燃えよボイラー

作者:baron

 郊外の町にある小さなお風呂屋さん。
 既に廃業しているのか、単に休みの日なのか大きな煙突からは煙が上がってはいない。
『ボボボ!』
 そのお風呂屋さんの一角で、ドカンと音がしたかと思うと周囲の雪が解け始めた。
 いや、そこから火の手が上がり燃え始めたのである。
『ボ・イ・ラー!』
 道端に現れたのは古びたボイラーだった。
 今時の銭湯ならばともかく、昔の施設なのでボイラーも小さなものだ。
 おそらく電気自動車よりも小さな物だろう。だがしかし、一つ問題があった。
『グーラグラグラ、グラビティ!』
 そいつはダモクレスと化して暴れまわり始めたのである。


「郊外の町にあったお風呂屋さんのボイラーがダモクレスになってしまうようです」
 セリカ・リュミエールが地図を手に説明を始めた。
「幸いにも……と言って良いのか分かりませんが、シャッター商店街で人通りはありません。とはいえ放置すれば大変なことになりますので、その前に対処をお願いします」
 セリカはそういうと地図をテーブルに置いて続きを話し始めた。
「この敵は電化製品がダモクレス化した物です。元がボイラーであるからか、炎に寄る攻撃が得意な様ですね」
 セリカが言うには炎を吐き出したり、周辺に炎をばらまいて攻撃するらしい。
 それはそれとして体当たりなどでも攻撃できるので油断は禁物だそうだ。
 元がボイラーであろうとも、ダモクレス化すればグラビティによって変異しているだろう。
「この事件は、ユグドラシル・ウォーで逃げ延びたダモクレス勢力によるものでしょう。せっかく悪影響が収まりつつあるのに、また拡大させる訳にはいきません。できれば被害が出ない内にお願いします」
 セリカはそう言って軽く頭を下げた後……。少し思いついて付け加えた。
「このお風呂屋さんは予知の日はお休みですが、廃業はしていないようです。ヒールで修理すれば入れてくれると思いますので、希望される方は温まっていくのもよいかもしれませんね」
 そういうとヘリオンの準備に向かうのであった。


参加者
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)
ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
ティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)

■リプレイ


 シャッター商店街をケルベロス達が行く。
「おっふろーおっふろ♪ 寒い日のおふろって、あったかくて気持ちいいからずっと入っていたいよねー」
 カッポカッポと具足の足音立てて、ティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)は楽しそうだ。
「出るのが惜しくなっちゃうけど、みんなそうなのかな? ……かな?」
「……ボーット考え事してたら時間が経ってるのはあるかも」
 ティフがねーねーね~と尋ねれば、エヴァリーナ・ノーチェ(泡にはならない人魚姫・e20455)は答えてあげた。
 描いていた想像が思わず声に出てしまう。
「あそこがお風呂屋さんとして駅が向こうだから……。食事処や居酒屋さんがあの辺。本屋さんは駅の近くかな。小さなスーパーや喫茶店が本屋さんの両隣に……うんうん」
「かえりによってく?」
 エヴァリーナとティフは擦れて読めない看板ではなく、周囲に立っているオブジェを見ながら想像の翼をはためかせた。
 そして二人は床屋の回転灯が飴の様だと声を揃える。
「お風呂かあ……。最近すごく寒いもんね、温まってから帰るのは確かにありかも。ゆっくりしっかりお湯に浸かれば、肩凝りにも効くらしいし……」
 颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)はそう言いながら巨乳ではない我が身を省みる。
「いや、ちはるちゃんは見ての通りピチピチだから肩凝りとかないけどね? ないけど、効くならそれに越したこともないというか」
 ね? ちふゆちゃんもそう思うよね?
 妹分のキャリバーに加齢は関係ないとの答えを強要するちはる。
 ケルベロス達にはそんな彼女をそっと見て見ぬフリをする情けがあった。

「予知を聞く限り来ない筈ですが、万が一途中で現れたらこの場からすぐ離れる様にお伝えします……!」
「後は延焼しないように気を付けるってとこかな?」
 キョロキョロと周囲を確認しながら地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)が告げると、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は燃えない様に戦えるか考えつつ答えた。
「皆さんに癒しと清潔を与えてくれるお風呂屋さん……。そんな皆さんの集いの場所を悲劇の場所に変えさせる訳には行きません……!」
「そうだな。人々の窮地を見過ごすわけにはいかない」
 夏雪が小さな拳を握り締めると、ヒエル・ホノラルム(不器用な守りの拳・e27518)がポンと肩に手を置いた。
 ふと見上げると引き締めた口元が笑みの形に崩れ、ホっとしたのか夏雪の拳も崩れて掌が開く。
「廃棄された機械どころか、現役で活躍している町の機械にまで手を出すようになってきたようだな。だがどちらであろうとやることは一つだ」
 ヒエルはそう言って風呂屋の一角に対して進み出た。
 大きな音が表に近づいてきたからだ。
「旧型が進化するなら、どうせだったら適温で止める方向に進化してほしかったな。まあダモクレスに言っても詮無いことなんだろうけどさ……」
 千翠は音と共に漏れ出て来た煙を見つけ、やはりダモクレスかと苦笑した。
「こちらは封鎖を終えた。そちらはどうだ?」
「こっちもよ。どうせ用意した看板を地面に刺すだけだしね。誰かも言ってたけど流れ弾を出さない様にってのは同感よ」
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290) とアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は周囲を封鎖している。
 双牙が道の左右にテープを張り、アウレリアがデウスエクスとの戦闘アリと書いた看板を突き刺していたのだ。
『ボボボ!』
「……構造上、仕方ないとはいえ掃除が行き届いていないわね。少し遅いけれど大掃除といきましょうか」
 ダモクレスが風呂屋の扉を突き破ると周囲は煙や煤で一杯になる。
 植物まで絡まっている姿にアウレリアは顔をしかめた。
「たまに見かける季節ものダモクレス……といっては何だが。正月から身体を温めるには良さそうな相手だ……風呂屋にはとんだ災難だがな」
 双牙が身構えた時、敵と味方が同時に動き出す。

『ボ・イ・ラー!』
 まずはダモクレスがドロドロとした溶岩を流し込んで来る!
 灼熱の流れは地面に焼け跡を、空に煙と蒸気を大量に吐き出していた。
「必ず止める!」
「汚れの拡大はナンセンスよ」
 ヒエルはキャリバーの魂現拳を連れ、アウレリアはビハインドであり亡き夫の魂であるアルベルトを置いて前に出た。
 並び立って仲間の盾となり、前衛として攻撃を防ぎにかかったのだ。
「えっと……大丈夫みたいだし、攻撃で良いかな?」
「問題ない。それで行ってくれ」
 千翠が視線を向けると受け止めたヒエルは特に火傷をしていない。
 敵は火力役でも妨害役でもないので今は治療する程ではないようだ。
 ならばと千翠は足を振りかぶりサッカーボールの様に空気を蹴り飛ばしてオーラを飛ばしたのである。
「上手く命中だね! でもなんだか、お腹空いたな~」
 エヴァリーナは花が咲き誇るような杖で殴りつけたが、不思議とお腹が空くのを感じた。
 それもただお腹が空いたわけではない、強烈な一撃を放つために杖や精霊と強調した時、なんだか妙にお肉が食べたくなってしまったのだ。
「あったかい機械なのに冷やして、ごめんね……」
 夏雪は周囲に粉雪を降らせ始めた。
 このシャッター商店街にはアーケードもないので、チラゴラと雪が舞う姿は自然な物だ。
 しかしその雪に触れたダモクレスは、避けることも必ずダメージを追ってしまう。
「冷やす……か。ここは温度調整でもしておくとしよう」
 双牙は腕を動かし手甲を振った。
 爪先の刃で描かれた狼座は、吠え猛る様にグラビティを伴って走り抜ける。
 それは凍れる顎となり果ててダモクレスの熱量を奪い去って行った。
「あら、奇遇ね。私も似たようなことを考えていた所よ。……少し、頭を冷やしなさい」
 アウレリアは黒鉄の銃を構え弾倉に新たな弾丸を送り込んだ。
 回転により送り込まれるソレは、分子振動を抑圧する事で凍結を開始。
 着弾と同時に周囲の温度が急激に下がるのは、物体を構成する分子そのものが運動を止めて冷却されてしまうからである。
「少し遅れたか。だが戦いに遅いという事はない。……お前の攻撃は必ず当たる。これまで培ってきた経験が生きるはずだ」
 ヒエルは体内を巡る闘気を共に戦う仲間たちに送り込んだ。
 それは仲間たちを落ち着かせ、攻撃を当てるために欠かせない集中力を上げていく。
「そんじゃまずは相手の動きを止めないとねー」
 ちはるは疾走するとシャッターよりも高くジャンプして飛び蹴りの態勢に入る。
 残念ながら動きを止めることは出来なかったが、ダモクレスを蹴り飛ばした後で同じく突撃を掛けたキャリバーのちふゆに乗って下がった。
「回復なのねっ」
 ティフは自らの役目を思い出すと、腰に下げたボルトを叩いて楽器の様に鳴らした。
 そして四本の足でステップを踏み、具足と打ち合わせて音とスパークを増やしていく。
 それらは傷ついた仲間を癒し、守りの力と成ったのである。

 やがて戦いは膠着し始めた。
 お互いの仕掛けた攻撃による、ダメージや負荷をそれぞれ癒していく。
 攻撃力やタフネスが高いのはダモクレスであり、手数が多いのはケルベロスであった。
『ファイヤー!』
「くっ……。やるわね。でもそろそろ限界じゃないかしら」
 ダモクレスの周辺が燃え上がり、アウレリア達が何とか食い止める。
 与えている負荷も回復されるたびに剥がされはするが全てではない。
 膠着すれば手数に勝るケルベロス側が有利なのだ。回復封じが効いているのも大きいだろう。
「よくも……やってくれやがったな! 敵は……壊せ。無に還せ」
 盾役がカバーに入っても確実に防御できるわけではなく、千翠は炎の中から雄たけびを上げて飛び出した。
 自身に絡みつく呪いを力に変えて、暴虐の化身としてダモクレスに組み付いていく。
 軽自動車ほどもあるその体を持ち上げて、そのまま地面に叩き付けたのであった。
「えっと……どうしよっか。ボーボーはいってないよね。じゃあ攻撃しよっかな。お腹空いたし早く終わらせたいし」
 エヴァリーナは少しだけ迷った後、結界が全て壊されていないのに気が付いた。
 守りの力が萌えるのを防いでいるので、回復はいいかと攻撃に回ったのだ。
 プルルンと揺れるオウガメタルがダモクレスの表面を壊すのを見て、そこが服なんだねと納得したのであった。
「頃合いだな。旋風の如く疾く鋭く、重ねる刃、巨岩を削り、穿ち貫く――スクリュー・パルバライザー……!」
 双牙は両の腕を燃え上がらせ、指先を畳んで手刀を創り上げた。
 そしていつもの倍の跳躍と、いつもよりも早い回転を加え、更に攻撃から攻撃に繋いで連撃を浴びせたのだ。
 倍の倍の動きに加えて二倍・三倍の攻撃を浴びせ、怒涛の攻撃で先ほど破壊された負荷を再び拡大したのである。
「ちょっと心配なので、こっちに戻して……。いきます!」
 夏雪は粉雪を振りまきながら飛翔した。
 途中でソレは吹雪となり、急加速を掛けて直撃したのだ。
 少し前は別の技を使っていたが、運悪く解除された負荷が動きを止める物だったので技を当初の物に戻したのだ。
「成長したな、夏。……この様子ならば遠慮は不要か」
 これまで回復の補助もすることも多かったヒエルだが、もはやその必要はない。
 相手は火力の高いタイプではなく、治癒能力で仕切り直すタイプなのだが……。
 回復不能ダメージがもはや補えないところまで来ている。
「後は逃がさぬように倒すのみ!」
 ヒエルは防御のために広げていた掌を閉じ、再び拳として振るった。
 鉄拳がボロボロの装甲を貫き、グラビティを奪って掌の傷を僅かに癒した。
「うーん。もっかい最初からからあ。まあ仕方ないね」
「あまり心配は要らないのではない? どうせ後少しで倒せるもの。そういう意味では確かに逃がさない方が重要よ」
 ちはるが肩をすくめて動きを止め直すかと考えていると、アウレリアが首を振って銃を構えた。
 そして闘気を弾倉に送り込み、オーラを弾丸の代わりに放ったのである。
「それもそっか。んじゃ。……すぐ終わるよ。痛みも、命も」
 ちはるは電子ウィルスをチップに仕込んだ短刀を振るう。
 これはダモクレスに対する毒であり、プログラムが機能を次々と止めて行った。
 潜り込み増殖し、やがては死……停止に至る様に追い込んでいく。
「ええと……もう治療しなくても良いんだっけ? 偶には攻撃しても良いよね。まだ戦うなら次に回復すればいいかな」
 そう言ってティフは怒りを集めて雷を作ってみた。
 あんまり強くなかったので、『もうおこった!』と気合を入れてみた。
 これなら何とかなるかな? と気合のままに叩き付けてみたのである。
『グ……ラ、ビ、ティ……』
 崩れかけたダモクレスは、それでも周囲に蔦を伸ばして来た。
 機械の中に混ざり合った植物が、既に破片と化した刃を振るっている。
「俺が止める!」
「……なら、これでトドメだな!」
 ヒエルと魂現拳らがブロックに入ると今度は成功し、千翠はその影から刀を一閃した。
 禍々しく刃が煌いたがダモクレスには耐える力も残っておらず、抵抗する間もなくただのボイラーの残骸になり果てたのである。

 そしてダモクレスが動かないことを確認すると、今度は近くの建物やシャッターを確認し始めた。
「見た感じ大きな流れ弾は行ってないみたいだな。風呂屋の周囲は仕方ないとして」
「ならこの辺りのヒールして終りね。元の形が変わってしまうのでヒールはあまり好きではないのだけれど……」
 千翠がホっと溜息を吐くと、アウレリアは別の心配をした。
 修復作業をすれば良いと言っても、それはそれで問題がある。
「私がヒールするとお野菜や果物が生えたり食べ物屋さんみたいに幻想化しちゃうからなあ……」
「名物にして人を呼び込めば商店街の活性化に繋がるかしら? 店主さんの許可は必要だけれどね」
 義妹であるエヴァリーナのつぶやきに頷きながら、アウレリアは避難解除のついでに許可を求めるために連絡を入れた。
「直す前に壊さねばならんとは難儀な話だが、さっさと片付けるか」
「そうだねー。もし汚れちゃったら言ってね。クリーニングできるから」
 封鎖用のテープを剥がした双牙が気力を移し始めると、エヴァリーナは薬液の霧で周囲を修復し始めた。
 そして煤で汚れた仲間たちに声をかけていく。
「持ちあげるから固定してー」
「ホイサっと。こんな所ですかね」
 ちはるがシャッターの破片を持ち上げると、千翠は拳で殴って場所を固定した。
 角の様にデコボコした所が出てしまうが、そこは刃物で斬り落とせば問題ない。奇妙な変異よりはマシだろう。
「おわった? なら、おふろだ~」
「ちふゆちゃんは後で洗ったげるからね」
 顔に着いた汚れをゴシゴシしながらティフが立ち上がると、ちはるはちふゆを駐車場に連れて行く。
「ホントはお酒をきゅっといきたいんだけどねー」
「温泉はともかくこういう所では無粋だからね」
 ちはるも千翠もお酒好き好きだが、町の銭湯で呑んだり越境して騒ぐ気はない。
「折角ですし僕らもお風呂で温まって行きませんか?」
「そうだな。しかし夏も戦うようになって体も少しずつ逞しくなってきたのではないか? さっきは判断も良かった」
 夏雪はヒエルの言葉に、はにかんだ笑顔を浮かべる。
「せめて人並みには逞しくなりたいとは思っていましたが……その目標に少しずつ近づいているのでしょうか……?」
 嬉しい事は嬉しいのだが、更衣室で見比べると夏雪はヒエルとの差を感じてしまう。
「男子三日会わざればと言うが三日で追い付いたら立つ瀬はあるまい」
 戦闘の後に銭湯、しかも位置的に先頭ではないか。
 双牙はくだらないことを思いついてしまったので、代わりに他愛ない言葉をかけて誤魔化すことにした。
「だが段々と成長しているのも確かだ」
「そうだと良いのですが……」
 ヒエル言葉に夏雪は自分もいつか大切な人々を守れるように、強く成れるかなと逞しい背中を見上げるのであった。

「温かかったねー。牛乳も冷えてて美味しかったー」
「ちゃんと乾かした? 風邪を引いちゃうわよ」
 ティフが飛び出してくるのを、先に出ていたアウレリアは思わず止めた。
「……みんな遅いと思ったら、そんなに買い込んできたのね」
「全種類かったけど……全然足りない。どこかに売ってないかな」
 アウレリアがあがった後で、エヴァリーナたちは売店で色々買っていたらしい。
 ちはるが勝っているラムネや、双牙が買った牛乳なんかはもう片付けて、義妹はコーヒー牛乳を飲んでいた。
 男性用風呂ではどんな話で盛り上がったのだろう?
 風呂上がりに誰かを待つ光景、そんな他愛ない姿こそケルベロスが守る人々の日常だと思いながら。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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