剛鎗の単眼武者

作者:刑部

 球根の様な『それ』が溶け込む様に鎧武者に吸い込まれてゆくと、鎧武者が歪な音を立てながら動き始める。
「ヌ……ワレハ……」
 忘れている何かを思い出すかの様に左右に首を振る鎧武者は、傍らに立つ黒衣を纏う女性に気づいた。
「使命を忘れたのですか? 貴方はただただ殺しグラビティ・チェインを蓄えるのです」
 その女性が小首を傾げて鎧武者に問うと、
「ソウダ、ワレは殺さナケレバ……ヌシがナニをしたかハ知ラヌが、ワレはタダ殺すノミ……」
 女に一瞥を向け自問した鎧武者の単眼が人ならざる色彩に彩られ、携えた鎗の穂先を向け足首の辺りから蒸気の様なものを噴き出すと、地表を滑る様に町の灯りに向っていく。
「そう、それがダモクレスたる貴方の使命、そしてグラビティ・チェインを貯め込んだらケルベロスに殺されなさい……」
 その背を見送り黒衣の死神は妖しく微笑んだ。

「福井県はあわら市の牛ノ谷駅付近で、死神の因子を埋め込まれたダモクレスが暴れよるみたいや」
 ケルベロス達の前に福井県の地図を広げながら杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044)が口を開く。
「単眼の鎧武者型のダモクレスで、グラビティ・チェインを得る為に、見境なく目についた人間を殺して回る様や。こいつがグラビティ・チェインを貯め込んで死んだら、死神の手駒になってしまいよる」
 やれやれというジェスチャーをする千尋。
「せやから、奴さんがグラビティ・チェインを集めるより早うに、撃破してまう必要があるっちゅーこっちゃ。福井県警には連絡済みで周辺住民の避難も進めとるさかいに、じぶんらはこのダモクレスの撃破だけ考えてくれたらえーからな」
 と腕を組んで頷く千尋。

「こっちから向って来てるから、この一帯に避難勧告している状況や」
 千尋の指が地図の上を滑り円を描くと、
「せやから、ここ。JR牛ノ谷駅の駅前で迎え撃ったらええと思う。奴さんは日本の鎧武者型のダモクレスや。得物は鎗で足から何か噴き出して……ホバークラフトみたいな感じ? 滑る様に高速で移動してくる。1体だけやからと油断しとったら、その機動力に振り回される事になるで」
 と立てた人指し指を左右に振る千尋。

「奴さんを倒すと、その骸から彼岸花みたいな花が咲いて、消えてまうみたいや。死神に回収されるっちゅー事やろな。せやけど、思いっきりぶっ壊したらそうなれへんみたい、オーバーキルっちゅーやつやな」
 と千尋の口元に八重歯が覗く。
「ほな、ダモクレス倒して死神の思惑も叩き潰しにいこか!」
 頷くケルベロス達の顔を見回した千尋は、そう言ってヘリオンに向け踵を返したのである。


参加者
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
奈梨木・綾(大槌の鬼・e60889)
ミルドレッド・サザンクロス(南十字星の使者・e61397)

■リプレイ

●邂逅
「ヌ……?」
 砂埃を上げ滑る様に町に迫る鎧武者は、上空より次々と落ちて来る『其れ』を単眼に見咎め速度を落とすと独りごちる。
「……死神に良い様に利用され……哀れね」
「確かに、死してなお任を果たす……様な殊勝さがある風には見受けられんな」
 着地の衝撃で巻き上がった砂煙が十字星座の如きオーラに退けられ、現れたミルドレッド・サザンクロス(南十字星の使者・e61397)がウェーブの掛った赤茶色の髪を揺らしつつ嘆息すると、その隣で斬龍之大太刀【凍雲】の柄に手を掛けた楡金・澄華(氷刃・e01056)が、ゆっくりと腰を落とす。
「まったくだ。この状況でもまだ手駒を増やすつもりなのだな。いや……この状況だからこそか。歩も成れば『と金』の力を示すからな」
「では節分もー終わりましたけどー、歩の内に鬼さんを片付けますかー」
 その後ろから神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が進み出て、肩で一声鳴いたボクスドラゴンのラグナルが羽ばたき、ミルドレッドを挟んで逆側に踏み出したフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が金瞳を細めて頷く。
 喋るケルベロス達に向け鎧武者の単眼がせわしなく動き、その鎗を持つ手に力が籠る。
(「このダモクレスは死神に利用されているだけという事に、気付いていないのだろうか?」)
 思案を巡らせ鎧武者の単眼を目で追う奈梨木・綾(大槌の鬼・e60889)の隣で、
「まったく死神はこんな時でも通常営業でございますね。はた迷惑な行為はこれっきりにしていただきたいのですがね」
 腰に手を当てたステイン・カツオ(砕拳・e04948)が、ヘリオンデバイスの発動タイミングを計っているのか、上空を仰ぎ見る。
「邪魔立てスルならバ殺ス。邪魔立てシナイのであれば殺ス」
 単眼の動きが止まり、ケルベロス達を睨んだ鎧武者が耳障りな音で警告を発した。
「どちらにしろ殺されるのですね。それならば抵抗させていただきましょうか。そうでなくとも抵抗はさせて頂くのですが」
「何の為に殺すのか。その使命は貴様にとって真か? ふむ、この問いも貴様の問いと同じく答えを求めるものではないな」
 肩を竦めて苦笑したエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)が手元からするすると一葉を垂らし、続いてそう口にしたトレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)がくるっと回したライトニングロッドを構え直した瞬間、上空から降り注いだ光線がケルベロス達を包み込んだ。
「殺ス」
「止める」
 殺意を漲らせたダモクレスが滑る様に駆け出し、素早く反応した晟が起した爆風を背にケルベロス達が迎え撃つ。

●双撃
「そちらが浮くならこちらも浮かせてもらいます」
「さぁ鋼武者よ、私のメイに苦、aWaレに、其……ムく……aaaaaAAAAァァァアアアアアッッッッShⅰ羅вÅΝ」
 見えないメイド服の裾を掴んで礼をする仕草をしたステインが、ヘリオンデバイスの力で飛翔し仲間達も飛翔させる後ろで、デバイスで一対の副腕を増やしたフラッタリーがカッと金色瞳を見開くと、サークレットが展開し露わになった弾痕から地獄が迸り、口から紡がれる言葉が言の葉の形を保ち難くなり、悲鳴にも似た声を上げ鎧武者に殴り掛る。
「なかなか厄介な動きをするぞ、気を付けるんだ」
 フラッタリーに続いた澄華の一撃を、あり得ない動きで回避した鎧武者を見て、警戒の声を上げたトレイシスがオウガ粒子を放出して前衛を後押しすると、その余勢を駆った晟とミルドレッドが波状攻撃を掛ける。
「笑シ……」
「うわっと、危ない!」
 それらの攻撃を華麗な鎗捌きで受けながら、間隙を突いて天頂方向から降下したステインに向け穂先を伸ばすダモクレス。
 頬に一条の血の線を刻まれ流れる血で頬を濡らしたステインが悔しそうに唇を噛む。
「流石、この期に及んで死神が呼ぶだけの事はあるな。だが、その動き、削らせて貰う」
 自分の前に光の盾を具現化してくれたエルムに目礼を返したトレイシスは、宙に浮かぶ道を滑走した綾の一撃を受けながらも押し返したダモクレス目掛け、殺気を具現化した黒矢を放つ。
「脚カ、大眼wAハ読み……易シ」
 その一撃にダモクレスが己の足を確認する様に単眼が一瞬下がったのを見逃すフラッタリーではなかった。狂気の笑顔でダモクレスに向けた掌に合わせる様にダモクレスの左肩が爆ぜ、その肩当てが弾け飛ぶ。

「ヘリオンデバイスが効いていますね、あの伸びる鎗だけ注意を払えば良さそうです」
 前衛陣を薙ぎ払う様に振るわれるダモクレスの鎗が空を切るのを見て、舞うステインに御業の鎧を飛ばしたエルムが紫眼を細める。ステインに牽引される形で宙に浮くケルベロス達に対し、ダモクレスの攻撃は度々空を切っていた。
「だが、相手もそれに気付いた様だな」
 七色に輝くハート型のハンマーを振り抜き、轟竜砲を放った綾がその砲弾を鑓の石突側で弾き、ラグナルの吐くブレスに追従する様に襲い掛かるフラッタリーの攻撃を捌くダモクレスを見てごちる。
「防御に徹されると厄介で……っと、咲き誇れ。癒しの花、冷たき腕に安らぎを」
 綾にそう返そうとしたエルムの言を否定する様に槍が伸び、前線で仲間を支援していたミルドレッドを貫く……間際に後ろへ跳んだのであろう、仰け反って転倒するミルドレッドにエルムは直ぐ様回復を飛ばす。
 ダモクレスも追撃しようとするが、トレイシスの飛ばす黒い矢に進めず、カバーに入った晟に押し戻される。
「なかなかやるな。だが好き勝手はさせない」
 その晟の上から躍り出る形で綾。マジカルスプレーで描かれた道を滑った綾が、ダモクレスの顔に蹴りを見舞って後ろへ跳ぶと、着地した本人に少し遅れてピンク色の大きなツインテールが体に掛る。

「成すべき事も己で決められず哀れな事よ」
 振るわれた槍を蒼竜之錨鎚【溟】の柄で受けた晟は、交錯する単眼の視線に思わず呟くと、間隙を突く形で箱に入ったラグナルが突っ込み、トレイシスの雷を纏った刃が突き入れられる。
「成すベキ事は殺シ、グラビティ・チェインをアツメる事、十分ナシテおるワ」
 くるっと槍を回した鎧武者が、退くトレイシスと入れ代わる形で距離を詰めたフラッタリーに穂先を向けるが、
「……させない」
「御武家様の首獲りは忍の十八番だ」
 ミルドレッドが美貌の呪いを以ってその動き阻害し、狼耳をピクピクと動かすと、低い姿勢を保って踊り込んだ澄華が蒼く輝く刀身を叩き込み、そのまま体を回転させ漆黒の刃も叩き込もうとするが、これは鎗の柄で防がれ澄んだ金属音が響く。
「私なの?」
 飛び退く澄華に目もくれず、澄華を狙う隙を突こうと踏み込んだミルドレッド目掛け繰り出される穂先。エルムが展開していたケルベロスチェイン『一葉』の絡まりと、身をよじった事で直撃は避けたものの長いピンクの髪が数本宙に舞う。
「楽しませてくれる」
 口元に牙を覗かせた晟が、鎧武者が繰り出した鎗を戻すより早く降下してくるステインとタイミングを合わせ鎚の一撃を叩き込む。
「グゥ……」
 その衝撃に蹈鞴を踏む鎧武者に、綾の放った竜砲弾とラグナル吐くブレスが爆ぜ、
「せめて、死神の手駒にされない様に眠らせてあげるわ」
「永遠にな」
 ミルドレッドの見舞う一撃に続いた澄華の一閃を受け、飛び退いた鎧武者は片膝をつきその単眼で忌々しげにケルベロス達を睨みつけた。

●指標
「畳み掛けるぞ!」
「死に華を咲かせるな」
 晟とトレイシスが同時に叫ぶと、
「押し切る……皆さん、援護するね。強力な一撃を、お願い……」
 ミルドレッドの起こした爆煙を背に前衛陣が距離を詰める。
「静かに眠って下さい。もう利用される事のないように」
 駆ける仲間達の背中越しに鎧武者を見つめたエルムが雪夜月を嵌めた両掌を胸の前に出すと、い出た幻影の竜が仲間達を追い抜いて鎧武者を焼き振るわれた槍に竜が霧散するも、霧散する後ろからラグナルのブレスが浴びせられると、その身に刻まれた様々な悪影響がその効果を増して鎧武者の体を縛る。
「グ……ヌ……」
 苦しげな声を漏らす鎧武者の単眼に写るのは、晟。
「疾く逝くがいい。雷鳴と共にその肉叢を穿たん」
 迅雷の如く繰り出された晟の閃光の突き、それでも鎧武者は反応し、鎗の柄で払うが勢いを殺しきれず、肩当てが弾き飛ばされた左肩を深々と抉られる。そのダメージに顔をしかめ跳び退こうとする鎧武者に、
「逃がす訳ないだろう」
「南十字の力よ……」
 トレイシスの伏穿。指先から放たれた黒矢が鎧武者の足首辺りを射抜き、その足が止まる。その隙を逃さず鎧武者にミルドレッドのサザンクロス・ブレイクが叩き込まれ、十字の残像を残し、ウェーブの掛った髪を靡かせ、横っ跳びに跳び退くミルドレッドの後ろから飛んで来た蒼いオーラの球が、鎧武者の腹に叩き込まれた。
「できれば死神の因子を撃ち抜きたかったが……」
 振り抜いたマジカル・レインボーハートを戻す綾が、自分の放った蒼魔の剛打球の効き目を確かめる様に眼を細める視界に上からステイン。
「ぶち抜けろあほんだらぁ!」
 四十路に達した鬱憤の籠った右ストレートの一撃に、鎧武者の面頬が吹っ飛び、ダモクレスらしい機械の顔が露わになる。
「キサマ……ら……」
 怨嗟の言葉を紡ぎ終えるより早く、一対の副腕が鎧武者を掴む。
「脚ヲ捕リ、腕wO刈リ、一ツ眼ヲ縊リ。最期二槍ヲバ折リ、全テ失kUシテ死二候へ。ナニ礼ハFuYoウぞ」
 鎧武者が見たのは爛々と金色の瞳を輝かせるフラッタリー。
 次の瞬間、本人の両腕で握り締められグラビティ・チェインを乗せた曼荼羅大灯籠が渾身の力で叩きつけられた。その余りの衝撃に掴む副腕が解かれ後ろへ吹っ飛ぶ鎧武者。
 宙を舞うその鎧武者の首に左右から蒼輝と漆黒の刃が煌めいた。
 最初に地面に落ちたのは鎧武者の胴体。
 次に着地した澄華の顔に、凛添で留められたポニーテールの髪が覆い被さり、それを払いのけた澄華の漆黒の瞳に落ちてきた鎧武者が映る。
「言っただろ? 御武家様の首獲りは忍の十八番だって」
 双刃を振って穢れを払い鞘に収めた澄華は、そう言って仲間達を振り返る。

 かくて鎧武者の骸に華は咲かず、死神の企ての1つはここに頓挫した。
 ケルベロス達は、周囲のヒールと安全確認を行い、互いに健闘を讃え合い帰路についたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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