冬華

作者:藍鳶カナン

●冬の花
 真冬の夜に、氷の城がめざめを迎える。
 艶やかな闇を湛えた凍りそうで凍らない湖のほとりに佇むのは、冷たい氷と見紛う硝子と白銀の鋼のフレームで組まれた小振りのイベントホール。綺麗に霜がおりた様な白い曇りを抱く強化硝子で造られ、冬には氷の小宮殿とも見えるそれに、光の華が咲く。
 踊るように回るそれは美しいカレイドスコープの世界。
 即ち、万華鏡の映像がプロジェクションマッピングで投影されるのだ。
 誰もが眼を奪われ、息を呑む。次いで感嘆の吐息を、歓声を咲かせる。
 ゆえに、真冬の夜につどった大勢のひとびとが気づくはずもなかった。湖の対岸できらり煌いた、機械脚の宝石に。
 機械脚でさくさく雪を踏む小さな宝石――コギトエルゴスムは、昼間に薄く積もった雪へそっと潜って、真珠色の宝石箱を思わせる美しい機器に機械の脚でかつりと触れた。指先を挿し込める程度にだけ開く蓋を更にこじあけて、きらきら嬉しげに煌きながら融合した。
 光が踊る。風が踊る。
 真珠色の宝石箱めいた機器は、誰かが投棄したと思しきネイルドライヤー。
 ファンが送る風でネイルポリッシュを乾燥させ、そしてUVライトの光でジェルネイルを硬化させる、二つの機能を備えたそれは、真珠色の娘の姿をした機械人形に生まれ変わる。
 湖畔をぐるりめぐって対岸へ辿りついた娘がまず解き放ったのは、ライトの光とファンの風を融合させたかのごとき、輝く爆風。万華鏡の光の華が投影された硝子の小宮殿に爆ぜた爆風は、かつて彼女が仕上げてきた数多のネイルの記憶を投影したかのような、万華鏡にも劣らぬ美しい色彩で、惨劇の幕開けを告げた。

●冬の華
 真冬の夜に、ヘリオンへ招き入れられる。
 急ぎヘリポートを発つというそれがケルベロス達と向かうのは、綺麗に霜がおりたような白い曇り硝子の小宮殿、氷の城とも見えるイベントホールに光の華が投影される祭の地。
「この時季だけの、冬華祭っていうイベントみたいなの~」
 長い眠りからめざめたような笑みで真白・桃花(めざめ・en0142)が皆へとそう語れば、偶々祭を知っていたらしい彼女の言葉に頷いて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロス達へ改めて事の仔細を告げる。
「予知によって避難勧告が間に合いましたので、冬華祭の会場は無人になります。――が、全速のヘリオンで急行しても、現地への到着は敵が最初の爆風を揮った直後です」
 真珠色の娘の姿をした機械人形、ダモクレスと化したネイルドライヤーが望むのは、ひとびとを虐殺してグラビティ・チェインを奪うこと。だが、セリカが言うには、予知の光景で最初の爆風が氷の城に爆ぜたのは、新たに得たグラビティの力試しであるらしい。
「従って、ひとびとが避難して会場が無人となる現状でも、彼女は最初に氷の城を攻撃して己の機能を確認し、その後にグラビティ・チェインを求めての移動となるはずです」
 当然、それを許すわけにはいかない。速やかに撃破する必要がある。
「彼女が揮う力はネイルのラメを思わす吹雪を孕む風に、幾つもの色彩を孕み、石化同様の硬化を齎す光。そして、予知の光景で最初に揮われた爆風。これは敵の勢いを圧する効果を持ちます。すべて範囲攻撃であるのと、彼女がジャマーであるのが厄介ですね」
 油断すれば苦戦は免れない。
 然れど、プロジェクションマッピングは一旦停止されているものの、彼女のグラビティで真冬の夜は美しく彩られるだろう。ひとびとの足元を照らす照明はそのままで、昼間に薄く積もった雪もケルベロス達の足取りを阻むものではない。
 特別な備えは何ひとつ要らず、戦いの障害となるものも何ひとつ無く。
 此方が戦いを仕掛ければ敵も氷の城ではなく此方を攻撃するはずだから、美しく彩られる真冬の夜に此方も全開で力を揮って、戦場という名の舞台に舞えばいい。
「無事に戦いを終えた後、最初の爆風を受けた硝子のイベントホール……氷の城を皆さんがヒールで修復してくだされば、冬華祭も再開されますので――」
 良ければ是非、楽しんでらしてくださいね。
 微笑んだセリカがそう締めくくれば、桃花の尻尾がぴこぴこぴっこーん!
 光の華を投影される氷の城は、真冬の夜にさぞかし美しく映えるだろう。
 氷の城の裡には外とは別の光の華が投影されるというから、内部で光の華に溺れる心地になるのもきっと素敵。
 望まぬめざめを迎えた真珠色の娘に逢いにいこう。
 光の花を見せる彼女に眠りを贈って、光の華に逢いにいく。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
吉良・柚葉(ウェアライダーの心霊治療士・e86749)

■リプレイ

●冬の花
 真冬の夜に、輝く光の花が咲く。
 ――終わりの瞬間まで、見届けよう。
 凛と澄んだ真冬の夜に数多の色彩を咲き誇らせ、眼を逸らさない、狩るべきものから眼を離さない、とクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)に決意を燈した輝く爆風。
 眩く激しい百花繚乱を一気に解き放つそれが氷の城に爆ぜたのは、彼女達が夜空から跳ぶ直前に放たれた一度きり。嘗て己が光や風を添えた色彩の記憶を溢れさせるかのような娘、真珠色の宝石箱めくネイルドライヤーから変じた機械人形は、雪上に降り立った途端攻勢を掛けてきたケルベロス達へと狙いを転じた。
 光が踊る。風が踊る。
 凛冽な夜気を染めるのは千紫万紅が舞う硬化の光に、煌く吹雪を孕む風、百花繚乱の彩を咲かせる爆風。然れど彼女が齎す幾重もの災禍を克服するための彩りも雪上に満ちている。三重に展開する数多の紙兵、星の輝きを噴き上げる光の柱、己が白銀の星のみならず錨たる娘の星も光柱を燈す戦場を馳せ、レスター・ヴェルナッザ(凪ぐ銀濤・e11206)がめざすは常に間合いを取らんとする真珠色の娘のもと。
 己が力を代わる代わる、前中後衛と標的も変えて試す姿は、玩具を手にした赤子のよう。
 無邪気に力を揮えるお前が――ちと羨ましい。
 胸の裡にそんな言の葉が落ちた刹那、「吹雪! 前衛に来るよ!!」と仲間の声が響けば盾として一層強く踏み込んで、途端に吹き荒れた煌く吹雪の風を竜骨の大剣で叩き割る。
 金にも銀にも、遊色煌くオパールの彩にも思える吹雪が割れた先には、初手で叩き込んだ炎を新たに燃え上がらせた敵の姿。
「頼もしい読みだな、イズナ。そっちも大丈夫そうか」
「うん! レスターとわたしで確りみんなを護っちゃうんだから!」
 此度は炎でなく麻痺を齎す彼の銀炎が燐火の網のごとく敵を呑めば、こちらが掛けた圧で勢いの鈍った吹雪をいなしたイズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)が、吉良・柚葉(ウェアライダーの心霊治療士・e86749)への吹雪を引き受けつつ護りの秘宝を解き放つ。
 ――わたしの、スヴェル。
 伝承の盾の銘を冠したそれは硝子とも水晶とも見ゆる透明な結晶を幾重にも花開かせて、抱きとめる光を柔らかな極光のごとく和らげる癒しと護り。
「わあ、きれいだね! のこった氷はきぃにまかせて!」
 歓声を咲かせた隠・キカ(輝る翳・e03014)は、戦乙女に深く纏わりつく氷が紙兵と星の加護で幾つか霧散する様を夏空の瞳で捉え、癒し手の浄化を乗せた魔法で彼女を抱擁した。相手の幸せな記憶を共有させてもらい、共鳴させることで大きな癒しを齎す術。
 艶やかな黄金の林檎を誰かに笑顔で差し出すイズナの幸せにキカの笑みも零れたけれど、真珠色の娘からも眼を離さない。雪上に舞うよう間合いを取る敵を追うのは黒き影、吹雪を躱して潜り抜けたスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)が、冴ゆる夜空のごとき外套を躍らせ真っ向から跳躍する。
 命中率にムラのある彼だが、序盤にキカとクラリスが舞わせた白銀の煌きが研ぎ澄ませた超感覚のまま螺旋の力を撃ち下ろせば、
「俺だって、氷の技だったら負けてらんないからね!」
「スバルって氷使いの一族出身だって言ってたよね。けど、私の氷もなかなかだよ!」
 敵の喉元で氷結の螺旋が爆ぜた瞬間、彼女の背後へ躍り込んだクラリスが純白のレースを咲かせたような氷結輪を奔らせて。真珠色の躯に三重の氷が花開いたその刹那、真冬の夜を黄昏の流星が翔けた。
「氷の煌きのお次は流星の煌きをドーゾ、ってネ?」
 己が展開した紙兵を越えて夜風を翔けたキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の急襲が、先立って仲間の轟竜砲で下肢に亀裂を奔らせていた敵に完璧な形で決まる。彼が氷とともに星の重力を三重に蹴り込んだなら、
「舞台も調ったようだしな、ここからは俺も火力重視でいかせてもらおうか」
「合点承知! わたしも切り替えていきますなのー!」
 戦端が開かれる前はデバイスが齎す神の視野で、開かれた後はデバイスと仮面越しの己が眼差しで敵を捉え続けるキルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)が竜鎚でなく銃口を翻した。真珠色の胸を穿つ痛撃に無慈悲な追撃が重なれば、彼とともに敵の足止めに注力していた真白・桃花(めざめ・en0142)も、速撃ちで相手の武威を削ぎにかかる。
 だが舞台が調ってなお真珠色の娘は怯まずに、己が力と輝きを解き放った。
 光と彩の百花繚乱、無限に夢幻の花が咲くかのごとき数多の色が弾ければ、多重の高圧を孕む爆風が後衛めがけて爆ぜる。勢いは鈍りながらも高圧の重さはそのままで、
「……ネイルってのはこんな爆風で乾かすもんなのか? お洒落ってのは大変だな」
「ふふ。時と場合によっちゃ、お洒落は気合! ってなるからね!」
 竜翼を広げてキカを護ったレスターが思わず呟けば、応えたのは撫子色の瞳の娘。キカと一瞬で眼差し交わしたクラリスが瞳と同じ彩のネイル艶めく指先を踊らせて、三重の浄化を乗せた清らな風で彼に掛かる高圧を吹き飛ばせば、竜翼の帆に追い風を得た男が銀炎の礫で速撃ちを叩き込む。
 先入観からか、状態異常は護り手と癒し手が対処してくれると柚葉は思い込んでいたが、両者の力だけではなく、妨害手たるキソラやクラリスが揮う三重の自浄の加護や浄化の風も皆の状態異常を劇的に払拭していく。
 状態異常だけに気を取られるなよ、柚葉嬢。そう届いたのはキルロイの声。
「敵攻撃で喰らう痛手だけでも、お前さんにはまだ厳しいだろうからな」
「うん、痛みがのこってたりしたら教えてね、きぃがすぐに癒すから!」
「はい。でも今のところは大丈夫……!」
 銃口から標的めがけて迸らす凍結光線には絶対零度の殺意を、なれど仲間へ向ける声には気負いを和らげる気楽さを乗せる彼の言葉に同意しつつ、キカはその花唇で歌を咲かせた。白金の髪に揺らめく虹そのままに煌く歌声が、後衛に大きな癒しと二重の浄化を贈る。
 敵が揮うのは範囲攻撃だが、その威力は、攻撃手なれど自身の意志でデバイスを拒否し、練度も浅い柚葉の単体攻撃の威力を優に上回る。精鋭陣はともかく、彼女には痛手だけでも十分な脅威だ。
 先入観と思い込みで想像していたのと、実際の戦場に広がる世界はまるで違う。
 柚葉の力量では敵への命中の見込みは相当に薄い。それが辛うじて届くようになったのは仲間達の足止めと超感覚を覚醒させる流体金属の賜物で。
 戦場に更なる煌きを添えるはイズナが重ねて咲かせる透明な結晶の護り、
「わたし達は力を合わせることで、より強くなれるんだから!」
「そーいうコト。ってなわけで、行かせてもらうネ?」
「キレイなもの見せてくれる子だけど、手加減するわけにはいかないもんね!」
 ――覆い尽くせ、
 澄みきった煌きの合間を抜けて迸ったのは悪戯に瞳を煌かせたキソラが放つ闇雲ノ重鎖、不可視の鎖が真珠色の娘を捕えて三重の高圧の闇を染ませた刹那、スバルが解放した凍てる闇、北の霊獣の名を冠する漆黒の残滓が貪欲なるあぎとで彼女を呑んだ。護りから攻めへと奔流のごとく翔ける連携が敵を圧倒する。
 分からないことがあれば遠慮なくきいて、と初陣の柚葉を気遣ってくれた仲間達に助言を請うていれば、序盤から己の力を活かせる戦い方で臨めただろう。皆がそうしているように仲間と心を繋ぎ合っていれば、澱みない連携が柚葉の練度の浅さを補ってくれただろう。
 群れで敵を狩るのがケルベロスの真骨頂。
 仲間とともに戦うことを真の意味で学ばねば、ただ戦場にいるだけの存在に成り果てる。
 光が閃く。彩が咲く。
 華やかに咲き溢れた千紫万紅、硬化の光が前衛を襲うが、透明な結晶が輝きを抱きとめた途端、凛冽なダイヤモンドダストを思わす煌きが散った。光を和らげた煌きが織り成すのは夢のごとき翠から花のごとき桃色へ波打つ極光めいた光の紗幕、雪も湖も、崩れた氷の城も幻想めいた煌きを踊らす夜に、戦乙女が舞う。
 ――唯、純粋に。あなたもみんなの笑顔のために、真冬の夜を彩ってくれたなら。
「けれどそれは叶わぬ夢だもんね。だから止めさせてもらうよ、絶対に!」
 跳躍とともに指輪から咲いた輝き、光の剣をイズナが打ち下ろせば、真珠色の娘の肩から鳩尾へと盛大な亀裂が咲いた。同時に小さく瞠られたのは、銀と夏空の瞳。
「これまでの手応えで、そうじゃねえかと思ってはいたが……」
「そうだよね。この子、破壊攻撃が弱点みたいだよ、みんな!」
 瞬時に同意を交わしたレスターとキカの声が衝くべきものを明かす。響かせた声の余韻をそのまま癒しへ繋ぐ少女の歌に背を押されるように、竜の男が軽やかに跳び退る敵へと追い縋る。美しい記憶を数多抱いているだろう真珠色の娘へ銀の蛍火溢るる右の腕を届かせて、
「眠れ、夢の中でもそいつは消えんだろう」
「ティアンもそう思う。だから贈ろう。――夢のつづきを。いつまでも。いつまでも」
 真冬の夜に舞う光の軌跡が破壊と麻痺を織り成して彼女を捉えたなら、真珠色の瞳に再び銀のひかりの渦が映る。ティアン・バ(いつかうしなうひと・e00040)が贈る追想の幻影が幾重にも麻痺や縛めを深めれば、絆のままに機を繋がれたキソラが夜風に舞う。
「オレもティアンちゃん達に賛成。虐殺トカより夢を抱いて眠る方が似合うヨ、お嬢サン」
 黒き鉄梃の一撃は見切られると踏めば今この瞬間に揮うは電光石火の旋刃脚、鋭い蹴撃が深々と痺れを刻めば青空と真珠の眼差しが交差し、翻る機械の指先から溢れかけた煌きが、
 夜風に、とけた。
 敵の吹雪が麻痺で潰えた瞬間をキルロイが見逃すはずもない。
 この星で造られた機器へと融合するコギトエルゴスム達、それらが侵攻作戦の一環として送り込まれているのか、過去の戦いで宝石化したものが各地で個々にめざめて、自己判断で行動しているだけなのかは判らない。だが、いずれにせよ、
「一体残らず、叩き潰してやるだけだ」
 冷たい鋼に酔芙蓉の花のごとく色づくのは彼からすべてを奪った種族への殺意。
 誰よりも正確に敵を捉える銃口から撃ち込まれたのは爆発的な破壊力を秘めた聖女を穿つ魔弾、真珠色の躯が爆ぜて先よりひときわ大きな風穴が機械の胸に生じれば、一切から眼を逸らさずクラリスが翔けた。
 誰かが奔らせた鎖が標的を幾重にも縛めると同時、羽衣のごとく流るる白銀が拳を覆う。迷わずクラリスが選んだのは破壊の技、真珠色の躯を穿ち三重に護りを貫いて、
「このままお願い、スバル!」
「――吼えろ、天の狼!!」
 真珠色と氷の破片が爆ぜる中で友を呼べば、友の心を汲んだスバルが解き放つ闘気の狼が夜空へ躍り上がる。クラリスの頭上を越え、真珠色の娘の肩に喰らいつく。自陣最高火力の天狼が真珠色の右半身を砕け散らせた瞬間、真冬の夜に七つの彩が咲いた。
 あなたがこうなる前に、ひろってあげたかったな。
「ね、バレリーナみたいなあなた。あなたのステージは、もうおわりだよ」
 続きはどうか、夢の中で。
 虹を咲かせる釣鐘の花々、キカが差し伸べた腕に咲く花が、蔓草のかいなで真珠色の娘を抱きしめる。真珠の光沢に虹の彩を映して、彼女のすべてが細やかな煌きになって、真冬の夜に消えていく。なくなってしまっても、
 ――ずっと、あなたのかがやきを覚えてる。

●冬の華
 真冬の夜に、真珠色の花が咲く。
 天から降るのはヨハン・バルトルト(ドラゴニアンの降魔医士・e30897)の癒しを乗せた煌きと、硝子から零れるひかりを思わせるアルモニカのごとき音色。「きぃも混ぜて!」と瞳を輝かすキカの癒しの歌に誘われ、恋人の音色と友の歌にクラリスも歌を添えて、癒しの風で氷めく硝子の破片を舞い上げる。
 夜空へ昇る幾柱もの星彩の光に包まれ、氷の小宮殿が甦る様はまるで御伽噺。
 仕上げにイズナが光の蝶を舞わせれば、癒しで燈った幻想が真珠色の花を咲かせた。
 冬華祭も甦ったなら、光の華も咲き誇る。
 硝子と鋼仕立ての氷の城へと映しだされた百花繚乱、冬空の蒼に鏤められた銀の雪結晶がくるり廻ってとけて、春空の青に桜めく模様が満開に咲いて、光に渦巻いて。瞬きも言葉も忘れて万華鏡の世界に見入っていたクラリスは、色々と危うかった柚葉も無事に祭を楽しむ姿を眼にして笑みを零す。
 途端、忘れていた真冬の夜の冷たさが肌から芯へ凛と通ったけれど、より指先が悴むのは傍らのヨハンのほう。寒さが苦手な恋人にきゅっと身を添わせれば、
「もうちょっと近くまで……って、ひゃあ!?」
「近くまで、ですよね?」
 抱き寄せるどころか抱きかかえられ、至近で竜翼が力強く羽ばたくとともにクラリスは、真冬の夜の空の旅。一瞬視界が真白になったかと思えば一気に夢幻の色彩が溢れて、驚きと歓びを綯い交ぜに弾けるように笑って。
 近くまで見に行こ?
 ――と彼女が言うつもりだったのは、微かに頬を紅潮させるヨハンも承知の上。
 真冬の夜空に映える氷の小宮殿を見上げれば夜空には恋人達、幸せそうな姿にキルロイは眼差しを緩め、古びた帽子を被りなおす。咲き誇る薔薇にも似た光の華が映しだされれば、懐の護符が熱を帯びた気がした。
 彼が鉄屑どもと呼ぶ種族の創造主、アダム・カドモン。
 その蠢動は己が仇敵との邂逅のきざしにも思えて、譫言めいて紡ぐ言葉にも熱が燈る。
「――もう、すぐだ」
 言の葉を捧げる相手は、亡き想い人。
 元気そうで良かったと改めてスバルが笑いかければ、お久しぶりなの~と笑み返す桃花が彼女さんは一緒じゃないの~? と尻尾を傾げ、
「それがさ、どうやら都合がつかなくなっちゃったみたいなんだよね……」
 大切なひとと繋ぐはずだった手で雪結晶のストラップをそっと握った彼の声が沈めば、
「ああん次の週末までやってるみたいだから、改めて誘ってあげるといいと思うの~」
「それじゃ今日はスバルもわたし達と見て回ろうよ、次のとき彼女を案内できるように!」
 冬華祭のリーフレットを示す桃花に明るい笑みを咲かすイズナが続き、「そうする!」とスバルも溌剌たる笑顔を取り戻す。駆けだす先には透きとおる夏緑と木洩れ日めいた煌きが綺麗な幾何学模様を咲かせる小宮殿、廻ってとけて陽だまり色の花模様が咲き満ちたなら、夏空色の滴が花火のごとく溢れて雪にも湖にも煌きを踊らせて。
「えへへ、綺麗だね!」
 歓声と感嘆をイズナが咲かせれば、一瞬たりとも眼が離せないの~と桃花の尻尾も弾む。
 万華鏡の模様は一度咲いたら二度と同じ華とは出逢えない一期一会の煌きの華。一説には四六〇〇億年に一度の確率で同じ模様が現れるともいうけれど、それとて嘗ては永遠の命を持っていたイズナにとっても途方もない時間だ。
 一期一会。まるで、限りあるいのちの煌きのよう。
「ファインダー覗く一瞬も惜しいケド、撮り逃すのはもっと惜しいんだよネ」
「あ! 写真撮ってるのキソラ、良かったら俺にも見せてね!」
 綺麗に霜がおりたような白き硝子ばかりでなく、幻想の真珠色の花々も優しく百花繚乱の光の華を受けとめる。その光景に口許を綻ばせ、すれ違ったスバルに勿論と応えたキソラが再びカメラを構えたなら、夏空の青が桜色の花模様ととけて菫色の宵空が幾何学模様を織り上げて。刻一刻と移ろう華を追う忙しなさにいっそう心を躍らせる。
 昔は己が眼に焼きつけ、機械に写し撮れば満足だった。
 けれど今は、誰より先に伝えたいと、ともに観たいと願う相手がいる。少しずつの変化。
 ――それが、嬉しい。
 氷の城へ足を踏み入れれば、荘厳な華に歓迎された。
 美しい煌きが精緻で繊細な幾何学模様を咲かせる様は、さながら数多のひとびとの祈りを麗しき彩で鏤めた聖堂の天蓋を振り仰ぐよう。廻ってとけて、そのたび壮麗な華を咲かせ、真珠色の花に柔く跳ねた煌きが錨たる娘を彩る様に、お前も花になってるぞ、と銀の双眸を細めれば、
「レスターにだって咲いてるぞ」
「ハ、おれもか……どうだ、世界一花柄が似合わんだろ」
 返るティアンの応えに笑ってレスターは軽く胸を張る。氷めいた硝子の天蓋から壁から、足元の真珠色の花々から映って溢れてめぐる光と彩に溺れ、花片のごとく舞う数多の彩に、廃墟の街にいつかうまれる花園を幻視する。夏に蒔いた虹、花の種。
「お前が咲かせたいのはこういうのか」
「うん。いろんな彩のが咲いたらうれしい」
 でも、本当は。
 丹精込めて育てたり造ったりした花は、どんな花でも。
 ――ああ、うつくしいな。
 彼女の言葉にそう頷いて、男はひとの手が創りだした色とりどりの華を振り仰いだ。
 万華鏡の世界を映す氷の城の中には、もうひとつの万華鏡の世界。
 壮麗な煌きに胸を高鳴らせれば御伽噺の世界に入り込む心地になって、玩具ロボのキキを抱いたキカは撫子咲く裾を軽く摘まんで淑女の礼をひとつ。お姫様の気持ちで歩みだせば、まるでキカの足取りに合わせるよう、光の華がくるりくるりと廻ってその姿を変えていく。
 咲いて溢れて踊る光と彩が無限に夢幻を映しだす。何処までも煌く世界へ姫君を誘う。
 光の華に溺れるまま呑まれれば、花満ちる楽園へ連れていってもらえる気もしたけれど。
「連れていってもらわなくてもいいよね、キキ」
 だって本当の楽園はきっと遠くない。
 ――みんなでかならず、手に入れられるはずだから。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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