ダンテの誕生日~おたからがたり

作者:猫目みなも

「突然っすけど、皆さんのお宝について聞いてみたいっす」
 本当に突然だが、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はある日そんなことを口にした。
「いやほら、自分、実は意外と皆さんのことをまだ知らないんじゃ? ってこないだ急に思いまして。で、『大事にしてる宝物』って、けっこうその人が出るじゃないっすか」
 毎日全国各地へケルベロスを送り出し、或いはたまにお祭りで一緒になって美味しい物を食べたりゲームをしたり謎の地下アジトに籠城したりはするけれど、案外そういう部分について深く聞いたことはなかったなー、ということにダンテははたと気付いてしまったらしい。で、それならいっそ誕生日プレゼントとしてそのへんの話をお願いしてしまえばいいのでは? という発想の末、先の発言に至ったようだ。
「というわけで、皆さんのお宝自慢を聞かせてもらえないっすかね」
 愛用の武装に趣味のアイテム、布教したい品に形のない思い出話などなど、『お宝』の種類は問わない。むしろ『それはお宝なのか……?』なんてものでも、何故それが自分にとっての宝たりうるものなのかを熱く語れば、きっとこのヘリオライダーは喜ぶだろう。
「ただお話聞かせてもらうだけっていうのもアレなんで、軽食くらいは自分が作っておきますし、飲み物も色々用意しとくっすよ。食べたいものがあったらリクエストしてくださいっす!」


■リプレイ

●証すもの
 ケルベロスのお宝自慢が聞きたい。そんなダンテの望みを受けて、ローゼスは実は、と話を切り出した。
「一度失くしてしまったものがありまして」
「それは、戦いとかで……?」
「いえ、竜十字島調査の前後で、装備品を整理していた折に失くしてしまいましてね。前にある戦いの思い出として手に入れたオルゴールだったのですが」
 可憐な音色に合わせて人形が踊るさまを思い返すように瞑目し、ひとつ息をついて、ローゼスは両手でお茶のカップを包む。
「代わりに厄を受けてくれたと、そう思うことにしているのですけれどね」
 心に残った戦いを忘れぬようにと手元に置いていた品も、ふとした拍子になくなってしまうことがある。かつてアスガルドの騎士として永遠の命を持っていた者のひとりだからこそ、そう呟くローゼスの声音は重い。
「……だからその、今はそのオルゴールを?」
 言ってダンテが目を向けるのは、机上に置かれたオルゴール。話に出したそれとは幾分デザインの異なるそれに同じく視線をやり、ええ、と頷きを返して、ローゼスはオルゴールの螺子を回した。

●想うもの
「このぬいぐるみ……年季が入ってるけど、すっごく大事にされてそうっすね。誰かの手作りなんすか?」
「はい。母が作ってくれたのです」
 お茶のお供にと差し入れたケーキのお礼に続けてそう興味深げに問うてくるダンテに、バラフィールは回想するようにゆっくりと頷く。あまり外に出られることのなかった幼い日、『ともだち』としてやってきた彼女は、ボタンの目でじっとヘリオライダーの青年を見ていた。その頬に指先を伸ばし、慈しむようにひと撫でして、バラフィールは更に言葉を続ける。
「……郷里が滅んだ際、何故かわかりませんが、これだけは綺麗なまま残っていたのです」
「……」
 微かに息を呑むような気配だけを残し、ダンテが唇を閉ざすのが分かる。覚醒に際して(もしくはそれ以前に)故郷を失ったというケルベロスは決して少なくない。けれど彼女の大事な『ともだち』だけがその滅びを免れたというのは、或いは――。そんな推測をさりげなく流すように、バラフィールは紅茶に口を付け、次いでぬいぐるみを両手で目の高さまで抱き上げた。ヒールを掛けることなく何度も縫い直してきた糸の跡が、指に温かい。その傍らで、黒いウイングキャットのカッツェがにゃあとひとつ鳴き声を上げ、額をバラフィールへと摺り寄せた。

●繋ぐもの
 おたから、おたから、と繰り返し呟き、環は手の甲で鼻の頭を擦る。
「それならこの時間がかけがえのない宝物になるように、うんとお話しちゃいますねー」
「願ったり叶ったりっす!!」
 瞳を輝かせて食いついてくるダンテの様子に、蔦屋敷の誰からともなく笑いが零れる。軽口混じりに彼の誕生日を祝福しつつ、アンセルムは懐から精緻な細工の時計を取り出してみせた。
「ボクの宝物はこれ。親友からの誕生日プレゼントなんだ」
 照明にかざすと、蔓と花を象る銀の上蓋がきらきらと輝く。その光をいっぱいに捕まえた藍色の瞳も、また。まるでその煌きを逃すまいとするかのように目を細めながら、アンセルムはその贈り主である親友に初めて誕生日の贈り物をした時のことを思い返す。あの時自分の方から贈った品も、細工の形は違えど同じ銀の懐中時計だった。
「こんな素敵なお返しが来るなんて思ってなかったよ。……嬉しかったなあ」
「お揃いみたいで、ですか?」
 切り分けられたケーキにフォークを入れながらエルムが問えば、そうそう、とアンセルムは深く頷く。
「ケルベロスになってから、こういうのって初めてだったし」
「素敵なサプライズですねー……あ、じゃあ私の貰った誕生日プレゼントも自慢しちゃいます!」
 そう言って環が鞄から取り出した品を前に、男ふたりが同時に瞬いた。何故ならそれは、彼らにとってもしっかり見覚えのある品だから。まずは、と愛らしい彩りの簪を掲げ持ち、環はふふんと胸を張ってみせる。
「これ、エルムさんから誕生日に貰ったんですけどね」
「この、蜻蛉玉のとこに彫られてる模様……百合の花と、月っすか? 綺麗な細工っすねえ」
「そう、そうでしょう!? これ、私の誕生日の花個紋なんですよ!」
 少し前にエルムの誕生日の紋が彫られた贈り物をしたことを彼は見事に覚えていて、そうしてこんなお返しをくれたのだと熱弁すれば、すぐ傍にいる当人は照れたように耳元にかかる髪へと手をやって。
「そこまで喜んでいただけると、僕としても嬉しいですよ。……もうひとつのお話も、話してあげてくださいよ」
「勿論です! こっちの匂い袋はアンちゃんからのプレゼントで……アンちゃんってば何気に女子力高いですよねえ」
「いやいや」
 こういうの見つけるのすっごい上手なんですから、と視線を向けられ、アンセルムは紅茶の湯気越しに謙遜してみせる。続きを促すように掌を向ければ、ぐっと環は頷きを見せた。ほのかに甘い匂いの溶け出した空気を深く吸い込んで、彼女は心からの言葉を述べた。
「私、この匂い好きなんですよ。守られてるみたいで、任務とかでもふとしたとき安心できて」
 そうして、環はエルムの方へとバトンを投げる。
「さ、私たちは宝物を見せましたよ! エルムさんもどうぞですよー」
「ふふ、それでは僕も……おふたりから貰ったものの話をしましょうか」
「おっ」
 流れに、誰からともなく目が輝く。けれど、ハードルが上がったなどとは誰も言わない。ただ楽しげな視線に促されるまま、エルムは同席するふたりから受け取った贈り物のことを語り始める。
「アンセルムからはファミリアロッド、環さんからは手袋を貰ったんです」
 ロッドの擬態を解けばたちまちおしゃまな雪色の小鳥に変じるファミリアは、今ではすっかりエルムの大事な相棒だ。甘いものを共に楽しむ時は勿論、戦闘の時だっていつでも一緒だ。そして、『手を大事にしろ』との言葉と一緒に贈られた手袋はまるで雪のようにふわふわで、けれどその手触りはどこまでも温かくて。あまりモノを持たないようにしていた自分でも沢山宝物が増えたのは、ふたりのお陰――そんな風にエルムが笑えば、話に聞き入っていたダンテもしみじみと頷いた。
「……仲間って、いいもんっすねえ」

●紡ぐもの
「大切な物は幾つかあるよ。譲り受けた小さな石だとか、日本に来て嵌った漫画も……おっと」
 うっかり内緒の情報を零し、ウリルは自らの唇の前に人差し指を立てて笑う。もっともその漫画たちはいつの間にか棚の中で並び変わっていたのだから、きっと隣の彼女にもとっくにバレていた秘密なのだろうけれど。囁き交わすようにリュシエンヌと一度目を合わせ、ウリルはゆっくりと愛おしげに頷く。
「でも……やっぱり一番の宝は、彼女かな」
「……ルルのいちばんのおたからも、そうですよ」
 どんな豪華な宝石箱にも閉じ込められない、鍵をかけてしまっておくこともできない、世界に唯一の大切な存在。そんな夫の腕に自らの腕を絡めて、リュシエンヌは幸福そうに眼を閉じる。絡められた腕はそのままに、もう片方の手でも彼女の腕に触れ、ウリルもまた、想い出をなぞるように瞼を下ろした。
「ルルが居なければ、きっと俺はもうここには居なかっただろうから」
 ――だから、彼女はまさしく、ウリルにとっては光そのものなのだ。まっすぐに告げられた言葉に頬を染め、リュシエンヌもそっと指先に力を込めて。
「ルルの旦那さまは……宇宙でいちばんカッコよくって、いちばん優しくて、いちばん頼りになって……」
 うんうん、と幸せそうな語りに余計な言葉を差し挟むことなく頷きを重ねていたダンテが、ふとそこで瞬いた。
「あ」
「……? どうしました、ダンテさん?」
「いえあの、っすね。お二人がお互いのこと、凄く大事にしてて素敵だなーって思ってたんすけど」
 すっ、とダンテが視線をずらして示した先を、リュシエンヌも追いかけて振り返る。そこにはすっかり自分を蚊帳の外と思い込んだのか、しゅんとしょげ返った表情で尻尾を舐めるムスターシュの姿があった。慌ててふかふかの相棒を抱え寄せ、リュシエンヌはその耳元に唇を寄せる。
「そ……そんなしょんぼりしないで? ムスターシュだって、ルルの大切な宝物よ?」
 本当かと言わんばかりに見上げてくるウイングキャットにひとつ頷きを見せれば、ウリルも妻に同調して身体を寄せる。
「ルルもムスターシュも大切な俺の家族だ」
「ええ、勿論。……とっときのおたから、ふたつでもいいですか?」
「そりゃもう、っす! お宝がいっぱいあるのって、幸せなことっすから!」
 ぐっと親指を立ててみせ、そうしてダンテは『お茶のお代わり出しますんで!』と元気よく立ち上がる。その背を見送りながら、夫婦はウイングキャットを挟んでそっと互いの体温に頬を寄せた。

●続くもの
「ティアンのたからもの。貰い物はどれもそう」
「はは、同じだ。友達から貰ったものはどれもだな」
 顔を見合わせ、どちらから話すかとしばし出方を探り合った後、先に動いたのはティアンだった。隣に座る眠堂の顔に一度ちらりと視線をやって、たとえばこれだ、とティアンは掌の上に美しい髪飾りを乗せてみせた。紫の苧環と水引で彩られた髪飾りには、なるほど贈り主の姿がどことなく透けるようにも見える。
「実を言うとティアン、あまり髪を結うのは自分ではできなかったんだが。これとか、他の人にもらった髪飾りとか、どうしてもつけてみたくて……今では簡単なのを付けるくらいならできるようになった」
 えへんと胸を張ってみせれば、隣で眠堂が頬を緩める気配がした。そちらを振り返り、何故と問うように首を傾げてみせれば、眠堂はいやいやと片手を春風のように振って。
「その髪飾りを選んだのは間違いなかったらしい。よく似合ってて可愛いし、そんな風に使ってもらえて嬉しいぜ」
 お前は髪が長いから、色んな付け方や結い方ができそうだ――そんな風に続ければ、もっと色々覚えたいものだと灰色の瞳に光が揺らいだ。そんな彼女の表情にもう一度笑って、眠堂は自らの記憶を追うように視線を宙へと動かした。
「ティアンはいつか梅の枝を贈ってくれたよな」
「梅の枝。……なんかこう、風流っすね!」
「な。これが現物なんだが」
 ダンテの感想にそう答えながら眠堂が出した枝には、柔らかな蕾がいくつも付いていた。今にも綻び始めそうな花弁に視線を縫い留めたまま、彼は楽しげに言葉を続ける。
「いつもは花瓶に挿して飾ってるけど、これが見せたくてさ。咲いたらまた見せるよ」
「咲きそうなのか、楽しみだ。もうすぐ花の季節だな」
 頷き、ティアンはゆるりと窓の外に視線を移す。あいにくの曇り空だが、その下に伸びる木々の枝はどこまでもしなやかで艶やかだ。そう遠くないであろう芽吹きを夢見るように目を閉じて、少女は細い指で自身の髪を梳く。
「ティアンの髪飾りは、縁が紡げるようにって、もらったものだ。この通り、眠堂とも、ダンテとも、いろんな人と縁を繋げられて、ティアンはうれしい」
 咲き零れるような言葉に、眠堂はしばしの間唇を閉ざしていた。ややあって一口お茶を啜り、彼は深々と頷き、返すように呟く。
「……幸せなこと、だな」
 込めた願いが果たされることも、時が巡るたびに花が咲くことも。終わらぬ縁に、まだ見ぬ未来に、想いを馳せるように息をつけば、枝先の蕾が微かに震えた。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月5日
難度:易しい
参加:9人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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