●冬
落ちた雪が触れた途端に溶けた。
幾多の極微細の機械たちによって構成された指先を見る。高い体温がそうするのだろう。それが極微細機械たちの過活性によるものかどうかは、款冬・冰(冬の兵士・e42446)には判らない。
吐息をひとつ。
顔を上げた冰の瞳が、普段眠たげな千歳茶色が、瞬いた。
──自身の位置情報を、消失……?
そんなはずはない。自身が、そんな。
周囲は一面、氷の世界。凍てついた蒼が舗装路もマンションも、車もなにもかも覆い尽くしているが、……こんな場所へ辿り着く路〈ルート〉を選択した記憶はない。
足を止めて振り返った冰は、己と同じほどの背丈のこどもがひとり。淡い金色の長い髪が冷たい風になびいて揺れる。
「セラフ」
あどけない声が小さく零した。「、」その音に。冰は聞き覚えがあった。
セラフ。熾天使。そうした一般的知識の一致という意味だけではない。身体が、あるいは身体を構成する極微細機械たちが、臨戦態勢を取る。
相手は無防備に立ち尽くしているように見える。けれど彼女のこれまでの蓄積データが、告げている。相手は、格上。冰ひとりで対処できる存在ではない。
揺蕩うようなあおい瞳が、彼女を見据えた。
「捜索対象、ヒエムス──……ようやく、見つけた」
●セラフを探して
レプリカントである冰のアイズフォンでも連絡の取れない『場』を展開するダモクレスの妨害が起きているのだろう。
款冬・冰に危機が迫っていると伝え、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は幻想を帯びた拡声器のマイクを口許に添えた。
「Dear、急ぎ乗ってください。敵のダモクレスの名前は『エトランジュ・ミドラーシュ』。いいえ。敵の個体の名と言うより……任務そのものの名称と言っても良いかもしれません」
『探し求める者』。
チロルの視た予知では『見つけた』と件のダモクレスは言っていた。
ただし呼んだ名は、異なっていたけれど。
「周囲は完全に凍りついています。立ち居振る舞いについてはケルベロスのDearたちなら、ある程度は問題ないでしょう。寒さや滑りやすさ程度は。ただ、今回だけの特殊な『場』として、氷系統の攻撃は強化され、炎系の攻撃は弱化します」
ヘリオンへと乗り込みながらチロルは更に続ける。
「……敵もそれはよく判っているでしょうが。おそらく『見つけた』と言っても未だ探索の途中。その『場』に適応できる者こそ、敵の求める『ヒエムス』なのでしょう」
そのために街ひとつ氷漬けにすることすら厭わない、冷酷無比な個体だ。
いくつの命を任務のために犠牲にしても眉ひとつ動かさず、いとけない表情のまま殺戮を繰り返す。
ぎり、とチロルは奥歯を噛み締め、小さく首を振ると再びマイクを構えた。
「……いえ。とにかくかわいらしい見た目にそぐわず油断できない相手だと言うことです。どうか……冰君を救い出してください」
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594) |
款冬・冰(冬の兵士・e42446) |
●邂逅
記憶は、どこか遠い。
あのとき。音はあっただろうか。
否。無いはずがないのだろう、──けれど。
ようやく見つけた、と告げた相手のあおい瞳の奥に、一点ずつの赤が点った。素早く視線を走らせ、款冬・冰(冬の兵士・e42446)は把握した情報を元に弾き出す。
「――子供の容姿。特定教義を持つ団体の装飾を模した意匠。施設を襲撃したダモクレス、その同シリーズと推定」
冰とエトランジュ・ミドラーシュに直接の面識はない。
けれどその装飾は冰の多くはない記憶にも灼きついている。施設──レプリカント支援施設を襲撃し、多くの死傷者を出したあの日。彼女が地獄の番犬として覚醒した切欠。
かつんと杖の先で敵は言葉を紡ぐ。
「セラフ・ヒエムスの生存を確認。イヴのため回収作業に入る」
あどけない声音が零す台詞に冰は微かに眉間に力を籠めた。識っているが知らない単語。ちりりと極微細機械たちの稼働を感じる。
「セラフでもヒエムスでもない。当機の呼称は款冬・冰」
「ええ、」
風を切る音と共に降り注いだのは雪ではなく。降りしきる雪を舞い上げ、凍りついた大地へ幾多の脚がいくつもの亀裂を叩き込んだ。派手に散った氷片がきらと光を弾く。
「冰が自分をそう定義づけるのなら、間違いなくそれが自分の名」
ゆるり、けれど隙なく身を起こす面々の中、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は解けゆく白銀の装甲から白緑帯びた灰の長い髪を躍らせ、ひとり敵と対峙していた少女の無事を見て微笑んだ。
「排除するというなら、私も手伝わせてもらうわね」
「、」
告げる彼女の向こう、白が舞う。流星の耀きを纏った蹴撃はエトランジュ・ミドラーシュに躱されるが、二対の光翼を得たブーツの脚は構わず凍り付いた大地へふわと着地した。
「回廊を破壊し、死神から街を解放したあの日、款冬さんのお力をお借りいたしました……その御恩を、返させてください、ね」
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が振り返り、応じるように彼女の相棒・カッツェもにゃあとひと声鳴いた。
「見つけた、見つけたですか……」
敵の言葉を反芻し、エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)はいつもどおりの穏やかな笑みを──生み喚んだ「黒太陽」を、ダモクレスへと向ける。
「ダメですよ。款冬さんには帰りを待っている方たちがいるんですから。どうか、お引き取りを。ここはあなたの来る場所ではありませんよ」
「っ、」
アリシスフェイルからの支援を既に受けたエルムの黒光は飛び退る隙すら与えずエトランジュを呑み込んだ。彼の藤色の瞳がちらと背後を窺う。それをシャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)の描く魔法陣の耀きが引き戻した。
「そう。冰ちゃんを見つけたのは、貴方だけでなくてよ? そして貴方も“見つけられた”。彼女が心を灯し戦うのなら、わたくしは護るわ」
魔力に照らし出される夜の女の傍で若葉色の双眸をぱちりと瞬き「冰ちゃんの宿敵……」火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)は息を呑み、
「なんだか不気味なんだよ……というか、さぶっ!!!」
そして自らの身体を抱き締めた。彼女の足許にタカラバコも寄り添い、彼女の素直な感想にアンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)も苦笑を隠せない。
「いや、本当……流石に寒いね。暦の上では一応春だと聞いたのに」
かつて後にした故郷の森でも霜や雪には馴染みがあったけれど、遍く氷に閉ざされたこの『場』の生命を奪うための冷気とはやはり違う。軽く腕を擦りながら彼は言う。
「さて、長い旅の途中で申し訳ないけれど……ここで終わってもらおうか」
肯くユノ・ハーヴィスト(隣人・en0173)と同時に、フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)も変わらぬ笑顔で首肯した。
「探求の果てに何が待つのかはー、求める者のみぞ知るー。それでもやはりー、」
細められた瞳が、敵を射る。ぐるん、と手にした石灯籠を肩に担ぐ。
「明かりは必要かと存じますのー」
ちりり。
肩を並べる仲間たちの姿に、記憶回路のどこかが揺れた。
「皆の救援に、感謝。因縁の敵。思うこと、無いわけでは無いが。事此処に至って、任務は単一」
『青星』起動。呟くような冰の声に応え手にした柄から青白い氷の刀身が伸びた。
千歳茶色の瞳の奥に、赤が宿った。
「──襲撃者を排除する」
●使命
「やはり中々にー、特別なお相手のご様子ですわねぇー」
ふたり──二機の間に張り詰めた空気に構うことなく、フラッタリーは担いだ『曼荼羅大灯籠』を振り抜いた。けれど敵も素直に受けてはくれない。くるり、跳んだエトランジュ・ミドラーシュは茫とした眸のまま垂直に回転して距離を取る。
「んん……! あの子も可愛いのに可愛くないなぁ……!」
ポチっとひと押し、ひなみくが引き起こした弾ける色とりどりの爆発の中、ねこらいらは清浄の風を送りながら飛び回り、援助する。
その羽搏きを追い風に、羽搏きもうひとつ。冰の刃が敵の喉元へと迫った。バラフィールと同じく、ヘリオンデバイスによる強化──人工翼付きのジェットパックが勢いを乗せる。
けれど青白い刀身が弧を描くと同時、エトランジュ・ミドラーシュはその軌跡を杖でなぞるようにしていなしそのまま、
「、」
「タカラバコちゃんっ!」
杖から超大な冷気が流れ込む、その一瞬に大きなリボンをつけたミミックが割り込んだ。
ひなみくの咄嗟の悲鳴と、弾き飛ばされる冰の身体と、杖の先に凍り付いたタカラバコを無造作に振り払い地に打ちつけるダモクレスと。
(可愛い女の子に傷を付けちゃめっ! だからね!)
「……庇護、感謝する」
主の命に応じたサーヴァントに冰は告げ、間断なくカッツェが放った歯車のついたリングはダモクレスの眦近い頬を裂き、目が眇められた刹那に氷点下の大地を蔦が這った。
蔦は凍った大地を覆ったかと思えば縒り集まり、そして大蛇を成したかと知覚した時には強大な咢を開いて敵へと喰らいついた。変容:妄執の大蛇──グラッジスネイク。
バキバキバキ──少女の見た目からは程遠い破壊音が響き渡る。
「うぅん、でもキミはお人形ではないからね……」
「そう言ってくださるのは僕としては嬉しく感じて良いはずなんですが、どうしてでしょうね、ちっともそう思えないのは」
ダモクレスへ呟くアンセルムへ、レプリカントたるエルムは複雑な吐息を零す。
それに小さく口許に微笑み刷きつつ、シャーリィンは崩れ落ちたタカラバコの傍にそっと膝をつく。祈る。ヴェールが浮き上がる。黎明の光が差すかのように、仲間へと癒しの力が降り注いだ。千夜暁の祷──ファジュル。
煌めく光の中で身を起こしたミミックをひと撫で、シャーリィンの望月の双眸はダモクレスへと据えられた。
「確かに此の氷の世界は貴方の領域。……それでも、わたくしたちに出来るのは、不利でも何でも、脅威に抗うことだわ」
アリシスフェイルも思う。冰とは何度か戦いを共にしている。
──『吹雪〈ヒエムス〉』と呼ばれた彼女は、吹雪の荒れ狂う性質ではないと思うもの。
けれど、だからこそ。左腕へと再び纏いつく『蒼露-oratio-』から冰、そして前衛の仲間たちへと白銀の粒子を放った。
「……対峙する私達があのダモクレスが言うように吹雪であれというのなら、立ち往生する程の勢い、きっと見せられる筈」
この『場』に適応できる者をこそ、『ヒエムス』と呼ぶのであれば。
「届かせて」
彼女の願いに。狙いを定める“眼”を爛と光らせ、フラッタリーはこがねの瞳を見開いた。大きな石の填ったサークレットが外れたなら、燃え上がるは地獄の炎。文字通り箍の外れた調子の外れた笑い声が寒々とした空へと吸い込まれた。
「適応? 適オU? ナラbA尚以テ絶エNu灯ヲ掲ゲマセU!」
「、ッ」
ド、と蹴った地の氷は罅割れる。Non dimenticare ソノ掻キ毟リヲ。肉迫したフラッタリーに顕現した黒い地獄の爪牙を、敵は躱すことが、できない。
小さな身体が吹き飛び、長いローブを引き裂いて、咄嗟に掲げた右腕の黄金のバングルが破損して凍った大地に硬い音を立てた。
『場』の効果はフラッタリーも百も承知。実際、普段よりも敵への損傷が少ないことは彼女自身がなによりも早く理解した。それでも地獄の炎はただ彼女を突き動かす。そこに道理などない。そこに理性などない。
「以テ!! 火ヲ絶yAス事ヲ禁ズ!!!」
どれほどの時間が経ったか、判らない。
「ッ!」
赤く光る冰の双眸が見開く。ダモクレスが振りかぶった杖が特に強くもなく大地を叩く。にも関わらずその『音』が強大な『質量』を伴い襲い掛かるのを識る。
咄嗟に避けようにも追尾するその不可視の攻撃に、けれど「だめよ」小さな声とやわらかなぬくもりが冰の視界を、世界を包み込んだ。
守護者たるシャーリィンが、彼女の小さな身体を抱き締めるようにして庇ったのだと理解するのに時間は掛からなかった。どん、と。背に叩き込まれた衝撃に瞬時息が止まったが、シャーリィンは冰を離さない。どくん、と。冰の中でなにかが動く。
「任せてっ!」
ひなみくが叫び、真白の二対の翼を大きく開いた。「届け、届け、音にも聞け」ぷつり、ぷつり。「癒せ、癒せ、」ぷつり、ぷつり。四翼から得た一葉ずつの羽根が、グラビティチェインを受けて矢と化す。
そして同じく生み出した弓につがえて、仲間へと射ち放つ。
「──目にも見よ」
四翼の祝福──カナフ・デ・アルヴァ。純白の矢は傷付いた仲間へと過たず届き、シャーリィンは礼を籠めて眦を和らげた。
「……本当に、なんて攻撃が苛烈なのかしら」
敵の容赦の無さにアリシスフェイルは思わず零す。回収、と敵は告げていたが、さすがはダモクレス。冰の一部機能を破壊し持ち帰るつもりなのだろう。それゆえ、冰を中心に庇う行動を取ったケルベロスたちの判断は結果として正しかった。
いずれかの縁のある相手。……そういうことなのだろう。アリシスフェイルは己を収穫しに来たと告げた男の瞳を思い出し、そして小さく首を振ってやり過ごした。
丁寧に、丁寧に。
逃げ足早く命中力も高く、尚且つ一撃一撃の重いエトランジュ・ミドラーシュを相手に、ケルベロスたちは下準備をおこなった。時間は掛かった。けれど。
中空に、小さく弾ける音が連なった。
顔を上げたダモクレスの頭上、高く跳んだバラフィールの白い姿が影になる。紅い宝玉の填った避雷針を振り下ろす。
「雷よ、絡めとれ!」
同時に弾けた雷光。雷光の身体拘束──ライトニングリストライン。氷漬けで色彩の無い世界でも、青白くあるいは金色に光るその電撃は網のように広がり敵の行動を阻害した。
光の翼でふわと距離を取ったバラフィールは、ほんの僅か、困ったように口角を上げた。
「今度は届きましたね、……お嬢さん」
ぎしり、と。
明らかに動きの鈍ったエトランジュ・ミドラーシュの姿を見てとって、エルムはちらと隣のアンセルムを見た。
「うん? なに?」
「いいえ、」
くるくるっ、と『シュネー』を回して、エルムは淡く笑んだまま敵へと向き合う。
「もう少し寒くなりますよ、ってだけです」
湧き起こるのは羽根の如き氷片の嵐。雪纏う氷翼。いのちの温度を奪うその翼は舞い上がり巻き起こり、敵を裂き──アンセルムは「ちょ、」言葉にならない声と共に更に吹雪を駆け抜け風に翻弄されるダモクレスの死角から蹴撃を叩き込む。
見事な連携プレー、けれど。
「寒いんだけど?!」
「はい、だからその分、動いてくださいね」
信頼の証だと思っていただけたら幸いです。なんて。
ひなみくからの指示を受けてユノも仲間へと治療を施していく──それらを見遣ってアリシスフェイルはひたと敵を見据えた。ここに至りようやく、白銀の鋏、否、剣を抜いた。
「あなたの物語は、ここでお仕舞い」
「ガッ……!」
斬る手応えは固い。けれど幾多と重ねられた状態異常が確実に敵を弱体化させていた。
それでも。
敵は戦意を喪わない。
任務を放棄しない。
「ヒエムス。……回収、する」
ばちばちと回路がショートしているのだろう音が響く。流れる血はない。エトランジュ・ミドラーシュは杖を大地に突いた。こん──軽い音。その直後。
凍り付いた大地が大きく牙を剥いた。奔り抜けた罅は途端に巨大な咢となって地を割る。
「冰ちゃ……!」
前衛すべてを呑み込んだ攻撃は、庇い切れずめいめいへと傷を与えた。足を咬み込んだ大地を蹴り潰して、フラッタリーは笑う。嗤う。
「ヤッtE呉レ間須NeeEェエeE……!」
鋭い爪が大地へ突き立ち、地上へ辿り着くと同時に撃ち放つ地獄の炎弾。「っ!」当初の素早さなどもはや見る影もなく、ダモクレスへと次々と襲い掛かったそれはその小さな身体に遂に膝をつかせた。
「ヒエ、ムス……」
「! ……限界が近いようです、ね」
バラフィールが冷静に確認をして、攻撃の手を止めて振り返る。シャーリィンの翼で地表へと戻り座り込む冰の傍に、駆け寄ってくる姿。大きな兎耳。十三(e45359)だ。
「……こおり……かけつけるのが、遅れちゃった……」
「ジュウゾー……」
冰の手を取り、十三は口許を引き締める。
「じゅーぞーは、間に合うことが、できなかった、けれど、でも、……こおりを、支える、よ。こおりの、こおりを、助けに。……回復は、得意では、ない、けれど、こおりの、……力に」
そして解放するのは、【月喰み】が奪った力を分け与えるグラビティ。十三のこれまでを冰に捧げる。
ひなみくもオーロラのような光を展開する空の下、アリシスフェイルはふたりの姿に金の瞳を伏せた。因縁がある程、自らの手で、と。
──そうすれば誰も恨まず居れるもの。
アリシスフェイルからのオウガ粒子にも背を押されつつ冰は十三の手に触れ返し、小さく首を振った。
「今、ジュウゾーが居る、……冰は、それで充分」
立ち上がる。
青白い刀身を手に、一歩。“雪”。
途端、鶴の翼が如き袖が舞う。躍る翼の翳で赤い双眸が煌々と点り、刃は迷いなく振り下ろされる。薙ぐ。“月”。討ち払い散り払う。“華”。──冬影「乱れ雪月華」。
全てが瞬きの間。
振り抜くと同時に氷の刀身はばらばらと氷塊と化して散り落ちた。
「……」
血は、ない。
世界はあくまで、あおく白いまま。
大きく破損した肩から胸部、幾多の攻撃に千切れ落ちそうな細い腕。それでもまだあおい瞳の奥には赤の一点がある。
ちりり。
一面の赤。
伸ばした手は血塗れで。
その先の──眼鏡の女の子は、涙を流しながらも、微笑んで。
「セラフ、ヒエムスの生存を、確認──……」
「っ、」
記憶回路の揺らぎに意識を奪われていた冰が、我に返った頃には遅かった。おそらく敵は既に、どこかに情報を送信した。
がしゃ、と音を立ててダモクレスは凍り付いた大地に伏した。キュゥウウ──……と微かな駆動音が、消えていく。あおい瞳の奥の赤が消えた。
「セラフ……ヒエムス」
己の片目を覆う。彼女の両の目は稼働していたエトランジュ・ミドラーシュと同じく赤いままで。
「冰は……わたしは……」
捨てられない、一枚の写真のことが脳裏を過る。そこに写るのは冰に似た少女。よく笑う女の子。
ちりり。
伸ばされた手。鮮やかな色彩。三人の、女の子たち。
「……く、」
見えない。判らない。識らない。
──きっと、全てが終わったわけではないと推測。
けれど、ただひとつだけ真実がある。
この戦いは、終った。
●雪解け
「冰ちゃん、大丈夫?」
ダモクレスの機体が氷雪に紛れるように散り消えていったのを見届けて、ひなみくは冰の顔を覗き込む。
「お菓子食べる? お白湯飲む? 寒くない?」
「確かに、すっかり身体が冷えちゃいましたよ。温かいものが恋しいですね」
「エルムは自業自得な気がするけど……」
苦笑を浮かべるエルムに、どこか呆れ声のアンセルムが返すけれど、身体が冷えたのは皆同じ。こくこくと肯くアリシスフェイルとユノに、ふふりとフラッタリーは微笑んだ。
「ここで火を焚いてもー、仕方ないでしょうからねー。あたたかいところにー、帰りましょうかー」
「お菓子ならいっぱいあるよ!」
ほらー! とひなみくが帰り道のお供にと出したのは白と黒のショコラ。見覚えのあるそれにシャーリィンもぴょこと翼を跳ねさせて、「あ、私も」とアリシスフェイルもすみれの砂糖漬けを取り出して。
ずらと並んだお菓子に、冰は瞳を瞬いて──そして赤の消えたその双眸を緩めた。
「……エネルギー補給は、重要。冰にも希望」
そして歩き出す一行の最後尾。
「この場所は、元通りになるのでしょうか……」
元は街なのだという場所。あおと白の世界を眺めてバラフィールが零すのに、冰も再度、振り返った。
「元通りでは、なくとも。氷解すると、推察」
──……雪解けの音がする。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2021年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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