今は遠い幻想世界

作者:成瀬


 もう要らないと捨てられた。新しいものに買い換えるからと。
 時代の流れに取り残された。それは仕方のないこと。
 きちんと捨てる為には金がかかる。それさえも、持ち主は惜しんだ。
 日々良いように使われて、今は土塗れ埃塗れ。
 単なる機械にしか過ぎない『それ』に、心が無いのは幸いな事であった。
 ――山奥に不法投棄されたたくさんの家電製品。その中のひとつ、古く古いブラウン管テレビに小型ダモクレスが入り込み、人型ロボットのように姿かたちを変えていく。
「我は、旧世界ノ魔王ナリ。新しきコノ世界に破壊と滅亡ヲ、……血が足りぬ。捧げよ、無数の死ヲ!」
 最後に映し出したのはきっと、少々痛いファンタジーアニメだったのだろう。
 そんなセリフを発しつつ、画面から眩いビームを発し辺りの木々を薙ぎ払っていく。木々だけで済むだろうか。――まさか。


 良く集まってくれた、と低い声が響いた。
「サイレンから情報収集の結果が届けられた。貴重な情報に感謝する、サイレン。そのおかげもあって予知出来たのだが、不法投棄された家電製品のひとつがダモクレスになってしまう事件が起こるようだ」
 サイレン・ミラージュ(静かなる竜・e37421)の協力により、事件が予知されたとザイフリート王子は告げる。
「このまま放っておけば街まで降りて行き、無差別に人々を殺してその生命とグラビティ・チェインを奪うようになるだろう。現場までは私が送り届けるつもりだ。至急このダモクレスを撃破して欲しい」
 敵の情報についてもザイフリート王子は説明する。
「元は古い朽ちかけたブラウン管テレビだ。人型のロボットのような姿に変わり、バスターライフルによる攻撃をして来る。お前達も一度は幻想世界を夢見たことがあるだろうか。発する言葉はどれも、最後に映し出したアニメの影響を受けていると思われる。……そしてキャスターとして戦うことから、命中や回避力が普通のダモクレスと比べて若干優れているな。戦闘を有利に進める為には、グラビティによる何らかの対策があると良いだろう」
 場所は街から離れた山中。
 他に人もいないようだし、今から行けば夕方頃には到着するだろうとも付け加えた。
「人は誰しも、誰かにとって大切な存在なのだ。私はそれを知っている。人々の血が流れるような事件、放っておくわけにはいかない。……ケルベロス、お前達の力が必要だ」


参加者
サイレン・ミラージュ(静かなる竜・e37421)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ


 美しい夕焼けと、鴉の鳴き声。
 昼を過ぎるとこの時期、陽が沈んでいくのは早い。暗くなって月が昇るようになれば、こんな灯りも無い山中は真っ暗になってしまいそうだ。
 そんな夕焼けの色よりも深く深い赤を瞳に閉じ込め、サイレン・ミラージュ(静かなる竜・e37421)たちは街中とは違った自然豊かな道を進んでいく。
 冬の寒さを耐え抜いて、小さな淡い緑色がそこらに見られるようになった。植物の力強さと春の息吹を感じる。依頼で訪れるのでなければ、天気の良い日にこんな綺麗な空気を吸いながら翼を広げて飛ぶのもいいかもしれない。そう思える程にのどかな光景だった。
 街と同じように舗装された道が続くわけではないが、車の轍や使われている道を選べばそう苦労することなく進めそうだ。丈夫な靴は足取りを軽くし、リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)が先立って歩行の邪魔になりそうな枝を切ったりざっと払って、到着までの時間を多少縮めることができた。
 まだ日が沈むまでは時間に余裕がある。懐中電灯を使うには早い時間のようだ。
(「まさか本当に現れるとは……しかしこのタイミングはなら。ダモクレスが街に到着する前に倒せそうです」)
 もちろんサーヴァントのアンセムも一緒だ。ふわりとした白い尻尾を揺らし、サイレンを見上げる。そんなアンセムの姿に熱い視線を送っているのは兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)だった。
「……ふわふわ」
 いつの間にか無意識に言葉が口から零れていたようだった。
「あっ、つい……こんなにふわふわで可愛い子、ネットでも滅多に見られないなって思って。す、すみません」
「いえいえ」
 同感よ、とリサも頷く。
「そういえば今回のダモクレスはテレビ型……ファンタジーアニメを映してたって聞いたわ。どんな番組だったのか興味あるわね」
「今の時代にも沢山アニメが放送されて欲しいですね」
 こくりと紅葉も頷いて会話の輪に入る。
「凛々しい戦乙女が活躍するアニメだったりするのかもしれないわね。わたしもアニメは大好きだけど、人々に危害を加える存在になってしまうならその前に破壊しなければ」
 天月・悠姫(導きの月夜・e67360)がそう言うと他の三人も頷く。
 今日は決してピクニックに来たわけではない。
 生まれ出てしまったダモクレスが街に下りてしまう前に、何とかしなくては。
「見てください、あそこ。家電がたくさん捨てられてます」
 サイレンが指差すのは、開けた場所で端の方に古い家電製品がいくつも捨てられている。 その中のひとつ。ブラウン管テレビの画面が、不意に光った。


「我は、旧世界ノ魔王ナリ。新しきコノ世界に破壊と滅亡ヲ、……血が足りぬ。捧げよ、無数の死ヲ!」
 大小様々な部品が廃品の山から引き寄せられていく。その中心にあるのは、古ぼけたブラウン管テレビだった。土埃に塗れ汚れ、捨てられた家電や壊れた部品をを吸収し、歪な人の形をしたロボットへと変貌を遂げる。ぐぐっと身体を丸め合成された音声で人の言葉を発するが、その意味を理解しているかは怪しいところ。四人とアンセムの方へぎぎっとぎこちない動きで顔を向け、テレビ画面を不気味に光らせた。
「行きますよ、アンセム。サポートは任せましたからね」
 アンセムも小さく鳴き声を上げ戦闘に備える。
 それを合図にサイレンたちはそれぞれ武器を構え戦闘態勢に入る。
 テレビ画面には一瞬の砂嵐、映像は切り替わり荒廃した赤い世界を映し出した。何もかもが地のように赤く、赤黒い何かがうごめき列になって蠢いている。人だったモノなのだろうか。言葉にならない叫びや呻き声が束になり、崩壊した世界を絶望の二文字が染め上げていく。その画面を直視してしまった兎波とリサは思わず息を呑む。もしも何かが違っていたら自分たちが迎えたかもしれない未来、そんな考えさえ一瞬頭を過る。
「わたしは聖なる女神の加護を得し戦乙女、悠姫よ。悪しき者はわたしの裁きに於いて消滅すると良いわ!」
 雲間に光が差すが如く、戦場の空気を凛と震わせたのは悠姫の声だ。
「ソノ光……戦乙女が此処に来たというのか。我を殺しに、打ち倒しに。面白い、面白い。闇と光、どちらが世界に相応しいか、今日この場で決めようではないカ……!」
 最後に映し出したのは恐らくファンタジーアニメだったのだろう。
 その影響を色濃く受けたダモクレスは悠姫に対峙し高々とそう告げる。
 笑ってしまうような光景かもしれない。昔子供の頃に見た幻想世界、魔王と勇者の物語。大人になってからはすっかりと遠くなってしまった遠い幻想。
 だが、ケルベロスたちは笑わなかった。笑えなかった。
 これは戦いであり、楽しい楽しい遊びではない。敗北とは即ち殺戮の始まりであり、幾人もの血が流れグラビティ・チェインを奪われ、街は悲鳴に包まれる。小さな世界の崩壊だといって良い。幾度も幾度も戦いを経験してきた四人には、それが痛いほど理解できた。
「霊弾よ、敵の動きを止めてしまいなさい!」
 敵の動きは素早い。まずは攻撃を当てるようにしなければ。
 しなやかに伸びた指の先から圧縮された霊弾が放たれるも、ダモクレスは大きく上半身を反らして初弾をかわす。
「この飛び蹴りを、見切れますか!?」
 ダモクレスが上体を元に戻したのと同時目にしたのは紅葉の靴先。ギギ、と機械の身体が軋むが足からは機械の硬質さが伝わってくる。
「当たらなければ何とやらですか。ならその機動力を削ぐまでです……!」
 着地と同時、ざっと土が舞う。
 淡い光りを放つ盾を具現化させリサはまずは自らの身を守りを固めた。癒し手が動けなければメンバーの体力はじりじりと削られていく危険がある。他の仲間が攻撃に集中する為にも、必要な一手だと判じたのだ。
「ふふふ、私は暗黒竜の末裔、今日は暗黒竜の血が騒ぐ……思う存分暴れてあげますよ」
「黒き竜の娘までも我のゆく道を阻もうとするか。愚かな、愚かな!」
「その通り。その為にわたしたちは来たんです。しかし愚かしいかどうかはどうでしょう。……細工は流々、後は仕上げを御覧じろってやつです!」
 飛んでくる輝くオウガ粒子や霊弾を見かけによらない素早さで避け、凍て付いた青い弾は確実に命中しダメージを与えて来る。四人がかりで戦っても始まって数分の戦いは僅かに押されてはいたが、――。
「回復は任せて、これでも昔は癒しの魔法少女マジカル☆リサと自称しただけの事はあるのよ!」
 仄暗い闇を封じたような刃を手にして、ダモクレスが大きく踏み込み紅葉に襲いかかる。直ぐに反応したリサが光の盾でその傷を癒す。腕をちらと見遣ると張り付いたいたはずの氷が熱を持って溶けそのしずくを地面に落としているのに気付いた。予めかけておいた守りの力が効力を発揮したのだろう。
「魔法少女の力を甘く見ないでもらいたいわ。街には行かせないわよ」
「あ、ありがとうございます。リサさん……!」
 後方から紅葉が礼を言うと、青い翼が応えるよう揺らめいた。
 バランスの良い作戦と命中率に注目した作戦で、ダモクレスへのダメージは徐々に蓄積していく。ケルベロスたちの受ける傷は癒し手であるリサと、アンセムが中心となって回復させた。
「戦乙女は退かないわ。悪しき者よ、聖なる一撃を受けなさい!」
 羞恥心が鳴いわけではないが空気に押されるようにして悠姫は言葉を紡ぐ。少しだけ耳に赤色が上っていることに誰が気付いただろう。
 敵の動きが鈍ってきたと判断し、悠姫はルーンアックスを握り締め高く飛び上がり、敵の頭部へ思い切り振り下ろした。着地して視線だけで振り返ると、ダモクレスは微動だにせず立ち尽くしている。
 ダモクレスから何かガガ、ギギ……ピィーとおかしな音がし始めた。テレビが壊れてこんな音がしたら逃げ出した方がいいレベルの。
 腕はおかしな方向に曲がり足はどすん、と地面を踏みつけまるで悔しがっているようにも見える。留めていたネジが外れかけているのか、腕はゆるゆると危うい動きをし始めた。
 繰り出された斬撃をサイレンは腕で咄嗟に防御する。髪の先がほんの僅かに斬られて散る。だが直撃よりはダメージが少ない。上手く受け流せたようだ。
「私はドジっ子戦士の紅葉ですっ! ど、ドジっ子と自称は変ですけど、ドジっ子も大事な属性なのです!」
「新種の属性持ちとは! だがその刃、我まで届くカナ……!」
 西日にきらりと紅葉の持つ刃が煌めいた。その色は夕より紅く手に馴染み、刃の持つ力を最大限に引き出せるよう作られている。刃、その名を『紅の和み』。
「え?」
「あっ」
「あ……っ」
 紅葉が駆け出した先にちょうど良いサイズの石がたまたま足元に。
 他の仲間が短く声を発し、紅葉自身も転ぶかと思われたその軌跡は……。
「ぐ、アアア……こ、こやつ…フェイント、だと……小癪な!」
 大きくダモクレスの体躯にヒビが入る。
 美しい軌道を描いて刃は深くダモクレスを斬りつけ、小さなネジがひとつふたつところころ転がり落ちる。
「す、すみません! フェイントとかそういうのではなくて、って……えぇ?」
 こそり、とサイレンに耳打ちされて紅葉がぐっと手を握り締める。
「どうですか。そうです。こっ、これがドジっ子属性の力です!」


 ダモクレスの身体は糸の切れた操り人形のように地面に倒れ、そして動かなくなった。これでもう二度と、人を襲うようなことはないだろう。
「やりましたね……皆さん、お疲れ様でした。怪我はありませんか」
 息を吐いたサイレンが仲間たちを気遣って声をかける。
「大丈夫だよ。大怪我をした人も、いないようだからね。お疲れ様」
 軽く服の汚れを指先で払い、リサが言う。
「良かったです。無事に終わりましたね……」
 外に出て、この依頼を受けてよかった。不思議な充実感が紅葉を満たしている。もう少しだけ、このまま余韻に浸っていたいくらい。
 戦闘で多少まわりの木々の枝が折れたりはしたが、一般人は最初から最後までこの場に入って来ることはなかった。ヒールを使って悠姫はできるだけ元に戻るよう修復していく。
 沈みゆく太陽は更に傾き、夜が近づいている。
 先程まで聞こえていた鴉の鳴き声も、いつの間にやら聞こえなくなっていた。そろそろ帰らなくては。
 ケルベロスたちにとっては日常の延長線にある戦いのワンシーン。けれどこの働きによって、幾人もの力ない一般人の命が守られたのは確か。
「ヒール、終わったわ。来る前と変わらない風にできたと思うけれど。……少しだけファンタジーっぽくなってしまうのは仕方ないわね」
 戻ってきた悠姫は仲間たちと合流し、山を下りていく。
(「さようなら。……もう、此処には来ません」)
 一度だけ振り返ってサイレンはこころの中で呟く。
 明日も明後日も、戦いと共に生きていかなくてはならない。
 平穏な日々はいつやって来るのだろう。しかしきっとそれは遠くはない。そんな気がするのだった。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月2日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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