ケルベロスブレイド防衛戦~星辰に海は満ちる

作者:秋月諒

●冥府の底を浚う
 ——空を引き裂くほどの風があった。
 大地を砕き、抉る程の巨大な風。海水さえ巻き上げるような暴風は、雲一つ無い筈の空を薄暗く染めこの地の異変を告げていた。
 兵庫県鎧駅沖の《甦生氷城》死神最後の拠点である地に、荒れ狂う巨大な竜巻が出現していたのだ。太陽の光は既に遠く、昼の日差しさえ届かぬ薄闇の中、巨大の竜巻の向こう揺蕩うように『それ』が泳いでいた。無数の死者を暴風に零れ落としながら。

●星辰に海は満ちる
「皆様、お集まり頂きありがとうございます」
 集まったケルベロスへとそう言って、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔を上げた。
「まずはザルバルク大洪水は阻止することができました。皆様、ありがとうございます」
 デスパレス大洪水は阻止され、地球の海をデスパレス化するという冥王イグニスの計画は崩れ去った。
「死神の拠点は『《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングのみとなりました」
 この《甦生氷城》に異変が発生したのだ。
「兵庫県鎧駅沖に出現した死神拠点《甦生氷城》から半径数キロメートルに巨大な竜巻が複数現れたんです」
 それはもう大荒れに荒れてどーんなんです、とレイリは耳をぴん、と立てた。
「何せ、多くの死神軍勢が巻き込まれている状態です。あちらにとっても制御不能な状態にあるかと思います」
 制御不能な巨大な力——これが、ザルバルクに由来しているものであることは間違い無い。
「ザルバルクは『デスバレスの大洪水』を起こす筈でしたから」
 巨大な竜巻はザルバルクで作られ、その内部に死神軍勢が巻き込まれているのだ。
「地上に進行する予定だった勢力も巻き込まれているのでしょう。——この機を逃す訳にはいきません」
 勿論、放置もできません、とレイリは告げた。
「膨大な数のザルバルクと死神の軍勢が地球に出てきている状況ですから。
 このタイミングで、《甦生氷城》に突入します」
 ザルバルクの大竜巻は、近づくだけでも危険なものだ。
「ですが、私達にはえぇ、万能戦艦ケルベロスブレイドがありますので」
 万能戦艦ケルベロスブレイドにはザルバルク大竜巻を無力化することができる『ザルバルク剣化波動』が搭載されている。
「『ザルバルク剣化波動』の範囲は半径8キロメートル。今回の異変が起こっている地域全てが範囲内となります」
 ザルバルク大竜巻を無力化することができるのだ。
「皆様には、ケルベロスブレイドによりザルバルクが剣化された隙をつき、死神勢力の最後の拠点を制圧をお願い致します」
 大竜巻に巻き込まれた死神は、ザルバルクが剣化すればその刃を受けることとなるだろう。剣に切り刻まれ、無傷ではいられない。
「そこにケルベロスブレイドの艦前方の巨大主砲から『雷神砲』を発射します。死神の軍勢、その大多数を撃破することができるでしょう」
 ですが、とレイリは息を吸う。
「全ての死神を、これで破壊することはできません。どーんと派手にやってみたいところではあるんですが、その派手に堪えうる巨大な死神はケルベロスブレイドを狙って攻撃を仕掛けてくるでしょう」
 だが、万能戦艦ケルベロスブレイドは撤退は出来ない。《甦生氷城》を『ザルバルク剣化波動』の範囲に入れ続ける関係でその場に止まる必要があるのだ。
「巨大死神は強敵ですが、ケルベロスブレイドは『分解式魔導障壁』があります。遠距離からの攻撃は完全に無効化できます」
 問題は近距離だ。近づかれてしまえば、攻撃は受ける。
「皆様には、この巨大な死神の対応をお願い致します。戦闘中は、ケルベロスブレイドの主砲である『雷神砲』で援護射撃が行えますので、その辺りはお任せくださいね」
 『雷神砲』は敵にのみダメージを与えるものだ。フレンドリーファイアーは無い。
「皆様に戦って頂くのは威圧する巨蟹・アルタルフと言われる巨大な蟹型浮遊死神です」
 「星辰」と呼ばれる組織の一員であり、大量のグラビティを回収しオラトリオの巻き戻しの再現する事を目的としているという。
「強敵と言って間違いありません」
 戦場は鎧駅沖の海上。海上戦となる。
「小剣型艦載機群を足場として、ご利用ください。えぇ、強敵ではありますが、ケルベロスブレイドからの援護も利用すれば——討伐は可能です」
 そう言って、レイリはケルベロス達を真っ直ぐに見た。
「デスバレス大洪水を阻止した、今がチャンスです。冥王イグニスも、万能戦艦ケルベロスブレイドの能力は把握していませんから」
 だからこそ、とレイリは言った。
「——勝ちましょう。皆様に幸運を!」


参加者
幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)
新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)

■リプレイ

●雷光を以て告げる
「主砲、斉射!」
 万能戦艦ケルベロスブレイドの雷神砲が空を裂く。拓かれた視界に、最初に見えたのは影であった。巨体が行くが故の影。
「ギィイイイイ」
 蟹型浮遊死神の姿がそこにあった。
 地球の生物に当てはめればカブトガニに姿が似ていただろうか。長く伸びたのは脚。青白い液体が滴り落ち、触れた先、海の色さえ変えていく。
「あれが威圧する巨蟹・アルタルフ」
 星辰を名乗る組織の一員。その巨躯を見上げ、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は己の剣に触れた。
「それが威圧ですか」
「威嚇、或いは上なるものが感じさせようとする畏怖じゃろうのぅ」
 ほう、とゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)が息をつく。全長で言えば百メートルほどか。艦載機へと飛び乗れば、鋼の軋むような音と共にカチカチと歯を鳴らすような音が耳に届いた。
「諸共喰らう気かえ?」
「ったく、クッソ面倒くせェなァ……」
 荒く髪をかき上げて、ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)は巨大な死神を見上げる。
「今日は一日、馬鹿でかい蟹の相手だぜ」
「落ちる訳にもいかないからね」
 吐息一つ零すようにしてウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)は視線を上げた。強敵の気配に、トン、と一度艦載機に触れた指先で風を撫でる。潮風に死の気配が混じっている。
「――動くでしょう」
 幸・鳳琴(精霊翼の龍拳士・e00039)の言葉に新城・瑠璃音(相反協奏曲・e44613)は頷いた。
「ここは通すわけには参りません」
「えぇ、あちらもすぐに本気になるでしょう」
 死神の影が、頬に落ちる。触れるほどの距離にあるそれに一度鋭い視線を投げ、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)は感情を沈めた。
「随分と大層な蟹ですが」
「歯応えも喰い応えも十分ってか」
 伏見・万(万獣の檻・e02075)は息をつき、笑う。
「喰うのはこっちだ、通しゃしねェよ」
 口の端を上げて万が笑うのと、死神の影がケルベロス達を覆うのは同時であった。
「ギィイイイ」
 海底を攫うように、無数の脚が――動いた。衝撃波か――いや、これは。
「直接か!」
 急速に迫る巨蟹の脚にジョーイは冥刀を振り抜く。ギン、と鈍い音と共に火花が散れば、目の端、同じように一撃を受けた鳳琴の姿が見えた。
「狙いは、前衛ですか」
 斬撃に似た衝撃、ばたばたと流れた血が艦載機を濡らしたが――だが、一撃で倒れる程重くは無い。
(「問題無い。動ける」)
 は、と吐いた息と共に拳を握る。左手の薬指、煌めいた煌めく永遠と約束の指輪を一つ撫でると鳳琴は、一度だけ心の中で大切な名を紡いだ。
(「同じ戦場でない時も、心はいつも傍に」)
 だからこそ、倒れないのです。
 指を組み、鳳琴は術を紡ぐ。零れ落ちるは光、癒やしと共に紡がれる盾。
「次は受け止めます」
「えぇ、任せてください」
 光の盾を受け取り、セレナは鉄の足場を蹴った。相手の脚は長くとも、懐深く踏み込む術はこちらにもある。滑り込んだ艦載機を二歩目の足場に、死神を見上げ告げた。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 上段に構えた刃が冷気を纏った。ここに来て漸く、セレナの踏み込みに気がついた巨蟹が脚を伸ばすが――遅い。ザン、と振り下ろす一撃が硬い甲殻を砕く。
「ギィイイイ!」
「――」
 破砕の音と同時に、軋むような威嚇音が響いた。ゴォオ、と混ざり聞こえた風音にセレナは剣を縦に構える。受ける視線を取ったのはただひとつ。
「一発デケェの行くからしっかり受け止めろよ?」
 艦載機を蹴り、空へと身を飛ばすジョーの姿が見えたからだ。
「ギィイ!?」
 鋼の軋むような音は、こいつの声に近いのだろう。鬼神が如きオーラを纏い、空に飛ばした身で次の艦載機をジョーは踏む。次は斜め上に、目指す先は――あの妙な光。
「……でぇりゃァァァ!」
 構えは低く、飛ぶようにジョーは刃を振り上げた。それは悪鬼羅刹を一撃で倒すと云われる力。鬼神の一太刀が巨蟹に届いた。

●威圧する者、抗うもの
「ギィイ、ィイキィイイ!」
 甲羅が裂け、青白い何かが零れ落ちる。浴びることの無いように着地の先から一気に艦載機を蹴って距離を取ったジョーの目に、巨蟹の瞳が赤く光るのが見えた。
「不機嫌ってか?」
 悪ぃがな、とジョーは薄く笑う。
「いつまでも見下ろされるつもりはねェんだよ」
 刃を低く構え直す。は、と一度だけ落とした息は先の一撃――あの脚による攻撃で受けた違和感だ。
「毒か。クッソ面倒くせェ」
 癖のように落ちた言葉と共に顔を上げれば、ふいに柔らかな旋律が耳に届いた。
「我が心削がれるとも、我が詩は止まず」
 それは瑠璃音の紡ぐ旋律。永遠の命を望まずと得た姫の詩は、決して諦めぬ不屈の響きとなって前に立つ仲間達に届く。癒やしと耐性を紡ぎ上げれば、ギィイ、と軋む音と共に赤黒い巨蟹の瞳が瑠璃音を捉えた。
「キィイイ」
 回復を嫌がったか。厳しく巨蟹が声を落とす。ピリピリと空間を震わせる威嚇に、その圧に、だが構わず瑠璃音は視線を返す。
「押しつぶそうというのですか?」
「それは生憎、だね」
 呪刀に手を掛けた娘を視界に、一足、踏み込んだ青年の姿があった。空に身を置く一瞬に翼を使い、艦載機に着地した先で一気に距離を詰める。
「艦載機での戦闘は初めてだが……なるほど、スピード感があるね」
 悪くはない、と思いながらウリルはその脚に炎を纏う。相手が巨大であり、それを以て人々を世界を制圧しようとするのであれば抗うのみ。
「的が大きければ、その分当てやすい。ケルベロスブレイドを狙ってくるとは、面白い」
 タン、と鉄の足場を蹴り、ウリルは巨蟹の脚へと蹴りを叩き込む。
「ギィイ!」
「これ以上、好きにはさせないし、近付けさせないよ」
 激しい蹴りに、ゴォオ、と炎が巨蟹に移った。軋む足元から這い上がる炎と共に、ギィイ、と死神が軋む。鋼の歪むような音と共に、響く音が歪み、高く変じていく。
「キィイイ」
「今更警戒されてもなぁ?」
 ハ、と笑った万がハンマーを振り降ろす。撃ち出された竜砲が巨蟹に食らい付けば、脚の一つが吹き飛んだ。
「ギィイ、ィイイイイ!?」
 巨蟹の動きが――進行が僅かに止まる。一拍、確かに生まれた間にレフィナードは鳳琴へとエネルギーの盾を送る。回復と共に紡ぐのは加護だ。耐性を形成した光を見ながら、戦場を見据える。万が一、落ちるようなことがあってもメディックがデバイスのドローンを展開している。引き上げることは可能だろう。
「行くとするかのぅ。リィーンリィーン」
 ゼーの呼びかけにボクスドラゴンが翼を広げ応える。師を仰ぐようにして光を見せた翼に、仲間への回復と加護を告げるとゼーは竜砲を放つ。ルォオオオ、と響く砲撃が、高い命中力を以て届けば、巨蟹の殻に罅が入る。欠け落ちた破片が海に落ちる前に消えれば――篝火の二つ名を持つ竜は僅か息を吸う。
「これは……」
「ィイ、ィイイイ、ゲヨ。捧ゲヨ、我ガ研サンノ糧トナル事ヲ誉レとセヨ」
 軋む音を混ぜながら、威圧する巨蟹・アルタルフの声が届く。言葉を合わせてきているのか。己が存在を上として、オラトリオの巻き戻しの再現する為に大量のグラビティを求める死神は告げた。
「ソノ身ヲ捧ゲヨ」
 次の瞬間、緑色の光が巨蟹を包んだ。

●明日へと続くもの
「あれは、回復……!」
「そうじゃのぅ。キュアも有しているか」
 唇を引き結んだセレナの言葉に、ゼーは静かに頷いた。回復のスピードが速い。やはりこれは――……。
「メディック、じゃろう。ブレイクも来るのぅ」
「ギィイイ」
 砲撃の傷さえ癒やして行こうとする回復に、いち早くジョーイが踏み込んだ。
「そう簡単に余裕顔はさせねェんだよ、蟹野郎ォ!」
 緩やかに弧を描く斬撃は――だが、巨蟹に躱される。空を切った一撃に、クソッと吐き捨てたジョーイが刀を握り直す。
(「理力じゃどいつも俺の攻撃は届かねェ」)
 なら、と息を吐く。届かぬと分かれば、届く方に力を入れれば良い。
「必ず止めます!」
 セレナが見据えた先、巨蟹の脚が再び崩れる。ギィイ、と軋む音が届いた時、瑠璃音の警告が響き渡った。
「主砲、来ます」
「ならば――行きましょうか」
 背に光を感じながらレフィナードは踏み込んだ。身を低くして、次の艦載機に飛び移る。右に、左に、動く男を追うように巨蟹の脚が動く。その狙いが揺れるのは――あと一人、踏み込んだ男がいるからだ。
「そうさのぅ」
 ゼーだ。積極的に前に出たゼーが、拳を握る。トン、と叩くは鋼の足場。だが、二度、三度と反響したその音は――雨を、喚ぶ。
「降り止まぬ雨よ」
 しとしとと降り止まぬ雨が、悲しみが巨蟹に触れる。空を制し、上を取った筈の死神がその雨に――僅か、動きを止める。重ね撃つようにレフィナードは竜砲を放つ。唸る響いた砲撃が巨体に触れれば、再び硬い甲羅が軋んだ。
「ギィイイ」
 衝撃に巨蟹が声を上げる。迫る脚に、ウリルが警戒を告げた。
「来るよ」
 それは迫る一撃と――駈ける光の合図。ダン、と力強い踏み込みと共にゼーとレフィナードは左右に飛んだ。追いかけるように動いた巨蟹の脚は――だが、雷光にかき消される。
「ギィイイイアアアア!?」
 母艦からの砲撃だ。
 砕けた脚から零れた青白い光が、仮初めの形を作る。それが力を持つより先に、ケルベロス達は前に――死神の影へと踏み込んだ。
「舞い降りて極北の光幕」
 空を行く仲間へと瑠璃音は二色の翼を広げる。光と闇、その二つを抱く娘は、淡く広がる回復を前衛へと届けた。
 戦いの流れはケルベロス達にあった。尤も完全に有利とは言えない。相手が回復を有している以上、刻んだ制約は崩されていく。
(「ですが――それも、絶対ではありません」)
 自らも回復を担うからこそ、瑠璃音は分かる。回復不能ダメージ、そしてキュアもまた確率の中にある。加えて母艦からの砲撃だ。巨蟹に届くように立ち回れば、確実にその一撃が届く。
「ギィイィイ!」
「いつまでも上を取られるつもりは無い」
 静かに告げて、タンとウリルは前に出た。砕け千切れた巨蟹の脚に触れ、蹴り上げるように上に出る。追いついた足場に身を落とせば、囁くように黒き竜は曳く。
「さあ思い出せ」
「――ギ、ィイ、アアアアア!?」
 立ち上がる煙が、霧のように闇を覆う。巨蟹さえ包み込むように――その全てを蝕むように届けば、赤黒い死神の瞳が、揺れた。
「研鑽ヲ研鑽ヲ研鑽ヲ! 我ラガ悲願コソガァアアアア!」
 狂乱の叫びと共に巨蟹はその身を震わせた。次の瞬間、黒い弾丸が降り注ぐ――怨霊弾だ。触れた瞬間、キュイィンと黒い弾丸は爆発した。――だが、衝撃はウリルには届かない。
「ご無事ですか」
「ありがとう」
 盾を担う鳳琴とセレナが動いたからだ。崩された加護に、だが、構わず鳳琴は顔を上げる。至近で見上げた先――確かに、巨蟹に刻まれた多くの傷を見たからだ。
「折れない心、それが、無限に立つ力を私達にくれるのです!」
 負けられないです! と仲間を鼓舞するように声を上げ、再び盾の加護をセレナへと紡ぐ。受け取った光と共に騎士は駈けた。
「私も星辰の力を宿す剣を持つ者として、負けるわけはいきません」
 星月夜を掲げ、軋み叫ぶ巨蟹へとセレナは一気に行く。
(「万能戦艦ケルベロスブレイドは地球の人々の祈りと願いの結晶。その希望を、此処で堕とさせるわけにはいきません」)
 捧げよと告げた相手を真っ直ぐに見据え、否を叩き付けるように剣を向ける。
(「堕ちるのは己自身の方だと、思い知らせて差し上げましょう」)
 一瞬のうちに、セレナは己の肉体に魔力を巡らせる。感覚が研ぎ澄まされる。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 神速の踏み込み。己の全てを使い、構えられたセレナの突きが巨蟹を――砕く。
「ギィイイイ!」
 軋み、暴れるように巨体が身を振るう。だが、緑の光さえ今や鈍い。何よりセレナは一つの確信を得ていた。
「やはり、これが弱点ですね」
「えぇ、頑健を苦手とするようです。ならば――」
 再びレフィナードは竜を喚ぶハンマーを振り下ろす。轟音と共に踏み込んだのは次の主砲に併せてだ。
「こっちも併せるぜ?」
 まぁ、と万は息を吐く。都合こいつになるんだが、と告げた男を構成する獣が幻影となって呼び出される。
「狩られるのはテメェだ、逃げられると思うなよ!」
 獣の影が、竜砲と共に巨躯に食らい付く。ギィイイ、と軋みながら巨蟹から青白い光が零れた。影が濃くなる。近づいてきたのではなく、奴が落ちてきているのだ。
「キイイイ!」
「威嚇は変わらずか、じゃがのぅ」
 刻限じゃ、とゼーはハンマーを掲げる。招くは竜の咆吼。リィーンリィーンと共に届けば一撃が死神の口を、砕く。
「キィイイ!?」
 暴れるように脚が来た。青白い炎で辛うじて形を保っていただけのそれが空で、止まる。制約が巨蟹を捕らえたのだ。
「ギ、ギギ!?」
「……おっと」
 零れた炎を華麗に避け、ウリルは雷光を槍に宿す。
「そろそろ終わりにしようか」
「もう一発デケェの行くからしっかり受け止めろよ?」
 雷光の突きと、ジョーイの踏み込みが重なり――巨躯に届く。僅かに残った脚を飛び越え、雷光と斬撃が硬い殻を砕き――核を、崩す。
「ギィイイアアァアア」
 緑の光が戦場に消えた。ぐらり、と浮遊型死神は海へと落ちていく。核を失い、その形を保てぬまま海面に触れる前に光となって消えた。

●甦生氷城
「無事に母艦を守り切れましたね。皆さま、お疲れ様でした」
 ほう、と瑠璃音は息をついた。応急処置が必要な場合は、と皆を見て回る彼女の姿を見ながら鳳琴も息をつく。
「またひとつ勝利……ですね」
「あぁ。一先ずは安心だな」
 じゃぁ、周囲の警戒を、と薄く口を開いたジョーイが僅かに息を飲む。
「クッソ、なんだあれ」
「《甦生氷城》細長い城だとは思っていたけれど……螺旋状に巻かれた『つぼみ』のような形をしていたね」
 これに『今』気がつけるのは、城内が制圧されたからか。冷静に状況を整理するウリルの言葉にジョーイが顔を上げる。
「螺旋ってことは、螺旋大伽藍に似てんのか?」
「だとすれば、あの城には、他の意味が――……」
 あるかもしれません、と告げる瑠璃音の視界、城の螺旋部分が解け《甦生氷城》が沈んでいく。
「あれは、海中で花が開いたようじゃの。道か、と言うには容易いが……」
「道であれば……、向かうべき場所は一つでしょう」
 ゼーの言葉に、鳳琴は厳しい視線を海へと注いだ。あの城が、守りであり門であったとすれば向かうべき場所はただひとつ。
 ——デスパレス。
 次なる戦いの気配が海鳴りと共に響く。それはきっと――この世界の明日がかかった戦いになるのだろうと、誰もがそう思っていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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