串刺し男の復活

作者:秋津透

 長野県と岐阜県の県境に聳える、名峰「槍ヶ岳」の山中。深夜。
 雪山の奥深く、体長2mくらいの浮遊する怪魚が3体、ゆらゆらと空中を泳ぎ回っている。その軌跡が、新雪の上に魔法陣のように浮かび上がると、中心部分に二本の槍を両手に持った巨漢戦士が出現する。それは、もはやゲートを破壊され、地球に現れるはずもないデウスエクス・アスガルドことエインヘリアル。しかも、この場所でケルベロスに撃破されて死んだはずの罪人エインヘリアル『串刺しツェッペ』だった。
「ウ……アウオオオオ……オオオオ!」
 出現したエインヘリアルは、獣のような咆哮をあげる。もともと、腰の回りを毛皮で覆っただけの、お世辞にも知性的とは言えない恰好をしていたが、今や、全身を毛皮で覆われた獣人じみた姿になっている。
「オオオ! オオオオオーン!」
 ひとしきり吠えると、怪魚型下級死神の術により復活した『串刺しツェッペ』は、浮遊する死神に続いて移動を始める。人里へ降りてグラビティ・チェインの補給……地球人の虐殺を行うために。
 
「日本アルプスの槍ヶ岳で、皆さんに撃破された罪人エインヘリアル『串刺しツェッペ』を下級死神が復活させるという予知が得られました」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「深夜の山中なので復活場所の周囲には人はいませんが、下級死神は『串刺しツェッペ』ともども人里へ出て住民を虐殺し、グラビティ・チェインを補給した上でデスバレスへ戻るつもりのようです。もちろん、放置はできません」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「予知された出現地点はここ、敵の外見は見ての通りです。『串刺しツェッペ』はもともと、通常なら両手持ちの槍を二本、それぞれ片手で扱い、雪の積もった山の中を岩場から岩場へと飛び移って移動する、凄まじい技量と身体能力の持ち主でしたが、死神の術で更に体力強化されている可能性があります。武器は、ゲシュタルトグレイブとセントールランスを一本ずつ。ポジションは、おそらくクラッシャーです。下級死神は三体、ドレイン効果のある噛みつき、自己ヒールとキュア、毒の弾丸を吐くようです。大した知性はありませんが、明らかに劣勢になると『串刺しツェッペ』とともに撤退しようとする可能性があります。ポジションは、おそらくディフェンダーでしょう」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「死神の思惑通りにさせるわけにはいきませんし、万一人里まで出られたら大変なことになりますので、何とかして山中で討ち取ってください。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)
バルバロッサ・ヴォルケイノ(業炎の覇者・e87017)
 

■リプレイ

●まずは、邪なる死神、死すべし
「敵どもの位置は真正面だ。これは、崖を回り込む形になるのか?……いっそ、突き破って直進するか?」
 ゴッドサイト・デバイスで敵の位置を確認しているバルバロッサ・ヴォルケイノ(業炎の覇者・e87017)から告げられ、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は小さく苦笑を交えて応じる。
「いや、大人しく崖を回って行こう。乱暴な真似をして雪崩を起こしちまったら、いろいろ面倒だ」
「そうか」
 デバイスの強化ゴーグルを忙しく付けたり外したりしながら、バルバロッサは応じる。三十三歳、竜派ドラゴニアン名家の落胤という経歴からすれば、もっと我を張っても不思議ではないところだが、ケルベロスとしては駆け出しの新人。依頼への参加もヘリオンデバイスの使用もこれが初めてということで、年下の地球人、蒼眞の指示にも素直に従っている。
 もっとも、バルバロッサが大人しくしている理由は、もう一つある。依頼に同行することになった同じ竜派のドラゴニアン、フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)が気になって仕方ないのだ。こんな美しく嫋やかな女性が、ケルベロスとして活躍しているとは、と、バルバロッサは賛嘆を通り越し、畏敬の念すら感じている。彼女の前で、大人げない振る舞いは、断じてできない。
「ん、何か光ってるぞ。あれだな?」
「ああ、間違いない」
 飛行しながら崖を回った狼炎・ジグ(恨み貪る者・e83604)が告げ、蒼眞がうなずく。すると、こちらに気づいたのかどうか、サルベージされたばかりとおぼしきエインヘリアルが、獣じみた咆哮をあげる。
「オオオ! オオオオオーン!」
「抜け作め、雪山で大声なんぞあげたら、それだけで雪崩が起きるぞ」
 まあ、その時はその時だが、と呟いて、蒼眞は視界に入ってきた敵の一群……獣人のような姿と化したエインヘリアル『串刺しツェッペ』と、三体の怪魚型下級死神に向けて急行する。何しろ、新雪がどっさり積もっている山の奥、足場が酷く悪いのは以前の依頼で経験済みなので、最初からジェットパック・デバイスで飛行し、他のメンバーも牽引ビームで飛行状態にしてある。とはいえ、メンバーのうち三人はドラゴニアンで自力飛行ができるので、牽引飛行の意味があるのは伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)だけなのだが。
 一方、どうやら飛行接近してくるケルベロスたちに気づいたらしく、エインヘリアルが咆哮とともに大きく跳んだ……はいいが、着地した途端にずぼっと新雪に嵌る。罪人エインヘリアルとしてこの地に降下してきた時には巧みに岩場を選んで跳んでいたのだが、知性が低下した分、戦場の状況を把握する力が落ちたらしく、何の用心もなく雪だまりに着地して嵌ってしまったらしい。
「無様だな」
 もっとも、好きこのんで知性なく復活したわけでもなかろうから、ある意味気の毒だが、と、言葉にせずに続けながら、蒼眞は雪に嵌ったエインヘリアルの頭上から、容赦なく刀を突き込む。しかし、その瞬間、召喚した責任を感じた……わけではなく単なるディフェンダーの自動動作だろうが、下級死神の一体が飛び込んできてエインヘリアルを庇う。
「キシャア!」
「……まあ、これも想定内だ」
 割り込んできた下級死神を達人の一撃であっさりと粉砕し、蒼眞は呟く。続いて勇名が、アームドフォートから敵全体にナパームミサイルを叩き込む。
「どっかんのー、ぼわぼわー」
「ガアアッ!」
 今度は庇いがなかったらしく、エインヘリアルをナパームが直撃し、毛皮に火が盛大につく。一方、下級死神は一体が別の一体を庇ったらしく、庇われた方は無傷だが、庇った方は脆くも爆砕する。
「ギ、ガアッ!」
 期せずして、ナパームの火で嵌っていた雪が溶け緩んだらしく、エインヘリアルが体力に任せて雪だまりから飛び出し、勇名に槍を突き込もうとする。しかし、フィストのサーヴァント、ウイングキャットの『テラ』がディフェンダーポジションに入っており、勇名を庇って攻撃を受ける。そして『テラ』は、そのまま自分を含む前衛に治癒とBS耐性付加の風を送り、フィストも竪琴を奏でて前衛に治癒と破壊力増大の歌を送る。その典雅な姿を見やるバルバロッサの目が、完全にハートマークと化している。
「へっ、エラそうに死神とかほざいても、雑魚はしょせん雑魚だな。つまらねえ真似をしでかす前に、冥府の水底へ叩き返してやらあ!」
 罵声とともに、最後に残った下級死神に向けて、ジグが刃のような鋭い回し蹴りを放つ。ずばん、と小気味のいい音がして、下級死神は一撃で両断され、粉々に砕け散る。
「ふ、まだ鍛錬の必要なこの身だが、民草に害なす輩に容赦はせぬぞ」
 言い放って、ただ一人残ったエインヘリアルに向け、バルバロッサが『属性』の力を放ったが、これは躱される。スナイパーポジションで命中率を強化しているのだが、それでもレベル差が大きすぎてなかなか当たらない。
(「くっ、そう簡単に通用せぬかもしれぬと想定はしていたが……やはり、デウスエクスの力、侮れぬ」)
 なんの、勝負はこれからだ、と、声には出さずに呟き、バルバロッサはエインヘリアルを睨み据えた。

●続いて、仮初めに蘇りし死者、死すべし  
(「下級死神達が全滅して、串刺しツェッペが単身逃走にかかったら面倒だと思っていたが、どうやらその懸念はなさそうだ」)
 両手に槍を持って猛り立つエインヘリアルを見据え、蒼眞は声には出さずに呟いた。
 まあ、考えてみれば、死神に誘導されなければ、知性のないエインヘリアルが山奥から人里まで出ること自体が難しいだろうし、グラビティ・チェインの飢えに苛まれているなら、目の前のケルベロスに襲い掛かってくるに決まっている。「逃げる」という行動には、それなりに知性というか判断力が必要なのだ。
 そして、知性なき『串刺しツェッペ』は、自分を直接攻撃した勇名へと再び襲い掛かったが、またも『テラ』に邪魔される。エインヘリアルは、苛立った様子でウイングキャットを睨み据えたが、そこへ蒼眞の斬撃が、遠慮会釈なく叩き込まれる。
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
「ギャアッ!」
 蒼眞が発動させたのは、異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けるオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』。もはや庇う死神もなく、雷電を帯びた一撃がエインヘリアルの肩口から腹にかけて、大きく斬り割る。即死こそしなかったものの『串刺しツェッペ』は必死の形相になり、落ちそうになる腕を、もう片方の腕で抑える。
 そこへ勇名が、オリジナルグラビティ『創(ソウ)』を炸裂させる。
「がりがりーの、ぎゃりぎゃりー」
「ギャアアアアアアア!」
 勇名の身体各所から丸鋸の刃が複数射出され、エインヘリアルの全身を容赦なく切り刻む。普通なら全身から鮮血が噴き出るのだろうが、死者をサルベージした身体だからか、溢れ出る血はどろりと粘っこく、ぼたぼたと滴り落ちる。
 続く『テラ』は再び自分と前衛を癒し、フィストも少し考えたが、再び前衛を音楽で癒し、攻撃力を高める。
 そしてジグが、オリジナルグラビティ『DAYBREAK FRONTLINE(デイブレイク・フロントライン)』を、満を持して放つ。
「死人に明日なんてあるわけがねぇ……ああ、元々来るはずの明日なんて無え、追放された重罪人だったっけな。そんじゃ、お別れだ! 肉塊に戻れ!」
 罵声とともに突撃したジグが、地獄化した怪腕で満身創痍のエインヘリアルを、微細片ほどの容赦もなく何度も何度も、殴る! 殴る! 殴る!
 やがて『串刺しツェッペ』の片腕が槍を握ったまま千切れ落ち、もう片方の手から槍が落ちる。そして、完全に絶命したエインヘリアルは、仰向けに倒れて新雪に沈み込んだ。
「けっ! ざまあみやがれ!」
 死人は死んでろ、起きてなんかくるんじゃねえ、特にエインヘリアルのクソどもは、もし起きてこようもんなら必ず殺し直してやる、と、怨念と憤怒に満ちた口調で、ジグは唸る。
 一方、バルバロッサは、ジグが放つ殺伐とした空気を完全に無視して、フィストに向かって告げる。
「民草に害なす死人と死神は、無事に屠られた。美しい方よ、よろしければ、この後、勝利を祝して、我と暫しお付き合い願えないだろうか?」
「ええっ?」
 なんだか熱い視線でこっちを見てると思ったら、そういうことだったのか、と、フィストは目を丸くする。
「初対面なのに良いのか、私で?!」
「……御多忙か? それとも、我ではお気に召さぬか?」
 しょげかえって訊ねるバルバロッサを見やって、フィストは戸惑いながらも応じる。
「……や、帰りに軽く街を歩く程度でなら」
「受けていただけるか! 痛み入る!」
 一転して感動した声を出し、バルバロッサは深々と頭を下げる。
 その光景を見やって、勇名がぼそっと呟いた。
「ん。なかよしさんだね」

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月4日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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