誰か秘境を想わざる

作者:土師三良

●北国のビジョン
 腰が重すぎる春のスローペースな足音が聞こえ始めた三月某日のこと。
「今こそ再評価すべきだ! 試される大地、魂の故郷、現世のコキュートス――我らが北海道をーっ!」
 アノラックで着膨れしたビルシャナがビルの屋上で叫んでいた。春を追い返すかのように。
 同じくアノラックを着込んだ七人の男がその前に並び、真剣ながらも霞がかかったような表情をして、耳を傾けている。
「いや、ただ再評価するだけでは足りない! 北海道を新たな首都にしろ! てゆーか、日本すべてを北海道にしてしまえ!」
「日本すべてを! 北海道に! してしまえー!」
 と、七人の男たちが大声で復唱した。
 負けじとビルジャナもヒートアップ。
「だいたい、北海道以外の都府県は軟弱すぎるんだよぉーっ! ほんのちょっと肌寒い程度で厳冬だなんだと騒ぎやがって! 奴らの言う厳冬なんて、北海道では小春日和レベルだっての!」
 ちなみにこのビルの所在地は北海道ではなく、東京某所である。
 ビルシャナは北の方角に目をやった。北海道に熱い眼差しを送っているつもりなのだろう。
 実際に見えているのは埼玉の遠景だが。
「待ってろよ、北海道! 俺たちがおまえを新たな首都にしてやるぜぇーっ!」

●陣内&音々子かく語りき
「北海道を推しまくるビルシャナが現れやがったんですよー」
 ヘリポートに招集されたケルベロスたちにヘリオライダーの根占・音々子がそう告げた。
「北海道か……やれやれ」
 黒豹の獣人型ウェアライダーがげんなりと耳を伏せ、しょんぼりと尻尾を垂らした。
 沖縄出身の玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)である。
「ようやくにして春の気配が少しばかり感じられるようになったていうのに北の果てまで行かなくちゃいけないとはな」
「北海道まで足を伸ばす必要はありませんよー。ビルシャナの出現場所は東京ですから」
「あー、はいはい。東京で暮らしているうちに愛郷心が芽生えちまったっていうパターンだな」
「いえ、愛郷心とかじゃないですねー。そのビルシャナは東京出身でして、そもそも北海道に行ったことさえないみたいです。本物の北海道ではなく、自分が勝手に想像した北海道のイメージを推しまくってるんですね」
「なんだかなぁ」
 呆れ返る陣内であったが、気を取り直し、伏せていた耳を立てた。
「で、今回のビルシャナもオマケ付きか?」
「はい。七人の一般人が洗脳されて、信者になっています。洗脳を解かない限り、彼らはビルシャナの盾として行動するでしょう」
 ビルシャナがそうであるように信者たちもまた北海道出身ではなく、北海道に行ったこともない(だからこそ、簡単に洗脳されたのだろう)。幻想の北海道に囚われているだけだ。その幻想を打ち砕けば、洗脳は解けるだろう。
「留意すべき点は、件のビルシャナが北海道を厳寒の地として讃えていることですね。所謂『北から目線』で他県を見下しているんですよ。なので、信者たちを説得する際には北海道をディスるよりも『ぜっんぜん寒くないよー。とても住みやすい常春の国だよー』と持ち上げるほうがいいかもしれません」
「いや、常春の国ってのはさすがに無理があるだろ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。少しくらい無理があっても、信者たちは真に受けるはずです。洗脳の影響で判断力諸々が低下してますからねー」
 北海道に関してだけでなく、すべてにおいて信者の判断力等は低下している(洗脳される前からオバカだったという可能性も否定できないが)。故に北海道を強引に持ち上げる必要はない。『北海道よりも○○県のほうが魅力的な土地だ』といった主張をして、宗旨替えさせるという作戦も有効だろう。
「ふむ」
 他県推しの提案を聞くと、陣内は顎に手をやり、呟いた。
「北海道よりも魅力ある土地か。やっぱり、沖な……」
「やっぱり、群馬県ですよねー!」
「……え? あ、はい」
 曇りなき瞳(なのだろうが、グルグル眼鏡で見えない)で主張する群馬出身のヘリオライダーに対して、陣内はただ頷くことしかできなかった。


参加者
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)
九門・暦(潜む魔女・e86589)

■リプレイ

 主は天国に似せて北海道をつくった。(エゾ記 二十五章十七節)

●北の章
「おいしー!」
 東京都内某所にあるビルの屋上で、メリュジーヌの少女――九門・暦(潜む魔女・e86589)が舌鼓を打っていた。
 彼女が口に運んでいるのは、カステラで羊羹を挟んだ洋風和菓子。通称『シベリア』。味のお供は熱くて濃い緑茶である。
「ヴァオさんもお一つどうぞ」
「サンキュー!」
 相伴に預かってるヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)も満足顔。
 実に平和な光景だ。
 しかし、ほんの数メートル横では二つの一団が殺気を漲らせて対峙していた。
 かたや、北海道を愛してやまないビルシャナと信徒たち。
 かたや、暦とともに降下してきたケルベロスたち。
「いきなり空から降ってくるとはな。非常識な連中だぜ」
 ビルシャナが肩をいからせた。凄んでいるつもりなのだろうが、貧相な鶏が必死に威嚇しているようにしか見えない。
「だが、てめえらの目的は察しがつく。俺様の高邁な理想にケチをつけに来たんだろ?」
「コーマイなリソーが聞いて呆れる」
 と、やり返したのはイリオモテヤマネコの人型ウェアライダーの比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。ネコ科特有の縦長の瞳孔が放つ眼光は鋭く、冷たい。とても冷たい。
「行ったこともない土地を推しまくるとか……バカなの?」
「バ、バカじゃねーし! 行ったことあるし!」
 いからせていた肩を動揺と悔しさに震わせながら、ビルシャナは抗弁した。
 その哀れな彼にさすがのアガサも同情……するわけもなく、毒舌をふるい続けた。
「ウソつけ。どうせ、テレビの旅番組とかで見ただけなのに行った気になってるだけでしょ。まあ、仮に行ったことがあるとしても、ヒグマやマンモスを素手で倒せないような惰弱な奴らに北海道を語る権利なんてないからー。あんたの場合、マンモスどころか、エゾリスだって倒せないだろうけど」
「エゾリスぐらい倒せるわ! いや、可愛すぎて倒せないかも……てゆーか、それ以前にマンモスなんかいるわけねえだろ!」
「ううん! マンモスはいるんだよー!」
 七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)が否定した。兎の人型ウェアライダーらしく元気よく跳ねながら。
「そして、兄様もいるんだよ!」
 と、頭上を指さした瑪璃瑠に釣られて、ビルシャナたちは空を見上げた。
 視界に入ったのは、オラトリオの翼を優雅にはためかせて滞空している『兄様』こと月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)の姿。風に吹かれる銀髪を透かして輝く後光のなんと神々しいことか。いや、太陽を背にしているだけなのだが。
「北海道といえば、兄様の出身地! つまり、ボクにとっての聖地なんだよ!」
 眩しい後光(太陽光)の下で瑪璃瑠は熱く語った。一応は北海道を聖地扱いしているのだから、ビルシャナ一党の味方とも言えなくもない。しかし、一党が瑪璃瑠の言葉を肯定的に受け取っていないのは明らかだった。呆然とした顔からは『いや、おまえの兄貴とか知らんがな』という心情が読み取れる。
「兄様なら、ヒグマもマンモスも瞬殺なんだよ! 素手どころか、流し目だけでいちころなんだよ! エゾリスたちも一斉にひれ伏すんだよ!」
「だから、マンモスなんかいるわけな……」
「キミたち」
 イサギがビルシャナの言葉を遮った。
 そして、生まれて初めてドブネズミを見た箱入り貴族のごとき眼差しを向け、静かに問いかけた。
「そんな厚着で暑くないのかい? 三月にアノラックとは……いったい、一月にはなにを着ていたんだ?」
「いやいやいやいや!」
 慌てて首を左右に振るビルシャナ。
「むしろ、この恰好でも寒いくらいなんだけどぉ! 北海道は極寒の地だから!」
「うん、極寒の地だよね。涼やかな兄様にはとっても似合うんだよ」
「話に割り込んでくんな!」
 と、ビルシャナが瑪璃瑠を叱ってる間に別の者が割り込んできた。
「自分もそのぶしょったいアノラックが気になってたっす」
 巫女装束を着た神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)である。
「北から目線で他県民を軟弱者扱いしてるくせして、なんで自分たちは厚着してるすんか?」
「いやいやいやいや!」
 またもやビルシャナは首を振った。
「『ぶしょったい』とかいう聞き慣れない言葉が気になって、後半部が頭に入ってこないんだけど? それ、どこの方言?」
「第二の標準語と呼ばれてる静岡弁に決まってるじゃないっすか。ちなみに――」
 結里花は暦を指し示した。
「――暦さんが飲んでるお茶も静岡産っす」
「どーでもいいわ!」

●海の章
「聞いたところによると、屋内では暖房をガンガンに効かして薄着で過ごすというのが北海道の基本スタイルだとか。極寒の地どころか、暖房王国じゃないっすか」
 結里花の語るテーマが静岡から北海道へと変わった……と、思いきや、また静岡に戻った。
「逆に中途半端にあったかい静岡とかのほうが地味に寒かったりするんすよね。日差しで事足りるせいで暖房器具をあんまり使わないっすから」
「とはいえ、所詮は『地味』レベルの寒さなんだろう? 北海道の屋外の厳しい寒さには敵わないんじゃいかな」
 そう言いながら、イサギがふわりと着地した。
「しかし、厳しいながらも美しい。そう、とても美しい。零下二十度にもなった晴天の空は最高だよ。睫も凍るほどに冷気が澄んで、翼に心地良い。空の青と雪の白しかない世界を一度でも……ん?」
 イサギは言葉を切り、ビルシャナたちを見た。先程の眼差しはドブネズミに向けられる類のものだったが、今度のそれはドブネズミの死骸に向けられるべきもの。
「今になって気付いたけど……キミたち、空も飛べないくせして、北海道を推してたのか? いやはや。信じ難いな」
「おまえの上から目線のほうが信じ難いわ! 何様のつもりだ!」
「兄様だよー」
「だから、割り込むなっつってんだよ、ウサギ娘!」
 なにやら収拾がつかなくなってきた。
 このカオスな状況を強引にまとめるためか、あるいは更にかき回すためか――、
「ちょっと待った」
 ――新たな論客(?)が参戦した。
 英国出身のピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)である。
「さっきから聞いてたら、北海道だのなんだのと……ちゃんちゃら、おかしいね。だって、札幌の北緯はたったの四十三度だよ」
 北緯の前に『たったの』という言葉がつけられたのは人類史上初めてかもしれない。
「そんな低北緯の地を君は讃えているようだけど――」
 ピジョンは勝者の余裕を微笑の形で顔に表し、敗者たるビルシャナに問いかけた。
「――北緯五十一度のロンドンで同じこと言えるの?」
「うっ……」
 言葉につまるビルシャナ。北緯と寒さが比例するわけではないという当然の事実を知らないらしい。ちなみにピジョンは知っている。知った上でマウントを取っているのだ。
「ピジョンさんこそ、ちょっと待ってシルブプレー!」
 反論できないビルシャナに代わって、ケルベロスの一員がピジョンに論戦を挑んだ。
 フランス出身のドワーフのジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)だ。
「寒さの勝負やったら、パリかて負けてへんよー。えーと、『ぱり』、『ほくい』、と……」
 スマートフォンを懐中から取り出し、指を走らせるジジ。
 しかし、文明の利器が示した答えは非情なものであった。
「よ、よんじゅうはちど!? 負けた……」
 ジジはスマートホンを取り落とし、がくりと膝を落とした。
 その横にテレビウムのマギーがやってきて、優しく肩を叩いて慰める。
 一方、マギーの主人であるピジョンはまたもや勝利の微笑を浮かべていた。
「二十一世紀の英仏戦争の勝者は我が英国のようだね」
「ノン! 英仏戦争やのうて、仏英(franco-anglaises)戦争やから! こればっかりは譲れまへーん!」
 どうでもいい。
「それに北緯では負けてるけど、オイシイモノやったら、フランセのアッショーやから!」
『アッショー』というのはフランス語ではなく、『圧勝』だと思われる。
「ぐっ……」
 イギリスの最大の弱点を持ち出されて、今度はピジョンのほうが膝をついた。
「で、でも、イギリスにだって、美味しい料理はあるよ。ローストビーフとか、ローストしたビーフとか、ローストビーフサンドとか……」
「そうやってブフ(牛肉)だけに頼っているうちは二流ですぅ! フランセのおりょーりの食材はもっと多彩やもんね。エスカルゴとかグルヌイユ(蛙)とかー!」
 勝ち誇るジジ。
 しかし、ビルシャナ一党は渋い顔をしていた。『フランセのおりょーり』の魅力は伝わっていないらしい。
 ジジはそれに気付き、眦を決した。
「なんやなんやー? エスカルゴやグルヌイユは食べたないゆうんか? 試される大地とかヌカしとるんやから、ワガママ言わんとなんでもありがたくイタダキマスせんかい!」
「そうだ、そうだー!」
 ピジョンもビルシャナたちに怒鳴りつけた。対北海道の英仏同盟。
「日本でいちばん小麦もトウモロコシも取れるくせして、厳しい土地ぶらないでよね! しかも、海産物や野菜も美味しいと来たもんだ! 試されるどころか、めちゃくちゃ恵まれた大地じゃないか!」
「お二人の仰るとおりです」
 と、静かに同意した者がいる。
 シベリアと緑茶(静岡産)を味わっていた暦だ。
 皆が注目する中、彼女はシベリアを一つまみちぎって――、
「はい、どうぞ」
 ――ベンガル種のウイングキャットに与えた。
「んなんなんぅー」
 猫特有の奇声を発してシベリアを頬張るウイングキャット。
 その愛らしい姿をひとしきり見つめた後、暦はビルシャナに向き直った。
「試される大地と呼ぶに相応しいのは北海道ではなく、シベリアです」
「今の猫のくだりはなんだったんだぁーっ!?」
 ビルシャナが怒号を響かせたが、暦はそれを無視して、シベリア(菓子のほうではない)のアピールを始めた。
「ツンドラの下に永久凍土が広がるシベリア……そこは早ければ八月下旬から雪が降り出し、マイナス七十三度を記録したこともある人類の限界点。そして、北海道に寒さをもたらすシベリア寒気団が生まれる地。そう、北海道の寒さを支えているのはシベリアなのです。ちなみにシベリア最大の都市ノヴォシビルスクの北緯は――」
 暦は思わせぶりに間を置いた。漫画なら一コマ分。
「――五十五度です」
「ぐわぁーっ!」
 と、北緯五十一度の地に生を受けたピジョンが吐血して倒れ伏した。
 その屍に哀れみの一瞥をくれる暦。
「ことほとさようにシベリアは過酷な大地なのです。それでいて、その下には天然ガスや石油などの地下資源がどっさり眠っているんですよ。そういうギャップって、ツンデレっぽくて良いと思いません? 『ツンドラ』と『ツンデレ』も似てますしね」
「似てるからなんだっつーの!」
 置いてきぼりにされていたビルシャナが約四百字振りにツッコミを入れた。
「『永久凍土』と『伊豆急伊東駅』も似てるっすね」
「似てねーわ! 無理からに静岡をからめるな!」
「『シベリア』と『兄様』も似てるんだよー」
「一字も合ってなぁーい!」
 結里花と瑪璃瑠の連続ボケをビルシャナは連続ツッコミで迎撃すると、更なるボケが繰り出される前に身を仰け反らせて叫んだ。
「そもそも、俺は『北海道を日本の首都にしろ』って主張してんだよ! 外国の話なんか持ち出してくんじゃねぇーっ!」
 怒りと苛立ちと『もうやだ、こいつら』という嘆きが込められた咆哮。彼がグラディウスを手にしていたら、強襲型魔空回廊を確実に破壊できるだろう。
 しかし、ケルベロスたちの図太い精神は破壊できなかった。
「外国の話を最初に持ち出したのはそっちだろうが」
 ビルシャナにそう指摘したのは玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。沖縄生まれの黒豹の獣人型ウェアライダーだ。
「……は?」
 言葉の意味が理解できず、目をテンにするビルシャナ。
 そんな彼に向かって、陣内は真顔で言ってのけた。
「だって、北海道は外国だろ?」

●道の章
「うん。確かに――」
 アガサが小さく頷き、暦から分けてもらったシベリアをオルトロスのイヌマルに差し出した。
「がおー!」
 感謝と歓喜の声を発して、シベリアを貪るオルトロス。
 その愛らしい姿をひとしきり見つめた後、アガサは言葉を続けた。
「――北海道は外国だよね」
「今の犬のくだりはなんだったんだぁーっ!?」
 ビルシャナが数度目の怒号を放った。
「あと、北海道は外国じゃないからー! 日本だからー!」
「そんなわけないだろう」
 と、真顔のままで陣内が否定した。
「日本だったら、春夏秋冬の移り変わりってもんがあるはずだ。しかし、北海道はどうだ? 冬、初夏、冬、厳冬というトチ狂った四季……これはもうシベリアじゃないか」
「シベリアの話に戻すな! あの蛇娘がまたハッスルするやろがい!」
 ビルシャナの言う『蛇娘』が暦であることは言うまもでない。
 だが、暦に介入する隙を与えることなく、陣内は語り続けた。
「そんなシベリアを領するロシアでさえ、昔から不凍港を求めて南下しようとしてきた。『極寒の地は国土として充分たりえない』と筋金入りの極寒大国が言ってるわけだ。ならば、求めるべきは、凍ることなく四方に開かれた港……そう、沖縄のような土地だ!」
 マギーの東部の液晶に沖縄の美しい風景が次々と映し出された。沖縄官公庁が制作したプロモーションビデオかもしれない。
「沖縄は国際都市として栄え、日本に豊かさをもたらしてきた。そして、文化の面でも常に本土より一歩先んじていた。日本の首都どころか、アジアの中心地と言っても過言じゃない」
『いや、過言だろ』という顔をする信者たちに陣内は沖縄観光のパンフレットと実家のダイビングショップのチラシを配り始めた。
「というわけで、沖縄に行こう! 今なら、子育て中の鯨にもギリギリ会える。海が荒れてりゃ、古城ツアーにプラン変更も可能だ。なにより、オフシーズンで混雑してない」
 公私混同も甚だしい。公私の割合は3:7。
「やれやれ……」
 と、イサギが大袈裟に溜息をついた。
「なにを言ってるんだ、玉さん? 沖縄こそ、外国じゃないか。時差があるのがその証拠」
「ウチナータイムは時差じゃねえ!」
「おまけに言語も日本のそれとは大きくかけ離れている。沖縄の文具店の印鑑コーナーは難読名字ばかりが並び、般若心経のごとき様相を呈しているとか」
「難読というなら、北海道の地名も相当なもんだけどな」
「なんにせよ、独立国家たる沖縄は日本の首都にはなれないよ」
「北海道も独立国家だろ。函館には初代大統領エノモト・タケアキの胸像が誇らしげに飾られてるって聞いたぜ」
「二人とも落ち着いてー!」
 と、ジジが仲裁に入った……という態で新たな火種を投げ込んだ。
「ホッカイドーもオキナワも外国やねんから、ジャポンの首都はもうキョートしかないんとちゃうかな。なんといっても、ランペルールなミカードはんが住んでる町やし」
「いや、ミカドさんはもう京都にいないっすよ」
 結里花が指摘したが、ジジは事実を認めようとしなかった。
「本籍はまだキョートやもん! 『ミカードはんはトーキョーに遠足に行っとるだけや』って、メメ(おばあちゃん)が言うとったー!」
「……ジジのお婆ちゃんって、そういう歴史観や日本観をどこで培ったんすか?」
「たとえ、ミカドがいなくても――」
 と、瑪璃瑠が話の軌道を修正……する態でねじ曲げた。
「――兄様がいれば、そこが首都なんだよ!」
「ニイサマニイサマとうっせぇわ! しつこくゴリ押ししやがって! 大手広告代理店かよ!」
 ビルシャナが吠えた。
 そして、後方にいる信徒たちを振り返った。
「ほら、おまえらもなんとか言ってやれ……って、あれ?」
 いや、そこには信徒たちはいなかった。目の前で繰り広げられる馬鹿げたやりとりに呆れ返り、逃げるように去っていったのだ。
 もちろん、それこそがケルベロスの狙い。馬鹿げたやりとりはあくまでも演技であり、本気で語っていたわけではない。おそらく。信者が消えた今も陣内とイサギは激論を続けているが、それも演技に過ぎない。おそらく。
「ほら、あんたが北海道を推したりするもんだから、英仏戦争だか仏英戦争が再発した挙げ句、日本の南北戦争まで起きたじゃないか」
 口角泡を飛ばす陣内とイサギ(後者は澄まし顔をキープして唾など飛ばしてないが)を指さして、アガサがビルシャナを責め立てた。
「この落とし前、どうつけてくれるつもり?」
「いや、俺のせいじゃねーし! 言いがかりってレベルじゃねーぞ!」
 ビルシャナが抗議したが、当然のことながら、誰も耳を貸さなかった。
「そのぶしょったい羽毛を剥いであげるっす」
 結里花がビルシャナに迫った。
「それとも、ツンデレなシベリアの大地に埋めて、天然ガスになるまで放置しときましょうか」
 暦もビルシャナに迫った。
 そして、死んだはずのピジョンがむくりと起きあがった。
「『ローストビーフサンドはアメリカ料理』などという妄言は許し難いね。英国人がいかに料理下手であろうと、パンで挟むぐらいのことは思いつくよ」
「知らんがな!」

 ビルシャナの断末魔の絶叫は遥か函館にまで届いたという。
 だが、稚内には届かなかっただろう。
 北海道は広大なのだ。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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