罪人エインヘリアル 私以外はすべて馬鹿

作者:秋津透

 茨城県つくば市、筑波山。ここは、古代から神域として崇められてきた地で、現在では観光地として年間を通じて多くの来訪者がある。
 しかし、その日、天空から筑波山の一角に降下してきた罪人エインヘリアルは、歓迎に値しない来訪者というか、まさに災厄そのものだった。
「ああ、くだらん。くだらん。なぜこの私が、こんなくだらん懲罰を受けねばならんのだ。まったく理不尽にもほどがある」
 愚痴っぽく唸りながら、長衣をまとい長髪髭なしという罪人エインヘリアルにしては整った身なりをした男は、手にした怪しげな魔導書を読み上げる。すると、勝手に動く水晶の剣の群れが召喚され、周囲の一般人を逃げる間もなく薙ぎ倒す。
「やれやれ。どれだけ殺せば帰れるんだ。まあ、帰ったところで、どうせまた馬鹿どもと揉めるだけだろうが」
 血の海と化した周囲を何の感慨もない白けた表情で見回し、エインヘリアルは魔導書を閉じると、もう片方の手に持った羽扇で物憂げに顔をあおいだ。

 ヘリオライダーの高御倉・康が、真剣な表情で告げる。
「茨城県の筑波山に、罪人エインヘリアルが降下してくるという予知が得られました。既に地元警察に連絡して、予知された区域の立ち入りは禁じてもらっていますが、山全体を立ち入り禁止にしてしまうと、罪人エインヘリアルの降下地点が変わってしまう恐れがあるので、そこまではやっていません。急行すれば、罪人エインヘリアルの出現に間に合うので、他の地域に移動する前に撃破してください」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「予知された降下地点はここ、敵の外見は見ての通り。罪人エインヘリアルとしては、それなりに知性があるようで、魔導書と九尾扇を武器としています。ポジションは、おそらくキャスターでしょう。どうも知性を鼻にかけて他のエインヘリアルを馬鹿にして、トラブルを起こした挙句罪人として地球に落とされたらしく、際限なくぐちぐちと愚痴を言っています。会話はできるかもしれませんが、あまり得るものはないと思います」
 そう言って、康は小さく肩をすくめる。
「ご承知の通り、エインヘリアルにも高い知性を持った者は少なくないですが、この罪人は、たかだか魔導書を扱える程度で思い上がった馬鹿者と思われます。問答無用で討ち取ってしまって、何の問題もないでしょう。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
九竜・紅風(血桜散華・e45405)
不動峰・くくる(零の極地・e58420)
天月・悠姫(導きの月夜・e67360)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)

■リプレイ

●要するに、知勇美兼備が最強なのだよ!
 茨城県つくば市、筑波山。前もって一般人立入禁止処置がとられた場所に、ヘリオライダーに予知された通り降下してきた罪人エインヘリアルは、自分を取り囲む八人のケルベロスと三体のサーヴァントを見回して、顔面蒼白になった。
「な、なんだ、この軍勢は。私が地球に落とされるという情報が、漏れていたのか? 何が、地球人を思う存分殺してこいだ。馬鹿め、馬鹿エインヘリアルの馬鹿騎士め!」
 恐怖と憤怒に満ちた口調で呻くと、罪人エインヘリアルは再度周囲を見やり、いかにも無理矢理浮かべたようなひきつった笑みで口元を歪める。
「し、しかし、ケルベロスよ。に、人数を集めたからといって、それだけで勝ったとは思うなよ。闇雲に剣を振り回すだけの馬鹿どもと違って、私には、同時に大勢を葬り去る技があるのだ。くらえ、秘技、さまよう水晶剣!」
 言い放つと、エインヘリアルは手にした怪しげな魔導書を読み上げる。すると、勝手に動く水晶の剣の群れが召喚され、ケルベロスの前衛に襲い掛かる。
「来たな!」
 前衛のうち、ディフェンダーの日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)がクラッシャーのカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)を、同じくディフェンダーの霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)がクラッシャーのハル・エーヴィヒカイト(閃花の剣精・e11231)を、オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)のサーヴァント、ウイングキャット『トト』が、マスターのオズを水晶剣の攻撃から庇う。
 庇われた方は無傷、庇った方は二倍のダメージを負うことになるが、三人ともディフェンダーなのでダメージを半減することができる。
(「痛くないと言ったら嘘になるが、水晶剣のエフェクトは付与効果のブレイク。何も付与されていない最初の攻撃で使われれば、事実上、無効果だ」)
 攻撃技の選択に、あまり知性が感じられないぜ、と、蒼眞は内心呟いたが、とりあえず、まだ言葉には出さずに置く。
 そしてハルが、自分を庇ったちさに一礼すると、エインヘリアルを見据えて告げる。
「なるほど、見事な攻撃だ。君は、自らの知性によほど自信があるらしい。実際、私よりも優れているのだろう」
「わ、わかるか! 私の知性がわかるのか、ケルベロス!」
 エインヘリアルが、一転して表情を歓喜に輝かせて叫ぶ。
 それに対し、ハルは沈着そのものの口調で応じる。
「むろんだ。だが、この場を支配するのは知性ではなく武勇。私の剣を、その自慢の頭で凌ぎきって見せるがいい」
 言い放って、ハルはオリジナルグラビティ『終の剣・久遠の刹那(ブレードライズ・エーヴィヒカイト)』を発動させる。
「我が内なる刃は集う。無明を断ち切る刹那の閃き、絶望を切り裂く終わりの剣…! 久遠の刹那(ブレードライズ・エーヴィヒカイト)ッ!!
 殺界に己が心を映し、自らの領域を作り出す奥義、ブレードライズ。裂帛の気合とともに、その領域を舞う刃をたった一つの標的に目掛け一斉掃射すると共に、自ら手にした刃『利剣”輝夜”』と『境界剣”久遠”』で標的を滅多切りにする。己が持ちうる力の全てを一点に集中させた終の剣、ハル・エーヴィヒカイトの決戦奥義をまともに受け、エインヘリアルの全身から鮮血が噴き出す。
「ば、馬鹿な……このような凄まじい剣技、見たことも聞いたこともない……肉体の武勇だけで、こんな技が使えるものか……研ぎ澄まされた精神、高い知性……まさに知勇兼備……」
 血みどろになりながら、エインヘリアルは、むしろ恍惚としたような口調で呻く。
(「これは……どうするかな?」)
 知性を誇ってるわりには大したことないぞ、と、挑発するつもりでいたが、どうもそういう流れでもないようだな、と蒼眞は小さく首を傾げる。
(「一気に畳み込んで潰すか……いや、むしろ降伏勧告してみるかな?」)
 ダメで元々だ、と、蒼眞は殊更に軽めの口調でエインヘリアルに告げる。
「あんたの同族は、あんたの知性を評価するどころか、認めもしなかったようだな。だが俺たち地球人は、エインヘリアルのような武勇がない分、知性を高く評価するぜ。いっそ、定命を受け入れて、こっちに鞍替えしないか? ここで罪人として殺されちまったら、永遠の命もへったくれもないだろ?」
「くくく……何という魅力的な誘惑だ。確かに地球人は、狡猾という点でもエインヘリアルより知性的だな」
 喉を低く鳴らし、エインヘリアルは意外なほど穏やかに笑う。
「しかし私は、エインヘリアルから生まれたエインヘリアルの子だ。種族から離れるなど考えたこともないし、敢えて定命化を選んでも、いつ死が来るかわからない恐怖に狂ってしまうだろう。ならば、報われることがなくてもエインヘリアルとして死ぬ」
「そうか」
 うなずいて、蒼眞は禁縄禁縛呪を放つ。半透明の「御業」が現われ、エインヘリアルを鷲掴みにする。
「ぐっ!」
 呻くエインヘリアルの前に、カトレアが進み出る。
「生まれた種族に殉じて死を選ぶというなら、これ以上、何も申しませんわ。礼節を以て、葬り去るのみです」
「礼節、か……私に、そしてエインヘリアルという種族に必要なのは、知性以上にそちらだったのかもしれないな」
 呟くエインヘリアルに、カトレアはオリジナルグラビティ『バーテクルローズ』を放つ。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
「ぐおっ!」
 強烈な気合とともに、カトレアの愛刀『艶刀 紅薔薇』が薔薇の模様にエインヘリアルを斬り裂き、最後の一突きで薔薇の花弁を散らすかの如く爆発が起こる。
 既にぼろぼろになっていたエインヘリアルの長衣が、ほぼ完全に吹き飛び、右肩から胸にかけて大きく抉れた傷が露わになる。
「……凄まじいものだな、ケルベロスの攻撃。王子、王女、名だたる名将が、次々討ち取られるのも無理もない……」
 荒い息をつきながら、エインヘリアルは小さく呻く。
「自分の命や境遇が絶望的になって、やっと理解できた……武勇に偏るエインヘリアルは、知勇兼備のケルベロスに勝てない……」
「それがわかっていても、わたしたちと、ともに来ようとは……いえ、このおたずねはもはや失礼ですわね。ごめんなさい」
『きらきらするフェアリーブーツ』から花びらのオーラを舞わせ、自分自身を含む前衛に癒しを行いながら、ちさが哀しげな口調で告げる。
 するとエインヘリアルは、小さく笑みを浮かべながら落涙する。
「皮肉なものだ。生まれて初めて、私に価値を認め、仲間にならないかと誘ってくれたのが、種族の敵、ケルベロスだとは。その厚意には心から感謝するが、やはり私はエインヘリアルだ」
「そうですか……そうですわね」
 可哀そうな方、と、ちさは言葉には出さず呟く。そして彼女のサーヴァント、ウイングキャットの『エクレア』が、前衛に清浄の翼で癒しの風を送る。
「では、僕も礼節を以て……」
 呟いて、オズが妖精弓『farewell』からハートクエイクアローを放つ。矢はエインヘリアルの腹部に見事突き刺さるが、エフェクトの催眠がかかったかどうかはわからない。
(「ずいぶん変な武器編成で来たと思ったけど、よく考えれば罪人として追放されてきたんだものね。武器だって、自分で選べたのかどうかもわからないし」)
 気の毒だけど、まあ、蒼眞さんやちささんが優しくしてあげたのが、せめてもの救いかな、と、オズは内心呟く。
 彼のサーヴァント『トト』は、自分の傷がまだ完全には癒えていないこともあり、自分を含む前衛に清浄の翼で風を送って癒す。
 そして、スナイパーの不動峰・くくる(零の極地・e58420)が、両腕のガントレット、右腕『轟天』左腕『震天』を戦闘仕様に変形させながら進み出る。
「拙者、知性にはあまり自信なく、技と力で押す忍者ゆえ、知勇兼備とはいかないかもしれないでござるが、できる限りの礼節を以て挑むでござる。いざ!」
 言い放つと、くくるはオリジナルグラビティ『『轟震天』・轟震乱打(ゴウシンテン・ランブリング・ラッシュ)』を炸裂させる。
「『轟震天』の、全てを砕く乱撃、受けてみるがよい!」
「ぐわっ!」
 左右の巨腕から放たれる無尽の乱撃が、エインヘリアルを打ち据える。
 がはっ、と、口から鮮血を吐いたエンヘリアルは、しかし、小さく笑みを浮かべて告げる。
「見事な攻撃だ……一見、無雑作に殴っているように見せながら、こちらが反射的に躱そうとする方向を的確に狙って打撃が来る……相当の計算、相当の知性がなければ、こんな攻撃はできまい……」
「さ、左様でござるか? 拙者、攻撃が知性的などと言われたのは、初めてでござるよ」
 定命化を受け入れてくれれば、互いに良き理解者になれたかもしれないのに、残念至極でござる、と、くくるは本当に残念そうに唸る。
「ではわたしも、礼節を以て、わたしの知性を示す攻撃をお見せするわ」
 ジャマーの天月・悠姫(導きの月夜・e67360)が、丁寧な口調で告げる。そして、愛用のガジェット『不思議なポケット』を形態変化させ、オリジナルグラビティ『エレメンタル・ガジェット』を放つ。
「わたしの狙撃からは、逃れられないわよ!」
「ぐふっ!」
 ガジェットから放たれた、標的を麻痺させる特殊な弾丸を受け、エインヘリアルは再び鮮血を吐く。
「……精密狙撃……これが、冷徹な計算の極みか……ケルベロスと遭わなければ、どんなに長い生を過ごそうと知ることはなかっただろう……感謝する……」
(「……攻撃されて感謝するって、いったいどういう心境なのかしら? まあ、エーヴィヒカイトさんの超絶戦技を受けて、充分に身の程は知ったみたいだけど」)
 少々複雑な表情で、悠姫は声には出さずに呟く。
 そして、九竜・紅風(血桜散華・e45405)が、優雅を極めた舞うような歩調で、もはや瀕死のエインヘリアルの前に出る。
「知性的かどうかはよくわからんが、滅多に見られないものを見せてやろう。讃嘆して逝け」
 言い放つと、紅風は気障っぽく前髪をさっと払うような動作をする。
 その瞬間、エインヘリアルの両眼が大きく見開かれ、目の回りから血が滴る。
「こ、こ、これは……知ではない。勇でもない。しかし、この世のものとも思えぬ強烈な衝撃……美か? ケルベロスは、美で攻撃するのか?!」
「秘技、美貌の呪い。そのまま逝くには至らなかったようだが、身動きがとれまい?」
 嘲るわけでも誇るわけでもない、淡々とした口調で、紅風が告げる。
 一方、彼のサーヴァント、テレビウムの『疾風丸』は、まだダメージが多少残っているちさに応援動画を送って癒す。
 そしてエインヘリアルは、かろうじて取り落とさずに握りしめている九尾扇を使い、自分を癒そうとする。
「勝ち目があるなどとは、思ってもいない……が、ケルベロスの知的にして雄渾、多彩にして華麗な攻撃、もう少し見たい……それが、我が身で味わうものであっても……う……だめか?」
 エインヘリアルは、九尾扇から幻影を発して自分を覆うとするが、うまくいかない。
 そこへハルが、彼にしては非常に穏やかな口調で告げる。
「グラビティの攻撃に、固有のエフェクトが付くことは知っているか? 私たちの攻撃には、行動を阻害したり、誤らせたりするエフェクトが付いていた。それを何重にも受けている君は、もはや満足に行動することもできない」
「そ、そうか。そこまで考えての攻撃……見事だ」
 呻くエインヘリアルに向け、ハルは言葉を続ける。
「君たちエインヘリハルを始めとするデウスエクスの地球への攻撃は熾烈で、私たちも急ぎ次の戦場に向かわなくてはならない。君との戦いは、これで終わりにしなくてはならない。さよならだ」
「知勇に加え、礼節と美を備えた貴公らと遭い、私が知っていたものとは別のレベルの戦いがあることを教えてもらえたことを感謝する」
 そう言うと、エインヘリアルはハルに訊ねる。
「最後に、貴公の名を教えてもらってもいいか? 私の名はソロンという」
「知性高きエインヘリアル、ソロン。覚えておこう。私の名は、ハル・エーヴィヒカイトだ」
 ハルの返答に、ソロンと名乗ったエインヘリアルは目を閉じて呟く。
「ハル・エーヴィヒカイト……」
「では、さよならだ」
 電光のように『利剣”輝夜”』と『境界剣”久遠”』が閃き、エインヘリアルの首が胴から離れて飛んだ。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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