レイリの誕生日 花は修羅に足らず

作者:秋月諒

●春に問う
 ——たおやかにあれと言われた訳でも、苛烈であれと言われた訳でも無かった。ただ一年に一度、家にいる皆が年下であった己に教えてくれたもの。靴の履き方。礼儀作法。美しい礼。心を鎧なさい、と誰かが告げた。己が魂を主として——どんな時も。
「……私は2度と、私にできることを見失わない。そう、思ってもうこんなところまで来たんですね」
 もう、何も出来なかった頃の自分では無い。そう信じる事は出来ても、終わりが見えているものを、別れを恐れて何の手も取れずにいた自分も——きっとまだいるのだろう。
「自分を信じるのって難しいですね」
 誕生日の日は決まって早く目が覚める。泣きたくなるような気持ちがまだ、少しだけ残っていたのだ。

●花は修羅に足らず
「大きくなると大人になれるって、思ってたんですよねぇ」
「大人になりたいのがレイリちゃんの今年の希望?」
 緩く首を傾げた千鷲に、どうでしょうねぇ、とレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は息をついた。
「そういうのは、自分でどうにかすべきじゃないかなーとは思うんですよね。私も何時までも子狐ではいられないので」
 とはいえ、甘いものは大切なので。とココアに口を付けてレイリはぺたん、と耳を倒す。
「ただ、そうですね。単純に、私も立派大人になれるんだーって思っていただけ、ですかね」
 漠然と思っていたところはあるのだ。ほう、とついた息ひとつ、ココアがゆっくりと揺れた。
「せめてこう、大人っぽさの一つや二つ身に着けた言いますか……甘いのばかりじゃなくて」
「そこで甘いのを捨てないあたり、レイリちゃんらしさだね。良いんじゃない? 食べ過ぎて丸くなるのに気をつけれ——……」
「——千さん」
 あ、と声を落とした年上の友人をじっと見る、ついでにびっしっと指差す。えぇ、指差すにはあまり礼儀的には良くないですがここは必要なのだ。
「良いですか千さん、レディには言って良いことと悪いことがあって、私はちゃんと、立派な女狐になるんですから!」
「——」
 ふ、と笑った千鷲はとりあえずぱこっと叩いておいたのです。はい。

●七つ星を添えて
「そんなわけで、皆様、靴を買いに行きませんか?」
 何がどうしてそんな訳かは、笑いを堪えきれずに敗北した千鷲がとりあえず調べた結果ではあるのだが、都内にオーダメイドの靴屋があるのだという。
「足に合った靴を作ってくださるんです」
 レイリはそう言って笑みを見せた。
 少し大人びたヒールも、足に合ったブーツも。格好良い革靴も。七つ星の名前を持つシマリスたちをキャラクターに持つ靴屋は、様々な種類の靴を扱っているという。
「職人さん達と話をしながら決めても、今、お店に並んでいる品を選ぶこともできるんです」
 少し背伸びした靴だって、きっと良いだろう。特別な日の為の靴も。
 早咲きの桜が咲く通りにある靴屋はとびっきりの春を伝えてくれるのだろう。
「……私は、今日は背伸びすると決めましたので」
 大人になる自分を信じるように——信じられるように。
「皆様も、良かったら一緒に行きませんか? 明日を、これからを歩いて行く靴を探しに」
 足元に七つの星を添えて。
 とびっきりのこれからを行く為に。


■リプレイ

●七つ星とシマリスたち
 七つの星を掲げたシマリスたちの靴屋は、ふっかふかのクッションと共にケルベロス達を出迎えた。吹き抜けの天井は、元々この店が別荘であった名残だという。森に近い庭にはシマリスたちが姿を見せ、心地よい日差しにふさふさの尻尾を見せているという。
 春を迎えた森の為に。夏の森を過ごす為に。
 様々な職人の集まった七つの星の靴屋には、沢山の種類の靴が取りそろえられていた。歩き回るにはぴったりなスニーカーに、スポーツシューズ。大人びた黒のパンプスの横には、可愛らしいローファーズも並ぶ。ふふん、と背伸びしたリスがご機嫌に尻尾を揺らすイラストと共にあるのはシークレットシューズだろう。
「うん、いろいろあるんだな」
 ご機嫌なリスに小さく首を傾げていれば、目の端、窓の向こうに遊びに来たリスの姿が見えていた。姿を真似したのか、それとも背伸びしたリスのイラストに不思議がっていたのか。同じように首を傾げたリスが気まぐれに庭に戻っていく姿を見送って、ティアン・バ(世界はいとしかったですか・e00040)は、ほう、と息をついた。
「普段はサンダル、さもなければ裸足を選びがちなんだが。踵の高さのない靴でもおとなびて見えるのって、どんなのがあるだろうか」
 それこそ定番で言えばハイヒールが大人びて見える靴なのかもしれないが、ティアンには憂いがあったのだ。
「踵があると……多分転ぶ……」
 ぺしょん、と、それはもう転ぶ予感がティアンにはするのだ。
「それは心配だ。動きやすい……そうだな、歩きやすい靴の方が好みかしラ?」
 緩く首を傾げたのは猫の耳を持つ職人だった。ゆるり、と尻尾を彼にティアンは頷く。勧められた席はふかふかのクッションと一緒に座るソファーだ。
「散歩が好きだからたくさん歩きやすいと嬉しい。そうなるとちゃんと足に合った靴を履きたいし……」
 でも、とクッションをむぎゅ、とティアンは抱いた。さらり、と灰の髪が揺れ、掌に指に触れる。この手は、この身は、確かに変わっただろうか。大きく、なったのだろうか。
「でもティアンだってもうすぐおとなになるのだから、おとなびて見える靴、履いてみたい」
 ううん、と頭を悩ませるティアンに、職人はそうですね、とスケッチブックを手にした。
「こういうのは如何ですか? オープントゥのサマーブーツで、ヒールは低め、ほんの少しです。太めであれば安定しますし、こうして足首で止める形にすれば転びにくくなります。それと大人っぽさは……」
 足の甲から足首までを飾るレース生地だ。メッシュのようにかけて、花の刺繍を入れればヒールが低くても、大人びて見えるだろう。
「形が似たものがありますので、一度お持ちしますね。まずは履いて試してみてからで」
 そうしてこれだってものを決めて行きましょう、と告げた職人の背を見送れば、むむむ、と同じように唸る声がした。
「レイリは決まったか?」
「いえ、まだ。……大人っぽくとは思うんですが……。ティアン様は如何ですか?」
「ティアンも、まだ」
 小さく首を振って、ティアンは思う。『大人』というのはどうやってなるんだろうと。
(「大きくなったら大人になれるものだと、ティアンも思っていて。だから今年を随分楽しみにしていたのだが」)
 レイリの感じだとどうもそうでもないらしい。
「おとなってむずかしいんだな」
 二つちょっと先を行くレイリに、ティアンは真面目な顔でそう言った。
「はい。本当に難しいです……」
 むむむ、とレイリは唸った。
「こうばーんと成長した、どうだってくらいの大人になってみたいんですが……。ティアン様も何かこつを見つけたら教えてください」
 大人へのコツはそもそもあるのか。
 レディへの道はまだ遠く。背伸びの心より前を向く娘達に外から優しい風が吹いた。


 靴と一言に言っても種類は様々である。革靴にスポーツシューズ、スニーカーと来て、変わり種はシークレットシューズだが、まぁこのあたりは関係ないだろう。うん。そっと伸ばした身長に気がつかれた日の方が面倒くさそうである。
 つまり、男3人揃った所で、さてどんな靴が良いのかという話だが――……。
「僕の意見ってあんまり参考にならないと思うけど? 靴は悪路も行ければ良いだけだし」
「ぜつみょーに過剰要求でしてヨ。ソレ」
 千鷲の言い分にからからと笑って、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は視線を上げた。
「俺も割と機能性派だし、いざ選べるつっても中々」
「ま、そうだな。結局実用性ってのは分かる」
 目線より少し高い所まで。きっちりと詰まれた靴へとキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は目をやった。シンプルな革靴から、おしゃれなスニーカーまで。靴裏も柄を選ぶ事が出来るらしい。へぇ、と一つ手に取ってみれば、空色の瞳が靴に映る。どうやら表面の光沢は、少しばかり外の景色を写すらしい。
「自分のじゃなけりゃ……そうそ、千鷲にゃあオカタイ革靴が即浮かぶわな」
 逆にそのへんは自前で持ってんだろから、とサイガはひょい、と一つ、見つけた靴を手にした。
「いかが? この超ハイヒールなんての、バランス感覚鍛えられて一層強くなれっかもよ」
「にやにやしてそうなサイガくんの方が怪しく見えるけど」
 軽く肩を竦め、僕がこれ履いてたらおかしいでしょ? と息をついた千鷲に、虹の靴を置いてキソラが顔を上げた。
「一理あんな……」
「――え?」
「ほら」
 笑うサイガとキソラを交互に見た千鷲が声を上げる。
「キソラくんまで?」
 それはもう、心底驚いた声で。
「千鷲サン、驚きのポイントがひどくね?」
「お勧め信頼度な気もするけど?」
 男2人の会話に笑って、キソラは棚へと目をやる。
「以前猫の店で仕立てて貰ったジャケットに合わせんの良くね?」
 あの日、サイガに選んだ薄灰のジャケット。思いつきはサイガにも向けて、一つ二つと選びとって――キソラは唸った。
「あー……こっちもありか」
 いざとなると決めかねるのは、どれもありな気がするからか。
「お前どうすんの」
「考えてるトコ?」
 やたらやる気のキソラをチラ見しつつ、サイガが思いついたのは「白地」だった。うーん、と唸りつつ、履きやすそうな靴から、妙にぺかぺかの靴まで遊んで取る男の白い髪が、僅かに顔に触れる。
「なあなあ千鷲もそう思うだろ?」
「あ、いいねぇ、派手なのも良いんじゃないかな」
 唐突に巻き込まれた千鷲は派手な色彩に、ラメも入れてみたらと笑う。いっそ光れば安全かという男の思考は八割が安全性への配慮ではあったが、光もまた似合いそうだという心もあったのだ。
「2人とも何でも似合いそうだからな」
「所でソッチはどんなのか決まった? やっぱ実用性も大事よなぁ」
「……キソラくん、キソラくん。ヒールの件、もう一回目を見て教えてくれる?」
 たっぷりと間を空けた後に笑うキソラから浮かぶ色は確かに白もあったが――……。
(「いや、抜けるよな空の青」)
 こいつ、とサイガはスニーカーの棚を見る。
「んで、俺に加え千鷲パイセンの実用性論にも倣いまして。カメラ持っての遭難に耐えうるゴツいヤツを」
 選ばれたのは、オーバーサイズのソールが男振りを上げるハイテクスニーカー。ひょい、と手にして差し出せば、同じように一足をキソラが選び取っていた。
「どうよ」
 頑丈そうな明るいグレーマーブルのショートブーツだ。靴底と紐には夕焼け思わすグラデを配し、満足気に一つ笑う。
「――フハ」
 その色彩に小さく笑い、サイガはスニーカーに似合う紐をひとつ選びとる。
「んじゃ夜空もお前のもん」
 夕暮れから夜の空まで、今日と明日の終わりまでさぁ、どれだけ眺め歩いて行こうか。


 黒く、艶々としたハイヒールが硝子の棚に飾られていた。ピンヒールを見て少しばかり足を止めた彼女は――どこか、懐かしいものを見るような目をしていた。
「……」
 大人のドレスを、先を生きていく自分を想像できる様になった言った彼女を、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)は憶えている。ほんの少し緩やかに、一歩を互いに育んでゆく切ない程に愛しい眩さ。
(「今日の靴もきっと勇気を讃える祝福になる」)
 トン、と軽やかに一歩を踏み込んで、アラタはレイリ、と声をかける。
「アラタ様」
「まだ悩み中か? レイリがドレスに合わせたいならハイヒールパンプス推すぞ!」
「ハイヒールパンプス、ですか……?」
 目をぱちくり、とさせたレイリに、うん、と頷いてアラタは店の中にあるハイヒールパンプスを探す。こういう感じのだな、と告げれば橙色の瞳が瞬いた。
「アラタ様はお詳しいのですね。ドレスには……はい、これがすごい綺麗な気がします」
「うん、良かった。それと、お揃いのトゥで作らないか?」
「はい、是非」
 微笑んで頷いたレイリと共に、さぁまずは色から決めようか。黒塗りのテーブル一杯に広げられた布と、繊細なレース、細工は何が良いだろう、と職人のスケッチに2人は目を輝かせる。
「そうですね……淑女に映えるヒールの高さなら、7cmでしょうか」
「では、私は7cmで。アラタ様は如何ですか?」
「アラタには早々か……5cmにする!」
 チャレンジな心と地に足をつけて行く心も一緒に持って、この靴で歩く日はきっと良い日になるのだろう。
「変わらない過去や、変えられなかったもの。変わり続けていくのだろう未来も、その愛しい旅路がレイリだ」
 金細工に橙水晶の七星が後姿を彩るハイヒールに笑みを見せて、アラタは微笑んだ。
「花が微笑む時も、嵐に揺れ翳る時も。アラタは、胸を張って歩くレイリを想像する」
 その為に出来る事があるならしよう、したいと。あの時も今も、願いを春の夜空の導の如く信じている。
 真っ直ぐに見た先、目をぱちくりとさせたレイリが微笑んで頷いた。
「ありがとうございます、アラタ様。私、これからも頑張って行きますね」
 それはもう立派なレディとして淑女として。
 そう言って悪戯っぽく一つ笑って、レイリはぴん、と狐の耳を立てた。
「ご期待ください」
 そう、笑って。


 ――そこは、2人にとって初めての空間だった。見上げるより大きな棚には沢山の靴が並んで、大人っぽい靴はピンヒールだろうか。つま先立ちのような靴に仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)はぱちぱちと瞬いた。
「あれは、立つのが大変そうです」
「そうですね」
 ふるふると尻尾を揺らすかりんに対し、頷く夜歩・燈火(ランプオートマトン・e40528)の表情は少しばかりぎこち無かった。久しぶりの義骸装甲の顔でのお出かけが理由だ。
「ここはオーダーメイド、でしたか」
「おーだーめいど! つまり、世界にひとつだけのぼくのお靴を作ってもらえるのですよね」
 わぁ、と金色の瞳を瞬かせ、かりんはくるくる、と辺りを見渡した。
「むむ、どんなお靴を作ってもらおうか悩んでしまいます」
 革靴ならローファーからパンプス。ブーツもあれば、サンダルも目につく。スポーツシューズやスニーカー本格的なものもあるようだった。
「僕は、登山靴のような悪路でも歩ける丈夫な靴がほしいです。本当の意味で、自由に行動できるようになりましたので、どこにでも歩いていけたらなと思うんです」
「成る程ネ。好みの形とかってあるかしラ?」
 二人をふかふかのソファーに招いた職人はスケッチブックを手に、燈火に視線を向けた。
「こういう形が好き、とかあるかしら?」
「そうですね……、ショートブーツみたいに足首まで保護してくれるものがほしいです」
 デザインのことはよく分からないので、とそう言って燈火は視線を上げる。
「かっこよくしてくれると嬉しいですね」
 微笑んで頷いた職人に、一つ二つ、思いついた色を託せば、まだ少し悩んでいるかりんが、むぎゅっとクッションを抱いていた。
「燈火は丈夫でカッコイイお靴……なるほど、実用的ですね!」
「かりんさんは、どんなお靴がほしいんですか?」
 小さく首を傾げた燈火に、かりんは少し考えるようにして顔を上げた。
「だんだんと暖かくなってきましたし、これからのハイキング等の野山のお出掛けにもぴったりですよね」
 薄く開いた窓からやってくる風は暖かい。緑の綺麗な季節がこれからやってくる。
「ぼくは、体育の授業や運動会で一等賞が取れるような、軽くて早く走れるお靴が良いです!」
 あ、でもでも、とかりんは身を起こす。
「お友達とのお出掛けにも履いていけるように可愛いお靴にしてほしいのですよ」
 だってこれから沢山の場所にお出かけするのだ。ぽかぽかの日差しと綺麗な空の下。お洒落なカフェだってあるかもしれない。
「エェ、それじゃぁとびっきりに可愛くて動きやすい靴にしなくちゃネ」
 微笑んだ職人に頷けば、やわく静かな声がかりんの耳に届く。
「軽くて早く走れる可愛いお靴、そういうのも素敵ですね。日常でいっぱい、使えそうです」
「楽しみですね、燈火」
 とびっきりの笑みを一つ見せて、かりんはぴん、と耳を立てた。
「出来上がったら、新しいお靴を履いて、一緒にお出掛けしたいです! どこに行きましょうか?」
「お出かけするなら星とかお月様が見えるところに。山か、外が無理ならプラネタリウムとかでしょうか」
 二人選んだ靴で、二人一緒ならきっと、何処にだって歩いて行ける。
 七つの星の靴屋にて、これからを歩いて行く為の――日々を過ごす為の靴選びはあと少しだけ続くようだった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月31日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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