イマジネイターの誕生日~花束、ひとつ

作者:猫目みなも

「自由に花を摘ませていただける畑、だそうです」
 自身の掌の上に映し出した画像を示して、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はそう言った。
「この辺りの農家の方々が、毎年春になると行っている催しだそうですよ。ポピーやチューリップ、ストック、金魚草、矢車菊に金盞花……色々な花畑を自由に見学できるほかに、鋏を借りて花を摘んで、花束に仕立ててもらうこともできるとか」
 勿論、摘んだ花の分のお代はかかるけれど、丹精込めて育てられた美しい花を好きに選んでその場で摘み取ることのできる機会はそうない。こうした露地育ちの花は日持ちもいいと言われるため、持ち帰ってからも長く楽しむことができるだろう。
「基本的には、自分の思うままに好きな花を摘んで持ち帰る……というような楽しみ方をする人が多いようですね。よく分からない方は、実際に花を育てている農家の方にお勧めを聞くのもいいかと思います。……あ、それと」
 海が、とても綺麗に見えるんです。そう、ヘリオライダーは続けて言った。
「丘陵地の花畑の向こう側は、ちょうど海になっていて……丘の上の方から見下ろすと、花畑越しに穏やかな海の姿を楽しむこともできるそうですよ」
 どんな景色なのでしょうね、と夢見るように一度目を閉じ、そうしてイマジネイターはケルベロスたちに笑みかける。
「よければ一緒に、どうですか? 僕も……一度見てみたいな、と思ってしまいましたので」


■リプレイ

 丘陵地に広がる花畑の中を、空を目指すようにして上へ、上へ。海の見える頂上を目指して歩きながら、ルヴィルは鼻歌を歌うような調子で唇を開いた。
「ここで昼寝したら気持ちよさそうだな~」
「えへへ、お昼寝したいねぇ」
 地上を埋める草丈の低い花々を見やり、保も同調してみせる。花の布団に包まれて春の陽気の中で眠ることができたら、さぞいい夢が見られそうだ。
「じゃ、いい場所ないかも探してこうね」
 言いつつダリアも視線を巡らせてみるが、まだまだお昼寝には移れそうにない。何せ歩を進めるたびに、右にも左にも新しい色が見えてくる。可憐なポピーに威風堂々とした鮮やかさのアネモネ、小さな鈴の集まったような白と青紫はそれぞれ鈴蘭とムスカリだと仲間が教えてくれた。その前に屈んで、ダリアは二人を振り返る。
「二人はどんなのが好き?」
「ボクは、そやねぇ……優しい感じのお花」
「ああ……」
 納得の表情で頷くダリアに首を傾げる保の髪の上で、紫色の花弁が穏やかに揺れる。
「……葉っぱが元気なお花とか、物言わぬけど、雄弁なお花。みんな好きかも」
 そのままもう少し遠くへ視線を向けた保の唇から、あ、と短く声が零れる。
「ネモフィラ、あんなに色々育てられてるんやね」
「お~、あれ全部そうなのか」
「ね、夜の灯りみたい。スズランもええ香りするね、一輪もらおかな……」
「あ、俺も俺も。そっちの紫も、白も青もオレンジもピンクも一つずつ!」
「ヴィル、もしかして全部取りしてる?」
「そう! みんな好きだしな~」
 にっと笑って胸を張るルヴィルの手の中では、彼が『綺麗』と評したどの色もが束ねられ、ぴんと空を向いていた。いちばん麓で摘んだ花は真ん中に、上っていくに従って外側に。まるで歩いてきた道程を丁度逆回しにしたかのような花の並びに、ふふ、とダリアは笑みをこぼす。
「とってもらしいや」
「まだまだ先はあるからな~、もっといい感じにするぞ」
 で、ダリアは? 視線でそう問われ、ふと空を見上げて、そこでダリアは思い出したように口にした。
「勿忘草も気になってたんだ」
 こちらはむしろ育ててみたい花だし、もし苗を買えれば、持ち帰って植えても間に合いそうだ。そんな展望を語れば、ええね、と笑った保がダリアの手元に目を止めて。
「わ、ダリアはんの、妖精さんみたいな可愛らしい花束やねえ」
 晴れ空の色、と続いた言葉に、ダリアも再び視線を戻す。手の中で、リボンで束ねた小さな空が確かに揺れていた。

 わあ、と丘の景色に声を上げ、由佳は兎のように駆け出した。無邪気な背中があっという間に花の中に紛れるのを前にして、巽はビハインドの翠と思わず顔を見合わせ、笑う。
「懐かしい、ね……」
 呟きに、翠も同意を返すように少しだけ高く浮き上がる。その仕草に頷き、巽もそっと柔らかな茎に鋏を入れた。
 幼い頃は、よくこうして一緒に花冠を作ったものだ。丁寧に丁寧に、彩りを重ねるように冠を編み進めていく巽の隣に、いつの間にそこらを一周(或いはもっとかもしれない)してきたのか、ぴょんと由佳が屈み込んだ。
「そのピンクのお花、とっても素敵! ゆかの花束にも入れちゃうわ」
「……わあ」
 由佳の手元に目をやった巽の声が幾分乾いたのは気のせいではない。勿論、彼女が自由気ままに集めてきた花々の美しさへの感嘆がなかったというわけでもない。ない、が――。
「……そのお花代は勿論、由佳のお小遣いから出すん、だよね……?」
「巽お兄ちゃん、お願いするわね!」
 言い切られては最早何も言えない。頼られてるねと言わんばかりに覗き込んでくる翠の頭に、巽は編み上げた冠をぽすんと乗せた。
「わ、翠お兄ちゃんいいな!」
「……由佳には、こっち、ね」
「え? わぁ……!」
 こっそりと作っておいた花束を差し出せば、途端に由佳の瞳が輝いた。淡く優しい色合いをいくつも選んで束ねた小さなそれは、破天荒だが憎めない、愛らしいプリンセスにやはりよく似合う。抱き着くようにして花の香りを吸い込んだ後、由佳は沢山、沢山摘んできた花々をリボンでふたつに分けて。
「これはね、ゆかから!」
 ピンクと水色と紫が入り混じる花束の大きさは、いつもの感謝と大好きの気持ちの分だけ。それが分かるからこそ、巽は花束を抱えたままで海の方へ目を向ける。
「また三人で来られると良いね……」
 それは、こんな日がずっと続きますようにという祈りのかたち。

 祈りは、時に花に託される。赤、白、黄色と並んで咲くポピーを一輪一輪摘み集めながら、ミライはほうと息をついた。
 きっと好きな花でいいと言ってくれるだろう。そう信じて、彼女は一心に花を集める。ポピーに並べるのは、凛と張った矢車菊の花。白地を紫が縁取るチューリップは親友に見立てて、そしてミライ自身を映すのはネモフィラの花。両手いっぱいになった花束を胸に抱え、ミライは海の見える丘へと上る。
(「――皆さん、見えますか?」)
 声にはせず、ただ胸の内で呼びかける。あちらの海は、穏やかだろうか。春の風が肩を、頬を撫でていく。そこに花束を乗せようかと考えかけ、けれど今この瞬間も鮮やかに咲いているそれを放り投げてしまう代わりに、ミライは花束の中からネモフィラを一輪抜き取った。
 そうして、青い花が風に運ばれ消えていく。さながら、空の中に溶けるように。

 赤、白、橙、濃淡のピンクに目の覚めるようなイエロー。満開の花畑から視線を上げれば、遥か彼方に青と青との境界を引く水平線がはっきりと見える。カラフルな花束を手にしたまましばらくその景色に見とれていたリュセフィーは、近くを通りがかる足音にふと振り返り、笑う。
「イマジネイターさん、誕生日おめでとうございます!」
 迷いなく大きな花束を差し出せば、その中にあしらわれたチューリップの一輪とよく似た色の瞳が瞬き、やがて嬉しげに細められる。
「わあ……! ありがとうございます。いいんですか?」
「勿論」
 もとよりそのために摘んだ花だ。改めて祝福を口にして、リュセフィーは身体ごと海の方へ向き直る。吹く風はいくらか強いが、それすらもどこか心地よい。
「素敵な海ですね……」
 零れた呟きに、頷きが返る。降り注ぐ春の日が、海のおもてに無数の煌きを浮かべていた。

「ふふっ」
 自分の手の中にある花束を見つめ、海を見やり、また花束に視線を戻して、マヒナは微笑む。優しげなストックとスイートピーの白波、矢車菊の深く深く澄んだ青、妖精のようなブルーベルは波のうねりで、真っ青なアネモネはその名の通り海渡る風。大好きな海をイメージしてふたつ作った花束は、会心の出来栄えだ。まずはそのうち一つをイマジネイターに渡そうと駆け寄り、彼女は太陽のように笑った。
「イマジネイターちゃん、ハウオリ・ラ・ハナウ!」
 それは故郷の言葉で『誕生日おめでとう』を意味するものだと伝えれば、知らぬことを知るのが楽しいのか、一層ヘリオライダーの瞳が輝いた。
「ありがとうございます! わ、海をそのまま貰ったみたいだ……!」
「ふふ、そう見えた?」
 彼女と誕生日が同じ恩人にもこの後おめでとうと言うつもり、と同じ花束を見せれば、丁重な祝いの言葉が返ってくる。マヒナの頷きに重ねるように揺れている青いアネモネは、彼女の誓いのあらわれで――そして、今日この日の誕生花。

 静かだな、と花を摘みながらエルムはふと考える。否、周囲は同じように花を摘む人々の楽しげな気配に満ちている。けれどいつも一緒の友人二人の賑やかなやり取りが、今は隣にはない。
(「――いつか」)
 いつか三人の関係が変わる日も来るだろう。けれどその日は彼らが幸せな門出を迎える瞬間であってほしいし、そうだとエルムは確信している。寂しくないと言えば嘘になるけれど、それよりも大切な友人たちの未来を祝福したい。だから彼は黙々と純白のアネモネを摘み集め、こうして小さな花束をそれぞれに作っている。そして、もう一つ。
「あの、すみません。こちらの花は……」
「ああお兄さん、欲しいのかい? 枝ものならあっちで売ってるから、好きなのを買っておいきよ」
 農家の婦人に会釈して、それではとエルムはテントの下に並べられたライラックの枝をいくつか束ねていく。その花束はもう一人、きっといちばん大切だった人へ。
(「不思議ですよね」)
 顔を思い出してみても、共に思い起こされる良い思い出など殆どない。それでも、その存在は確かに大切なのだ。過去を振り切るように、一歩踏み出してみる。朝の光のような白い花の向こうに、海が見えた。

 いつもの元気の良さでラナンキュラスの畑に飛び込んで、環はわあ、と息を零した。幾重にも丸く重なる色とりどりの花弁は、さながら春の舞踏会の様相だ。
「たしか花言葉に素敵なのが多いんですよねぇ。まず『とても魅力的』でしょー」
 白は『純潔』、紫は『幸福』、黄色は『優しい心遣い』……指折り数えた花言葉は、どれもケルベロスとして出会ったひとたちを思わせるものばかり。どう作ったものかと頭を悩ませる環の表情は、呟く声音は、どこまでも幸せで楽しげだ。
 どの色を最初に切り取ろうかと視線を巡らせ、ふと金の瞳に映ったのは、真っ赤な花弁のラナンキュラス。瞬いた瞼の裏に、いつも一緒にいてくれる一人の顔が見えた。
 ――彼になら、きっといちばんしっくりくるこの花の意味は。
「……『あなたの魅力に目を奪われる』」
 口にして、思わず環は両手で顔を覆う。最初の一輪を決めあぐねていて良かった。そうでなければせっかく摘んだ花束をバラバラに落としてしまうところだっただろう。頬の熱さに動揺しながら、誰にも聞こえないようこっそりと環は呟く。
「一人で来たの正解でした……!」

 そこから畝をいくつ挟んだ向こうだろうか、背の低い花が植え込まれたエリアにふらりとやって来て、アンセルムは目を細める。伝え聞いて想像していたよりもずっと素敵な光景に、最初は散歩のつもりで来ていた彼も、折角ならと花束を作ることに決めたらしい。好きな人への贈り物に、だ。
「……とは言え、どうしようかな」
 困ったように自身と繋がる少女人形の頬を指先で撫でても、彼女が乙女心を教えてくれることはない。いっそ素直に、見た目で贈りたいと思えたものを選ぶのがいいだろうか。来た道を少し戻り、可憐なピンク色の五弁花の前に屈んで、アンセルムはスマートフォンに指を滑らせた。
「サクラソウか。えーと、どれどれ……」
 どんなに愛らしい花でも、万一花言葉でおかしな意味の贈り物になってしまってはいけない。二単語の検索結果をしばらく読み進め――ややあって、ああ、と彼は納得したように頷き、まっすぐ伸びる茎に鋏を入れた。そうしてやがて出来上がったのは、サクラソウを中心に纏めた愛らしい花束。そしてきっと、ずっと一緒にいたい彼女に向ける言葉のない手紙だ。

「レスター、青色好きって、言ってたから、あげる」
 言うなりティアンが差し出したのは、選び抜いた綺麗な矢車菊を束ねた鮮やかな花束。お、と瞬き、レスターはそれを丘から見える海に翳した。
「……海の青とは少し違うだろうか」
「いや、こっちの青も気に入った。……これは、お前に」
「……綺麗」
 差し出された色とりどりの花束は、不器用な手で一輪一輪摘まれたもの。だからこそ、一層美しく目に映るのだろうか。お前の見てる景色が、いつもこのぐらい鮮やかだといい。そう続けられた言葉に、ティアンの眦は一層緩んだ。
 そのまま、それぞれの花を手に二人はしばらくじっと海を眺めていた。言葉は交わさずとも、同じ場所に思いを馳せているのがわかる。瞼を下ろし、呟くようにティアンは問うてみる。
「もしいつか花の咲く所が増えて、あの場所がこんな風になったら、どうだろうか」
 あちこちに咲き乱れる花々が、海の見える場所まで鮮やかに染めて。その景色を映し出そうとするかのように白い雲を見上げて、レスターも目元に笑みの色を滲ませる。
「そいつは、天国みたいな景色だろうな。おれみたいな悪人は追い出されちまう」
 冗談めかしてそう返す声音も、穏やかに温かい。それを分かった上で、ティアンは敢えて唇を尖らせてみせる。
「む。それはよくない」
 くいとレスターの袖を引いて、ティアンは頭一つほど上にある双眸を見上げた。
「そこには君がいてほしい」
「……はは」
 降参だというように上げた手は片方だけ。もう片方の手がしっかりと青い花束を抱えていることに僅かに表情を緩め、ティアンはもう一度指先を伸ばす。
「散歩、していかないか」
「ん?」
「海を見ながら。散歩していかないか」
「――ああ」
 頷き、華奢な彼女の歩幅に合わせて、レスターも歩き出す。故郷の海の青とはどこか違う色合いが、手の中に、行く先に、柔らかく開いている。また違う、あたらしい青に出会えるなら――それも、悪くない。

「……ロゼ、あンときの覚えてる?」
 そうトーマが切り出すまでに、どれほど二人で手を繋いで花の中を歩いてきただろうか。この胸の鼓動は、幸せな放課後への喜びがもたらすそれだけではない。握った掌が汗ばんだことには気付いていないのか、ロゼは勿論と無邪気に笑う。
「同じこと考えてたみたい」
 果たして本当にそうだろうか。いつかの超会議で花冠を作ったこと、だけだろうか? うるさい心臓をほんの少し恨めしく思いながら、トーマはロゼに見えないよう慎重にポケットの中身を手の中に握る。屈んでルリハコベを一輪切り取り、くるりと巻いて輪を作る。そうして、トーマはロゼの細く白い左手を恭しく掬った。
「こっち。予約していい?」
 すい、と緑のリングが薬指を滑る。けれど、草の輪が通ったにしてはひんやりと、そしてしっかりとした感触に、数秒置いてロゼは瞬く。彼の流れるような所作に見惚れていて気付くのが遅れたけれど、これは――恐る恐る視線を動かす間、指先が震える。そして緑と青の下に見えた金色に、満月の瞳が見開かれた。
「トーマ、これ……」
 まず浮かんだのは、ずるい、の一語だった。思わず目尻に涙が滲む。桜色に染まっていたトーマの頬がもう一段濃い紅色に変わったけれど、構ってなどいられない。彼の手からすっと鋏を取り、真似るようにエキザカムを摘む。見よう見まねで作った少し歪な指輪を、そうして未来の、たった一人の花嫁はトーマの指に同じように通す。
「……私も予約!」
「……!」
 不安と、緊張と、それから心配。それらで作られていた紅色が、安堵と幸福のそれに変わる。そうして、恋人たちは手に手を取って頷き合った。丁度、誓いを立て合うように。

 互いに両手に一つずつ花束を抱えて、千梨と広喜は海の見える丘の上に腰を下ろしていた。互いに気の置けない友人同士ではあるが、この二人でのんびり――と言うのは実は初めてだ。
「お……? 千梨、勿忘草摘まなかったんだな」
 友人の抱えた花の中にその花がないことに気付き、それが何だか嬉しくて、広喜はにこにこと目を細める。おう、と頷き、海に目をやったままで千梨は答える。
「それは俺の一番が家に咲いてるから」
 だから事務所に飾る花束は、赤や黄色、それに広喜が相棒に贈るのだと張り切って集めていたのと同じ紫色のチューリップで、そしてもう一つは。
「スイートピーも綺麗だな」
「送別に贈るのに良いと聞いてな」
 それはこれまで出会って戦って、見送ってきた沢山の命に贈る花。空と海に託せば、届くかと思ったんだ。その言葉に、広喜はやはり笑顔のままで力強く頷いた。
「きっと届くぜ」
 言い切る彼が手にした色とりどりのチューリップも、同じ目的で集めた花だ。立ち上がり、高い空に、遠い海にそれらを託そうと掲げ持ったところで、ふと思い出したように広喜は友人の横顔を振り返る。
「俺な、花壇でチューリップ育ててるんだ」
「おう」
「あの場所を、いつかこんな花畑にしてえからさ」
「……うん」
 同じように腰を上げてスイートピーの花を捧げ、千梨はそこでふいと広喜に向き直った。
「花束を贈るのも良いが、育てるのはずっと凄い」
「ん? お、おう」
「広喜は凄いよ」
 邪魔でなければ手伝いたいと申し出れば、広喜の笑顔の色が変わるのが分かった。空になった片手をぐっと握って、彼は指切りをする少年のように白い歯を見せて。
「もちろん大歓迎だぜ!」

「お誕生日おめでとうございマス」
 そう言うエトヴァの胸元で、摘まれたばかりの青が一輪揺れる。お礼を述べ、彼の隣に立って、イマジネイターは歩いてきた道を見下ろすように目を細める。
「……綺麗ですね」
 呟きに頷き、エトヴァは銀の瞳に無数の色彩を溶かし込む。
「……俺はダモクレスであった頃の記憶、ほとんどないけれド」
 それでも今の自分になってから、失くした過去よりずっと長い時を過ごしてきたような気がしている。それはきっと、美しいものに、時間に、触れるたびに、彼の中の世界が一回り大きくなって、そして輝きを増していくから。
「――美しいですネ」
 噛み締めるように、エトヴァも呟いてみる。こうして目の覚めるような、生まれ変わるような心地を味わったことも、もう数えきれない。ふと、耳朶に潮の音が触れた。
(「この世界はいつも歌っているヨウ」)
 風も日差しも花も海も、すべてが。その祝福を受け止めるように顔を上げる。風に運ばれた花弁が一枚、青の中を舞っていた。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月23日
難度:易しい
参加:18人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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