吹き付けるは熱風

作者:神無月シュン

 春の陽気の昼下がり、休憩中の床屋の窓際の棚に使い古されたドライヤーが置かれていた。
 換気の為に開けられていた窓の隙間から、金属粉の様な鈍く光るモノが風に運ばれて誰も居ない店内へと入り込んできた。
 その光るモノがドライヤーへと貼り付くと、突如光に包まれた。
 光は粘土の様にグニャグニャと細長く形を変え、やがて光が収まっていく。
 そこにはドライヤーの面影が微かに残るダモクレスが立っていた。
 頭部はドライヤーそのものだが、電源コードには何やら蔓の様なものが巻き付き太く長く伸びている。2m程の長さになる尾の様な体を器用にくねらせ棚から床へと下りる。
「ブオオオオオオオ!」
 ダモクレスは轟音と共に窓ガラスに風を吹き付けた。
 到底ドライヤーとは思えない熱風を吹き付けられたガラスは、たちまち赤く色を変えドロドロと溶けて流れていく。
 動作異常がない事を確認したダモクレスは、蛇行しながら床屋の奥へと向かうのだった。


「床屋で使用されていたドライヤーが、ダモクレスになってしまう事件が発生します」
 メンバーが集まった事を確認したセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を開始した。
「幸いにもまだ被害は出ていませんが、ダモクレスを放置すれば、人々が虐殺されグラビティ・チェインを奪われてしまいます。その前に現場へと向かって、ダモクレスを撃破してください」
 このダモクレスには攻性植物の特徴があり、金属粉のような胞子に憑依されたのがダモクレス化した原因のようだ。

「ドライヤーの頭に、蔓が巻かれた電源コードの胴体。まるで蛇みたいですね」
 兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)はダモクレスの資料を眺めそう呟いた。
「はい。その特徴的な長い胴体による締め付け攻撃をしてきます。それと非常に高温の熱風を使うので注意してください」
 床屋の奥には従業員が居るが、ダモクレスが奥へと向かうより先に戦闘になれば騒ぎに気付いた人々は自主的に避難するだろう。

「普段のダモクレスとは違う特徴を持ってはいますが、行おうとしている事は同じです。何としても虐殺を阻止してください」


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ


 春のポカポカした日差しを浴びながら、ケルベロスたちはダモクレスの出現するという床屋へと向かっていた。
「床屋は最近行ってないですね、私は髪を伸ばしているので。ともあれ、床屋が危険に曝されているなら、助けに行かないといけませんね」
 タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)はそう呟くと、首の後ろで束ねてある自身の緑色の髪を軽く撫でた。
「寄生スルヤーツですカ。蜘蛛型の奴でも厄介だったのに金属粉型トカ、警戒のしようがないじゃないノ……」
「金属粉のような胞子が憑依だぁ? 今までこういう事件は蜘蛛型の小型ダモクレスが古い機械や家電に寄生することによって起こっていたが、どういうこった?」
「ダモクレスの連中も技術革新してるのカシラ」
「攻性植物の特徴があるとも言っていたが……」
 パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)との会話の中で、今回の事件がどの勢力のものか思案する相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)。
「ところで……」
「ん、どうした?」
 言っていいものかどうか口ごもるタキオンの視線に気付き、泰地は先を促す。
「街中でその恰好はどうなのかと」
「ああ……これが俺の戦闘着だ。これから戦場に向かうんだから問題ねぇだろ」
「そうなんですけどね。周りの人たちの視線が……」
 泰地は半裸裸足にボクサーパンツ。手足にプロテクターをした格闘家然とした格好だ。もちろん変な恰好ではないのだが、街中でするような格好でないためかすれ違う人たちから好奇の目で見られていた。
 その事を一切気にしていない泰地の様子に、タキオンはこれ以上追及することを諦めた。

 床屋へと辿り着いてまず目についたのは、溶けた窓ガラス。ダモクレスが行動を開始したという証拠だ。
 ケルベロスたちは頷き合うと、床屋の中へと飛び込んだ。
 入ると同時、左右に分かれダモクレスを取り囲むようにして進行を妨害する。それにダモクレスは進行を止め、尾で体を支え直立に伸ばすと警戒するようにケルベロスたちを見回した。
 ダモクレスとケルベロスたちが睨み合う中、パトリシアは店の奥に向かってケルベロスカードを投げる。勢いよく投げられたケルベロスカードは投げナイフの様に柱へと突き刺さった。
 その様子に従業員たちは驚きの表情を浮かべる。
「ケルベロスデス!! 裏口から早く逃げて! コッチに出てきちゃダメヨ!」
 続くパトリシアの言葉に我に返った従業員たちは、慌てて避難を開始するのだった。
「ドライヤーですか、とても熱そうなダモクレスですわね。その熱風で焼かれない様に、気を付けないといけませんわね」
「ドライヤーも熱風が強すぎたらもはや武器よね」
 ダモクレスと窓ガラスを交互に眺め、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)は熱風の威力の高さに警戒を強める。隣にいたリサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)は紫の言葉に頷くと、これではもうドライヤーじゃないと呟いた。
「綺麗な髪質を保つためには欠かせない為のドライヤーですけど、こんなドライヤーだと髪が傷んでしまいますよね」
「ドライヤー、私も毎日使っていますけど、熱風が強すぎるのは危ないですね」
 ガラスすら溶かしてしまうほどの熱だ。最早髪が傷むといったレベルではない。このまま放置しておくことは出来ないと、兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)と七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)は武器を構える。
「床屋さんで普通に使うドライヤーが店内に置かれていたんでしょうね。床屋さんに普通にダモクレス化する物質が入るのも問題ですが……これ以上被害が広がる前に止めましょうか」
「そうね。こんなドライヤーは早く倒して、従業員を安心させてあげましょう」
 如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)の言葉にリサが同意する。
 店内に人の気配が無くなったタイミングで、ケルベロスたちは攻撃を開始した。


「雷光よ、迸りなさい。そして敵を痺れさせなさい!」
 紫が『ジャッジメント・ロッド』を前方へと突き出すと、一筋の雷光が杖の先からほとばしる。雷光の支流が蛍光灯を砕きガラス片の雨を降らす中、本流は真っ直ぐにダモクレスへと襲い掛かった。
 続けて沙耶の放ったエネルギー光弾が着弾。
「さぁ、この飛び蹴りを見切れますか?」
 タキオンは跳び上がると天井を蹴り、即座に体を反転。その勢いのままダモクレスへとかかと落としを叩き込む。
「次は俺の番だ」
 泰地が素早く地面を蹴りダモクレスとの距離を詰めると、得意の足技を繰り出した。刃の様に鋭い蹴りがダモクレスへと炸裂し、その体を吹き飛ばす。
「電光石火の蹴りで、痺れさせてあげましょう」
 その先に待っていたのは綴。飛んでくるダモクレスに合わせて更に蹴りを加える。
「オマケにもうイッパツ!」
 更に追い撃ちと、パトリシアが電光石火の蹴りを見舞う。次々に吹き飛ばされ三角形の軌跡を描いたダモクレスはようやく床を擦り止まった。
「この呪いで、その動き封じてあげます!」
 紅葉が動きを縛る呪いを放つと、攻撃に抗う様にダモクレスが地を這い紅葉へと長い体を巻きつけて締め上げていく。
「う……くっ……」
 締め付けの強さに紅葉が苦悶の表情を浮かべる。
「自然を巡る属性の力よ、仲間を護る盾となりなさい!」
 リサの生み出したエネルギーの盾に押され拘束が緩んだ隙に、紅葉はダモクレスの拘束から抜け出した。
「さぁ、私の如意棒の捌きをご覧あれ」
 紫が如意棒『御神木の古枝』へと持ち替え、ダモクレスへと打撃を加える。その後方からは古代語の詠唱と共に放たれた沙耶の魔法光線が迫る。紫が攻撃を終え距離を開けると同時、目の前を光線が横切りダモクレスへと撃ち込まれる。
 ダモクレスが光線を浴びる中、泰地は距離を詰めると空の霊力を帯びた『虎爪刃手甲』で以て切り裂いた。パトリシアも後に続く様に斬撃を繰り出す。
「この雷光で、動けなくしてあげますよ」
 タキオンのライトニングロッドから雷がほとばしり、ダモクレスを焼く。
「その身を吹き飛ばしてあげますよ」
「私も続きます」
 精神を集中させる綴と紅葉。集中が極限にまで高まると同時、ダモクレスの元に2つの爆発が起こった。
 爆発の衝撃で店内の窓ガラスが外へ向かって砕け飛ぶ。その様子を遠巻きに見ていた従業員たちから悲鳴が上がったのが聞こえた。
 ここまでくると、どちらが被害を出しているのか分からなくなってくる。人的被害が出てない分マシだと思ってほしいと、ケルベロスたちは心の中で呟いていた。
「大地に眠る死霊たちよ、仲間を癒す力を分け与えて頂戴ね」
 ダモクレスが反撃に長い尻尾を横に薙ぎ払うと、リサはすぐさま仲間の回復を行うのだった。


「エナジープロテクション!」
 激しい攻防が続く中、リサはエネルギーの盾を形成すると回復と共に仲間の守りを強化していく。
「気功循環術……!」
 泰地は己の体内にオーラを循環させて、自身の治癒に努めている。
「掴みましたわ」
 紫はダモクレスの気を掴むと、そのままダモクレスに触れることなくその体を投げ飛ばした。
 そこへパズルを取り出し、ダモクレスへと向ける沙耶。パズルが一瞬輝くと、中から竜を象った稲妻がダモクレス目掛けて飛びだした。竜はその牙でダモクレスを容赦なくかみ砕く。
「そのグラビティを、中和してあげましょう」
 タキオンがバスターライフルの引き金を引く。放たれたエネルギー光弾がダモクレスを易々と飲み込む。
 続けてパトリシアと綴の電光石火の蹴りが炸裂。
 連続で浴びせられる攻撃にダモクレスは堪らずに熱風を発射する。
「危ないですっ! だ、大丈夫ですか?」
 紅葉が咄嗟に前へと躍り出て、仲間を熱風から守った。
「真に自由なる力よ、目覚めさせなさい!」
 他に熱風を浴びた者が居ないのを確認した紅葉が自身の回復を行うが……高温により焼けただれた肌は思ったように治癒していかなかった。
「私に任せて」
 咄嗟に駆け寄ったリサが紅葉の治療を始めると、徐々に熱傷が癒えていく。
 その間にもケルベロスたちの攻撃は続いていく。
「お、らぁ」
「これヲくらうデス」
 泰地とパトリシアの斬撃がダモクレスを襲う。
「雷光よ、迸りなさい」
「この雷光で」
 紫とタキオンが杖に力を込める。放たれた二条の雷光がダモクレスを貫く。
「意志を貫き通す為の力を!!」
 雷光の後ろから迫った沙耶が追撃を加えると、後方へと視線を送る。
 視線を受け綴と紅葉は頷くと、精神を集中させた。
「これで……」
「……トドメッ!」
「「サイコフォース!!」」
 2人の放った爆発が立て続けに起こりダモクレスの体は粉々に砕け散った。


 爆発による煙が窓だった場所から外へと抜けていき、ようやく視界が戻る。
 辺りを見渡せばまるで廃墟の様な有様に、ケルベロスたちは絶句した。
「床屋内が散らかりましたわね、しっかりとヒールしておきませんと」
「……店の雰囲気変わっちゃうカモネ」
「店内が酷い事になってますね……出来る限り片付けていきますか」
 沙耶は店内の箒を拝借し、散らばったガラス片を片付けていく。泰地は大きなものを優先的にどかしていく。
 その間に他の6人は店内にヒールを施していく。
 しばらくして多分に幻想化されたものの、何とか修復が完了した。
「床屋の従業員たちに、もう安全だと伝えに行きましょう」
「俺も行こう」
「では私は怪我人が居ないか確認をしますわ」
 綴が床屋の裏口へと向かうと、泰地と紫が後に続いた。
 綴と泰地は『隣人力』を使い、騒ぎを聞きつけやって来ていた警察や床屋の従業員にもう安全であることを伝えた。
 そして床屋へと戻ってきた従業員たちは様変わりした店内に驚いていた。
 従業員たちに頭を下げるケルベロスたち。従業員たちは「リフォームしたと思えば問題ない」と笑って許してくれたのだった。
 ケルベロスたちは従業員たちに別れを告げ床屋を後にすると、帰路へ就くのだった。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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