暗殺のモンド

作者:紫村雪乃


 鈍色の空。寒風吹く街の昼下がりである。
 街中に、突然それは現れた。鎧をまとった巨躯の男。手には巨大なナイフが握られている。
 次の瞬間、男は刀をふるった。一息で八つの首を刎ねる。恐るべき手練であった。
 しぶく鮮血が地を濡らした時、はじめて周囲にいた人々は事態を悟った。悲鳴をあげて逃げ出す。
「金にならん殺しは疲れるな」
 吐き捨てると男は酷薄そうな目で逃げ惑う人々を見回した。


「エインヘリアルによる、人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が口を開いた。
「このエインヘリアルは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者のようで、放置すれば多くの人々の命が無残に奪われてしまうでしょう。のみか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます」
 現れるのは東京近郊の街、とセリカは告げた。
「大通りの只中にエインヘリアル――モンドは現れます。戦うことと同時に一般人を避難させることも必要かと」
 ただ逃亡の心配をすることはない、セリカは付け加えた。モンドは使い捨ての戦力として送り込まれているため、戦闘で不利な状況になっても撤退することはないからだ。
「モンドの武器はナイフ。必要とあれば二振りのナイフを左右手で操ります」
 用心してください。心底からの憂慮を込めて、セリカはいった。
 モンドは殺し屋。殺人には長けていた。
「危険なエインヘリアルを撃破しなければ、どれだけの命が失われることになるか……。お願いします。必ずモンドを倒してください」
 セリカはいった。


参加者
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
ジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーごさい・e79329)

■リプレイ


「やれやれ」
 暗鬱な色の空を降下しつつ、その女は溜息を零した。
 煌めく銀の髪を翻らせた玲瓏たる美女。三十五歳なのだが、二十歳そこそこにしか見えない。学生服といい、黒のストッキングといい、良く似合っていた。
 美女――ジルダリア・ダイアンサス(さんじゅーごさい・e79329)はうんざりしたようにいった。
「戦争前に罪人派遣とは……アスガルドの犯罪者数は異常ですね」
「ふん」
 つまらなそうにビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は竜顔をしかめた。
「不死たるデウスエクスが殺し屋か…その手で誰を殺めてきたのやら」
 ビーツーは目を眇めた。人間の視力を超える彼のそれは、街路に立つ巨漢の姿をとらえている。
「あれか。血の赤など此処には相応しくなかろう、早急にお引き取り願おうか」
 ビーツーの目がぎらりと光った。

 禍々しい殺気に大気が捻じ曲がった。コンクリートの街が一瞬凍りついたようだ。
 殺気の主たる者は三メートルほどにも及ぶ逞しい巨躯を持つ巨漢であった。手には二本のナイフを携えている。
 その彼――モンドの眼前に凄まじい音をたてて、何かが落下してきた。衝撃で舞い上がった粉塵が晴れた時、それの正体がようやく知れた。
 八人の男女。ケルベロスであった。
「よくもまぁ出てくるわ出てくるわ。アスガルドに犯罪者居すぎだろ」
 ゆるりと立ち上がった男が吐き捨てた。
 四十年配。がっしりとした体格の剛直そうな男である。名を鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)といった。
「なんだ、貴様らは」
「ケルベロスですわ」
 こたえると、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)は、穏やかな美貌の彼女が持つにふさわしくない禍々しい形状ナイフをかまえた。
「ほう」
 モンドの目がわずかに光った。
「女。お前もナイフを使うかよ」
「ええ」
 紫の髪をゆらし、紫がこたえた。この時、しかし紫は察している。同じナイフが得物であったとしても、威力が違いすぎることを。けれどーー。
「貴方の相手は私達がしてあげますわよ」
「いうなあ、女」
 モンドがニヤリとした。酷薄な笑みだ。
 その時だ。三人の男女が駆け出した。
 一人は道弘。そして冷然とした金髪の娘と兎のウェアライダーの若者である。七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)とカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)であった。
 一般人の避難。
 彼らの意図を察して、モンドが目をむけた。その視線をマロン・ビネガー(六花流転・e17169)がふさいだ。
「凶悪な殺し屋で罪人、ですか。同じ殺しなら、多少は金になる方が良いのでは?」
 誘うようにマロンがいった。モンドがどれだけの覚悟と信念でその手を汚してきたのかはわからないが、プロフェッショナルの暗殺者であるなら、一般人よりケルベロスの命の方が高価であることがわかるはずだ。
「金、か」
 モンドは目を眇めた。何か計算でもしているようだ。
「こんにちは、殺し屋さん。ここに敵前逃亡したアイスエルフが居ますよ」
 ジルダリアもまたモンドを誘った。
「アスガルドでは賞金首になってるかも……歯応えのない一般人よりも、私と遊んだ方が楽しいんじゃなくて? さあ……キモチイイコト、しましょ?」
「お金にならないのについついやってしまうのは…趣味かな」
 凛然とした若者が嘲弄するように声をかけた。どこか戦い慣れした物腰のある若者だ。名を瀬入・右院(夕照の騎士・e34690)といった。
 その声音が気に障ったか、モンドがじろりと右院を睨む。一瞬ギクリとした後、右院は薄く笑って続けた。
「仕事とプライベートは分けたほうがいいッスよ、勇者どの」
「勇者か。くだらん」
 笑殺しつつ、しかしモンドはナイフをかまえた。


「ナイフの二刀流ですか、只者では無さそうですね。ですがどんなに強い相手でも、私達は退く訳にはいきませんよ」
 ちらりと振り返り、綴は独語した。そして前に視線を戻すと、
「エインヘリアルが現れました。けれど皆さん安心して下さい、私達はケルベロスです」
 混乱していた人々がわずかではあるが、落ち着きを取り戻した。綴から不思議な親近感のようなものが放散されているからである。
「僕たちの仲間がエインヘリアルをおさえています。慌てる必要はありません」
 いうと、カロンはデバイスを起動させた。大型のドローンが現出する。これなら一度に十人ほど運べるだろう。
「フォーマルハウトは避難する人達を守るんだよ」
 カロンが命じると、ミミックーーフォーマルハウトはひょいとレスキュードローン・デバイスに飛び乗った。
「行き先は」
 モンドの視線を遮る形で立ち、道弘はあらかじめ調べておいた避難候補地をカロンに告げた。それから拡声器を装備しているかのような大音声を発した。
「大通りから離れろ! 走れない者は、このドローンに乗るんだ!」

 どうやらすぐに動く気はないようだ。
 モンドの様子を窺っていたビーツーは、そう結論をくだした。やるなら今だ。
「不死鳥よ、我等に聖なる加護を…!」
 ビーツーとサーヴァントであるボクスドラゴンが紅蓮の炎撒き散らした。灼熱の炎流は溶岩のように地を溶解させ、魔法陣を形成。仲間に不死鳥の呪的加護を与えた。
「なんでこんな犯罪者ばっかりサルベージされてるんだろう…シャイターンの仕業かな?」
 困惑したように右院はもらした。が、迷いは一瞬。すぐに右院は臨戦態勢に滑り込んだ。
 軽やかに跳躍。流星のように光を空に刻みながら蹴りをモンドにぶち込んだ。
「やってくれる」
 蹴りの衝撃に身を仰け反らせながら、しかしモンドは二本のナイフをふるった。ケルベロスですら視認できぬほどの超高速の一閃である。二つの刃が深々と右院の肉体を切り裂いた。
「まだだ」
 止めとばかり。モンドは猛禽のように両手を広げた。
 その時だ。彼は眼前に佇む女に気づいた。
 ゴシックロリータ風のスカートを翻した娘。紫だ。
「全てを浄化してあげますわ」
 紫の両手から閃光が噴いた。それはモンドを光球と化して包み込みーー爆発。爆風で紫の紫髪がなびいた。
 同じようにスカートの裾をなびかせたジルダリアは、面倒そうにスカートの裾をたくしあげた。黒のストッキングに包まれた太股が露わとなるが、ジルダリア本人はそんなことを気にしたふうもなく、迫撃形態とした竜鎚のトリガーをひく。
 竜の咆哮にも似た轟音を発して飛ぶ竜弾が炸裂した。衝撃にモンドが地を削りながら後退する。
 ちらりとジルダリアが視線を飛ばす。頷いたビーツーがアイコンタト。指し示した右院をボクスドラゴンが癒やした。
 とりあえず右院は大丈夫。
 そう見て取ったマロンはクラッシャーたる役目を貫くべく、人形めいた繊手を振った。花吹雪のように舞ったのは砂糖を思わせる白い粉である。
「こんなもの!」
 嘲るように振り払ったモンドの嘲笑が凍りついた。麻痺したように身体が動かない。
 瞬間、倒れていた右院が跳ね起きた。瞬く間に間合いを詰めた彼がたばしらせたのは空の霊力をまとわせた一閃である。
 ギンッ!
 空を焦がすように 火花が散った。モンドのナイフが右院の祓神剣デュランダルを受け止めたのである。


「きてくれて助かったぞ」
 ニヤリとモンドが笑った。びくりとし、反射的に右院が飛び退る。
「逃がすものかよ」
 モンドが飛びかかった。その眼前に立ちはだかったのはビーツーである。
 再び火花が散った。今度はビーツーがモンドのナイフをフィニクスロッドで受け止めたのである。がーー。
 がくりとビーツーの膝が折れた。圧倒的なモンドの膂力の仕業である。
「首をもらうぞ」
「ぬっ」
 ビーツーの顔が絶望の色に染まった。モンドの他方の手のナイフが翻るのを見とめた故である。
 次の瞬間、銀光がビーツーの首を薙ぎーー。
 衝撃波が辺りを席巻した。吹き飛ばされたモンドが地に転がる。
「貴様か」
 身を起こしたモンドが、掌を突き出した姿勢のままの女を見据えた。
「ふふん。気をあやつるかよ」
「練気掌波という業です」
 綴がこたえた。そして、ようやく溜めていた息を吐いた。気を練り上げ、それを武器として操るには極度の集中力が必要なのだ。
「どけ、バル!」
 叫ぶ声がした。ビーツーをバルと呼んでいい者はそう多くない。
 ビーツーが飛び離れるのと同時、チョーク投げの要領で道弘は超硬度鋼の杭を打ち出した。唸り飛ぶそれは砲弾の破壊力と速度を秘めている。
 モンドは身を捻ってかわした。が、かわしきれない。脇腹をごっそり抉り、杭が疾り抜けた。
「やってくれる!」
 巨獣と化してモンドが襲った。はじかれたように道弘が跳び退るが、一瞬はやくモンドのナイフが横薙ぎする。
 地に降り立った道弘の腹から鮮血がしぶいた。道弘が腹をおさえる。腹圧に押され、内臓がはみ出そうになったからだ。
「まだだ!」
 モンドのナイフが再び閃いた。が、その刃は道弘に届かない。フォーマルハウトが庇ったからだ。
「フォーマルハウト!」
 思わずカロンが叫んだ。が、哀憐の情を振り払い、カロンは身から月光を思わせる銀光が放った。浴びた道弘の身裡からふつふつと獣性が高まり、傷が分子レベルで修復されていく。
「ちっ。カスが余計な真似を」
 フォーマルハウトを睨みつけ、モンドが吐き捨てた。と、ぎくりとして顔をむける。氷嵐のような殺気が吹きつけてきたからだ。
「殺し屋風情が仲間をカス呼ばわりとは面白いじゃないですか」
 ジルダリアがニッと笑んだ。モンドの顔色が変わる。殺気だけでなく、本当の冷気が吹きつけてきたからだ。
「冷たき北風よ、唸り逆巻き……かの者を氷の帷に閉じ込め給え」
 ジルダリアから吹きつける冷気が増した。モンドの身体が凍りついていく。
 瞬間、煌めく影が躍り上がった。金属武装生命体をまとい、白銀の鬼と化したマロンが拳を叩きつける。氷の砕片を散らしたモンドが吹き飛んだ。
「おのれ!」
 地を滑りながら着地。モンドが歯軋りした。
 そのモンドを、すでに紫はナイフの切っ先で捉えている。
「貴方の時間ごと、凍結させてあげますわよ!」
 ナイフから氷流の尾をひいて弾丸が飛んだ。迎え撃つモンドはナイフを一閃。はじかれた弾丸がビルを直撃し、氷の棺に閉じ込めた。


「当たらんでは」
 モンドは口をゆがめた。
「が、恐ろしい奴。せめて一撃で仕留めてくれる」
 地を蹴り、加速。跳び退る紫をざっくりと切り裂く。
 地に降り立った時、しかし紫の傷のいくぶんかは癒えていた。ボクスドラゴンの業である。
 微笑みながら頷きかけ、そして紫はモンドにナイフをかざしてみせた。
「このナイフをご覧なさい、貴方のトラウマを想起させてあげますわ!」
 ぎらり。ナイフの反射光にモンドの顔が白々と染まった。
 その光に何を見たか。モンドの顔がこわばり、その口からどす黒い血がたらたらと滴り落ちる。
 次の瞬間である。モンドがくはっと血塊を吐いた。彼の脇腹を青白く光る氷柱が貫いている。
「どう。キモチイイ、でしょ?」
 とは、ジルダリアの問いだ。道弘が肩をすくめた。
「キモチイイ、とはあれか?」
「ええ。キモチイイコト、イコール殺し合いですがなにか?」
 あっけらかんとこたえるジルダリア。苦笑するビーツーはフィニクスロッドを掲げた。
 煌!
 ロッドから迸り出たのは一億ボルトにも達す超高圧電流であった。通常人であれば一瞬で黒こげになってしまうだろう。
 が、ケルベロスは通常人ではない。雷撃を浴びたマロンから凄絶の闘気が放散された。電撃により生命力が賦活化されたのであった。
「相変わらず凄い電撃だな」
 道弘がニヤリとした。剛直そうなその顔に、凶猛な凄みのようなものが滲んでいる。呼び覚まされた獣性であった。
「ナイフの使い方なら負けんつもりだ」
 熊のように道弘は襲った。次の瞬間、彼の顔が青白く染まる。モンドのナイフが、道弘のナイフの稲妻状の刃を受け止めたのである。
 噛み合う刃を前に、道弘とモンドが睨み合った。キリキリと刃が火花を散らして哭く。
「たいした腕だ。この俺が冷や汗をかいたわ。が、牙が一つでは俺には勝てん」
 残るモンドのナイフがびゅうと疾った。避けも躱しもならぬ道弘の胸めがけて。
 爆発にも似た衝撃と轟音が辺りを席巻した。
 ナイフはとまっている。右院がたばしらせたデュランダルによって。
「牙が二つならどうだい?」
 ニッと笑むと、右院はナイフをはじいた。道弘もまた。同時に踏み込み、道弘はモンドの傷をなぞるようにさらに切り裂いた。
 右院の剣技は舞いに等しく。するりと花が流れるようにモンドを切り裂き、走り抜ける。
「おおお!」
 血煙にまかれたモンドが吼えた。暗殺者は野垂れ死にするものだと思っていたが、違う。灼けつくような生存本能がモンドの身裡で燃え上がっていた。
「殺す。皆殺しにしてやる!」
 悪鬼の顔でモンドが振り返った。そして右院めがけて躍りかかった。
 刹那、モンドの頭上をこえ、その直上、側転しつつ綴が舞い降りた。
「私でも、やれば出来るのです!」
 片手の掌を突き出した姿勢のまま、綴が告げた。その背後、額を殴り割られたモンドがよろけている。
 ひゅう。
 風が哭いた。音速すら超えた紅妃の懐剣の一閃は衝撃波すらばらまいて。細剣が疾り抜けた後、追いすがるように砂塵が舞っている。
 モンドですら、何時斬られたかわからなかっただろう。それほどの迅雷の一撃を繰り出しながら、何故かマロンはひどく悔やんでいた。
 この十六歳の少女は思うのだ。生きる為に必要な殺し自体は否定しきれない、と。だから確かめてみたかった。モンドの意志や信念を。けれど……そんな時間はない。
「暴食の宝箱よ」
 カロンは呪を口にした。彼の魔術研究が到達した禁断の地平にある呪文である。
 刹那、フォーマルハウトが巨大化した。その姿は、さながら凶悪な鬼のよう。
「我が命に従い、敵を喰らいつくせ!」
 マロンが命じると、フォーマルハウトがモンドに食らいついた。まるで巨人が人を喰らうように咀嚼、嚥下。悪夢のような光景だ。
 それっきり。後にはただ静寂のみが残されていた。


 戦いは終わった。ケルベロスあちは辺りの修復を始めたのだがーー。
「あなた、彼の知り合いなのですか?」
 冷たい目でちらりと道弘を見やってから、綴はビーツーに声をかけた。
「ああ。そうだが」
 ビーツーは頷いた。道弘は彼の恩師である。
「あの怒鳴り声、なんとかなりませんか?」
 うるさそうに綴は眉をしかめた。道弘は咆哮により修復しているからだ。
「無理だ。あれは彼なりの愛情表現なのだから」
 ビーツーが苦笑した。同じく苦笑した右院だが、すぐに笑みを消した。
「そもそも暗殺者なのにこんな日中の表通りに現れてすぐ引かないのは二流だったんじゃないかな。適材適所で要人や有名人のピンポイント狙いをされたら危なかった気がする」

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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