デスバレス大洪水を阻止せよ~冥府の招き猫

作者:椎名遥

 関門トンネル。
 関門海峡を貫いて本州と九州を結ぶトンネルであり。
 かつては死神勢力によって占拠され、そしてケルベロスの活躍によって解放された旧ミッション地域である。
 そして、

「ニャッニャッニャ!」
 おびえた視線を向ける男を見下ろして、『彼女』は楽しげに笑う。
「まあまあ、そんなに怖がらなくてもいいニャ、おにーさん」
 獣の手足、ピンと立った耳に艶やかな尾。
 姿だけを見るならば、中東風の衣装に身を包んだ猫のウェアライダー。
 だが――周囲に控える骸骨兵が、それを否定する。
「……し、死神!?」
「ニャス! でも安心するニャ。今はおにーさんに何かするつもりは無いから、お茶でも飲んで落ち着くニャ」
 その言葉の通り、指揮官であろう女性の死神――『猫娘羅ボルタ』に、男を傷つけようとする素振りは無く、周囲を囲む骸骨兵もそれ以上近付く様子はない。
 男はわずかに安堵の息をついて差し出されたペットボトルを口へと運び、
「――まあ、時間になったから殺すんだけど、ニャ」
 瞬間、閃く羅ボルタの爪が胸を貫く。
「さてさて、どうなるかニャ?」
 何が起こったのかわからないまま絶命した男の死体は、力を失って地面に倒れこみ。
 しゃがみ込み、死体を観察する羅ボルタの目の前で、死体の中心に小さな穴が開く。
 その穴に吸い込まれるように、死体は捻じれながら穴の中へと飲みこまれ――後に残るのは、一つの穴。
「おお!」
 そして、わずかな間をおいて穴の中から水が溢れ出す。
 始めはわずかに、しかし、一瞬のちには爆発的な勢いとなって周囲の設備を押し流し。
 それは、ただの水ではない。
 死神の本拠地、生命の死を司る冥府の海『デスバレス』。
 そこに満ちる膨大な水が、穴を通して溢れ出してきているのだ。
「さあ、このまま地球全土をデスバレスに飲み込んでしまうニャ!」


「みんな、日本列島防衛戦お疲れさま」
 集まったケルベロス達に、水上・静流(レプリカントのヘリオライダー・en0320)は微笑んで大きく一礼する。
 『日本列島防衛戦』はケルベロスの勝利に終わった。
 幾つもの勢力、目的が絡み合う戦いの結果、日本列島を竜業合体しようとするドラゴン勢力の目的は阻まれた。
 ――だが、その勝利を喜んでばかりはいられない。
「ドラゴンの目的を防ぐことは出来ましたが……一方で、死神勢力に動きがありました」
 戦場に現れた冥王イグニス。
 彼の残した言葉の通り、兵庫県の日本海側にある『鎧駅』に、デスバレスと地上を繋ぐ拠点となる《甦生氷城》ヒューム・ヴィダベレブングが姿を現したのだ。
「デスバレスと直接つながっているこの居城は、そこを通して強力な戦力を呼び出すことができるのですが――すでに、呼び出した戦力が侵攻を始めています」
 呼び出された戦力が向かうのは、北九州再開発地区、関門トンネル、大鳴門橋、足摺岬、比叡山、和歌山県海南市の、西日本にある六つの旧ミッション地域。
「予知によれば、死神達は旧ミッション地域で一斉に行う儀式を呼び水として、デスバレスの大洪水を呼び寄せようとしています」
 デスバレスを満たす冥府の海の大洪水。
 もし半数以上の儀式が成功したならば西日本全土がデスバレスと繋がり……そして、72時間以内に地球の海全てがデスバレスに飲み込まれてしまうことになるだろう。
「これを阻止するために、みんなには儀式を行う死神の撃破をお願いします」
 ケルベロスブレイドによって強化された予知により、敵が出現する正確な時間と場所はわかっている。
 故に、先回りして出現場所に潜み、死神の出現と同時に奇襲を行うことになる。
「みんなに向かってもらうのは、本州と九州を繋ぐ関門トンネルです」
 死神達が現れるのは、関門トンネルの九州側の入り口付近。
 周囲に一般人はいないが――どこかでさらわれてきた成人男性が一人、生贄にするために連れてこられている。
「男性は移動中は担がれているので救出は難しいですが……儀式を始める前に、死神は男性を地面に下ろしてしばらく会話をします」
 死神の目的は、6か所で同時に行う大規模な儀式。
 それ故に、到着して即座に儀式に移るというわけにはいかず、他の地域とタイミングを合わせるための待ち時間が発生するのは避けられない。
「つまるところ死神の時間つぶしですが……死神の意識が男性に向き、わずかであっても男性から離れたそのタイミングであれば、救出するチャンスは生まれます」
 そこまで説明すると、静流はファイルを開いて現れる死神の情報をケルベロス達へ説明する。
「ここに現れるのは『猫娘羅ボルタ』と名乗る猫のウェアライダーの姿をした死神と、その配下のデスナイトが10体です」
 手足の爪を用いた暗殺拳の使い手である羅ボルタと、槍を操るデスナイト。
 どちらも戦力として決して高いわけではないが――それを補うほどに数が多い。
 男性が戦闘に巻き込まれて死亡すれば儀式が完遂されてしまう可能性もあるために、数で勝る相手からどうやって救出と保護を行うかが重要な作戦になるだろう。
 そして、その鍵もまた予知によって手に入っている。
「相手の数は多いですが、羅ボルタの好戦的な性格と、デスナイトの知能の低さを上手く突くことができれば、作戦を有利に進めることができると思われます」
 好戦的な羅ボルタの性格に合わせた行動をとることができれば、男性への注意を薄めることができるだろう。
 また、周囲を包囲するデスナイトは、羅ボルタの指示が無ければ攻撃に対して反撃する程度の動きしか見せないために、やり方次第でまとめて引き付けることができるだろう。
「どちらも、決して簡単なものではないですが……」
 そういって静流は一度目を閉じ、息をつく。
 ケルベロス・ウォーからの連戦となる戦い。
 死神の戦力は高いわけではないが、ケルベロス達を上回る数は楽観できるものではない。
 ――それでも、死神の動きを放置するわけにはいかない。
 この儀式を許せば、地球全てがデスバレスに飲み込まれることになるのだから。
 だから、静流はぐっと手を握ってケルベロス達を見つめる。
「戦争で疲れていると思うけど――みんな、もう一度力を貸してください」


参加者
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
善田・万造(命のもとから鉄拳治療・e11405)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
折平・茜(モノクロームの中に・e25654)
マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

「ニャッニャッニャ!」
 捕らえた男性を見下ろして『猫娘羅ボルタ』は残酷な笑みを浮かべる。
 六つの地域で同時に行われる大規模儀式。
 この男性も、数舜の後には儀式の生贄となる運命。
 だが――、
「悪陀蔓とつるんで間抜けな悪事に手を染めていた頃は……ボルタよ、善悪をついに学ぶことは出来なんだか」
「――っ、誰ニャ!?」
 響く声が、その運命を塗り替える。
 慌てたように周囲を見回し――見上げるボルタの視線の先。
 高所に佇むのは二つの影。
 善田・万造(命のもとから鉄拳治療・e11405)、そしてイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、風が呼ぶ。悪を倒せと儂を呼ぶ!」
 口上と共に、万造が白の手ぬぐいをほっ被りにキュッと締め、飛び下り振るうペンシングが描き出すのはZの文字。
 続けて降り立つイリスが桜の花を髪から散らし、氷の如き鋭さを宿す愛刀を抜き放つ。
「ゼンダマンZo只今参上!!」
「銀天剣、イリス・フルーリア――参りますっ!!」
 名乗りを上げる二人を、ボルタはしばし睨みつけ。
「してボルタよ、また儂にやられに来たのかの?」
「ニャ? たった二人で何ができるニャ?」
 そして、馬鹿にしたように笑う。
「前に会ったのがいつだったか忘れたけど、ここで会ったが百年目。せっかくだからお前の命で門を開いてやるニャ!」
 ボルタ自身もそれなりの実力な上に、周囲に控えるのは十体ものデスナイト。
 数でも力でも、勝機などありはしない。
 ――だから侮られる。
 笑みを浮かべて駆けるボルタに続け、デスナイトも槍を構えて走り出し。
 男性の存在が死神の意識から外れたその瞬間、
「今じゃ!」
「我が剣舞、幻惑をもたらす桜吹雪と共にしかと刮目せよ!」
 身を隠していたウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が撃ち出す嵐の如き銃弾が死神達へと降り注ぎ。
 続けて駆けるジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)が刃を振るえば、桜吹雪と共に閃く剣閃が死神を切り裂き走り抜ける。
 無論、それで倒せるほど甘い相手ではないけれど――奇襲を仕掛けて混乱を起こし、わずかでも陣形が乱れれば、
「十分です……」
「アロアロ、お願い!」
 死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)の大槌と、マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)のシャーマンズゴースト『アロアロ』の神霊撃がデスナイトを退かせ。
 その隙間を走り抜けたマヒナが縛られた男性を抱え込む。
「あっ、待て、そいつは置いてくニャ!」
 そのまま翼を広げて離脱しようとするマヒナに、慌てて取り戻そうと走りこむボルタ。
 だが、
「駄目だよ」
 その前にエヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)が立ちふさがる。
 飛ばすレスキュードローンを目くらましに、その後ろから撃ち込むプラズムキャノン。
 即席の連携はボルタの爪に切り払われて退かせるには至らないけれど……。
 攻撃を切り払い、わずかに足を鈍らせたボルタが爪を閃かせるよりも早く、翼を広げたマヒナがレスキュードローンと共に舞い上がる。
「後はお願い!」
「あ゛ー!」
 飛び去るマヒナの姿に、悲鳴を上げるボルタの声がトンネル内に響き渡り。
「聞けば、暗殺拳の使い手だとか。さぁ、私達と勝負しなさい!」
「ぶっ――すり潰れろっ――!」
 なおも追おうとするボルタに、イリスの刃と折平・茜(モノクロームの中に・e25654)の体当たりが突き刺さる。
「海底トンネルは非常通路がありますが、九州と下関どちらに逃がしたでしょう?」
 突き込む攻撃はボルタの爪に受け止められるも、さらにそこから四肢に力を込め。
「あなた達が確認し終えた後で入ってもらう選択肢もありますね! 追いかけっこしながら戦っちゃう? だよ!」
「こ、の!」
 至近距離からの渾身の頭突きがボルタの突きと激突し。
「なら、あいつの代わりにお前の命を儀式に使ってやるニャ!」
 止まることなくボルタの繰り出す爪の薙ぎ払いと、万造のテイルスイングが交錯する。
 死神を、ケルベロスを。
 周囲一帯の床や天井をも巻き込む一撃がぶつかり合い。
 弾かれながらも踏みとどまり、ボルタを見据えて万造は悲し気に息をつく。
「小さな悪事に手を染めていた頃は改心の余地ありと手心を加えていたが……加減はせんぞ、ボルタよ」


「……ふっ」
 ぶつかり合う刃蓙理の振るう大地のチェーンソー剣とボルタの爪。
 五合、十合、打ち合う度に走る衝撃と轟音がトンネル内に響き渡り、
「ニャ!」
「まだ、だよ!」
 刃蓙理の刃を外へと弾き、突き込むボルタの爪を割り込む茜のナイフが受け止めて。
 そこから撃ち込む破鎧衝がボルタを退かせるも、
「――っと」
 茜がその場を飛び退けば、直後にその場所へと無数の槍が突き込まれ。
 退く茜へ迫る無数のデスナイトを、ウィゼが投げ放つ槍の雨が牽制する。
 敵はボルタだけではなく、十体のデスナイトもまた無視することはできない。
 そして、全てが前衛に立っているために、ウィゼの投げる槍の雨は全ての敵を捉えて降り注ぎ――、
「流石に数が多いのう」
 ――全てが前衛であるが故に、威力と効果は減衰の影響を大きく受ける。
 降り注ぐ槍を切り払い、受け流し、あるいは堪え。
 槍の雨を抜けたデスナイトの攻撃を、ジークリットの刃が受け止める。
 突き込まれ、薙ぎ払われる無数の槍。
 一つ一つの威力と精度は低くとも、重ねて打ち込まれる全てを防ぎきることは敵わず、無数の攻撃がジークリットを捉え。
 重ねて刻まれる呪縛がその身を縛り、動きを鈍らせる。
「っ、やるものだ」
「うむ。隠居していた儂では……成長著しいボルタの力に、本腰を入れた死神の力、侮れんわい」
 それでも、とジークリットは笑みを浮かべ、万造は爪へとオーラを収束させる。
 数が多くとも、実力が一段劣っていたとしても、
「退くわけにはいくまい!」
 儀式を許せば、デスバレスの海水が溢れ出す。
 日本が、世界が、守ってきた全てが失われる瀬戸際なのだから。
「万造くん、カッコいい……!」
「うむ、任せい!」
 エヴァリーナの声援に親指立てて笑顔で応え、万造が九字を切り。
 同時に、エヴァリーナが足元に描き出す魔法陣が光を放つ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前! 善陀羅イオン・愛のムチじゃあぁ~~~♪」
「星の雫を纏いて生命を歌う、風と光に舞う薄羽、小さき友よ。水面に落ちる花弁の様に祝福のキスを降らして……」
 万造の手に宿るのは、善なる曼陀羅のパワーを籠めたオーラの鞭。
 エヴァリーナが魔法陣から呼び出すのは無数の小妖精を思わせる光達。
 オーラの鞭が巻き起こすイオンの旋風と、星の光を纏う輝きがジークリットの身を包み込み。
「――ふっ」
 呪縛を祓われ動きを取り戻したジークリットが身を沈めてデスナイトの足を払い。
 起き上がる動きのまま、体勢を崩した相手へ打ち込むのは重力の輝きを宿す蹴撃。
 それに重ねて――、
「合わせろ、マヒナ!」
「お待たせ、だよ!」
 安全圏まで運んだ男性をレスキュードローンに預け、戦線に復帰したマヒナの蹴撃がデスナイトを跳ね飛ばし。
「灼き尽くせ、龍の焔!」
 イリスの呼び出す龍の幻影が追撃をかけ、焼き払う。
「まずは一体、だね」
 崩れ去るデスナイトの姿に、マヒナは小さく息をつく。
 まずは一体。けれど、まだ一体。
 戦いは始まったばかりで、先は見えないけれど、
(「作戦阻止できなかったら大好きな故郷の海もデスバレスに飲まれちゃう……絶対止めないと」)
 得物を握りなおして、息を吸い。
「凍って!」
「顕れよ、太古の氷精!」
 ボルタを見据えてマヒナの展開する魔法の霜の領域。
 重ねてイリスの呼び出す氷河期の精霊に、ウィゼの投げ放つ絶対零度の手榴弾。
 魔法と精霊、魔導機械の超科学。
 三種の冷気が嵐となって死神達を包み込み――しかし、
「無駄ニャア!」
「――っ」
 氷雪の乱舞を切り裂くボルタの爪が、続く無数の槍が。
 幾つもの攻撃が、割って入ったジークリットと刃蓙理を捉えて血がしぶく。
「刃蓙理ちゃん!」
「御心配には及びませんよ……生きてる証拠です……」
 エヴァリーナを安心させるように首を振り、刃蓙理は禁呪を呼び起こす。
 流れ落ちた血を代償として、地の底に溜まった怨念どもを吸い上げ、纏う。
 制御を誤れば深きへ沈んで消えることになる、汚れた泥の島の禁呪。
「……深きへ……」
 纏った怨念の力を腕に込め、振り抜く剣がデスナイトを押し返し。
「壊れろっ!」
 その機を逃すことなく、踏み込んだ茜の刃が槍ごと敵を斬り破る。
 相手の数が多ければ範囲攻撃の威力と効果が下がることは避けられない。
 ――けれど、効いていないわけではない。
 重ねて放つ攻撃は、確かに相手を消耗させているのだ。
 故に、
「万造!」
「おうとも!」
 再度桜花を閃かせるジークリットの一閃に合わせ、万造が放つ大器晩成撃がさらに一体を破壊する。
「まったく……こんな奴らではなく、間抜な手下病魔の無常・兎歩厄・鈍獣螂の3人はどうしたのじゃ?」
「……知らんニャ。そんな奴ら」
「ふむ?」
 ため息をつく万造を威嚇し、なおもボルタは爪をかざして地を駆ける。
 刃と爪が交錯し、魔術と槍がぶつかり合い。
 戦いが進むにつれて、少しずつ流れはケルベロスへと向いてゆく。
「そもそも、何でケルベロスがここにいるニャ!」
「そりゃいるさ。そんなにカッカすんなよ!」
 縦横に走るボルタの爪を外へと弾き、茜の繰り出す体当たりがボルタを跳ね飛ばす。
 関門トンネルは、かつて茜もミッション破壊作戦で来たことがある土地。
 その時は破壊に至らなかったとはいえ、取り戻した土地を再び利用しようなど、許せるはずもない。
「こつこつ掃討してきた地域で要らないことされてハラワタ煮えてんのこっちもだからさ!」
「イグニスが予知を邪魔してたんじゃニャイのか!?」
「知らないね!」
 エヴァリーナの回復を受けて茜はボルタと切り結び。
 割り込もうとするデスナイトの槍を、刃蓙理とジークリットが受け弾き。
「……あれ?」
 ジェットパックデバイスで上空から戦場を見ていたマヒナが、ふと首を傾げる。
 劣勢に追い込まれ、余裕を失ったボルタが口走った『イグニスが予知を邪魔していたはず』という言葉。
 だが、実際には予知は妨害されることなく行われ、自分達はここにいる。
「どういうことかな?」
「単純に考えるなら、イグニスがボルタを切り捨てたというところじゃろうが……」
 マヒナの疑問に、ウィゼも首を傾げる。
 西日本をデスバレスの海水に沈める大規模作戦。
 多数の有力な死神を動かし、その数倍のデスナイトも動員して……それが陽動とは考えづらい。
 あるいは――、
「ケルベロスブレイドで強化された予知が、相手の策を上回った可能性もありますか」
「うむ。その可能性もあるかのう」
 イリスの言葉に頷いて、ウィゼは眼下の戦いへと向き直る。
 流れはケルベロスに向いているけれど、まだ決定的ではない。
 だから、抱いた疑問は頭の隅へ仕舞っておいて。
「最後まで油断せずに、行こうかのう!」
「うん!」
 頷き合い、ウィゼとマヒナは宙を駆ける。
 もう少しまで迫った決着を確実にするために。
「頭上注意、だよ?」
「あの時できなかった大爆発、今ならやっても構わないのじゃ」
 マヒナが作り出す幻影のヤシの木がココナッツの実を落下させ、ウィゼが作り出したハロウィンボムモドキを投げ落とし。
 ココナッツの実と爆弾の二重の爆撃を受けて、一つ、また一つと砕け散ってゆくデスナイト。
 開戦時には十体だったその数も、もはや二体を残すのみ。
 その脇をすり抜け、踏み込む茜の刃とボルタの爪が交錯する。
「おおっ――!」
「ニャアッ」
 受け止め、押し合い――押し勝つのはボルタ。
 茜を押しのけ、ジークリットの刃をすり抜けざまに爪を振り抜き、切り裂いて。
 勢いのままに刃蓙理へと肉薄し――、
「残念だが、隠し玉ならぬ隠し腕があってな?」
 突き出す爪を、ジークリットの刃が受け止める。
 苦笑しつつ、身代わりとなって深々と切り裂かれたアームドアーム・デバイスを示し、大きく息を吐きだすと共に体内で練られたグラビティ・チェインを周囲へと放出すれば、息吹は光の風となって彼女の身を包み込む。
「風よ……聖なる癒しの風よ、我らに纏う穢れを祓いたまえ!」
 傷を癒し、力を籠めたジークリットの刃に刃蓙理も刃を重ね。
 動きが止まったボルタへと刀を構えたイリスが疾駆する。
「光よ、彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ!」
 刀と翼に集うのは、全天から集めた無数の光。
 煌々と輝く刀の一閃が敵を捉えて動きを封じ、続けて翼から溢れ出す光の奔流が数十本の刃となって追撃をかける連撃術。
「 銀天剣・零の斬!!」
 渾身の力を籠め、振り抜く刃はボルタを捉えて跳ね飛ばし。
 そして――、
「……ボルタよ」
「ニャ!?」
 跳ね飛ばされた先でボルタを見つめ、万造は静かに語り掛ける。
 ボルタが悪であることは疑いようのない事実。
 取り返しのつかない悪事を働こうともしていた。
 ……けれど、それでも。
「馬鹿な真似はやめて、儂のもとで修業をする気はないか?」
 まだ、戻れるのではないか、と。
 これからも生きる道があるのではないか、と。
 問いかける万造の姿を、マヒナは祈るように見つめる。
(「あの子、マンゾーの知り合いなんだね……改心できない、かな」)
 思い返すのは、先日の戦争の中で聞いた魔龍王の予知。
(「『いずれケルベロスは、宇宙全ての生命を滅ぼす存在となる』……他に方法がないからってデウスエクスを倒し続けてたらいつか予知の通りになるのかな……」)
 そうして見つめるマヒナの視線の先。
 ボルタは迷うように目を瞬いて、何かを言おうとするように口を開き……そして、何も言わずに閉じると、静かに笑って首を横に振る。
「やめておくニャ。アタシが悪さをして、お前が止める。アタシ達の関係はそれで――いや、それがいいニャ」
「そうか……ならば!」
 頷き、笑い合い、そして万造とボルタは向かい合って身構える。
「がんばって、万造くん!」
「なぁに……正義の心があれば……御歳など関係ないでしょう」
「おう!」
 エレキブーストを飛ばすエヴァリーナと、最後のデスナイトを切り捨てる刃蓙理の声援に親指を立てて応え、両手のペンシングを握りしめ。
 そうして、万造とボルタは同時に地を駆ける。
「決着を付けようぞ、ボルタよ!」
「ニャス!」
 雷光を纏う二振りのペンシング、空を切り裂く猫の爪。
 二つの攻撃が交錯し、走り抜け――、
「ボルタよ少々おいたが過ぎた様じゃの。これでZエンドじゃ!」
「おやすみなさい」
 そっと茜が呟く先、決めポーズを取る万造の前でボルタが地面へと崩れ落ち。

 そうして、関門トンネルを巡る戦いは終わりを告げたのだった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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