澄む夜、白銀と

作者:雨屋鳥


 雪を端に寄せた低い山が伸びている。
「今年は、イルミネーション無理なんだろうな」
 立ち入り制限された通りを横目に、女性が少し寂しげに言葉を溢した。
 毎年、夜になれば通りなれたその並木道は、白銀を主にしたイルミネーションに彩られ、多くの人々に賑わいを見せる。
 クリスマスまでの数日間、凍える寒さの中の温もりを灯すこの大通りに、しかし今年は灯が付くことはない。
 破壊されたまま復旧の間に合っていない、閑散とした寂しげな光景が広がっているだけだった。
 女性の足は、歩き慣れない遠回りの道に向けて歩き出した。


「デウスエクス勢力との戦況も油断を許さない状況ではありますが、こんな時にこそ息抜きは必要です」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)は、確固とした意思を眉尻に滲ませ。
「まあ、息抜きといってもお仕事ではありますが」
 自らの緊張を緩めるように、冗談めかして言ってみせた。
 いまだ瓦礫に埋もれた道や、倒壊したビル、店舗。危険で一般の業者が立ち入りに相応の期間が必要な場所を率先してヒールしてほしいという。
「午前中に、住民の方々と復旧作業に入り、灯が落ちてからイルミネーションのテスト点灯を行う予定になっています」
 どうやら、ケルベロスには、このテスト点灯の確認も合わせて行ってほしいとのことだ。
「まあ、ただ道を歩くだけです。本当なら今の時期人でごった返している筈ですから、独占はラッキーかもしれないですね」
 逆にいえば、人がごった返せる道に他の誰もいないのは寂しさもあるかもしれないけれど。
 ダンドは、大体説明し終えたか、と考えてひとつ頷く。
 話としては単純だ。損害の激しい部分にヒールを行い、夜には遊歩道を確認する。
 それだけ。
「お昼から冷え込んで、雪の予報もあります。くれぐれも防寒は忘れないでくださいね」
 ダンドは、そう告げて話を終えた。


■リプレイ

 凍える空に星のオーラが跳ねて、リーズレットの周囲を踊る。
 背中に温もりを感じながらリーズレットは、その星を追いかけるようにして、小さな人形のような可愛らしい影が飛び跳ねている。
「あ、今雪で滑った」
「え、ちょ、もうリズ姉そういう所ばっか見るんだから!」
 翼で空を飛ぶリーズレットの背に掴まっているうずまきが、ヒールを完了させた屋根の上から滑り落ちた小さな人影。ミニうずまきの一体に思わずに溢した笑みに抗議する。
「ごめんごめん、でも、めっちゃうずまきさん頑張ってるなって? ふふっ、かわいい」
「もう……えへへ」
 ミニうずまきが星のオーラに手を伸ばしたり、吹き飛ばしたりしようとしながら街を修復していくミニうずまき。それに癒された笑いを溢すリーズレットに、うずまき自身も思わずつられてくすくすと笑ってしまう。
「リズ姉のお星様が綺麗だから、街中に振り撒きたいだけなんだよね」
「ふふ、イルミネーションの代わりにもなれそう?」
「うん、ばっちりだよっ」
 うずまきは、そう返しながらリーズレットの背を柔らかく抱きしめた。冬の空はどれくらい寒いのかと心配だったけれども、今はむしろ温かい。
 それはきっとこうしてリーズレットが傍にいてくれるから。いつも気付かない内に元気をもらっている。
 ヒールに再生する街並みは、今すぐにでも活気に満ち溢れてくれそうな、冷たい風にも柔らかな温かみを湛え始めていて。
「傷付いても……」
 知らず、うずまきの口は動いていた。
「こうやって、ちゃんと元気になれるんだね」
「――うん。一つ一つ気持ちを込めて治していけば」
 リーズレットは、頷いてそう口を開く。それは決してうずまきの内心の吐露が以心伝心した言葉ではなく。
「気持ちが届いて応えるように綺麗に蘇ってくれるの嬉しいなぁ」
 それでもいい、とうずまきは微笑んで、体温の心地よさに目を閉じる。
「……うずまきさん?」
 静かになったうずまきに声を掛ければ、帰るのは静かな寝息。寝ちゃったか、と自分に向けられた油断めいた信頼に、こそばゆく苦笑する。
「この街にも……私がうずまきさんに癒されてるみたいに、気持ちが届いてくれたかな」
 空を渡る。
「ありがとう」
 温もりに向けた言葉は、僅かに散った雪を揺らし、空に解けていった。

 ブーツの厚い底が雪を踏む。
 エトヴァは、耳をその音に擽られながら、音を吸い込む雪を震わせるように。澄んだ空気に響かせるように。
 調べを謳う。
 唇を抜ける吐息が、声が、ここを照らしていた筈の光を。見つめる誰の胸にも灯を点すように。
「お疲れさまデス。ココアと珈琲どちらがいいデスか?」
 雪の重みで二次倒壊した瓦礫にヒールを施した場所へと、電飾の装着を行う人々へと用意したあたたかい飲物を配りながら、暗く静まっていく空を見上げた。
 灰色の空を銀色の瞳が映す。白銀に満ちた街を眺める。
「――?」
 景色と交わる幻想に、何かが胸の奥で瞬いた気がした。
 懐かしい、と。そう思ったのは偶然か。いや。
「……昔、俺はこうでしたカ?」
 誰ともなしに問い掛ける。いつかの自分の色。白銀。それに満ちた街並みが夜闇に沈んでいく。
 答えは返らない。
 点灯までまだ時間がある。エトヴァは、そんな白銀を薄闇が染めていく対比へと、緩やかに脚を踏み出していた。

 街とは、人が活き、時を過ごす場所だ。
 もう一年というべきか。やっと一年というべきか。
「微妙なところです、ね」
 ウィルマは、遠くの歌を聴きながら、悴む手を擦り道を振り返った。幻想の混じる現実は、人の賑わいのない空虚なものだ。ウィルマの興味をひくものではない。
「まあ」
 それでも、そこからウィルマは視線を外せないでいた。今は風ばかりが通るそこにも、近く人は戻るだろう。
 光があれば、人は集まり。そして、陰が人の形を映す。感情は、悲喜こもごも。彩りに満ちている。
 それを彼女は否定しない。それでこそ、世の中は面白い。
「とにかく、終わらせてしまい、ましょう」
 彼女は祈る。
 この世界に彩り多からんと。

 光が舞い散れば、傷跡を幻想が覆いつくしていく。念の為バトルオーラで崩落に埋もれないようにしながらティアンは、瓦礫に囲まれた一角に潜り込んでヒールを施していた。
「幻想化と光のソウジョウコウカ。というやつ」等ともっともらしく頷くと、ほんの少し首元が冷えて襟を寄せる。厚い雲の向こうで空が燃えている。澄んだ空気の中で足早に眠りにつく陽の色を見上げた。
「防寒して正解だな」
 モコモコとした防寒着のポケットに手を突っ込み、残りもヒールしてしまおうとしたその時。
「……おい」
 どこか苛立ったような声。振り返れば、雪に埋もれた瓦礫を押しのけたレスターがいた。
「ああ、レスター。どうかし――」
 ぼふん、と。早足で近づいた彼は肩にブランケットを掛けると、更にマフラーを取り出していた。
「これは」
「また風邪引いたら困るだろ」
「……」
 そう言われては何も言い返せない。一度迷惑をかけたその印象をこの場で払拭するのは難しいだろう。
 ティアンは大人しくマフラーを巻かれておくことにした。流石に汗ばんだならその時に外せばいい。
「終わったか?」
 その問いに、ああ、とレスターは返す。ヒールそのものがあまり得意でない彼は、重い瓦礫の多い場所を重点的に、それらを支えるように修復を行っていた。適材適所という奴か。
「こちらも、すぐ終わる」
 やや重い肩を上げて、ティアンはヒールの光を瞬かせた。それは、どこか夜闇に灯ったイルミネーションのそれにも似ていて――。
「まるで雪が光ってるみたいだ」
 ほう、と息が洩れる。レスターは、雪に跳ねた光に満ちる通りを踏んで隣を歩くティアンを視界の端に見る。
 戦争の疲れを忘れるようなこの景色を同じように見上げる、その横顔。
 彼の色だと、ティアンは思った。きっと、彼はその色に温かな感情を抱いていなくとも、ティアンにとってはその色は、白銀は。
「レスターは人の少ない方が好きなんだったか? ティアンも歩き易くて助かるが」
 気づくだろうか、彼は。
 ティアンの眦が僅かに緩んでいる事に。
 彼を見上げる瞳に光が跳ねている事に。
「確かにおれは人嫌いだが」
 これが独占するにゃ勿体ない光景ってのはわかる。言い捨てるように吐かれた言葉に、ティアンはレスターの顔を覗き込んだ。
「災禍に耐え、この光を待ち望んでいたのであろう人達に届けばいいと、そう思う」
 覗き込む灰色に、レスターは温もりに満ちた肺で冬の風を和らげて。
「ああ、――届くといい」
 そう頷いた。

 陣内は一つの街灯を見上げていた。
「……やっぱり目立つな」
 ヒールを掛ける内に力が入ってしまった樹木のような街灯が、薄暗い中でもその存在を主張している。
「ふふ、まるでクリスマスツリーみたい」
 視線を追ったあかりが僅かに笑いを溢すのに、陣内は成程、ともう一度見上げる。そう考えてみれば、悪くはない。
 と、思い出したように陣内は肩を竦める。
「サンタさんには何をお願いするんだ?」
「教えないよ?」
「つれない返事だ」
 茶化され返した言葉。肩から力を抜くように白く息を吐いた陣内に、あかりは手をポケットにしまった陣内の袖を摘まんで、目を細めた。
「でも、楽しみだよね」
「……いや? 子供じゃあるまいし」
「ふうん……そう?」
 あかりは、意味深に陣内を見上げる。白を切る陣内は逸らした目を耐え切れないように、正面から合わせ。
 合わさった瞳が僅かに震えた。寸前まで、くねっていた尻尾が緊張に強張るのをあかりは確かに見た。
 それを問い掛けるよりも前に、あかりの手を陣内は掴んで引っ張っていく。
「それじゃあ、ライトアップ準備を」
 背後から聞こえる声から逃げるように、陣内は、僅かに瓦礫の残る路地へと入る。
 あかりから、陣内の表情は見えない。陣内は、あかりの表情を見ようとしない。だが、その歩は、すぐに止まった。ほんの僅かに、あかりの掌が陣内の手を握り返した。それだけで、陣内は凍り付いたように動きを止めた。
 僅かな震えだけ残して。
「タマちゃん?」
 呼ぶ声に、ぎこちなく振り返る。自覚している。僅かに握り返された。それだけで彼女に拒絶される恐怖が全ての感情を、衝動を押しのけた。
「別に、ちょっと寒いなって、思っただけ」
 欺瞞が乾いた喉をひっかく。
 言えない。大人びた彼女の横顔に、攫ってしまいたいと思った、とは。
 そっか、と伸ばされた両の手に、屈みこんだ陣内の頬が温もりに包まれた。
 いや、違うのか。ふと、繋ぎ留めないといなくなってしまいそうで、独りだと信じてしまいそうで、都合よく縋ったのだ。見栄を張って、理想を真似ても結局はそんな――。
「寒い? 風邪ひいたかな?」
 思考を遮った。私を見てと。
 あかりは、陣内の心中を見透かしてはいない。だが、その言葉は嘘だと感じた。その嘘が、彼を傷つける為のものだとも。
 頬から手を離す。屈んだ彼の首に腕を回して抱きしめる。重みに膝ついた陣内があかりを抱き寄せる。
 冷たくなんてない。影が浮かぶ。灯された人々を照らす温かな光。
 ――その光が、この温もりが、貴方にも届けばいいな。
 願ったあかりの頬に大粒の雪が降りた。体温に解けた雫が頬を滴り、見上げて微笑む。
「雪だよ。タマちゃん」
「ああ……、そうだな」
 陣内は、温もりに伏せていた目を閉じ、そう返した。

「あっ」
 隣から聞こえた声に、カルナはココアから口を放して、その声の元へ視線を飛ばした。
「カルナさん、あそこっ」
 と名前を呼んで振り返った灯の指差す先は、ヒールで直されたのだろう意匠の異なる街灯がイルミネーションの中に調和している。
 その光と雪に紛れて、澄んだ闇に解けていく白梟の羽。それだけで、カルナには灯の言わんとしている事が分かった。
「あっ、あのヒールをしたの、私なんですよ!」
 どうですか? と胸を張る灯にカルナは、頬に僅かに熱を感じながら言葉を探す。ただ綺麗だ、と言葉にしてもうまく伝えられない気がした。ココアの甘みがまだ舌に残っている。
「本当ですね。あ、ほら、あの花吹雪は僕のヒールですよ」
 カルナは羽が舞って行った先に見えた、桜吹雪が揺れる光を指差した。
「どうですか?」と真似して返せば、むん、と口を尖らせてみせた灯は、数秒も持たずにその相好を崩して、笑みを見せていた。
「えへへ、ヒール勝負は引き分けですね」
 灯は、ともすればイルミネーションの中に見つけた自分の光よりもカルナのそれの方が嬉しい、と感じて、真似したカルナもきっと同じような心地なんだろうと気づいた。
 だから引き分け。もしくは一勝一敗。
 どちらかが先に行くこともなく、二人は歩幅を合わせて光に彩られた道を行く。
「まるで、光のトンネルですね」
「――、うん」
 僅かに空いた間は、噛み締めるように。灯は頷いた。
 澄んだ空気の中で音もなく瞬く光は、星空の輝きともまた違う、鮮明に冴えて見える。
 美しい、そんな言葉が自然と湧き出でる。
 灯は、空になってすっかり冷たくなったカップから片手を外した。
「あ……」
 そして、同じように灯を見たカルナと目線がぶつかった。ふわりと笑んだカルナは、その手を差し伸べる。
「手を繋ぎませんか?」
 他の誰もいないこの銀の道で、逸れる事は無いだろうけど、とカルナは緩やかに微笑む。
「……はい」
 頬が熱い。灯は手を伸ばした。
 触れる指先の熱に、照れた笑いがこぼれる。
 声にしない言葉が、互いに伝わった。
「ここにいる、あなたと」
 幾億の光が彼らを包んでいた。

「次はイルミネーションに問題がないか確認ね?」
 ウリルは、そう言ったリュシエンヌの言葉に、一つ頷いた。
「ああ」
 遠くに騒がしい声が聞こえてくる。この再点灯にどれだけの人が関わっているのか。ヒールの間にも話した人数でも数えきれない数だ。
「……」
 リュシエンヌは胸が高鳴るのを感じていた。それは、ヒールに不備がなかったか、灯らないかもしれない、という不安もあったけれども。
 テイクアウトしたココアの温もり。甘い香りが肺に満ちる。
 こうして、その瞬間をウリルと見る事の出来る嬉しさが、彼女の鼓動を早くしていた。
 みんながイルミネーションを見て幸せな気持ちになれるよう、祈りを込めてヒールをした。今も祈りだけは続いている。それでも、この祈りはきっと届いていると確信する何かが心に安心感を与えていた。
「もうすぐ」
 ウリルは、月の光もないくらい冬闇を見つめていた。
 今年は、本当に色々あった。この瞬間には語りつくせないほどの変化があり、それでも変わらないものもあった。
「カウントダウン……」
 リュシエンヌがウリルに寄り添った。高い肩に頭を預けたリュシエンヌは、微かに唇を動かしていた。
 ご、よん、と聞こえるカウントダウンに合わせる彼女と目があって、互いに微笑んで通りを見た。
 いち。
 ぜろ。
 そして、一拍。真っ暗闇の静寂が響いた。直後。
 飛び込んできた光の奔流、と呼ぶには優しい煌めきを瞳に映して、ウリルは息を呑んでいた。それがただの光だと思っていたら、ただ綺麗だね、と告げて終わっていたかもしれないそれが。
「希望の光のようだ」
 ウリルにはそう思えた。
 それはリュシエンヌの祈る姿を見たからか。彼女を見れば、嬉々とした輝きに満ちた紫色の目を見開いて、ウリルに笑いかけた。
「ええ……希望の光!」
 心の底から、そうだ。と力強い程の肯定を返したリュシエンヌは、抱き寄せられた彼の胸の中で、問い掛けられた言葉に即座に頷く。
「楽しい?」
「もちろん、最高なの!」
 悴む手も、気にならない。
 包まれた温もりに、多くの事があったこの一年。一緒に彼が居続けてくれたこの幸せをかみしめる。
 満面の笑みが咲く。
「ああ、良かった」
 ウリルはその笑顔に、満足を覚えていた。彼女のその笑顔が一番見たかったものなのだから。
「今度は、空からイルミネーションを眺めるのもいいかもしれないね」
「……っ」
 咄嗟に言葉が見つからずリュシエンヌはウリルに、もう一度抱き着いた。そして。
「うりるさん、だいすき」
「うん、俺も大好きだよ」
 その声以外を雪が吸い込んで、ただ静かな光が彼らを祝福していた。

 冷えた空気が体を、心を凍り付かせる。ひどく滑らかな、柔らかく澄んだ沈むような暗闇。
 ――白銀に跳ねる光の灯が、跳ねまわった。
 色とりどりの光が、様々な幻想を纏っては雪に明るく輝かせる。
 静寂に降る雪は、溢れる光を揺らし、暈して、彩りを溢れさせる。
 溢れる人々の感情を、街が歓迎するように。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月28日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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