猫の集会場

作者:成瀬


 郊外にある若干寂れた神社。
 境内には御神木として古い桜の木があった。もういつの頃からか存在するのかもはっきりしない、古い桜である。
 参拝客は多いとはいえないが地元に愛され、時折住民の手によって掃除され草木も手入れがされている。そしてもうひとつ。ここには……猫がいる。それも一匹や二匹ではない。
 いわゆる猫の集会場となっているようで、何をするでもなく集まった猫たちは毛並みや瞳の色も様々、住民がそうであるように温和で人懐っこい性格の猫が多い。
 ある日の午後のこと。猫と遊びにやって来た少女は、石段で一休みしていた。不穏な気配に顔を上げると、そこには御神木である筈の桜の木。
 悲鳴が止む頃には、少女は攻性植物に完全に寄生されていた。


「とある神社で攻性植物が発生したわ。御神木の桜よ。たまたま遊びに来てた小さい女の子に寄生して、宿主にしてしまったみたい。あんまり友達を作るのが得意じゃないみたい。いつものように猫と遊びに来てたようね」
 ケルベロスたちを前にしてミケ・レイフィールド(薔薇のヘリオライダー・en0165)が事件の始まりについて話し出す。
「近所からは猫神社なんて呼ばれて愛されてる。現地まではアタシがしっかり送り届けるから、至急現地に向かって欲しいの」
 撃破するべきなのは桜の攻性植物一体のみだとミケは伝える。
「ただちょっと厄介なのだけれど、普通に倒してしまうと取り込まれた女の子まで死んでしまう。戦闘中、攻性植物にヒールをかけながら攻撃していくことで、戦闘終了後に救出できるかもしれない」
 昼間はちらほらと参拝客も訪れるが、街中から距離があるせいか夕方頃になると人はやって来ない。人払いの必要は無いし、戦いに集中できるだろうとミケは話す。
「聞いてくれてありがとう。猫たちの平和な集会場を、そしてこの子を救出する為。アナタの力が必要なの」


参加者
リーズグリース・モラトリアス(義務であろうと働きたくない・e00926)
八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)
シャルル・ロジェ(明の星・e86873)
ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)
 

■リプレイ


 春眠暁を覚えず。
 夜にはまだ早い時間帯ではあるが、春というものはどうしてこうも眠気を誘うのだろう。ぽかぽかと心地よい空気、風も僅かにあるだけで花を散らしてしまう程ではない。
 散歩やピクニックにもぴったりの日だろう。
 冷たく長い冬は終わり、道の端々や木々の枝には新しい命の息吹が芽を出している。小鳥たちの鳴き声は暖かな風を喜んでいるようにも聞こえた。
 何処か気怠げに金糸の髪をかき揚げ、眠たげにリーズグリース・モラトリアス(義務であろうと働きたくない・e00926)は空を見上げた。
 空は雲ひとつなく、夏よりも心持ち淡く優しい色が広がっている。
「ベルとのんびり遊べそうなのです!」
 風に乗って流れて来た桜の花弁をひょいと指先で掴まえ、八点鐘・あこ(にゃージックファイター・e36004)が楽しげにサーヴァントのベルへ声をかけた。
 薄紅色の柔らかい花弁が風に巻き上げられ、ところどころ舞い落ちた花が溜まって道を飾っている。一行の話し声に混じって、小鳥の鳴き声が春の訪れを喜んでいるようだった。
「でもその前にひと仕事なのです」
「そうそう。その為に集まったのよ。よりによって御神木が攻性植物になってしまうなんて残念だけど」
「その後はねこねこタイムなのです!」
 リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)の方へ顔を向け、こくんと、あこが大きく頷く。
「ルー。何だか楽しそうだね」
 横を歩いていた妹へシャルル・ロジェ(明の星・e86873)は声をかけた。現地へ到着するのでの間、互いに紡ぐ言葉は多くないがルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)の纏う空気は何となく感じるのだ。
「猫、猫。だいすき。それにね」
 歌うようにルイーズは言ってシャルルの顔を見つめ、ふふと笑う。
「おみくじがひけるんだもん。楽しみ。恋愛運が知りたいかも」
「……そうなんだ。無事に終わったら終わったらひいてみるといいよ」
「そわそわする?」
 そう悪戯っぽく笑う妹に、兄はゆっくりと一度目を瞬かせた後――ふいと視線を外した。 二人の様子を眺めていると心に暖かい光が灯る。戦いの向こうにある何もない『日常』、何の驚異も無く過ぎていく日々、地球のあるべき姿。
 微笑ましいものを見てリサは口元に笑みを浮かべ、二人の肩を後ろからぽんっと叩いた。
「さ、到着したよ。猫ねこタイムもおみくじも、あの子を助けてから」


 境内は寂れた様子はあるが雑草などはある程度手入れされているようだった。
 古く大きな賽銭箱に寄りかかったり御神木の根本であったり、お気に入りの場所でのんびりと過ごしている筈の猫たちも今は危険を感じているのか、境内には姿が見えない。
 古い桜の木。
 いつの頃から存在していたのか、信仰の対象としてあったそれは今は攻性植物として変化し、ケルベロスたちに敵意を向け待ち構えている。
「にゃにゃーん! 頑張るのです!」
 木の内側に取り込まれている少女の顔が僅かに見えた。ちらとシャルルは妹の方を見遣る。性格は違うようではあるが、何となく存在を重ねてしまう。もしもあの場所にいるのが妹の方であったとしたら、己は冷静でいられるだろうか。――否。
 だからこそ助けたい、と強く願う。
 桜の葉が、花がざわめいた。
 風が不吉を運ぶように強く吹く。
 今回は攻撃だけでなく、少女救出の為に桜にヒールをかけ続け長期戦を覚悟しなければならない。鞭のようにしなやかな蔦や怪しげな光でケルベロスたちに対抗する。
 不意に音も無く伸びてきた蔦があこに届く前に、ベルが盾となり攻撃を受け止めた。翼を羽ばたかせ前衛の仲間へと清らかな風を送り守護の力を与える。
「ベル、ナイスなのです! いっきますよー、あこもお役目を果たすのです!」
 風が止まぬ内にあこも連携を取って手番をもぎ取り、桜の木へ光る『光る肉球』を飛ばす。
「すべすべでぷにぷになのです!」
 言葉どおり、ぷにっぷにの柔らかい光で木の傷が文字通り癒され修復されていく。
 攻撃だけでは当然のことながら倒すことはできない。リーズグリースが素早く指先を動かすと、春と花に満ちた戦場に似合わない香りが漂った。
「錬成開始、基本症状設定、薬剤選定、調合調整、錬成終了」
 麻痺効果のある薬品を調合によって作り出し、木の根元へ投げつけた。
「大丈夫よ、貴女は私達が必ず助けるから、頑張ってね!」
 気を失った少女に反応はないが、リサは声が心へ届いていると信じる。
「この呪いで、その動きを封じてあげるわよ!」
 呪いにまで昇華した美しさは刃のように攻撃力すら持つ。オウガ粒子によって援護を受け、その力はますます強まっている。受けて細い枝が数本震え、ぐぐっと動くのにも対峙した時のような冴えは無い。
 目など無い筈なのに、何故か桜と視線が合ったような気がして、リーズグリースは感じぞくりと悪寒に背筋を震わせた。
 昼間の筈なのに、それでも尚光る強力な光線を浴びせられる。
「……っう、ぁ……ッ、……」
 記憶の底に沈むにしては真新しい記憶。強制的に堕とされ快楽漬けにされた狂おしい記憶が無理矢理に引き出され、精神的な防護壁を張る前に身体が全てを思い出し吐息が漏れた。忌まわしいと思いつつも、中にたっぷりと注がれ汚された生々しい記憶に身悶えする。更にうねうねと動く蔦がするりと這い寄り、するりと肢体に絡みついた。反応を数秒探るが、するりと胸元に入り込み小さな突起をぐりぐりと押し潰し引張りリーズグリースは声にならない声を上げた。
(「僕は、僕のできることを」)
 ガイナの入ったガトリングの弾幕に重ねるようにして、シャルルは拳に力を込めて踏み込み距離を詰める。土が僅かに抉れ土煙が散った。桜の木の太い幹にオウガの力を叩き込み、淡く光っていた自己再生力による守護の力を弱め、とんっと軽い動きで着地すると体勢を整える。
「もう少しだから頑張れ」
 最初に想定していた通り、敵が回復方法を保っていることもあって通常よりも時を要した。シャルルは敵に与えるダメージと回復量を慎重に見極め、攻撃を挟んでいく。少女にも、そう声をかけ励ます。
 ケルベロスたちの攻撃によって力が削り取られていっても、諦めて逃走するという手段は無く桜は攻撃を続ける。
 まるで生き物のようにうごめく蔦に対し、猫好きに無理矢理もふもふされた猫のようにじたばたと抵抗する。
「に゛ゃにゃー……」
 か細く鳴くがごめんごめんと離して解放してくれる優しさは桜には無いようだった。項にも蔦が触れてぞわわ、と不快な感覚にふるりと頭を振る。
「ルー、笑い事じゃないよ!」
 肌の上を滑る蔦に捕らわれ、シャルルはくすぐったいような感覚に悶えてしまう。無様な姿など見せてくはないのだが、――妹は傍で声をあげて笑っている。
「だって、ないない見られない姿だったんだもん」
 と、いうルイーズの腕や足に蔦が絡みついて来ると同じように悶てしゃがみこんでしまう。日常生活では味わったことのない未知の感覚。
「やっ、……これやだ。何とかしてー!」
 きゅっと目を瞑って助けを求めると、ベルがふわりと飛んで来て風を纏い蔦を払ってくれる。
「ベルちゃん、ありがとう」
 立ち上がって目元を擦り、お礼を伝えるとベルが応えるようにふわりと尻尾を揺らす。
「時間かかっちゃうかもだけど、時間かかっちゃうかもだけど、わたし達が絶対に助けてあげる」
 それに、とルイーズは続ける。
「猫達もきっと待ってると思うのよ。あなたがいなくなったら、猫たちも悲しむから」
 他の仲間の行動もよくよく見ながら回復手段を切り替えるのも忘れない。華麗なステップで舞い踊り花弁を散らす様は、この神社にあって巫女のよう。桜の花弁がジャマーの二人へと癒しの力を届けた。
 乱れかけた息を整え意識を集中。禁呪に属する虚無魔法を扱えるのは、この場ではリサただ一人だけ。生み出した虚無球体は数秒で膨れ上がり、ついと向けた指先の導きに従い桜へ襲いかかる。
 悲鳴などはなかった。
 ただ、桜の木は大きく枝や葉を揺らし――その動きを完全に止めたのだった。


 虚無魔法の余韻が遠くなる。
 辺りを包んでいた戦いの張り詰めた空気がゆっくりと緩み、ひとひらの花弁が風に流され何処へ行くともわからぬ侭運ばれて行った。
「どう? リサちゃん。大丈夫かな」
「えぇ。大丈夫よ。万事解決。そう言って差し支えないわね」
 寄生されていた少女の様子をリサが確かめていると、後ろからひょいと顔を覗かせたルイーズが声をかける。
「無事救出できてよかった、よ」
 リーズグリースも後ろから覗き込むようにして言う。
 胸元に入り込み好き勝手に蠢いていた蔦の感触がまだ微かに残っていて、苦しいようなそれでいてもっと浸っていたいような。疼きに小さく身を震わせた。服が肌に触れるでさえ今は刺激に感じて、甘く甘い感覚に自分自身を軽く抱くようにして密やかに息を吐く。
「……ケルベロスの皆さんが助けてくださったんですか。ありがとうございます……」
 少女の唇が動いて礼の言葉を紡ぐ。
「良かった、また……この子たちと遊べるんですね」
「いいのよ。必ず助けるって言ったでしょう」
 リサがそう声を返すと、瞼を落とし眠るように意識を手放してしまった。
 恐らく寄生されて体力を使ってしまったのだろう。御神木の根本には柔らかい花弁が春の絨毯のように広がっている。そこに寝かせ、目が覚めるまで少し休ませることにした。
 どこからか隠れて見ていたのだろうか。猫たちが一匹、また一匹と境内にやって来て少女の顔を覗き込む。無事を確かめ、ケルベロスたちの方へにゃ、と鳴き声を上げる。
 言葉は通じなくとも、ケルベロスたちは猫たちが安堵しまた喜んでいるような気がしてならなかった。
「にゃー! ねこたちも戻って来たみたいなのです。あっ、にゃんこだまり発見!」
 あこが額に片手を当てて遠くを見るようにすると、御神木の近くには猫が数匹。しばらくは辺りの様子を伺っていたが、やがて互いに毛繕いをして舐め合ったり、情報交換でもするように目を細めて頭を擦り寄せたりしている。猫たちを驚かせないように木陰へと腰を下ろし足を投げ出すと、人懐っこい黒い毛並みをした猫が何にゃ何にゃと寄って来てあこの膝に乗った。もちろんベルも一緒だ。ぽかぽか陽気に誘われて、いつの間にか身体を猫のように丸めあこはお昼寝タイムへ。
 一方、賽銭箱前の石段では。
「はぅぅ、もふもふで柔らかい、ねぇ。癒される、よ」
 毛足の長い大きな猫がリーズグリースの指先に鼻先を寄せ、じゃれついて遊んでいる。また人懐っこそうな顔をした三毛猫は前足を腿にかけてひょいと乗り上げ、膝の上で身体を丸め休み始めた。撫でるのを催促するように振り返り、うにゃと鳴く。撫でられて心地よさそうにしていたが、ふと姿勢を変えて胸元にぽふっと顔を埋め素肌をざりざりと執拗に何度も舐めてくる。小さな猫の舌が一瞬危ういところを掠めリーズグリースが一瞬息を詰めたのを知ってか知らずしてか意地悪そうに猫は目を細め、それから無害で人懐っこい猫をアピールするようごろごろと喉を鳴らす。びくびくと足先が石段から浮き上がり腰がびくんと震えるまでそれは続けられた。珍しい三毛の雄猫だ。もしかしたら幸運をもたらしてくれるかもしれない。どうやら随分と吐息も柔肌も、猫は気に入ったようだった。
「可愛いね。あこちゃんとリーズグリースちゃんが猫ねこタイムに突入してるよ。……っ、わ。シャル?」
 びっくりした様子でルイーズが振り返ると、重ねられたその手に視線を留める。
「僕はおみくじを引きたいな。行こう、ルー。こっちだよ」
 決して痛くはないにしても繋いで引く力は弱くない。
 引かれる侭についていくとおみくじの入った木製の箱が置かれているのが見えた。円柱状で、箱を何度か振るとぽとり、と小さく折り畳まれた紙の包みが出て来る。
 先に引いたシャルルには全体運として『願いは遠くない内に叶う。ただし誰にも言わぬこと』、次いだルイーズの恋愛運おみくじには『羞恥心を捨てると素敵ものを捕まえられるかも。ただしタイミングに注意』と書いてあった。リサも興味津々で箱を振ってみる。
「『くよくよと考え過ぎは凶、直感は信じるべし。丸い食べ物は幸運を引き寄せる』か」
 シャルルがじっとおみくじを見詰めているのに気づき、二人は顔を見合わせて首を傾げる。
「何でもないよ。これ、結んでいこう。ルーのも結んであげようか」
 一瞬遅れてリサに何でもないよと答え、シャルルたちは境内の木におみくじを結ぶ。
 当たるも八卦当たらぬも八卦。信じるかどうかは受け取り手次第。
 少女が目を覚ますのを待って、ケルベロスたちも帰路につくことにした。おみくじは道標のひとつに過ぎない。明日という未来を拓くのは、それぞれの意思そのものなのだから。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月28日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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