リーシャの誕生日~パフェ・サンデー・アラモード

作者:秋月きり

「もうすぐお誕生日ですね、リーシャ様」
 賑やかだった年末年始もそろそろ終わり。忙しい日々が始まった空気の中、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の言葉にリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は「そ、そうね」と半笑いを浮かべる。
 2021年1月24日。その日、彼女は誕生日を迎える。
「大台か……」
 いつか来る物とは知っていた。
 いつかその日が来ると覚悟していた。
 だが、いざそれを迎えるとなると、何というかこう、その――。
「大丈夫ですよ。三十路なんて、まだまだ若いです」
「も、元デウスエクスに言われたくないっ?!」
 悲痛な叫びはしかし、グリゼルダはニコニコと笑顔で黙殺する。長い付き合いで、彼女は随分と強くなった物だ。
「それで、お誕生日ですけど――」
「了解! 覚悟を決めたわ!」
 何処か自棄にも聞こえる声が、上がっていた。

「と言うわけで、リーシャ様のお誕生日をお祝いしましょう」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を前に、そんな声を上げたのはいつものヘリオライダーではなく、グリゼルダの方であった。当の本人はそこから一歩下がり、ケルベロス達を見守っている。整った表情に微笑が見え隠れしているのは、きっと喜びの表れだろう。
「ご本人の希望は『癒やしが欲しい……』でしたので、それを元に考えてみました」
「ね、年末忙しかったし!」
 飛んできた言い訳に誰しもが温かい視線を送る。それが嘘では無いことは誰しも知っていることだったからだ。
「疲れた身体には甘い物。それと、リーシャ様と言えば温泉です」
 レッテル貼りに近い台詞だが、間違っていない。ヘリオライダーが黙ってしまったのは、その証拠だろう。
「まずはパフェテリアにパフェを食べに行きましょう」
 カフェテリアから派生した造語だろうか。健啖家であり、同じく甘党でもあるグリゼルダも幸せそうな表情を浮かべている。既に心はパフェに奪われてしまった様子だ。
「今の時期ですとイチゴやクランベリー、あとミカン等の柑橘類やリンゴなどが果物の旬です。それと、チーズ味をメインにしたパフェも看板メニューになっているようですね」
 その他、オーソドックスなチョコレート系やヨーグルト系、また、プリンを主軸としたパフェも捨てがたい。むしろ、プリンをメインとしたプリン・ア・ラ・モードと言う手もあるようだ。
「それと、凄く大きなパフェがある様子ですが……」
 数人でシェアする用のパフェ――俗に言う『金魚鉢パフェ』もあるようだ。それを頼み、みんなでわいわいと楽しむ時間も楽しい物となるだろう。
「その後は温泉です。冷たいパフェで身体を冷やしてしまったのならば、ゆっくりと温まりましょう」
「パフェを食べて、温泉……」
 暴飲暴食の権化みたいなお祭りに少し戦慄してしまった。
 30歳の誕生日に如何な物か、と思わなくもないが、そんな無茶が出来るのも今だけだろう。きっと。多分、そう。
(「金魚鉢パフェを一人で食べろって言われている訳でもないし」)
 たらりと汗が零れたものの、内心だけに止めておく。予知になったら困る内容は表に出さないに限るのだ。
 さて、とグリゼルダは微笑む。ケルベロス達を誘うよう、その手を差し出して。
「皆様もご一緒、致しませんか?」


■リプレイ

●いま、其処にある日々
 哺乳類が、初めて口にする味覚は甘味だそうだ。故に、人は狂おしいぐらいに甘味を求めるのだろう、と言う説がある。それこそ、中毒になってしまう程に。
(「流石に其処までは無いけども」)
 江戸時代には金銀とも交換されていたと言う砂糖をふんだんに使用したクリームは、現代ではありきたりの、ごく当たり前の存在だ。
 だからこそ、その『当たり前』を大切にしなければ、と、リーシャは強く思う。
 そう、皆と過ごせる何気ない普通の日々は、それを勝ち取ることが出来たからこそある大切な日々なのだ。

「へぇ、これがパフェテリア、ねぇ」
「はい。皆様も来られていますよ」
 グリゼルダの先導で入った店内は、甘い匂いに包まれていた。内装はカフェそのもの。成る程。楽しむのがお茶かパフェか、それだけの差違しか無いと言うことか。
 エスコートされる淑女よろしく席に着いたリーシャは、無数のパフェがひしめくメニューを上から下まで内心で読み上げる。
 うん。多い。
 その中には、事前の説明通り『金魚鉢パフェ』なる文字も躍っている。
「ねぇ、ところでこの金魚鉢パフェだけど……」
「はい。挑戦される方、多いみたいですね」
 微妙な顔は、しかし、戦乙女の微笑みによって阻害されてしまった。
 微笑に促されるよう、周囲を見渡せば、幾らかのテーブルにはどでんと、冗談みたいなサイズのパフェが鎮座している。なんか凄かった。
(「多くはシェアするみたいだけど……」)
 恋人同士の姿もあれば、友人同士の集いもあった。
 だが、中には梢子のように、単独で金魚鉢パフェに挑む猛者の姿も見受けられる。と言うか、目の前の戦乙女もまた、猛者の一人の様子だ。テーブルの中央に鎮座する金魚鉢は、下手すれば自分の上体くらいはありそうだ。
「こ、このフルーツパフェにするわ」
 無理をする必要は無い。あんなサイズのパフェを食べたら絶対に胸焼けする。そこまで無謀になれない。
 自分はケルベロス達のような超人ではないのだから。

 敵前逃亡を選択したリーシャと違い、金魚鉢パフェに立ち向かう者達がいた。ヴィと雪斗の二人もその一員である。
「わ、金魚鉢パフェ、凄いなぁ」
「こ、これが金魚鉢パフェ……」
 量にして如何程か。一般的なパフェが300g~400g程度と言われているが、少なくともキロ単位だとは思えた。
 感嘆するヴィに対し、雪斗の呟きには少々の躊躇いが混じっていた。だが、甘党二人ならば余裕な筈と信じ、匙を持ち上げる。
「まずはメロン行こうか。それともバナナ?」
 たっぷりのクリームを突き崩しながら笑い合う二人は、とても仲睦まじく。
 食べる順番を迷うことすら楽しいと、互いに笑顔を交わす。
「んんー、はい、あーん」
「そしたらヴィくんにも! はい、あーん」
 ヴィから差し出されたクリーム付きメロンを雪斗がパクリと食べれば、お返しにと、クリームがふんだんに載った苺が雪斗から突き出される。
 甘い物は美味しく、そして二人の時間は何よりの調味料だった。
「そう言えば、この近くに温泉もあるみたいだよ」
「いいね! 甘い物の後の温泉って、日頃の疲れも吹き飛んじゃいそう」
 幸せを共有出来る、そんな幸福を噛みしめながら、二人はパフェを食べ進む。二人一緒ならば、怖い物など無かった。

 そして、灯とジェミの二人もまた、パフェに挑む猛者であった。
「私の女子力は金魚鉢パフェにびりびり反応しているっ」
 と、ジェミが高らかに宣言すれば。
「ここで挑まずして、何のための女子力でしょうか! いざ、金魚鉢パフェと決戦なのですー!」
 灯が力強く頷く。
 女子力とは一体何なのか。
 だが、それが理ならば致し方ない。いざ戦えや乙女。花の命は案外短いのだ。
 そして女子力が駆け抜けた戦場にはただ、空の金魚鉢が残るだけであった。
「完食勝利!」
 ぶいと勝ち誇る灯へと、では……とジェミが声を掛ける。
「この後は温泉でぽっかぽかゆっくりリフレッシュ、だねっ」
 それもまた、女子力が咲き誇る世界へであった。

「リーシャ、お誕生日おめでとう。良き一年になります様に」
「誕生日おめでとうございます。ほんと早いものですね」
 フルーツパフェに舌鼓打つヘリオライダーへと声を掛けたのは、アリアと鈴の二人だった。
 そう言えば以前のLARP紛いの誕生日から二年になる。鈴の言葉通り、時の経過は早い物だ。
「邪魔して良いかい?」
 アリアの言葉に頷き、都合、4人での会食となる。
 勿論、話題は誕生日のこと。三十路の大台と言えど素敵な外見だから大丈夫と断言する鈴に、リーシャは苦笑を浮かべる。
「いや、うん。ありがとう」
 対して鈴は年齢不相応の外見がコンプレックスとのこと。
「大丈夫ですよ」「大丈夫だよ」
 金魚鉢パフェを突くグリゼルダとアリアの異口同音に、今度は鈴が小首を傾げる。
「鈴様は年相応です」
「グリちゃんが言うと、その……」
(「説得力ないよね」)
 その言葉を飲み込まざる得なかった。
 公称21歳のグリゼルダが果たしてどれだけの年月を歩んで来たのだろうか。ただそれを口にするのは何故か、憚られる気がした。

「大台って良く判りませんが……胸囲が脅威的な大台になったとか?」
 難しいことは判らないと小首を傾げるアンヴァルに、苦笑だけが零れた。
「生憎、二十歳くらいから変動無いわ」
「ですかー」
 繊細な自身とは違う存在感をまじまじと見てしまう。うん。今日も大きかった。
「まあ、折角の美人さんですから、笑顔の方が素敵ですよ!」
 誕生日に気難しい顔は似合わない。お酒でも飲んで気分を上げて貰いたい所だが、ここで大虎ならぬ暴竜になられても困る――とは、後のアンヴィル談。
「ところで、珍しいケーキね」
 注目すべきは手元のケーキ。紫や赤、そして白色の三色三段レアチーズケーキはとても美味しそうだ。
「リーシャさんのイメージでお願いしてみました!」
 中心に立つ砂糖菓子は、デフォルメされた赤髪の人型だった。
「なんか、複雑な気分」
「美味しそうでしょう?」
 さくり。
 軽快な匙捌きの後、アンヴィルの口の中へと運ばれていく。

「そもそも好きなことをするのに年齢なんか関係ないわ」
 誕生日を祝う祝辞の後、梢子はふふりと笑う。
「それはそうなんだけどね」
 そう言うものの、リーシャの言葉は歯切れが悪い。
 これは節目なのだ。アラサーと三十路では些か、重きが変わってしまう。
「私なんて今年三十三だけど金魚鉢パフェ、1人で食べてるもの!」
 なんと先達であった。
 どやっとパフェを食べる彼女にどう言ったものか。今の今まで年下だと思っていたとかは言い出し辛い。とても気まずい。
「浪漫よね~こんなに大きいパフェーを一人で食べるって……」
 傍らでビハインドが胸焼けを起こしてぐったりしているのもなんのその。梢子はパフェを食べ進めていく。
「大きいパフェは誰かと分け合って食べなければならない、なんて誰が決めたのかしら?」
 凄い勢いでパフェは彼女の口へと消えていく。
 ああ、これは完食するのだろう。
 予知能力を使わずとも、そんな未来が視える気がした。

 そして、【Wiz】の四名もまた、始まりは祝辞からであった。
「おめでとうございますね。素敵な思い出になりますように」
「ありがとう。あなた達も楽しんでいってね」
 ミントの言葉に返ってきたのは見目麗しの微笑だった。
「お誕生日おめでとう! 便乗しちゃって難だけど、あたしたちなりの新年会も兼ねて来ちゃった!」
 元気一杯な祝辞は小町からだ。
「全然問題ない問題ない! 誕生日にかこつけて大騒ぎしてるだけだから!」
 何かと行事にこじつけてお酒を飲む歌があるが、そんなイメージよ、との言葉は悪戯っぽい笑みと共に。見れば主催の戦乙女も笑っていた。
「私はプリンパフェにしようかな~。小町さんは金魚鉢行ってみる~?」
 セイシィスの言葉はマイペースに響く。
 結果、金魚鉢パフェに挑むのはミントと小町の二人となった。
「とは言え、ずっと食べていたら飽きちゃうから、みんなも色々頼んで頼んで!」
 小町に促され、セイシィスとアンナマリアがメニューを広げる。ついでに温かい紅茶も人数分注文。備えあれば憂い無しなのだ。
「TVの変なチャレンジ企画とかではないから、気楽でいいわよね」
 純和風な抹茶の苦みが強いパフェを突きながら、アンナマリアがふふっと笑う。言葉に染み出る貫禄は、幼き頃より活躍する芸能の空気を知るが故だろう。説得力を伴う安堵の吐息に、残りの面子はほむと頷いてしまう。
「さぁ、皆さん一緒に頂きましょう」
 ミントの言葉に導かれるよう、各々の匙が金魚鉢パフェへと伸びていく。
 彼女らの矛が向かう先は金魚鉢パフェのみではない。セイシィスとアンナマリアの頼んだパフェもまた、シェアの対象だ。
 四人で紡ぐ幸せな空間。幸せな時間。
(「今年はどんな思いや願いを形にしようかしら、なんて」)
 クリームを口に運び、小町はにっと笑みを浮かべる。
 今の時間もまた、形になった幸せの時だ。こんな時間を、このような想いを、こういった願いを色々と叶えていく――そんな一年にしたいと思う。
「成る程」
 不意の一言に、面々は表情を見合わせた。切っ掛けとなった言葉はアンナマリアから零れた一言である。
「これってちょっと似ているわよね。お鍋に」
 囲んでいるのはパフェだけれど、と笑う。
 確かに同じ釜の飯を食べると言う行為は同じだ。
「鍋と違ってカロリー計算が怖いですけど」
 ミントの慄きにしかし、
「私は大丈夫かな~」
 食べた栄養は全て胸に行くから、と形成したセイシィスの笑顔は何処までも眩しかった。

 野菜や果物に旬があるように、乳製品にも旬がある。冬場の乳製品は脂肪分が多くなり、コクが増すとのこと。
 添えられた解説にヨハンは得心と頷く。
「だから季節の看板メニューでチーズを出しているのね」
 恋人のクラリスが選んだのはベリーとフロマージュのパフェ。対して彼が選んだのはココアと珈琲、そしてマスカルポーネチーズが薫るティラミスのパフェだった。
「なんだかそれ、ヨハンみたい」
 重厚な茶色は落ち着いたあなたの雰囲気にそっくりねとクラリスが笑えば。
「以前から思っていたのですが、僕達は似ている所は似ているけれど、違う所は全然違いますよね」
 白く淡く。各々の果物達に彩られた白磁の輝きは、恋人に似ている。
「あ、ほんとだ」
 似ているから距離が近くなって。
 違うから、知りたくなって。
 そうして恋人になったのだと、クラリスは微笑する。
(「気付いた頃には深みにはまって戻れなくなってしまったの」)
 ならばヨハンは? と首を傾げる。向かい合う彼の内心に触れたく、視線を送る。
(「あなたを知る度、僕は自分を知るようでした」)
 世界が広いことも、明るいことも、そして身近なことも、彼女を通して知ったのだ。
 それが不思議で、そして嬉しかった。
「一口交換しませんか?」
 差し出された匙の先にはティラミスが鎮座している。
「ふふ、丁度私も交換したいと思ってたとこだよ」
 それは甘い甘いお裾分け。互いを知る為の交歓でもあった。
「いただきます。……あ、美味しい」
 二人の世界はこんなにも素晴らしい。

「甘いものは大好物ですから沢山食べますよ!」
 金魚鉢パフェを前にして、カルナが息巻けば、
「男には挑まねばならない時がある……気がします!」
 とジェミが是と頷く。
「三人寄れば鋼の胃袋……」
 エトヴァのその一言で、戦いの火蓋は切って落とされた。
 男三人。対するはフルーツ盛り沢山、その隙間をチョコレートやヨーグルト、そして、クリームが埋める特性巨大パフェであった。
「っと、その前に写真ですね!」
 カルナの一言で我に返る。まだ戦いに没頭するのは早いとばかりに、ジェミとエトヴァもカメラをセット。
 手付かずのパフェを前に、思い思いのポーズを取ることもまた、皆で楽しみを共有する為の秘訣だ。
 パシャリと記念撮影が終われば、彼らの意識は戦場へ。
 果たして勝利するのはパフェか、それとも【ZK】の面々か。それはひとまず――。
「「「勝負!」」」
 彼らの手に握られているのは匙。そしてうっすらと湯気を立てる珈琲達。ジェミやエトヴァと異なり、カルナの珈琲はミルクも砂糖もたっぷり投入されていた。本気の甘党っぷりが窺えた。
(「まずはチョコレート!」)
 突き進むのは地層と化したチョコレートだ。濃厚なアイスやケーキにも舌鼓を打ちつつカルナが狙い定めたのは、チョコマカロン。
「フルーツも美味しいですね」
 ジェミの狙いは酸味と甘味の対比が楽しめる果物群だ。柑橘類の爽やかさやベリーの甘酸っぱさ、添えられたヨーグルトソースは果物に絡み、濃厚な甘みを引き立てている。
(「まずは慎重に」)
 対してエトヴァの狙いはあくまで金魚鉢パフェの攻略だ。フルーツの城壁を崩し、チョコの本丸を崩し、アイスクリームの防壁を梳っていく。どれもこれも濃厚で甘く、そして魂を震わせるほどの美味を訴えてくる。それにこのさくりと砕けるマカロンの軽快さと来たら!
 豪華絢爛。難攻不落。万夫不当。
 次から次へと溢れては、口へ胃へと消えていく甘味軍を他にどう言い表すべきだろう。重く激しく、だが、それがとても心地よい。
 だが、先は長いのだ。
 果たして彼らの勝利は――。
(「みんなで立ち向かえば大丈夫」)
 敗北など誰も考えていない。食べ盛りの三人が力を合わせれば、完食は余裕に違いない。
 カルナが浮かべた微笑に応じるよう、ジェミとエトヴァもまた、同じ微笑を浮かべた。

 そして物語は収束していく。その先もやはり、金魚鉢パフェであった。
「馴染み深いものがこんな形で使われルのは面白イな」
 眸はふむと深く頷く。金魚鉢に詰め込まれた苺チョコレートパフェは見ていて小気味よい。子どものように目をキラキラと輝かせていた。
「すげえ、ほんとに金魚鉢だっ。金魚のイチとニイにも見せてやりてえなあ」
 広喜の歓声は、強く大きく響く。今、お店のテーブルに幾つの金魚鉢が載っているのか。水族館じみた光景と、自分の前に広がる冗談みたいな光景に、笑いを堪える事が出来ない。
 チョコレートも苺も、そしてクリームも。冷たく、そして甘く、美味しい。
 それが二人で食べるなら、尚のこと。
「んーっ、すげえ美味えっ」
 眸から差し出されたチョコレートでコーティングされた苺を頬張り、広喜が喜びの声を上げる。
 お返しもまた、チョコレート掛けの苺。笑顔で差し出せば、眸がパクリと口へと運ぶ。
「パフェが終われば、温泉に行こウ」
 きっと其処でも楽しく過ごせる。
 二人ならば。
「おう、行こうぜ」
 そう、二人ならば。
 眸の言葉に、広喜が鷹揚に頷く。

●貴方と、温泉と
 パフェの後は温泉へ。
 灯とジェミの二人もまた、河岸を変え、温泉を楽しむ一員であった。
「灯さんと会ってから、思えば5年以上ね」
 感慨に耽つつも、ジェミの手は背中越しに灯の前面へと。急遽沸き立つ悲鳴はしかし、次の言葉に防がれる。
「あのね。灯さん。この先、もしも私が……」
 告げられたお願いは二人だけのもの。だから、灯はそれを胸に刻み、だけど、と首を振る。
 忘れないで欲しい。どんな彼女であっても、自分は大好きだと。
「決して忘れないわ」
 それは湯気の中で交わされた二人だけの約束だった。

 アリアと鈴の二人もまた湯船の中で語らう。今はまだ、友達の二人。だが――。
「鈴と一緒に出掛けたりするのは楽しいね。鈴の方はどうかな?」
「いつも気にかけて誘ってくれますし、悪い気はしてません。ありがとうございます」
 ただ……と紡ぐ声は震えていた。
「わたし、こういうの初めてで」
 上気した頬と視線が何を語ったのか。
 鈴の言葉にアリアは笑う。
「のぼせないように、ね」
 冬の空に、声だけが優しく響いた。

 そして、ここにも二人、温泉を楽しむ人影があった。
「とても贅沢な一日ダな」
 ぱしゃり。お湯を掬い、顔を濡らす。冬の外気に晒されて温まった頬は、すぐに冷えてしまう。
 甘い物。そして温泉。目まぐるしく、しかし、充実した一日だったと呟く眸はしかし、広喜の表情に首を傾げる。
 何か言いたげなその表情は、しかし、とても心地良く感じる物だった。
「うん、すっげえ贅沢で、すっげえ幸せな一日だっ」
 広喜は笑う。二人で過ごす以上の贅沢はない。青い瞳の笑顔は、そう告げていた。

「どうでした? 今回の誕生日は」
 戦乙女の問いに、マッサージチェアに揺られるヘリオライダーはふぃと微笑む。
 温泉旅館の浴衣がはだけ、少しだらしなく感じたが、幸い、周りに自身以外の人目はない。無視することにした。
「……いやー。楽しかったわ」
「何よりです」
 満足げな感想と共に差し出されたのは、冷やされた缶飲料だった。プルタブを開封すれば、ぷしゅりと空気の音が零れる。
「人生は温泉と甘い物、それと少しのお酒……でしたっけ?」
 何処かで聞いた台詞を口にするグリゼルダは、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、乾杯♪」
 三十路の大台を乗り越え、リーシャは思う。
 こうして無事、誕生日を迎えることが出来たのも、ケルベロスの皆のお陰だ。彼らが当たり前としてくれる日常。それが今に繋がっている。
「私も頑張らないと、ね」
 決意新たに。
 その想いを再度、胸に抱くのであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月24日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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