魔導神殿追撃戦~絶命の叫声

作者:天枷由良

●ヘリポートにて
「アスガルド・ウォーの勝利、おめでとう」
 微笑んで語るミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は、しかし祝福も労いもそこそこに表情を引き締めた。
 理由は明白。エインヘリアルの王シグムンドが今際の際、未だ防衛部隊が健在であった三つの神殿を地上へと送り出してしまったからだ。
「そのうちの一つ、ほぼ無傷であった金牛宮“ビルスキルニル”は敗残兵を吸収して戦力を拡大しつつ、鎌倉市付近に出現。鎌倉駅に向かって進軍を始めているわ」
 其処に何があるか。ケルベロスであれば、すぐに思い至る者も多いだろう。
「……そう。五年前に行われた史上初のケルベロス・ウォー、鎌倉奪還戦。その終幕に砕け散った巨蟹宮の遺構と言うべき、あの“蒼のビフレスト”よ。あれを奪取したとして、それから何をするつもりかは定かでないけれど……見逃すわけにはいかないでしょう」
 ケルベロスたちは鎌倉駅で金牛宮を待ち構え、これを強襲、制圧する。
 次なる作戦の概要を口にしたミィルは、さらに言葉を継いでいく。

 金牛宮は“巨大な牛”の姿で進軍するが、鎌倉駅に到達すると“宮殿型”に変じるようだ。
「巨牛形態のままでは静止できないからなのでしょうけれど、その変形の瞬間こそが攻撃の好機よ。金牛宮の驚異的な機能である落雷攻撃――トールの雷が止むだけでなく、駆動部分や変形部分などから内部への侵入が可能となるわ」
 これを利用して突入したケルベロスたちは、各々撃破すべき敵との戦いに挑む。
「皆の侵入は、巨牛形態時の“左後肢の付け根”に当たる部分から。此処から予知した経路を進み、金牛宮の防衛戦力だった『嘆きの無賊』の『寄星者』を倒してもらいたいの」

 ――寄星者。
 何とも仰々しい名前だが、その外見もまた悍ましい。
 悪魔のような角と翼。鋭く伸びた爪や尾。それらを気にもさせないような、骨と臓物の露出した土瀝青の如き体躯はエインヘリアルをも凌ぐ大きさ。
 頭部も縦に裂け、巨大な一つ目の周囲には幾つもの小さな目が埋まっている。動きこそやや緩慢であるようだが、耐久力や攻撃力の高さは脅威となるはずだ。
 正しく異形。怪物。その正体は、ともすれば最も忌むべき存在――屍隷兵。
 不完全な神造デウスエクスとしてあらゆる勢力に波及したそれが、何を元にして産み出されているかを考えれば、ケルベロスにも強い感情を抱くものがいるだろう。
「グラビティの一部を吸収して自己強化を行うこの寄星者の中でも、とりわけ強力に育った個体。『嘆きの無賊』の内部で“切り札”とさえ噂されていたらしいものが、金牛宮の外れ――血と悪臭に満ちた洞穴のような所に佇んでいるわ。これの撃破が、皆の目標よ」

 倒すべき個体の他にも、寄星者の類似体は数多く存在する。
 だが、指定された経路を進めば、ケルベロスたちが隠密の策を講じなくとも、それらと出会す事はない。此度の予知は(原因は断定出来ないが)それほど高い精度で為されている。
「ただし、敵に気付かれずに進めるのは目標との接触まで。戦闘が始まれば、グラビティの応酬に反応した類似体も、あちこちから徐々に集まってくるわ」
 それらは有象無象と呼んで片付けられる程度の強さであり、一匹や二匹程度ではケルベロスを脅かす事など出来ないだろう。
 しかし“時間が経てば経つほど。或いは、より多くの攻撃を目標に浴びせれば浴びせるほど”呼応して来る敵の数は増大し、討ち果たすべき寄星者と共に立ちはだかる。
 その規模がケルベロスたちの一撃で抉り取れる量を超えれば――目的を成し遂げるどころか、無事の帰還さえも危うくなってしまう。
「最も強大な寄星者さえ倒せば、残る類似体の戦闘力も失われると予知で判明しているわ。出来る限り迅速且つ少ない手数で、ただ一体、討つべき相手を討てるように。一致団結して臨みましょう」


参加者
伏見・万(万獣の檻・e02075)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)
メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)

■リプレイ


 猛進する巨牛が鎌倉の駅に辿り着くなり、その姿を大きく変え始めた。
 機構上、静止に必要不可欠な変形。それを行わないという選択肢はない。
 だが、其処で生じる隙はケルベロスが喰らいつき、引き裂くに充分なものだろう。
「……さて、忘れ物の回収、いや掃討と行こうか」
「サクッと済ませちゃいたいわね!」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)が呟けば、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)が言葉を重ねた。
 それらは眼下に落ちて、先程まで巨牛の左後肢だった場所へと吸い込まれていく。
 其処に開いた闇こそが進むべき道。アンセルムと篠葉、さらに六人のケルベロスたちはヘリオンからの光線を浴びつつ、闇に向かって飛び降りる。

 その内部は、およそ宮殿とは呼べない空間であった。
 鎌倉の風景が見えなくなった途端、まず感じ取れたのは微かな異臭。
 何かが腐り果てたようなそれに朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が口元を押さえれば、伏見・万(万獣の檻・e02075)は未だ降下の最中にも関わらずスキットルを呷る。
「気が早いな」
 声掛けたのは鉄筒のようなミミック“エイクリィ”を連れたユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)であったが、万は飲み仲間に一瞥くれただけで意味のある言葉は返さない。
 もっとも、口を噤んでいるのは彼だけでなかった。その理由もまた様々だが、少なくとも降り立った場所がお喋りに相応しい景色でなかった事は確かだろう。
「……これは……」
 ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)が足元を見やる。
 微かな水音と共に靴裏を汚していたのは――血だ。よくよく目を凝らせば、薄暗い四方のあちこちに赤黒い痕跡が窺える。まるで死にゆく者が救いを求め、窓際へと手を伸ばしたように、べっとりと。
「趣味が悪いね」
 メロゥ・ジョーカー(君の切り札・e86450)が眉を顰めて語り、すぐにそれらから目を切って駆け出す。
 思案も推測も後回しだ。為すべき目標。それを成し遂げる為の道。それらは既に余すところなく詳らかにされているのだから。

「――次を右だね」
 一団の先頭を奪ったプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が、誰に向けるでもなく言って跳ぶ。敵地の只中を行くにしては大胆不敵。けれど彼女の姿も後に続くケルベロスも、決して見咎められる事はない。
「楽なのはいいですけど……どうしてなんでしょうねー?」
「さて、ね」
 アンセルムは肩を並べて進む環に微かな笑みで返す。環も不敵な表情で応じれば、再び前へと集中する。不快な臭いは増すばかりであったが、傍らの友から感じられる頼もしさが、それを幾分か意識から逸らしているのだろう。
 そうして互いに注意を払い、時に他愛のない言葉を交わす程の余裕があった。
 この時は、まだ。


 予知された経路を進むこと、暫く。
 臓物のごとき色合いの細い道を抜けると、八人は広々とした洞穴のような空間に出た。
 一時、神の視点を得たユグゴトが辺り一帯を走査する。付近で浮かび上がった印はケルベロスたちの他に、敵を示す点が一つ。
 それは――探すまでもなく、前方に居た。思わず息を呑む程の巨大な異形。碑石のごとく聳え、人の顔よりも大きな眼で此方をじっと見下ろすもの。
 その眼の周囲に埋まった小さな目は、粘着質な音を立てながら獲物を求めるかのように絶えず動き回っていた。
 一際強くなった異臭と相まって、思わず胃の底からこみ上げたものを吐き散らしてしまいそうになる。
 だから――という訳でもないのだろうが、万はじっと敵を見据えながら、また酒を呷り。
「……イマイチ食欲わかねェ見た目だなァ」
 そう、呟いた。

 刹那。
「――――――――――!」
 異形の発した雑音に、ケルベロスたちの殆どが耳を塞ぐ。
 確かに今、それは何かを語っていた。語ろうとしていた。だが、それの言葉はもはやケルベロスたちの理解出来るところにない。ケルベロスと屍隷兵、既知の枠組みに落とし込んで尚、此方と彼方は存在としてあまりにもかけ離れすぎている。
 故に会話など成立せず。両手を広げて歩み出たユグゴトの台詞も、独言と違いはない。
「屍を合わせて『この』外見。目玉の有無が問題か――兎角。私こそが貴様の母親なのだよ。さあ、おいで――愉快痛快な胎還りの時だ。黒山羊の涎は甘いもの。舐り給え」
 全てを仔と呼ぶ彼女もまた、常識という軌条からは大きく逸脱しているのだろう。
 然し、理外の者同士が互いの理解者になり得るとは限らないのだ。その証明として、異形は――寄星者なる屍隷兵は全ての視線をユグゴトへと注ぐ。
 ただ“視る”だけで何になると言うのか。そんな認識は、使役者の視界を遮るように跳ねたエイクリィの反応で改めざるを得ない。此方もまた奇怪な姿の箱型疑似生命体は、ただ二者の視線が交わるのを阻んだだけで、地を転がって忽然と苦しみ始めた。
「……クソッ!」
 短く吐き捨てた万が、苛立ちごとスキットルの中身を飲み干す。そして彼が小型水筒から口を離すより先にウィッカとプランがジェットパック・デバイスを噴かせて飛び上がれば、盾として最前に飛び出した環が真っ先に寄星者へと仕掛ける。
「下ばっかりじゃなく、上にも気をつけた方がいいですよー!」
 敵を見上げてそう叫んだのは、間合いを詰めただけでも全身に総毛立つような感覚があったからだ。
 それを何とか抑えても、獣の尻尾はごわりと逆立って膨らむ。そうして本能に訴える恐怖を少しでも遠ざけるべく、環は腕を振り上げて尚、果敢に吼える。
 気合は寄星者の頭上で諸刃の剣と熱鉄の粒を形作り、巨大な眼と数多の蠢く目に向かって降り注いだ。潰れ、焼けた幾つかから漂う異臭が強くなり、思わず顔を顰めた環は仲間たちの動向に気を払いつつも僅かに後退る。
 その背を見やってから、アンセルムは銀の粒子を高く散りばめつつ、環と並び立つ。
「アンちゃん――」
「大丈夫」
 今日の己を盾と定めた以上、身体を張るのに躊躇いはない。
 此方を案じる環の声を制して、アンセルムは笑う。それだけで全てが拭えるはずもなかったが、しかし環も表情の意図を汲み取って一度だけ頷く。
 他方、ユグゴトは転がったまま呻くエイクリィに目もくれず、まるで悪戯っ子を捕まえるかのように腕を広げたままで寄星者へと近づいていた。
「貴様の眼球を漬けたいものよ。脳髄の大きさは如何に」
 常人に聞かせれば悍ましい戯言も、異形には無意味な囁き。
 ユグゴトは口を閉ざし――そして今度は、寄星者の存在を否定すべく言葉を紡ぐ。
 その攻防もまた、理からはかけ離れたものだ。しかし異形の何処からかまた悲鳴じみたものが漏れたのは、ふらつきながらも敵へと齧りついたエイクリィだけのせいではあるまいが――兎にも角にも、寄星者の嘆きは耳障り。
「まったく……観客としてはあまりにも喧しいね」
 微笑みの端っこだけを歪めて零し、メロゥは取り出したスカーフを一振り。忽然と喚び出した御業を鎧の形としてエイクリィの元へ飛ばす。他に傷ついた者もいない以上、盾の役割を担うミミックに少しでも生き延びて貰おうとするのは、至極当然の事か。
 何より、半端に寄星者へと手を出す訳にはいかないのだ。攻撃を受ける度、それは己と似た者を数多く呼び寄せるようになっていくというのだから。
(「……一体、何処から?」)
 先にユグゴトが視た限りでは、近場に居る敵は寄星者ただ一つ。
 何某かの種や仕掛けがあるのかとメロゥが思案するのは、奇術師然とした格好からしても不思議ではない。
 とはいえ、先ばかりを見据えている訳にもいかないのも事実。
「何とも禍々しい姿ですね……ここで確実に討ち滅ぼしましょう」
 ウィッカが言って空中から星型のオーラを蹴り出せば。
「うん。全力攻撃で速攻撃破だね」
 答えたプランも誘惑する蝶のような動きから一転、流星のごとく落ちて異形を打つ。
「上からこんなに近づいたら、そのおっきなお目々で覗かれちゃうね」
 何処の何をとまでは言わずに微笑むプランだが、やはり並の男なら褒美と等しい光景も、寄星者の眼にはまるで価値がないのだろう。
 そうしてまた宙に遠ざかっていくプランと入れ替わる形で、仕掛けたのは篠葉。
「その姿、なかなか強い怨念に囚われてると見たわ! でも、私の呪いのほうが強いって教えてあげる!」
 巨躯を指差して息巻くと、繰り出したるは怨霊引き摺り出す祈り。
 呪い給え、祟り給え――喚び声に応じて出でる亡者たちは、程なく篠葉が放った珍妙な叫びで一斉に動き出した。
「……その目玉という目玉にレモンが染みる呪いをかけてあげるわ!」
 それはさぞ辛かろう、などと誰が言うわけでもなかったが、蠢く亡者たちの怨嗟の声が寄星者を少なからず苦しめたのは間違いない。
「クソ不味そうだが、四の五の言ってらんねェか!」
 悶える異形を“喰らう”べく、万が吼えながら駆動剣を振り抜く。
 獰猛な獣の牙のごときそれに、寄星者を形作る腐肉の一片が削げて、ぼとりと戦場の外れに落ちた。


 そのまま勢いに任せて、ケルベロスたちは寄星者を攻め立てる。
 速攻、短期決戦。それを成すべく前線には回復と継戦を第一とする盾役だけを置き、彼らを癒し手のメロゥが支え、残りはある程度の戦術的柔軟性を残しつつも、デバイスの力で飛行するウィッカとプランを中心に痛打を叩き込む。
 攻勢は威力を重視しつつも命中を軽んずる訳でなく、また付随して敵に引き起こす異常も満遍なく、確実に積み重なるように考慮。元より強者揃いである事も相まって、全体に合わせるとしておきながらその核たる部分を誰も有していない事など気にもさせないほど、彼らの戦いぶりは盤石に見える。如何に強敵と言えども、ただ力在るデウスエクスというだけでは淡々と死にゆく運命だったに違いない。――それがただひとつきりであれば、だ。

 まだまだ序盤戦だと、皆が口を揃えるであろう頃。
 何かが落ちてきた。最初に気づいたのは、後衛にて戦場を俯瞰するメロゥ。
 次いで、篠葉もそれを認めた。広々とした空洞の上の方、其処から粘り気のある何かが零れ落ちて、じわりと動き出した。
「類似体……!? もう来たの!?」
「増援だ! 皆、注意して!」
 篠葉が驚愕しつつも狙い定める傍ら、メロゥは仲間たちへと呼び掛ける。
 それを聞いて、アンセルムや環が僅かに攻勢へと意識を傾けた。大蛇と化した蔦に氷結輪が合わせて飛び、その一方で篠葉の刀が振るわれれば、寄星者を縮小複製したような類似体二匹は瞬く間に滅ぶ。
 聞いていた通り、それらの戦闘力は単体で脅威となり得ない程度だ。一先ず退けて安堵しつつ、ケルベロスたちは今まで以上に戦場の其処彼処へと注意を払いながら、寄星者にも攻め掛かる――が、しかし。
「ちッ、また来やがった!」
「良い。母は此処に在る」
 異なる反応を示す万とユグゴトの視界にも、またそれらが現れる。
 今度は三つ。当然ながら退ける為に必要な力は増え、常に寄星者だけを見据えるウィッカと、先に大元を断つべきとするユグゴト以外の手が其方に取られ始めれば――寄星者本体に一度の攻勢で与えられる傷は勿論小さくなっていく。
 それは被弾回数の増加をも一時緩めるのだから、邪魔者を一通り掃除してから仕切り直せばいいと思うかもしれない。
 だが、手練れのケルベロスたちでもどうにもならない事が一つだけある。
 時間だ。どうにか類似体を退けてみれば、無情にも一つ進んだ時計の針が新たな類似体を呼び寄せる。
「熱く求めてくれるのは嫌じゃないけど……少し不味いかも。RTAっていうより詰将棋だったかな?」
「とにかく、私は寄星者を――!」
 プランが充分な破壊力を類似体へと向ける一方、ウィッカはあくまでも寄星者だけを狙って力を振るう。
 しかし如何に彼女が渾身の一撃を見舞っても、何もかもを一人で覆すには至らない。どうしても被弾回数を増やす敵の弱化でなく、選り抜いた幾人かの攻め手に力を集め、一撃でより大きな傷を負わせられれば、現状のようには――。
 などと省みる暇もない。まだ充分な攻撃力を持つ寄星者の牙が、視線が、環やアンセルムを蝕むようになれば今度は回復に手を取られ、いよいよ類似体の数はケルベロスを上回るに至った。

 ともすれば、己が身を擲つ事すら考え出す状況。
 それでもケルベロスたちが望みを繋いだのは、手に余るくらいならいっそ類似体を放置するという思い切りの良さ。一度の攻勢で類似体全てを片付けられないと見るやいなや、八人は寄星者本体を見据え、持てる力の全てを其処に注ぐ。
 メロゥがメリュジーヌの翼と尾を曝け出して『呪い』の刃を振るえば、それを生業とする篠葉が負けじとお腹が冷える呪いを繰り出して。
 ユグゴトが火柱を立てれば、万は己を構成する獣の幻影に寄星者を食い千切らせ。
 アンセルムは影のごとく密やかに寄って蹴り一つで腐肉を裂いて、さらに環が剣と鉄を降らせ――共々、押し寄せた類似体の中に沈む。
 けれど、気にしている余裕などない。
「一気に刈り取るよ」
 暴走ロボットのエネルギー体を己に同化憑依させたプランが、半機械化した金属の翼で敵を裂き。
「――其が宿すは腐敗の魔力、絶対なる傷を与える刃なり!」
 高らかに叫んだウィッカが、悪魔の力宿す刃を喚んで不可避/不癒の斬撃を放つ。


 その瞬間、寄星者は一際大きな叫びを上げた。
 幾重にも織り束ねた人と獣の悲鳴のごときそれは、戦場であった空間に反響してケルベロスたちを骨から揺さぶる。
 誰しもが足を止める他なく――やがて静寂と共に自由が返れば、異形の巨躯がぼろぼろと崩壊するのに合わせて、跳梁跋扈していた類似体も悉く沈黙する。
「倒した、の……?」
「……そのようです」
 呟く篠葉の前で、空から降りたウィッカが手近な敵を両断してみせる。ずるりと落ちた肉片は泡のように消え、程なく類似体そのものが全て、同じように形を失くしていく。
「結局、なんだったんだろうね、これ」
「知るかよ。知ったところで、どうせ碌でもねェに決まってらァ」
 脅威ではなくなったものを見つめるプランの傍ら、万がまた新たなスキットルを開けながら言い捨てれば、敵の塊に埋もれていたアンセルムや環も、異臭に顔を歪めながら立ち上がった。一先ず、自力で撤退できる程度の力は残っているようだ。
「……帰りましょー」
 環がしょぼしょぼと呟いて足を動かせば、皆がそれに続く。
 帰りは来た道を逆行するだけ。何も難しい事はない。
 だからこそ、ケルベロスたちは考えた。寄星者とは本当に何だったのか。何故、嘆きの無賊が手に入れるに至ったのか。誰が、何を為すべく作り上げたのか。
 全て潰えた今では――否、それは端から確かめようがない事だったのかもしれないが。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月4日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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