春彩の途

作者:崎田航輝

 はらりはらりと桜の花弁が舞い降りて、道を薄紅に染めてゆく。
 その先へ歩めば、咲いているのは可憐な純白の鈴蘭に、高貴な紅、青、白のアネモネ。鮮やかなチューリップに、上品な躑躅も望む事が出来た。
 そこは静やかな花の庭園。
 街道からわずかに外れた場所にある、都会の憩いの場で――春も最盛を迎えた時期、美しい花々が咲き誇っている。
 訪れる人々は鮮麗な色彩を眺めては写真を撮って思い出を形に残し。季節の香りを楽しみながら、散策をしてゆく。
 少し歩き疲れれば、園の一角に建つ茶屋で休憩。団子に饅頭、善哉と――和の甘味を味わいながら、麗らかな春の時間を過ごしていた。
 と――そんな園の、木々の奥。
 ひと目につきにくい陰に転がっているものがあった。
 それは旧い型のビデオカメラ。誰かが落として失くしてしまったものか、あるいは捨てられてしまったものか――既に壊れた状態で横たわっている。
 散策の道からは外れていることもあり、そのままであれば誰にも見つからず眠るばかりだったろう――が。
 かさりかさりとそこへ這い寄る影。
 コギトエルゴスムに機械の脚が付いた小型ダモクレスだ。そのカメラの元へ辿り着くと取り付いて、一体化していた。
 機械の手足を生やしたそれは、植物の間を縫って庭園の遊歩道へ奔り出す。そうして人々の姿を見つけると、突き動かされるように真っ直ぐに襲いかかっていった。

「綺麗な花が沢山咲く季節ですね」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へそんな言葉をかけていた。
「とある庭園では、そんな春の花が沢山楽しめるらしいのですが……」
 そこにダモクレスが出現することが予知されてしまったという。
 曰く、一角に放置されていたビデオカメラがあったようで……そこに小型ダモクレスが取り付いて変化してしまうようだ。
 このダモクレスは、人々を襲おうとするだろう。
「そうなる前に撃破をお願いします」
 戦場は庭園内の遊歩道。
 ダモクレスが植物の奥から現れるところを、こちらは迎え討つ形となるだろう。
「一般の人々については事前に避難がされますので心配はいりません」
 道はある程度幅もあるため、撃破に集中できる環境でしょうと言った。
 周囲も荒れずに終わらせることが出来るはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利出来たら、皆さんも庭園で過ごしていってみてはいかがでしょうか」
 美しく咲き誇る春の花を眺めながら散歩ができる。和菓子にお茶と、美味を味わえる茶屋もあるのでゆっくりと楽しめるだろう。
「そんな憩いの時間の為にも、是非、撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)
月岡・ユア(皓月・e33389)
呉羽・楔(黎明の薄紅葵・e34709)
ステラ・フラグメント(天の光・e44779)
シャルル・ロジェ(明の星・e86873)
ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)

■リプレイ

●花風
 桜の花弁が舞い降りて、風を鮮やかに彩っている。
「お花がいっぱい咲いてるの、ステキね」
 春めいた空気と眺めにうきうきと、ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)は見回す。園は何処を見ても花に満ちて、美しかった。
「……ええ」
 キリクライシャ・セサンゴート(林檎割人形・e20513)もそっと応えて視線を巡らす。
 春色、溢れて溢れるほど。故にこそ、この場を損なわぬようにと――その一角に現れる影を見つけていた。
「……散歩日和のいい天気に、ダモクレスも冬眠から目覚めたか」
 ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)も麗らかな木漏れ日から視線を下ろし、見据える。
 それは嘗てのビデオカメラ。
 元の面影を強く残しながらも、翳ったレンズに映り込む殺意に――シャルル・ロジェ(明の星・e86873)が声を零す。
「なんでもダモクレスになっちゃうんだなあ……ある意味すごいのかもしれないけど」
「こうなっちゃったから、もう壊すしかないね」
 皆の楽しそうな笑顔を撮ってほしかったけれど、と。
 ルイーズの呟きに、ノチユもああと小さく頷いた。
 自分の役目も忘れた機械、ならこちらがやる事はいつもと変わらないからと。瞬間、星粒の河を流すように、燦めく霊力の粒子を振り撒いて仲間の超感覚を励起する。
 それを開戦の合図に、一歩踏み出るのがステラ・フラグメント(天の光・e44779)。
 舞う花弁に黒翼を映えさせて、ふわりと隣に降りる月岡・ユア(皓月・e33389)に瞳を向けながら。
「行くか。俺たち二人が並び立てば怖いもの無しだから――な? ユア!」
「そうだね! 僕らが並べば勝てない敵なんていないんだよ♪」
 朗らかにユアが答えれば、ステラも一つ頷いて、仮面越しの笑みを前に向けて。
「さあ、俺たちの、みんなのステージの始まりだぜ!」
「うん!」
 楽しい桜のステージの開幕だ、と。
 まずはユアが一直線に風を掃くと、ステラも跳躍。光を描く蹴撃を叩き込んでいった。
 そこへユアも刃を交錯させて斬撃。明るい星と冴えた月が、重なり離れ、舞い踊るように――二人で連撃を閃かす。
 よろけるダモクレスへ、ユアのビハインド、ユエが清廉な唄で動きを澱ませれば――。
「じゃ、コッチも行くかネ」
 ひらりと高く跳ぶのがキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)。
 太陽を逆光に浴びて、白雲の髪に色彩を乱反射させながら――振り抜く一撃で放つのは燦めく冷気。
 澄んだ空気の中、きらきらと如く輝くそれは晴天のダイアモンドダストのように、ダモクレスを取り巻き、斬り裂き、傷を刻みゆく。
 後退するダモクレスは、それでも光線を放つが――。
「大丈夫、すぐに癒やすよ」
 シャルルが魔力を込めた紙吹雪を飛散。皆を癒やし護りを与えていた。
 同時、キリクライシャは林檎樹を伸ばし、周囲に巡らせ、果実を生らす。
 爽風に揺れるそれが、芳香と共に仲間に加護を齎すと――ステラの傍らから黒猫のノッテも風を送り、後方へも防護を広げていた。
「……お願い、ね」
 その頃にはキリクライシャの声に応えて、テレビウムのバーミリオンが疾駆。ダモクレスへ反撃の一刀を見舞ってゆく。
 シャルルもライドキャリバーのガイナを疾走させ、体当たりさせると――。
「今だよ!」
「ん、ドーンとやっちゃうのよ!」
 ルイーズがふわりと跳んで一撃、鋭い蹴りを加えていた。
 ダモクレスは、それでも反抗の意思と共にレンズを向ける。けれどそこへ、呉羽・楔(黎明の薄紅葵・e34709)が一歩一歩と近づいていた。
 そのビデオカメラには、誰かの幸せな思い出が詰まっているかも知れないのだから。
「そこに嫌な思い出を、記録させないで」
 嘗ては人と共にあったもの。
 それは遠い過日の事なのかも知れないけれど。
「たとえ捨てられ、忘れ去られたものだとしても――人へ悪意を向けるための依り代にしてはダメよ」
 故に楔はその手に剣を握る。放つ双刃は鮮やかに、そして苛烈に。流線を描いて機械の身体の一端を斬り飛ばす。

●決着
 倒れ込んだダモクレスは、それでもゆらりと立ち上がる。
 此方を捉えるレンズに浮かぶのは、変わらぬ敵意。だからステラはふと、花々に視線を移していた。
「――君もきっと、昔はこの美しい映像を映していたんだろうなぁ」
 だから、と瞳を戻して。
「キミは花と人々に溢れた世界を、美しい世界を映す方が似合うと思うぜ」
 けれど、それは叶わぬだろう。ダモクレスはただ真っ直ぐに、戦いを続けようと突き進んでくる。
 そこに何かを訴えるような色を見て、ユアは一度だけ目を伏せた。
「一人でこんなところで置いて行かれて……きっと寂しかったよね?」
 でも大丈夫、と。
「寂しい思いはこれで終わり。美しき世界を映してた君だって、本当はこんな争いなんてしたくないはずだもの」
「ああ、だからこそきっちり止めないと、な」
 思い出を残したモノ。それにこれから作られる筈の思い出を壊す事を、させるわけにはいかないからと。
 手を伸ばしたキソラは一瞬、空を翳らせる。
 その明滅の瞬間、溶け消えた闇色が不可視の戒めとなる。『闇雲ノ重鎖』――襲う重圧がダモクレスの身を縛り、動きを止めていた。
「やってくれ」
「……ええ」
 応えて舞い降りるのはキリクライシャ。
 柔らかな翼を揺蕩わせ、光の軌跡を残しながら。そっと触れるような蹴撃で、しかし確かに機械の命を削りゆく。
 ダモクレスはノイズをばら撒き反撃した、が――直後にはノチユが地を微かに踏み鳴らし、無数の花弁を喚び寄せる。
 光を帯びて小さな流星群へと変じたそれは、夜の香りと共に瞬いてノイズを打ち消し、皆を癒やしてゆく。
「どうせ動画で映すなら、番犬達を綺麗に撮れよ」
 そうして覗いたレンズに、声を投げる。それがお前のできる最期の仕事なのだから、と。
 ダモクレスはそれにも尚抵抗の意思を見せる。けれど霊力の渦で皆を取り巻き、態勢を万全に保ったシャルルが――視線を横に移して。
「ルー!」
「ん、判ったの!」
 応えたルイーズが軽やかに跳んで、足先に焔を燃やす。繰り出す一撃は、機械の体を穿って焦がしてゆく。
 よろめく敵へ、楔も連撃。踊るように円を描き、鮮やかな炎の輪を描いて――蹴撃と共にダモクレスを下がらせた。
「ユアちゃん!」
「うん」
 ユアは真っ直ぐに見つめる。
「君は壊れてしまうけれど……大丈夫」
 君が映してきた思い出はずっと、消えやしないから、と。
 ――僕たちが君の代わりに美しい景色を見守っていくよ。
 思いと共に唄う『死創曲』が終わりへと導く。そこへステラがガジェットから砲弾を燦めかせて。
「今まで沢山の美しいものを留めてくれてありがとうな。おやすみ」
 『Danza di stelle』――弾けて踊る星色の光が、ダモクレスの命を散らせていった。

●花彩
 香る花々が、爽風に揺れる。
 番犬達は荒れた箇所を直し、平穏を取り戻していた。今では人々も庭園に戻ってきていて――キソラも散策を始めていた。
「さて、と」
 その手に携えるのはカメラ。
 ファインダーを覗くと赤や白、美しい色彩写り込んでいて。花木に詳しいという訳ではないけれど――。
「コレだけを一度に楽しめるのは贅沢だなぁ」
 ぱしゃりと一枚。桜吹雪の向こうに、可憐な撫子や水仙が見える風景を収める。
 元より写真撮影が趣味のキソラだ。色彩の楽園の中では全てがシャッターチャンスというように、幾つもの景色を残していった。
「ここも、イイな」
 立ち止まるのは煉瓦造りが可愛らしい広場。
 天蓋が出来る程花と木に囲まれているけれど、燦めく木漏れ日がその全体を優しく照らしていて――キソラはそのベンチに暫し座った。
 麗らかさが快い。
 眺めれば光と影による色彩も美しくて――そんな眺めもキソラは撮ってゆく。
 勿論、一つ一つの花もしっかり撮影。清廉な桃に、鮮やかなフリージアにと、春の色を存分に楽しんだ。
「沢山撮れたな」
 撮ったものを見返しながら呟く。
 作れた思い出は、土産話も交えてまた楽しもう。
 そう先を想えばまた一層楽しくて。
「もう少し見て行くか」
 歩みを再開し、ゆっくりと進んでいった。

 戦いで傷ついた花はなかった。
 だから心置きなく庭園を堪能できる。
 と、そんな思いがキリクライシャと同じだったのか――バーミリオンは服の袖を引くようにして散歩を先導し始めていた。
「……急がなくても、大丈夫、よ」
 言いながら、キリクライシャも歩む。
 するとその先に見えるのは毎日見ている同じ、花。
「……地に咲くようすは、違って見える?」
 言葉に、バーミリオンは肯定する仕草。
 見つめるアネモネは鮮やかな赤。
 それは見知った美しさでもあるけれど……歩めば白に青、違った色彩があって、それを見つけるたびにバーミリオンは嬉しそうにはしゃぐ。
 キリクライシャは微かに目を細めつつ、その優美な色を眺めて。
「……他の春も、ゆっくり……ね」
 どれも逃げないのだから、と。
 穏やかに言えば、バーミリオンも応えて歩速を緩めつつ。楽しげに、アザレアに勿忘草と、可憐な花々を見つけていった。
 キリクライシャも一緒に足を止めては、のんびりと眺めて過ごしてゆく。
 それでも、と目を向けて。
「……お茶をする時間は、残しておかないと、ね」
 それにも嬉しそうにぴょん、と跳ねるバーミリオン。
 その様子にまた少しだけ、キリクライシャは表情を柔らかくして。清らかな花の香りの中を、共に歩んでいった。

「わぁ、綺麗……!」
 華やかなクレマチスに、鮮麗なチューリップ、可憐なアマリリス。美しい花々を、楔は眺めて散歩を始めていた。
 表情以上に心はうきうきとしている。
 けれど、お姉さん風も吹かせたい思いも同居していて……はしゃぎすぎないようにしつつ、見つけた花はしっかり写真に収めていた。
「うん、どれもよく撮れてる」
 慌ただしく日々を過ごしているから、こうしてふと立ち止まるのもいい。
 思いと共に見返していると……ふと耳朶を打つ黄色い声。歌劇団SEASONSの看板女優だと気づいてだろう、数人の女性が楔を遠巻きに見つめていた。
 その内に勇気を出したように歩んで来る。
「あの、呉羽楔さんですよね? 『銀翼の騎士』の……!」
「ええ」
 楔が肯定すると、彼女達はわぁっと盛り上がる。
 それからサインを請うて来たので、楔が書いてあげると嬉しそうにお礼を述べてくるのだった。
「オルーガ、とっても素敵でした」
 恋人を亡くしながらも懸命に生きる女騎士――楔の演じたその役を思い出してだろう、感極まったように言いながら……またあんな楔の活躍が見たいのだと彼女らは言った。
「これからも応援してます!」
「ありがとう」
 手を振って彼女達を見送りながら、楔は少しだけ物思う。
 あれ以来主役級はやっていない事――それ故に、自分に向けられた期待を。
「また、頑張らないとね」
 呟いてまた歩み出す。花に彩られた道は、華やかな未来に繋がっているようだった。

「ユア、ユエ! そこで甘いものでも食べていこうぜ!」
 色鮮やかな景色の中でステラが茶屋を指せば――うん、と頷くのはユア。ふふっと笑んで、ユエの手を引いて歩み出していた。
「皆で行こう?」
「勿論ノッテもな!」
 ステラが笑みかければ、ノッテも鳴いてぱたぱたと同道。皆で一緒に店に入り、花の見える席につく。
 薄っすらと甘やかな香りの漂う中、二人で緑茶と餡蜜を注文。早速やってきた品にユアはわぁ、と期待の眼差しだ。
 ユエとの楽しそうなその様子を、ステラはレンズを向けてパシャリと収めていた。
「あ、違うぞ!? これはダモクレスじゃないからな」
「にひひっ、わかってるよ!」
 これは僕達の思い出を残す大切なカメラだから、と。
 ユアが瞳を向ければ、ステラはまた一枚、二枚。燦めく時間を記憶と形に残してゆく。
 それから皆で実食。さくらんぼ、餡子、白玉。黒蜜で甘味の増したそれを口に運び、温かな茶も味わって。
「……はぁ。おいしいねぇ♪」
「ああ、疲れた体に沁みるぜ」
 同じ気持ちを共有して、二人で笑みを交わし合う。
 外を見れば、緩やかな風にさらさらと花がそよいでいて。
「穏やかだな。……今年も春が迎えられて良かった」
「うん。今年もこんなに幸せな春が迎えられて、僕も本当に幸せ」
 思いと共に眺めていると、薄紅の花弁が舞っていくのが見えた。
 桜の季節はもう、幕を閉じるけれど。
「俺は好きだよ、桜が終わった後の命が芽吹き始める感じ」
「ん、僕も、好きだな」
 桜が散っていっても、花が見せる春の色どり。
 それは明るくて、けれど優しくて。
 綺麗だね、と。
 ユアは素直な心を言葉にする。
「綺麗な景色を、君と見られてよかったよ。一緒に来てくれてありがとう、ステラ」
「こちらこそ、ありがとう」
 向けられた月色に、ステラも視線を返して心からの声。
「来年もまた、な」
 一緒にこんな幸せな時間を過ごそう、と。季節の向こうまでもを見つめて、二人はゆったりと過ごしていった。

 春風に撫ぜられて、桜の花弁が降っている。
 その景色に、巫山・幽子と共に歩むノチユは惹きつけられていた。
「きれいな場所だね」
「はい、本当に……」
 応える幽子は微笑んでから、傍にアネモネを見つけてそっとしゃがむ。ノチユも少し膝を曲げて、目線を下ろした。
 そこに咲くのは純な白色に、高貴な青紫。
「アネモネって赤色だけじゃないんだ」
「どの色も、素敵です……」
 少し歩けば、チューリップも沢山の色と種類が並んでいる。
 織物のようなペチュニアや、淡い紫のルピナスも咲いていて。幽子が教えるその花の名を、ノチユは一つ一つ覚えていった。
 その何気ないことが、とても嬉しくて。
(ひきこもりの僕が、随分外に出るようになったな)
 それもここ二年くらいのこと。幽子の横顔にもまた、多くの思い出を想起して――ノチユは花に視線を戻す。
 そこにあるのは小さな白の鈴蘭だ。
「鈴蘭って幽子さんに似合うね。すごくかわいいから。それに」
 と、仰げばまた桜の雨。
「桜も似合うよ、綺麗でやわらかくて」
「ありがとう、ございます……。桜も鈴蘭も好きですから、嬉しいです……」
 何よりノチユに言われた事が嬉しいというように、幽子は照れた笑みを見せる。
 ノチユは、ん、と小さく応えて、それから東屋を目に留めた。
「お茶屋さんにもいこっか。和菓子、美味しいのがあるといいね」
「はい……」
 幽子がわくわくとしているのが、ノチユには判る。
 春の花がモチーフの和菓子は、きっと甘い。そんな期待に歩むと、そこに吹く風もまた、花に触れて仄かに甘かった。

「シャル、早く早くっ!」
 シャルルを急かしながら、ぱたぱたとルイーズは庭園を駆けてゆく。
 分かってるよと言いながら、シャルルもついて行くのは――その先で待っている、リュシエンヌ・ウルヴェーラがいるからだ。
「リュシエンヌちゃーん!」
 その姿を見つけて、とててっとルイーズが飛びつくと……リュシエンヌは小さな身体をぎゅっと抱きとめた。
「お帰りなさい、頑張ったね!」
 言葉と一緒に、いっぱい撫で撫でしてあげて。怪我もなさそうだと判るとほっとして、改めて笑顔を向ける。
「すごく偉かったね、お花もみんなも守ってくれてありがとう」
「うん!」
 ルイーズも笑みで応えると、そこにシャルルも歩んできた。誰かが待ってくれているのも、案外いいものだとそう思いながら。
「待っていてくれてありがとう」
「疲れたでしょう?」
 のんびりしようね、とリュシエンヌが笑みかけると、ルイーズは見上げつつお願いの声音。
「お茶屋さん、行きたいな。わたしね、お抹茶が飲んでみたいの」
「ええ、行きましょう」
 リュシエンヌは勿論頷いて、二人の手を引いて茶屋へ。席についてお品書きを広げた。
 するとルイーズは言った通り、シャルルと一緒に抹茶を注文。やってきたその鮮やかな色彩に、瞳を輝かせた。
「わあ、緑色がキレイなの」
「本当だ」
 シャルルも抹茶は初めて。だから少々眺めてから……そっと器を傾けて一口頂いてみる。
 ……と。
「……、ふーん、こういう味か」
 言いつつも、訪れた濃密な苦味に思わず眉根を寄せているのだった。
 ルイーズも同時にこくっと飲んで――。
「~~~っ、にが……!」
 少しばかり驚いて目を見開いていた。
「こ、これがオトナの味なのね……シャルは平気なの?」
「……、まぁ――」
 言いつつもシャルルは少々目を逸らす。ルイーズは色々と察知して、覗き込んでいた。
「むぅ……本当はがまんしてるでしょ」
「ルイーズちゃん、シャルルくん。こっち向いて」
 と、そこでリュシエンヌが声をかける。
 そうして痩せがまんしている二人の口を「あーん?」と開かせると、ぽんぽんっ! こっそり注文してあったみたらし団子を入れてあげた。
「……ん」
「甘いの!」
 訪れた甘味に、二人の表情が和らぐ。それを見てリュシエンヌも優しく微笑んだ。
「苦いの消えた? お抹茶は私もちょびっと苦いと思うの」
「もぐ……。こうして食べると甘さが引き立つんだね。見越して用意してるなんて、さすがお姉さん」
「ね、ミルクと蜂蜜を入れてもらわない? きっとうんと美味しいわよ♪」
「美味しそう!」
 ルイーズがぱぁっと笑むから、シャルルも賛成。改めて、まろやかな甘さになった抹茶と共に、皆で憩いの時間を楽しんだ。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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