剛斧の単眼蛮兵

作者:刑部

 闇を彷彿とさせる黒衣を纏う青白い肌の女性の前に、雄々しい一対の角がついた兜を被る2m程の人形があった。
「さあ、疾く行きなさい。そしてグラビティ・チェインを奪い尽くし、ケルベロスに殺されなさい」
 女性の手に球根の様なものが現れると、言葉に従う様に宙を舞い人形の胸に吸い込まれてゆく。
「……ギギ」
 人形の顔に紅い単眼が輝くと、軋み音を立てて起き上がり、黒衣の女性に向って戦斧による横薙ぎの一閃を見舞う。
「愚かな事。その刃を向けるのは私ではなくて、ほら、街の灯りが見えるでしょう? あそこには沢山のグラビティ・チェインがあるわよ」
 その一撃が空を切ると、いつの間に後ろに回った女性が、しなやかな指で街の灯りを指して耳元で囁く。
「グラ……チェ……アツメ……」
 人形……否、ダモクレスの単眼がその灯りを捉えると、軋んだ音を立てながら灯りを目指して歩きはじめる。その後ろで蠱惑的な笑みを浮かべた女性が黒衣を翻すと、その姿は闇に溶け込んだかの様に掻き消えたのだった。

「栃木県の那須温泉付近で、死神の因子を埋め込まれたダモクレスが暴れよるみたいや」
「……また死神がダモクレス」
 ケルベロス達の前に栃木県の地図を映し出しつつ杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044)が口を開くと、橙瞳を僅かに伏せ狼耳をピクッと動かしたミルドレッド・サザンクロス(南十字星の使者・e61397)が嘆息する様に呟いた。
「単眼の蛮族兵型のダモクレスで、目についた人間を殺して回るみたいや。グラビティ・チェインを貯め込んで死んだら、死神の手駒になってしまいよる捨兵としてやりたい放題っちゅー訳やな」
 と肩をすくめる千尋。
「死神の思い通りにさせへん為にも奴さんがグラビティ・チェインを集めるより早う、撃破する必要があるっちゅーこっちゃ。栃木県警には連絡済みで周辺住民の避難も進めとるから、じぶんらはこのダモクレスの撃破だけ考えてくれたらえーからな」
 とミルドレッドらケルベロス達が頷くのを確認して話を続ける千尋。

「こっちから向って来てるから、この一帯に避難勧告している状況や」
 千尋の指が映し出された地図の上で、三本槍岳から那須温泉へのラインを描くと、
「せやから、ここ。大丸園地っちゅー寂れた温泉地の広い駐車場があるからここで迎え撃ったらええと思う。奴さんは獣皮を纏って牛みたいな二本角の兜被った単眼の蛮族型のダモクレスや。得物は戦斧でその一撃のダメージはかなりのもんやから気ぃつけなあかんで」
 と、敵についての注意を促すと、
「普通に倒すと、その骸から彼岸花みたいな花が咲いて、骸ごと消えてまうみたいや。死神に回収されるっちゅー事やな。そうさせへん為にも、思いっきりぶっ壊したったら使いもんになれへんやろし回収も諦めるやろ」
 と笑う千尋の口元に八重歯が覗く。

「ほな、ダモクレスと死神の思惑、両方叩き潰しにいくで!」
 頷くミルドレッドらケルベロス達の顔を見回した千尋が左の掌を右拳で叩き、乾いた音がヘリオンの中に響くのだった。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
ミルドレッド・サザンクロス(南十字星の使者・e61397)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)

■リプレイ

●邂逅
 栃木県は大丸園地の駐車場。もう数年前から放置されているだろうか、錆の浮いた数台の車以外、真新しい車は1台も止まっていない駐車場にケルベロス達が次々と降下してくる。
「此度も死神の人形相手……か、さて、何度目だろうな?」
「何度目だろうが死神の手駒になった以上、叩き斬るまでだ」
 辺りを確認し、まだ敵が来ていない事を確認した楡金・澄華(氷刃・e01056)が、千尋が言っていた敵の来る方向、三本槍岳に向けた漆黒の瞳を細めてごちると、隣に並んだハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)も同じ様に目を細めながら応じる。
「ドラゴン勢力の動向も妖しい中、火事場泥棒的な動きは許す訳にはいかないでしょう」
 言いつつ源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が、サイドテールに纏めた銀髪を踊らせ振り返ると、
「本当に、色々忙しいのに空気よめって言いたいけど、それはこちらの都合だしね。向こうは僕らの都合なんて知ったこっちゃないし」
「むしろ私達ケルベロスの目がドラゴン勢に向いているからこそ、色々画策する隙がある事にもなりますしね」
 那岐の義弟夫婦である源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)と如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が、それぞれ得物の調子を確認しながら、いつもの様に言の葉を交わしている。
「アレだな。来たぞ」
 最初に『それ』を見つけ、ニヤリと口角を上げたのは長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)。
 その千翠の指す、澄華とハルが見ていた方向よりやや西寄りの森の中木が揺れ、二本の牛角が見え隠れしていた。
「前に倒したのと同じプロトタイプのダモクレスかしら?」
 森から現れた敵の全身を視認したミルドレッド・サザンクロス(南十字星の使者・e61397)が、鎧武者と蛮族兵という違いはあれど先日対峙したダモクレスとの類似点に思わず呟くと、
「こちらに気付いている様ですが、減速する気はない……手ごわそうな敵だなぁ」
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が、不安を振り払う様にふるふると首を左右に振って、仲間達の後ろへと下がる。
 メリルディの言う通り、森を出たダモクレスは、顔を此方に向け明らかに自分達に向って来ている。
「私たちの国で蛮族の好きにはさせん、暴れるならば私の首級を挙げてからにしてもらおうか!」
「沙耶さん、那岐姉さん、ここで食い止める。一緒に頑張ろう」
 澄華の両刀が音も立てずに鞘から抜かれ澄華にエネルギーを付与すると、その刀身で風を裂いて駆け出し、瑠璃も一回転させた機龍槌アイゼンドラッヘを小脇に構え、身内を鼓舞する。
「誰も欠けずに、みんなで帰れるように」
 それを追う様にメリルディと沙耶が放ったオウガ粒子の煌めきが、切って落とされる戦いの火蓋となった。

●蛮勇
 少しも勢いを殺さず迫り来る蛮族兵ダモクレス。
「ガアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!」
 咆哮と共にその勢いを斧の刃に乗せ、ケルベロス側の前衛陣に叩き付ける。
「やってくれるじゃねぇか!」
 己の着物『翠嵐』の裂けた箇所が血に染まるのを見た千翠が、オウガ粒子を纏いながら愉悦に浸る。同じ様に裂かれながらも瑠璃が放った轟竜砲の着弾と同じタイミングで、
「蛮族の風体通り性質も蛮族という事か?」
 斧を振り切ってがら空きになった隙だらけの蛮族兵の胴に、澄華の一閃が叩き込まれる……が、浅い。刀身がその身を穿つより早く、蛮族兵が思いっきり地面を蹴って後方へ跳んだのだ。
「その体躯でその速さ、見事……でも逃がさないよ」
 ハルが千翠の肩を踏み台に宵闇の裾を翻して跳び蹴りを繰り出すと、ミルドレッドも追い縋り、瑠璃に一瞥を向けた後に向き直った沙耶と那岐ともそれに続く。
 メリルディのローズチェインが仲間達を守る様に展開する中、
「遅いぞ千翠」
「人を踏み台にしといてよく言う」
 水銀剣"アガートラム"での一撃を叩き込んで跳び退さるハルの軽口に、口を尖らせて応じた千翠がその背後にカラフルな爆発を起こし、最前線で味方を鼓舞し、
「蛮族にしてはなかなかやるじゃないか?」
 自身が繰り出す二刀を含め、ケルベロス達の攻撃を華麗な斧捌きで逸らす敵に賛辞と共に連続斬りを繰り出す澄華の前で、
「グラビテ……ヨコセ! ガアアアァァァ!」
 咆哮する蛮族兵の破損箇所がみるみる繕われてゆく。

 蛮族兵の振るう斧とケルベロス達の振るう得物が激しく交錯し、火花と闘志を散らす。
「この呪いで、貴方を動けなくしてあげるわ……くっ、こっち」
 瑠璃を掠めた敵の斧が地面を叩いたタイミングを見計らったミルドレッドが、美貌の呪いを以って敵を縛りに掛るも、小さく跳んだ敵が渾身の力で地面から引き抜いた斧をミルドレッド目掛け振り下ろす。
 敵を挟んで反対側で瑠璃を援護する形で千翠が攻撃を仕掛けていた為、まさかそちらに対峙せず自分を攻撃してくるとは思わなかったミルドレッドの動きが半呼吸分遅れ、斧刃がミルドレッドの顔をかち割った……かに見えた刹那、その斧の柄にローズチェインが絡まり、身を捩ったミルドレッドは血飛沫を上げるも致命傷を免れる。
「大丈夫?」
 そのローズチェインを手繰り寄せたメリルディが、澄華と沙耶、更に沙耶を後押しする那岐の攻撃で足止めされた敵から距離を取るミルドレッドを『道化師の涙』で癒す。
「助かった……なかなか侮れないね」
 メリルディに礼を述べたミルドレッドは、自身と入れ代わる形で敵からの射線を遮る様にフォローに入ったハルにも心の中で礼を述べ、呼吸を整えると南十字の闘気を纏って地面を蹴る。
(「咆哮で払われても、それ以上の負荷を刻んでいる筈だけど、しぶといね」)
 その背を見送ったメリルディは、戦場全体に意識を向け回復で戦線を支え続ける。

「瑠璃、下がって!」
 那岐の声に反射的に跳び退くと、先程まで瑠璃が居た場所に斧が叩き付けられて砂礫と砂埃が上がるが、その蛮族兵に那岐と沙耶2人の轟竜砲が爆ぜ、流石の敵も蹈鞴を踏む。
「瑠璃ちゃんと敵の動きを見て、那岐姉様の声が無ければ危なかったわよ」
 蹈鞴を踏んだ蛮族兵に澄華とミルドレッドが仕寄るのを視界の端に捉えながら、くるっと回したThe Mallets of Sluggerの石突を地面に突き立てた沙耶が、呆れ半分と心配半分に夫である瑠璃に声を掛けると、
「わかってる、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
 妻である沙耶に片手を上げてそう応じた瑠璃は、振り回す『玄武轟天【飛水・八相】』で風を切りつつ距離を詰め、千翠と鍔迫り合いを演じる蛮族兵の左側に仕寄ったハルに蛮族兵の意識が向いた瞬間、その右脇腹に遠心力を加えた一撃を叩き込む。
「今のが入るなら大丈夫ですね。足止めは十分です、畳み掛けましょう」
 瑠璃の一撃で蛮族兵の回避力が十分に落ちている事を確信した那岐が、舞剣「ローズマリー」で花の嵐を起しながら仲間達に聞こえる様声を上げるが、
「那岐姉さん危ない」
 今度は瑠璃の声に身をよじった那岐の体を嵐を裂いて飛来した斧刃がかすめ、護衣「斑鳩」を鮮血が染める。蛮族兵の手に戻っていく斧を舌打ちしたハルが追い、直ぐ様メリルディが那岐を回復させる。
「那岐姉様……」
「メリルディさんが癒してくれたから大丈夫。それより攻撃を集中して」
 心配顔で駆け寄ろうとする沙耶を制止した那岐は、メリルディに目礼を返し蛮族兵に向き直る。
 積み重なった幾重もの咎が蛮族兵を檻に押し込め、勝利の天秤は徐々にケルベロス側に傾いて来た様に見受けられた。

●要諦
 蛮族兵の纏う獣皮は、己の関節や傷口から流れ出た重油の様な黒い体液で染まり、兜から伸びた2本の牛角のうち右側はハルによって叩き折られ、少し離れた地面に突き刺さっていた。
「ガガッ……グラ……」
 それでも蛮族兵は闘志を失わず、空をきる事が多いながらもケルベロス達に攻撃を叩き込んでいた。
「ここが要諦です。舞え、菖蒲の花、戦友達に力の加護を……」
 居住まいを正した那岐がその体を優美に回転させ銀髪が棚引く、その神楽により前衛陣の周りに菖蒲の花が咲き乱れ力を与える。菖蒲は尚武に通じ、勝負に臨む決戦の舞である。
「外す訳にはいきませんね。みんなあと一押しだよう」
「……畳み掛けますよ」
 更にメリルディがオウガ粒子を放出し、ミルドレッドがカラフルな爆発を起こし前衛陣に勢いつける。
 その前衛陣の殺気を感じ取ったのか、思いっきり跳び退さろうと腰を落とす蛮族兵。
「貴方の運命は……至高なる皇帝の権限にて、命じます!!『止まれ』」
 銀彩『昇藤』を嵌めた沙耶が向けた掌から見えざる糸でも出ているかの如く、跳び退こうとした蛮族兵の体が震え、足が痺れたかの様にその動きが止まる。
 其は僅かな時間であったが、ケルベロス達にとっては十分な時間。
「因子ごとまとめてぶっ飛ばす! さぁ、絡め取れ。握り潰せ!」
「うん、ちょっと重いけど、行くよ!!」
 千翠を蝕む呪いが無数の触手として具現化し、蛮族兵が斧を握る右腕を絡め取って締め上げると、瑠璃の体から湧き上がる月の女神の力が収束し、その頭上で一本の大きな剣となり、罪を断じるが如く振り下ろされた。
「グギャアアァァァァ!」
「刀たちよ、 私に力を……!」
 悲鳴と共に蛮族兵を構成する部品と粘性の黒い液体が飛び散る中、間髪入れず澄華の振るう二振り……『黒夜叉姫』『斬龍之大太刀【凍雲】』の刀身が空間を断ち、蛮族兵の半身が斬り落とされた。
「ガガガガガガガガガガガガガ……」
 最早声にならない音を立てて辛うじて踏み止まる蛮族兵の聴覚が、未だ生きているなら聞こえる詠唱。
「我が内なる刃は集う。無明を断ち切る刹那の閃き、絶望を切り裂く終わりの剣……! 久遠の刹那ッ!!」
 ハルの詠唱が結ばれると、構成された領域内に具現化した無数の刀剣が一斉に蛮族兵の体を刺し貫いた。
「切り札というのは切るべき時につかわないとな……さよならだ」
 最後に一閃されたハルの刀身の向こうで蛮族兵は崩れ落ち、死に華すら咲かず事出来ずにその活動を停止させたのだった。

「ふぅ……誰も欠けずに、みんなで帰れるね」
 皆を見回したメリルディが大きく息を吐くと笑顔を浮かべ、皆をヒールした後、荒れた駐車場の路面にもヒールを掛けて回ると、
「……死神の因子はちゃんと潰せた様ね」
 蛮族兵の骸をしっかりと確認したミルドレッドが、狼耳をピクピクと動かしながら腰を上げる。
「瑠璃、沙耶、無事ですか? さあ、帰っておやつにしましょうか」
 そのミルドレッドと一緒に蛮族兵の骸を確認していた那岐が、パンパンと手の埃をはらって義弟夫婦を振り返ると、
「うん、沙耶さんも那岐姉さんも無事だね。今日のおやつはチーズケーキとココアだっけ?」
「ええ、私も瑠璃も無事ですよ。おやつのココアは私が淹れますから、早く家に帰りましょうか」
 護衣「玄武」には幾つもの血が滲んでいるものの、元気な瑠璃が義姉と妻に笑顔を向け、その血が滲んでいるところに手を添えた沙耶が笑顔で応じる。
「なかなかの強敵だった……それしても死神の暗躍が目立つな」
 防刃ジャケットに穿たれた傷を撫でた澄華が、蛮族兵がサルベージされたという三本槍岳の頂きを見遣り呟くと、
「まったくだ。早いところ全部斬り捨ててやりたいものだ、ん?」
 ヒールを受けていたハルも、首を大きく縦に振って肯定を示す。
「なぁなぁ、ここらって温泉街なんだろ? ちょっと寄って帰れないかな?」
 肩を叩かれたハルが振り返ると、千翠がハルに向け旅団で見せる様な笑顔を浮かべており、その様を見た皆の顔に笑顔が浮かぶ。
 ケルベロス達は死神達の暗躍に思いを馳せながらも日帰り温泉に寄ってから帰路についたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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