デスバレス大洪水を阻止せよ~大禍の大渦

作者:絲上ゆいこ

●大禍
 海を駆ける風は強く、潮と春の香りがした。
 淡路島と四国の間を流れる、鳴門海峡を跨ぐ吊橋――大鳴門橋。
 この海峡で発生する渦潮は、海底の地形の影響で最大で30メートルにも達し。
 開通した当初は、橋上に車を停めて渦を見物しようとするドライバー達が後を絶たなかったそうだ。
 その為今でも『停駐車禁止、路側走行禁止』という標示と共に、警告を発するスピーカーが至る所に橋上に設置されているのだが。
 そんな橋上に今、車が停まっていた――否、停められていた。
「……ッ」
 運転手の男は走行中に突如ボンネットの上へと落ちてきた、蒼い少女の緋色の視線から眼を逸らす事が出来無い。
 なんたって、彼女は手にした大鎌で車のフロントガラスをまるでゼリーの様に貫いて、その冷たい刃を男の首筋へと押し付けたのだから。
 その上彼女と同時に姿を現した10体程の武装した白骨――デスナイト達がその一見力の入らなそうな骨の腕で、彼の車が動けぬように押し止めているのだ。
「姉様、まだよ」
 後方から現れた、紅色の槍を両手で抱えた少女が声を上げて。
「ええ、解っているわ」
 姉様と呼ばれた少女は鎌を握る手を緩める事も無く冴えた蒼の髪を揺らして、どこか楽しげに応じる。
 その言葉の朗らかさに、運転手の男は空恐ろしさを感じて確信した。
 今日、自分はここで死ぬのだと。

 大鳴門橋。
 ――ここは過去にデウスエクスの侵略を受けていたが、ケルベロス達の奮戦によって平和を取り戻された場所である。
 しかし、今。
 この橋は再び、デウスエクスの侵略を受けようとしていた。

「ああ、姉様。もういいよ」
「ええ、そうね」
 そして次に、紅の少女と蒼の少女が同時に笑った瞬間。
 運転手の首が刈り取られ、鞠のように転がり――。
 首のあった場所に、ぽつりと小さな穴が生まれた。
 それは、世界に開けられた穴。
 それは、この星に開けられた穴。
 瞬きの間に裏返るように広がった穴は、死んでしまった彼の体を飲み込み。
 その穴からどぶりと音を立てて、水が溢れ出した。
「うん、これでここはもう大丈夫かな?」
「うーん、もっと私が大暴れ出来る仕事が良かったなあ」
 翼をはためかせて飛んだ紅色の少女――紅の屍姫は、満足げに頷き。
 蒼色の少女――蒼の屍姫は、物足りなそうに肩を竦めると穴を見下ろした。
「こういう小さな積み重ねが、勝利を呼ぶんだよ」
「そーねー」
 紅の屍姫の言葉に、蒼の屍姫はやれやれとかぶりを振ってから。彼女達はもう、振り向く事無く空を舞う。
 ――後に残る穴から溢れ出す水は、どうどうと。
 あっという間に大鳴門橋を飲み込み、撓ませ、へし折り。
 橋の跨いでいた二島をも飲み込む、大きな波となって荒れ狂いだしていた。

●大海
「色んな勢力が入り乱れた戦争だったが、見事な勝利だったな。お前達ならやってくれると思っていたが、……本当にお疲れさんだなァ」
 労う様に緩く笑ったレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、そのまま後頭部をがり、と掻き。
「……で、本当に疲れているだろう所に悪いンだが……。冥王イグニスが言っていた通り、死神勢力が動いたぞ」
 そのまま少しだけバツが悪そうに、もう一仕事頼めるか、と首を傾いだ。
 ――兵庫県、鎧駅。
 せまい湾が複雑に入り込んだリアス式海岸に沿ってぽつりと立つ、海の見える小さな無人駅。
 その鎧駅に、デスバレスと地上を繋ぐ死神の拠点。《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングが姿を現すという予知が出た、とレプスは言った。
「そこを拠点に死神共は、以前お前達が取り戻したミッション地域を襲撃しようとしている様でな」
 死神達の目的は、旧ミッション地域を襲撃して『儀式』を行い。
 デスバレスの海を地上へと直接出現させる事で、各地で大洪水を起こそうとしているのだ。
 ――その儀式を放っておくと西日本全土はデスバレスと繋がり、72時間以内に地球の海は全て、デスバレスに飲み込まれてしまうだろうと予測がされている。
「っつー訳だ。ここに集まってもらった皆にゃ、大鳴門橋の儀式を食い止めて貰うぞー」
 ケルベロスブレイドによって強化された予知能力によって、死神達が現れる正確な時間と場所は確認ができている。
 後は敵の出現時間まで潜み、敵の出現と同時に奇襲をして撃破を行ってもらうだけ。
 ――なのだが。
「予知を崩してしまうと出現場所がずれちまう可能性があるからなァ。事前の人払いも、襲われる予定のヤツにその事を告げる事も今回は出来ない」
 ゆるゆると首を振ったレプスは手のひらの上に、橋の資料を展開して言葉を次ぐ。
「その上、敵さんが現れるのは車道のど真ん中だ。車の上に突然現れた敵さん達は狙いの車を無理やり止めた後、儀式の時間が来るまではそのまま待機をするぞ」
 それは敵の待つ儀式の時間までに運転手の男を救出、或いは敵の撃破を行えば良いと言う事だが――。
 問題となってくるのは、敵を待ち伏せる方法だろう。
 大鳴門橋には遊歩道もあるのだが、それは橋桁内……車道の下に作られた遊歩道だ。
 車道の奇襲を行うには、しっかりとした柵がある為に少し不便だろう。
 その為、見晴らしの良すぎる橋の車道にどうにかして潜むか、襲われる予定の一般人の車を不自然で無い程度に追尾をするなどの工夫を行う必要がある。
 それからレプスは眉を寄せると、指をぴっと2本立てて。
「しかもこの場所に現れる死神は配下も多いし、二人も居るンだよ」
 配下として10体のデスナイトを引き連れた、死者を統べる姉妹。
 紅の屍姫と呼ばれている死神と、蒼の屍姫と呼ばれている死神。
「戦闘になりゃ、デスナイト共は守りを担当して、蒼の屍姫が先頭をきって戦い。紅の屍姫がそのサポートをしながらチクチクと攻撃してくるようだ」
 一通り言葉を告げると、レプスは資料を閉じて。
「やる事が多かった戦争の後に、またやる事の多いお願いでは在るンだが。放っておくと大災害が起こっちまう。……頼んだぞ、お前たち」
 ――地球の海を、人々の命を。
 唯一護ることができるのは、ケルベロスの力だけなのだ。
 信頼と祈りの色を瞳に宿したレプスは、ぺこりと頭を下げた。


参加者
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
輝島・華(夢見花・e11960)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 走行中のボンネットに落ちてきた何かに、運転手の男は反射的にブレーキを踏んだ。
 後続車が路線変更して横をすり抜けて行く中、フロントガラスの向こう側で蒼の髪が揺れている。
 ボンネットの上に乗った少女――蒼の屍姫の手に握られた大鎌を、男は息を呑んで見つめて。
「きゃっ!?」
「停車禁止区間ですよ!」
 掛けられた声に蒼の屍姫は、路肩に停車された橋梁点検車の作業員達を冷たく一瞥し。そして、作業員の一人……イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)に視線を留めると、目を見開き。
「!」
 交わされた赤色の視線に、頭の奥で眠っていた何かが疼いてイズナは肩を跳ねる。
 しかし今は一番優先すべき事をすべき時だと、頭を振り。
 ――みんな、お願い!
 イズナの思念は、デバイスを通じて繋がる仲間達への合図となる。
「……姉様!」
「っ!」
 刹那。
 遅れて配下を引き連れて姿を見せた紅の屍姫が、何故か動きを止めている様子の姉に注意の声を上げるが既に遅い。
 その隙を作業員――否。
 ケルベロスたるジェミ・ニア(星喰・e23256)は見逃しはしなかった。
 地を踏み込んだジェミは一気に間合いを詰めて、蒼の屍姫を車の上から弾き飛ばすように押しこみ。
「今ですっ!」
「地球をデスバレスなんかに飲み込ませたりしないよ!」
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が発煙筒を投げると同時に、ジェットパックとレスキュードローンに乗ったケルベロス達が一斉に橋下から姿を現した。
「落ち着いて焦らズ、直ちに離れてくだサイ、この先は危険デス。他者にも聞かれたら伝達ヲ!」
 拡声器を手に交通整理をはじめたエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の声が、通行する車達へと向かって朗々と響く。
「なっ……、ケルベロス!?」
「ええ、その通りです――私達はケルベロスですわ!」
 紅の屍姫の声にお答えした輝島・華(夢見花・e11960)は魔法の箒めいたライドキャリバー、ブルームに跨り空を駆けるよう。
 花を巻き上げ花弁を散らし、――ちょっと失礼しますの!
 そうして停車させられていた車へと急接近すると機械腕で持ち上げて、警戒してデスナイトが構えた盾へとノーブレーキで突っ込むと、盾を踏み台に勢いよく跳ねた。
「それではまた、後ほどお会い致しましょう!」
 敵の盾を踏み台に敵群を飛び越えた華は、一般人の乗った車を抱えたまま橋の向こう側へと駆けてゆき。
 ぎしっ、ぎしっ!
 慌てて骨の体を軋ませて追いかけようとしたデスナイト達へと、横殴りの吹雪が叩き込まれた。
「そうは問屋が卸しませんよ」
 それはウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)の召喚した精霊の御業だ。
 吹きすさぶ吹雪は、みるみる間に骨を凍らせて――。
「……ああ、貴様らを通す訳には行かない」
 レスキュードローンを駆けさせて避難誘導する副島・二郎(不屈の破片・e56537)がゆるりとかぶりを振りると、ジェットパッカーを背負った比良坂・陸也(化け狸・e28489)は鋭い眼光で死神達を睨めつけた。
「さぁって――蹴散らさせていただくぜ、死神さんよ」
 しゃらりと錫杖を鳴らした狸は、空中に炎の軌跡を描いて。激しく燃え上がった炎が、煌々と冷え切った白骨を照り返し。
「私、想定外の事って嫌い」
「ま、でもやるしか無いみたいね」
 配下が攻撃されて居るというのに紅の屍姫が気疎げに肩を竦め。
 彼女とは裏腹、蒼の屍姫は楽しげに唇を笑みに歪めて大鎌を構えた。
 デスナイト達は攻撃されながらも屍姫達を護るべく、改めて盾を前に構えて隊列を整えるが――。
 あっという間の手早い避難誘導。
 既に通行止めとなった橋の上には、もはやケルベロスと死神達しか残されてはいなかった。


 地を駆けるブルームは急制動を駆けてタイヤを滑らせると、地面を舐めるような火花を散らして。
 半円を描きながら、デスナイトの群れを轢き薙ぎ払う。
「折角取り返して平和になった場所を、死神達に再び奪わせはいたしません! ――地球の海とデスバレスを繋げさせるたりするものですか!」
 ギャリギャリと勢いを殺しきれず地面を滑るブルームの上で、華は杖を振るって雷の加護を宿した壁を仲間達の前へと生み出し。
「そもそも、だ。……お前達は海をデスバレスに繋いで洪水を起こして、何がしたいんだ?」
 同時に二郎が大きく縛霊手を振るうと同時に手が展開して、加護の力を持つ紙兵が大量に舞い上がった。
「――そこまで解っているなら、もう解っているのでしょう? この地上をデスバレスにしたいだけだよ」
 槍を杖のように振るった紅の屍姫が当たり前の事を聞かれたかのように答え、飛行する陸也へと向かって真っ直ぐに黒い弾を爆ぜ飛ばし。
「そんな事、ゆるされると思っているのですかっ!?」
 花弁を侍らせたはジェミがデスナイトへと幾つものミサイルを撃ち放ちながら。
 驚異的な瞬発力で一気に間合いを詰めると陸也と黒い弾の間へと割り入って、その身で攻撃を受け止め。
「許されるもなにも、……あなた達が死者の泉を持って行っちゃったんでしょう?」
「もう取り返せないなら、地上をデスバレスにするしかないでしょ」
 屍姫の姉妹は当然の事を言わないで、と言わんばかりの冷たい視線。
 紅の屍姫の脇をすり抜けて鎌を振り上げた蒼の屍姫は、勢いを殺すこと無く旋転から逆水平の斬撃を、番犬達へと叩き込む。
 リリエッタは突撃銃で受け身を取ると、スカートの裾を翻してサイドステップ。
 大量の死神達を見据えた瞬間、脳裏に過るあの子の事。
「……バカな事をいわないで」
 脇を締めて台尻を肩へとしっかと押し付けると感情の薄いその瞳の奥に、嫌悪の色を揺らした。
「全くイグニスはしぶといだけで無く、面倒なことをしでかしてくれますね」
 ウィッカがかぶりを振ると、彼女が放り投げたガーネットに合わせて巨大な五芒星の陣が空中へと描き出され。
「しかしそんな事は、私達が……」「――絶対にさせないよ」
 重なり継がれる言葉。
 ウィッカの陣が燃えるように輝いた瞬間に、ガーネットは音を立てて割れて炎の雨となり。リリエッタが重ねて圧縮した大気を弾丸と成して、撃ち放つ。
「それでもね、どうしてもやるっていうなら、……リリが相手になってやるよ!」
「はっ、そりゃあ上等!」
 吠えた蒼の屍姫を護るべく盾を構えたデスナイト達が、彼女の前へと殺到した。
「……人々に、この星に仇なすと言うのならバ。――イグニスの計画は俺たちが止めマス」
 刹那。
 剣の柄を握りしめたエトヴァは銀の双眸を細め、籠めた力を解放する。
 瞬く光と共に殺到したデスナイト達の真下で繋がれた星の輝きが、氷と成って骨達を喰らい。
「いやぁ、なるほどね。地上をぜーんぶ、三途の川にしちまおうとは恐れ入った」
 凍りついたデスナイトに向かって、空中を蹴って加速した陸也は足を振り上げた。
「ただな、そこはお前さんたちだけで渡れや」
 ――ここにいる奴らはみんな、まだまだ先の予定なんだからよ。
 荒れ狂う風を纏った爪先が、凍ったデスナイトの頭を蹴り砕き。
「死神も絶対制御コードで従わされてるのかな?」
 割れ弾け、倒れた骨の向こう側。屍姫の姉妹を真っ直ぐに見据えたイズナが首を傾いだ。
「……あの時の勝負の事、覚えてる?」
 ねえ。
 わたしね、忘れていたことを思い出したよ。
 でも。
 イズナの赤い瞳の奥には迷いは無い。
「んー、私達が勝った勝負の事?」
 壊れた配下の事なんて気にする様子も無く、蒼の屍姫がからからと笑った。
「そうだね、私は覚えてるよ。私達が勝った事」
 デスナイト達が刃を払えば闇が爆ぜて、彼らに守られる形で立つ紅の屍姫も上品にくすくすと笑う。
「うーん……同じくらいじゃなかったかな……?」
 少しだけ困ったように眉を下げたイズナはその指先に炎を宿して。勢いをつけて振り抜けば、逆巻く炎が激しく膨れ上がった。
「でも、そうだね。……どっちにしても、ここで勝負をつけようか」
 炎を背負って、イズナが二人を見据えて告げると。
「良いよ」
「どうせ勝つのは、私達だもの」
 配下を焼かれながら、屍姫の姉妹はまた笑った。


 光の蝶が舞い、二郎の放つ癒やしの力が仲間たちを包み込む。
 砕け落ちた骨、焼け落ちた骨。
 重ねられた剣戟は数え切れぬ程。
 配下たるデスナイト達は、数こそ多いが決して強敵では無い。
「あーもーっ、なんでもっと役に立つヤツらを連れてこないの!?」
「姉様がどうせ自分が暴れるからって、適当に選んだからよ」
「あーそうだっけ、……じゃあ、暴れましょうか!」
 もはや配下は全て壊されてしまったというのに、紅の屍姫の嗜める言葉に、満身創痍の蒼の屍姫は楽しげに笑った。
 それから一気に踏み込んだ蒼の屍姫は、エトヴァの喉元を狙って間合いを詰め。
「エトヴァに近寄っちゃ、だめ!」
 彼と蒼の屍姫の間へと強引に割り入ったジェミが、オーバースロー気味に振り下ろされる大鎌の刃を、振り上げた靴底で食い止めた。
 そして刃を巻き込む形で横へと半円を描いて蹴ると、その刃を踏み倒して。
 刃を持っていかれて勢い余った、蒼の屍姫の体勢がぐらりと崩れる。
「そのまま抑えていて下、さいっ!」
「ああ、死神さんよう。――そろそろ潮時じゃねえか?」
 なんとか踏みとどまって再度飛びかかろうとする蒼の屍姫へと向かって、飛び込んだウィッカが龍砲を力の限り振り絞って。
 空中を泳いだ陸也は彼女の頭を蹴り上げると同時に、光の斬撃を叩きこむ。
 同時に放たれる力の奔流。荒れ狂う嵐は霊力と紫電を侍らせて、眩く爆ぜながら蒼の屍姫を呑み込み。
「姉様……ッ!?」
「まだ、まだあ!」
「!」
 慌てた紅の屍姫が癒やしの力を姉へと流し込もうとするが、攻撃の直撃を受け入れた蒼の屍姫は制止を駆けるように腕を真一文字に。
 まるでそれは、その回復を自分に使えと伝えるよう。
「せめて、……一人くらいは道連れにさせてもらうよっ!」
 無理やりジェミに踏まれた大鎌を引き抜いた蒼の屍姫は、彼に石突を押し込むと間合いを強引に取って、一回転して勢いをつけ――。
 そこに嘶きに似た音を立てて、その刃を叩き落としたのブルームであった。
 ぐわんと甲高い音と共に、大鎌が地へと転がり落ちる。
「申し訳ありまセンが、それは見過ごせまセン」
 エトヴァは銀の瞳を瞬かせて、真っ直ぐに蒼の屍姫の瞳を見据え。
「あ……」
 彼の瞳をまともに見つめてしまった彼女は、見せつけられた幻影慄いてしまう。――竦んでしまう。
 その隙に地を踏んで立て直したジェミが、大きく肩を引いて。
「ごめんなさい――僕はあなたに倒される訳には、いかないのですっ!」
 勢いと膂力の全てを力として、スパイラルアームを蒼の屍姫へと叩き込んだ。
「……う」
 びくんと彼女の体が跳ね。
 両膝をついた蒼の屍姫の体が崩れ落ちる。
「……!」
 姉の倒れる姿を目前にした紅の屍姫はケルベロス達を真っ直ぐに睨めつけて、憎々しげに自らに回復を施すと、踵を返し――。
「逃しませんの!」
 華が掌の上に生み出した花弁を吹けば、はらりはらりと舞った。
 柔らかそうに見える花弁は刃と成り、紅の屍姫へと殺到する。
「……逃げられないのね」
 紅色の槍をぎゅうっと握った屍姫は、踵を踏み込んで制動を掛けると細く息を吐いた。
「――勝負を、つけましょう」
 振り返った彼女は槍を構えて。
「そうだね」
「ああ」
 応じたリリエッタが駆け出すと、二郎も紅の屍姫の赤い瞳を真っ直ぐに見据えて頷いた。
 ――二郎は人である事を、捨てたと言う。自らは敵を倒すための武力に成り果てたと言う。
 しかし、しかし。
 本当は自覚している、知っている。
 人々を守りたいという意志が、自らの心根に宿っている事くらい。
 だからこそ。
 目の前で姉妹を喪った敵の事も、理解出来てしまう。
 ――しかし。
「もう、終わりにしようか」
 安い同情でこの世界を死神達にくれてやるつもりなんて、ひとかけらも無い。
 強い思いは雷撃となり空を割って駆けて、雷と同じ速度でリリエッタは駆ける。
「うん、これで終わりだよ!」
「地球をデスバレスに変えちゃうのは、よくないよ」
 二郎の放った雷が白く爆ぜ瞬くと、同時。
 息を吐いたイズナが得物――槍を自らに引き寄せるとルーンを解放する。
 纏った呪力は光となって槍を輝かせて、スカートをはためかせ一気に地を踏み切ったリリエッタが空で円を描いた。
 それから。
 ――ごめんね。
 イズナが小さく小さく呟く声が、風に溶けて――。
 三人の攻撃は同時に、屍姫へと叩き込まれた。


 橋に吹きすさぶ海風は強く、戦いに火照った体も冷えてしまう程。
 風に溶け消えゆく死神の体を、リリエッタはただ静かに海色の瞳で見下ろしていた。
 エトヴァはそんな彼女を横目に、心根に宿った言葉にする事の無い疑問を反芻する。
 ――死神達にとっテ、命とは何なのでしょウ。
 なんて。
「……おわり、ました?」
 ――そんな彼の横で、息を吐いたジェミはその場に座り込み。
「ハイ、おつかれさまデス」
 ジェミがエトヴァの顔を見上げたものだから、二人は眦を和らげて笑い合う。
 答えは出ない事、それでも、それでも。
 ――今、儀式を阻止出来たことは喜ぶべき事だ。
「さぁって、本当に橋の点検とヒールをしねえとなぁ」
 ジェットパッカーより圧縮された空気を吐きだして。
 やっとのことで地上に降りることが叶った陸也は、やれやれと体をぐうっと伸ばしてから肩を竦める。
 体がバキバキだ。
「……ああ、あのケーブルなんて随分と恐い事になっているしな」
「え? げえっ、本当じゃねえか!」
 同意するように言葉を零した二郎の冷静に見上げる先には、攻撃が当たってしまったのかぶらぶらになっているケーブル。視線の先を追った陸也は目を丸くして。
「あっ、私も手伝いますの!」
 黙々と橋を癒やしはじめた二郎について、華もブルームとぱたぱたと駆けて行く。
 ――冷たい風が服。
「……敵がどんな策を講じてこようとも、私達は潰しますよ」
 殺界を収めたウィッカがリリエッタへと歩み寄ると、彼女の顔を真っ直ぐに見やり。
「うん、……そうだね」
 感情の薄い表情のままウィッカへと顔を上げたリリエッタが頷いた。
「……他の場所も、儀式は阻止できたかな」
「きっと、できてるよ」
 イズナが一歩彼女達へと近寄ると、きっとね、と小さく笑った。
 取り戻された平和。
 守られた平和。
 祈るように、慈しむように。
 それからイズナは、死神の体が溶け消えていった方向。
 風下で波立つ海を見つめてから、おやすみなさい、と。瞳を閉じた。
 ――この吊橋で行われていた儀式は、ケルベロス達の活躍によって確かに阻止が行われた。
 少しばかりファンタジックになってしまった大鳴門橋は、その証拠のように今日も平和に立っている。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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