飛将

作者:紫村雪乃


 冷たい闇の中。
 男が横たわっていた。二メートルを超す体躯をもつ偉丈夫である。
 男がまとっているのは筒袖鎧であった。中国の武将がまとっていたものだ。
 その男の足もと、黒衣が揺れた。女である。
 これは死神であった。不気味なその顔に生気はない。死神は球根のような『死神の因子』を男に植えつけた。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 死神は告げた。
 瞬間、男の目が開いた。ゆらりと立ち上がる。
 すでに死神の姿はなかった。男は辺りを見回すと地に転がった巨槍をひっ掴んだ。
「ゆくとするか」
 命を刈り取るために。男は獰猛に笑った。


「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走してしまう事件が起きることが分かりました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「『死神の因子』を埋め込まれたのはダモクレス一体。死神が選んだだけあって、強力な個体のようです」
 機体名は呂布。中国後漢末期の武将で、三国志における最強の豪傑である呂布を解析、その力を現実のものとしたダモクレスであった。人間を畏怖させることを目的に生まれた、神や伝説の英雄豪傑を模したシリーズの一体である。
 本物の呂布は最高位に位置する戦闘力の持ち主の一人であった。が、それは所詮人間の範疇においてである。
 が、この機械呂布は違った。ダモクレスの能力をもつ彼は本物の呂布の業を昇華させて魔性の域にまで高めている。いわば魔人と呼んでいい存在と化していた。
「死神の因子を埋め込まれたデウスエクスは、大量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとします。殺戮が行われるより早く、デウスエクスを撃破してください」
 セリカはいった。今から行けばケルベロスの到着は森の出口付近となるだろう。
「ダモクレスの武器は槍です。威力は絶大。注意が必要です」
 それと、とセリカはケルベロス達を見た。
「この戦い、普通に戦うだけでは死神の思惑に乗ることとなります」
 このデウスエクスを倒すと、デウスエクスの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまうのだ。死神に回収されてしまうのだった。
「ですが、デウスエクスの残り体力に対して過剰なダメージを与えて死亡させた場合は、死体は死神に回収されません」
 セリカはいった。それは体内の死神の因子が一緒に破壊されるからである。
「殺戮を許すわけにはいかないわ。ダモクレスの殲滅を」
 香蓮はいった。


参加者
クリームヒルデ・ビスマルク(ちょっとえらそうなおばちゃん・e01397)
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
小柳・瑠奈(暴龍・e31095)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)

■リプレイ


「歴史に残る将の名を持つダモクレスですか…」
 孤独の翳のある、硝子細工を思わせる娘が首を傾げた。名をバラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)というこの娘は、似たような事件があったことを耳にしていたのである。
「他にもいましたね。伝説の英雄豪傑を模したシリーズ…?」
「アーサー王と沖田総司だ、今のところ確認されているのはな」
 苦々しくコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)がこたえた。おそらくは他にも同じシリーズのダモクレスは存在しているだろう。
「では、ダモクレスはどこからーー」
 といかけて、バラフィールはやめた。
「いえ、今はグラビティチェインを死神に渡さないために集中して参りましょう」
「そうだな」
 シュシュでポニーテールに蒼髪を結い上げた女がこたえた。リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)という名の剣士であるのだが、ひやりとする蒼い眼差しの持ち主である。
「敵は呂布の力を神域にまで押し上げた化け物だ。油断すれば殺られるのはこちらの方だと覚悟しておいた方がいい」
 リィンは告げた。
 その手には斬霊刀。鞘と刃には桜花の刻印があった。

「ーーいたぞ」
 最初に発見したのはリィンであった。
「ーーあれね」
 ジェットパック・デバイスに牽引されて飛行状態にあるクリームヒルデ・ビスマルク(ちょっとえらそうなおばちゃん・e01397)が妖しく光る紫瞳を眇めた。
 前方。地を傲然と歩く偉丈夫の姿があった。筒袖鎧をまとっており、手には巨大な槍を携えている。呂布であった。
 あれが、呂布。後漢最強の豪傑。
 ケルベロスたちの背を戦慄が走り抜けた。が、クリームヒルデはそんな動揺をおくびにもださぬ。
「久々のお仕事ですが、なまってないといいんですがねえ。それにしても呂布とは……裏切って、最後は自分が裏切られたんでしたっけ。腕が立っても、信用されなければこうなる……因果応報って奴ですね」
 クリームヒルデは肩をすくめてみせた。
 その時だ。クリームヒルデの声が聞こえたはずはないのに、呂布が振り返った。
「ーー番犬どもか。多人数ならいざ知らず、少数でなら飛ばねばこの呂布の相手はできんとみえる」
 呂布は嗤った。するとクリームヒルデが笑い返した。
「呂布って美人で釣られて裏切ったり、配下からも裏切られたんでしたっけ? つまり……腕っぷしは立つけど、人望はなかったんでしょうかねえ。そこんところ如何でしょうか? そこのコピー様」
「俺のことに詳しいようだな。それでよく番犬の分際で俺に戦いを挑もうとしたものだな」
「ふふん。哀しいけれど、私たちは正義の味方なのよね。おっと」
 クリームヒルデが手を上げて制した。
「おばちゃんがあまりにもセクシーだからって、ひんむいたりしちゃ駄目ですぜ。かわいい旦那と娘が居るんですから」
「人妻とはそそる。が、殺す」
 無造作と思える身ごなしで呂布が巨槍を投擲した。風車のように唸りをあげて回転する槍が飛翔、前衛のケルベロスたちを薙ぐ。
 前に出て仲間をかばったのはリィンと楚々たる美少女ーーとはいえ、戦装束の胸元は大きくはだけられ、さらしを巻いた乳房が露出されているのだがーーリフィルディード・ラクシュエル(刀乱剛呀・e25284)であった。リィンは手にメタリックブルーに輝く流線形の手甲、リフィルディードは機械手を装備している。
 二人は装備で槍の一閃を受け止めた。が、敵は呂布だ。人類最高位に位置するその実力を機械的に拡張している。いかなケルベロスであろうとも受け止めきれるものではなかった。
 巨槍がリィンとリフィルディードを薙いですぎた。二人から鮮血がしぶいたのは、ブーメランのごとく戻ってきた巨槍の柄を呂布ががっしと手で掴みとめた後である。


「見境なく女性に手を手を出すところをみると、好色の噂は本当だったようですね」
 揶揄するようにいうと、クリームヒルデは歌を紡ぎ始めた。明日の希望をつかもうとする者たちの歌だ。
 すると、その歌声に反応して彼女の手の魔法の竪琴が鳴絃した。共鳴したリィンとリフィルディードの細胞が賦活化される。
 同時、バラフィールは自らの身を覆う金属戦闘生命体を励起。ケルベロスの超感覚を覚醒させる銀光を放った。
 そのバラフィールのブーツの踵あたりには輝く翼。チェイスアート・デバイスだ。これで呂布を逃す可能性は低くなったに違いなかった。
「さすがにやるね」
 銀光を浴びた小柳・瑠奈(暴龍・e31095)が、その小麦色の頬に不敵な笑みを刻んだ。
「三國志関係の小説やゲームは浪漫があって嫌いじゃない。君こことはよく知っているよ。まぁ、ゲームではダッシュで逃げの一手の相手だけれども」
 瑠奈は苦笑した。が、すぐに笑みを消すと、
「冗談はここまで。後漢最強が相手だ。攻め潰される前に攻め潰さないとね」
 呂布の頭上に軽やかに舞った彼女は、空に銀光の煌めきを軌跡と残しつつ、鉄爪で切りかかった。
「私はタイプ的には王異とかじゃない?」
 呂布を切り裂くと、瑠奈はうそぶいた。呂布ほどの猛者を切ったという戦慄があるが、その泰然たる様子からは他者には見てとれない。
 返された視線は、ぎろりと鋭く刺々しかった。呂布に諧謔は通じないようだ。
 その呂布に声が降った。
「過去の猛将が相手とはねー」
 リフィルディードだ。青桜嵐を手に、呂布の頭上から襲いかかる。頭上に目をむけた男に、
「その時代はまだ私達みたいな存在もない時だっただろうし、自分とは埒外の力を持った存在に模倣されるって本人が知ったらどう思うんだろう? ここから先は、通行止め、ってね? 悪い……なんて思わないけど、ここで止めさせてもらう」
 宣告とともに、リフィルディードは空の霊力をまとわせた刃を薙ぎおろした。とっさに呂布は跳び退ったが、かわしきれない。
 黒血にも似たオイルを噴きつつ、呂布は着地。その頭蓋めがけてコクマが鉄塊のごとき巨剣ーースルードゲルミルを叩きつけた。
「…ああ…全てを焼き尽くしてやりたい。消し炭にすれば少しは我が苛立ちも収まるか?」
 戛!
 衝撃波を撒き散らし、スルードゲルミルがとまった。呂布の槍に受け止められて。ズンッと呂布の足下の地が陥没する。
「たいした重さだ。が」
 呂布が槍から右手をはなした。左手のみにて槍を支えつつ、コクマに右手をのばしーーはじかれたように呂布は身をひいた。その頬をかすめるように炎をまとわせた脚が疾り抜けていく。リィンの蹴撃だ。
 殺気のこもった二つの視線がからみ、そして遠ざかっていく。リィンと呂布は互いに間合いをあけた。


「また空に逃げるか」
 嘲るように鼻を鳴らすと、呂布は再び槍を放った。身を挺して仲間を守るというなら、共に砕く。そう決意した一投であった。
 そして、ケルベロスたちも再び。リィンとリフィルディードであるがーー此度は違った。
 バレットタイムのみーー一度に発動できるグラビティは一つだけであるからなのだがーー発動したリフィルディードには、周囲の様子がスローモーションで動いているように見えている。そして、捉えた。呂布の槍を。
 リフィルディードが槍を掴んだ。が、とめられない。
 咄嗟に機械手で補助。それでもとめられない。
 機械手を引きちぎり、槍は飛翔した。リフィルディードとリィンを薙払って。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
 リィンの問いに、リフィルディードは頷いた。手が痺れている。反射的に槍を放さなかったら腕が引きちぎられていただろう。
「祈りましょう、明日のために。願いましょう、人の子等の安寧を。唱いましょう、天上に響く高らかな凱歌を」
 クリームヒルデの歌声が高らかに響いた。その調べはケルベロスたち自然治癒力を高める働きがある。さらにケルベロスたちの精神を震わせ、志気を高めた。
 さらにバラフィールが後押しする。『Rote Blitzableiter』から放たれた数億ボルトの紫電がケルベロスたちの細胞を震撼、感覚を研ぎ澄ませた。
 その昂揚感におされるようにリィンの手から鎖が噴出、呂布をギシギシと戒めた。
 呂布は動けぬ。そう見てとったコクマが激しく旋回しながら呂布へと突進していく。
 わずかに遅れて瑠奈が迫った。同時攻撃よりもかわしにくいと判断してのことだ。
 刹那、呂布の肉体が膨れ上がった。とてつもない圧がリィンの鎖を断ち切る。神の領域のパワーであった。
 が、瑠奈はとまらない。
「仔猫ちゃん達の期待には応えないとね」
 稲妻のごとく刺突を瑠奈は放った。


「おのれ」
 呂布はギリッと歯を噛み鳴らせた。
 蚊蜻蛉と侮っていたが、そうではないらしい。想定外に損傷をうけてしまっていた。ならばーー。
 呂布は三度槍を放った。旋風、というより竜巻と化して槍がケルベロスを薙いだ。
「くっ」
「ああっ」
 苦鳴とともにリィンとリフィルディードの傷口から鮮血が噴いた。激痛と衝撃に意識が飛びそうだ。相変わらず凄まじい呂布の槍の威力であった。
 彼女たちは本能的に悟っている。次の攻撃には耐えられないだろうと。
「まずい。逃げるぞ!」
 コクマが叫んだ。呂布が背を返したことを見とめたのだ。
「任せてもらうよ」
 瑠奈がいった。呂布をとらえるならリィンの猟犬縛鎖が最適なのだが、続けての使用では成功率がかなり落ちる。呂布ならば易々と逃れるだろう。呂布をとめることのできるのは瑠奈しかなかった。
 瑠奈は怒りを昇華、稲妻に変えて放った。迸る紫電に撃たれた呂布の足がとまる。
「ぬうっ。か、身体が」
 痺れて動かぬ。が、それも一息のことであった。
 けれどケルベロスたちにとっては一息で十分。まず動いたのはクリームヒルデであった。
 呂布が逃走をはかったという事実。それは彼の体力の残量が少ないという証であった。
「ここまでです。一気にとどめを!」
 クリームヒルデは高らかに歌った。前衛の攻撃力が底上げされる。
「私からは逃げられませんよ」
 戦闘生命体起動。白髪を翻し、白銀の鬼と化してバラフィールは襲った。鋭く剛い拳を呂布の背に強かに打ち込む。
 打ち据えた自身の拳が砕けそうな衝撃に、さすがは、とバラフィールは冷たく唸る。
 その時、呂布の呪縛が解けた。地を蹴り、予定地点を通り過ぎつつある槍をひっ掴む。
 その背に、リフィルディードは青桜嵐を薙ぎつけた。振り返りざま、呂布が一閃。
 風がはじけ、二つの刃が噛みあった。刃圧に、たまらずリフィルディードが吹き飛ぶ。受け止めただけで、この威力であった。
「前衛攻撃手にとどめは任せようと思っていたのだがな」
 ぶわりと長い蒼空色の髪が躍った。いや、躍ったのは真紅の炎であったか。
 炎をまとわせたリィンの刃が空に幾条もの亀裂を刻んだ。
「この剣舞は炎の舞、貴様を地獄へと誘う死出の舞! 塵も遺さず消え失せろ!」
 リィンの叫びは呂布の頭上で響いた。降下、加速させた刃を袈裟に斬りつける。
 リィンの刃が深く呂布を切り裂いた。がくりと呂布が膝を折る。
「ば、馬鹿な。万の番犬どもならいざ知らず、たった八匹の番犬に、この呂布が」
 愕然として呂布は眼前に立つコクマを見上げた。
 かつて彼は敗れた。それは、しかし雲霞のごとく群がるケルベロスの人海戦術によるものだ。そう呂布は承知していたがーー。
「ワシたちは強くなったのだ。日々、進化しているのだよ」
 コクマが振り上げたスルードゲルミルがさらにでかくなった。青白い水晶の刃を纏わせたのだ。
「我が刃に宿るは光<スキン>を喰らいし魔狼の牙! その牙が齎すは光亡き夜の訪れなり!」
 全身をバネと加速した、渾身のコクマの横なぐりの一撃。ビルすら解体しかねない一閃に、呂布の機体が悲鳴を上げた。そして、彼の手からはなれた槍が地に転がり、沈黙した。


「ふう」
 重い息を吐くと、リフィルディードは地に座り込んだ。
「当時恐れられた将というだけあって、かなりきつい相手だ。終わったんなら、少し休ませてもらうよ」
「そうした方がいい」
 リィンはそういって辺りの修復を始めた。彼女自身、肉体はボロボロであったが。すでにシュシュは解き、表情には穏やかさがもどっている。
「私も手伝います」
 業務連絡をとりつつ、クリームヒルデがリィンに声をかけた。うなずくリィンであるが。すぐにその顔色がくもった。
「死神の思惑が益々わからないな。グラビティチェインを集めて何をしようとしているんだ?」

 数時間後のことである。
「…はぁ」
 森に、哀しげなため息が流れた。コクマである。彼のみ森に残り、キャンプをしていたのであった。
 牛肉にサラダ。ご飯。焼き鳥缶に卵。晩餐である。
「ワシは昼や朝は苦手だ。だが夜の星は悪くはない。…もっとも、この程度で我が苛立ちも憤りも消えはせぬがな」
 星空を見上げ、コクマはごちた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月5日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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