年の初めの夢如何に

作者:寅杜柳

●初夢は目出度くあって欲しいけれども
 冠雪したとある山の頂上付近にて。
『はぁ~あ……このような夢を我が見るとは……』
 一体の袈裟を纏う鷹の異形――ビルシャナが溜息を吐いていた。真冬の白一面の風景、朝日の端もまだ見えぬ深夜、当然その声を拾うものなどある筈もない。
『……お困りですかな?』
 だが、その声に応えるビルシャナが現れた。植物に侵食された光世蝕仏という名のそのビルシャナは、信仰の揺らぎし同胞に尋ねる。
『我が教義は初夢は一富士二鷹三茄子こそが至高、故にこの山に登りそれを叶えんと準備しているのだが……何故か見られぬのだ。今はまだ本番ではないがこのままでは次の初夢があの忌々しい宝船に染められてしまう……』
『成程。理解りました。それならば救済の為の力を授けましょう……』
 そう言うと光世蝕仏は手を差し出し、鳥の掌に紫の小さな茄子の花を咲かせる。
『……我に足りなかったものはそれか! これで恐ろしい宝船や蛇の悪夢から逃れられる』
 その力を受け入れたビルシャナの体に植物が侵食していく。体の各所に茄子の花を咲かせ、その果実を実らせた鷹の異形は奇声を上げ山を下り始める。
『山! 鷹! そして欠けたる茄子を満たすユグドラシルとの同化、超・最高!』
 向かうは初夢の日に人の集まる神社、初詣客を襲撃し彼の教義以外の初夢を見た者を鏖殺する為に戦いに向かうのだ。

「……新年早々にビルシャナが暴れるって予知を拾ったんだけど、力を貸してくれないかい」
 ヘリポート、どこか疲れた表情をした雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)が集まったケルベロス達に呼びかける。
「今回見えたのは一富士二鷹三茄子以外の初夢を認めないビルシャナが神社を襲撃する光景だ。その教義からしてかなーり狭くて信仰自体も去年の『暗夜の宝石』攻略戦でビルシャナ大菩薩が消滅したから揺らいでたみたいだけど、光世蝕仏ってユグドラシルに侵食されたビルシャナに攻性植物の力を授かる事で信仰取り戻して今回の事件を引き起こすみたいだ」
 夢は千差万別、つまり初夢を見た者が多く集まる場所には嫌悪する初夢を見た者が確実にいるという理屈でこのビルシャナは襲撃をかけてくるのだと、知香は言う。
「山から神社に直行してくるみたいだから配下はいない、けれど攻性植物によって強化されているからそこだけは少し注意した方がいいかもしれないね」
 だけれど皆なら大丈夫、そう言って知香は戦場の説明へと移る。
「戦場となるのはビルシャナがいた山の近くにあるそれなりに大きな神社の境内だ。例年初詣客でにぎわっているけれど、今回は先に予知できたからビルシャナ到着前に警察に避難誘導して貰えるから巻込む心配はないよ。時間も早朝でごった返す程ではないのが幸いだね」
 それでビルシャナについての資料は、とヘリオライダーは資料を取り出す。
「見た目は鷹のような見た目のビルシャナだね。それが攻性植物に侵食されて茄子の花と身を体のあちこちにつけている感じだ。能力としては攻性植物とビルシャナ両方の力を使ってくる。活火山の力を込めた経文で敵対者を焼いてきたり鷹の爪のようなエッジの付いた氷輪を飛ばしてくるのが攻撃手段、回復として茄子の身が輝いて耐性を付けつつ傷を治すみたいだ。まあ、油断しなければ大丈夫だろう」
 そして知香は説明を終えてケルベロス達一人一人の顔を見る。
「ビルシャナを撃破出来たら戦闘の痕跡をヒールして欲しい。そうすればすぐに神社の方も初詣を再開することもできるだろう。……何なら皆も参拝してくるのもいいかもしれないね。雑煮とか美味しいって評判も聞いたし」
 そんな風に付け加えながら知香は話を結び。
「それじゃ、宜しく頼んだよ」


参加者
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
エルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)
モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)
不動峰・くくる(零の極地・e58420)
柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)
ティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)

■リプレイ

●縁起は大切だけれども
 年の変わりを過ぎて片手の指にも満たない日の出が神社を照らし出す。
「初夢に宝船見たヤツ絶対殺す! 一富士二鷹三茄子を夢見たものだけが三が日を越えるのだ! ……む?」
 山から神社へと駆け込んできたビルシャナ、だが避難完了したその場に人はいない。代わりに現れたのは七人のケルベロス達の待ち伏せだ。
「ったく不粋な野郎だな。予定調和の初夢に縁起もクソもあるかよ」
 ガラ悪く柄倉・清春(ポインセチアの夜に祝福を・e85251)がビルシャナに吐き捨てる。どこか不良染みた気配纏う彼のテレビウム『黒電波』はいつも通りの画面を映しているけれど、その身振りは主に同意するかのよう。
「それしか初夢として認めないとは……」
 あまりに狭量すぎる、既に靴型デバイスを起動しているエルム・ウィスタリア(薄雪草・e35594)も少し呆れた様子。
「たとえばなんだけど」
 石畳に蹄の音を響かせるちびっこ――とは言ってもセントールなので年の割には背の高めなティフ・スピュメイダー(セントールの零式忍者・e86764)、純白の毛並みに可愛らしい虹色を纏い額に尖芯角を装着した彼女は正にユニコーン。
「めちゃめちゃ高い山が見えたらそれは心の富士山ということで、富士クリアーになったりしないかな……?」
 一理あるような気もする。けれども、
『愚かな……あの完成された形こそが富士たる所以! ただ高いだけの歪な山など足らぬわ!』
 すごい剣幕で否定される。このビルシャナにとって山は富士以外は価値がないのだろう。
「縁起を担ぐのはメンタル面へのプラス効果が御座いマス。医学的にはそれなりに認められている現象で御座いますが……」
 モヱ・スラッシュシップ(あなたとすごす日・e36624)が常の口調で淡々と言い、
「……病的に『そうでなければ』と拘るのは別の病気デハ?」
『何をほざくか邪教徒! 芯から叩き直してくれよう!』
 そう訝しむモヱに鷹の翼を広げ威嚇するビルシャナ。
(「縁起担ぎで苦しむというのは本末転倒だろうに……」)
 そんな様子を見つつ、クリスチャンなビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は溜息を吐く。彼には彼の縁起があるけれど、郷に入っては郷に従うという言葉もある。
 そしてそんな彼の傍には寒い冬にも負けずにはしゃぐ箱竜のボクス、揺らめく白橙色の炎はビーツーの黒曜石のような勝色の鱗にも温かく感じる。
「初夢はどんな夢だって初夢なんです。ケチをつけないで頂きたい」
 そしてエルムがいつもよりほんの少しだけ強い口調で怪鳥の言い分を否定する。
 向こうの言い分は彼の見た優しい夢を否定するもの、穏やかな彼でも幸せ気分にケチをつけられてはイラっとするのも当然である。
 そしてオウガの不動峰・くくる(零の極地・e58420)が手足に装着したガジェット兵装を準備、黄竜の少女ソニアもガネーシャパズルを構え臨戦態勢だ。
「まぁ、そもそも夢に優劣なんかつけられたくないよね」
 純粋に思った事を言い、ティフが戦場を駆ける準備を整える。
「見てねぇやつからすりゃ内容なんざ関係なく初夢自体が縁起ものだっての」
 今年はまだ初夢を見てない清春、だけれども年が変わって最初に見た夢が初夢なのでそのうち見れるはずだ。内心気にしていても心配ない。
「ともあれ、被害を出さぬよう全力で臨むとしようか」
 黒の竜人も愛槌を構えボクスと共にビルシャナと相対する。
『ええい! お前等を血祭りにあげ初夢を一富士二鷹三茄子に染め上げてやろう!』
 ビルシャナが経典を開き経文を唱え始める。同時、ケルベロス達は一斉に行動を開始した。

●四扇五煙草六座頭も忘れない
 経文を遮るように地面を叩くビーツーの槌の音が響く。
「……足元注意、だな」
 竜槌『ラスタライズガロン』を介し地へとグラビティを注ぎ込めば、ビルシャナの足元の礫が炎を纏い噴火の如く弾き上げられる。
 そして動きが僅かに鈍った隙に淡紫を纏うレプリカントの青年の詠唱が完了、竜の幻影の業炎が鷹の翼を焼き払う。
 その炎を払うよう鷹の翼がばさりと羽ばたけば鋭い鷹爪を組み合わせたような氷輪が高速で放たれエルムを狙うが、そこにモヱが庇いに入る。鋭き氷輪は彼女の纏う鎧ドレスを浅く切り裂くに止まり、ボクスの火山属性のインストールにより傷と共に修繕される。
 そして主の仇討ちとばかり、収納ケースの名を持つミミックがビルシャナの腿にがぶりと噛みつき、同時にモヱが魔杖を通し仮想魔法空間のアーカイブにアクセスし賦活の雷撃を清春に放つと彼は跳躍、
「ちょこまか動くと痛ぇぞ?」
 落下の勢いを乗せた流星の蹴りを鷹の頭部に正確に直撃させる。
「柄倉氏、御見事デス」
 主に合わせた黒電波が凶器をビルシャナにフルスイングする中、戻ってきた清春にモヱは普段通りの抑揚で言う。
(「清春さん素敵……!」)
 ――内心は婚約者の活躍にごろごろ転げまわりたい位に悶えている。だが彼女は鋼鉄の仮面を崩さない。擬態ぱーふぇくと。
『中々やる……だが!』
 ビルシャナが経文を唱えると神社の石畳が割れ、噴火の如き火炎が前衛のケルベロスとサーヴァント達を包む。
 くくるが両腕の轟天と震天の銘持つガジェットのガントレットで防ぐ。けれど炎は形に囚われず彼女の肌に粘りつくように焦がしていく。
 乾いた冬の空気を焦がす噴炎――だが、駆けるティフの翳した黄金の果実の輝き、そしてソニアの降らせたオーラの花びらは癒し手としての力でその害を払い落し、更にボクスが火山属性をインストールする事で悪しき怪鳥の呪縛への抵抗力を高めていく。
 そして攻撃直後の隙を穿つように黒竜が竜槌を変形させ砲弾を放ち、更に真っ赤なロングマフラーを靡かせたくくるが小細工なしの暴力で殴り飛ばす。
 飛ばされる勢いのままに取った距離からビルシャナは負けじと氷輪をエルムに放ちその紫衣を切り裂く。しかし黒電波の真っ暗な画面にノイズのように彼を鼓舞する映像が僅かな間映し出され、そして元に戻る。
 短い時間だがそれで十分、体力を回復したエルムの半透明の御業が鷹のビルシャナを鷲掴みにすると、さらに収納ケースが具現化したエクトプラズムの武器で殴り掛かり、ビーツーの竜槌より放たれた砲弾がビルシャナを激しく打った。

 その後も氷輪と噴火の経文は距離を問わずケルベロス達を責め立てていく。呪縛はしつこくケルベロス達を襲うが、護り手達が上手く分担し仲間を庇い、ティフとソニアの治療も手抜かりなく行われ戦況はケルベロス優位に進んでいく。
 鷹爪の氷輪が放たれる。その直前、反応したビーツーが手を振り上げれば小柄なボクスが飛び跳ねるようにして割り込み防ぎ、
「ソニアちゃんボクスちゃんは任せて!」
「りょーかい!」
 ティフがオーラの塊を放ち箱竜の傷を癒し、ソニアは花弁のオーラを降らせ前衛の傷を纏めて癒していく。序盤より着実に重なっている耐性は怪鳥の与えた呪縛を悪化する前に解除していっている為、回復にも余裕がある。
 そんな二人を確認したエルムが靴のデバイスで力強くビルシャナの懐に飛び込んで星形のオーラを蹴りつけ守りを崩せば、逆側から距離を詰めた清春が流れるように強欲の炎纏う蹴撃を見舞う。
 普段の振る舞いは荒っぽく見えるが、実のところ周囲に気を配り特に壊さぬよう気を使っている清春。
(「神様にヘソ曲げられたんじゃいけねぇかんな」)
 新年早々罰当たりになりそうな事は避ける、そんな彼の注意や周囲に被害を広げぬよう戦うケルベロス達の甲斐あって本殿等に大きな損傷はない。
 一方のビルシャナが受けた呪縛は既に相当な数、対抗せんと全身から生やした蔓の茄子を実らせ輝かせたその瞬間、小柄ながらも立派なセントールであるティフが雷霆の如き速度で突撃し、茄子による加護を砕く。
 更に以心伝心呼吸を合わせたビーツーの爪撃とボクスの突撃、更にはモヱの祝福の矢の加護受けたエルムの御業が縛り上げて、折角の加護も癒した傷も元通りになってしまう。
 加護砕き、そして足止めも十分。そう判断した清春は洗練された動作で短刀を引き抜いてビルシャナの一瞬の隙を見切り距離を詰めて、優雅な丁子波紋の刃をビルシャナへ差し込む。
 静かに浸透する呪縛。激痛に呻きながらビルシャナは経文を唱え紅蓮の噴火で前衛を包み込むが、護り手達は上手く分担しブロック。
 庇ったモヱとボクスをティフが果実を金色に輝かせて治療する。経験はまだ浅いが持ち前の明るさと風の子の体力で駆け回る人馬の少女は的確に役割を果たしていく。
 ほんの少し払い切れなかったボクスにかかった氷炎、
「データサポートを行いマス」
 それを見極めたモヱが淡々と呟き、仔竜が氷炎に侵される前の状態へと巻き戻す。
「『轟震天』焦熱溶断機構稼働! すべてを溶かし断つこの手の前に燃え尽き果てるがよい!」
 更にくるるの両腕のガジェットに設けられた焦熱溶断機構が起動、超高熱を帯びた両の爪が鷹のビルシャナを深々と灼き抉る。
 そんな二人の活躍を確認しつつ、エルムの杖『シュネー』がふわっふわのシマエナガへと変じ、鷹へと強烈なタックルを食らわせ呪縛を一気に増幅すれば、お返しとばかりにボクスの白橙色のブレスが鷹のビルシャナを焼き呪縛を増幅、連携した主がカラフルなキューブパズルを弄り、合わせたソニアのパズルとモヱの杖より放たれた強烈な雷撃を三連続で激しく叩き付ける。
 体に纏わせた蔓もすっかりズタズタで、本体も最早虫の息のビルシャナ、最後に清春に向け放たれた氷輪を迷彩パーカーのテレビウムが庇い防ぎ、入れ替わりに飛び出した清春の強欲の炎の蹴撃、そしてエルムの蹴り込んだ雪白の星形のオーラが同時にビルシャナに突き刺さり。
「や……やはり四五六を無視してはならなかったか……」
 そんなよく分からない拘りを最期の言葉に、初夢へ偏った信仰を持つビルシャナはどうと神社に崩れ落ちた。

●穏やかな新年の日
 神社への被害に注意しつつ速やかにビルシャナを退治できた為、神社への被害はごく軽微に抑えられた。
 一般の客がすぐ訪れる――初詣客はきっと今か今かと待っているのだから。
 避難していた神主によれば、神社の方も再開の準備にも少しかかるとの事。大体ヒールが完了する頃に準備完了となるだろうと見込みを聞きつつ、ケルベロス達は神社のヒールへと移る。
 まずは本殿、ビルシャナが放った氷輪の流れ弾による傷痕にエルムがふわりと風花を舞わせれば破損はあっという間に不思議さ追加した形に修復される。
 そしてモヱと清春の二人は鳥居や木々をロールバックするようにヒール、ビーツーとティフ、ソニアは傷んだ石畳等にパズルより解き放った蝶や黄金の輝きで補修していく。
 手分けしてヒールすれば完了も当然早い。
「うん、かんぺきだね!」
 仕上がりを見て、えへんとティフが胸を張る。ケルベロス達のヒールが完了する頃には太陽も丁度いい高さになっていた。
 そしてちょっとばかり服装を整え直し、少しばかり遅い初詣が始まる。
 人々が賑やかに神社へと参ってくる中、ケルベロス達も最初はまず皆で参拝する事にして。
 初詣に興味津々なティフが馬の脚でスキップするかのように走っていき、ソニアとボクスが追いかける。
 そんな三人の後をビーツーとエルム、くくるがゆっくり追いかけ、最後に深い朱色のマフラーを優しく巻いたモヱと和装の清春、その左右に収納ケースと黒電波が並び歩いていく。
 賽銭箱の前、まだ慣れぬ作法に少々戸惑う者もいるけれども、普段通りの几帳面さで作法通り滞りなく進めるモヱを見習いつつ参拝を行う。
 紅白の縄を揺らしがらんがらんと鈴を鳴らす清春、目を閉じまず意識したのは隣の彼女との先行き。
(「ずっと一緒に……ってのは神頼みじゃねぇしな……」)
 それは自分達の手でどうにかすることだ、そう考える清春は隣の彼女の一年が健やかで、実り多きものになるように祈る事にした。
 戦い終えて熱も冷め、やや冷たく感じる空気から手を優しく包む夜色の手袋。ふたつ合わせてエルムがまず想うのは、無事新年を迎えられた事への感謝。
 そして祈るのは自分自身の事ではなく。
(「大切な人達が笑顔でいますように」)
 レプリカントの青年は穏やかに、真摯にそう願う。
 少し難しい顔、といっても普段通りの表情で手を合わせるビーツーの足元で、短い手足ながら主に合わせ二礼二拍手一拝を行うボクス。
 むむむ、と擬音の付きそうに真剣に念じる箱竜の願いが何かはともかく、竜の青年も自身の願いに意識を向ける。
 昨年はこのボクスの病魔を成し遂げた。経過観察ももうすぐ一年になるけれども、健康なままに共に鍛錬の日々を過ごせている。
 その事に感謝を捧げつつ、彼が祈るのは平穏の訪れ。
 それが真になるかはわからないけれども、年の初めの願いはきっと神様に届くのだろうと、そう思う。
 ボクスが祈り終えぱたぱたと外へ向かい、彼へと振り返る。そんな様子に表情を緩めつつ、ビーツーは社の外へと向かう。

 そして参拝を済ませた後は其々分かれ、初詣を其々に楽しむ。
 おみくじの方へと向かうケルベロスはというと、
「一年の計は元旦にあり、さぁて運はどうだ!」
 気合を入れて一枚の御籤を引いた清春。結果は吉、かなりいい結果ではある。
 そんな彼と同時に引いたモヱには小吉、少し微妙な運勢である。
「……凶ではありませんデシタカラ」
 もっと悪いものではなかったからと、前向きに捉える事とする。
 この神社では結び棒ではなく樹に結び付ける方式のようで、先程ヒールした中にあった一本の大きな樹にモヱが御神籤を結び付ければ、その上から清春も結びつける。
 もう少し上を目指したい清春、だからこそ彼も御神籤を樹に結び付ける。
「幸せになるならふたりでじゃねーと」
「――ええ、そうデスネ」
 大切な婚約者――妻に向かってニッと笑みを浮かべる清春に、モヱはいつもの表情を崩さず、慣れてなければ分からぬ位にほんの少し雰囲気を緩め言葉少なに肯定する。
 内心はそれはもうのたうち回る位の幸せな気分だが。
 そしてエルムの表情は緩んでいた。記されていた大吉の文字が願いに対するものなのか、いずれにせよ幸先良し。
(「ええっとおみくじは……人に見せるとだめ、なんだっけ?」)
 誰にも見られぬようきょろきょろと周囲を見るティフ。内容は大吉でいい結果、だからそれが駄目になってしまうのは残念だから。
 実際の所見られても別に問題はないとされているけれども、縁起では話さない――離さないに通じるという考え方もある。
 内容を読めば焦りに注意という文字が目に留まる。運勢よりも結果をきちんと指針として行動する事が大事なのだろう。
「うげー凶引いちゃった!」
 隣で引いていたどうやら金色の竜の少女は残念な結果だったよう。頑張らないと、とか言いながら引いた神籤を枝に左手だけで頑張って結んでいる。
 悪いおみくじは返すもの、いいものだけを持ち帰ればいいともいう。
 悪い結果を利き腕でない側で結んだならその難行を行った努力で反転するというお話もあるらしい、ティフが疑問に思い聞けばそんな風にソニアは答えた。

 そして屋台巡り。
 エルムが探すのはお土産。同居人と親友、蔦の少女人形を抱える青年と乙女仲間な赤茶猫へのお土産はどんなものがいいのか考えながら屋台を見遣る。
 ふと、丑年だからかもう少し北の方で見かける赤い牛の玩具が並んでいるのに目を惹かれる。
 由来は諸説あるけども疫病を払ったという伝説もあるのだとか。
 ちょっと変わり種だけれどもこういう物もいいのかもしれない。
 自分へのものも合わせ三人分、購入したエルムの初詣の時間は穏やかに過ぎていく。
 一方でのんびり境内をめぐるのはモヱと清春。その様子は美男美女でうらやむばかり。
 元気よくはしゃぐ少女達やのんびりと歩いている黒竜と箱竜達ともすれ違いつつ、二人の巡ってきたのは雑煮のお店。
 昆布出汁ベースに香り豊か、白菜に山菜などを程よく煮込み味を染み出させ、黄色の切餅を柔らかく茹でたその雑煮は野菜の甘みを存分に引き出した一品。
 ベンチに隣り合って二人は座って頂く事にすれば、軽く振られたアクセントの山椒がぴりりと効いて、体が芯から火照るように温まるのを感じる。
「なるほど、こちらではこのような具なのデスネ」
 地方ごとに特色のある雑煮、それらを味わい分けるのも醍醐味であるとモヱは考える。
 名物の雑煮を頂いて甘みと芯から温まる熱にほっと気が緩む。雑煮の温かさだけでなく、寄せ合った肩から感じる温もりも今はとても心地よい。
「てか一富士二鷹三茄子ってなんで縁起いーんだ?」
 ふと、ビルシャナを思い出したらしい清春がモヱにいまさらながら問う。
「そうデスネ。茄子は毛がない、怪我ないという意味で縁起がいいとされていマス。鷹は空高くへと昇る運気上昇を。富士は……」
 そこまで言って言い淀むモヱ。末広がりと子孫繁栄、他の人になら冷静に説明できたけれども、清春に説明となると妙に気恥ずかしくなる。
 いい感じにはぐらかしつつ穏やかな景色を眺め楽しむ二人。
「たまにゃ悪くないよねぇ」
「ええ、清春さん」
 賑わう神社の中、恋人は二人の時間を楽しんでいた。

 こうして、ケルベロス達により穏やかな新年の一日は守られたのであった。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月13日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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