銃機人

作者:紫村雪乃


 異様な音がした。
 ギチギチと軋るような音。
 そこには不法投棄された家電が放置されていた。いわば家電の墓場である。吹きつける風雨にさらされ、それらは錆び、無惨な姿をさらしていた。
 その墓場を這い回っていたのは、握り拳ほどの宝石に機械の小さな脚が生えた、奇妙な機械であった。それは何かを見定めるよう、いくつかのゴミの周囲を回っていたが、不意に速度を上げた。
 一瞬の静寂。
 次の瞬間、爆発したようにゴミが吹き飛んだ。そこに現れた異形。
 二メートルを超す巨体は人型であった。顔にはレンズを思わせる目のみ赤く光っている。両腕は銃身であった。
 両腕を震わせながら、それは雄叫びを上げた。空間そのものをゆがませるようなそれは狂気の咆哮だ。
 こうして、それは生まれた。全ての命を撃ち砕くために。


「惨劇が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「けれどまだ間に合います。全速でヘリオンを飛ばせば、まだ被害が出る前に標的を捕捉できます」
 敵は両腕がガトリングガンの機械人形。廃棄された釘打ち機がダモクレス化したものであった。個体の能力ならばケルベロスより上である。
「強敵です。けれども斃すことができるのはケルベロスだけ。惨劇を食い止めてください」
 セリカはいった。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
姫神・メイ(見習い探偵・e67439)
静城・依鈴(雪の精霊術士・e85384)
兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)

■リプレイ


 寂寥が漂う。街外れとはいえ、この静けさは異様であった。遠くに廃家電が無造作に転がっている。
「まったく……なんでもかんでも利用してくるダモクレスも困りものでございますが、好き勝手に捨てていかれる方々も大概でございますね」
 それらをじろりと一瞥し、女が苦いものを噛んだかのように顔をしかめた。
 彼女の名はステイン・カツオ(砕拳・e04948)。ドワーフで、可愛らしい顔立ちであるのだが、どうも目つきが悪い。
「不法投棄がこのような事件につながりかねないのであれば、少しばかり注意喚起が必要かもしれませんね……そういうの抜きにしても不法投棄なんざ金輪際やめて欲しいんだけどな」
 ステインはごちた。今回の事件、人災といってもいいかもしれない。このような場所がある限り、ダモクレスが再度生産される可能性があった。
 そうね、と重く頷き、姫神・メイ(見習い探偵・e67439)が目を細めた。羽根つき帽子の下の理知的な眼が素早く動いて状況を読み解く。
 ほぼ同時――爆発が起こったかのような轟音が響いた。続いて重く硬い足音。現れたのは鋼の機体ーーダモクレスであった。
 それの全貌を捉えようとした時、まず目を引くのが凶悪な大きさをした両腕だ。指などはない。多銃身式の銃砲ーーガトリングガンなのであった。
「両腕がガトリングガンとは、これまた破壊に特化された機体みたいですね」
 やれやれとばかりに、その少女は肩をすくめてみせた。幼さの残る美貌の持ち主で、どこかぼんやりとしている。
「物騒なものを持っているわね」
 静城・依鈴(雪の精霊術士・e85384)が冷然たる声音でいった。
 弾丸ーー正確には超硬度鋼の釘ーーをばらまくガトリングガンは攻撃範囲が広い。それが二門。ほとんどの範囲をカバーできるといってよかった。
「まぁ、私もそう簡単にやられる訳には行かないから」
「それは私も同じですが」
 ぼんやりとした美貌の少女ーー兎波・紅葉(まったり紅葉・e85566)が頷いた。が、相手は二門のガトリングガンだ。あまり気持ちの良いものではなかった。
 さらに気分が良くなさそうな者が一人。浅黒い肌の小柄の男だ。肩にとてつもなく巨大でごつい剣を担いでいる。
 男ーーコクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「何…気晴らしよ」
 コクマはうそぶいた。鬱屈した彼にとっては全てがどうでもよいことである。
 その傍らでは叢雲・蓮(無常迅速・e00144)が美麗な顔を輝かせていた。まるで新しい玩具を見つけた子供のように。
「お前はいつも楽しそうだな」
 コクマはいった。何度か戦いをともにしたことがあるが、どのような大敵を前にしたときも、蓮という少年が気後れしている様を見たことがなかったのだ。
「銃は剣より強い、なんて戯言なのだぜ…! 剣は銃より強い、のです! ダモクレスをやっつけて、証明してみせるのだよ!」
 蓮はニッと笑った。


 それと対峙した僅かな時間から、優れた洞察力をもつメイはダモクレスの隙を導き出していた。
「やっぱり苦手なのは近接戦闘ね」
「なのだ」
 蓮が頷いた。類い稀な戦闘勘の持ち主である蓮も感覚としてそう見抜いた。
 が、問題がある。どうやって近接戦闘に持ち込むかということであった。
「ゴーゴーなのです!」
 蓮が地を駆った。慌ててメイが声をかける。
「待って。どうやって近づくの?」
「ともかく走るのだ。多少の弾幕でボクを止められると思わないコトなのだぜ」
「もう!」
 メイは頭を抱えた。まさか無策で突入するとは思わなかったのだ。
 その時、ダモクレスが両腕を起動させた。二門のガトリングガンが火を吹く。怒涛の釘の嵐に蓮が吹き飛ばされた。
「包帯よ、仲間の傷を治してあげて!」
 血まみれになって転がる蓮にむかってメイは包帯を放った。まるで意思あるもののようにするするとのびると、包帯が蓮に巻きつく。ズタズタになった蓮の身体が分子レベルで再生されるのに十秒もかかることはなかった。
 その時だ。空を裂いて光が疾った。ステインの目から放たれた光の矢だ。
 ダモクレスの呪的防護は一切の通常攻撃を無効とする。が、ステインの矢は彼女の怒りであった。呪的防護すら貫き、光矢はダモクレスの機体を深くえぐった。
「あちこち穴だらけにしてくれやがって。責任取らせるから大人しくしてやがれ!」
 挑発の意味も込めてステインが怒鳴った。が、ダモクレスがその挑発にのることはない。感情などないからだ。あるのはプログラム通り人類を殲滅するという鋼の意志のみであった。
 ダモクレスのガトリングガンが動いた。一門は、完全に傷が癒えていない蓮にむかって。もう一門はステインだ。
「皆さん、この魔法陣の中に退避して下さい!」
 紅葉が叫んだ。瞬間、ケルベロス達の足元が明るく輝いた。紅葉が鎖を用いて地に描いた魔法陣である。
 防御力を底上げされた依鈴が跳躍した。
「さぁ、この飛び蹴りを見切れるかしら?」
 嘲弄するように声を発すると、流星の煌めきを纏った彼女は重力を乗せ、それの首元を強かに蹴りつけた。強靱な脚が鋼を打ち据えた重い音が響く。
「!」
 依鈴はダモクレスの機体に火花がはしるのをみてとった。効いているのである。紅葉がいっていた破壊に特化された機体というのは間違いではないようであった。
 その時、空を人影が舞った。独楽のように身を旋転させ、その勢いをのせて人影ーーコクマが鉄塊のごとき巨剣ーースルードゲルミルをダモクレスに叩き込んだ。
「ああ…腹立たしい。貴様なんぞどうでもいい。唯我が気晴らしの生贄となれ」
 地が爆裂した。空をうったスルードゲルミルが地を穿ったのである。
 ちっ、と舌打ちしたコクマであるが、次の瞬間、彼の頭蓋を衝撃が襲った。


 重く硬い音をたててコクマが吹き飛んだ。ダモクレスが腕で殴り飛ばしたのである。
 単純に殴り飛ばしただけであるが、ダモクレスのパワーは強大だ。地を数度はねて転がり、コクマは廃棄家電の山に突っ込んでいった。
「くっ」
 廃棄家電をはね飛ばし、コクマはゆらりと立ち上がった。眩暈でふらついている。ガトリングガンほどの威力はないが、ダモクレスの殴打はコクマに無視できないダメージを与えていた。
 そのコクマにダモクレスはガトリングガンの砲口をむけた。
 その瞬間である。空を貫いて稲妻が走った。蓮の怒りの発露である。
 稲妻に撃たれたダモクレスの動きが一瞬とまった。その機を逃す依鈴ではない。
「吹雪の様に舞う鈴蘭を、その身に受けてみなさい」
 依鈴の身から、鮮やかな鈴蘭の花が噴出した。怒濤のように舞う鈴蘭の花弁は、まるで吹雪のように空間を染め、ダモクレスを飲み込んだ。さすがのダモクレスも成す術なく翻弄され、後退した。
 次の瞬間、花吹雪を突き抜け、ぬっとダモクレスの眼前に現出した影があった。ステインである。
「もう少しおとなしくしていてもらうぜ!」
 ステインが拳を叩きつけた。地を砕き割るほどの威力のこもった一撃である。
 が、ダモクレスは左の機銃身でステインのパンチを受けとめた。のみならずはじき飛ばす。小柄のステインは子猫のように空に飛ばされた。
「ちぃっ!」
 舌打ちしたステインは見た。こちらにむいた右のガトリングガンの銃口を。回避ーーはできない。空に足場がないからだ。
 瞬間、マズルフラッシュが世界を白く染め上げた。無数の釘がステインをズタズタを引き裂きーーいや、釘ははじかれた。盾のようにかざした巨大な剣によって。
「ーー助かりました」
 意外だという響きのにじむ声でステインはいった。コクマはいつも攻撃を好み、防御にまわる人物ではないと思っていたからだ。
 するとコクマはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「同じドワーフだ。見捨てるわけにもいくまいよ」
 その時、ダモクレスのガトリングガンがコクマとステインにむいた。二門同時の斉射である。再び受けとめた場合、スルードゲルミルといえど、ただではすまないだろう。
 がーー。
 金縛りになったようにダモクレスの動きがとまった。いや、なったようではない。事実、金縛りになっていた。
 ダモクレスを呪縛したのは驚きべきことに視線であった。視線の主はメイである。彼女の透徹した鋭い視線は、物理的な力があるかのように標的の動きを凍結するのである。が、精神をもたぬダモクレスすら萎縮させるメイの視線の威力をなんと評してよいか。
「今なら!」
 釘の雨をくぐり抜けて肉薄するのは容易ではない。そう見てとった紅葉は短い気合いの一声と共に踏み、日本刀ーー紅の和みを薙ぎつけた。
 心をもたぬはずのダモクレスが見とれた。紅葉の一閃は、それほど鮮やかで。月光の煌めきを乗せた斬撃で紅葉はダモクレスを深く斬りつけた。
「ーー」
 たまらずダモクレスはがくりとよろめき、後退した。が、両腕は独自の意思あるかのように機械的な滑らかさで動き、紅葉をポイント。一斉にガトリングガンが火を噴いた。
 嵐の如く釘が唸り飛んだ。射線上にあるあらゆるものをズタズタに引き裂いて。
 無残にえぐられた地に真っ赤な肉塊が転がっていた。紅葉である。
「やってくれたわね!」
 メイの絶叫とともに、空を血染めの包帯が翔んだ。


「野郎ーー」
 ステインはじろりとダモクレスを睨めつけた。先ほどのダモクレスの斉射に、彼女は憎悪のようなものを感じ取ったのである。
「そんなに人間が憎いかよ!」
 ステインのーー彼女と重なる御業の視線が、真っ直ぐダモクレスを見据えた。
 解放された魔力は炎の弾丸となり、ダモクレスを貫いた。着弾部分の機体が溶解、文字通り風穴が空く。
 が、それでもそれは関係ないとばかり、広範囲を薙ぎ払うようにダモクレスは釘をばらまいた。鋭利な嵐がケルベロス達に襲い掛かる。
「くっ」
 激痛に耐え、依鈴はしかし回復よりも攻撃すべきと判断した。冷静な彼女ならではの判断である。
 攻撃特化の敵は防御力や耐久力が低い。ここは一気呵成に攻撃すべきであった。
「スライムよ、敵を取り込み、丸呑みにしてしまいなさい!」
 瞬間、依鈴の手から黒い粘塊がとんだ。
 それは変幻自在のスライスであった。空で巨大な顎門と化し、ダモクレスを飲み込む。
「まだです!」
 二重の戒め。そのために紅葉は美貌をさらす。メイが卓越した思考からもたらされる視線を武器とするように、紅葉は類い希な美貌を武器とすることができるのだ。
 何かがダモクレスの足をとめた。その隙をついて蓮が馳せた。弾幕のない今が接近の好機である。がーー。
 ガトリングガンの砲口が蓮を捉えた。まだ動くことができたのである。
 ガトリングガンが火を噴いた。あらゆるものを粉砕する奔流は、しかしむなしく流れ過ぎている。蓮の姿は空にあった。
 奔流とほぼ平行に飛翔。一気に間合いをつめた蓮の腰から銀光が迸り出た。
 玉環国盛と弾正大疏元清。二振りの喰霊刀を一閃させ、地に降り立った時、すでに蓮は刀を鞘におさめている。
「ああ…忌々しい」
 地の底から響くような嘆声が流れた。蓮の斬撃の衝撃にフリーズしたダモクレスの目は、するすると歩み寄ってくる男の姿をとらえている。
 コクマだ。振り上げたスルードゲルミルは地獄の業火をまとい、数倍の大きさに膨れ上がっている。
「我が憤怒…嘆き…慟哭。せめて怒りのまま刃を振るえば晴れるのか? 叫び慟哭すれば晴れるのか?」
 知らぬ、判らぬ。呪詛のように独語しつつ、コクマはダモクレスの前に立った。
「我が賢者としての叡知を以てしても判らぬ。ならば…検証あるのみだ。我が怒りが全てを焼き尽くして尚我が慟哭は晴れるのか」
 再起動完了。ダモクレスのガトリングガンが動きーー。
 コクマが炎刃を薙ぎ下ろし、紅蓮の亀裂が空に刻まれた。


 業火が辺りを舐め、廃棄家電の山を蒸発させつつある。それは葬送の炎を思わせた。
「……すごいじゃねえか。何にもなくなって清掃の必要がなくなったぜ」
「でも、泣いてるみたいなのだ」
 歩み寄ると、うなだれるようにして佇むコクマの顔を蓮は覗き込んだ。確かにコクマの頬を一筋の涙が流れ落ちている。
「悲しいものだ。思うまま全てを焼き尽くして尚晴れぬか」
「とか、いってるのだ」
 報告する蓮。その頭をなでてやると、依鈴は苦笑した。
「放っておいてあげて。大人には色々事情があるのよ」

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月3日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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