ミッション破壊作戦～目覚めよ、猟犬の叫びが天を衝く

■リプレイ

●回廊攻撃
　雪雲に覆われた東の空が明るくなり始めている。
　雪で覆われた街は、白く清らかな気配で満ちていた。
　しかし朝だというのに、ミッション地域の周囲は動き出していない。
　江ノ電極楽寺検車区に『路電合体エクセレント江ノ電』を名乗るダモクレスが現れて以来、其所は戦場となった。
　復興したと言われる一方で、抗う術を持たない、大勢の人たちが、まだ苦しんでいる。
　江ノ電極楽寺検車区の直上から降下を開始したケルベロスに気づくことの出来た敵はいなかった。
　ヘリオンの放つ光に包まれた、８名の身体にヘリオンデバイスが蒸着される。
　――全員を飛行させるぜ。
　承知しました、牽引を開始します。
　降下を続けながら、尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）とエトヴァ・ヒンメルブラウエ（フェーラーノイズ・e39731）はジェットパック・デバイスからビームを放ち、分担して仲間たちを飛翔させる。
　それでも敵は上空から迫る一行に気がついていない。
　奇襲は完全に成功、状況は有利。
　各々がグラディウスを取り出し、間合いを広げながら魔空回廊の上部に浮遊する防護バリアに狙いを定める。
　皆、過去にミッション破壊作戦に参加したことのある強者だ。
　ただし、ヘリオンデバイスを使用してのミッション破壊作戦と言えば、そうでもない。
「折角帰って来たのに悪いが、もはや合体ロボの活躍の場など無いのだな」
　徒花のようだと、感想を胸に抱きつつ、櫟・千梨（踊る狛鼠・e23597）はバリアに刃を向ける。
「真のリーダーならば、自然と歴史が豊かなこの地を走る喜びを、彼らに返してやると良い」
　正確に運行するはずの電車が致命的な遅れ具合。その身体となった江ノ電も泣いている。
　千梨にはまるで時間の流れが狂って、過去の時間が現在に進んでいないようにも見えた。
　ジェットパック・デバイスによる飛翔のおかげで自由落下による制約が少なくなり、都合のよいタイミングでのグラディウス行使が可能になっている。
　牽引ビーム繋がれた先にいる、君乃・眸（ブリキノ心臓・e22801）もまた、左手でグラディウスを抜き放ち、両手で振り上げるようにして構える。
　電車といウものはヒトのために走るものダ。
　貴様のよウにヒトの役に立てないものが江ノ電のリーダーなどとは笑わせル。
　これが、眸の今の気持ち。
「でんしゃはいいやつだぞ。だれかのだいじとか、ほわほわをはこぶんだ」
　伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）の抱く気持ちは、違っている。
　見た目のイメージだけなら、子どもが喜びそうな変形かも知れない。
　ほわほわだけではなく、夢や憧れも運ぶんだ。
　だから、それをじゃまするは、いくない。
　思いは違っても、人々の苦しみを知っている。
　だから、勇名も眸やることは、決まっていた。
　美しい海を臨む、長閑で穏やかな地を、返してもらウぞ。
　覚悟と感じている気持ちを込めて、眸は振り下ろす。
「ひとのほわほわも、でんしゃのおしごとも、かえしてもらう。いっしょにいこう、グラディウス」
　呼びかけるような叫びと共に、勇名は両手で当てるようにして、刃を押しつける。
　２人と機を合わせたかのように、ほぼ同じタイミングで、広喜もグラディウスを突き出していた。
「ヒトの役に立ってきた機械を、ヒトと一緒に暮らしてきた電車を、勝手に戦わせようとしてんじゃねえよ」
　刃がバリアに接触した瞬間、凄まじい衝撃と激痛が来て、同時に天を貫くような十字の光条が立ち昇る。
「この場所も、線路も、ダモクレスにされた電車たちが、ヒトと一緒に大事に守ってきた場所だ。返してもらうぜ――」
　叫びと共に街を眠りから揺さぶり起こすような閃光が連続して爆ぜた。
　直後、閃光と噴出するスモークでハッキリとは見えないが、攻撃に気がついたダモクレスたちが車庫から、次々と出るような気配を感じる。
「人々を日常や非日常へ導く乗り物ガ、戦いに利用されるのは阻止しマス」
　エトヴァは改めて嫌悪感を強くする。
　――度々の戦に巻き込まれたこの地に、今度こそ平和ヲ。
　叫びに祈りを込めて、エトヴァはグラディウスを突き出す。
「鎌倉の街に、駅に人々が行き交える風景ヲ……平穏を取り戻すのデス」
　叫びと共に閃光が広がり、火球が膨れ上がる。
　爆炎の高熱が強烈な上昇気流を作り出して、様々な物を空高く巻き上げる。
　雷光が煌めく度に敵性物体だけではなく、空中に巻き上げられた普通の物体をも貫いて塵に変えて行く。
　人々の憩いの地である鎌倉……。
　生活や観光に楽しむ人たちの足となる江ノ電。
　バラフィール・アルシク（闇を照らす光の翼・e32965）の脳裏に浮かぶのは平和だった頃の風景。
「皆さんが愛し大切にしてきたここにあるものを汚し蹂躙するダモクレス……」
　戦いは初めてではないし、戦いとはこういうものだと分かっているつもりだが、バラフィールの胸の内に新たな使命感が燃え上がる。
「お前たちをこれ以上のさばらせるわけには参りません！　穏やかな地を返していただきます！」
　戦いを終わらせるために戦う。
　矛盾に悩むより、未来を勝ち取るために、バラフィールもグラディウスを突き降ろした。
　攻撃が始まって数分、空間は侵略者たちの悲鳴で満ちているようだった。
　無秩序に渦巻く炎を映すバリアを見据え、ユグゴト・ツァン（パンの大神・e23397）は複雑に思案していた。
　長い期間『独占』されていた場所。
　長い時間『占拠』されていた場所。
　それを返してもらうならば今。
　胎に還すという悦びとの交換だ。
　何を躊躇するのか。
　グラディウスの行使は何度も実行したし、魔空回廊の破壊も目にしたことがある。
　それはダモクレスの魔空回廊であっても、そう違いはないはずだ。
「頭に立する存在は『成程』力を持たねば成らぬ。されど胎中の仔、如何にして合体と見出すのか」
　ダモクレスはまるで、その機械を製作した者や、使用していた者の気持ちを反映しているように見えるのはどういうわけか。それを訊ねても満足な答えは返ってこないだろう、だから。
「定められた世界を拒み、癇癪するのは赤子以下だと知るが好い――玩具箱は返し給え。貴様等の歯車には錆なのだよ。手放しで狂え、此処が母の愛だ！」
　唇の感触で存在を確かめるが如くに、グラディウスを強く押しつけるユグゴト。
　兵器であるグラディウスの行使に親子や恋人同士のような関係が成り立つかは不明だが、グラディウスから放出される破壊の力は吸い込まれるように防護バリアに浸透して行く。
　変化を見逃さずに、千歳緑・豊（喜懼・e09097）はグラディウスを叩き付ける。
「長年のリーダー業務は終了だ。解散したまえ！」
　短い叫びに込められた、長く苦しめられた人たちへの思いやり。
　望まれているのは、一刻も早い回廊破壊という結果と、未来への道筋を描けるようにすることだから。
　次の瞬間、バリアの変色部位に網目状の亀裂が広がり、下方の魔空回廊に向かって崩れ落ちる。
　崩落の進行と共に魔空回廊自体もその存在感を失い、水に濡れた砂糖菓子が溶けるようにして消滅した。

●撤退
　回廊破壊成功の喜びにひたる間もなく、豊はゴッドサイト・デバイスを確認する。
「いやはや、便利な時代になったものだね。しかしこれは？」
　大量の敵が輝点で示される。
　車庫の上あたりだと考えれば想定内の状況だが、そのひとつが現在地を意味する十字と重なっていた。
「来るゾ！」
　下方からの異音と振動、誰か警告の声が飛ぶや否や建物ほどの大きさの気配が衝き上がって来る。
「先手必勝ッ！」
　撤退を阻むように大きな気配からビームが発射される。
　極太の光条が撤退をしようとしていた一行のど真ん中、ユグゴトやバラフィールの目の前を突き抜けて行く。
「これも想定内で在るな」
「分かりやすい敵ダ。早い所倒して帰ろウか」
「確かにそうですが、気を緩めずに参りましょう……」
「奇声を上げる廃家電よりはマシだが、別方向でこそばゆいな」
　抱く思いはそれぞれだが、事前に得られている情報でビーム攻撃の属性は魔法と分かっている。
　そして射程や対象まで考慮すれば、ポジションを空中に取れば、敵の攻撃はこれに偏るかも知れない。
　ビームが飛び抜けた先で爆音と共に火柱が上がった。
「すげえ、変形型だ、カッコいいなあっ、しかし、てめえはもう電車じゃねえ、障害物だ」
　広喜はスモークの中から現れる巨大なロボットに見とれそうになるも、すぐに気持ちを切り替える。
　攻撃が外す心配が無さそうなくらいでかい敵だ。
　まず、勇名の起こした連続爆発が、カラフルな爆風となって、サイレンのように吹き抜けた。
「うまくやるんだよ――フォロー」
　機を合わせたかのように、豊の放った、地獄の炎でできた獣が襲いかかる。
　次いで、堅実な一手としての、ヒーリングパピヨンを発動するのは、千梨。
　ガネーシャパズルから放たれた光の蝶が舞い、その輝きに背中を押されるように広喜は拳を突き出して、地獄の炎を打ち放つ。
「直せねえくらい、壊してやるよ」
　敵の巨体が燃え上がり、立ちこめるスモークが橙色に輝く。
「ふはははは……」
　なぜか、笑われた。
「何がおかしい？」
「私の名は路電合体エクセレント江ノ電！！　正真正銘、江ノ電の新たなるリーダーだ！」
　まるで水を掛けた様に、炎の輝きが消えて行く。
「ヒールか。だが、ダメージは残っているようだぜ」
「守りに専念されると厄介デス――」
　優勢に戦えているが、果たして短時間で撃破する目標を達成できるだろうか。
　威力と命中どちらを重視するかを、ギリギリまで思考しながらエトヴァは攻撃を繰り出す。
　心がけと目標は、違う。
　前者は気持ちの問題だが、後者は結果を背負う。ユグゴトにとって、路電合体エクセレント江ノ電も他のデウスエクスと同じ、仕置きする対象だ。
「貴様の物語を否定する」
「なんだと。私は……リーダーに相応しくないのか――いやそんなはずは無い」
　妖しげな言葉に囚われた路電合体エクセレント江ノ電は、巨大な身体を折り曲げて、ロダンの考える人に似たポーズを取り、そこに地獄の門の如くに口を開いた、ミミック『エイクリィ』ががぶりついた。
　このダモクレスはいったい何を考えているのだろうか、攻撃姿勢に入った眸は微かに目を細める。
　そして、演算によって得られた知見をもとに、刺し貫いた傷口を抉るような一撃を重ね、回復不能なほどに破壊する。
「グアアアアッ！」
　すぐに自ら癒そうとするが、アンチヒールの発動により、本来の癒力を発揮できなくなりつつあった。
（「それにしても……量産型であることに、コンプレックスでもあるのでしょうか……？」）
　バラフィールには、心を持たないはずのこのダモクレスが、感情を持っているように見えた。
　但し、江ノ電の新たなるリーダーと称しても、リーダーだと自称するだけで、具体的にどこがリーダーなのかはサッパリ分からない。
　言うだけの、名前だから、信念がない言葉遊びだから、簡単に惑わされるのか。
「水の力よ……ここに集いて、我が敵を貫く槍となれ！」
　もはや攻撃を掛けてくる可能性は低いとみた、バラフィールもウイングキャット『カッツェ』と共に積極的に攻める。
「んうー。こころがあるから、なやむのか？」
　勇名の声を聞いて、路電合体エクセレント江ノ電は息を吐き出すように、弱い声を上げた。
「江ノ電のリーダーは、私だ！　此処は通さない……」
　リーダーという立場に拘泥する様は、まるで人間のような心をもっているかのようにも見えたが、撤退阻止の意図が明白なため、倒すしかない。
　刹那の逡巡の後、勇名は癒すための手を、攻める手に変えて、攻撃を繰り出す。
　路電合体エクセレント江ノ電の命はもう長くなさそうだ。
　だからこそ今は、思考を止めてでも猛攻で決着をつけるべき時なのだ。
　ふわりひらりと捉えどころがなく、感情が読みづらい。
　それが、千梨らしさのはずだった。
「偽りは天に無く――人に在り」
　御業を自らに舞い降ろし、身体能力を高め、飛ぶように距離を詰め、舞うように一撃を加える。
　まるで眸と競うように敵の注意を引こうとしているように見える。
　敵が癒術を使わず、攻撃をしてくれば、その分撃破が早くなる。
　しかしこの目論見だけは、上手く行かなかった。
　眸は一歩引いて間合いを合わせると、片手で高熱の炎を纏う大剣を叩き付ける。重厚無比の一撃に巨体の装甲が軋む音と共に火花を散らし、そこにビハインド『キリノ』の金縛りが追い打ちを掛ける。
　もはや攻めても守っても、路電合体エクセレント江ノ電の命運は決していた。
　行動を起こそうとする度に、身体はより蝕まれる悪循環。
　そんな様子に目を遣りつつ、豊は跳弾射撃を繰り返し、追撃のダメージを積み重ねる。
　リーダーだから、仲間が救援に来ると信じているのだろうか。
　戦闘開始前に見たゴッドサイト・デバイスの敵情報では、周りには沢山の敵がいた。
　巨体の懐に入り込んで、エトヴァは瞳を合わせ、記憶を流し込む。
「Verschliesse die Augen」
　次の瞬間、エトヴァの言葉の通りに、路電合体エクセレント江ノ電は目を閉じた。
　閉じた瞼の裏側で再生させる記憶に囚われ、ついに巨体は揺らぎ、両膝をつく。
　好機を逃さずに、広喜は間合いを詰めて、得物と共に燃えさかる地獄の炎を叩き付けた。
「俺たちはてめえみてえに、変形も合体も出来ねえけどよ。連携なら、誰にも負けねえ」
　広喜の言葉に応える声はなく、路電合体エクセレント江ノ電の巨体はズズンと重い音を立てて倒れ、漂う煙の中に紛れて消えていった。
「東に向かって下さい。真っ直ぐに進めば、味方に合流できる」
　豊が素早く、ゴッドサイト・デバイスの情報を告げる。
　広喜とエトヴァのジェットパック・デバイスで飛翔し、豊のゴッドサイト・デバイスで敵の位置を把握し、ユグゴトのチェイスアート・デバイスの力で一気に抜ける。
「すげえぜ。俺らの使える力ってのは、自分のだけじゃないんだな」
　合体して大きくならなくとも、ひとりひとりが、別の力を出し合うことで、大きな仕事を成し遂げられる。
　ふと浮かんだ友への言葉は胸にしまい。
　今は、大急ぎで、江ノ電極楽寺検車区を飛び抜ける一行。
　間も無く、ミッション攻略中のケルベロスたちに回廊破壊成功を伝える。
「ありがとうございます！　今度こそ鎌倉も平和になりますね。本当にお疲れ様でした」
　世界を救うための戦いがひとつ終わり、未来に希望を繋いだ。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2021年1月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。