散り際の美こそが大正義!

作者:砂浦俊一


 関東某所の植物園。
 広大な植物園では桜のシーズンとなると毎年桜祭りが催されていた。
 今年も桜祭りは開催され、休日も重なり、園内は見物客で賑わっている。
「やはり桜は良い。日本人の心だ……」
 一人の男が桜並木の散策コースを歩いていた。まだ咲き始めではあるが、枝には多くの花が咲き誇っている。
「確かに美しいが、本当に美しいのは――」
 桜に見惚れながらも、男の表情には陰り。
 その時、突風が園内に吹き荒れた。ばっと舞い散る桜の花弁、視界の全てが桃色に染まる。荘厳な桜吹雪に見物客たちも歓声を上げる。
 絶景に感激したのは男も同様だったが、様子がおかしい。
 全身を震わせ、表情は歓喜に染まり、唐突に体が膨れ上がり、頭に大きなトサカが生え――気づけば彼は巨漢のビルシャナと化していた。
「本当に美しいのは、これこそだ!」
 突然のビルシャナの出現に周囲の見物客たちは呆然とする。
 恐怖よりも、何が起きたのかわからない、そういう表情だ。
「桜吹雪、桜は散り際の美こそが大正義! 桜は何のために咲く! それは散るため! 君たちもそう思わんかね!」
 桜吹雪の中で、未だ呆然としている見物客たちにビルシャナは自らの大正義の主張を始めた。


「ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)さんからの情報提供により、開催中の桜祭りにビルシャナが出現することが判明しました」
 イオ・クレメンタイン(レプリカントのヘリオライダー・en0317)は事件の概要を説明する。
 個人的な趣味趣向による『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場でビルシャナ化するケースがある。ビルシャナ化するのは何かに強いこだわりを持ち、『大正義』であると信じる強い心の持ち主だ。これを放置すると一般人を信者化したり、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々と生み出してしまうだろう。そうなる前に撃破しなければならない。
 今回ビルシャナ化する男性は『桜は散り際の美こそが大正義』と信じているようだ。
「ビルシャナに配下はいませんが、周囲に一般人がいる場合は大正義に感銘を受けて信者化する恐れがあります。また大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動に出ない限り、自分の大正義に対して賛成でも反対でも意見には反応する習性があります。これを利用して議論を挑めば避難誘導も迅速に行えます。ただし本気の意見でなければビルシャナは一般人へ主張を始めて信者に引き込もうとしますので、本気の本気で議論を挑んでください」
 続いてイオは現地の見取り図を机の上に広げた。
「植物園は楕円形になっており、外周が全長2kmの桜並木の散策コースです。ビルシャナ化する男性はここを一人歩きしています。ビルシャナが出現すると周囲は大騒ぎになるので、園内にいればおおよその場所が掴めるでしょう。ビルシャナは戦闘時にはビルシャナ閃光、ビルシャナ経文、清めの光を使います」
 となると見物客なり清掃業者なり植物園の従業員なりに扮して、園内で待機しておくのが得策だろう。
 一人歩きの男性を見つけたら、それとなく見張っておくのも良いかもしれない。
「ビルシャナ退治、どうかよろしくお願いします。それにしても、もう桜の時期なんですね。写真、撮りに行きたいなあ」
 ケルベロスたちに事件の解決を頼んだイオは、首から下げている古びた二眼レフカメラをそっと撫でた。


参加者
セレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)
オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 暖かな陽気の昼下がり。
 桜祭りの催されている植物園は、多くの見物客で賑わっていた。
「お団子~、お団子~、甘くて美味しい三色団子はいかがですか~♪」
 団子売りに扮したローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は、手押し車を押しながら桜並木の散策コースを歩いていた。
「これで、買えるだけ、おだんごください」
 手押し車の近くへ幼い兄妹がやってきて、兄の方が五百円玉を差し出した。
 微笑むローレライは金額分の団子を竹皮で包み、1本サービスして、兄妹に手渡す。
「危ないから歩きながら食べちゃダメだよ~」
 笑顔で去っていく兄妹に彼女は声をかける。兄妹の行く先には両親が待っており、やがて家族で並んで歩き出した。
 件のビルシャナ化する男性は、1人歩きの見物客だ。
 桜祭りの見物客は家族連れやカップルが多いが、おひとり様もちらほらと見える。
 今、ローレライの行く先から歩いて来るのもおひとり様の見物客だが、それは黒コートを着たセレスティン・ウィンディア(穹天の死霊術師・e00184)だ。
 なるべく固まらずに園内を探索したい。
 両者はすれ違いざまに視線を交わすと、別々の方向へ歩いていく。
『んっ。リリの声、聞こえているかな? すまーとふぉんは苦手だからちゃんと聞こえているか心配だ』
 セレスティンが耳に挿したワイヤレスイヤホンから、リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)の声。
「聞こえているわ。そっちはどう?」
『杖をついたおじーちゃんが1人。ビルシャナ化するかよりも、転んだりしないかそっちの方が不安だ』
 ハンズフリーマイクで会話をしながら、セレスティンはリリエッタと情報交換を行う。
『こちらオイナスなのです。今、30代くらいの男性が公園に入ってきたのです。黒の革ジャンなのです。あ、続けてまた1人。20代前半くらい。こっちは派手なスカジャン、背中に虎の刺繍なのです』
 桜祭りのパンフレットを見つつ、散策コースの入口に陣取ったオイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)は仲間たちにアイズフォンで情報を送る。
 一般人や業者を装い、ケルベロスたちは園内に分散している。連絡にはスマートフォンやアイズフォンを用いて、情報共有と警戒を怠らない。ジェミ・ニア(星喰・e23256)とエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は清掃業者に扮し、離れた場所でゴミ拾いをしつつ、園内に目を光らせていた。
『こっちは家族連ればかりです。エトヴァの方は?』
『一際大きい桜の樹の前に40代ほどの男性が1人デス。他は見当たりませんネ』
『了解。せっかく咲いた桜を散らしてしまうビルシャナは迷惑だけど、ゴミのポイ捨ても困りものだね』
 ジェミは落ちていた空き缶や紙屑を拾い、手にしたゴミ袋に放り込む。
 確かに、と監視を続けるエトヴァが言いかけたその時、突風が園内に吹き荒れた。
 盛大に舞い散る桜の花弁、荘厳な桜吹雪に周囲から歓声が上がる。
 そんな中、40代の男性は全身を震わせ、表情は歓喜に染まり、体が膨れ上がり、頭に大きなトサカが生え、瞬く間に巨漢のビルシャナと化した。
「本当に美しいのは、これこそだ!」
 大正義ビルシャナの出現だ。

● 
 ビルシャナは更なる桜吹雪を起こすべく、ビルシャナ閃光の構えを取って力を溜めていく。周囲の見物客たちは突然現れたビルシャナに驚き、呆然としたまま動けずにいる。
「桜吹雪、桜は散り際の美こそが大正義! 桜は何のために咲くのか! それは散るため!」
 だがビルシャナと桜の樹の間にエトヴァが割って入った。
「花吹雪に、花筏……散り際は幽玄な美しさデス」
 仲間たちに自分の場所は既に伝えてある。まずは合流まで議論でビルシャナの気を引き続けなければならない。
「しかし咲き初めの期待感や、春の訪れを感じ、日々開きゆく花を愛おしむのも胸が温まル。満開の桜で薄紅に染まる景色ハ、あまりにも美しいデス。素敵な花ハ、余す所なく味わえば良いと思うのデス」
「桜の季節の終わりを待っておれば、散り際の旬を逃してしまうこともあろう。故に我が手で散り際の美をもたらすのだ」
 即座にビルシャナが反論する。
 やはり、何であれ意見を言われたら反応する習性のようだ。
「散り際、桜吹雪が綺麗なのは認めます。ただ、それが儚く美しく見えるのは芽吹いた時の生命力や可愛らしさ、咲き誇った時の華やかさ、その時々の美しさがあるからで、優劣はつけられないのでは?」
 駆けつけたジェミがエトヴァに加勢、ビルシャナに論戦を挑む。
 見物客たちはこの光景を唖然とした顔で見ていた。ビルシャナが出現したかと思えば論戦が始まり、頭が理解に追いついていない様子だ。
「滅びの美学を語る者として、散るだけでは物足りないわね。桜の儚さ憂さ、圧倒的な美しさはやはり死体が埋まっているからよ。だからこの美しさは特別に感じるの。そして滅ぶと言うことは同時に命の賛美に繋がるのよ。美しいものを見る目はあるようだけれど、まだまだね」
 3人目、セレスティンがビルシャナの背後から議論を仕掛ける。
「まだまだ? 私を未熟と嘲るか!」
 ビルシャナが彼女の方を向けば、周囲の見物客たちに背を向ける形になる。
 視界に入らず、ビルシャナが議論に熱くなっているうちに、合流したローレライとリリエッタが見物客の避難誘導を開始する。
「んっ。みんな、今のうちに避難するよ」
「あいつを刺激しないように、静かにね。向こうで私たちの仲間が誘導しているわ」
 その仲間、オイナスは入口付近から見物客たちに植物園を出るよう指示を出していた。
「桜の見物中に申し訳ないのですが、ビルシャナが出現したのです。僕たちがビルシャナを排除するまで植物園の外で待っていてほしいのです」
 声を荒げず、極力静かに。彼はビルシャナの出現ポイントまで散策コースを移動しつつ、園内の見物客たちに声をかけていく。
 一方、ビルシャナとケルベロスたちの議論は白熱していた。
 ビルシャナが散り際の美しさを大正義と語れば、ケルベロスたちがその大正義の未熟さを指摘する。その応酬だ。
「賛意を示しているようで、揃いも揃って私を未熟と嘲るようなことばかり言いおって……さては散る桜を愛でるよりも、桜の話で他者にマウントを取るのが好きな輩どもか! なんと迷惑な!」
 激昂するビルシャナが苛立たしげに地面を蹴った。
 それはこちらのセリフだと、ケルベロスたちは思った。
 よりにもよってビルシャナに言われたくない。
「ならば他の者たちに聞いてみようではないか。我の主張と、おまえたちの主張、どちらがより大正義であるか!」
 ビルシャナは振り返り、周囲の見物客たちに問いかけようとした。
 しかしケルベロスたちを除けば、そこには人っ子ひとりいない。
 ただ空しく、そよ風が散策コースを吹き流れるのみ。
「どうしたことか、さっきまで大勢の見物客がいたというのに!」


「危ないから避難してもらったんだよ」
「春といえばお花見です。皆で見る桜のためにも、あなたにはご退場願います」
 タイミングを合わせ、リリエッタとジェミが履くブーツが煌めいた。
「ぬぐぅ!」
 胴へと星型のオーラが蹴り込まれたビルシャナは痛みに悶絶、その場で転げまわり、土埃が盛大に舞った。
「リリは桜は咲き始めの方が好きかも? 冬が終わって、暖かい春が始まったのが感じられるのがいいよね」
 土埃を吸ってしまわないように、リリエッタは大正浪漫な服の袖で口元を覆う。
「……我の大正義に反する者どもめ。桜の前におまえたちの命を散らしてくれる!」
 鳩尾を抑えて痛みに悶えながらも、立ち上がったビルシャナは目を見開いて叫んだ。
「桜は変化する姿も美しいと思いマス……」
 エトヴァの指が風に舞う桜の花弁を捕まえる。
「そう、どの瞬間モ」
 彼の掌の中で桜の花弁は黄金の果実となり、輝きが味方前衛の加護となる。
「この先は、あなたと私たちの命のやり取り」
「だからもう遠慮は無用!」
 続けて後衛組が動く。
 殺界形成、周辺を殺気で満たしたセレスティンは大きく踏み込んでビルシャナへ斬撃。
 ローレライはアニヒレイトスマッシャーからの砲撃を開始する。
「この程度の痛みで……私の命は散らせぬぞっ」
 被弾に耐えるビルシャナだが、反撃に出ようとビルシャナ閃光の構えを取った。
「散り際は確かに綺麗ですけど、緑の葉っぱが見えてきちゃうとなんだか寂しくなっちゃう気もするのです」
 しかし散策コースを駆けてきたオイナスがビルシャナの反撃を阻む。
 繰り出されたのは氷晶炎舞。
 二刀流の連続攻撃がビルシャナを切り裂き、桜吹雪の如く鮮血が舞う。
「満開の桜って下地があってこそ散り際の美も映えるのではないですかね。一概に散り際であればそれで良いとも言えないような」
 刃の血が振り払われる。
 斬られた胴だけでなく口からも血を吐き出すが、ビルシャナの眼は未だ戦意を失っていない。血走ったその眼はケルベロスたちへの怒りでギラついている。
「……桜の下には死体が埋まっているとか言っていたな。ならばおまえたちの亡骸を埋めてくれよう……その命の散り際を我に見せよ……これまで生きてきた証ならば、さぞかし美しかろう!」
 叫びとともに巻き起こる桜吹雪、そして桜色の閃光がビルシャナから放たれる。


 己に歯向かう者を退ける破壊と重圧の光。
 深手を負いながらも、ビルシャナが放つ閃光の威力はそれを感じさせなかった。
「まるであなた自身の散り際の輝きね」
 回復を受け持つのはセレスティンと、ローレライのサーヴァントのシュテルネ。
 残りの面々は畳みかけるようにビルシャナへ攻撃を仕掛ける。
「一気呵成に終わらせるのです。プロイネン、タイミングを合わせるのですっ」
 エトヴァと相棒のプロイネンがビルシャナを挟撃する。
 左右から脇腹を抉られたビルシャナの態勢が崩れ、地面に膝をつく。
「んっ、この隙は逃さないよ」
「僕たちの意見に納得してくれなかったのは、少し残念です」
 跳躍したリリエッタの旋刃脚がビルシャナの側頭部を狙い、ジェミの拳は地面を這うように放たれ、胴の傷口を深く抉る。
「この程度で、私の命は散らせぬと言った……!」
 なおもビルシャナの体が光を放つ。その暖かな輝きで負傷を癒そうとする。
「Guck mal bitte……御覧あれ」
 だが回復はさせない。エトヴァが上着の袖からたなびかせた極細の糸が、ビルシャナの体に絡まり縛り上げる。それは白銀色の金属で編まれた、肉も骨も切り裂くワイヤー。軽く手首が捻られると同時にビルシャナの全身から鮮血が吹き出す。
 視界が真っ赤に染まったビルシャナが見たのは、アームドフォートを膝射で構えたローレライの姿だった。
「私も散り際で桜吹雪になるのすごく好きよ。地面も空も一面がピンクになるの、とても綺麗だわ。でも桜の花は短いから――どれも愛でるもの!」
 エネルギーチャージ終了と同時に引かれるトリガー、砲口が輝きを放つ。
 光弾の爆発にビルシャナは呑まれ、爆風が収まった後に残されたのは抉れた地面のみ。
 そこへ桜の花弁がはらはらと舞い落ちていた。

 戦いで荒れた場所のヒール、それと負傷者の手当てを終えたところで、桜を見上げていたエトヴァが皆にこう提案した。
「……こんなに綺麗なのデス。皆でお花見していきまショウ」
 彼が持ったバスケットの中には、苺とミックス、二種類のフルーツサンドが入っている。
「実は僕、おやつ作ってきちゃった」
「ふふふ、あなたたちもなの?」
 はにかみながらジェミが見せたのは、竹筒の底の栓を抜くとするっと出てくる仕組みの竹羊羹。セレスティンが持参した重箱には卵焼きにタコさんウィンナー、ポテトサラダとバラエティに富んでいる。
「飲み物は用意してあるよ」
「炭酸系のジュースにオレンジジュース。それから温かいほうじ茶なのです!」
 リリエッタとオイナスはペットボトル飲料や魔法瓶を両手で掲げていた。
「考えることはみんな同じね」
 ローレライの団子売り用の手押し車には、クッキーや揚げせんべいなどの菓子もある。
 いつしか植物園の散策コースにも桜の見物客が戻り、元の賑わいを見せている。
 桜の季節は短く儚い。
 ならば咲き始めから季節の終わりまで、美しく咲く姿を愛でたい。
 そしてまた来年、再び咲き誇る日の来るまで。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月28日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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