魔導神殿改造作戦~獅子宮の節分祭

作者:坂本ピエロギ

「皆さん。節分イベントの話題は、もうお聞きですか?」
 赤鬼のかわいい仮面を手にしたフリージアが、弾んだ声で告げた。
 節分のイベントとは、いったい何の話だろう?
 ケルベロスの数人が、そう首を傾げるのを見て、フリージアは事のあらましを説明する。
「実は今年の節分は、全世界で行われるのです」
 その名も『SETUBUN』――ケルベロスが地球に平和を取り戻す願いを込めて、世界で同時に開催される予定なのだ。
 近年のケルベロスの活躍、そして東京で行われた大運動会。それらの影響もあって、日本の文化は広く海外に知られるようになった。そこで今回、デウスエクスの撃破と地球の平和への願いを込めて、節分を行おうとの機運が高まっているという。
 世界で同時に行われる季節の催し。
 それは即ち、世界規模で季節の魔力が集まってくるということだ。
「この膨大な魔力を、死神勢力などに奪われれば一大事になるかもしれません。それを阻止するためにも、私たちケルベロスの手で魔力を使い切る必要があります」
 そうしてフリージアは、本題を切り出した。
 節分で集めた魔力で、魔導神殿群ヴァルハラの再起動を行う――と。

「私たちが担当する神殿は、獅子宮フリズスキャルヴです」
 獅子宮は現在、東京地下のヴァルハラ大空洞に存在する。
 内部の広さは他の神殿と変わらず、外見もごく普通――いわゆる「神殿」という言葉で連想される一般的なものだ。かつて十二創神「狂戦士オーディン」が神託を得たとされるこの場所で、節分儀式を行うのが今回の依頼となる。
「儀式の内容は簡単です。神殿に現れた鬼さんに、お豆をぶつけて厄払いしましょう。鬼役は私とホゥさんが務めますが、飛び入り参加も大歓迎いたします」
「ここはひとつ、宮殿を走破するつもりで逃げ回ります! よろしくお願いしますね!」
 赤鬼の面を手に、ホゥ・グラップバーンが微笑んだ。
 イベントに使う諸々は、神殿に運び込んであるので、各自自由に使って構わない。
 豆まきの豆に、鬼用の衣装などなど。お腹が空いた人には恵方巻も用意されているので、遠慮せず齧りつこう。
 そうして儀式が完了すると、季節の魔法が集まってくる。
 皆の願いと季節の魔力、そのふたつを合わせて神殿を再起動できれば、依頼は成功だ。
 願いの内容次第では、ケルベロスの望みを叶える形で、神殿の改造も可能だという。
「神殿がどのような姿に生まれ変わるか、今からとても楽しみですね」
「皆さん、今日はよろしくお願いします!」
 鬼のお面を手に、ケルベロスに一礼するフリージアとホゥ。
 かくして、魔導神殿を舞台にした節分イベントは幕を開けるのだった。


■リプレイ

●一
 東京焦土地帯の地下に広がる巨大空間、ヴァルハラ大空洞。
 かつてアスガルド・ウォーの舞台となった魔導神殿のひとつで、いま世界を挙げての一大イベントである『SETUBUN』が執り行われようとしていた。
 舞台は獅子宮フリズスキャルヴ――石柱連なる巨大な神殿である。
「皆様、今回は――」
「よろしくお願いします!」
 かわいい鬼のお面をつけて、フリージアとホゥがぺこりと一礼する。
 その周囲には、虎柄の腰巻や装身具などで着飾った鬼役達。そして、鬼に豆を投げる役の者達も揃っている。いずれも支度を終えて、準備万端のようすだ。
「ではさっそく、始めるかの。……と、その前に」
 豆袋を手にした端境・括は、フリージアの傍にとてとて歩み寄り、
(「くたびれたら、交代できるからの?」)
(「有難うございます。その時は、お願いしますね」)
 括とオウガメタルのなまはげさんの心遣いに、フリージアが微笑みを返した。
 見れば鬼役も豆撒き役も、全員がやる気満々の様子だ。祭りが激しい熱気に包まれるのは間違いないだろう。世界中から魔力を集めるためにも、手を抜くことは許されない。
 そうして35名のケルベロス達が位置につくと、
「それでは――獅子宮のSETUBUN大会、開始です!」
 ムッカ・フェローチェの宣告と同時、割れんばかりの歓声が獅子宮を覆っていった。

●二
「鬼は外!」「福は内ーっ!」
 威勢よく響く声のなかを、鬼役のジェミ・フロートが疾駆する。
 赤いツインテールを揺らし、縦横無尽に疾駆。そんな彼女の行く手を塞ぐように降り注ぐのは雨霰のごとき豆の弾幕だ。早速の派手な歓迎を、女鬼のジェミは自慢の筋肉を駆使して華麗によけていく。
「さぁかかってらっしゃーい! この鍛え挙げた肉体を豆で撃ち抜けるかしらっ!」
 くっきり割れた腹筋を誇示しながら、不敵に笑う若き女鬼。
 その鍛えぬいた鉄壁の肉体は、多少の被弾などものともしない。
「思いきり楽しむわよ。フリージアさん達もよろしくね!」
「喜んで。負けませんよ、ジェミ様」
 降り注ぐ豆のなかを飛び跳ねながら、鬼たちが笑いさざめく。
 もっと沢山の豆を。もっと大量の魔力を。そんな声なき声を感じ取るように、豆袋に手を伸ばすケルベロスが、3名。
「ふふっ。黄金騎使の狙いから、逃げられると思わないことだね」
 ひとりはアンゼリカ・アーベントロートだ。
 たとえ盟友の間柄にあるジェミが相手でも、今この瞬間は真剣勝負。ここはひとつ狙撃の力を活かして、大いに祭りを盛り上げよう――鬼に負けず不敵な笑顔で、アンゼリカは豆を全力で投擲していく。
「始まったね。ヨハン、準備はいい?」
「ええ、クラリスさん。いつでも」
 残るふたりは、クラリス・レミントンとヨハン・バルトルト。
 こちらが狙い定めた相手はフリージアとホゥのようだ。クラリスなどはガンスリンガーの血が騒ぐのか、すっかり本気モードに入っている。ヨハンもまた、そんな彼女にお供せんとフリージアに鋭い視線を向けた。
(「神聖な儀式に遠慮は無粋というもの。いざ勝負です――」)
 そう思い、拳を握った直後である。
 パキッ――緊張のあまり力が入りすぎたか、ヨハンの豆は脆くも砕け散った。
「あ゛っ」
「割れちゃった? ほら、手出して。福豆分けてあげる」
 無骨な掌を包むように、クラリスはそっと手を差し伸べた。そうして渡された豆を手に、ヨハンは大きく深呼吸。この豆だけは絶対に砕くわけにはいかない。
「さ、行こう。頼りにしてるよヨハン」
「任せてください。もう大丈夫です」
 そして――。
「鬼は外ォ!」「福は内ー!」「いざ勝負ーっ!!」
 クラリス、ヨハン、そしてアンゼリカの福豆が一斉に襲い掛かった。
 息を合わせての強烈な豆弾幕。それを浴びたフリージアは声を弾ませ、鬼達へ告げる。
「鬼の皆様、急襲です!」
「任せなさい! このわたしが受け止めて見せるわ!」
 ジェミは防御へと転じると、豆を正面から防いでいく。
 そこへ迫るのは、アンゼリカの更なる猛攻だ。
「さあ行くよ――必殺、バレット豆まきストーム!」
「何のっ、まだまだーっ!」
 大立ち回りを演じるアンゼリカとジェミ。
 その後方で、負けじとマッスルポーズで福豆を受けるのは相馬・泰地だ。
 虎柄の腰巻に鬼用の付け角、上半身裸の鬼姿は、実に堂に入ったものである。
「ぬうん! この筋肉で、耐えてみせる!」
「尋常に勝負っす! 行くっすよー!」
「相手にとって不足なし、だな。もぐもぐ」
 そこへ豆を投げるは東堂・雹牙。隣の九条・カイムは、手にした豆の半分ほどをしっかり己が胃袋へ放り込んでいく。もっとも、食べる量はあくまで程々。何しろこの後には、本命の恵方巻も控えているのだから。
「追跡術の冴え、篤と御覧じよ!」
 いっぽう括は、機敏な足取りで神殿を駆けていた。
 その小柄な体に反し、福豆の制圧射撃の勢いはまさに圧巻の一言だ。速度とフェイントを活かした、嵐のごとき猛攻。そうして襲い来る豆に、鬼の面々も負けずに立ち回る。
「いざ、ふくはうちー! なのじゃー!」
「なるほど節分。これは去年の経験が活きそうですね」
 人馬形態をとったローゼス・シャンパーニュは、セントールの脚力を活かして神殿を駆け回っていた。普段は機動装甲に身を包む彼の出で立ちは、筋骨隆々たる上半身を晒した堂々たるもの。飛来する豆を槍で打ち返しながら、赤い風さながらに疾駆する。
「すっごい熱気……! 僕達も負けてられないね、清嗣さん」
「同感だよウォーレンくん。鬼役同士、ひとつ童心に返って楽しもうか」
 秦野・清嗣は白い翼で宙を舞いながら、ウォーレン・ホリィウッドに微笑んだ。
 頭には金色の二本角、身にまとうは白虎の毛皮。引き締まった肉体を露わにした正統派スタイルの鬼姿で、飛び交う豆の弾幕を掻い潜る。
「地上と空、二手に分かれるとしよう。僕と響銅は空から行くよ」
「了解、清嗣さん!」
 ケルベロスコートを悠然と翻らせてウォーレンが駆ける。床を転がり柱を蹴って、神殿の空間を自在に飛びながら。一方の清嗣はボクスドラゴンの響銅を連れて、変幻自在の軌道で宙を舞い続けた。
「お前は痛くないからいいねぇ、響銅。中で豆を食いすぎんように……おや?」
 もこもこの毛に入り込んだ豆をポリポリ齧る響銅。それを見て微笑む清嗣。
 そんな彼らの行く手に、小さな影が二つ――兎と犬鷲のファミリアだ。
「鬼さん発見、行きますよロールちゃん!」
「支援します雪菜殿。いざ、鬼は外と参りましょう」
 柱の陰から豆を撒くのは立花・雪菜、そしてレフィナード・ルナティーク。
 二人の阿吽の呼吸が織りなす豆の嵐が、容赦なく襲い掛かる。背後で二人を応援するのは雪菜の兎型ファミリア『ロールちゃん』だ。
「鬼は外!」「福は内ー!」
「うわっととと! 退散しよう、ウォーレンくん!」
「オーケー。逃げろー!」
 豆が飛び交い、鬼達が舞い踊る。
 獅子宮のSETUBUN祭りは、まだ始まったばかりだ。

●三
 熱気に満ちた神殿を、一騎の人馬が駆け抜ける。
 顔には赤鬼の面。背になびくは虎柄マフラー。【GoraQ】のシャムロック・ランだ。
「ふっふっふ、ここは自分の俊足を生かす時っす。全力で走り回るっすよ!」
 セントールの脚力に物を言わせ、神殿を駆ける。疾風のごとき速度は、四方から降り注ぐ福豆に当たることを許さない。
「流石シャムロック、走らせたら天下一品だな」
 立花・恵は深呼吸をひとつ、静かに精神を研ぎ澄ました。
 鬼の強みは機動力。ならば此方は、連携プレーでそれを封じるのだ。愛銃の装弾数と同じ数だけ福豆を手に取り、恵は仲間たちへ檄を飛ばす。
「節分の豆だって弾丸みたいなもんだ。なご、カロン、準備はいいか?」
「オッケーだよ。みんなで挟み撃ち、だね」
「任せて下さい。いつでも行けます!」
 天雨・なごとカロン・レインズが、福豆に満ちた掌を掲げて頷く。
 気心知れた旅団の仲間である、意思の疎通は淀みない。鬼への反撃はここからだ。
「兎だって早いんだからなー! 負けないぞー!」
「えい。えいえい。ぽりぽり」
 ミミックのフォーマルハウトを連れながら、豆を投げるカロン。
 それを回避するシャムロックの前方から、なごが機敏に豆を放つ。手にした何粒かが口へ向かうのは、ご愛敬というものだ。
「ぽりぽり。ぽりぽり。えいえい」
「なんのっ! まだまだ逃げるっすよ!」
 緩急をつけ、巧みに軌道を反らすシャムロック。
 そんな彼の周囲が小さな影で覆われたのは、まさにその時だった。オラトリオの翼で飛行する、イリス・フルーリアの奇襲である。
「ふふ、空を飛べる種族の特権です♪」
「げげっ、頭上に!?」
 慌てるシャムロックの行く手を、さらに二つの影がふさぐ。
 煉獄寺・カナと霧山・和希。ともに【GoraQ】の豆まきメンバーだ。
「お逃げになるのですね。でも逃がしませんよ!」
「僕も一応はガンスリンガー。当てさせてもらいます」
 そして――。
「狙うは最大スコア! 行くぜ皆、鬼は外だ-っ!!」
 恵の号令一下、
「おにはーそと、です!」
「福は内! あ、オウガメタルも内で」
 悠然と宙を舞うイリスと、ぽよぽよ跳ねるオウガメタルを従える和希。
「思い切りいきますよ!」
「えい、えい」
 左右から挟み込むように豆を投げるカロンとなご。
 そうして一斉に降り注ぐ福豆の嵐が、シャムロックめがけて降り注ぐ。
「ちょ、待っ、皆さん容赦がない!」
 四方八方から襲い来る豆に、俊足の鬼もたまらず悶える。
 多勢に無勢では些か不利か――その刹那、追撃を振り切ったシャムロックの視界に入ったのは、鬼の面を被った兎が一羽。動物変身を発動したダスティ・ルゥであった。
「丁度良かった! ダスティさん、助力を――」
 お面を着けているなら、きっと味方の筈。
 そんなシャムロックの期待を裏切るように、ダスティは無言で福豆を宙に放ると、後ろ足で勢いよく豆を蹴飛ばしてきた。
「痛っ! ちょ、ダスティさん!?」
「ん? ウサギ……ていうかダスティか。あいつも鬼なのかな?」
 追いついた恵は仲間とともに散開すると、やや手加減しつつ福豆をばら撒いていく。
 ぱらぱらとぶつかる豆に、たまらずのたうって降参を示すダスティ。どうやら鬼の衣装は物珍しさで着けただけらしい。そんな彼を、なごは優しく迎え入れると、
「ごめんねダスティ、勘違いしちゃった。一緒に鬼に豆を撒こう」
「こ、これは多勢に無勢っす!」
 駆けだすシャムロックを追うように、再び豆まきを再開するのだった。
 鬼は外、福は内。ケルベロスの大合唱が、獅子宮すべてに木霊する。
 時を同じくしてアンゼリカの豆を浴び続けたジェミが、派手なアクションで悶絶する。
「ぐわーっ! や、やられたー!」
「なんてこと! ナノナノ、出番なの!」
 それを見た鬼役のシルフィール・ハウンズは、お供のサーヴァントに鬼の服を着せた。
 囮を任せて、豆を避ける心積もりなのだ。
「さあナノナノ! シルフィの囮を立派に果たすの!」
 どう見てもシャーマンズゴーストのサーヴァントにそう告げる最中も、周囲からはお構いなしに豆が飛んで来る。視界を埋め尽くす滝のごとき猛連射であった。
「わわわ、逃げるのー!」
「それそれー! 逃がさないよー!」
 桜庭・果乃は小さな手に豆を握り、ぐるぐる回転させた腕から雨霰と豆を撒く。
 物量で命中を補う圧倒的な弾幕。それを筆頭に、他のケルベロスもいっそう激しい豆撒きを展開していく。軋峰・双吉はブラックスライムで柱の陰に隠れていたものの、スライムが豆を美味そうに貪り始めたせいで、ひときわ激しく豆を浴びている状態だ。
「ちょっ、待て待て待て! ああクソ、こういうイベントは勝手が分からないぜ」
 悪態をつきながら、落ちた豆を遮二無二投げ返す双吉。
 混沌と歓声に満ちた獅子宮の祭典は、こうして最高潮に達しようとしていた。

●四
「ふふっ。この豆鉄砲の威力をご覧に入れよう!」
 【GoldLore】の御手塚・秋子は爽やかな笑顔を浮かべながら、あらん限りの豆をばら撒き続けていた。その手に構えるのは特製の連射式豆鉄砲。拍手めいた軽快な音が鳴り響く中、大量の豆が噴水のように発射されていく。
 それを掻い潜るように走り回るのは、ヴィ・セルリアンブルーだ。
「……き、君も鬼にならないか!?」
 いよいよ逃げ切れぬと悟ったか、どこかで聞いたセリフで取引を申し出るヴィに、秋子は満面の笑みを浮かべながら、
「お断りします♪」
「そうですよねーわかりますー!」
 銃口から福豆が一斉に吐き出されようとした、その瞬間であった。
 ガチッ――濁った音を立てて不発を告げる連射式豆鉄砲に、秋子は思わず口を開ける。
「やば、ジャムった。……どの銃口?」
「チャンスだ、逃げろー!」
「あ、しまった! 待ちなさーい!」
 逃げ出すヴィを追いかけて、再び掃射が始まった。
 砕け、ぶつかり、大量の豆が乱舞する。最高潮へ突き進むSETUBUNの熱気。そんな中、リューデ・ロストワードはさらに祭りを盛り上げんと駆け回る――デフォルメされたサメの着ぐるみ姿で。
「このもふもふサメぐるみの絶対防御の前に、豆など無力……」
 神殿を駆ける巨大サメの姿は、否が応でも人目を引かずにはいられない。雪崩のように飛来する豆も何のその、鮫頭につけた角を誇示しつつ悠然と神殿を駆けるリューデ。時折ヒレが縺れて転ぶのは、ご愛敬というやつだ。
「リューデ様。そのサメのお姿は、一体……?」
「これか。これは節分の『柊鰯』にちなんだ姿で――おや?」
 真顔でヒレをぱたぱたさせるリューデの前に、襲い掛かる影がふたつ。
 豆袋を持った葛城・かごめと、恵方巻を構えたミリム・ウィアテストだった。
「鬼さん達ですね? お相手願います」
「いざ尋常に! もぐぁーもぐぃー!」
 恵方巻を咥え、豆をばら撒き、八面六臂の活躍を見せるミリム。その後方から援護射撃を放つかごめ。二人が繰り出す連携攻撃は、まさに熾烈という表現が相応しい。
「ミリムさん、やる気満々ですね。勝負です!」
「もぐぐーもごー!」
 ぶんぶんと手を振るホゥめがけ、望むところだとミリムは豆を振りかぶる。
 そして、力一杯投げつけたその一投を皮切りに、終了を告げる鐘が鳴り響いた。
「む。二人とも、どうやら時間のようだ」
 リューデの声を聞いたホゥが、フリージアが、鬼役の面々と神殿の外へ逃げていく。
「ま、参りましたー!」
「これは敵いません、退散いたしましょう!」
 そうして祭りの終わりと共に、割れんばかりの歓声が神殿を包み込んだ。

 鬼役と撒き役、両者は互いの敢闘を称え合いながら、暫しの休息を取り始める。
「お疲れ様でした。恵方巻、いっぱい召し上がって下さいね」
「よーし! お腹空いたし、沢山食べるぞ~♪」
 恵は恵方巻をムッカから受け取ると、さっそく仲間と共に頬張り始めた。
 厚焼き玉子に、椎茸、鰻――少し濃いめの味付けが、豆まきで汗をかいた体にじんわりと染み渡っていく。喉まで出かかった歓喜の悲鳴を飲み込んで、シャムロックとイリスもまた黙々と恵方巻を頬張った。
(「確か、食べ終わるまで喋れないんすよね?」)
(「こくこく」)
 恵方の南南東を向きながら、旅団仲間と共に恵方巻を食するイリスたち。
 いっぽう、ヴィと秋子は温かいお茶をすすりつつ、巻物の余韻に至福の吐息を漏らす。
「いやー、美味しかった……!」
「ふぅ。ほんと、うまーだね」
 二人が目を向けた先、獅子宮の内部は綺麗に掃き清められている。
 程なくして羽休めが終わった頃、神殿の周りを光の粒子が照らし始めた。
 世界中から集まって来た、季節の魔力だ。
「そろそろ、再起動の頃合いでしょうか」
「そのようですね。これからが本番です」
 鬼役のフリージアらと談笑していた輝島・華は、静かに願いを込め始めた。
 戦いでしか分かり合えなかったデウスエクス。そんな彼らとこれ以上血を流すことなく、分かり合える未来が来るようにと。
「節分の魔力と神殿さん、どうか力を貸して下さい」
 そこに続くのは、サウザンドピラーを展開したマヒナ・マオリ。
 光の柱に照らされながら、彼女が願うのはデウスエクスとの共存だ。
「神殿にピラーの生成装置を。グラビティ・チェインを供給する力を……!」
 1000を超えるピラーの輝きに、華とローゼスの手からも輝きが添えられた。眩い光に照らされた季節の魔法はケルベロスの願いを載せて、次々に獅子宮へ溶け込んでいく。

●五
 眠りから目覚めた猛獣のように重厚な響きを立てて、魔導神殿は鳴動を始めた。
 獅子宮フリズスキャルヴ――かつて侵略用兵器として用いられた神殿は、いま季節の魔力を吹き込まれ、新たな姿に生まれ変わろうとしているのだ。
「さあ、私達も願いを送りましょう」
「そうだね……始めようか……」
 ミリムの言葉に頷いて、静かに瞑目する天音。
 彼女はその脳裏に、大きな桜の霊木を思い描いていく。
(「この場所を絶対安全な結界に……デウスエクスの脅威を寄せ付けない聖域に……」)
 天音の願いを聞き届けるように、神殿の周囲へと魔力が降り注ぎはじめた。
 すると、何処からか舞い散る桜吹雪のなか、大きな花壇が神殿を囲むように姿を現す。
 そうして花壇に美しい花々が咲き誇ると、それを祝福するように盛大なファンファーレが鳴り響き、神殿が煌びやかなゲーミングカラーを放ち始める。地味な神殿には、華やかさが欲しい――そんなミリムの祈りが具現化したのだ。
「すごい……本当に自由自在という感じですね」
 輝く神殿を眺め、ミリムは呟いた。
 自分たちの送った願いに、獅子宮は本当に応えてくれている。世界から集った季節の魔力があれば、この神殿はいかなる姿にも形を変えるのだろう。
「さあ雪菜殿。願いを獅子宮に送りましょう」
「ええ。レフィナード様」
 姿を変えていく獅子宮を見上げ、レフィナードは雪菜と頷きを交し合った。
「楽しさや幸せの溢れる場所がいいですね。それこそ遊園地とか」
「私も、皆が楽しめる場所を所望します」
 ゲーミングカラーに呼応するように、神殿内部が遊園地のように変化し始めた。
 観覧車。メリーゴーラウンド。そして見たこともないアトラクションの数々。神殿内部に作られていく眺めにヨハンは頬を緩ませると、ぽんと手を叩いた。
「次は外見ですね。強くて優しい獅子はどうでしょう、クラリスさん?」
「うんうん、名案。ライオンも猫科だし、やっぱり可愛さが欲しいよね!」
 獅子宮を覆う魔力が輝きを増すと、神殿が更に姿を変えていく。
 七色に輝く神殿は、勇ましくも可愛い獅子の姿へ。装甲を思わせる絢爛な装飾が施された四肢と、たてがみに戴く王冠に、括とアンゼリカがうむうむと深く頷いた。
「フリズスキャルヴとは天の高座を指す語。やはり王冠は外せぬの!」
「何物にも屈しない堅牢さもある。実にいい眺めだね」
 柔と剛を兼ね備える獅子宮を仰ぎ、カナは大きく開いた獅子の口へ目を向けた。
 自分の願いは、果たして神殿に届いただろうか――。
「折角ですから、中を見学しませんか?」
「そっすね。行ってみるっす!」
 シャムロックはカナに頷くと、期待に胸を弾ませて神殿へ足を踏み入れた。
 そうして目の前に広がる光景に、ケルベロスたちは思わず息を呑む。
「こ、これは……超ヤバい眺めっすね……」
「高級ホテル? いえ、王宮でしょうか……?」
 石柱だけの殺風景だった内部には、ソファにテーブルには美しい調度品が並んでいた。
 どれも一目で素晴らしい品と分かる品々である。そして神殿内の内装は、その全面が獅子のふわふわな毛並みへ変わっている。温かく柔らかい感触は、手で触れただけで思わす頬が緩んでしまう程だ。
「ヨハン……すっごい、床も壁もモフモフだよ……」
「ええ。まるで、転寝する猫さんのお腹に顔を埋めるような心地よさです……」
 クラリスとヨハンはふわふわの床に寝転んで、その肌触りを堪能し始めた。
 ダスティもまた柔らかいソファに腰かけ、感嘆の吐息を漏らす。ほんのりと太陽の香りがする毛並みに包まれているだけで、飢えも乾きも忘れるようだ。
「ねえ皆、もっと中の方に行ってみよう!」
 ウォーレンの言葉に頷いて、ケルベロス達は神殿の奥へと向かう。そうして大きな広間を進んでいったエリアには、不思議な設備が所々に並んでいた。
 レーダーに似た不思議な機械。何らかの工場を思わせるエリア。そして様々な情報を映す巨大モニター。ケルベロスたちの願いを反映して作られたであろうそれらの装置の数々を、マヒナはシャーマンズゴーストのアロアロと一緒に見て回る。
(「『ピラーを作る力』。ワタシ達の願った機能も、もしかしたらこの何処かに……」)
 神殿は今もなお変貌し、その姿を変え続けている。
 すべての機能が判明するには、更なる調査や実験が必要になるのだろう。
 完全なる未知の力を目の当たりにしながら更に進むこと暫し、彼らが到達したのは神殿の上層エリア。一面に広がる、大浴場とプールの区画だった。大きく開けた獅子の口からは、大空洞の眺めが一望できる。
「ふふふっ、最高の眺めですね。……あら?」
 カナが微笑みを浮かべていると、ふと外に見慣れぬ影が映った。
 悠然と空を飛ぶ、巨大なイルカである。季節の魔力で姿を変えた魔導神殿だろう。
「もしかして双魚宮……? こちらに近づいて来ますね」
「一人じゃ寂しいみてぇだな。獅子宮よ、双魚宮を迎えてやってくれ」
 双吉の送る願いを、神殿はすぐに聞き届けた。
 重々しい音を立てながら、獅子の背が二つに割れていく。それを上空から見た双魚宮は、迎えるように開かれた格納庫へ静かに身を躍らせた。
「よしよし。これでもう、離れ離れにはならねぇ――ん?」
 そうして、双吉が言葉を続けようとした刹那であった。
 獅子宮の周囲を、転移の光が包み始めたのだ。
「おいおい。神殿が移動してるってのか?」
「そうみたいだねぇ。一体どこへ……」
 そうして清嗣が瞬きすると、ケルベロスは神殿ともども地上へ転移を完了していた。
 場所は大空洞の真上。東京焦土地帯の中央である。

●六
 地上には、すでに先客がいた。
 獅子宮をすっぽり包めるほどの、真白い毛玉の神殿――白羊宮ステュクスだ。
 かの魔導神殿もまた季節の魔力によって、ケルベロスの新たな力へ変わったのだろう。
 すっかり可愛くなった姿を見下ろすと、ジェミは思わず頬を綻ばせて、
「素敵。とっても温かそうだわ!」
「ふふっ。後で一緒に行ってみる?」
 アンゼリカが冗談めかして笑っていると、白羊宮と獅子宮のすぐ傍に、巨大な光輪が立て続けに現れた。中から姿を見せたのは壮麗な帆船と、骨型の神殿である。
「処女宮と天蝎宮……」
 その時、アンゼリカたちの横でヴィが注意を促した。
「皆、あれを!」
 ヴィの指さす先、向かって来るのは3つの影。
 獅子宮と同程度の偉容を誇るそれらの正体を、その場にいた全員がすぐに察した。
「磨羯宮と双児宮、金牛宮だ……」
 果たしてヴィの言葉通り、3つの神殿はみるみる迫り、獅子宮らの場所へと合流する。
 磨羯宮は巨大な剣。双児宮は宇宙船。金牛宮は衝角を生やした牛へと生まれ変わって。
 それを見たティユ・キューブは、感嘆の溜息を漏らして獅子宮に言った。
「こうして見ると壮観だね。神殿全部が合体したら、出来ることの幅も増えないかな?」
「うんうん。変形して巨大ロボ、アリじゃない?」
 果乃も笑って頷く。
 そこへ続くのは、イリスとシルフィールだ。
「この魔導神殿群が、マキナクロスを迎撃できるような武器になってくれれば……」
「今まで攻め込まれた分、こっちから攻め込む戦艦でも良さそうなの」
 その刹那である。地上に集合した魔導神殿群は、それぞれが意思を持ったかのように変形を繰り返し、互いの身体を組み合わせていく。
 天蝎宮を骨格に、新たな姿に生まれ変わっていく魔導神殿群。
 程なくして誕生したのは、一隻の巨大な艦であった。
「ヴァルハラ……わたし達に使えと言うの、この力を?」
 ジェミの言葉を肯定するように、重厚な駆動音が獅子宮に轟く。
 合体変形、そして未知の機能の数々。この艦が有する力を解明し駆使するには、今暫しの時間が必要となるに違いない。たとえそれらが、どれ程強大な力であっても、お前達ならば使いこなせる筈――そんな獅子宮の声が聞こえてくるようだった。
「感謝します、フリズスキャルヴ。あなた達の力、必ず使いこなしてみせましょう」
 ミリムの言葉に、全てのケルベロスが頷く。
 そして獅子宮もまた新たな主達を心から祝福するように、重い響きを轟かすのだった。

 人々がの希望と、ケルベロスが秘める『剣』。
 それらを託された魔導神殿群の新たな姿は、後にこう呼ばれるようになる。
 万能戦艦『ケルベロスブレイド』と――。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年2月2日
難度:易しい
参加:33人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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