ミッション破壊作戦~死徒討滅の剣閃

作者:白石小梅

●死徒討滅
「情勢がきな臭くなって参りましたね。ここで後顧の憂いを断っておきましょう」
 望月・小夜が並んだ番犬たちに微笑みかける。
 スクリーンに映るのは、長さ70センチ程の輝く小剣。一般武装としては使用できない、グラビティ戦における特殊兵器だ。
「かつて重巡級ダモクレス・ゴッドサンタより、近くはジグラット・ウォーで大量鹵獲した小剣型兵器『グラディウス』。これを用いれば『強襲型魔空回廊』を破壊し、ミッション地域を解放することが可能です」
 デウスエクスが前哨基地として穿つ強襲型魔空回廊は、一方通行とは言え敵の根拠地から無尽蔵に増援が送り込まれるため、回廊が開いた地域を放棄せざるを得ない。
「ですが今や地球文明は一勢力として恥じぬ量のグラディウスを確保しており、ミッション破壊作戦を迅速に行えます。今回、狙っていただきたいのはこちらになります」
 そして小夜は、日本地図を映し出す。紅い矢印が指した箇所を占拠している勢力は。
「そう……死神です。一部停戦中とはいえ全戦力との停戦合意が成っていないのはこれら占領地があることからも明らか。つけ込まれるわけにはいきません。死者の泉への潜入に合わせ、可能な限りミッション地域を取り返す。それが今回の任務です」
 番犬たちも頷き返す。
 こちらから奪い取った地を餌に、向こう優位な交渉など持ち掛けられてはたまらない。牽制する上でも、きっちりと締めるところは締めなければ。

●小剣兵器『グラディウス』
 小夜は改めて、グラディウスの特徴と作戦概要を説明する。
「強襲型魔空回廊は占拠地域の中枢にあり、地上から目指したのでは無尽蔵に湧く敵軍に阻まれてしまいます。そこで『ヘリオンを利用した高々度からの降下作戦』を行います」
 回廊の周囲は半径30m程度の半球状の障壁で覆われており、この障壁にグラディウスを叩きつければ良い。
 予知で敵の油断を突き、高々度から奇襲するのだ。
「グラディウスの攻撃力は、皆さんがどれだけグラビティを高められるかに準拠し、強い意志、願い、想いによってその力を引き出します。エインヘリアルや死神との情勢が緊張を増している今なら、きっと大きな力に出来るでしょう」
 魂を燃え立たせ、決意と共に障壁を突く。
 上手くいけば一撃で。仮に今回で破壊できずともダメージは蓄積する。
「回廊攻撃時には激しい雷光と爆炎が発生します。この攻撃余波は、グラディウスの所持者以外を無差別に襲うため、回廊防衛を担っている敵の精鋭でも防ぐ手段はありません」
 余波で発生する凄まじいスモークを利用し、混乱している敵勢を切り裂いてミッション地域より脱出する。それが作戦手順だ。
「ええ。使用後のグラディウスは、グラビティ・チェインを吸収すれば再使用できますから、必ず持ち帰ってきてください。それも任務の内ですからね」

●現れる死徒
 魔空回廊の護衛部隊は、グラディウスによる攻撃余波で大半を無力化できる。だが早期に復帰した強力な個体は、敵を逃がすまいと動き出すだろう。
「強敵との戦闘自体は避けられませんが、大混乱の中では連携は出来ないはず。目の前の強敵を素早く撃破し、撤退を目指してください」
 万が一、時間が掛かりすぎてしまった場合、脱出前に敵が態勢を整えて撤退が不可能になる可能性がある。そうなれば、降伏するか暴走して撤退するしか手がなくなってしまう。
「そうならぬよう、攻撃するミッション地域に巣食う敵戦力の特色や強さを見極め、作戦を立ててください。こちらは攻め手。敵を選べる上、ヘリオンデバイスの力もあります。皆さんなら、必ず戦果を挙げられるはず」
 小夜はそう言って、強く頷く。

「例え回廊を破壊できずとも、決意は伝わるはず。交渉するにしても、我々は暴力によって不当に奪われることを受け入れる気はないのだとね。さあ。出撃準備をお願いします」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
バラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)
ユリス・ミルククォーツ(煉獄の蛍・e37164)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)
九門・暦(潜む魔女・e86589)

■リプレイ


 ヘリオンのハッチが開いていく。
 眼下には雲と、山々さえ平たく見える遠き大地。それを見るバラフィール・アルシク(闇を照らす光の翼・e32965)の背に、愛猫のカッツェがしがみ付いて。
(「もうあんな悲劇は見たくない……だから、私の全てをこの小剣に賭ける」)
 彼女の決意を横目に、帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)は静かに鈍色の小剣を引き抜く。彼もまた、家族を喪い利用された身の上。
「僕は……死神が嫌いです。命を奪うだけでは飽き足らず、死した者を弄ぶ奴らのことが」
 頷き合う二人。その背を見つめるのは、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)。
(「らふぃーも、帰天も、ぴりぴりしてる。しょんぼりやカラコロが、あったのか」)
『作戦開始高度に到達……皆さん、よろしくお願いします。それでは、【作戦開始】!』
 ヘリオライダーのコマンドワードが響き、彼らは床を蹴る。降り注ぐ八条の光を身に受けながら、鈍色の小剣を振るって。
(「しょんぼりやカラコロ、もとにもどすは、むずかしいかもだけど……これ以上ふやすは、だめだ。ちからをかして、グラディウス」)
 願うは心。それは輝きとして小剣に宿り、か細くも強く膨れ上がっていく。
「ただただ死を振り撒き、命を奪い、弄び。己の尖兵として、更なる死を齎さんとする死神共よ。終わりなき偽りの生に終止符を齎す我等こそ……地獄の番犬なり……!」
 己に自覚を、敵に名乗りを。風を切る中、九門・暦(潜む魔女・e86589)はそう唱える。剣光はその輪郭を覆い、想いと決意に応えていく。
「敵は、死病を、もたらす、死神、だね。……死を、振りまく、彼らを、このままには、して、おけない。……ここで、倒して、回廊を、止める、よ!」
 兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)は敵の姿を思い描き、款冬・冰(冬の兵士・e42446)と視線を交わす。
「死神の交渉カードを潰すのは喫緊の課題。とはいえ、それだけに非ず。人々の安寧と、犠牲者たちの魂の安息の為。この一撃で、破壊する……!」
 体は小さくとも、重ね合わせた想いは強く、光は筋となってその刀身から漏れ出でる。
 近づいて来る大地に向けて、隠・キカ(輝る翳・e03014)は応じるように声を張り上げて。
「うん……! この世界に生きる人達の居場所を、いのちを。もう、ひとつもうばわせない。みんなで、あれをこわす。絶望は、ここでおしまいにするの!」
「僕も故郷を失くした事を知った時は絶望に打ちのめされた……でも希望は消えない。生きていれば何度でも立ち上がるんだ。絶望を押し付ける死神に、思い知らせてやる!」
 ユリス・ミルククォーツ(煉獄の蛍・e37164)が想いを燃やせば、宿った光は流れ星のように空を裂く軌跡となった。
 地を這いまわる黒い死神の群れが、ハッと頭上を見上げた。だがもう遅い。見えて来た障壁へ、翔は刃を掲げて突貫する。
「てめぇらがばら撒く病でどれだけの人間が死ぬと思ってやがる! その死者さえ玩具にするって魂胆か!? そんなふざけた真似、絶対にさせねー! 行っくぜええ!」
 死神どもが放つ黒影が槍となって天へ伸びるも、圧倒的な速度で空を切る番犬たちの軌跡を掠めるのみ。
(「お父さん、お母さん……お祖父ちゃん、お祖母ちゃん。夜にしか会えなかった近所の人たち、短い時間でも一緒に遊んでくれた友だち……みんな!」)
 今はなき故郷への一瞬の瞑目の後、バラフィールは目を開く。
「これ以上、苦しみを、絶望を……広げさせはしない! 私の、命に代えてでも!」
 八つの閃光は膨れ上がって混じり合い、巨大な鉄槌の如く障壁へ激突した。
 凄まじい雷鳴と爆音。雷の如き衝撃が波となって大気を揺らし、雲の中に入ったかのような水蒸気が一瞬で視界を奪う。
 その瞬間、弾き返される八人と、振り返る死神どもの目は、同じものを見た。
 障壁に走った一筋の亀裂が、一瞬の間に全体に波及して……砕け散ったのを。


 ……。
 ……音がしない。
 視界が、霞がかっている。
 水の中にいるように、世界が鈍く遠い。
「……っ」
 瞬間的に飛んだ意識を引き戻し、番犬たちは頭を振る。
「らふぃー、だいじょぶか。しょんぼりか」
「……はい。大丈夫、です。回廊は……! 奴らは!」
「砕きましたよ。成功です! 皆さん、グラディウスを!」
 ユリスが皆を引き起こす中、キカが玩具のロボットをぎゅっと抱きしめる。
「やった。これでもう、犠牲はでない……ね、キキ」
「ん……しかし、こちらは帰還までが任務」
「急いで、撤退……しよう。安全、第一」
 冰や十三に頷きながら、暦はちらりと砕け散った回廊を振り返る。
(「ちょっと前まであちら側だった者が、今や……ね」)
 思うところを振り切って、暦は敵の少ない方へ味方を誘導する。
「こっちよ」
 そう。ここは敵地。包囲されれば、退路はない。回廊は消えても、今はまだ敵の方が優勢なのだ。
 番犬たちは霞中を駆ける。荒れはてた水田の隙間を縫い、市街地まであと僅か。
「……!」
 その時だった。襤褸を纏った黒影が一つ。立ちふさがるように紅眸を持ち上げたのは。
『……死を』
 呟くような呪詛と共に、暗い瘴気が立ち上がる。
 怒りと共に、翔が武装を解き放って。
「黙れよ……大勢の命を弄んできた報いを、受けやがれ!」
 そして、闘いが始まった。


 周囲に漂う霞さえ呑み込まんと、暗闇が膨れ上がる。そこに向けて舞い飛ぶのは、椿の形の折り紙……を模したドローン。
「狩猟対象、病原体。周辺地域の生活と経済を脅かす害あるもの……死の味を覚えたウェンカムイなれば、それは冰の最優先駆除対象」
 冰の宣言と同時に、それらは閃光を放って暗闇を貫く。兎の如く跳ねて、それに合わせたのは、十三。
「じゅーぞーは、貴方に、直接の、恨みは、無いし……じゅーぞーも、怨霊、使いの、妖剣士。とやかくは、言えない、けれど……いくよ、【月喰み】」
 月を描く斬撃が、暗い闇を襤褸布のように切り裂いた。だが死神は、紅く裂けた口で嗤いながら、くるくると舞うように広げた闇の中を泳いで致命傷を避ける。
「……この死神が、いっぱいのひと、しょんぼりにしたのか。これいじょうは、させない」
 蹴り込む足に闇を掃う炎を宿し、勇名が飛び込んだ。
「むい……布、蹴ってるみたいだ、なー……」
 効いているのかいないのか。手応えを感じさせぬ死神は、闇を跳び回りながら嗤う。
『諦めを……絶望を……』
「ううん。きぃは、あきらめない。この世界に生きる人達の居場所を、いのちを。もう、あなたになんかひとつもうばわせない!」
 ランスを構えたキカが、揺蕩う闇を突き掃う。
 そうだ。これは絶望を齎す死神。まるで効いていないように見せかけるのも、その手の内。切っ先の微かな手応えが、敵の負傷を伝えている。このまま、追撃だ。
 そう思った瞬間だった。闇の中から死病の瘴気が噴き出したのは。
「危ない……っ!」
 ユリスが割り込み、それに灼かれる。頭を振って目を開くと、その前に暗い絶望が立ち登っていた。
「ユリス!」
「大丈夫、です……! これは、みんなの故郷を取り戻す大事な作戦の第一歩です。敵がどれほど強くても僕は絶望には飲まれたりしません。闇を掃え……夏の光よ!」
 咲き乱れるひまわり畑の幻影が、襲い来る絶望をかき消していく。だが強い絶望の影は焼き付きのようにこの世にしがみついた。敵は、その力の全てを呪いに使っているのだ。
「この絶望の病が……田舎だけど平和で綺麗だった里を。山と川と田畑しかない小さな村だったけど、みんな優しかった里を……!」
 バラフィールの目が怒りに歪み、即座に飛び込んだカッツェが重ねて風を送って、残る絶望を吹き消した。
「……貴様らの存在など、この地球には不要! 喰らいなさい!」
 病には、それを喰らう病を。放たれた殺神ウィルスが、死病の死神の額を射抜く。奇声を上げて転げ回り、死神は闇の槍を周囲に乱射する。
『病を……病を……!』
「くっ……!」
「治癒を、開始」
 ユリスがそれを抑え、冰の賦活の電撃が傷を塞ぐ中、暦はけたたましく嗤う絶望の化身と目を合わせる。
「終わりなき隷従よりも……いつか終わる未来の方が何倍もまし。死を齎し、魂を弄んで尖兵とする貴方達には……到底、理解できないでしょうけど」
 かつての自分も、きっと理解できなかった。だが今は、時間の尊さがわかる。だからこそ、その魔眼は死神の心を灼いた。
『……ぎっ』
 動きが止まった隙に、翔のデバイスが火を噴いて。
「てめぇのばら蒔くその病で、どれだけの人間が死ぬと……死んだと、思ってやがる! 限りある未来を奪いやがって……ふざけんじゃねぇえー!」
 番犬たちの攻めの布陣に、広がった闇も掠れたか。渾身の拳が遂に敵の躯体を捉えた。骨の手がそれを受け止めたものの、衝撃の全ては殺し切れない。弾き飛ばされた死神は、奇声を発しながら再び暗闇を広げ始める。
 それに対して、周囲を覆う霞は段々と薄まりつつある。
 闘いの行方は、果たして……。


 闘いは続き、勢いは番犬側にある。
 だがこの闘いは、時間との勝負。急がなければならない。
「霞が薄れてきた……! 急がせてもらうぜ! てめぇらのことをぶちのめして、大戦に出かけなきゃならねーんでな! 前座は、これでも食らってくたばりな!」
 両手に混沌を纏わせて、翔の拳が乱打する。敵は転げまわるように直撃は避けるが、大きく広がっていた闇はすでに引き千切れ、襤褸の輪郭が見えてきている。
『死を……!』
 瞬間、敵は唐突に叫び、絶望の病が吹き荒れた。仲間を庇ったカッツェが、黒く濁って消失する。
「カッツェ……!」
 思わず踏み込んだバラフィールの刃を、死神は嗤って避ける。その間に、今度はユリスが割って入って。
「落ち着いて。これは、みんなの故郷を取り戻す闘いです。この作戦はいつか、僕の故郷を取り戻す事にも通じてる。急ぐからこそ、慎重に。確実に! 一つずつです!」
 己を戦言葉で鼓舞し、ユリスは突き出された影槍を根元からへし折った。掌が裂ける痛みを堪えて、槍を押さえ込む。
 即座に飛び込み、刃を振るうのは十三。霊を憑依させた一閃が敵の肩口を裂けば、そこからは血の代わりに瘴気が漏れ出て。
「ユリスに同意。正確に準備を整えた後、総反撃に移行を推奨。……前衛に一定量のダメージを検知。ジューゾー、治療するから静止を要請。キカ、支援を願う」
「まかせて!」
「うん……おねがい、ね。今日は、こおりが、後ろで、支えて、くれる、から……じゅーぞーは、負けない、よ」
 冰の魔術切開が、瞬く間に傷を塞ぐ。総攻撃の機会は、恐らく一度。敵はそれを、全力で阻止しに来る。
「絶望も、呪いも平気。きぃの歌は、全部解いちゃうから! 死をふりまいたって、きぃ達には届かないよ。みんなで勝って、みんなで帰るんだから!」
 金切り声と共に、死神は黒槍を振るう。その前に身一つで飛び込み、キカは死神を睨み据えた。瞬間、全身を輝く槍で貫かれたのは……死神の方だった。
『……!?』
 思わず飛び退いた死神の体から、槍が消える。それは実際には無傷の、幻視の魔術に過ぎない。
 しかし足止めには、十分だ。
「なかよしは、いっしょにかえす。だれも、ここにのこしたりしない。きっとみんな、だれかのなかよしだから、みんなぶじにかえさないとな」
 死神の頭上を舞う、小柄な影。敵が振り返るよりも早く、勇名が振るった刃は膝裏を裂いていた。黒衣の死神ががくっと膝をついた時、すでに番犬たちは敵を囲むように着地している。
「さあ、畏れ戦け。地獄の顎は、今まさに解き放たれん。汝を喰らい、打ち砕く者の名を、散り逝く魂に刻み込むがいい。我等はケルベロス。未来を、切り開く者なり……!」
 暦の歌がその背を押す中、番犬たちは一斉に跳躍した。
「行っくぜええ!」
「【月喰み】……解放」
 刃が、閃光が、拳が、闇を吹き飛ばした。
 惨めな襤褸布のような姿も露わに、死神は転がるように包囲を脱する。
「さあ、今よ!」
「行ってください!」
「賦活完了。バラフィール、遠慮無く」
 敵は番犬たちに背を向けて、駆け出した。霞はすでに薄い。仲間を、呼ぶつもりだ。
 だが。
『ギ……ッ!』
 引き絞るような叫びは、一瞬で潰れた。仲間たちの想いを繋ぎ、決意と共に水の槍を握りしめる女が、叫び散らす死神の喉首を掴んでいたから。
『……ッ! ……!』
「みんなは……苦痛に叫び、怨嗟を吐き、絶望して、死んでいった。私が犯した罪は忘れない。忘れようもない」
 祈りの言葉のように、それは淡々と紡がれる。恐怖に歪んで哀願する紅眸を、燃える氷のような瞳で貫きながら。
「……だから、貴様も知りなさい。絶望を」
 瞬間、バラフィールが握りしめた水槍が、襤褸を纏った胸倉を貫いた。空気が抜けていくような音と共に瘴気が漏れ出し、死神は掠れた断末魔を上げながら急速にしぼんでいく。
 足が崩れ、腕が砕け、やがてその首も砂細工のように手の内で霧散して……。
 バラフィールの手から頭が転げ落ちた時、黒衣の死神は塵となって風に溶けた。
 呻き声すら、残さずに。


 闘いは終わり、八人は駆け抜ける。無人となった、市街地まで。
「もう持たない……! 霞が消えます! 皆さん、構えてください!」
 ユリスがそう叫んだ時、一陣の風が吹いた。
「これ以上、逃げられねえ。さあ……もう一戦だぜ!」
 翔が振り返る中、薄れていた霞は完全に消える。そして、未だ残っていた死神の群れが一斉に振り返った。
『番犬……』
『……死を』
 冰と十三が武装を解き放ち、十数体はいる敵の群れと向かい合って。
「ん……市街地への帰還を達成。任務完了。継戦能力の有無を確認」
「大丈、夫。ここからは、じゅーぞーたちの、任務じゃ、ない、けど」
 復讐に燃える紅眸が捉えたのは、八人……ではない。その背後の廃墟に立つ、無数の人影だった。
『……ヒッ』
 それは、風に揺れる、ケルベロスコートの群れ。帰還を出迎える、百を数えようかという仲間たち。
「いやな病気は、もうおしまい。きぃも、みんなも、あなたたちを逃がさないから」
「んう。グラディウス、なくさないようにだけ、気を付けないと、なー」
「落としたって後から拾えるわ。だって彼らは、みんないなくなるんだから……ね」
 キカ、勇名、暦が、にじり寄れば、怯えたように死神たちは後退る。
 そう。ここは敵地。退路は、ない。
 バラフィールが、その刃と杖を手に、前へ出る。
「あの悲劇をもう起こさぬために……滅び去り、消え失せなさい! 死病の死神たち!」
 雄叫びと共に、彼女は大地を蹴る。
 総攻撃に移る、無数の番犬を引き連れて。

 ……愛知県稲沢市の回廊は、こうして砕け散る。
 圧倒的な戦力差に死神たちは溶けるように消え、人々を苦しめた死病もまた、この世から消失したのだった。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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