春雷の機獣

作者:椎名遥

 春の夜空を白く染めて、雷光が走る。
 遠く、近く、轟き響く雷鳴は、冬の終わりを告げる春の音。
 そして――。

『――』
 町を見下ろす高台の上。
 白い雷光が照らす中、一つの影が浮かび上がる。
 それは、家ほどもある巨大な狼の如き獣の姿。
 だが、その身を覆う体毛は、鋼の色を宿して身じろぎするたび周囲へ火花をまき散らし。
 二本の前足と四本の後ろ脚に備えた鋭き爪は、雷光を纏って大地を抉る。
 それは、鋼で作られた機械の魔獣――デウスエクス『ダモクレス』。
『ヴゥルォオオオーーーーー!』
 轟く雷鳴よりもなお強く、遠吠えの声を響かせて。
 ――鋼の魔獣は地を駆ける。
 眼下に広がる街の灯り。
 その全てを喰らい、眠りから覚めた飢えを癒すために。


「こんにちは、みんな集まってくれてありがとう」
 集まったケルベロス達に微笑むと、水上・静流(レプリカントのヘリオライダー・en0320)は小さく一礼する。
「封印された巨大ロボ型ダモクレス。その一体が復活することが予知されました」
 先の大戦末期にオラトリオによって封印された巨大ロボ型ダモクレスが復活して暴れ出す事件は、これまで幾度となく確認されている。
 今回予知されたのもまた、その一つだと思われる。
「ダモクレスは、静岡県の山の中……町を見下ろせる高台に復活することになります」
 幸い、周囲に人気は無い。
 だが、復活したばかりのダモクレスは封印の中でグラビティチェインが枯渇しているために、本来の能力を発揮できない状態にある。
 このまま放っておけば、町を――人々が集まる場所を襲撃し、グラビティチェインを得ようとするだろう。
「そうなってしまう前に、このダモクレスの撃破をお願いします」
 そう言うと、静流はファイルを開く。
「このダモクレスは、家くらいの大きさの狼に似た姿をしています」
 似ているとは言え、後ろ脚が四本だったり尾が二股に別れていたりと、狼とは異なる部分もいくつか見られるが……それがダモクレスとしてのアレンジなのか、狼とは異なる別の存在を模した結果なのかはわからない。
「相手の主な武器は、俊敏な身体能力と、体に備えた雷撃を操る機能の二種類になります」
 獲物を切り裂く鋭い爪と、周囲を薙ぎ払う尾の一閃。
 広範囲に降り注ぐ雷撃と、それを収束して咆哮と共に撃ち出す砲撃。
「それに加えて、戦闘中に一度だけ使ってくる全力攻撃は、それらの攻撃を凌駕する破壊力を持っています」
 グラビティ・チェインの枯渇により、ダモクレスの性能は本来よりも数段劣化しているが――それでも、一度だけであれば本来の力を引き出すことができる。
 雷を纏い、雷光の速さで周囲を蹂躙する文字通りの全力攻撃。
 使えばダモクレス自身も少なくない反動を受ける切り札であり――だからこそ、それを凌ぎきることができれば戦況は大きく有利になるだろう。
「また、戦闘開始から七分後に、ダモクレスを回収するための魔空回廊が開かれます」
 デウスエクスの力が三倍になる魔空回廊に入り込まれてしまえば、相手を撃破することは不可能になると考えていい。
 そのため、この戦いは七分の時間制限が課せられたものとなる。
「時間制限のある強敵との戦いです。決して楽観できるものでは無いですが……」
 それでも、この敵はここで倒さなければならない。
 本来の性能から大きく劣化した状態であってなお、ケルベロス達を相手にできるだけの力を持ったダモクレス。
 それが本隊に合流し、本来の性能を取り戻すことになってしまえば――その脅威はどれだけのものになるか。
 故に、今ここで。
 ケルベロス達を見つめて、静流はぐっと手を握る。
「厳しい戦いになるだろうけれど――頑張って。貴方達なら、きっと大丈夫なはずだから」


参加者
落内・眠堂(指切り・e01178)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)
シャルル・ロジェ(明の星・e86873)
ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)

■リプレイ

 夜の高台で周囲に視線を巡らせ、城間星・橙乃(歳寒幽香・e16302)は、小さく微笑み目を細める。
 周囲に人の気配はなく。
 ただ、小さく遠雷の音が届くのみ。
「この音は春の雷ね。冬もすっかり終わって寂しくなるわね……」
「ああ」
 そっと息をつく橙乃に、落内・眠堂(指切り・e01178)も頷きを返す。
「冬の終わりも、来る春も、穏やかである方が、俺は好きだな」
 残っていた雪も日を追うごとに姿を消して、入れ替わるように木々の枝は蕾をつけ始め。
 冬から春へ、変化を知らせる雷を伴って、季節はゆっくりと変わってゆく。
 ――だから、
「もう一度眠ってもらおうか」
 周囲を満たす気配に、眠堂が得物を握りなおし。
 直後、ひときわ近くで雷光が閃く。
 閃光が走り、轟音が鳴り響き。
 そして――現れるのは巨大な影。
 雷光を宿す鋭き爪牙、火花を散らす鋼の毛。
 狼に似た――しかし、狼とは異なる六脚双尾を持つ鋼の機獣『ダモクレス』。
「獣のダモクレスか、見るからに俊敏そうな姿をしているわね」
「むむむ……大きな狼ロボさん」
 相手を見据えるリサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)の背後で、ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)もまた機獣を見つめ。
「……かわいくなーい!」
「ルーの言う“かわいい”がよく判らないけど……僕は嫌いじゃないよ、狼も、ロボットも」
「ウサギさんとかネコさんロボットなら、かわいくなるかもなのに……大きいけど」
 頬を膨らませるルイーズに、シャルル・ロジェ(明の星・e86873)は苦笑しつつ傍らにいるライドキャリバー『ガイナ』へと視線を送り。
「それに、カタチが違おうがダモクレスである事に変わりないと思うけど。ロボットはロボットだしね」
「ふーん、男の子ってロボット好きだもんね? よくわかんないー」
 軽く肩をすくめる兄をじろっと見つつ、得物を握りなおすとルイーズはダモクレスを包囲するように走り出す。
 相手は単独。
 だけど、決して弱いわけではなく、さらには時間制限までついている。
「逃げるなんてゆるさないのよ」
「まあでも、逃がさないのは同意だけどね」
 むん、と気合を入れるルイーズに、シャルルも笑みを浮かべ。
 ――小さく息をついて、表情を引き締める。
「それに、向こうもそのつもりみたいだし、ね」
 包囲するケルベロス達を見据え、唸りを上げるダモクレス。
 その声から感情を読み取ることはできないけれど、叩きつけられる殺気と敵意が十分すぎるほどに伝えてくる。
 ケルベロス達がダモクレスを逃がすつもりが無いように、ダモクレスもまたケルベロスを――豊富なグラビティチェインを持つ者を逃すつもりなどないということを。
「いいね、実に楽しい戦いになりそうだ」
 その殺気に、千歳緑・豊(喜懼・e09097)は楽しげな笑みで応える。
 叩きつけられる殺意と敵意。
 首元に迫る死の気配。
 それこそが、彼が心を得た『戦い』でもあるのだから。
 だから、
「さあ、始めようか!」
「ええ、街の為にも諦める訳にはいかないわよ」
 ぶつけられるプレッシャーに、リサは剣を構えて気圧されそうになる自分を鼓舞し。
 そうして、ケルベロスと機獣は交錯する。


『ガァアーー!』
 夜の公園を機獣の咆哮が揺らがせる中。
 周囲に降り注ぐ雷撃の雨の中を、眠堂とガイナが駆ける。
 不規則に走る雷光をかわし、続けて振るわれる爪を潜り抜け――その勢いのままに、突撃をかけるガイナを尾の一閃が迎撃する。
 炎を纏う突撃と雷光を纏う尾がぶつかり合い、押し勝つのは機獣の尾。
 しかし、それでわずかに速度を落とした尾を潜り抜け、踏み込む眠堂の螺旋掌が機獣を捉えて跳ね飛ばすも――しかし、
(「――浅い」)
 わずかに早く、後ろへ飛び退く機獣に威力を殺され、体勢を崩すまでには至らない。
 そのまま着地と同時、機獣の口へと集束するのは雷撃の光。
『ゴォアアー!』
「くっ!」
 咆哮に乗せて叩きつけられる収束した雷撃の束を受け止めたリサの口から、声がこぼれる。
 体ごと弾き飛ばされそうな衝撃と、体に絡みつき動きを縛る雷光の呪縛。
 二種二重の攻撃がその身を苛む、けれど――、
「リサさん!」
「まだ、これくらい――自然を巡る属性の力よ、仲間を護る盾となりなさい!」
 シャルルが操るサウザンドピラーが作り出す魔力の柱と、リサが掲げるエレメンタルボルトが作り出す属性の盾。
 重なる加護が呪縛を祓い、傷を癒し。
 振り抜くレイピアの一閃が雷光の余波を切り払い、
「ルイーズさん」
「うん――その足、止まりなさーい!」
 切り開かれた先へと狙いをつけるルイーズを、橙乃の呼び出すオウガ粒子の輝きが包み込み。
 高まる感覚に導かれ、ルイーズの撃ち出す轟竜砲は狙いを過つことなく機獣の足へと突き刺さる。
 その衝撃に体勢を崩し――しかし、一瞬で立て直し、
「フォロー」
 再度飛び掛かる機獣を見据えて、豊が呼び出すのは一頭の魔犬。
 光を放つ五つの目、長く尾をしなる棘の付いた尾。
 地獄の炎で形作られた猟犬が、疾駆する機獣へと襲い掛かり、喰らい付き――振り払われ、閃く爪が猟犬を切り裂き消滅させて。
 そのまま踏み込み振るわれる爪の一撃を、豊は称賛の声と共に手にした拳銃で受け止める。
「っ、流石だね!」
 燃やす闘志に応えるように、握った拳銃は炎を纏い。
 撃ち出すブレイズクラッシュが機獣の爪を外へと逸らし、開いた隙間を縫って踏み込むルイーズの放つスターゲイザーが機獣を捉えて退かせ。
『ガァアアッー!』
 跳ね飛ばされ、体勢を崩しながらも機獣が雷撃をまき散らす。
 広域へと降り注ぎ、ケルベロスの追撃を阻む雷撃の雨は――しかし、
「Etoile du matin」
 シャルルの声に応えるように、夜空を光が塗り替える。
 それは夜明け前から薄明にかけた始まりの時、東の空に明るく輝く明けの明星。
「高らかに響け、癒しの詩よ。秘密の花園が荒らされる前に」
「鎮めの風よ、穢れを祓いなさい!」
 強く輝く星の光が、リサの巻き起こす風が、ケルベロス達を包み込んで呪縛を祓い。
 その守りを受けて雷撃を凌ぎ、さらには橙乃のブレイブマインに力を高められ。
 雷撃を貫く眠堂のフォーチュンスターが、飛び掛かる機獣の爪とぶつかり合い、弾き合い。
 そうして、再度ケルベロスとダモクレスはぶつかり合う。
 炎撃が、雷撃が。
 斬撃が、砲撃が。
 魔術、体術、攻撃回復防御に支援。
 持てる全ての力が止まることなく交錯し。
 そして、少しずつ、戦況はケルベロスへと傾き始める。
 ――けれど、
(「……これは、まずいかも」)
 機獣の爪を受け止めたリサを癒しの拳で回復して、シャルルは僅かに表情を曇らせる。
 シャルルとリサの二人が回復に専念している結果、苛烈極まる機獣の攻撃にも押し切られることなく持ちこたえることができている。
 このまま戦い続けることができれば、勝つことは十分可能だろう――七分と言う制限時間が無ければ。
(「焦るな、落ち着かないと」)
 はやる心を抑えながら、攻撃を交わし、回復を巡らせ。
 そして、
(「く……」)
 耳に届くのは、戦いを始める前にセットしたアラームの音。
 戦いが始まって五分が経過したことを知らせる合図であり、同時に、事前に打ち合わせた総攻撃の合図でもある。
 未だ機獣が全力攻撃を使う気配はないが――それでも、ここで勝負をかける他に道はない。
「時間だな」
「そうね……いきましょう」
 視線を交わす眠堂と橙乃の表情にも、わずかに不安の色はあるけれど。
 それを押し込み、ケルベロス達は地を駆ける。
「いくよ、ガイナ!」
『――!』
 呼吸を合わせ、機獣を挟み込むように踏み込むシャルルとガイナ。
 鬼神角とデットヒートドライブ。
 連携して打ち込む二人の攻撃を機獣の尾が迎撃し。
「虚無球体よ、敵を呑み込み、その身を消滅させなさい!」
 そのままガイナへと追撃をかける咆哮を、リサのディスインテグレートが包み込み消滅させ。
 消滅してなお残る雷の余波を切り裂き、疾走する橙乃の猟犬縛鎖が機獣へと喰らいつく。
「少し、大人しくしなさい」
「勝ち逃げなんてさせないのよ!」
 鎖に動きを封じられた機獣へと、流星の煌めきを纏うルイーズが踏み込み。
 放つスターゲイザーは、鎖を引きちぎる機獣の爪に受け止められるも――、
「やらせないよ」
「ああ――髄を射よ、三連矢」
 その爪が振り抜かれるよりも早く、距離を詰めた豊が爪を抑え込むように銃を突き付けて。
 撃ち放たれるのは地獄の炎。
 それに重ねて、眠堂の放つ三連の矢が機獣を射抜く。
 まがいの鴉が見据える罪に、連なる三連の矢色は一陣の風。
 太陽に背く者を焦がし、朽ちさせる天地の裁きの矢が機獣の装甲を砕き、その巨体を揺らがせて。
「やったの!?」
「いや、まだだね」
 拳を握って声を上げるルイーズに、豊は表情を緩めることなく小さく首を振って答えると、再度銃を撃ち放つ。
 続けざまに打ち込まれた連携攻撃。
 装甲が爆ぜ飛ぶほどの衝撃は、決して軽いダメージではないだろうけれど――。
 これで終わる相手ではないと、直感が告げている。
 追いつめられた手負いの獣の力、恐ろしさは、よく知っているのだから。
 そして――、
『ヴゥルォオオオ――!』
 追撃が届くよりも早く、咆哮と共に雷を纏い機獣が駆ける。
「くっ!」
 嵐と呼ぶことすら手ぬるいほどの暴威を、リサは歯を食いしばって受け止める。
 目にも止まらない速さ。
 掠めるだけでも跳ね飛ばされかねない力。
 これこそが機獣本来の――否、手負いとなった今の機獣の振るう力は、ある意味では本来以上の領域に達しているとすら思えてくる。
 けれど、
「うんうん、真面目な容姿、それに違わない実力。いいね。実に良い」
 暴威にさらされ、少なくない傷を負いながらも、豊は楽しげに、満足げに笑みを浮かべる。
 ダモクレスからレプリカントとなった豊にとって、現役のダモクレスは『遠い親戚』のように思える存在。
 ある意味では身内とも思えるからこそ、その姿や言動、実力が高ければ高いほど我が事のように嬉しくも思えてくる。
 けれど――否、だからこそ、
「それでこそ、戦いがいがある」
 見逃すつもりも、負けるつもりもない。
 素晴らしい相手だからこそ、相対する自分もまたそれに恥じない姿を見せなければならないから。
 だから、
「負けはしない、譲りはしない。勝つのは私達だ」
 機獣の爪に肩を切り裂かれながらも、豊の呼び出す猟犬が機獣へと追いすがり。
 雷光の速さで閃く爪に切り裂かれながらも、猟犬の爪もまた機獣へと傷跡を残す。
 そして――猟犬の爪牙は、切り裂かれようとも消えはしない。
 幾度となく刻み付けた傷跡から生まれる猟犬が機獣の前に回り込み、それを振り払う度にわずかに雷光の速度は翳りを見せ。
 その隙を突いてガイナが撃ち出すガトリング砲の連射はかわされるも――、
 後を追うように放たれる眠堂のマジックミサイルが。
 機獣の先を塞ぐように撃ち込むシャルルのスターイリュージョンが。
 そして、足元を狙うルイーズのハートクエイクアローが。
 止まることなく続けて撃ち込む連射が、疾駆する雷獣へと追いすがり。
 かわされ、切り払われ、掠め、そして――捉えて。
 矢が足を射抜き、大きく体勢を崩した機獣の周囲に氷の水仙が花開く。
「緩緩と、染む滴は深き碧」
 それは、橙乃が空気中の水分を凍らせ、作り出した氷の水仙。
「なんとか、間に合ったみたいね。雷の音は好きだけれど、暴れるのなら冬眠してもらわないとね」
 機獣を見つめて橙乃は小さく微笑み。
 直後、散華する氷の葉や花弁が機獣を切り裂き、風に舞い。
『グ、ウァ――』
「――」
 ふらつきながらも立ち上がる機獣を、リサは静かに見据える。
 機獣を包む雷光は、未だ消えてはいない。
 けれど、天秤はすでに覆せないほどに傾いた。
 だから、
「これで終わりにしよう」
 なおも雷光を纏って飛び掛かる機獣を見つめ、伸ばすリサの手の中で輝く光が花を咲かせる。
 それは、電気信号を束ねて作る電気の花。
 走る機獣の雷光と、リサの放つ雷光と。
 二条の光が交錯し。
 そして、
「私達の、勝ちよ」
 一度目を閉じ、手の中に残る機獣の残した僅かな名残――微かな痺れを握ると、リサは仲間達を振り返る。
「さぁ、派手に暴れたから街はしっかりヒールしておきましょう」
 目覚めた雷獣は雷と共に消え去った。
 ふと橙乃が空を見上げれば、数分前まで聞こえていた春雷の音も、もう聞こえなくなっている。
「もう、春ね」

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月4日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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