雪中に咲く香しき梅花

作者:ほむらもやし

●雪中の梅花
 春のような陽気と真冬の寒さが交互に繰り返される2月。
 2月18日、前日から襲来した寒波により、九州は太宰府市でも沢山の雪が降った。
「今なら雪景色の中で太宰府の梅が堪能できるそうだけど……」
 2月18日に34歳の誕生日を迎えた、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は穏やかに目を細めた。
 誕生日に太宰府の神社に詣でるのは5回目だが、雪が積もったのは初めてである。
 とても寒いけれど、雪景色は見ているだけでうきうきするから、予定は詳細に決めずに、気分まかせでゆるく楽しむつもり。
「雪はものの細部を省略して、もののあり様をシンプルに見せてくれるような気がするんだ」
 白梅は白いものという認識が、雪の中でがくの赤やおしべの黄が鮮やかに見えたことで変化する。
 がくの赤に当たった陽光が反射して、白い花びらに薄紅を感じさせたり……。
 がくの色にも黄色や緑、赤、といった違いがあることにも気づく。
 小さな違いが分かっても、得することは、あまりないかも知れないが、見える風景の解像度が上がるのは素敵なことだ。

 さて太宰府では夜が明けきった午前7時近くになっても雪が降り続いている。
 雪雲に覆われた空は薄暗い。
 紅、ピンク、白、梅、開きすぎない良いあんばいで、神社の境内の梅も咲いている。
 そこにふわふわの雪で覆われたことで、黒い枝に咲く花の存在感が強調されている。
 神社の門は既に開けられていて、境内には、篝火が焚かれている。
 篝火に照らされる梅花も美しい。
 早朝でも、境内には参拝者の姿があり、手を合わせて合格祈願をしたり、おみくじを引いたりして、思い思いに行動している。
 神社の東側にある緩やかな丘になっていて梅園が整備されている。
 朝早いため、人影はなく、降り積もった雪には足跡ひとつなく、絶景が広がっている。
 いや絶景に見えるように、庭師が工夫をこらしているのだ。
 自然に人間の技が加わることで、より美しく強い景色が生まれる。

 門前町のお店はどこも準備中である。
 そして自動販売機の種類はなぜか多い。
 名物のあんこ入り焼き餅やお土産のお店は9時~10時頃、飲食店の開店は11時頃になる。
 どうしても何か欲しいときは、自動販売機。
 太宰府名物のあんこのお餅やぜんざい、カップ麺タイプの天ぷらうどんやそば、ラーメン、ミニサイズのハンバーガー、などなど。昭和50年代のノリで売られている。
 小さな模型消しゴムの入ったガチャガチャもあって、全種類揃えると連合艦隊が再現できるかもしれないそうだ。いつの時代の連合艦隊だろうかとツッコミたくなる。しかも、ケースに入っている数が多くなく、ガチャガチャを全部引いても揃いそうに見えない。
 お昼頃に天候は若干回復するという予報もある。雲が薄くなるまで待ってみると違った風景が見えるかも知れない。
「まあ、そういうわけだから、興味が沸いたなら、見に行かないかい?」
 気が向かないなら、無理はしないで。
 せっかく遊びに行くのだから、お互いに何の遠慮もせずに、心から楽しみたいよね。


■リプレイ

●雪の太宰府
 時を知らせる鐘の音が響いてくる。
 太宰府のあらゆる場所が雪の白で覆われていた。
「まだ、雪は降り続くのかしら?」
 寒気に肌が引き締まり眠気が消し飛ぶのを感じながら、朱桜院・梢子(葉桜・e56552)は白い息を吐き出す。
 鳥居にも境内に続く道にも樹木にも新たに雪が積もり続いている。
 太陽の光が差し込めば雪は真っ白な反射光を放つだろうが、雲に覆われた空からの光は弱く、雪の白は淡くした薄墨を掛けたような落ち着いた白色に見える。
「偶には早起きも悪くないわね。でも風邪ひかないように、防寒は大事よね」
 振り向いて、ふと、ビハインド『葉介』の首もとに巻かれたマフラーの緩みに気がついて、それを直してから、周囲に視線を巡らせる。そして、今日もまた、おひとりさまの、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)に気がつく。
「お誕生日おめでとうね、今年もお誘いいただいてありがとう」
「ありがとう。面と向かって言われると気恥ずかしいけれど、とても嬉しいよ」
 楠の樹枝がしなるほどに積もった雪が落下して小さな音を立てる。

 真っ直ぐに本殿のほうに向かわずに、梅園の方に向かう一群。
「よう、早いな」
 長めの前髪を軽くかき上げた腕の動きに続けて、美津羽・光流(水妖・e29827)は片手をあげた。
 綺麗なスノーブーツでゆるゆる歩いていた、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は声の方に顔を向ける。
「雪国育ちは凄いなあ」
 羽織、着流し、マフラー、雪草履という光流の振る舞いを眺めつつ、同じ雪国育ちでもだいぶ違うと感じる。
「これくらいの雪は何てことあらへんよ」
「俺は寒いし、炬燵から出たくなかったよ」
「それは、まったくやな」
「まあ、でも、まっさらな新雪を踏むのは、幾つになっても、不思議と心地よい」
 千梨の言うとおりだと、光流は笑みを返し。
 そして、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)の方を見る。
 良さそうなコートで防寒には気を配っているようだが、雪の日に野外を歩き回るには普段履きのスニーカーでは心もとない。
「梅はこれぐらいがちょうどええな。春告草やったかな」
 太めの枝上に5~10センチほどの雪がお菓子のクリームのように積もっていて、雪の間を縫う様に花をつけた細枝が伸びている。
「花が雪を割って春を顕してるのは、小気味が良えわ」
 ふんわりと積もった雪は、手を触れられれば、たちまち崩れて落ちてしまいそうだ。手を触れなくても塊となって時々落下している。
「あ、よく聞いてなかった。スマン、梅に夢中だったわ」
 城ヶ島に向かった頃は、梅の花はまだだったな。過去の記憶を紐解きつつ、周囲に視線を巡らせていた、千梨が視線を近くに戻し光流を見る。
 少し後方、そんな2人を不思議な気持ちで見ているのは、ウォーレン。
(「千梨さんがいる」)
 しばらく会えなかったために、そこにいる実感が曖昧な気がしていた。
(「やっぱり夢なのかも?」)
 そして雪中で梅が咲き誇る光景は幻想的で、非現実的だ。例えるならば、妖精の国に足を踏み入れたような不思議な感覚がある。
 いやこれは現実だね。
 こんなに冷たい雪が夢のはずないよね。
 ふと、近かったはずの千梨との距離がどんどん離れて行くのに気がついて、不意に気持ちが揺れる。
 ……僕遅れてる?
「待ってー」
 積もったばかりの雪にざくざくと足跡をつけながら駆ける。
 両者の距離は急速に詰まりはじめる。
 そしてスニーカーの裏には踏んだ雪が層状に付着して行く。
「湿っぽい雪だね。ぼた雪っていうんだよね?」
「そうやな、積もるのも、融けるのも早そうや」
 ウォーレンは自分なりの対策をしている。
 流石に経験豊かなケルベロスだし、雪対策の抑えどころは、直感的に分かるのだろう。
 千梨と光流が、そのように解釈しようとした矢先、
「ん? レニ? そんなに急いだら転ぶで」
 瞬間、ウォーレンは盛大に滑って転倒しそうになる。
 高レベルのケルベロスであるため、気持ちが張り詰めていればこのようなことは起こらないが、気持ちが緩んだ日常では、隙だらけかも知れない。
 しかし、光流のすばらしい反応速度と瞬発力が発揮される。
「ほら言わんこっちゃない」
 不思議なポーズでバランスを保とうとするウォーレンを光流は助け留めた。
「どこか捻ったりしてないか?」
 首を左右に振って、大丈夫と意思表示する。
「もう2月も仕舞いやけど、ようやっとのんびりお参りできるなあ」
 去年末から慌ただしかったさかい。と肩を竦める光流。
 みっともなさに耳が熱くなるのを感じながら、3種類の足跡があることに気がつくウォーレン。
「三人分だね……足跡」
 唐突な言葉だったが、3人とも目線が同じ方を向いているから、すぐに意図は分かる。
「そうだな三人分や」
「確かに三人分だ」
 雪の梅園に幸せそうな、ウォーレンと千梨と光流、3人の笑顔と温かな気配がひろがる。
 3人にとっての『当たり前』が戻って来た。

●お参りと散策
 一方、梢子は鳥居を真っ直ぐに進み本殿の方へ。
 本殿まで続く石畳の道も、太鼓橋にも雪が降り積もっていた。
 太鼓橋の上では視点が高くなり、遠くまで見渡すことができる。白い景色のなかにぽっかりと口を開けたような池や、大楠の見事な枝振りもよく見える。
 終点になる本殿の前では、大きな梅の樹が左で紅、右で白の花を咲かせている。
 人気がないせいか、香りも鮮烈に感じる。
 雪が降り続ける静謐な雰囲気の中、お参りをして、それから、梢子はおみくじを引いた。
「去年は見事大吉だったけど今年はどうかしら?」
 呟きとともにおみくじを開く。
『吉』
 時が大切。時とは時間であり、好機であり、正しい時期。
 願い事は叶うでしょう。色恋の影が射せば、妨げとなるでしょう。
 ――あくまでもおみくじだ。
 最良の結果を求めるなら何度でも引くこともできる。
「そういえば、昨年も時間のことが書いてあったかしら……」
 記憶に曖昧なところはあるが、と思いながら、梢子はおみくじを結び所に納める。
 雪は降り続いている。
 来た時についた足跡が薄くなっているのを見遣りながら、梅園へと足をむける。
 ウォーレンと千梨と光流の3人の楽しげな様子を目にした。
 梅園として整備されている場所の梅と、そうでない場所の梅。
 同じ境内でも、両者の印象の違いにも目を向けながら、ゆっくりのんびりと散策をするつもり。
「やっぱり雪景色に咲く梅良いわね……!」
 梅園ではない場所の梅は、多くが、他の樹木同様に枝に触れられるほど樹の近くに寄ることができるが、梅園として整備されている場所は、低い柵が設けられていて、歩く場所が定められている。
 で、どっちの梅が好きなのか?
「わからないし、どちらも梅なのは同じ――」
 誰かに訊ねられたわけではないが、ふと浮かんだ疑問を思考しながら視線を巡らせる。
 梅園とされている場所の梅はどの方向から見ても美しく見えるように、剪定されている。
 白梅や紅梅、一重咲き八重咲きといった種類に違いはあるけれど、梅園にあるのは梅の樹がメインだ。
 本殿に近い境内の方にも梅は多い。
 しかし楠や紅葉、桜など、様々な樹木も対等か、それ以上に存在を主張していた。
「雪萼霜葩(せつがくそうは)や雪裏清香(せつりせいこう)、梅の別名は色々あるけれどまさにこういう景色のことよねぇ……」
 雪中で咲く梅は、それ以外の物が雪に隠されていて、純粋に芳しさを感じられる。
 梅本来の香りは強い。普段は他の香りと混じって、それが分かりづらくなっているのかも知れない。
『残りたる雪に交れる梅の花早くな散りそ雪は消ぬとも』
 ふと、万葉の詩を口ずさむ千梨。
 昔と現在では気候には違いはあるかも知れない。
 それでも、場所は同じだ。世代が変わっても、梅は梅、雪は雪であることも変わらない。
 梅園を散策を続けて暫し、次第に降雪の勢いは弱まり、来た時よりも空が明るくなっていた。
「お店が開き始めるまでには、あと1時間ぐらいかしら」
 梢子は、空を見上げてから、ふうっと息を吐き出し、そして深く吸い込んだ。
 名物のあんこ餅は、お店で焼きたてを買わないと。そう心に決めて、再び歩き始めた。

●梅園の片隅
 梅園の端にある古いバラック群、薄い途端の屋根やひさしにも厚く雪が積もっている。
 たくさんの自動販売機。
 その場に人がいなくても欲しいものが買える素晴らしい発明だ。
 よく見ると、節電のためか、灯る照明は最小限であり、光も淡い。
 千梨におごってくれと言われて、気前よく応じる光流。
「ああでも、一人3本までやで」
「3本も飲んだら口直しが要りそうだな、そっちは何本までかな?」
 おしるこ、甘酒、コーンポタージュ。寒い季節にみかける温かい飲料の3点セット。どれも甘くて、それぞれに個性的な濃いめの味だ。もちろんコーヒーや紅茶、お茶、などもある。
「そうやな、食い意地張ったら雅な空気は、どっか行ってまうかもしれへんな――」
 内心では納得しそうになるが、たぶん其所まで考えてなかろうと。
「ほな確かめに行こか」
 煽るように軽く流して、ニヤリと笑みで返す。
「奢り? ふふ、ありがとう」
 一方、素直に感謝する、ウォーレン、一瞬ぼんやりと遠くを見るような表情をする。
「なんや気になることでもあるのか?」
「……いいえ、やっぱり、これ、夢じゃないね」
 きめの細かな小豆の甘味も、缶の奥に溜まったようなコーンのつぶつぶした感触も、甘酒のお米の甘さも、間違いなく現実のものだ。
 そんなタイミングで別の人影が近づいて来る。
「ケンジもこっちに来ないか?」
 単に飲食をともにするだけではない、仲間で集う楽しい時間――思い出のお裾分け。
「ありがとう。それじゃあ、甘えさせてもらうよ」
 応じるケンジに、ウォーレンがおしるこを勧める。
 今日この場所に来たことが、現在に至る切っ掛けとなれたのかも知れない。そのようい考えれば、今の楽しい時間を共に味わうことも人生の醍醐味だろう。
「この分なら、もうすぐ止みそうだな」
 来た時には薄暗かった空は、かなり明るくなっていて、雪の白はいっそう強く見える。
 空を覆っていた雲は薄くなっていて、雪はまだ降っているが、とても弱くなっている。
 もう少し時間が経てば、雲の間から陽光が差し込んで、景色はもっと明るくなる。
 雪が融けて、花が現れて、春はすぐそこにまで来ている。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年3月10日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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