ゼノの誕生日 新年の抱負を凧にして空にあげよう

作者:そうすけ


 戦いに次ぐ戦いで終わった。年が明けてもそれは変わらないだろう。世界の激動は止まらない。だけど、これを乗り越えれば、きっと――。

「今年はいつ、どんな予知を得てもすぐ出撃できるようにしておきたいんだ」
 だから山にはいかないよ、とゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)は、いそいそとリュックにおやつを詰め込んでいるセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)に言う。
 とたん、セルベリアが怒りだした。
「誕生日なのに! 今年はなにもしないというのか!」
「……や、キミの誕生日じゃないのに、なに怒ってるの?」
「毎年、みんなで初日の出を見に行ってる。恒例行事ではないか! それをやめるというのか!」
 みんなで食べようと思って用意したお餅はどうしてくれる、と白い頬を膨らませる。
「無駄にはしないよ。1日は、みんなで『書初め』したあとで『お雑煮』を食べよう。セルベリアも着物を着て、一緒にお祝いしてくれる? ボク、見たいな。セルベリアの晴れ着姿。きっとかわいいんだろうなぁ」
「う、うむ。ゼノがどうしても見たいというなら、振袖をきて『書初め』をしてやろう」
 ゼノはセルベリアのご機嫌を取ったあと、隣の部屋へ行き、巨大な画仙紙ロールと巨大な筆を抱えて戻ってきた。
「なんだそれは?」
「画仙紙だよ。一枚の大きさが、高さ 216 幅160センチある。これに新年の抱負をこの大きな筆で書いてもらったあと、凧にして空に飛ばそうと思うんだ」
 墨だけでは寂しいので、朱や金などの色も用意しているという。
「余白に来年の干支とか梅の花を描くと華やかになるんじゃないかな」
「餅は? 雑煮はいつ食べるのだ?」
「書初め凧を見ながら食べようよ」

 そうと決まればさっそく。
 セルベリアはみんなに連絡を取った。


■リプレイ


 着物姿のゼノ・モルスがドアを開けると、青色を基調とした振袖姿の美人、リリエッタ・スノウがにっこりと微笑んでいた。
「あけおめ、ゼノお誕生日おめでとうだよ」
「お祝い、ありがとう。素敵な晴れ着だね、リリエッタ」
 ゼノの後ろから、晴れ着姿のセルベリア・ブランシュが顔を見せる。
「よく来てくれた、リリエッタ。新年おめでとう」
「セルベリアも着物、似合ってるね」
 褒められたことに気をよくしたセルベリアが、えへん、と腰に手をあてて小さな胸を反らす。
「リリエッタもよく似合っているぞ」
「リリも似合ってる? 馬子にも衣装ってヤツだね」
「ううん、ほんとうに素敵だよ。お世辞でも何でもなく」
 ゼノが目を細めて褒める。
 リリエッタが着ているのは、帯周りに白と黒色でぼかしが入った青地に、青の色調で薔薇の花模様が柄付けされた振袖だ。薔薇の傍には金彩の花模様が小さく散らされているのがニクイ。帯はモノトーン調のものを締め、クールに決めている。それに純白のファーショールという組み合わせ。アップにしてまとめた髪には、サイドに白のパールを合わせた黒百合とラベンダの髪飾りを刺していた。
「ささ、中に入って。寒かっただろ?」
「え、書き初めと凧あげは?」
「シロー待ちだ。揃ってから出かけるぞ」
 そういうと、セルベリアは廊下をトタトタと足音をたてて部屋に入って行った。
「じゃあ、遠慮なく。お邪魔するよ」
 ゼノの家に招かれるのは初めてだ。ヘリオライダー、しかも男の子の部屋。どんな感じなのだろうと思っていると、意外と整理整頓されて小ぎれいだった。
 星好きのゼノらしく、壁に貼られた星座表と隅に置かれた大きな望遠鏡のほかは、女の子の部屋と言われても疑わないぐらいだ。
 先に部屋に入ったセルベリアは、部屋の主であるかのようにソファーで寛いでいた。ここ、ここ、と促されて横に座る。
「きょうは……」
「うん、四人だけ。エインヘリアルとの戦いに次ぐ戦いで大変だからね。しょうがないよ」
 ゼノが運んできた梅昆布茶を三人で飲んでいると、玄関でチャイムが鳴った。
「シローだ!」
 セルベリアはソファーから跳ね起きて玄関に向かった。リリエッタはゼノと顔を見合わせて含み笑いする。
「ボクたちも出迎えに行こう」
 二人が追いつくのを待ってセルベリアがドアを勢いよくあけると、紋付き袴姿の淡島・死狼が立っていた。腕に羽織りをかけている。
「「あけましておめでとう」」
 晴れ着美人たちから笑顔でお祝いされて、死狼も相好を崩す。頬が赤いのは、寒さのせいばかりではないだろう。
 おめでとうございます、と改まったしぐさでお辞儀する。
「おめでとう。よく来てくれたね」
「ゼノ、誕生日おめでとう! 今年もよろしく」
「シローの袴姿、かっこいいぞ! 紋は……三匹の狼か、いや、ケルベロスだな!」
「正解。セルベリアも晴れ着、似合ってるね。可愛いと思う。リリエッタもね」
 二人そろってはにかむ姿が本当に愛らしい。女性陣の華やかさは、ここにだけ一足先に春が来たようだ。
「もしかして、ここまで走って来たの?」、とゼノが、死狼の腕にかかった羽織を示しながらいう。
「あ、これは……」
 死狼は羽織を広げた。
 黒地に白で、雪原に立つ大樹とその下で吼える狼が描かれていた。狼の足元には、半ば雪に埋まった巨人のしゃれこうべがある。デウスエクスのものだろうか。
「着て歩いているうちにちょっと恥ずかしくなって、脱いだんだ」
「えー、どうして。カッコイイよ。ねえ、セルベリア」とリリエッタ。
「うむ。デウスエクス葬り去るべし、の意気込みがよく出ているではないか。シローが着ないなら私が着る。よこせ」
 あわててゼノが止めに入る。
「セルベリアにはブルーフォックスファーのショールがあるじゃない」
 口にはしなかったが、セルベリアが着るのは、山吹色地に深緑のぼかし、鳳凰と花唐草を絢爛に描いた振袖。深紫地に金の織り模様が美しい重厚感のある帯を合わせているところに、狼柄の羽織という組み合わせは、ちょっと物々しすぎる。なにより死狼の防寒着がなくなってしまうではないか。
「ショールはシローがかければいい」
「いや、それはちょっと」、と死狼が苦笑いする。
 ともあれ。四人揃った。
「じゃあ、いこうか。近くの小さな神社に必要なものは運んであるから」


 氏神様に家族みんなで初詣。ゼノの家の近くにあるこの小さな神社も、毎年元旦は参拝に来る人々で賑わっているのだが、今年は人の姿もまばらだ。参道に出店はあるが、数は少ない。ぽつり、ぽつりと間隔をあけて立つ出店の間に、大きなカメラを持った人が立っていた。前に記念写真と書かれた小さな看板が置かれている。
「せっかくだからみんなで一枚、どう?」
 ゼノの提案を断る者はいなかった。嬉々としてカメラの前に並ぶ。ゼノの横にリリエッタ、セルベリアの横には死狼が立った。それぞれポーズをつけて、「はい、チーズ」で満面の笑みを見せた。
 四人で一枚とった後、カメラマンが、次はカップルで一枚ずつどうですか、といった。
「いえ、ボクたちは――」
 あわてて否定しようとしたゼノの腕をリリエッタがとる。
「無粋なこと言いっこなしだよ。お正月、お正月」
「そうだな。私も死狼と腕を組んで撮ってもらおう」
 あはは、と男性陣は照れるしかない。おとなしく腕を取られて写真に納まった。
 帰りに現像された写真を受けとることにして、一行は鳥居をくぐった。
 しめ縄が撒かれた御神木の一角が、白縄で区切られていた。どこから持ってきたのか、畳が六枚敷かれている。その上に大きな紙が置かれ、そばに大きな筆と墨や朱などを入れたバケツが置かれていた。
 ご近所のお年寄りと孫たちだろうか。なにが始まるのかと、縄の傍で待っている。
「ついたよ。ここで書き初め、誰が一番に書く?」
 ゼノはニコニコ笑いながら、袂からたすきを取りだした。
「まさかギャラリーがいるとは、書き損じたら恥ずかしいな」
「こういうのは勢いだよ、死狼。よーし、リリが一番に書くよ」
 セルベリアに手伝ってもらい、たすきをかける。草履を脱いで畳に上がり、ゼノから墨を含ませた筆を受け取った。
「けっこう重い……。これに今年の抱負を書けばいいんだね。それにしても大きな紙だね」
 よし、と気合を入れると紙に筆を降ろす。一気に書き上げようと、全身を使って筆を運ぶがこれがなかなか難しい。
「デウスエクスになんて負けないという想いを込めて書いてみたけど……」
 リリエッタは『必勝』と書いた。
 ちょっとへにょっとしちゃったとしょげながら、文字の横に大好きなナノナノの絵を描く。朱でハートを書けば出来上がり。
 これには横で見ていた子供たちも大喜びだ。
 ナノナノ、かわいい、かわいい、と口々にリリエッタを褒める。
 お年寄りたちも、ケルベロスたのんだよー、と必勝の文字を拝んだ。
「頑張る!! これからも応援よろしくねー」
 二番手のゼノが筆を受け取りながらいう。
「すっごく上手じゃないか、リリエッタ。空にあげるのが楽しみだね」
「ありがとう。ゼノも頑張ってね」
 ゼノは『世界平和』、と紙いっぱい使って書いた。横に墨だけで牛の親子を描き書き入れる。
「今年の干支だからね。あと、親子がノンビリ笑って暮らせる世の中になりますように、て願いも込めたよ」
「むー、ゼノまで漢字で……」
 三番手のセルベリアはオールひらがなで『たなからぼたもち』と書いた。ぼたもち、の『ち』の払いが大きく紙からはみ出して、すぐ横で見ていた死狼の足袋を汚してしまった。
「む、すまん」
「いいよ、気にしないで。それよりほら、このちょっと小さめの筆で余白に鏡餅をかいたら?」
「ありがとう」
 セルベリアがミカンを乗せた鏡餅もどきを書いている隙に、ゼノはリリエッタに書き初めの回収をお願いして、お雑煮の準備をしに社務所へ向かった。
「これでよし。さあ死狼、ばしっと決めてくれよ」
 セルベリアが筆を死狼に渡す。
「プレッシャーかけないでって」
 死狼は真っ白な紙を睨みつけた。そこに書き入れられる文字をしっかり想像する。なにせこれから書こうとする四字熟語は、誰の書初めよりも画数が多い。バランスをとらないと大失敗する。
 長く息を吹きだすと、目をかっと開いて筆を降ろした。
 ――『疾風迅雷』
(「なんとかバランスは良く収めることは出来たな」)
 なかなかの達筆にお年寄りたちから拍手があがった。子供たちは、どういういみ、なんてかいてあるの、と指さす。
「風や雷のように素早く動く様だよ」
 トレードマークの髑髏を描き入れながら説明してあげると、子供たちはキラキラと目を輝かせて、へぇー、と感心の声をあげた。
「平和なときにはのんびりしていたいけど、いざ何かあれば即座に動いて行動するぞっていう意思表示を込めて書きました」
 ぺこりと頭を下げた死狼に、お年寄りたち、そしてリリエッタとセルベリアが拍手する。子ともたちも嬉しそうに手を叩いた。
 そこにゼノの声が響く。
「お雑煮ができたよー。書初めが乾くまでのあいだ、みんなで食べよう」


「去年は色々あったけど、今年は良い年になると良いな」
 お餅が入った椀に鶏肉に大根と三つ葉、柚子を彩りよく盛ったお雑煮を食べながら、死狼が何気なく呟いた一言に、餅を焼いていたゼノが反応する。
「なるよ。絶対」
「え、なになに。ゼノ、それは予知?」
 リリエッタは白味噌の汁につかったお餅を箸で長く伸ばしたまま、好奇心に満ちた目をゼノに向けた。
「予知じゃないけど。ここ数日、宇宙の果てにある星々がざわついているんだ。いい感じに」
 セルベリアは、死狼と同じ鶏でダシをとったお雑煮を受け取った。
「予知ならともかく、ゼノの星占いは当たる時は当たるが、外れる時は外れるからな。リリエッタ、あまり信じない方がいいぞ」
「それはどんな占いでもそうだよ。当たるも八卦、当たらぬも八卦ってね。でも、今回は自信があるんだ」
 リリエッタは早くも一つ目の餅を平らげて、二つ目の餅を伸ばす。ゼノも焼いた角餅を白味噌の椀に入れて、緋毛氈を敷いた長椅子に腰を下ろした。
「でも気になるな。どんな内容なの、リリに教えて」
 ゼノはお餅の端を歯で咥えながら、ふふふ、と笑った。
「お楽しみに。当たっていれば一月の中頃に解るよ。その時がきたら、あ、元旦にゼノが言っていたことって、これだったんだって思いだして」
 なんでそんなに勿体ぶるのか、とリリエッタが袖を掴んで揺すった。四人が腰掛ける長椅子も揺れる。死狼とセルベリアは汁が零れて着物が汚れないよう、椀を前に突きだした。
「あはは、リリエッタ火傷しちゃうよ。やめて、やめてってば。うーん、何で言えないのかって……大人の事情」
 なにそれ、とリリエッタはゼノの背中をどやしつけた。
 お雑煮を食べ終わったセルベリアが立ちあがる。
「当たっても外れても、私たちは世界平和に向けて一層の努力をせねばならぬ。さあ、空に高々とあげて、世界に私たちの意気込みを表明しよう」
「『たなからぼたもち』って?」
「リリエッタ、ゼノを殴ってもいいぞ」
 わーっと叫びながらゼノが逃げ出すと、一緒に雑煮を食べていた子供たちが笑った。

 神社の巫女たちに手伝ってもらい、予め作られていた凧の木組みに書初めを張りつけていく。
 糸目付けを終えると、巨大な凧が四枚できあがった。
「これをどこであげるのだ? 境内は狭いし、立派な木が邪魔になるぞ」
「神社の裏手にある田んぼであげるよ。ちゃんと許可はとっているから」
 ゼノが顔を向けると、お年寄りの一人がニコニコしながら手を振った。死狼とリリエッタが、揃って頭を下げる。
「どうぞ、どうぞ。ケルベロスのみなさんが凧あげするなら、遠慮なく入ってください」
「うむ。ありがたい。感謝するぞ」
 背丈ほどある凧をそれぞれ背負い、神社の裏手からイネ株やワラが耕転された田んぼに向かった。
 何面も連なる広い田んぼは耕されてから時間がたっているようで、ほどよく乾いている。草履のままでも、多少は土埃がたつだろうが、足がとられることはなさそうだ。
「凧……リリ、やったことないからセルベリアに手伝ってもらおうかな?」
「よし、二人で一番凧をあげよう! ゼノ、シロー、凧を田んぼの端に持っていって、立ってくれ」
 男子に拒否権はない。はいはい、とおとなしくリリエッタの凧をもって田んぼの端へ。
「風に乗ったら引っ張っていけばいいんだね」
 ひょう、と音をたてて強い風が吹いた。
「いまだ!」
「引け、二人とも」
 死狼たちは、凧をフワッと浮かせるようにして手を放した。
 リリエッタはセルベリアと息を合わせて縄を引いたが、上手く風をとらえられず、凧を落としてしまった。
「むぅ、中々難しいね。でも、リリもあがるまで諦めないよ」
 数回のチャレンジでようやく風をとらえることに成功し、ナノナノの必勝凧が青空高く舞い上がる。
「よし、次は私だ。リリエッタ、みんなの凧があがるまで頑張るのだぞ」
 リリエッタに糸を託し、セルベリアは自分の凧の糸を手に取った。
 こちらは三度目のチャレンジで、ナノナノの必勝凧の横に、「たなからぼたもち」凧があがった。
「シロー! 何をしている。早くあげるのだ!」
「いまあげるよ。ゼノ、同時にあげよう」
 地面に置いた凧をあげるのは、普通サイズのものでも難しい。コツを知らないと意外と難しく、悪戦苦闘することがある。
 強い風が吹いたタイミングに合わせて、二人は糸を引っ張りながら走った。
 死狼の「疾風迅雷」凧が上昇気流にのってぐんぐんあがっていく。少し遅れて、ゼノの「世界平和を祈る牛」凧もたこあげなんとか空にあがった。

 『必勝、たなからぼたもち。疾風迅雷、世界平和』

「うーん。たなからぼたもちが浮いてるね、凧だけに」
 上手いこと言った、とどや顔するゼノの凧に、たなからぼたもち凧がぶち当たる。セルベリアは巧みに糸を繰って、ガッ、ガッと何度もケンカを仕掛けた。
「わー、何するんだよ。やめてよ、セルベリア!」
 リリエッタと死狼は笑いながら、巻き添えを食わないように凧を逃がす。並びが変わって……。

 『必勝、疾風迅雷。たなからぼたもち、世界平和』となった。

 どこかでこれを見た聖王女がくすりと笑ったとか、くすりとも笑わなかったとか。世界平和は棚から牡丹餅的に……とはいかないだろう。
 リリエッタも、死狼もこれまでの戦いを通じてよく分かっている。これからますます激しさを増すデウスエクスとの戦いに、ひとつひとつ勝っていかねばならない、と。
「頑張ろうね。みんなで頑張って勝利を、今年こそデウスエクスを倒しちゃおうね」
「ああ、なるべく早く実現させよう」

 四枚の凧は、新年の晴れ空をいつまでも飛んでいた。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月2日
難度:易しい
参加:2人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。