攻性植物拠点調査隊~消えゆく境界

作者:質種剰

●呼び声の余韻
 城ヶ島は中央に位置するラベンダー畑。
 そこへ3台のヘリオンで乗りつけたケルベロスたちは、別働隊が島のあちこちで敵を引きつけてくれた隙を突いて、空挺降下を行った。
 まずは方々へ移動する竜牙兵とニーズヘッグを殲滅した後、馬の背洞門で他班と協力しての挟み撃ちにも成功。
 後は、未だ島の真ん中に残っていたニーズヘッグを掃討して、城ヶ島大橋で始まっている包囲殲滅戦へ加勢する——はずだった。
 この『不完全で不安定な魔空回廊』を見つけるまでは。
 歪な魔空回廊に一瞬映ったフィンブルの聖華隊の歌は、まるでケルベロスを誘い込む呼び声のように思えた。
 それでも、
「いくら重要な情報を得られるかもしれなくても、あまりに危険すぎませんか?」
 据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が心配するのも、常識的に考えてもっともである。
「ここは一旦戻って、ヘリオライダーの予知を確認してからのほうが適切でショウ」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)も、仲間の慎重論へ同調した。
 だが、皆が真剣に議論を闘わせる最中、さらなる異変が起こった。
「…………」
 副島・二郎(不屈の破片・e56537)が瞼を伏せてじっと耳を澄ます。
 どうやら敵も城ヶ島の異変に気づいたのか、聖華隊の歌がぴたりと止んだのだ。
「そんな……」
 マヒナ・マオリ(カミサマガタリ・e26402)の瞳が曇る。
 それは、今まで開いていた魔空空間を消しさるという決断に他ならない。
 このままでは、数分もしないうちに魔空回廊が閉じられてしまうかもしれない。
「どうしよう……!」
 夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)が焦るのも無理からぬことだ。
「行くんなら、今まさに決断の時か」
 藤林・九十九(藤林一刀流免許皆伝・e67549)は重々しく溜め息をついた。
「でも、かなり危険が大きい……よね」
 いつも無表情なリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)も、この時ばかりは迷いに瞳を揺らしている。
「ですよね。スルーして大橋へ向かうのも、選択肢の一つかと」
 自然と用心深くなっているのはミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)だ。
「どうするべきか……」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)も、すぐには決めあぐねて呻いている。
「敵性存在の異常を確認」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)は冷静に状況を伝えた。
「もう時間がないわ」
 と、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)も不安そうだ。
 閉じかかっている魔空回廊へ飛び込むか否か。
 全てはケルベロスたちの決断にかかっている。
●突破
 いよいよ『不完全で不安定な魔空回廊』の内部へ飛び込んだケルベロスたち。
「回廊内で情報を得ようとするよりは、速度重視で進むのが良いかと思います」
 と、基本的な行動方針を提案した赤煙は、レスキュードローン・デバイスを引き連れている。
「しかし全員バラバラと成るのは非常にまずい。可能な限り固まって行くべきか?」
 ゴッドサイト・デバイスを嵌めて索敵しながら、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)も頷く。
「……居ない」
 同じく強化ゴーグルを覗いた状態で小さく叫ぶのは璃音。
 魔空回廊の内部に敵がいないのは、とにかく最速突破を目指す8人にとって、かなり喜ばしい事態だからだ。
「ジェットパック・デバイスで飛行突破、今のうちにいかがでしょうか?」
 そう尋ねるミオリはアームドアーム・デバイスを装着している。
「行こう」
 早速リリエッタのジェットパック・デバイスで皆を牽引して、出口を探す8人。
「速度をあげるのに比例して、歌声が大きくなっていませんか?」
 ずっと耳を澄まして例の歌声を気にしていたミリムが、飛びながら尋ねる。
「多分、歌声が出口から響いているせい……だとしたら、辻褄が合うな」
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が頷く。彼のデバイスはディフェンダーの機械腕だ。
 外界では確かに途絶えていたはずの歌が、魔空回廊内部に入ってから、再び聴こえ始めたのだ。
「けれど、外から聴こえなかったということは……この歌も消えている途中かもしれないわね」
 かぐらが推測する。
「歌が完全に消えた時、回廊もまた閉じるのか」
 そう結論づけるのはユグゴト。
「見ろ、我らの通ってきた道は既に無くなっている。HAHAHA」
 8人に沈黙が落ちた。
「この歌が、聖王女の力なのかな?」
 璃音が不安がる。
「魔空回廊を歌で操作する存在、厄介だな」
 千梨も日頃の呑気さは忘れて、低く呻いた。
 それでも、敵のいないことも幸いして、一気に魔空回廊の出口まで辿り着いた8人。
 元より安全第一で無理な探索を控える方針な上、消えいく歌に急かされての行軍だったので、
「魔空回廊の中なんて、比較できる程知らないけど、ここがおかしいことはなんとなくわかるよ」
 そんなリリエッタの呟きが、『不完全で不安定な魔空回廊』の印象の大半であった。

●対峙
「きゃぁぁああああ!!!」
 8人が外へ出た瞬間、魂切る悲鳴が耳を劈く。
 見ると、フィンブルの聖華隊が、怯えた表情でこちらの様子を窺っている。
 そして、魔空回廊の中で聴いたのとは違う、悲愴感漂う歌を歌い始めた。
 ——まるで、誰かに助けを求めるかのように。
 本来なら『戦闘を避けて安全確保』が作戦の方針なので、8人はフィンブルの聖華隊からも逃げるべきか迷う。
 しかし、どっちへ逃げたかをフィンブルの聖華隊に見られる自体マズいのも事実。
 ましてや、さっきと違う歌を歌っているのも、敵の増援を呼んでいるとしか思えない。
「倒そう。……チキるわけじゃないけど、今逃げたらきっと敵の大群に包囲されてもっとヤバくなる、絶対」
 断言する傍ら、璃音はエゴを具現化した黒鎖を投げつける。
「ええ。彼女らの歌の効果はとても厄介だと、さっき思い知りましたからな」
 赤煙も肯定して、口から炎の息を吐きかけ、聖華隊数人を焼き払った。
「効力射、始めます」
 ミサイルポッドから焼夷弾をばら撒いて、聖華隊たちを炎に包むのはミオリだ。

●索敵
 フィンブルの聖華隊をすぐに殲滅できたのは意外だった。
「余程、歌の力に特化してる分、戦闘力自体は高くなかった……とか」
 首を傾げるかぐら。
 ともあれ、8人は魔空回廊の出口から一旦離れて身を隠した。
「流石の文明の利器も効かないか」
 赤煙のスーパーGPSの甲斐もなく、落胆する千梨。
 ただ、ここが森の中であること、生えている木々や草花の種類から日本と大きく離れていないのは判るが、それだけだった。
「気温は12度。日本の南の植生と北の植生が混在している模様」
 ミオリの分析が、さらに場所の特定を困難にしていた。
「日本にしては、雪は降ってないね……」
 ふとリリエッタが空を見上げれば、決して近くはないがそう遠くもない距離に空気の幕があることへ気づく。
「もしかしたら、あれは何かの結界みたいなもので、攻性植物の拠点を覆い隠してるのかもしれませんね」
 ミリムはそう予想した。
 その時。
「敵群の移動を察知した」
 強化ゴーグル姿のユグゴトが告げた。
「あれは……」
 璃音が木を隠れ蓑にふわりと翼で舞い上がり、敵を確認する。
 遠くに捉えたのは、緑の三角帽子を被ったツインテ魔女っ娘——マソウショウジョモドキの大群だ。
 その緑の集団を、紫のバルーンスカート、ピンクのツインテール、ゴールドのプリーツスカート、赤いボックスプリーツ、青い斧使い——計5色、もとい5体の魔草少女が指揮しているらしい。
「あの数が多いミドリだけなら、出しぬけるでしょうか…?」
 敵群の詳細を聞いて、思案するミオリ。
「行動が単調だし、判断力も無さそうだな。誘導しても良いし、一点突破も可能かも」
 千梨が頷く。
「ですが、あの指揮官がいる限り、そう上手くはいきますまい」
 赤煙の懸念は、単純に悲観的とは言えない。
 何せ、あの5色とも全員が、ユグドラシル・ウォーで見た顔触れである。
 強敵を前にすれば、必要以上に慎重になるのも道理だろう。
「通じるか否か不明だが、陽動や囮で撹乱して1人だけでも脱出させるか」
 ユグゴトが言う。
「或いは、指揮官のみを狙って急襲、撃破した隙に脱出を目指すか……」
 真剣な声になるリリエッタ。
「しかし、指揮官は5体もいますし、1体を攻撃しただけでは、どれほど隙ができるかわかりません、ね」
 とミオリ。
 敵に徐々に囲まれつつある見知らぬ森の中、脱出方法の議論は白熱した。
「いっそのこと、指揮官5体に対して、5人が一斉に攻撃を仕掛けられれば、残り3人の脱出難易度は下がるかもしれない……?」
 しまいには、普段の依頼ではなかなか聞かないような仲間を犠牲にする作戦が、かぐらの口からぽろっと零れる。
 それぐらい、事態は逼迫していた。


参加者
ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 例の『不完全で不安定な魔空回廊』を通って、謎の森にやってきたケルベロスたち。
 手早くフィンブルの聖華隊を蹴散らしたが、数多のマソウショウジョモドキとその指揮官5体に存在を察知され、徐々に囲まれてしまう。
 空間の幕が浮かぶ未開の地で、敵の包囲網から脱出すべく、8人は知恵を絞った。
「モドキたちは辺りに満遍なく配置されていて、今のままじゃどこも大して数は変わらなさそう」
 早速ゴットサイト・デバイスで敵の密集具合を報せるのは夢見星・璃音(輝光構え天災屠る魔法少女・e45228)。
 身体には隠密気流を纏わせ、空中から指揮官を探す際も木を隠れ蓑にして、こちらの位置を気取られまいと苦心している。
「で、色つき指揮官は……南西に紫、北側に桃色、南東に青と金色、北東に赤だね。比較的紫の周りが手薄かな」
 どうせなら孤立した指揮官でも居てくれれば迷いなくそこへ突撃するのに——と歯噛みする思いで地面へ降りる璃音だ。
「『一滴の油、これを広き池水のうちに点ずれば、散じて満池に及ぶとや』」
 次いで据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)が、璃音の示した南西へ向けて、レスキュードローン・デバイスを放った。
「この8人と一箱の動きが、世界に関わるという訳ですな」
 ちなみに彼が引用した名言は、人によって解釈へ多少の幅はあるものの、小さな一歩一歩でもいずれ大きな成果を生むという点に違いはない。
「突入の直前、島に残る人から『また一緒に』って言われたからね……」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は、仲間の声かけを励みにしつつ、足元の淡い光輪からビームを展開させる。
 いざという時は足止め班4人、脱出班4人に分かれて行動する予定だが、かぐら含めた足止め班とて必ずしも倒れるまで戦い続けるつもりはない。
 そのため、チェイスアート・デバイスの逃げやすさを全員に付与するのは、やはり重要といえよう。
 ガサガサガサ——!!
 金属の龍の形をしたドローンが南西の木々にわざとぶつかって、繁った枝葉と張り詰めた空気を盛大に揺らした。
 近辺のマソウショウジョモドキたちにわざとドローンの存在を気づかせ、奴らがそれを追いかけることで指揮官の柴崎 菫を孤立させようという作戦だ。
 現に、マソウショウジョモドキらはドローンの挙動をケルベロスの動きと誤認して、捜索や追跡を始めている。
 ケルベロスたちも、菫のいる南西への移動を開始した。もちろん気配を徹底的に殺し、周囲を十二分に警戒しながら。
(「ずっと森の女神が気になっていた……傷ついた者達を本当に癒す気だったのか、それとも戦わせる為の方便か」)
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は、早速隠された森の小径を発動させつつ、そんなことを考えていた。
 回廊を抜けてからこっち、いかに仲間全員で帰るかを真剣に考えていた千梨だから、
(「だから……死地に来たつもりは無い。思考しろ。前へ進め」
 疲労から度重なる眠気にも耐え、今は冴え渡った頭で森の木や背の高い草へ道を拓かせては、ずんずんと足を進めている。
 赤煙が噴射したバイオガスが一帯に充満したため、一刻も早くこの場を離れる必要があるのだ。
「隠密行動開始」
 ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629)も、特殊な気流を噴き上げて自分や仲間を包み込んでから、千梨の後へ続く。
 攻め込む指揮官次第では、近接グラビティ対策に仲間のジェットパック・デバイスを用いて5人まで飛んで移動する予定だったが、幸か不幸か今から戦う菫は妖精弓使いであり、射程の長いグラビティばかりで攻撃してくる。
 それゆえ、皆一様に地上を歩いていた、その時。
 ——ドスッ!
「あなた達など、私一人で充分です」
 柴崎 菫の射かけた自動追尾の矢が、璃音の胸を深々と刺し貫いた。
「星域結界展開」
 慌てて、シロガネの切っ先で守護星座を描き、仲間の怪我を癒すミオリ。
「何を選択しても賭けみたいな状況か、否か」
 ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)はもはやイシコロエフェクトの意味もないと、菫へ立ち向かう。
「貴様の物語を否定する」
 菫の存在を『否定』し、証明を混濁させては自身の在り方を見失わせる。
 例え一時でも己の『物語=回避』すら放棄するほどに自信、足場を失って混迷の渦へ投げ込まれた菫の心身ダメージは、決して軽くない。
 エイクリィもまた、主人の意思に忠実に菫の脚へガブリと噛みつき、鋭い牙を立てている。
「…………」
 そして『陽動役の自分が別方向に逃げた仲間を案じる』という演技を、元来た方向をチラチラ見やることで違和感なくこなすユグゴトだ。
「なんとなく、本州とかじゃなくて、無人島を囲ってるんじゃないかなってイメージ……」
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)は、遠くに広がる空気の幕を見て、そんなふうに予想してみせた。
「ともあれ、うまく孤立してくれて良かった。幸先良いね」
 そう笑って菫を狙い撃つのはLC-X12 Type ASSAULT。
 グラビティを中和して弱体化させるエネルギー光弾を、正確な軌道で菫の身体へぶち当てた。
「危険な状況ではありますけど、あの空気の幕がどうなってるのか気になりますね」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、漲る好奇心で自らを奮い立たせて、槍を構える。
「甘く見ない方が良いですよー!」
 崩天槍ホワイトローズランスを手に繰り出すのは、稲妻を帯びた超高速の突き攻撃だ。
 菫のバルーンスカートを貫いた威力はかなりのもので、迸る稲光が奴の神経回路をも麻痺させていく。


 強敵との厳しい戦いが続く。
「攻撃を集中します」
 そう言い放って、ガトリングガンを容赦なく連射するのはミオリ。
 蜂の巣にすべく撃ち出された弾幕が、菫の細い腹へ命中しては断続的に煙を上げた。
 そして、銃を撃つ間にもミオリは空いた手を胸の前へ持ち上げ、腕時計を確認するような素振りも忘れない。
 まるで時間を気にしているかのように。仲間が脱出するまでは戦いを長引かせんと目論んでいるかのように。
「相手が強いからこそ、基本的な戦術を踏襲していきましょう」
 かぐらは得意のドラゴニックハンマーをぶん回して、竜砲弾を発射。
 菫の太ももへ風穴を開けるべく、狙い済まして命中させた。
 その傍ら、ユグゴトと同じ方向をこそこそと目線だけで気にするのも忘れない。これも演技である。
「足元がお留守よお馬鹿さん。いくら陽動とはいえ、戦力が足りな過ぎたのではないかしら?」
 と、菫は2つ重ねた妖精弓から弓弦を引き絞って漆黒の矢を射出。
 赤煙を庇ったエイクリィの赤黒い触手塗れの缶を、ズブリと抉り抜いた。
「他を気にして、私と戦えると思っているのですか?」
 そうせせら笑う菫。ケルベロスたちは、綱渡りの状況ながらも、自分達の目論見が上手くいったのを感じ取った。
「お前らの狙いは、お前らを袋叩きにしようと私たちが包囲を解いてこの場に戦力を集中する事……その手には乗りません」
 菫はすっかり、『8人とは別の仲間が包囲網の突破を図っており、8人はその者達を逃すための囮部隊である』と思い込みはじめていた。
「ニーズヘッグは俺達が全滅させたさ」
 ならばと、紅葉鋼から光輝くオウガ粒子を撒き散らしながら、千梨が挑発する。
 眩い光の粒がキラキラと千梨自身やミリム、リリエッタに降り注いで、前衛陣の超感覚を覚醒させた。
「ですから、竜業合体したドラゴンもあなた方の仲間にはなりませんよ」
 赤煙も仲間と口裏を合わせて、菫との戦闘を長引かせんとする陽動部隊を演じた。
 同時に繰り出すのは、凍気纏いしパイルバンカーによるイカルガストライク。
 雪さえもたじろく凍気が突き刺した傷から菫を襲い、さらなる激痛を齎した。
「笑止。我らが聖王女アンジェローゼ様は、一度救うと決めた者を見捨てる事はありません」
 それでも菫は顔色ひとつ変えず、8人へ向かって言い返す。
「例えニーズヘッグが全滅したとしても、彼らの力になるユグドラシルの根は、まだここにあるのですから」
 ぺらぺらと自分たちの内情を喋ってしまうのは一見軽率に見えるも、自分だけで8人とも亡き者にできるという自信の表れかもしれない。
 実際、8人を陽動と見做してからの菫は、僅かに攻撃の手を緩めていた。
 それは生かさず殺さず戦闘を長引かせるついでに、ケルベロスの持ち得る情報を引き出そうという目算があるからだろうか。
 戦闘開始から十数分が経って、互いに望んでの長期戦に変化が訪れた。
「菫ちゃーん、大丈夫ー? 今行くからねーー!」
 桃野 桜が無邪気にも通信魔法を使って、加勢を宣言したのだ。
「あの馬鹿!」
 想像だにしない援軍へ、明らかに動揺する菫。
「この弾丸は——お前を滅ぼすまで追いかけるよ!」
 その隙を突いて今こそ猛攻を仕掛けんと、虚ろな弾丸を撃ち出すリリエッタ。
「ホロゥ・バレット!」
 敵をどこまでも追いかける実体のない弾が、菫の体力、否、命そのものの一部を削ぎ落とした。
「裂き咲き散れ!」
 ミリムも勢いに乗って暴斧Beowulfへ緋色の闘気を宿らせ、菫へ肉薄。
 素早く複雑な緋色の牡丹を描く斬撃を繰り出して、奴の腕を切り刻んだ。
「馬鹿な仔ほど可愛……HAHAHA、何でもない」
 ユグゴトは果たして菫を同情しているのか、はたまた煽っているのか。
 ともあれ、醜悪なる母体の偶像を蟹座の形に並べ変えて、蟹のオーラを飛ばしてぶつけた。
 エイクリィもエクトプラズムで山羊の頭を作り、ぐるぐると醜悪に曲がりくねったツノを武器がわりに、菫へ叩きつけている。
「私を待っている方がいる。私が消えたら悲しむ方がいる」
 璃音は決死の覚悟で火水風土雷氷光闇の魔力を束ねた虹の巨剣を形成。
「だから私は絶対、無事に戻らないといけないんだ……!」
 魔力の活性化によって眩く輝く刀身を、渾身の力で振り下ろした。
「……さては、お前達……本当は陽動で無く…………窮鼠——」
 それが、柴崎 菫の最期の言葉だった。


 菫の撃破を契機に、マソウショウジョモドキらの動きが慌しさを増した。
「多分、こっちを囲んで殺す作戦に切り替えたってことかな」
 璃音が強化ゴーグルを覗いて言う。
 しかし、見方を変えれば、今の状況は一点突破の脱出を狙う千載一遇の好機でもある。
 当初の予定通りに8人で固まって移動を試み、包囲を狭めてくるマソウショウジョモドキの群れを突っ切ることができれば——。
 希望を胸に森を進む一行だったが、そうは問屋が卸さない。
「菫ちゃんの仇ーー! 覚悟ーーッ!!」
 指揮官の1体、桃野 桜が、遮二無二突撃をかましてきたのだ。
 思わず顔を見合わせる8人。
(「桃色の対応に時間を割くのはマズいな」)
(「せっかくのチャンスをフイにしてしまうことになりますね」)
(「桃色さえ来なければ、全員で脱出を目指す作戦が行えましたが」)
(「今だって、桃色を足止めできれば、足止め班は脱出できるわ」)
 足止め班の4人——千梨、赤煙、ミオリ、かぐらが短く目配せして、覚悟を決めた。
「指揮官の相手は任せて!」
 かぐらは脱出班へ声をかけると共に、独自の改造を施した小型治療無人機を統率。
「ドローン起動。集中モードで展開」
 警護機能の代わりに有した異状回復機能を遺憾なく発揮させて、ミオリの体力を回復させた。
「さっき以上に長引きそうだし、早いとこ飛んだ方が良いな」
 次いで千梨がジェットパック・デバイスからビームを伸ばして、足止め班全員を牽引、宙へ浮かせる。桜のマインドスラッシャー対策だ。
「気脈の流れはグラビティチェインの流れ……」
 オーラを鍼の形に凝縮して、ミオリ目掛けて飛ばすのは赤煙。
 鍼は背中のツボをいくつも刺激し、蓄積した痛みや疲労を淡雪がごとく消し去った。
「続けていきます」
 ミオリはエアシューズのローラーダッシュを地面へ擦りつけるようにして接近。
 摩擦によって生じた炎もろとも、桜へ鋭い蹴りを喰らわせた。
 一方。
 脱出班のリリエッタ、璃音、ミリム、ユグゴトは、桜戦の余波でモドキたちの包囲が崩れた箇所へ、強行突破すべく突進していく。
 それでも数体のマソウショウジョモドキが、4人の前に立ち塞がった。
「リリ、死ぬ気なんて全然ないよ。だって、友達が待っててくれてるんだもん」
 サウザンドビラーをうさぎ座の形に並べて、うさぎ型のオーラを飛ばすのはリリエッタ。
 瞬く星々の幻影がマソウショウジョモドキへ襲いかかり、光の冷たさに違わぬ極寒をその身に齎した。
「わらわら集まってこられる前に突破しちゃおう!」
 璃音は気合いも充分に日本刀を抜き払い、マソウショウジョモドキへ斬りかかる。
 白い刀身が三日月のごとく緩やかな弧に閃いて、マソウショウジョモドキの急所を的確に斬り裂いた。
「同感です。時間はかけていられませんからね!」
 ミリムも崩天槍ホワイトローズランスを振り翳して、勢いよく高速回転させる。
 そのまま回転刺突を繰り出し、周囲のマソウショウジョモドキの群れを一気に薙ぎ払った。
「嗚呼。今こそ期待に応えよう。靴は履いて在るゆえ安心し給え」
 ユグゴトは脱出班唯一のジャマーとして責任感を感じつつ、脳漿砕きを振り下ろす。
 砲撃形態の頭部より放たれた轟竜砲が、マソウショウジョモドキの胸を撃ち抜き、息の根を止めた。
 そんなこんなで、マソウショウジョモドキの包囲網を何とか突破した4人。
「逃がすか! ユーカリダガー発射!」
 マソウショウジョモドキたちが後ろから放ってくる魔法グラビティに多少は煩わされたものの、包囲の外へ出てしまえばユグゴトのチェイスアート・デバイスの効果で悠々と逃げ切れた。
「あれは……?」
 そのまま走っていると、見覚えのある光の照り返しを発見。
 空間の幕である。
 光の屈折の問題なのか遠目には地面とほぼ平行な天井部分しか見えなかったが、実際は巨大な半球状に謎の森を覆い尽くしていたのだ。
 だが考えに足を停める余裕などなく、4人が慌てて幕を超えた途端、周囲がごく普通の森に変わった。
 突破してきた方を振り返っても、何も見えず何も聞こえず、内側の喧騒ごと完全に隠されているとわかる。
「大丈夫かな、足止め班のみんな……」
 璃音が心配になるのも無理はない。
「見えなくなりましたけど、グラビティ当てたらどうなるんですかね?」
 訝ったミリムが暴斧Beowulfのルーンを発動させて、光り輝く呪力と共に振り下ろす。
 すると、空気の幕は音もなく歪み、曼荼羅のような文様が浮かび上がった。
「手応えないのが変な感じ……」
 璃音も重力を宿した跳び蹴りで追い討ちをかける。
 4人の連撃によって空間の幕の一部が目に見えて崩れ、曼荼羅らしき幻覚はバラバラに破砕。
 大小様々な曼荼羅の破片はそのまま光の粒子に変じて空へ昇り、何かに吸い込まれるかのごとく消滅した。
「何だ今のは。忌々しい鳥の仕業か」
「ですよね。あの曼荼羅の模様、なんかビルシャナの力っぽい……」
 唖然とするユグゴトに頷くミリム。
「わかった」
 ふと、辺りを見回していたリリエッタが、小さく叫んだ。
「ここ、島根県の隠岐島だよ。リリも来たことあると思う」
 菩薩累乗会やミッションで何度も訪れていたことが幸いしたようだ。
「聖王女はビルシャナ勢力にまで手を伸ばしたのかな……」
 リリエッタが曼荼羅を思い返して呟く。
「嗚呼。目が回る、世界が回る。今日は一滴も呑んで無いが、此は酒の酩酊か、否か」
 ユグゴトは突然そんなことを喚いた。
「本当だ。地震!?」
 確かに島の地面は鳴動していた。
 どうやら空間の幕の内側にいたせいで、この奇妙な揺れからシャットアウトされていたようだ。幕の外に出たおかげで気づけた隠岐島の異変である。


 他方。
 桜と戦う足止め班だが、マソウショウジョモドキたちが桜の援護に駆けつけて、たちまち包囲されてしまった。
 それはそれで、脱出班への追っ手が減った可能性を思えば、今度は演技でなくこの増援が喜ばしいのも事実である。
 とはいえ、なりふり構わず攻め込んでくる桜はやはり強い。
「いまいち距離感が掴みづらいな。少なくとも飛行中じゃなさそうだが……」
 桜の立ち位置を見極めるべく凝視する傍ら、灰隠を手裏剣みたいに回転させて投げつけるのは千梨。
 勢いづいた鎌は桜の細い腹を抉り裂いてなお、速度を弱めず飛んで戻ってきた。
「一撃そのものがかなり痛いから前衛の気もするけど、防具を突き破られたせいかもしれないし」
 かぐらも桜の立ち回り方を注意深く観察しながら、ゾディアックソードで力一杯斬りつける。
 空の霊力を帯びた厚い刀身が、桜の腹の傷を正確に斬り広げた。
 それでも、
「菫ちゃんを倒すなんて油断ならないと思ったけど、大したことないね」
 マインドリング使いの桜は、すぐさま具現化した光の盾を浮かべて、どんな傷でもたちどころに治してしまう。
 それと輝く戦輪の射出を、交互に使ってくるから堪らない。
「シダラッシュを喰らえ!」
 加えて、マソウショウジョモドキが何人も、鞭やら魔法を放ってくるのだ。
 これでは、足止め班4人が数分も経たないうちに追い詰められていくのも当然だった。
「それはどうですかな。一瞬の油断が命取りになることもありますからな」
 赤煙はさっきから回復に追われている。
 今はライトニングロッドで雷の壁を構築し、前衛2人の怪我を治癒していた。
「支えます」
 ミオリもナノ・リカバリーを発動させて回復に回る。
「生体構成要素解析……修復実行」
 ナノマシンを用いて千梨の細胞や循環系を修復、短時間で集中治療を施した。
 ただでさえ本気で潰しにかかってくる強敵相手で多勢に無勢なのも相まって、戦況は好転しない。
 防戦一方の4人が焦り始めた、その時。
「竜業合体の揺らぎが観測されたわ」
「こっちの配下も増援に送るから、そのまま菫の仇を討って」
「終わったら聖王女様の元へ。私たちは先に行ってるわね」
 他の指揮官3人——赤池 椿、青井 竜胆、黄地 菊から桜へ、通信魔法が届いた。
 それは察するに、竜業合体ドラゴンが地球に襲来する報せであったり、ドラゴンを迎え入れるべく聖王女が何らかの行動を起こしそうなことも汲み取れる連絡だ。
 だが、今の足止め班にとって、さらなる援軍以上の関心事があろうか。
「何だ?」
 しかも、通信魔法とほぼ同じタイミングで、突然地面が鳴動を始めたから心臓に悪い。
「地震かしら……」
 脱出班が空気の幕を破壊したせいで外の鳴動を感じられるようになったとは知る由もないから、ただただ不安を煽られる4人。
「ユグドラシルの根がいつまでも『根』だと思わない事ね…… アンジェローゼ様の力があれば、根を成長させて元の姿に戻すぐらい楽勝なんだから!」
 桜は仲間からの報告でますます勢いづいて、切れ味抜群の輝く戦輪を投げつけてくる。
「ここで死ぬアンタたちに、その雄姿を見せらんないのが残念だわ! あーっはっはっは!」
 増援はすぐ到着するに違いない。
 このままだと全員の死は確実。完全に追い詰められていた。
「皆には——己にも、消えれば悲しむ者がさ居ると」
 最初に覚悟を決めたのは千梨だった。
「今の俺は、知っている」
 暴走すれば理性を失うとはわかっていながら、それでも生きるために戦うのだと己に言い聞かせて、ついに姿を変える。
「ごめんなさい、約束は守れませんでした。後で叱ってください」
 それへ呼応するように、ミオリも銀髪を金髪に変貌し、一房だけの金髪は銀髪に変わって背からは機械の翼を生やした。
「かぐらちゃん、赤煙くん、あなたたちだけでも逃げて」
 そう言い残して。
 幸い、かぐらの足元の光の輪は赤煙とビームで繋がっている。
 だから、暴れ始めた千梨とミオリが必ず桜を仕留めてくれると信じて、全速力で駆けた。
 道中、マソウショウジョモドキに囲まれそうになったが、
「ゼンマ……、……」
 何故かマソウショウジョモドキたちが全員、一瞬動きを止めたため、その隙を突いて突破した。
 恐らくは指揮系統に異常が起きた——千梨かミオリが早々と桜へトドメを刺したがゆえの動揺であろう。
 それでも後ろから前から、次々飛んでくる魔法の嵐。
「駄目かもしれない……」
「これでは何のために逃げたのか……」
 かぐらも赤煙ももはや満身創痍、気持ちも萎えて諦めかけた瞬間。
 ——バシィッ!
「ぎゃっ!?」
 追いかけてきていたマソウショウジョモドキたちが、突然蟹とうさぎのオーラに襲われて、凍傷の痛みに怯んだ。
 かぐらたちが呆気に取られるのも束の間、助けにきた脱出班の面々は、2人を抱えてその場を離れた。
 すぐに空間の幕の外まで辿り着き、ひと息つく5人。
「仔を見捨てる母が在るものか」
「辛かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
「無事……じゃなくても、合流できて本当によかった」
 ユグゴト、ミリム、リリエッタがかぐらと赤煙へ優しく声をかける。
 そして、再会を喜びあう間もなく、徐々に強くなる隠岐島の鳴動。
 ゴゴゴゴゴゴ——!!
 あまりの轟音に皆が振り向くと、空気の幕に覆われていた攻性植物残党の拠点が、みるみるうちに姿を変えていく。
 地中から現れたユグドラシルの根がズルズルと地面から抜けて、上空へ集まっていった。
 根の長さや本数が増えるほどに、それらはうねうねと蠢いて、球体を形作っている。
「まるで、惑星が生まれるみたい……」
 リリエッタが呟く。
 直径1kmぐらいと思われる緑色の球は、植物らしい見た目ながらも、底に白い光を噴射するブースターらしき装置までついていた。
 ついに場所と実態が明らかになった攻性植物残党の拠点。
 璃音はこの緊急事態をいち早く報告するために、電波障害の無い所を探して先行している。
 暴走した千梨とミオリはどうなったのか、そして敵はどう動くのか——拭えぬ不安を抱えながら、5人は隠岐島の空を見上げていた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:ミオリ・ノウムカストゥルム(銀のテスタメント・e00629) 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597) 
種類:
公開:2021年1月27日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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