ワタシノ有為性ヲ証明スルタメニ

作者:秋津透

 神奈川県藤沢市、JRの某駅。平日の昼過ぎ。
 この駅の近くにある役所で、所有している店に関する税金関係の用事を済ませてきたレプリカントのケルベロス千歳緑・豊(喜懼・e09097)は、駅前広場から駅改札に繋がる歩行者デッキへと上がっていったのだが。
「おや?」
 デッキに上がった瞬間、豊は違和感を覚えて足を止める。人がいない。この駅は、この歩行者デッキで大規模なショッピングモールと繋がっており、深夜遅くでもなければ人の流れが途絶えることはないのだが。しかし、通行人の姿も、駅や施設関係者の姿もない。
「これは、誰かが妙な工作をしているかな?」
「サスガ……けるべろすニ進化シタ『ポポス・ノナ』。ワタシノ空間偽装ヲ、一目デ見破ルトハ、本来、旧型デハ考エラレナイ鋭敏ナ感覚……」
 賛嘆と口惜しさが混ざったような声を放ちながら、一体のダモクレスが出現する。その姿は、装甲を施された二本の脚が生えた金属の半球が、無数の金属触手を生やしたプレートを背負ったような、異様極まるものだったが、豊は驚きもせず告げる。
「ヘプタか。久しぶりだな。しかし、ケルベロスに「進化」とは面白いことを言う。てっきり、定命に堕ちたとか狂ったとか言うと思ったのだが」
「エエ、先日マデハ、ソウ信ジテ疑ッテイナカッタ。使命トシテ命ジラレルナラトモカク、「狂ッタ旧型機」ニ過ギナイ貴方ヲワザワザ討トウナドトハ、思イモシナカッタ」
 そう言いながら、ヘプタと呼ばれたダモクレスは、金属触手を一斉に伸ばす。
「シカシ、我ラノ神「アダム・カドモン」様ガ告ゲタ。けるべろすヘノ変形ハ、進化デアルト。ナラバ、ワタシハ進化シタ貴方ヲ討チ、自分ノ有為性ヲ証明スル!」
「……なるほど」
 やれやれ、「アダム・カドモン」様も余計なことを言ってくれたものだ、と、苦笑しながら身構える豊に向けて、特殊流体採用試作ダモクレス7号機『ポポス・ヘプタ』の金属触手が凄まじい勢いで襲い掛かってきた。

「緊急事態です! 千歳緑・豊さんがダモクレスに襲われる、という予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「豊さんは、藤沢市のJR駅歩行者デッキにいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。豊さんを襲うダモクレス『ポポス・ヘプタ』は豊さんと面識があるようですが、詳しいことはわかりません。ダモクレスの種族グラビティに加え、金属触手を使って攻性植物のグラビティ「ストラグルヴァイン」に似た攻撃を仕掛けてきます。体表を覆う流体金属は強靭かつ柔軟で、詳細は不明ですが防御力は相当に高いと思われます。ポジションは、おそらくキャスター。一対一で闘ったら、絶対に勝てないとまでは言いませんが、豊さんの勝ち目は薄いでしょう」
 命懸けの戦いを好む豊さんにとっては、願ったりの相手かもしれませんが、だからといって放置はできません、と、康は渋面で告げる。
 そして康は、一同を見回して続ける。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援も呼びません。豊さんを倒せば満足して撤収するかもしれませんが、そんな真似をさせるわけにはいきません。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、どうか豊さんを助けて、厄介なダモクレスを倒し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は深々と頭を下げた。


参加者
端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
蘇芳・深緋(ダンジョンレア倉庫・e36553)
 

■リプレイ

●遭遇と攻防
「ワタシハ進化シタ貴方ヲ討チ、自分ノ有為性ヲ証明スル!」
 宣言とともに、特殊流体採用試作ダモクレス7号機『ポボス・ヘプタ』の金属触手が、元ダモクレスの『ポボス・ノナ』こと、レプリカントのケルベロス千歳緑・豊(喜懼・e09097)に襲い掛かる。
 豊は素早く跳んで身を躱すが、触手も即座にうねって彼を追尾する。
 あわや、という、その瞬間。
「やらせませんよ!」
 力強い宣言とともに降下してきたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が、豊の前に飛び込み、攻撃を肩代わりする。
「邪魔ヲスルカ!」
「ええ、しますとも。豊さんには、悔いのないよう力を発揮して欲しいですからね!」
 叫ぶヘプタにイッパイアッテナが言い返し、豊が小さく苦笑する。
「すまないね、ヘプタ。どうやら私にも友人がいたようだ」
「貴方ニ人望ガアルノハ、予想シテイタ。けるべろすノ結束ノ強サモ……ダカラ、空間偽装デ不意ヲ討チ、救援ガ呼ベナイヨウ通信遮断ヲカケタノダガ……効カナカッタカ」
 賛嘆と口惜しさが混ざったような声で、ヘプタが告げる。
「一対一デモ十分ニ手強イ相手ナノニ、救援ガ来テシマッテハ……ワタシノ勝チ目ハ、ナサソウダナ」
「そう思うなら、投降するかい?」
 気遣う口調で、豊が訊ねる。イッパイアッテナは、とりあえず自分に気力溜めで治癒とBS捕縛の解除を行い、攻撃に出ようとするサーヴァントのミミック『相箱のザラキ』を制する。
 しかしヘプタは、淡々と応じる。
「投降ハ、シナイ。定命ニナル選択ハ、デキナイ。ソシテ、戦ワズニ逃ゲルコトモ、シナイ。だもくれすトシテ有為性ガ証明デキナイナラ、コノ場デ斃レル選択シカナイ」
「ヘプタは相変わらず真面目だなあ。尊敬するよ」
 定命化を望むなら喜んで身元引受人になるつもりだけど、それはないよね、と豊はうなずく。
「私が在るのは、先に生まれたヘプタたち兄弟の記録が在ったからこそ、というのは重々承知している。ケルベロスになった時に兄弟と殺しあう覚悟は決めたけど、嫌いなわけではないし、今でも多少は後ろめたく思っているよ。だから、進化と呼ばれると、なんともばつが悪いね」
「ナゼ貴方ガ定命ヲ選択シ、だもくれすデアルコトヲ放棄シタノカ、ワタシニハドウシテモ理解デキナイ。ダカラ、狂ッタト判断シテイタ。シカシ、オソラク、ソウデハナイノダロウ」
 ヘプタが告げた時、端境・括(鎮守の二挺拳銃・e07288)が降下してきた。
「豊の危機とあらば、見過ごしにはできぬ! きょうだい水入らず、というわけにはいかぬですまぬの!」
 言い放って、括はヘプタを見据える。
「豊の兄弟さん、話には聞いておったけれど、じかにまみえるは初めてじゃのぅ……ケルベロスへ変ずるを進化と評すならば進化することでより有為に、というわけにはいかぬか?」
「オ気遣イ、感謝スル。マサカ、けるべろすカラ、ソノヨウニ言ッテモラエルトハ、予想モシテイナカッタ」
 きわめて律儀に、ヘプタは応じる。
「ダガ、けるべろすニナルニハ、マズ定命ニナラナクテハナラナイ。ソシテのなニモ告ゲタ通リ、ワタシガ定命ヲ選択スルコトハナイ」
「うむ。不確かな進化なぞに頼らず己が力で証明してこそ、ということかの。なるほど、その清々しい性分は確かに豊のご兄弟らしいと言えそうじゃ」
 感心した様子で、括はうなずく。
「しかし、ご兄弟の力の証明のためであっても、友として、ケルベロスの仲間として、豊を倒させるわけにはいかぬ。全力で邪魔をさせてもらうぞ」
「無論ダ。手加減ナドサレテハ、ワタシニトッテモ意味ガナイ」
 当然のように応じるヘプタに一礼し、括はオリジナルグラビティ『伊賦夜道返・戸契括(イブヤチガエシ・ヘグイノククリ)』を放つ。
「では、参るぞ! ひふみよいむな。葡萄、筍、山の桃。黄泉路の馳走じゃ、存分に喰らうてゆかれよ!」
 括が両手に構えた拳銃から、ヘプタに一射、地面に一射。銃撃そのもののダメージもさることながら、両者の縁を括りつける強力な呪術が発動し、ヘプタの回避能力を落とす。
 続いて、イッパイアッテナがサーヴァントの制止を解き、『相箱のザラキ』が噛みつき攻撃を行う。
 そして豊が、オリジナルグラビティ『猟犬(リョウケン)』を放つ。
「フォロー」
 ただ一言の命令で、地獄の炎で出来た獣が召喚され、ヘプタに襲い掛かる。普通の生物、いや、デウスエクスでもメンタルが弱い者なら魁偉な獣に怯え竦むだろうが、ヘプタは触手を巧みに使って獣をいなす。
「流石だね。ヘプタの防御を崩すのは、並大抵の技では難しそうだ」
「防御ガ崩サレタラ、ワタシハ終ワリ。ソレハ、オ互イ周知ノ事実ダロウ?」
 称賛する豊に、ヘプタは淡々と応じる。そこへ、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が降下する。
「豊さん、助けに来たっすよ!」
「……オ前モ、だもくれすカ。イヤ、定命ヲ選択シタ元だもくれす……れぷりかんとダッタカ?」
 ヘプタの問いに、佐久弥は小さく笑う。
「選択っつーか、なんつーか。こちとら、豊さんやあんたみたいな正式の試作品じゃない、ごくごくしがない身の上っすよ。でもまあ、そんなのはどうもいいことっすよね?」
 前身がどうであれ、今の俺はケルベロス、豊さんの仲間っす、と言い放ち、佐久弥はオリジナルグラビティ『付喪神百鬼夜行・地縛(チリヅカカイオウ)』を発動させる。
「同胞よ――いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう。ヒトに愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する我が同胞達よ――!」
「ナ、ナント、地球ノ廃棄機械ヲ強制再生サセタ廃棄物だもくれす……ガ、更ニ定命ヲ選択シ、けるべろすニ進化シタ、ノカ!?」
 ヘプタの声に、驚愕の響きが混じる。そして、佐久弥の呼びかけに応じた「人を愛した廃棄物のダモクレス(付喪神)達」が思念体(ゴースト)として現世に還り、ヘプタの脚部を地に縛り付け回避を妨げる。
 更に、その背後から比良坂・陸也(化け狸・e28489)が名乗りも上げず、降下してきた勢いそのままに、重力蹴りを叩き込む。続いてバラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)が降下、イッパイアッテナに庇われた豊が無傷なのを見定めると、前衛にオリジナルグラビティ『病魔封じの羽根(ビョウマフウジノハネ)』を送り、治癒と同時に防御力を上げる。同時に彼女のサーヴァント、ウイングキャットの『カッツェ』が、ヘプタに向けて尻尾のリングを飛ばして攻撃する。
「のなニ人望ガアルノハ予想ハシテイタガ……コレホドトハ……イッタイ、何人救援ニ来ル……」
 とうとうヘプタが弱音のような声を漏らした時、最後の一人、蘇芳・深緋(ダンジョンレア倉庫・e36553)が降下する。
(「雇い主の大事な人が危ないって言われたらねー。ま、猫の手程度には働けるでしょ。ワタシも前にお世話になったことだし、いっちょやりますかー」)
 性格なのか照れなのか、言葉には出さずに呟くと、深緋はヘプタにオーラの弾丸を撃ち込んだ。

●容赦なき攻撃、そして決着
(「みんなが駆けつけてきてくれたのは、本当に、本当にありがたいけれど……ヘプタには気の毒な状況になってしまったなあ」)
 さすがに声には出さず、豊は呟いた。ヘプタは、自分の防御力を上げ、自動的に傷を癒す機能を持っており、短時間に大きなダメージを与えるのは難しいが、攻撃力はさほど大きくなく、状態異常を解除する機能を持っていない。そのため、時間をかけてじっくりと状態異常を幾重にも付与されると、なかなか倒れはしないものの、まともに戦闘するのが難しくなってしまう。そして、豊の情報提供によりヘプタの長所と弱点を知っているケルベロスたちは、的確に彼を無力化する戦術を採った。
「ウ……コ、コレハ……」
 攻防が続く中、『相箱のザラキ』が「愚者の黄金」として「電子部品のようなもの」を吐き出す。黄金や宝飾品なら見向きもしないであろうヘプタが、そこへ触手を伸ばして拾い上げてしまい、ダメージを受ける。
(「かかりましたね!」)
 『相箱のザラキ』のマスター、イッパイアッテナが、ぐっと拳を握る。与えるダメージは大きくないが「愚者の黄金」にかかった敵には、状態異常の中でも最もタチが悪いといわれる「催眠」が付与される。
(「ならば、次の手は決まっておるの」)
 括が選択した攻撃は、ファミリアロッド「いたずら野鉄砲」を駆使した「ファミリアシュート」。普段は拳銃に化けている使い魔、もふもふのモモンガが突撃するという、ちょっと見た目には微笑ましい攻撃なのだが、意外に威力が高い上に、現在付与されている状態異常を増やす「ジグザグ」効果を持っているのが恐ろしい。
 そして豊もリボルバー銃「雷電」を駆使し、容赦なく炎の弾丸を撃ち込む。状態異常「炎」は、防御の固い相手にも継続的にダメージを与え、体力上限を削っていく。佐久弥も「鉄塊剣“餓者髑髏”」と「鉄塊剣“以津真天”」に炎をまとわせ叩きつける。よろめくヘプタに、陸也が惨殺ナイフ「闇の手」を駆使。影から黒い手が伸び、実体化した呪いがダメージと「ジグザグ」効果を与える。
「ここは、攻め時、ですね!」
 バラフィールが声に出して言い放ち、状態異常「アンチヒール」を付与する「殺神ウイルス」を投擲する。『カッツェ』が飛びついてひっかき、深緋は「ターバンキッドナイフ」を振るって「ジグザグスラッシュ」を見舞う。
「……ヒトリデ、挑ンダノガ、間違イダッタカ……」
 満身創痍のヘプタが呻き、豊は何とも言えない表情になる。ダモクレスは、個人的な意図による出撃を許すことはあっても、そこへ増援を送ることはない。「自分の有為性を証明する」ためには、ケルベロスが集団で対応してくる可能性が高くても、ヘプタは単身で行動するしかなかった。
 そして、有為性を自力で証明できない限り、「失敗作とみなされている試作機」のヘプタは、いずれ新型を作成するために分解されて資源を採られる。正直なところ、ダモクレスが最終決戦を挑んでこようかという今の段階で、まだヘプタが分解されていなかったのは、豊にとっては驚きだった。
 やがて、更に何回かの攻防の末、増大した「催眠」の効果で、ヘプタは自分自身にミサイルを撃ち込んでしまう。流体金属装甲が弾け飛び、自動でかかるはずのヒールもケルベロスにかかり、内部構造が露になる。
「……豊さん」
 最も手番の早いイッパイアッテナが、攻撃しようとする『相箱のザラキ』を制し、豊に声をかける。
 豊はうなずいて、リボルバー銃「雷電」を構える。
「ヘプタは、ちゃんと有為だよ」
 声に出して言い放ち、豊は露になったヘプタの急所へ、的確に弾丸を撃ち込む。爆発が起こり、機械部品ががらがらと崩れ落ちる。豊は拳銃をしまうとゆっくりと歩み寄り、最後まで直立していたヘプタの両足を抱きかかえた。
「そうさ。ヘプタは、ちゃんと有為だよ」
 もう一度呟くと、豊はケルベロスの仲間を振り返り、照れたような笑顔を見せた。
「今日は、本当にありがとう。兄弟喧嘩にケルベロスの皆を巻き込んでしまって、申し訳ないね」
「とんでもない! いつでも呼んでください!」
 陸也と深緋以外の全員が、期せずして声を揃える。そして一拍おいて、陸也が告げる。
「それじゃ、飯でも行こうか?」
「いいね。もちろん、おごるよ」
 豊が応じた時、ヘプタの能力が無効になったのだろう。不意に、周囲に賑やかな雑踏……平穏な日常の光景が戻ってきた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月14日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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