グリゼルダの誕生日~ユアヒストリー

作者:秋月きり

「ところで、今年の誕生日はどうするの?」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の問いに、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は「んー」と短い思考の後、
「なんか、つい先日にも、こんなやり取りを行った気がしますね」
 と微笑する。
「そうですね。今年は皆様にお願いしたいことがあるのですが……」
「へぇ。珍しい。まぁ、グリゼルダのお願いなら無茶なことは無いと思うけど」
 始めは、密かに。秘めやかに。
 囁くような口調と共に、戦乙女の『お願い事』が始まる。

「お料理を作ってみたいと思うんです」
 グリゼルダの明るい言葉は笑顔と共に紡がれる。料理、ご馳走。成る程、グリゼルダが笑顔になる訳だ。
「種類は問いません。ただ、一つ。『貴方の思い出の料理』との一言を添えさせて下さい」
 例えば幼い頃、両親に作って貰った料理。
 例えば戦友と酌み交わしたお酒。
 例えば意中の人から貰った手作りのお菓子、等々。
「私の思い出は定命化の後に、皆様と食べたオムライスです」
 何故かケルベロスの皆して、グリゼルダとオムライスを結びつけようとしたのかは不思議だったが、それも良い思い出だ。大きくて、柔らかくて、そして美味しかったし。
「以前の誕生日に、みんなでオムライスを作ったんだけど」
 思い出に浸りそうなグリゼルダを横目に、リーシャが補足する。
「あれは『グリゼルダにとって思い入れが強い料理』だったからね。だから、今回は『みんなの思い入れ』を知りたい、と言うのがグリゼルダの要望よ」
 その対象が料理であることは、グリゼルダらしいと言えるだろう。
「作った料理にまつわる思い出を教えて下さい。そんなパーティに出来れば嬉しく思います」
 締め括りの言葉と共にぺこりとグリゼルダは頭を下げる。
 美味しい料理と語り部。期待に胸を膨らませ、戦乙女は笑顔をケルベロス達に向けるのだった。


■リプレイ

●ユアヒストリー
 人の歴史とは積み重ねだ。
 例えば本日2021年1月28日。これはグリゼルダが目覚め、ケルベロスへと覚醒した日から4年と11ヶ月少々を数える計算となる。日付にすれば約1800日。その一日一日も当然ながら、24時間の積み重ねだし、その1/24。つまり、1時間は60分の積み重ねだ。
 光陰矢の如し。少年老い易く学成り難し。時に関わる文言が多いのは、時間は掛け替えの無いものだと、後世へ伝える為だろうか。
「だから、知りたいのです」
 地球に降り立ち、食事と言う文化を知った。
 食事は人々の身体だけでなく、精神を潤し、そしてその為人を形成していく。
 故にグリゼルダは想う。その人が大切な食事と言う物は、その人を語る上で大切なものなのだろう、と。
「そんな催しを行ってみたいのです」
 もしかしたら、それはただのちょっとしたこじつけかも知れない。
 なんだかんだで、皆で楽しめればそれでいい。それがグリゼルダ・スノウフレークの望みであった。

「じゃーん、ジェミ謹製砲丸おにぎり!」
 豪快に白米を握り、大きな穴を開けたら其処に具材をぎゅうぎゅうと詰め込む。
 塩をまぶし、海苔を巻けば、ジェミのお手製おにぎりの完成だ。
 傍らを見れば、エトヴァの手によって、珈琲の香ばしい匂いが沸き立っている。
 それが彼の慣れた手つきによって、クリームたっぷりのアインシュペナーに変わっていく様は、見ていて小気味よい。
 入道雲のようなクリームは、おそらく今回も健在だろう。
「初めては梅の花を見に行った時だったかな?」
 ふわりと花の甘い香りが漂う中、二人でお弁当を食べたのだ。
「卵焼き、ウィンナーソーセージ、きんぴらごぼう、豚肉生姜焼き、それと……ひじきの煮つけ!」
 その思い出はエトヴァにとっても大切な物。
 だから、ええ、と頷く。あの日、北風から守ってくれた彼に優しさと強さを覚えたことも、それを心に刻んだことも、全てが自身にとって大切な記憶だ。
「ごはんがやわらか……優しいお味ですネ。ジェミの手料理、心があったかくなりマス」
 今、この瞬間も彼にとって、否、二人にとって大切な時間だ。
 彼のご飯はこんなにも美味しく、そして、その笑顔はとても柔らかい。
「うん、お兄ちゃんの味!」
 クリームが盛り沢山にも関わらず、甘さ控えめなジェミ向けの味わいは、エトヴァの奏でる彼専用の味。
 だから再び笑顔が零れる。大切な家族と交わす笑顔は、とても輝いていた。

 そんな二人の傍を通り抜けたグリゼルダは、ほっこりとした笑顔を浮かべる。
 誰にでも初めてはある。自分にとっての初めての思い出。それは――。

「グリゼルダちゃん22歳のお誕生日おめでとぉー!」
 甘く香ばしい匂いを伴って登場した清春の台詞は、誕生日の祝辞からだった。
 聞けば彼の思い出は、母親特製のアップルパイらしい。作り方だけは不思議と憶えてんだわ、と苦笑じみた笑顔と共に振る舞ってくれる。
(「美味しい」)
 舌鼓打つグリゼルダに、満足げに笑む清春。やはり誕生日に甘い物は必須なのだ。
「そう言えばその後、オムライスはひとりでも作ったりしてんのかな?」
 初めてケルベロスとして依頼を成功させた後、オムライス女子会なる親睦会に誘われた。それがグリゼルダの初めてにまつわる思い出だ。
 ただ、何を基点としてオムライス女子会が開催されたのか。それはいくら考えても判らなかった。
「それが中々難しくてですね」
 問いに零れたのは苦笑だった。
 包み込む技巧の難しさもあれば、中に入れるご飯の拘りもそれぞれあったりする。そう思えば、包まないオムライスが出てきたり、いわゆるタンポポオムライスと言った開いた瞬間に幸せを感じる逸品が存在したりもする。
 故に早々、グリゼルダは食べ歩き派へと転向した。美味しい物は料理が上手な人が作った方が絶対に良い。そんな持論すら持つようにもなった。
「そっかー。グリゼルダちゃんが幸せならいいんじゃないかな」
(「幸多き物になるように」)
 陰ながらの応援と、彼女を見守ることを誓う清春であった。

「僕の初めての料理はホットケーキになるよ」
 とは、【天牙】のアリア談だ。
 ホットケーキ、いわゆるパンケーキは市販の粉末材料を使用すれば、簡単に作れることで、料理初心者でも手を出す人が多い。
 だが、それを美味しく作り上げるのは別の話だ。フライパンに挑み、家庭用電気調理器に挑み、そして炊飯器にまで手を出す猛者がいる。
「最初みたいに焦がしたりはしないけどね」
 どうやらその初心者の時期は、アリアにとっても苦笑いの歴史のようだ。
 そんな思い出もくすぐったくて、しかし良い物だと言う事は、グリゼルダも知っている。
「私はお花見お弁当……かな?」
「ああ。あの春の日、ビルシャナ退治に行きましたね」
 鈴の言葉に、懐かしいと目を細める。
 彼女が作っているのは、その時のお弁当の再現だと言う。その手が止まり、何かを求めるように彷徨う様に、グリゼルダは小首を傾げる。
「これ……小さい頃、お母さんも作ってくれたな」
「鈴様のお母様は素敵な方だったのですね」
 ふふっと浮かべた微笑は柔らかかった。
「あの時は飲めなかったけど……日本酒とか、飲む?」
 それはその時に対峙したビルシャナに肖った問いかけだろうか?
「そう言えば、豊様から良いお酒を頂いてですね」
 持ち上げたのはワインを彷彿させる瓶だった。
 洋梨果汁を発酵させて造ったお酒は彼曰く、「あまり強くないし、辛口で食前酒にも向いている」とのことだ。食前に口を潤す今こそ、頂き時だろう。
「ほらほら。ホットケーキも完成したよ? さぁ、食べようか」
 ベリーと生クリームを彩ったホットケーキを片手に、アリアがふふりと語り掛けてくる。

「豊様はステーキですか」
 洋梨酒の礼と感想を伝えに向かった先で、紳士然した豊が、厚いステーキ肉にナイフとフォークを入れている。湯気立ち上るそれは香ばしい匂いを振りまいており、思わず喉とお腹が鳴ってしまう。
「今月獲った鹿のロースだよ」
「ジビエ肉は珍しいですね」
 定命化後、気軽に食べることの出来るお肉と言えば、基本的には家畜肉だ。ジビエ料理は好みの差違もあり、人を選ぶ印象がある。当然、グリゼルダに忌避感は無く、食べられるのであれば美味しく頂いていたりもする。
「第二次大侵略期前の安寧な日々に燻っていた私に、命というものを自覚させてくれたのが狩猟でね。農家にも感謝される一石二鳥の趣味さ」
 彼曰く、ダモクレスからレプリカントに成った際に食した『初めての料理』は品目まで記憶していない。故にそれが『大切な料理か?』と言われれば困ってしまう、と。
「『初めて』に拘る必要は無いと思います」
 正直に言えば、グリゼルダにしても、蘇生儀式後、初めて食べた料理が何だったのか、憶えている訳ではない。オムライスは何かの切っ掛けだった筈だ。
「豊様にとって大切な物であれば、それは素敵な料理だと思います」
 だから、グリゼルダにとっての大切な料理は、そう言う物なのだ。

「ふふぅー。此度作らせていただくのは、『たいやきのけぇき』じゃよ!」
 くふふと括が笑みを零せば、
「お、グリゼルダは誕生日、おめでとさーん」
 共に調理を行う陸也がよぉ、と声を掛けてくる。
 どうやら二人でたいやきのけぇき――鯛焼きのケーキなる代物を作成するらしい。成る程。誕生日には甘い物が必須だと清春も言っていた。つまりはそう言う事なのだろう。
「どうじゃ陸也、これで合っておるじゃろ?」
 だが、洋菓子は不得意と自認する括の視線は料理と陸也を行ったり来たり。
(「鯛焼きは和菓子では……? いえ、でもケーキは洋菓子ですね。どっちでしょう?」)
 疑問が浮かんだが、それは口に出さないことにした。
 何より仲睦まじい二人が賢明に鯛焼きケーキに取り組む様は、端から見ていてとても素敵だ。
「折角だし、中に挟む生クリームと餡子、よーく混ぜてみっか?」
 餡子だけで無くクリームも詰まった、いわゆる餡クリームのどら焼きがあった筈だと陸也が言えば、
「……あ。お腹のあんこは忘れちゃダメじゃな」
 二つに切った鯛焼きのお腹に餡を詰める括の姿がある。
 仕上げに鱗をチョコペンで描けば、立派な鯛焼きケーキの完成だ。
「蝋燭立てっか。えーっと、背鰭辺り?」
 見事に立ち並ぶ蝋燭群に火が灯され、少しだけ部屋の照明を落とすことでお祝いムードを演出する。
「さぁ、ふーって吹き消してくれよ」
「それが終わったら、グリゼルダもリーシャもおあがるとよいぞ」
 陸也と括の言葉に押され、グリゼルダは蝋燭へと息を、ふーっと吹きかける。22歳を示す蝋燭達の灯りが消えたその瞬間、パチパチと響くのは二人による祝辞だ。
「え? 何々? 私も貰って良いの?」
 突如にゅっと現れたヘリオライダーに括は苦笑する。
「まずはグリゼルダが好きな箇所を選んでからじゃぞい?」
 主役を優先する、とのことだった。
「それでは……」
 有りがたく、お頭を頂く事にした。

●大人になっていく私たちへ
「私の思い出はポトフです」
 ジャガイモ、人参、キャベツと、定番の野菜の皮を剥き、鍋に放り込みながらミリムは言う。
「顔は朧げですけれども、騎士道に厳しく家族には優しい父から、この料理を教わった覚えがあります」
 農家を始めとしたご近所さんから貰った野菜や魚、肉類を何でもかんでも鍋に突っ込んでしまった為、なだめられたこと。そして、出来上がった料理は意外と美味しく、喜んで貰えて嬉しかった等々、ポトフへの思い出は深い。
「成る程。お父様はミリム様の父親でもあり、師匠でもあったのですね」
 認められたい人がいる。一目置かれたい人がいる。
 その人に喜ばれた日、なんだかもっと大きくなれた気がした。その感動はグリゼルダにも判る。
「そして、もう一つ」
 鍋からひょっこりと掬いだしたのは、タコ――否、タコの形に細工されたウィンナーであった。俗に「タコさんウインナー」と呼ばれている代物であった。
「初めて此処、日本という場所にきて一目見て衝撃を受けました」
 慣れない異国、そしてケルベロスに覚醒して間もない頃にこれと出会った衝撃は筆舌に尽くし難し。
「『Oh! アメイジング!』と言っちゃいました」
 見事に語った後、ペロリと舌を出す。
 当時の様子を想像し、グリゼルダはふふりと、柔らかな笑みを浮かべた。

「大切なのは『おいしくなあれ』と言う気持ちですわ」
 スティック野菜とポトフと言う二種の野菜料理を拵えながら、エニーケはそう断ずる。
 気持ちだけではなく、防具特徴をも使用している辺り、彼女らしいなぁ、と思ってしまった。
「人参と胡瓜、それ以外の諸々の野菜を縦長に切ったスティック野菜は、塩かマヨネーズでどうぞ」
 旬を言えば、今の時期は根菜だ。人参の味は甘く強く、大根は瑞々しくて美味しい。
「ポトフは人参の他に玉葱、ブロッコリー、ジャガイモ、ソーセージを具に、コンソメ顆粒で味付けしましょ。やはりこの時期、温かい物は何よりのご馳走ですから」
 手軽に、されど待たせること無く美味しい料理を。
 人を持て成すことを体現した料理は他にないのでは無いかとグリゼルダは思う。
 それに何より、温かさが一番のご馳走だ。冬の寒さに凍えた身体も、胃の腑から温めればほら、この通り。
 エニーケの言葉通りの美味が、体中に広がっていくようだった。
「野菜料理だけは自信ありますけども、親しい相手に食べさせるものとなると……ね」
「自信を持って良いと思いますよ!」
 いつか、これを彼女も大切な人に食べさせるのだろうか。
 そんな未来を想像して、ほっこりしてしまう。
 これが彼女にとっての思い出の味なれば、尚良いのだけれども。
 ヘリオライダーならぬこの身に、それ以上の未来を語ることは出来ないのが少しだけ残念だった。

「灯さんのorヒール料理の全貌が明らかに……! 出来れば普通のヒールでお願いします」
「誰がorヒールシェフですか?!」
 夫婦漫才の様な台詞を繰り出しているのはカルナ、そして灯だった。
 それを耳にしたグリゼルダは思わず、ぷぷっと噴き出してしまう。
(「だ、駄目です。笑っては……」)
 首を振り、邪念を追い払うものの、少し難しいようであった。
 恋人同士の会話に聞き耳を立てるのは野暮だと判っていたが、それでも、二人の動向を見守ってしまう。ああ、神様。いるなら少々許して欲しい。
 漫才の後、二人の会話の内容は思い出の料理に移った様だ。
 カルナ曰く、彼の思い出の料理はベーコンと野菜が沢山のクリームスープだと言う事だった。
「昔、僕が子供だった頃、母代わりの姉がよく作ってくれたんです。野菜は苦手な筈なのに、そのスープは美味しくて大切な記憶です」
 それが家族の味、と言う物なのだろうか。
 灯はふふりと笑うと、それ以上のことをもっと知りたいと告げる。
 昔のこと。お姉さんのこと。そして、彼そのものを。
「灯さんの昔の話も、そのうち聞かせてくださいね。僕も沢山知りたいですから」
「――私の昔のお話は、えへへ、また今度」
 仲睦まじく。二人の会話は灯の思い出料理へとシフトしていく。
 それは苺たっぷりの贅沢トライフル。英国発祥のデザートは生まれて初めての苺狩りの思い出が込められた代物だ。
「丁度3年、ですよね」
 感慨深げにカルナが呟く。
 誘ったら楽しいかもって思って。
 誘われて、とても嬉しくて楽しかったから。
 そして二人は合流し、共に苺を前に様々な挑戦を行ったのだ。
 だから、異口同音の言葉を口にする。
 それが二人の本心だったから。
「今もずっと楽しくて」
「もっと、一緒にいれて」
 ――幸せだ、と。

●ビューティフル・ワールド
 世界は美しい。
 誰が言ったか忘れたが、本当にそう思う。
 この世界は思い出に満ちあふれている。その一つ一つが愛おしく、そして美しく思える。

 片付けも終わり、皆が家路へと向かった後の調理室はがらんとしており、少しだけ寂しかった。
 ここで語らい、ここで調理し、そして食事した。
 何でも無い平凡な一日だったけれど、それもまた、グリゼルダの「思い出」になった。
 そのことを思うと、胸が熱くなる。
「……さて。戸締まりも終わり。そろそろ帰ろうか?」
 ずっと裏方に徹していたリーシャの言葉に、顔を上げる。
 今日は楽しかった。とても楽しかった。凄く楽しかった。
 それだけの感想の筈なのに、中々口に出すことが出来ない。
「そう言えば、リーシャ様の思い出の料理ってあります?」
 代わりに出てきた問いは他愛もないもので、だが、ヘリオライダーの友人はうーんと悩ましげな表情を浮かべる。
「この前食べたパフェも、みんなで食べたご馳走も思い出なんだけど……」
 温泉の蒸気で作ったご飯だったり、サイクリングの後の宴会だったり。
「それでも、私の『思い出』は、昔よく作ってた肉じゃがかな?」
「へぇ。何か逸話があるんですか?」
 好奇心に目を輝かせ、グリゼルダは更に問う。
「誰かに喜んで貰えた料理は、一番心に残る物よ」
 明後日の方向を見ながら頬を掻く彼女の姿に、くすりと笑みが零れてしまう。

 ああ、世界よ。
 やはり貴方は美しい。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月28日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。