ミッション破壊作戦~締雪、白い枝先に春をみた

作者:ほむらもやし

●2月
 数日の陽射しで降り積もった雪の大半が溶けた。
 風景は色を取り戻し、瑞々しくなっている。
 しかし日陰に目をやれば、溜まった雪は石のように固まって、溶けにくくなっている。
 新年が明けてから、もうひと月が過ぎた。
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は丁寧に頭を下げると――確りと前を向いて、ミッション破壊作戦の実施を告げた。
「今回攻略するのはダモクレスのミッション地域だ」
 心に思い浮かぶ思いは飲み込みつつ、ケンジ印をつけた日本地図を示す。
『33-4 徳島県小松島市』
『38-5 滋賀県守山市』
『40-2 長崎県佐世保市』
「攻撃可能なダモクレス勢力のミッション地域は合計3箇所。向かう先は、此処に示した中から1箇所を皆で相談して決めて下さい」

 強襲型魔空回廊への攻撃は、これまで通り、通常、ヘリオンが飛ぶよりも高い高度からの降下作戦を行う。
「ミッション破壊作戦の戦術は、ほぼ確立されている。危険と言われたのは過去の記憶になりつつあるが、グラディウスによる攻撃を行った後は、自力でミッション地域中枢部から撤退しなければならない点は変わらない」
 ヘリオンデバイスの運用によって撤退はかなり円滑に進むようになった。
 また撤退を阻む敵に関しても、既に公開されているミッションのデータが役立っている。
「グラディウスは降下攻撃の時に魔空回廊上部に浮遊する防護バリアに刃を触れさせるだけでも能力を発揮する。手放すような使い方さえしなければ、叩き付けても突いても、切りつけても、自己流で障りはない」
 防護バリアは強襲型魔空回廊の上に浮遊している。
 大抵の場合半径30メートルほどのドーム型だ。
 グラディウスは一度使用すると蓄えたグラビティ・チェインを放出して主要な機能を失うが、1ヶ月程度グラビティ・チェインを吸収させれば再使用できる。
 自分が使用したグラディウスを持ち帰るのも、重要な任務だ。

「皆がグラディウスを大切に扱ってくれたおかげで、限られた数のグラディウスであっても、戦果を積み重ねることができた。本当にありがとう」
 残存するミッション地域も減少してきた。
 すべて開放される日も近いかも知れない。
 ダモクレスのミッション地域は市街地多いが、状況は地域によって異なる。
 山中や森を移動するのに適切な作戦が、都市化された市街地で同様に役立つとは限らない。
 場所に応じた適切な行動であれば、メリットは自然に重なる。
「敵の追撃に囲まれて、孤立無援のまま全滅という。最悪の事態が発生する可能性は低くなっている。でも、戦闘や撤退に時間をかけ過ぎればあり得ることだから、くれぐれも気を付けて下さい」
 叫びは『魂の叫び』と俗称され、攻撃の破壊力向上に役立つ。
 グラディウス行使の余波である爆炎や雷光は、敵を大混乱に陥れ、発生する爆煙(スモーク)は敵の視界を奪い、一時的に組織的行動が出来ない状況にする。
「スモークの濃さは撤退時間の目安になる。攻撃を終えてからスモークが有効に働いている時間は、多少のばらつきはあるけれど、数十分程度と言われる」
 敵中枢に大胆な攻撃を掛けた以上、一度も戦わずに逃走はできない。
 ミッション破壊作戦による回廊の破壊成功はその後のミッション地域の開放という結果に繋がって来た。

 一年のうちで最も寒さが厳しいといわれる2月。
 しかし老木も若木も、白く光を反射する樹木の枝先をよく見ると、春に向けた動きがひそかに進んでいる。
 時間は進むたびに、風景はどんどん変化してゆく。
 長い戦いが終わったあとには、どのような風景が見られるのだろうか。


参加者
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ

●佐世保港上空
 佐世保市は山に囲まれた港町である。
 平地の少ない、港周辺に出現したミッション地域は周囲に多大な影響を受けた。
 人の流れは分断され佐世保市の都市としての機能は失われた。
「撤退方向は北南東のいずれかだね。西の海上もありかも知れないけど、どうする?」
 シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)が疑問を投げかける。
「ミッション地域内の街並みが改造されているようですから、撤退時は飛行した方が良さそうですね」
 帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)は、撤退時にはジェットパック・デバイスが使用可能であるため、提案に異論は出ない。
「で、あとは経路だけど」
 シルディの問いかけに、灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)も翔の2人は考え込む。
 佐世保港を横断する形で線路は敷かれているから、分かりやすいのは南北のいずれか。
 鉄路を避けるなら東、あるいは海上かも知れないが。
「暫定で西かな。中枢地域脱出後にできるだけ早く、ミッション攻略中の誰かに会える可能性まで含めて最短距離で考えてみた」
 ただし、現地でゴッドサイト・デバイスが使用して、実際の敵の分布が明らかにおかしいなら考え直すべきだと恭介は付け加える。
「確かにボクも距離が短い方が良いと思う。南北の方が距離は長くなりそうだしね」
 撤退は東にすると話がまとまったところで、リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)も口を開く。
「レスキュードローン・デバイスを鉄路に置いて囮にできるかも知れないわね」
「良いかもね。鉄路に沿って自律移動すれば、囮になりそうだね」
「それじゃあ、そう言うことで良いのね」
 打ち合わせを終えて間も無く、東の山の稜線から太陽が姿を現して、闇色だった風景は急速に色味を帯び始める。それと同時、作戦開始を告げるサインが表示されて、扉が開かれる。
 容赦なく吹き込んでくる肌を切られるような寒気。
 比較的温暖と言われる佐世保だが、2月の早朝、しかも高空であるから寒い。
 不意打ちのような寒さに身体を慣らすように、シルディは扉の前で2回ほどジャンプしてから。
「じゃあ、ボクから行くね!」
 そう言い置いて、3度目のジャンプで大空に飛び出した。
 佐賀と長崎を分かつ山並みから姿を現した太陽がゆっくり上昇をはじめ、佐世保市の全域は細かな輪郭が見える程までに、明るくなっていた。魔空回廊を護るバリアは半径30メートルほどのドーム型で、高空からは指先ほどの大きさにしか感じられない。

「佐世保は、鎮守府ができたことで一気に大きくなった街……なんだってね」
 佐世保の鎮守府とは、大日本帝国海軍の艦隊を統括する組織を指し、現在は海上自衛隊第2護衛隊群やその司令部などが置かれている。
「今も自衛隊と米軍基地があって――良い形での共存共栄を目指している。そんな頑張りが壊されてしまったって……」
 歴史は凄惨である。今も苦しめられ続けている人がいる。和解を目指して活動を続けている人たちもいる。今でも敗戦国と見下している人もいる。
 良いイメージも悪いイメージも、それだけを信じ込むのは危険だ。できる限り、自分の目で、いろんな立場から、物事を見ることは、とても手間はかかるけれど、とても大事なことだ。
 ドワーフだから、子どもの様な見た目だけど、シルディは34歳。
 戦わなければ地球の人たちが一方的に殺されてしまうから、ケルベロスとしてデウスエクスと戦い続けているけれど、本当は殺し合わずに済む方法があるなら、見つけたい。幾ら考えても……まだ思いつかないのだけれども。諦めてはいない。
 ――だから、浮遊する防護バリアはぴかぴかの鏡の様で、雲ひとつ無い青空と、グラディウスを構えたシルディの全身が映っている。
「佐世保をなくすわけに行かない、取り戻して欲しいって、ボクを送り出してくれたみんなの願い。きっと叶えてみせるからね!」
 語りきれない万感を込めて、シルディは構えたグラディウスを振り下ろす。
 バリアと接触すると同時、小さな火球が生まれ、それは急速に膨張する。火球はバリアの径を越えた辺り爆ぜる。 同時に発生した衝撃波は街並みを破壊しながら広がり、速度を変えないまま山に到達する。そして河川を遡上する津波の如くに谷の奥にまで破壊を齎す。
 グラディウス行使の余波が街を破壊して行く様子を目のあたりにしながら、恭介は手にしたグラディウスに気持ちを込める。
「罪のない人々を無残に踏み潰し、剰え抵抗せず死ね、だと!?」
 ――どなた様も抵抗を止め、機械化を受け入れて下さい。
 脳裏に浮かんだのは、記録で知った。佐世保に現れたダモクレスの言い放った台詞。
 駅のアナウンスを真似たようなふざけた言い回しにも聞こえる。
 冗談じゃない。
「命を替えの利くパーツにしか思わん貴様の言動と所業、許し難い!」
 立ち昇ってくる爆炎が裂けるように左右に広がった先が防護バリアの頂点だった。
 その距離は急速に詰まってくる。
「この場で貴様を物言わぬただの鉄屑に変えてやる!」
 湧き上がる感情には理由がある。その感情に決着をつけるために、恭介はグラディウスを突き出す。
 直後、二度目の閃光が風景を白く照らし、溢れ出た爆炎が津波の如くにあらゆる物を焼きながら広がって行く。
 間も無く火焔地獄を隠すように灰色の爆煙が地表を埋め尽くす。攻撃前には見えていた鉄路も、工場のプラントのような街並みもすっかり隠れて見えなくなっている。
 しかし翔はそこに何があったかを覚えている。
 だから憤る。
「大勢の人達の生活の足であり、子供の夢でもある電車をこんな殺戮に使うなんて……ふざけんな!」
 胸の内に湧き上がる思いのままの怒りを叫び、バリアを目掛けてグラディウスを振り下ろす。
「しかも、機械化を受け入れろだとぉ!? 人の夢を穢した挙句、理不尽な要求言いやがって!」
 グラディウスとバリアが接触した瞬間、電撃のような激痛が全身を巡る。
 刃が接触した一点からは青白い光が溢れ、見えるもの全てを白光で覆い隠してゆく。
 上も下も分からない白い闇とも言える空間の中で、正気を失わなかったのは、グラディウスを持つ手の痛みが現世との繋がりを感じさせたからかも知れない。
「てめぇなんざスクラップにしてやる!」
 再び、腕に力を込めた。
 グラディウス行使の本質は感情の制御だ。
 バリアに触れさせさえすれば蓄えられたグラビティ・チェインを放出するという基本的な機能は発揮できる。
 人間の四肢を効果的に動かすのに理屈があるように、感情の制御にも理屈がある。
 巨大な怒りを抱いていても、垂れ流すだけで、効果的に伝えることができなければ、共感を得られない。
 小さな怒りであっても、制御により集中させれば、効果的に怒りを伝えることができる。
 グラディウスの行使にも同様のことが言える。
 薄氷に亀裂が広がる様な澄んだ音、耳を澄ましていなければ聞こえないような音が連鎖する中、リサもまた攻撃態勢に入った。
「ダモクレスの都合の良い様に機械化するなんて、本当に身勝手な話ね」
 防護バリアは半球状を保ってはいるものの、融けかけた氷のように不安定に見えた。
 そのまま融け落ちてしまいそうなほどに。
「この地には生きた人間が沢山住んでいる、皆それぞれ命ある尊い存在よ」
 穏やかだが、確固たる意志、そして怒りを孕んだ声と共に、リサは眼前のバリアに向かってグラディウスを突き出す。
「それを踏みにじる存在は許せないわ」
 直後、融けて自重に耐えきれなくなった氷像が崩れ落ちるように、バリアはメリメリと砕け落ちて行く。そして下方にある魔空回廊を巻き込みながら、数え切れない程の爆発を連鎖させて行く。
 時間にすれば数分の出来事だった。
 彗星の如くに現れた、シルディ・ガード、灰山・恭介、帰天・翔、リサ・フローディア、以上4名のケルベロスよって、ここ佐世保市に設置された魔空回廊は破壊された。

●撤退
 崩壊を始めた魔空回廊が火山弾のような破片を散らし、スモークに満たされたミッション地域中枢部を火の海に変えて行く。点呼するまでもない。全員が無事だ。使ったグラディウスも確りと身につけている。
「すぐに出発します!」
 リサが囮のためにレスキュードローン・デバイスを囮とシテ残したのを確認すると、ジェットパック・デバイスを操る翔は加速しようとする。
「来るぞ!」
 正にそのタイミングで、ゴッドサイト・デバイスで敵を察知した恭介が警告を飛ばす。
 次の瞬間、周囲を囲む牢獄の如き鉄路が敷かれて、ダモクレス、巨大輸送列車『閂』が突っ込んできた。
「現れたな。二度とふざけたことができねーようスクラップにしてやるぜ!」
 精一杯の強がりと共に放った、轟竜砲が外れて、翔の額に汗が滲む。
「自然を巡る属性の力よ、仲間を護る盾となりなさい!」
 リサの詠唱によって加護が出現する。
「大丈夫よ。私たちは、この敵のことを知っているわ」
 次の瞬間、流星の輝きを纏った、恭介の蹴りが、巨体に命中して轟音を響かせる。
 同時に刻まれる『足止め』のバッドステータス。
 それを目にして、気持ちが静まってくる。
 そして、戦い方さえ間違わなければ、この敵は倒せると確信する。
「ボクがなるだけ引きつけるけど、間合いに気をつけて!」
 シルディの声が飛ぶ、巨体の動きには大雑把なところもあり、懐にも飛び込みやすい。
 だが巨体ゆえに、攻撃のリーチは長く、間合いの距離感を見誤ると危険だ。
(「……今度は絶対に外さなねぇ」)
 翔は荒々しく昂ぶる気持ちに突き動かされながらも、敵のデータを思い出す。
「どうみても、線路に関係なく動いているよね」
「ええ、早く壊した方がいいのは確かのようね」」
 シルディの傷を癒したリサが懸念を口にする。
 空中に敷かれた鉄路には行く手を阻む心理的な圧力だけでなく、BS耐性の効果も発動する。
 恭介ができる限りハウリングフィストによる攻撃にブレイクを重ねている。
 大振りした翔のドラゴニックスマッシュが炸裂する。
 思いがけない大ダメージに、敵はさらに多くの鉄路を延ばして己のダメージを回復させる。
「クソッ! キリがないぞ」
 対策をしていても、長期戦になることはある程度予測はついていた。
 だからスモークが薄まり始めても、浮き足立つ者はいなかった。
「ッ!」
 敵の重い一撃に意識が飛びそうになるシルディ。
 銀色の髪の一房が断ち切られ宙に散って消えた。
 守りの要であるシルディが落とされれば、このパーティの勝ち目は消える。
「ありがとう、ボクはまだ大丈夫だから」
 しかし、シルディは充分以上に耐えた。
 そこに何度目かのリサの強力な癒術が重ねられる。
「今のは、危なかったわね――」
「大丈夫。まだやれるよ」
 リサの懸念に、癒えきれないダメージを抱えたままシルディは、首を左右に振って、応じた。
 実力では敵の方が格上だったが、一行は戦う前から敵の戦い方も攻撃のダメージ属性が破壊だけであることを把握していた。当然BS耐性にも警戒していた。
 一方的とも言える情報格差。
『何故ダ……』
 油断なく体力を回復させるシルディと入れ替わるようにして、敵との距離を詰めた恭介の斬撃がダメージを刻む。止めにまでは至らないが、もはや撃破が時間の問題であることは明白だった。
 敵の意識が恭介の方に逸れた隙を突いて、翔は猛烈なスピードでラッシュを繰り出す。
「てめぇがくたばるまで、この攻撃は止まねーよ!」
 気づくのが遅れた敵は、受け止めることも、避けることも出来なかった。
 形成が傾くと崩れるのは早かった。
『ドウシテ……』
 シルディが守り、リサが癒す。
 恭介がBS耐性を崩しつつ、隙があれば足止めも重ねる、翔ができる限り命中力を確保しつつダメージを稼ぐ。
 作戦の弱点を見抜かれればたちまち崩される危うさはあったが、敵の狙いがシルディに集中したことも大きかった。
「悪しき貴様の命、ここで断ち切る! そして塵一つ残さず燃え尽きろ!」
 直後、燃え上がり炎の輝きに包まれた金属質の巨体は、繋ぎを失ったかの如くにバラバラに砕けた。
 心残りは誰の心の中にもあるが、今は撤退するしか出来ない。
「今だ! 突破する」
 撃破を知った翔は全員が牽引ビームで繋がっていることを確認すると、東を向いて全力で移動を再開する。
 周囲を覆うスモークは、身を隠してくれる効果を残していたが、かなり薄くなっていた。
 数分後、敵陣を縫う様に飛び抜けた一行はミッション地域中枢を脱出し、そこでミッション攻略中のケルベロスと合流して、佐世保市に設置された魔空回廊の破壊成功を告げた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月16日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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