デスバレス電撃戦~叡智を侵す死

作者:白石小梅

●ケルベロスブレイド内、ヘリオン発着場
 皆が戦闘配置へ着く中、番犬たちは一機のヘリオンに飛び込む。
「お呼び立てして、すいません。状況及び任務を説明します。こちらへ」
 コクピットから振り返るのは、望月・小夜。示される映像は《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブング。
「《甦生氷城》は制圧完了。巨大死神も全て撃破し、出撃した全員の帰還を確認。突入戦は完勝です」
 だが闘いは終わらない。《甦生氷城》を制圧した事で、デスバレスへの突入口の確保に成功したからだ。
「現場では『デスバレス深部から聖王女エロヒムの声が聴こえて来た』という報告があり、『グラビティ・チェインレーダー』でも同様の反応を感知。これを解析し予知にかけたところ、突入口の向こう……すなわちデスバレス内の敵防衛線の情報を得られました」
 となれば、これはまさに千載一遇の機会。
「危険な任務となりますが、皆さんと共に戦場に赴けることを誇らしく思います……!」
 これよりケルベロスブレイドは、デスバレスに運ぶわけにいかない『死者の泉』をイルカ型脱出艇として地上に残し、聖王女が囚われているという『デスバレス深海層』へ潜航する。


「敵防衛線の主力は死神の最精鋭部隊『ヴェロニカ軍団』。特殊儀式によって無限再生を繰り返し、前線を押し上げて来ると予知されています」
 これに対し、敵将の足止めと儀式場を急襲する部隊、及び退路確保の部隊を編成中。その他の人員は雑兵を寄せ付けぬため外装付近に展開し、万能戦艦は戦闘態勢に入った。
 しかし。
「流石に敵の根拠地。相手はヴェロニカ軍だけではありません。当艦に損傷を与えようという有象無象の死神群が、主戦場を避ける形で突入して来ます」
 画面に映る、無数の敵反応。その大半は艦載兵器や防衛網によって撃破出来るが、全てを防ぐのは難しい。軽度の損傷は自動修復できても、もし侵入されれば。
「戦闘区画でない箇所に戦力を割く余裕は皆無。この状況下で、敵に侵入された場合に備えなければなりません」
 なるほど。戦闘準備の最中、自分たちをここに呼び戻した理由は、それか。
「はい。少数精鋭の予備戦力を確保し、艦内に侵入者があった場合、速やかに迎撃に移る。皆さんにその任をお願いしたいのです」
 一瞬の沈黙の後、番犬たちは頷いて腰を下ろす。
 遠く、戦の音色が響き始める中で……。

●デスバレスにて
 水面を押し破る巨大戦艦。立ちはだかる死神の主力。
 それを、五つの影が見つめている。
「番犬の切り札は、最精鋭さえ蹴散らすのね、ゲット」
「でも、ヴェロニカ軍団は不滅。一進一退だよ、シュシュ」
 ワンピースを着こんだ二人が語る。死神主力が持ち直し、番犬との間で壮絶な砲撃戦が幕を開ける。
「レクトン。今こそ機だ。主力がぶつかり合う間なら、俺たちが……」
 コートを着込んだ男が、貴族服の青年を振り返る。
「カシュー……君はあの激戦に無策で突っ込めと言うのかい? アメル、君は?」
 問われた白ドレスの女は、微笑を返した。
「私はいいわよ? 私たちの欲しい『番犬の躯』は、あそこにあるのだもの」
 五体の死神の視線が、狂気を孕んで絡み合った。
 その周囲から、功に駆られた他の死神たちが戦艦へ無謀な突撃を掛けて行く。
 貴族服の男は、虚ろな視線を持ち上げた。
「……遅れを取るわけにはいかない、か」
 デスバレスの、死神の、そして己の執着のために。
 五体の死神は、動き出す。

 ……迸る、雷撃。
「主砲が来るわよ、ゲット!」
 悲鳴が爆音に呑まれ、ワンピースの死神が塵と消える。
 押し寄せる、無数のグラビティ。
「俺が捌く! 行け、シュシュ!」
 コートの男が剣でそれを弾く。だが艦の尖撃が、その身を二つに裂いた。
「カシュー! がっ……!」
 蠍の毒針が少女の肢体を突き刺し、その身が紅く弾けて消える。
 艦を覆うように炸裂する、無数の爆音。
 浮かび、沈み、消失していく、数多の死神。
 その防衛網の前では、雑多な死神など羽虫の群れに等しい。
 だが。

 ……静寂の書架に、爆音が轟いた。
「辿り着けたのは……私と、あなただけみたいね」
 開いた穴を塞ごうと集まって来たドローンが、瞬時に消し飛ぶ。
「十分だよ……皆の分も、存分に暴れよう」
 無尽とも思える犠牲の果てに。
 血に濡れた二つの大鎌が、艦の中へと滑り込む……。

●出撃
 小夜が、顔を上げる。
「……侵入者を感知!」
 立ち上がった番犬たちに、告げられるのは。
「派閥名『コレクトン』! 構成員の過半を逸失しつつも、レクトン、アメルという幹部二体が防衛線を突破してきました! 現在位置は……『白羊宮図書館』!」
 番犬たちは、舌を打つ。あそこには確保し得た叡智が詰まっている。
「あそこを破壊されるわけにはいきません! 皆さん、『作戦開始』です!」
 コマンドワードを背に、番犬たちは駆け抜ける。
 母艦を護るために……。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
愛柳・ミライ(白羊宮図書館司書・e02784)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
ルージュ・エイジア(黒き使者・e56446)

■リプレイ


 万能戦艦に、激震が走る。攻め寄せる敵軍との激突にしては、直接的な激しさで。
「まさか侵入されちゃうなんて……他の場所にも、来てるみたい」
 エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が壁に走る揺れに、眉を寄せる。
「おまけにボクたちの担当は情報庫……できるだけ資料への被害を少なくしないと!」
 シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が言うように、あそこは最重要区画の一つだ。破壊されれば文字通り、被害の内容さえ計り知れなくなってしまう。
「あの火砲を抜ける執着には驚きですが。この戦艦を……人々の希望を破壊させはしません」
 翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)はシャティレを前に、曲がり角の壁を跳躍する。廊下は無人。こちらの主力は甲板で敵主力と激突しており、艦内戦力はごく僅か。
「ここまで思い切った行動をしてくるとはな。死神達も追い詰められたという事だろうか?」
 ルージュ・エイジア(黒き使者・e56446)は吹き抜けから身を躍らせる。着地した瞬間、目的地の大扉が爆音と共にへし曲がるのが見えた。
 帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)が、普段の礼節を霞ませるほどの怒りに満ちて、跳躍する。
「……! ケルベロスブレイドの中に入ってきたこと……後悔させてやる!」
「そこの死神さんたち! ちょぉーっと待ったぁぁーッ!」
 エヴァリーナと扉の残骸を蹴り破る。
 そこは、白羊宮図書館。広大な吹き抜けを中心に、神殿のように本の詰まった大広間。その中央で、本棚と修復用ドローンたちが無残に砕け散っていた。
『あら……? ノックをし始めたところだったのに、随分と早いお出迎えね?』
 紙吹雪の中に、白いドレスの女が立っている。愛柳・ミライ(白羊宮図書館司書・e02784)が、道を塞ぐようにドローンを寄せて。
「ええ。ようこそ、ケルベロスブレイドへ。……来るって、信じてました。ここが、最終防衛ラインなのです」
『……歓迎、ありがとう。来るのに苦労したよ……多くの仲間を喪ってしまった』
 貴族服の死神が、虚ろな瞳を持ち上げる。その瞳から漏れるのは、血のように粘ついた妄執。
 それを見て、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)とリリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が目配せして。
「ご苦労だったな……だが、それも此処までだ。この戦艦を破壊させはしない。貴様らは、此処で排除する!」
「ええ! この先を落とさせる訳にはいかないわ! 皆の思いが籠った場所を、やらせはしないんだから!」
 即座の開戦を堪えて番犬たちが立ちはだかるのは、己を印象付けて敵の狙いを施設破壊から逸らすためだ。
「もちろん、ここだって立ち入り禁止だぜ……死神共が!」
 刺さる殺気を踏み潰すように、翔が気迫を燃え上がらせた。
『あらそう? すぐ帰るわよ』
『君たちの死体を手にしたら、ね……』
 一瞬の硬直の後、両者は跳躍する。
 そして闘いが、始まった……。


 紙吹雪の中、交錯する一閃。甲高い金属音。舞い飛ぶ紙に、紅が散って。
「……っ!」
 番犬たちの布陣を断ち割ったのは、黒い影。床を滑って向き直るのは、牽制を担う二人。細剣を構えるマルティナと風音を、シャティレが不安そうに振り返る。
(「強い……! 流石にここに来るだけはある」)
(「ですが敵は手負い……希望はあります」)
 背中を合わせた仲間たちとシャティレに白い影を任せて、二人は湿った視線と睨み合う。
『お嬢さん二人、か。僕は、男の子の躯がいいんだけれどね……』
「私達、番犬の躯を得て、何をしようと? 尤も、簡単に命を明け渡すつもりはありませんが。……風精よ、彼の者の元に集え!」
 風音の指先に誘われ、風の精霊たちが男を惑わせるように包み込む。ほんの一瞬、マルティナが振り返って。
「予定通り、コイツを抑える……! リリー、そちらは任せたぞ!」
「任せて! 撃破を急ぐわ! ジェットパックセット、レディ! ……作戦開始よ!」
 背中を合わせた二人は、空裂の刃と螺旋の氷結と化して床を蹴る。
 牽制と速攻にわかれた番犬に対し、死神は攻める黒と跳び退る白で応じる構えだ。
「これ以上は、絶対に進ませねえ! 冥府の底まで押し返してやる! 跡形もなくなるようにな!」
 咆哮と共に、翔の右腕にキャノンが組み上がる。渾身を込めて練り上げた力が、輝ける混沌と化して撃ち出される。白い影は口の端を吊り上げて、その一撃を弾き散らした。
『あなたはレクトン好みね。私は……ふふ、どの娘も綺麗ね。あなたはどうかしら?』
 冷えた刃が、エヴァリーナの首筋目掛けて舞い踊る。それを、デバイスのアームで受け止めたのは、シルディ。貫通した刃が肩口を裂き、鮮血が派手に飛び散って。
「ううっ……強いね! でも負けない! 皆が乗っている船を落させるわけにはいかないんだよ!」
 実際以上の負傷に見せかけながら、その手の竜弾が炸裂した。爆煙の中でも、敵の目は欲望に満ち、舐めるようにこちらの動きを織って来る。
(「あの目……戦艦の破壊より、こちらを優先させれば……!」)
 跳躍ついでにレール式の書架を蹴りつけて遠ざけながら、ルージュは思案を巡らせる。「ここでやられる訳には行かない。さぁ、行くぞ死神ども! 私達の力を見せてやろう!」
 彼が放つは虚無の球体。集中的に狙われた白い死神は脇腹を抉られるものの、その目に恐怖はない。血の紅を唇に引いて躰の傷を塞ぎ、妄執を滾らせていく。
『ここまで来たのよ……退きはしない』
(「覚悟が決まってるのは……お互い様です。でも、急がないと。二人に牽制を任せるには、あまりに強い……!」)
 呼び寄せたデバイスの上に飛び乗って、ミライは謳う。希望のために走り続ける者の姿を。降り注ぐ癒しの中、靴から虹の尾を引いて、エヴァリーナが飛び込んだ。
「この先にあるものにだけは……絶対に近付けさせないんだよ……! 私の願いそのものでもある、大事な大事な……!」
 自動料理製造装置の名をどうにか呑み込んで、彼女はカプセルを撃ち放つ。戦闘準備に入るまで、張り付いていた幸福の権化を守るための気迫は、本物だ。
『ふふ。死ぬまで僕らと踊ってくれるようだよ、アメル』
『望みどおりにしてやりましょう、レクトン』
 果敢に挑んでくる姿勢に、敵は番犬撃破を優先する気になったようだ。だが、安心する暇はない。次の瞬間、斬撃の嵐が吹き荒れて書架を二つほど巻き込んだ。
(「……!」)
 広大な図書館に、書架は無数に存在する。十や二十程度であれば、被害は少ない。だが闘いが長期化すれば、重大な被害が出る可能性も否めない。
 双方の思惑が絡み合い、闘いは激しさを増していく……。


 舞い落ちる紙吹雪の中、激突する死神と番犬。
『死んでおくれ。可愛いお嬢さん……』
 黒い影から舞う斬撃は牽制する二人を圧倒し、背中を見せる仲間たちの方まで貫通せんと吹き荒れる。
「くっ! 全てを弾くのは無理だ! 可能な限り、この身を盾にする!」
「はい……! この戦艦も仲間たちも、地球全ての希望……シャティレも、護り抜いて!」
 小竜と共に純白の軍服が斬撃に身を挺し、瞬間的な爆破と伸び上がる花の檻が攻撃を押し返す。それでも、黒衣の死神に集中的に狙われれば……。
「みんな、急いで。もし、この先に行かれたら……! あ、いや、ここも守るけどね……?」
 呼び出した小妖精でマルティナを癒しながら、エヴァリーナがそう叫ぶ。そこへ突っ込んでくるのは、白い影。演技か本気か、彼女の態度は結果的に敵を釘付けに出来たようで。
『何処へも行かないわよ。あなたが、私のものになるまでは』
 鎌を振り上げる女を目掛けて、シルディは咄嗟にデバイスアームで書架を放り投げた。本を戦場外にぶちまけつつ、仲間を庇いに飛び込んで。
(「資料を散らして守らないと……! ヒールで幻想化したら、書いてあることが以前と同じかどうか、誰もわからなくなっちゃう……!」)
 敵は書架を避けて、鎌で馳せ合う。血飛沫が散り、血を凍らせる呪いがシルディの身を蝕むが。
(「ええ……! 歌います。命が本当に死ぬのは、忘れられた時……ここにあるのは、叡智だけじゃない。彼らの、思い出もだから……!」)
 一瞬の目配せに応じるのは、ミライ。その細い喉が喪われた想いを紡ぎ上げ、石化の呪いを解けていく。その頭上を飛んだドローンデバイスから、敵に向かって飛び降りるのは。
「俺たちの躯を、何に使うつもりだ! 話そうと話すまいと、てめぇらは倒すけどな!」
「私たちを凍てつかせて持ち帰りたかったようだが。石と化して朽ち果てるのは、死神……お前の方だ!」
 翔とルージュが、敵の懐に着地する。その手元から輝く二重の光線は、石化と凍結の呪縛。白い女は甲高い悲鳴を上げながら仰け反った。
 だが。
『この、力を……! 私のものに、するのよ!』
 瞬間、女の手からも、石化の閃光が迸る。ぶつかり合う光は奔流と化し、周囲を凍てつく呪いで包み込んだ。
「くっ……!」
 指先から凍り付いていく中、目を覆うほどの呪縛が吹き荒れる。舞い飛ぶ紙が石と化して落ち、死神は狂気の哄笑を上げて。
『みんな……持ち帰ってあげる……!』
「悪あがきは、そこまでよ!」
 その声に女が振り返った時、敵を囲むように白い軍服の混じった四つの影が着地した。リリーと、彼女が紡ぎ出した仲間たちの現身が。
『……!? この数、どこから!』
「小夜ちゃんや皆と紡いだここまでの道を、途絶えさせたりしない! アンタが持って帰るのは、みんなの想いの……強さだけよ!」
 渾身で撃ち込まれた四方からの打撃に、女の躯は砕け散る。
 尾を引く絶叫だけを残して……。


「やったか……!」
 ルージュが石化を払って振り返った時、爆風のような斬撃が番犬たちを吹き飛ばした。シャティレが暴風に呑まれて消失し、牽制の二人が床にぶつかる。
「風音さん、大丈夫……? 片方は今、倒したからね……」
「ええ! マルティナさんたちのおかげよ!」
 そう言って二人を受け止めたのは、エヴァリーナとリリー。
「よかった。シャティレのおかげで……辛うじて、持たせられましたが」
「気を付けろ……こいつは手強いぞ」
 震える膝で二人は立ち上がる。それを護るように身構えて、翔が咆哮した。
「これで残るは……てめえだけだぜ!」
『残念だよ。アメル……あと一歩だったのにね……』
 先の作戦で覚えた歌を口ずさみながら、ミライが暗い影に向きなおる。
「本当はもう壊したくない。壊してほしくないんです……命を持たない皆さんの魂は、どこに還るのです、か?」
『さあ……でも、君たちがどこへ行くのかには、答えられる』
 その周囲に、ぽっと紫色の火がともる。それは、身動きさえ取れなくなる陰鬱な呪いとなって、一斉にこちらに向かってきた。
「仲間のことは悼んでも、答えは変わらないんだね……なら、こちらも船を落させるわけにはいかないんだよ……!」
 仲間のため。地球の人々のため。シルディは緑光の風を纏いながら、紫炎をその身で打ち破る。露払いをするシルディのアームを足場に、敵の頭上へ跳んだのは、ルージュ。
「ああ。あくまで攻めてくると言うのならば、皆で迎え撃つまで……! 闇に還り、自身の行為を悔いるがいい! 死神!」
 指を振り下ろすと同時に、漆黒の雨が死神を襲った。闇は、血濡れの鎌を腐食させて刃先を鈍らせる。
 すでに、互いに手負い。長期戦は、どちらにとっても愚策。ならば。
「決着をつけるんだよ。全部終わらせて、ご飯を食べに戻るんだ」
「ええ! 一斉に行くわ! もうこれ以上、ここを壊させない!」
 エヴァリーナの銀光を身に受けて、リリーは稲妻と化して。番犬たちは死神に躍りかかる。
『君たちが行くのは、僕の手の中さ……!』
 その身を深く抉られようとも、死神の狂気は止まらない。渾身で放たれた鎌が、身構えた番犬たちの間をすり抜ける。戦線へ加わるべく身を起こしていた風音が、ハッと顔を上げる。
(「しまっ……!」)
 仲間たちが振り返った瞬間、鮮血が飛び散った。だが朱に染まったのは、細い頸筋ではなく、白い軍服。敵の下へ戻ろうとする鎌にしがみ付いていたのは。
「風音、行け……守り、切るんだ!」
「っ……、ええ! 引き受けました……!」
 血を吐いて頽れるマルティナと交錯し、風音は光の刃を抜き放った。武器が戻らず反応が遅れた、死神へ向けて。
 舌を打って死神が跳んだ時、右の足首から先が宙を舞っていた。
(『馬鹿な……あんな死にぞこないに、斬られ――』)
「今! 止めます!」
 血で滑った死神を、咄嗟にミライの氷結が打ち据える。すぐさまシルディが、拳で組み付いて。
「成すべきことを、成して! 翔さん!」
『僕が死ぬ時は……君らも、一緒だ!』
 死神の怨念が、紫炎となって燃え上がる。吹き荒れる陰鬱な火焔の中を駆け抜けるのは、翔。その手に竜槌を、握りしめて。
「いいや! もう誰も……死なせやしねえ! お前らに利用はさせねえ! 一人、たりともな!」
 そして死神へ向けて、時間すら凍てつかせる剛撃が、振り下ろされる。
 断頭台の如く……。


 爆音は、遠くなった。図書室に静けさが戻る。
「大丈夫ですか、マルティナさん……先ほどは、ありがとうございました」
「ああ……流石に無傷ではなかったが……護り切ったようだな。翔は……無事か」
 風音に身を支えられながら、マルティナが呟く。その隣では、ぜいぜいと息を荒げて、翔が片膝をついていた。
「ええ……皆さんのおかげです。認めたくはないですが……強敵でした」
 ちらりと目を向けた先には、首から上が紅く弾けた躯が一つ。
 それがゆっくりと塵と化していくのを確認し、ルージュが振り返る。
「被害の確認と整理は私達が行おう。三人は、傷が重い。休んでいてくれ」
 折り重なった本の山から頷きを返すのは、シルディとミライ。
「うん。戦闘中はかなり壊されたように見えたけど、修復不可能な本は少なそうだね!」
「あの人たちが私たちを狙ってきたから……被害を最低限に抑えられたんだと思います」
 施設の破壊から目を逸らせたのがよかったのだろう。信頼性を損なった書籍は僅かで、それも他の文献との比較で埋め合わせが可能そうだ。
 一方、壁に開いた大穴を見張っていたエヴァリーナは、外を偵察に出ていたリリーを引き上げる。
「壊れたドローンたちをヒールしたから、穴はいつでも塞げるよ。外、どうだった?」
「戦闘音は遠ざかってるし、目立った損傷もなさそうよ。アタシたちの、勝ちね……!」
 闘いの終わりをつげ、彼女は親指を立てるのだった。

 ……こうして、艦内初の防衛戦は終わりを告げる。
 白羊宮図書館を護り抜き、その叡智を持って番犬たちは進んでいく。
 沈降する万能戦艦と共に、冥府の海の最深部へ……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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