冬の女王

作者:四季乃

●Accident
 しんしんと降り積もる雪が世界の色を奪っていく。
 彩りなき真白の雪景色のただ中にあるのは、寒牡丹の園。山裾に建てられた古寺の裏手から伸びる竹林の小路を歩いてしばし。ぽっかりと開けた場所にその花は咲いていた。
「寒牡丹と冬牡丹は別物なんですよ」
 薄いフレームのべっ甲眼鏡をかけた男性が、傍らでお尻を高く突き上げて欠伸をする黒猫に向かってそんな風に話しかけていた。けれど猫は我関せずと言った風に、前足でくしくし顔を撫でている。
「なんて、お前に言っても分かりませんよね」
 小さく笑った男性は、厚みを増していく雪の気配を振り仰ぐと、ゆっくりと立ち上がる。そろそろ戻った方がよさそうだ。寒牡丹は寒さに強いので、きっと大丈夫だろう。
「さぁ帰りますよ。それにしてもお前は本当に変わっていますね。こんなに雪が積もっているのに、へっちゃらなんですから」
 にゃぁおんと、胸を張るような鳴き方に目じりを下げた男性は、ふと耳が痛いくらいの静けさの中で、覚えのない歌声が聞こえた気がして、歩みを止めた。矢庭に、ふっと大きな黒い影が己に落ちて――。

●Caution
「春咲きの品種を冬に咲かせるのが冬牡丹。冬に花が咲くのが寒牡丹。分かりやすく言えば、こんな感じでしょうか」
 牡丹の詳細が記された書籍を開いてみせ、ケルベロスたちに向かって広げているセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の言葉に「なるほど」と頷きが返ってくる。
「春と勘違いして咲いた冬牡丹は青々とした葉が茂っているけど、寒牡丹は葉が殆どないそうだよ」
 セリカの隣で補足した藍染・夜(蒼風聲・e20064)は、夜天に星が瞬くような青みがかった銀の色をした瞳を細めてやさしく笑った。
「雪の季節になると、よく見る光景だよね」
 夜がトントン、と人差し指で指し示したのは、笠をかぶった牡丹の花。今回の現場でも、雪よけの菰の中で花を咲かせているという。その寒牡丹の園は寺が所有しており、縁者の男性が管理しているそうだ。あまり雪が深いと足元が悪くなるため竹林の小路を閉じるそうだが、今回たまたまその日であったという。
「かえってそれが、良かったのかもしれないね」

 ある区画の寒牡丹を一絡げにして攻性植物化した影響か、敵は一本の木のように巨大化しているそうだ。頭には雪よけの菰を被っており、たっぷりとした花びらを舞わせた範囲攻撃や、雪の光を吸収して撃ち出す光線などといった攻撃手段を用いてくる。そして落ちた花が独立して噛み付いてきたりといった攻撃もあるようなので、注意してほしい。
 そして、もしこれを通常通りに倒した場合、内に取り込まれてしまった男性も共に命を落としてしまうことになるだろう。
「ですが、敵にヒールを掛けながら戦うことで、救出できる可能性が出てくるんです」
「救出するなら、ヒール不能ダメージを少しずつ蓄積させていく必要があるね。粘り強く攻性植物を攻撃していくことになるから――ね? 園が閉鎖されていてよかったでしょう?」
 避難させる一般人がいない分、ケルベロスは戦いに集中することができる。
 現場の寒牡丹の園は等間隔に花が咲いてはいるものの、竹林が拡がる東側一帯は休憩スペースとしてある程度の広さが設けられているため、こちらに誘導できれば花に被害が出ることはないだろう。障害といってもガーデンベンチやサイドテーブルがある程度なので、ケルベロスたちならば問題はない。ただ、積雪はおおよそ十センチほどあるのを念頭に置いてほしい。
「寄生されてしまった男性を救うのは大変なことと思いますが……可能でしたら、救出をお願いいたします」
「人を救う漢方の材料になる花が命を奪ってしまうのは、忍びないよね……皆、どうかよろしく頼むよ」
 セリカと夜は揃って低頭した。


参加者
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)
落内・眠堂(指切り・e01178)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
ティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)

■リプレイ


 牙を剥き、毛を逆立てて威嚇する。
 凝る息吹を這わせて黒猫に一瞥を寄越した寒牡丹は、螺旋を描いて絡み合う枝のあちらこちらに真っ赤な花を咲かせてゆく。まるで蛹から蝶に変わるような、静謐と冷厳さが織りなす束の間。
 パッと空に向けて、深紅の花びらが散らばった。はらはら、ひらり。黒猫の琥珀の瞳に写り込む。真白に漂白された雪景色に、主が愛した、主を喰らった忌まわしき花が舞う。
 シャーッ。
 矮小な獣が雪面を蹴り、飛び掛からんとした、そのとき。
「銀天剣、イリス・フルーリア―――参ります!」
 流れる星の瞬きに結晶の煌めきを重ねて引き連れた蹴りが寒牡丹の舞を掻き消した。背面から貫かれた寒牡丹が弓なりに仰け反ると、瞼の裏を灼く烈々たる光が、追い打ちをかける。
 白翼を羽搏かせて着地したイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)のその後方。
「雪の白の中で鮮やかに咲き誇る冬の女王。無粋な攻性植物の影響さえなければ美しい光景だったでしょうに……」
 被弾を確認し、ドラゴニックハンマー・Keresをおろしたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)が雪景色の園に視線を巡らせ、独語のような呟きを漏らしていた。その言の葉に唯一気が付いた傍らのアルベルトだったが、しかし敵の動きを封じる一手を放つ。
 金縛りに身を竦めた寒牡丹。その隙に、黒猫に駆け寄った隠・キカ(輝る翳・e03014)が行く手を阻む。
「仁はきぃ達が助けるよ。ここから少し、はなれてね」
「ねこさんにはお寺の方へ、一旦逃げてもらおう」
 寒牡丹から距離を稼ぐように、そして目標のポイントに移動させるように。スパイクを打ち込んだ蹄鉄の足さばきで蹴りを炸裂させ、俊敏かつ流麗に身を翻すはティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)だった。
 あっちだよ、と竹林の小路を指差すキカとティフたちを背に庇うように立ち塞がった落内・眠堂(指切り・e01178)が、敵の態勢が整うより早くサイコフォースを解き放つ。
「女王、なんて呼ばれるのも納得の花だが、それなら尚更、ひとの命を奪わせるわけにはいかねえな」
 雪を巻き上げた爆風に背を押されるような形で、黒猫が駆け出していく。ねーさんから齎される清浄なる風越しに、時おり後ろを振り返る琥珀の眼差しに気が付いて、魔法の木の葉を纏っていたトレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)は、ふと睫毛を伏せた。
 途端。
 ぶわり、と空気中に広がったのは静やかなる殺気。毛の一本一本に伝搬する気配に、ピンッと尻尾を立ててその場に飛び上がったちいさき獣は、今度こそ戦場から逃げだして行った。
「……気高さも過ぎると高慢に感じてくるな。幾度嬲られようともその者の命運を未来に繋げる為、傅く訳にはいかない」
 ゆるりと瞼を持ち上げる。天に覆いかぶさるように屹立する攻性植物を前にして、トレイシスは避雷針をやおら構えてみせた。その傍らで、友達の攻性植物・irisに黄金の果実を宿らせるキカ。
「まっしろい雪の中で咲くまっかな花。つよくてこわくて、きれいな女王様」
 眼前には、広範囲に放たれる花の吹雪。
「でも、ごめんね。あなたのことを大切にしてくれた人を、きぃ達は助けたいの」
 その枝葉が揺れれば、指揮のごとき仕草が舞を起こす。irisの聖なる光を浴びながら、咄嗟に右から割って入るように前に飛び出した小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)が、自身を含めた前衛に黒鎖の魔法陣を展開して衝撃に備えると、左から身を滑り込ませたクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が、ゼログラビトンを射出。
「随分慌てん坊なんだね、女王様。ちょっと横暴が過ぎるんじゃないかな。その人は返して貰うよ――たとえ力ずくでも、ね」
 花びらの舞を掻い潜るエネルギー光弾は、敵の下肢を大きく抉り取って雪中に掻き消えた。自重を支えきれず、よろけた寒牡丹を見て、ティフは魔法を紡ぎ始める。
「くもる昨日も、雨ふる今日も、明日の晴れ空見上げたら。こころの虹を空に架け、はるかふもとへ疾くと駆け」
 両手を広げると、ちいさな魔法の雲が雨を降らせ、虹を架ける。その七色の輝きに照らし出された寒牡丹の下肢が、ゆるゆるとした動きで再生する。身の支えに気が付き「あら?」とでも言うかのように足元を覗き込む。
 微かに垂れた頭が、翳りを生んだ。その刹那を見逃さなかったアウレリアは、重心を前に意識した身のこなしで雪を蹴ると、宙を翻る蹴りを見舞った。乾いた音が園に響き渡る。およそ頭部と思しき箇所を蹴られ、バランスを崩した寒牡丹が、菰の隙間からこちらを睨んだ――そんな気がした石火のこと。
 周囲に降り積もった雪から跳ね返る光が、一筋に集束したのが分かった。後退するアウレリアをフォローするべく、アルベルトがベンチを振り被って隙を作ると、光線は物体ごと貫通しビハインドを撃ち抜いた。
 幽かな吐息を漏らしたアルベルトであったが、寸前に齎されたトレイシスのサークリットチェインが守護の働きをしてくれたおかげで、致命傷には至らずに済んだようだった。
(「救出を絶対に果たす、……これは己への鼓舞」)
 皆がそれぞれの役割に集中出来るよう、後方支援に努めるトレイシスの動きに無駄はない。
 その一方。
 眠堂は大きく踏み込むと、およそ顎下を突き上げるような形で螺旋を籠めた掌を跳ね上げた。内部から強い衝撃を生んだ一撃により、破裂した枝葉や花が雪上に散る。
 皮肉なくらい美しい光景に黒瞳を眇める。衝撃でふわり、風に乗った袂が己の視界を遮った――そのとき。
 皮膚の上を、冷たい風が奔った気がした。
 零れ落ちた吐息に鉄の匂いが交じる。眇めたままの視界に映る深紅は、花びらであり、鮮血でもあった。頸ごと落ちた花が牙を立てて肉を喰らっている。骨に凍みるような寒さの中で僅かに生まれた熱。振り払うと、落ちた花は瞬く間に枯れて砕け散った。
「雪中で咲く寒牡丹は綺麗で華やかで、私も好きなお花ですが……。中に人が取り込まれてしまっては躊躇していられません!」
 痛ましげに表情を曇らせて一連の流れを見ていたイリスは、しかし尚のこと敵を倒さねばならないという決意を抱いた。装備した縛霊手から霊力を帯びた紙兵を散布すると、それを傷を受けた眠堂を始めとした前衛たちの守護とする。
「負けないで! きぃ達が絶対あなたを助けるから」
 未だ見えぬ被害者――仁に向けて懸命に呼び掛けながら、キカは味方の防御を厚くする。イリスとティフの二人の躯体を眩い光が包み込んでいく。七つの彩灯す釣鐘の花々の友達が、惑わせる女王の舞から、みんなを守る。
「今のところ、異変は見られないけれど……」
 敵をつぶさに観察していた涼香は、伸びてきた枝を猟犬縛鎖で絡め取り、根元から引き千切る。落ちた花のひとつひとつが飛び掛かってこないか注視しながら、一度ねーさんの方を見やった。彼女たちはその一瞬の視線の交わりで疎通をはかると、ねーさんが後衛に居る味方へ風を起こす。
(「……さすがは女王様だね。菰の冠がよく似合ってる」)
 邪を祓う清らかな風が吹き抜けるなか、クラリスはCosmosのスイッチに親指をかける。元ウィッチドクターとしては漢方の材料になる花は親しみ深い。攻性植物でさえなければ、その気高い姿をずっと見ていたかったけれど。
「ちょっと痛いと思う……でも、我慢できるよね、女王様?」
 瞬間。
 寒牡丹の背面に張り付けていた不可視の爆弾が音を立てて破裂した。衝撃でぐらぐらと揺れる。しかし寒牡丹は、揺れる軌道のままその場で一回転、夥しい数の花びらを振りまいたのだ。だが、敵のヒールに取り掛かっていたティフが「あ」と小さく声を漏らしたのは、そのせいではない。
 銀色の瞳を真ん丸とさせて、ある一点を見つめている。
「い、いましたよ!」
 ぴょんぴょんと後ろ足を蹴り上げて飛び跳ねるティフが指差すところ。それはおよそ人体でいう心臓がある箇所。大事なものを奥底に隠すように。肢体を絡め取られた人の姿をしたものが、蠢く枝葉と花の隙間から見え隠れする。一瞬だけ見えた青白い面は、確かに成人男性のものだった。かさついた唇が、幽かに吐息するのが分かり、ケルベロスたちの間に安堵が広がった。
「良かった……!」
 姿を確認すれば一つの懸念が払拭される。狙いも定めやすくなった。
 動いたのは涼香だった。彼女が古代語の詠唱と共に魔法の光線を下肢に向けて撃ち出すと、アウレリアのクイックドロウがもう片方を撃ち抜いた。まるで達磨落としのように、ストンッと地面に一段低く落ちた寒牡丹がきょとんとしている。
「冬の寒さの中で凛然と咲く花も温もりが欲しくなってしまったのかもしれないけれど……その方を差し上げるわけにはいかないの」
 アウレリアの言にハッと我に返った寒牡丹が、菰の内側に光を集束し始めた。すかさず前に出たクラリスが盾となると――。
「光よ、皆を護る盾となれ」
 聞こえたのはトレイシスの言葉。落ち着いたその声音によって紡がれるのは光の加護。クラリスが攻撃を受ける瞬間に盾として発動したそれは、日暈のような光輪が一瞬の煌めきを放ちながら展開する護りの技である。
 胸の内で安堵を漏らし、それから真っ直ぐと敵を見上げたクラリスから、吐息に似た歌声が零れ落ちる。
「ひとつ、ふたつ。繋いで、結んで」
 歌声は傷に優しく、優しく触れる。指先から生まれるのは小さな光たち。まるで星座を描くように、輝く線はたちまち寒牡丹の傷口を縫合していく星空の裁縫師。ヒールを得た寒牡丹は一瞬、身じろぎしたが、しかし眼前の敵に攻撃するほうを優先したらしい。
 短くなった”腕”を目いっぱい広げて、天上から深紅を降り注ぐ舞に合わせ、くるくる踊る。落ちた花が首だけになった獣のように雪上を這い、飛び掛かり、光は乱反射する。
「我が御神の遣わせ給う徒よ。こなたの命に姿を示し、汝が猛々しき鼓吹を授け給え」
 護符を引き抜いた眠堂が中天に掲げると、盛りの花散らすが如き、あかしまなる嵐が吹き荒れる。
「急ぎ来れ――”颶風狂瀾”!」
 奏されし詞に喚ばるるは荒魂の真なる髄、護符のましろを彩るは覡に縁りて至らしむる”奇蹟”を兆す壁雲。護符から呼び出した颶風招来に飲み込まれた寒牡丹から、まるで悲鳴のような風を裂く音がする。
「牡丹も猫も、仁と一緒に生きたいんだよ。苦しいけど、もう少しだけがんばって」
 キカが玩具のロボ・キキをぎゅうっと抱きしめると、樂園硝失が発動した。それは過去の幸せな出来事を思い出させ、共有することで、優しい記憶が傷と痛みをなかば強制的に癒すグラビティ。もどらない樂園が、けれどいつまでも其処に在るあたたかさが、ねーさんの風を伴って前線で傷付いた涼香を癒していく。
 ピンク色の双眸を僅かに和らげた涼香は、味方の体力と敵の挙動を視認することで把握。アルベルトの金縛りで動きが鈍った瞬間を突くように撃ち込んだイリスの斉天截拳撃が、ひとつ、ふたつと寒牡丹のひと塊を払い飛ばしていく。
「上体が見えてきました!」
 喜色を含んだイリスの言葉に視線が集まる。払い除けた茂みから今にも零れ落ちそうな人体は、かろうじて脇が引っ掛かっているといったところで、寒牡丹が慌てて”手”を伸ばして受け止めようとする。そのひと塊をマルチプルミサイルの群集で薙ぎ払ったのはアウレリアであった。「あ」と誰からともなく言葉が落ちる。
 ずるり、と上半身が寒牡丹の内から零れ落ちたのだ。咄嗟に滑空して敵へと急接近したねーさんが、素早く前足を振り下ろし、そのひと塊を削ぎ落す。バツンッと小気味よい音を立てて地に落ちた枝がのたうち回るのを「わわわっ」と慌てて蹄で踏みつけたティフは、牙を剥きそうになった花が沈黙したのを見てホッと一息、胸を撫でおろす。
 そうしてキッと敵を見上げて、これが最後になるだろう予感を覚えながら、ちいさな両手をめいっぱい広げて魔法を紡ぐ。
「あした天気になあれ!」
 ゆめかわなユニコーン風六歳児による小さな魔法が、奇蹟を請願する外典の禁歌に折り重なる。クラリスからなる悠久のメイズは、寒牡丹を呪縛し、アルベルトのポルターガイストの直撃を手助けした。
「おやすみの、時間だよ!」
 ツルクサの茂みの如き蔓触手形態に変形したirisが、キカの言葉ともに女王に飛び掛かる。下肢からぐるりと頭部に至るまで絡みつき締め上げる苦しみに、葉擦れの音が絶え間ない。
「一気にいくんだ」
 最後の一瞬まで決して気は緩めない。明らかに衰弱した様子を目に止めたトレイシスが声を張り上げると、前に出た眠堂と涼香が禁縄禁縛呪と猟犬縛鎖にて挟撃を仕掛け、敵を封じ込める。
 イリスは縛霊手の掌から、敵群を滅ぼす巨大光弾を発射。衝撃で躯体が倒れ込みそうになるのを、グッと押さえ、胎に大きな風穴を作る。ぐらり、芯を喪った寒牡丹は、そのまま崩壊し雪上に崩れ落ちた。
 真白な世界に、赤が散る。
 ひとひら、ふたひら。
 凪いだ空気に触れて音もなく。崩れた花が、吐息の熱でとろけるように霞んでいく。


「心配かけましたねぇ」
 のんびりとした仁の言葉に、黒猫はツーンとそっぽを向いている。
 攻性植物の撃破を見届けて暫し。緊張の糸が途切れるなり寒牡丹の園に一目散に飛び込んで来た黒猫は、ヒールを受ける仁を見つけるなりその腹に頭突きをかましてみせた。なるべく手作業で片付けをしていたケルベロスたちは、びっくりして皆一様に固まった。のちに、ふんわりととろけるような柔らかさで笑みを零す。
「よく耐えたな。牡丹と……猫も無事だ」
 やさしげな笑みを向けるトレイシスに深く頭を下げた仁にならってか、黒猫がゆっくりと瞬きする。クラリスはそんな微笑ましい光景に眦を下げていた。
「びっくりさせてごめんね」
 躊躇いがちに指先を伸ばすと、黒猫は耳を伏せて頸を伸ばした。撫でても良いらしい。
「ぶじに再会できて良かったですねぇ」
 にこにこと嬉しそうに破顔するティフに、イリスとキカがうんうんと頷いている。そうして、キカは辺り一面に広がる寒牡丹を振り返り、良く見えるように胸元にキキを抱き上げる。
「雪の世界に春が来るまで、寒牡丹は咲いてるんだね」
 眠堂の肩口に乗り上げた円らな瞳のオコジョが、キカを見て、それから園を見る。興味があるのか真冬の景色に乗り出していきそうだ。
 園を散策するアウレリアとアルベルトが、顔を寄せ合ってちいさく笑うのが見えた。涼香とねーさんも菰を被った寒牡丹の前にしゃがみ込んで、何やら楽しそう。今だけの景色を忘れまいとしているようにも見えて、余計に真白の世界が眩しく見える。
 植物にも興味は深い、しかしどうにも――。
「寒いなぁ」
 雪景色のただ中は、ひたすらに寒いのだった。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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