甘いのはバレンタインチョコだけ

作者:芦原クロ

 とあるデパート内には、バレンタインコーナーが特設されている。
 ガラス張りの為、コーナーに並ぶ品は、外から丸見えだ。
 ひと気の無い隅っこで、バレンタインコーナーを見ている怪しい集団が居た。
『バレンタイン用のチョコこそ、格別に甘いと思わない? 他のは微妙っていうか、無しよりの無しってカンジ。ゲームやアニメの人気キャラクターのスイーツとか、邪道よ。ビターやクッキーも必要無いわ。友チョコとか義理なんてものも、雰囲気的に甘く無いし』
 女性の声音を響かせ、自分勝手な考えを主張する、ビルシャナ。
 その発言に納得している者は信者になり、全く納得出来ない人は逃げ去っているので、信者以外に、一般人の姿は無い。
『本命やカップル同士のチョコは、もっとダメ。甘い雰囲気と、ラブラブな雰囲気は違うの。分かる? 結局一番良いのって、いつも頑張っている自分への褒美的なカンジのチョコ。甘いチョコを味わって、自分をとことん甘やかしましょう。さあ、自分の為にバレンタインチョコをゲットしに行きましょうか』
 ビルシャナが言い終えると、10人の信者たちが拍手を送る。
 ビルシャナの言動によって正気を失った男女の信者たちは、バレンタインコーナーを襲撃しようと、ビルシャナと共に進み出そうとしていた。

「バレンタイン……愛する人を想って贈ったり、友達と交換したり、楽しそうですよね。ですが、それを望まない人間がビルシャナ化し、破壊活動や配下を増やそうとしています。犠牲者が出る前に、一般人の救出とビルシャナの討伐をお願いします」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、説明を続ける。

 ビルシャナの言葉には強い説得力が有る為、放っておくと、一般人は配下になってしまう。
 信者たちは、ビルシャナの言動によって破壊衝動を強められたに過ぎない。
 倒すと死んでしまうほど、配下は絶望的に弱い為、戦闘になれば攻撃しにくい面倒な敵となる。
 配下は、ビルシャナを倒せば元に戻る。
 だが、死なせる危険性が有る以上、ビルシャナの主張を覆すような、インパクトのある主張を行ない、信者を正気に戻して配下化を阻止するのが最善だろう。

「甘い物を持っていたり、甘い話をしていると、このビルシャナは襲撃することよりも、そういう言動をしている人物を優先します」

 信者も含め、バレンタイン用のチョコが一番甘い、と思っている。
 なので、それ以外の甘い物を勧めてみたり、恋人同士の甘い話などを語ってみるのも、良いかも知れない。
 念の為に人払いをしてから、信者を説得すれば完璧だ。

「ビルシャナとなってしまった人は救うことは出来ません。せめて被害が大きくならないように、撃破をお願いします……皆さんだけが、頼りです」


参加者
六星・蛍火(武装研究者・e36015)
陽月・空(陽はまた昇る・e45009)
七宝・琉音(黒魔術の唄・e46059)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ


「念のため、お店のヒトに事情説明しテ一般客を退避させテもらう!」
 アリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)がデパートの中へ、一直線に突き進む。
「甘いものが経費で沢山食べれるって聞いた、説得の為だから依頼に必要なものだって」
 陽月・空(陽はまた昇る・e45009)がそう呟くと、耳ざといビルシャナは大きく目を見開き、空達を凝視。
「チョコも美味しいと思うけど、チョコ以外にも甘くて美味しいものは一杯ある、楽しみ」
 空が言葉を続けると、ビルシャナは襲撃よりも、そういった発言をする者に注目してしまう。
「私は念の為、人払いを行った後で、信者たちを説得するわね」
 先にデパートの中へ入って行ったアリャリァリャを追い駆け、避難誘導が必要ならば手伝う気の、六星・蛍火(武装研究者・e36015)。
(「バレンタインデーが近づいてきたら、いつも変なビルシャナが現れるよね」)
 七宝・琉音(黒魔術の唄・e46059)はまじまじと、ビルシャナを見つめ返して。
(「まぁ、バレンタインデーは、楽しんだ者勝ちだから、皆にも精いっぱい楽しんで貰いたいな」)
 仲間と分け合えるチョコも用意済みの、琉音。
「バレンタインのチョコレートが美味しいのは認めるわ。でも、チョコレート自体食べたいのなら、バレンタインに限らずとも良いのでは?」
 リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)が問いを放つと、信者たちがざわめきだす。
 それを鎮めるように、ビルシャナが片翼を上げて。
『分かってないわね。ただのチョコレート、を求めてはいないの。バレンタインという特別な日用の、チョコレート。それこそが甘く、尊いもの……自分への甘ーい、ご褒美になるのよ!』
 ビルシャナの主張に、信者達は賛同の拍手を送る。
 周囲の人払いを済ませ、一般人が居ないのを確認してから、天月・悠姫(導きの月夜・e67360)は微笑み、果物を取り出した。
「チョコレートも甘くて美味しいけど、やっぱり果物も自然本来の甘みがあって美味しいと思うわよ」
『チョコレートですら無い!?』
 悠姫が出した、新鮮で美味しそうな果物に、思いっきりショックを受ける、ビルシャナ。
 ビルシャナが精神的ダメージというインパクトと戦っている為、信者達は自然と悠姫に注目する。
「苺に、蜜柑に、林檎に、葡萄。そのまま食べても美味しいし、ジュースにしても美味しい。まさに至高の甘味だと思うわ」
 どれもみずみずしく、輝いて見える。
「一口だけ、食べてみようかな」
 男性信者が1人、リンゴを手に取り。
 一口食べたあと、二口、三口、と止まらずにリンゴを食べ、満足したのか、息を深く吐いて。
 爽やかな笑顔を残し、あっさり信仰を捨てて立ち去った。


(「自分用のチョコも良いと思うけど、やっぱり皆で甘味を分け合わないと」)
 悠姫は元信者を見送ったのち、残りの信者や仲間達へ、果物を差し出して。
「良かったら皆さんも食べてみないかしら?」
「頂きます」
 悠姫の声に真っ先に反応する、空。
 まるでハムスターのように、両頬が膨らむほど、口の中いっぱいに詰め込んで、味わっている。
「バレンタイン用のチョコレートしか考えてなかったけど、この……噛んだらじゅわって、口の中でイチゴの甘い果汁が広がるの、最高かも」
 1人の女性信者が感想を述べつつ食べていると、やがて正気に戻った様子で、逃げてゆく。
「ウチも食べル!」
 戻って来たアリャリァリャが、嬉々として、美味しそうに果物を頬張る。
「ウチも作っテきタ! 安心すルがイイ。使ってルチョコはバレンタイン用のダカラ甘いゾ!」
 大食い気質のアリャリァリャが持って来た量は、かなり多い。
 もはやスイーツを楽しむ為に来たといっても、過言ではないだろう。
 そして、手作りというワードに、ちょっとそわそわし出す、男性信者が数名。
『手作りなんてダメよ! そこで頑張るのは違うわ! いつも頑張っている自分へのご褒美用、バレンタインチョコと言えば、やっぱり店で買わないと!』
 精神的ダメージからやっと抜け出せたビルシャナが、信者達の揺れる心を抑えようとする。
(「バレンタインデーは、お世話になった方々にチョコなどのお菓子を贈るイベントだから、自分にプレゼントするだけだと、ちょっと虚しくないかしら?」)
 アリャリァリャと共に戻った蛍火が、ビルシャナを見つめ、疑問を抱く。
 ビルシャナは虚しさなど、少しも感じていない様子だ。
(「とにかく相手は自分用のバレンタインチョコに拘っているみたいね」)
 琉音は、それなら、と。思案を続ける。
(「友チョコとか、そういう人からチョコを貰える嬉しさを分かって貰いたいな」)
 丁寧にラッピングされた、チョコレート入りの袋を、琉音が取り出す。
「私も沢山チョコレートを用意したから、皆さんにプレゼントするね」
『プレゼント!? ダメよ! 自分で買ってこそ、甘くて最高のご褒美なんだから!』
 琉音が配ろうとするのを、必死で食い止めている、ビルシャナ。
 そこへ、ゆっくりと接近する、空。
「バレンタインってそもそも、お菓子会社がチョコを売ろうとして広めたイベントだから、そんな欲にまみれたチョコに拘るのって、本当に甘くて良い事なの?」
『うぐっ!?』
 エッジの効いた空の言葉に、胸を押さえて崩れ落ちる、ビルシャナ。
 相当な、精神的ダメージを負ったようだ。
 その間に、琉音がチョコレートを信者達に配る。
 受け取った信者達は、困惑し、暫く黙り込んでいたが、甘い誘惑に耐えきれず、2人の信者がチョコレートを口にした。
「どうかな? 人からチョコが貰える時の気持ち、わかって貰えたかな?」
「うん。甘いし、嬉しい!」
「それにさ、楽しいよね」
 琉音の問いに、2人の信者は頷き合い、信仰を捨てて上機嫌な様子で去ってゆく。
(「自分へのチョコレートは、確かに大事かも知れないけど、本来は友達や恋人にチョコレートを贈るものなのよね」)
 リサは残った6人の信者達を見回し、思案。
(「それが分からない信者たちは、説得してあげなきゃ」)
 本質を教えようと、意気込むリサ。
「最近のクレープは、生地ももちもちしていて、生クリームとフルーツがとても絶品な物が多くて、美味しいわよ」
 蛍火はチョコレート以外の、甘い物を勧めることにした。
「中にはインスタ映えする様な豪華な見た目のクレープもあるから、時代の最先端を進んでいるスイーツだと思うわ」
 そう言いながら、スマホを取り出し、美味しそうなクレープの写真を信者達に見せる、蛍火。
「超ヤバ!」
「こっちもヤバくない? めっちゃ可愛い!」
 女性信者2人が食いつき、蛍火のスマホに保存されていた、沢山のクレープ写真に夢中で。
「あなた達も、チョコレートよりもクレープを食べてみたら、その素晴らしさが分かると思うわ」
「クレープ食べに行こう」
 新たな目的が出来た為、信仰をあっさり捨てて。
 素敵なものを教えてくれた蛍火に、礼を言ってから、2人は立ち去る。
「こんな風に、自分では手を伸ばさなかった意外な甘味に巡り合えたりするから、折角のイベント、自由な発想で楽しんで、美味しく食べたら良いと思うよ」
 空が信者達にも声を掛けると、彼らの心が揺れているのは明らかだ。
(「バレンタインデーが近づいてくると、チョコレートも色んな種類が販売されるものね」)
 空の言葉に賛同するように、悠姫はこくこくと小さく頷いていた。
「雰囲気トカ気持ち込みでの甘さカ。そういうトコあるナ! イイコト言う!」
 逆に、アリャリァリャはビルシャナの主張を褒める。
 精神に深手を負っていたビルシャナが、ふらふらと立ち上がり、『同志よ』などと言っている。
 ――が。
「ケド一番甘くなきゃ食べネートカもったいナくネーカ? そもそもが、美味しいモノは体にイイ。つまり自分への労りとご褒美!」
「ビターも美味しいと思う」
 アリャリァリャの言葉に、空が続き、またもや精神的ダメージを負う、ビルシャナ。
「スイーツ持って来タカラ、みんなで好きに食べルがイイ!」
 アリャリァリャは大量に持って来た甘味を、一つ一つ紹介し始める。
「ウチが作っテきタのはナー、生チョコチーズケーキとー、タコヤキ風ミニフォンダンショコラとー、チョコマカロンはバナナクリームとイチゴクリーム挟んダ2種類あルゾ!」
 どれも美味しそうに、輝いて見える。
「アト、去年のクリスマスに食べた、ヨウルトルットゥってのがおいしかっタカラ、生地にチョコ混ぜテ作っテみたゾ! 食べネー理由がキサマラにあルカ!?」
 尖ったパイ生地は星をイメージさせる、洋菓子のパイ。
 一口かじれば、サクッとしたパイ生地の心地よい食感に加え、チョコレートとバターの禁断の組み合わせ。
 濃厚でリッチな味わい、更に手作りということも有り、男性信者達が夢中になる。
 食べている内に、2人の男性が正気を取り戻し、慌てて逃げて行った。
「人から貰って食べる美味しいものは一層、美味しい。僕も食べるね。それじゃ、頂きます」
 空の表情はいつも通りの無表情だが、甘味を楽しんでいる雰囲気は伝わって来る。
 分けたり交換しやすいように、ラッピング済みの甘味を、空はお菓子を食べながら、仲間や信者に手渡した。
「わぁ、ありがとうね。私からもプレゼントだよ♪」
 自分達も甘味を渡し合い、甘々な感じを出そう、と。
 計画していた琉音は、早速お返しを渡し、他のメンバーにも配ったりする。
 そんな仲睦まじい光景を、羨ましそうに見ている、残り2人の信者達。
「バレンタインは、友達同士、恋人同士に渡す事で気持ちの籠ったチョコになるものなのよ」
 アリャリァリャの手作りスイーツを味わってから、リサが信者達に言葉を掛ける。
「気持ちの籠ったチョコは、その思い出を起こす事で、より一層甘く、美味しい物に感じるものよ。私も、知り合いと沢山チョコを交換し合った時は、いつも以上に美味しいチョコレートに感じたわね」
 リサの説得に、信者は羨み、このままでは友達同士で贈り合うことも出来ないと理解し、我に返った。
 残る信者は、あと1人。
 ビルシャナはというと……。
『ちょ、やめなさい! 食べないわよ私は!』
「甘くテおいしいモノだゾ!!」
 アリャリァリャが、無理矢理お菓子を食べさせようとして、攻防を繰り広げている為、信者達の様子にまで気付くことが出来ない。
「クッキーとか飴玉とかマシュマロって、自分の好きな物や、違う甘味達も好きなように味わう方が自分への労りとか、心の活力になると思うよ」
「好きな物を、好きなように……」
 空からの言葉を繰り返す、最後の信者。
 美味しい色々なスイーツを、自由に食べられる喜び。それを空から感じられ、心が大分揺れている。
「バレンタイン後の割引期間も楽しみ、お得に沢山食べれる」
 甘味を自由に楽しんでいる空の言葉が続けば、抗う事は無く。
 信者は信仰を捨てて、甘味の自由を求め、去って行った。
『せっかく集めた信者が居なくなってる!? なんてこと!』
 ビルシャナが気付いた時には、既に遅く。
 ショックを受け、隙だらけのビルシャナと戦うべく、戦闘体勢に入るメンバー。
「ズタズタラッシュで成型、スカーレットシザースで焼きチョコにすル!!」
『え!? やだ、どういうこと!?』
 戸惑うビルシャナに説明は無く、アリャリァリャが攻撃。
「信者さんは残っていないから、見切りに気を付けて攻撃していくね」
 空が攻撃し、ダメージを更に重ねる。
「説得が成功して良かったわ」
 失敗したケースを想定していた為、リサは安堵しつつ、敵を攻撃して。
「霊弾よ、敵の動きを止めてしまいなさい!」
 作った大きな霊弾を、敵に向けて飛ばす、悠姫。
「さぁ、行くよ黒影。サポートは任せたわよ!」
 琉音が黒影に声を掛けると、黒影は回復支援で応える。
「虚無球体よ、敵を呑み込み、消滅させてしまいなさい!」
 触れたもの全てを消滅させる、不可視の球体を放つ琉音。
「さぁ、月影。共に協力して戦うわよ」
 サポートに専念している月影に声を掛け、蛍火は構えて。
「この一撃で、氷漬けにしてあげるわ」
 卓越した技量を発揮し、蛍火が一撃を放つ。
 怒涛の勢いでダメージを受け続けた敵は、あっという間に消滅した。


「皆、お疲れ様だね」
 戦闘を終え、琉音が仲間達を労う。
「スイーツが余っていたら、少し食べて帰りたいな」
「美味しいモノ、まだあるゾ!」
 余っているスイーツは無いか確認する悠姫に、キープアウトテープを回収していたアリャリァリャが、急いで戻り、残っているスイーツをハイテンションで差し出した。
 だが、アリャリァリャが大食い過ぎる為、スイーツは直ぐに無くなる。
 全員の視線が、外からでも見える、バレンタインコーナーへ向く。
「せっかくだからチョコレートを買って帰ろうかしら」
 リサの言葉を皮切りに、メンバーはデパートへ入り、バレンタインコーナーに足を運ぶ。
「おやつのチョコを買って帰るね。……やっぱりチョコも美味しい」
 空は数種類選んで購入し、試食用のチョコを見つけて頬張る。
「甘い物を食べながら帰りたいわね」
 一口サイズのチョコが沢山入った、箱詰めを選ぶ、蛍火。
「私ももう少しチョコを買っていこうかな?」
 可愛いものから大人びたものまで、色々揃っているスイーツを眺める、琉音。
 普通のチョコレートやトリュフチョコ、生チョコやミルクチョコレート。
 キャラメルショコラ、フレッシュな果肉入りのもの、ナッツ入りのもの……と、色々有る。
 メンバーは和気あいあいと、チョコレート選びを楽しむのだった。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月16日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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