかったとしても、友の敵と馴れ合うつもりは微塵もなかったが。
「そんなに褒めて欲しいならば――賞賛してくれそうな感性の者の所へ行くことだ。粗方のドラゴン・ドラグナー共が送られたであろう、死んだ先とかな」
 容赦のない口撃にも、変わらぬ微笑を向けた男は、軽く腕を払って、花を散らした。
 ケルベロス達が、意識的に花畑を庇う様子をみせたからこそ、敢えての挑発だろう。
 ひとたび、唇を閉ざしたティアンの、細く白い指が鎖を放つも――ほぼ同時。
 魔力で張り巡らされた糸が、縛るのではなく、皆の手足を貫こうと戦場を無差別に、縫う。守りを充実させた状態でも、容赦なく貫通してくる糸は、敵の実力の現れだ。
 無防備に受けぬよう駆け、糸を掻き裂くように、動きながら。
 サイガは黒鎖で陣を敷く。
 敵の挙動を苦々しく見ていたグレインは、自身の感情を振り切るように、
「命を脅かすやつは野放しにしちゃおけねえな」
 ――力を貸してくれ、と。他でもない自然に、強く願い。
 一瞬にして周囲に溶けるように。グレインが存在する霊素を纏い練り上げると。
「ネモフィラよ、力を貸してくれ!」
 彼の声に応え、淡い燐光を放った自然の力が魔力の糸を断ち切るように、皆を包む。
 その力に響かせるように。
 生を肯定する歌を、流華は滔滔と紡ぐ。
 歌う彼女の心を占めるのは――キソラが、ヌイに何を奪われたのか、ということだった。詳細は解らぬ儘だったが、断片的に聞こえた会話から、奪われたことに間違いなかろう。
(「ワタシもそうだった――それにあの人は、人の命を踏みにじってる」)
 過去も。逃せば、きっと、この先も。
「だったら……絶対に、あの人に何も、奪わせない」
 強く、誓うように零す、その言葉は。流麗な歌声とは裏腹に、たどたどしい。
「大丈夫。回復は、私達に、任せて。だから、思いっきり、やっちゃって」
 然し、籠めたる意志の強さは、声音に宿っている。
「こっちはおれ達に、任せてほしいっす!」
 眩く皆を照らす黄金の果実を掲げながら、ベーゼも請け負う。
 あっという間に、手厚い守りが築かれる――そこにあるのは、敵の意に屈せず、ただ救いたいという、意志。
 頼もしいねと呟いて、アガサはバスターライフルを構える。
「キソラのことだからこんなやつの一つや二つ大したことないかもしれないけど――あたしもこいつ気に入らないから手伝うよ」
 その取り澄ました顔を歪ませてやる、と言い放ち、引き鉄を引く。戦場を引き裂くような凍結光線が、ヌイの肩を貫く。
 すぐに身を引く男の手元を、爆破で揺らがせたのは、キソラだ。
 買いかぶりだ、と少し困ったような表情を覗かせるも。
 ひとりで対峙した時に感じた、重い蟠りを、今は感じていないのだ。
 皆のやりとりに、くすり、とアウレリアは涼やかな息を零し。
 死の運命を刻むべく、ハンマーを変じたライフルを――低く構え、撃った。

 ケルベロス達はキソラを中心に――彼を援護しながら、徐々にヌイを追い詰めていく。
 多対一に応じながら冷静さを失わず、攻撃を重ねるヌイは、やはり強いのだろう。
 大鋏が地を低く走れば、散った青き花弁が舞う。
「……!」
 グレインは避けなかった。花々を庇うために――意識的にというよりは、咄嗟に身体が動いたのだ。土地や自然を護ってきた者として、どうしても、許せなかった。
「他者の命を守りますか――物言わぬそれらを。ふふ、美しいから、ですか?」
 ヌイの揶揄に、
「……哀れなものね」
 囁くはアウレリア。グレインに向かう刃を銃で叩き墜とす。彼女の纏う漆黒のドレスが裂けようと、顔色一つ変えぬ。
「地球人は、求める美のため、種の改良を行う。自己満足のために。ならば、我々が……素材を摘み、美しい創造を行うことも同じ事でしょう」
 大仰に首を傾げてさえ見せる――ああ、彼女は嘆息して、宵の瞳で微笑んだ。
(「この不快感のような感情は……義憤と呼べるだろうけれど――きっと、これは」)
 自らがかつて、それと同じように。殺す為のモノだったから、許せないのだ、と。
「花も、美しいけれど……それだけではないわ」
 ひたと見つめ。銃口を向け、アウレリアは静かに告げる。
「何かを生かし誰かを喜ばす為に花を植えた人と――その花に憩う人々の心こそが、美しいものよ。殺し蹂躙するしかない者が……それを、同等と、並べないで貰えるかしら」
 彼女の発砲に合わせ、側面よりアルベルトも念の弾丸を撃ち、ミクリさんは黄金のネモフィラを散蒔いて、視界をまやかしで覆う。
 白銀のブレスを吐いて、セラフはヌイの身体に回り始めた呪を深めた。
 更に、先程の礼だと嘯いて、グレインが螺旋を叩き込む。
「リン リン リンと鳴る花。風に揺られ 陽を受けて 健気に咲いて。どうか その音を たくさんの人に 響かせて。リン リン リン」
 激しい応酬の合間、艶やかな黒髪を躍らせ流華は、美しくも不思議な旋律を口ずさみ、疵を癒やす。
 自由な動きを許さぬよう、追撃と走るは魔法光線の射。
 アガサが撃ち込んだその余韻が冷めぬ空間に。
 ハ、と息を吐き、剣閃を避けるよう低く滑り込んできたサイガが、無造作な足払いを仕掛ける。いっそ脚を刈るような強烈な一閃を、迎え撃つよう糸が舞えば。ティアンの胸元から溢れた、濁った黝い炎が作り出す業火の海が辺りを埋めて、それを阻む。
 それが花畑を燃やして仕舞わぬよう、丁度視界の限りを、焼き。
「ここに、」
 無彩の雨が、しとしとと。炎晴れぬ敵の視界を更に、曇らせる。
 判ずる力狂わす葬送の調ばかりが、頭に響き。くっきりとキソラの存在を刻みつける。
「しかし……元より、それが運命ですから」
 ヌイは笑って、剣を翻す。踏みにじられた花が頭を上げるよりも先に、刺突が爆ぜて、双方の朱が、辺りに散る。
 傷を厭わず戦うキソラを、支えるために。ベーゼはオーラを練り上げる。
「おれがおれの過去と向き合った時、キミはおれの、丸まった背を叩いてくれた――」
 だから、今度はおれが、と。心から思う。
「命を、誰かの大切な人を奪って、作品だなんて。そんなのは絶対にさせない!」
(「空のようで、雲のようで、風のような――キミが望む通りに翔るよう」)
 少しでも、前より勇敢な自分を見せよう。
「皆を護るって、決めたから! ――縫い止めようっていうんなら……おれ達が噛みちぎってやるっす!」
 月明かりのように、淡く煌めくオーラを、守りたい人へ。
 ベーゼに応えるよう、ミクリさんがそれの脚に食らいつく。そこに縫い止められた敵を抑え込むべく――すぐさま、流華が鎖を放って括り上げると、セラフが封印箱ごと突進していった。
 死者の念など、知らぬ相手であろうが。アルベルトが触れる事で自由に動けぬよう留めた男へ。
「あなたは向こうで、どんな夢を見るのかしら」
 アウレリアは炎の一蹴を、くれる。
 緋色の世界を裂くように、ヌイが鋏や、針をデタラメに放つ。躱すように、高く――しなやかな四肢で跳躍したアガサが、槌を高く掲げている。
 脳天に――全てを乗せた渾身の強撃を。槌を、叩きつける。
「こんな奴さっさとぶちのめして前へ進もうか」
 アガサは不快そうにヌイを見遣り、キソラへと、言葉を投げる。
 背後から、身体が沈むほどの衝撃に襲われたヌイは膝を突いたが。刃の制御は失われず、空を開いた鋏が、旋回する。
 それが皆へと届くより、早く。
「命の在処は人により様々だろうが、ティアンから見て大事だと感じた部分が変わってなければ、いい」
 ぽつり、ティアンは。聞こえるか解らぬ声で言い、
「……在り方を歪めるような奴は、気に入らないが」
 花を避けて、その場で軽く躍り、星型のオーラを蹴り込む。
 その輝きに紛れ、至近まで迫ったサイガが、口の端を上げ粗野と笑う。
「おい、お別れに自信作でも呼んだらどうだ?」
 創造主の危機に駆けつけてくれねぇ、ポンコツに――意味はあったか?
 焼き焦がす星の光に呻く男の、片腕へ深々と爪を埋め。剣を振るえぬよう、深く、掻き裂いた。
 そして、
「おれ達の分も、思いっきりぶちかましてほしいっす!」
「思い切り、いけ」
 ベーゼと、グレインが。満月のような力の光を、キソラに与える。
 二人の意志を受け取れば、彼の右腕の炎が高く強く燃え上がる――奔るは、身動きとれぬ、ヌイの元。サイガから立ち位置を奪い取る勢いで、距離を詰め、
「思い通りにならねぇ気分は如何」
 嘲りを隠さず、ささめく。
 睨み付けてくる青の眼差し。初めて滲む、男の怒りの感情を正面に。
「そうそう、賞賛なぁ。それが生かす為なら惜しみゃしねえ――だがソレを……蔑み踏みにじるテメェらと一緒にするンじゃねぇっての」
 あの日、喰われ。
 あの日、奪われたものを。返せと訴えるつもりも、残りを捧げるつもりも、ない。
「テメェらに送るなら『採られた』分の請求書だ――どうせ覚えちゃいねぇだろうが……こちとら安くねぇンでね――利子コミできっちり支払ってもらおうか」
 頬を上げて笑って見せる。地獄の炎で作った腕と、その先に握るお気に入りの無骨な武器で、その頭蓋を、――叩き割る。
 アァ、こんなヤツの中身も、赤いンだな。
 最後に思ったのは、それくらいで。
 沈んだ肉塊を、美しいも。憎いとすら、思わない。
 振り返れば、はらはらと、散った青の花弁が、空に還るように風に踊っている。
 ヌイが最期にキソラの背越にアレを見ていたとして……美しい、という概念が異なる者には、贅沢な――。

●昊
 戻ってきたレオン・ネムフィリアが、嬉しそうな表情を見せた。
 皆が無事であったこと、そして、この青の景色――美しいネモフィラが広がる、一面の花畑――駆けつけたケルベロス達は即座に戦いに挑んだため。彼らは漸く、向き合えた。
「お花、大丈夫みたい」
 流華が嬉しそうに微笑む。無傷とは呼べないが――その多くは荒らされる事も無く、守られていた。
 ヒールで癒やせば、数日のうちに、再び元通りの清涼なる青が蘇るだろう。
「地上なのに、海が広がってるみたいな景色、だよね」
 流華の言う通り、風が吹き花が揺れれば、海原のようだとも。
「空と地面の区別がつかないくらいの見事な青だね」
 アガサの感嘆を聴けば、成る程、蒼穹とひとつながりの青の世界だとも思う。
「これぞ、自然が生み出す神秘だな……」
 グレインがしみじみと――、言葉にできぬ美に圧倒される心地よさを、堪能する。
 理屈ではない、美しさ。
 人工であるかどうかよりも、命の芽吹く薫りに、素直に心打たれる。
 見事なものね、とアルベルトと寄り添うアウレリアが、髪を抑えて息を吐く。
 花を避けてじっとしているミクリさんを傍らに、ベーゼが穏やかな表情で花々を眺める仕草に、和みながら。
 皆に倣い――再度、花畑を見つめるキソラの元に。不機嫌を隠さぬサイガが、つかつかと寄ってきて、小突く。
「勝手にほっつき歩くからだ」
 アホ、というシンプルな罵声にキソラは表情を崩し――そんな彼の傍に、もうひとり。
 カメラを手にしたティアンが、やってきた。ふわふわと夢見るような足取りは、戦いでなければ、珍しいことでもないが。
「写真、撮ろうかな」
 何故か、敢えてそんなことを口にする。
 いいんじゃね、とサイガが――そのためにソレ持ってきたんだろ、と適当に応えれば。
「撮っても?」
 彼女にしては珍しく――試すような言い方で。再度、二人を見つめ、問う。
「好きに撮れ……って、」
 意図を掴みかねて、ぶっきらぼうにサイガが振り返った時。デジタルなシャッター音が、彼らを迎えた。
「うん」
 許可は得たからな、と。彼女は淡々と言い、美しい花畑と――友を、気儘に撮り始めた。
 不可解そうな友の反応に、キソラは声を出して、笑う。
 願いは、解る。
 今日を忘れないように。刻むように。
 彼の、その表情を見て――アガサは、安堵の息を零した。
(「前へ進もう、なんて簡単には言えないけど……でも、空が綺麗で、花も綺麗で、皆がいて……」)
 過去は消えないけど癒されていくと思う――アガサは混ざるために、駆け出す。

 季節が巡り、やがていつか、皆、命を果たしても。
 昊と地に刻まれた青が――憶えている。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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