銀盤の星

作者:崎田航輝

 宵に映える白銀色が、星の光を映し込む。
 冬の温度が漂う中、艷やかな氷は美しくすべらかで。そこに降りる人々は、頬に触れる冷たい空気をも楽しむように――銀盤を滑り始めていた。
 そこは淡い光のイルミネーションに彩られたスケート場。
 商業施設の屋外に敷かれたリンクは、師走に入るのを境に丁度シーズンを迎え始めたばかり。
 夜空に仄かな初雪も望む中、人々は氷上に游び、疲れれば暖かなカフェに寄って飲み物と食事を楽しんで。
 始まる冬の時間を目一杯に楽しむように。また、星と灯りに照らされたリンクの上へと戻ってゆく。
 けれど――そこに闇を抱くような、暗色の巨躯が現れる。
「全てを……暗闇に」
 昏い声を零しながら、刃を握るそれは闇色の鎧を纏った罪人、エインヘリアル。
 光も命も、全てを潰えさせようとするように。銀盤を踏み砕き、剣を縦横に振るい――人々を斬り裂いていた。
 悲鳴と共に、闇が辺りを満たしていく。無辜の命の絶えた中でただ一人、罪人だけが血に塗れて静かに佇んでいた。

「冬が始まる時期ですね」
 新たな季節の風が吹く。
 そんなヘリポートで、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達へ声をかけていた。
「とある商業施設では、屋外スケートリンクが営業を始めるみたいです。例年人気だそうで、今年もそうなると予想されているのですが――」
 そこへエインヘリアルが現れることが予知されたという。
 やってくるのはアスガルドで重罪を犯した犯罪者。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれて送り込まれる、その新たな一人だろう。
「人々の命を守るために、撃破をお願いいたします」
 現場は丁度リンクの直ぐ側。
 スケート場の外側から侵入してくる敵を迎え討つ形となるだろう。
「人々は事前に避難がなされます。なので、戦闘に集中できる環境と言えるでしょう」
 リンクも破壊されずに済むはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事勝利できた暁には、皆さんもスケートなど楽しんでいっては如何でしょうか?」
 施設内のカフェなどのお店に寄ってもいい。冬の始まりに、季節らしい時間を過ごしてはどうでしょうかと言った。
「そのためにも……ぜひ撃破を成功させてきてくださいね」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
ノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)
灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)
ネフティメス・エンタープライズ(手が届く蜃気楼・e46527)
ティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)

■リプレイ

●銀夜
 星と灯りが銀盤を彩って、きらきらと淡い耀きに満ちる夜。
 空から降り立ったオズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)は自分の体とリンクを示す看板を見比べている。
「スケート。……これはさっそく、両足用に購入した服が役に立ってしまいそうだね」
 商店街で衣服を揃えたのもつい先日。それを活かせることに期待感を浮かべながら。
「後が楽しみだ」
「そうですね」
 と、頷くのはネフティメス・エンタープライズ(手が届く蜃気楼・e46527)。
「最近はもうすっかり寒くなっちゃいましたけど……冬は冬の楽しみがあるから、いいですよね」
 吐く息を仄かに白く染めながら、その時間を待ちわびる思いだった。
 故にこそ、と。
「皆で遊んでいくためにも、手早くお仕事を片付けましょう」
 言って視線を向けるのは前方の夜闇。その彼方から、地を踏みしめて現れる罪人――エインヘリアルの姿を捉えていた。
 緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)は魔剣を握りながら吐息を零す。
「変わり映えの無い罪人共の顔もいい加減に見飽きたな」
「とにかく――アレが出てきたら叩くだけだよ」
 いつもどおりに、と。メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が言えば、皆も頷き前進。
 景色を見て剣に手をかけている罪人へ――まずはノチユ・エテルニタ(宙に咲けべば・e22615)が注意を惹くよう、声を投げていた。
「光が怖いのか?」
 本当の暗闇も知らないだろうに、と。
 言葉に目を向けてきた罪人へ、更に挑発を向けてみせる。
「血に濡れたいなら、相手してやるよ」
 来れるものならと。
 放たれたその声に、罪人は如何な感情を抱いたか。走りながら刃を振り上げてきた、が。
「――後れを取ると思うか!」
 そこへ飛び込むのが灰山・恭介(地球人のブレイズキャリバー・e40079)。迷いなく、至近から光の刃を顕現していた。
「人々が楽しむ場所を襲い、命を奪う非道な罪人! 貴様に死を与えてやる!」
 刹那、夜闇に眩い残滓を刷いて一閃、罪人へ剣線を刻みつける。
 その間に結衣は蛇腹剣で獄炎の魔法円を描き前衛を守護。守りを固めた上でネフティメスを送り出していた。
 ネフティメスがパズルから点灯させた幻像で精神を蝕めば、罪人は植え付けられた怒りのままに攻めてきた、が。
 見据える霧崎・天音(星の導きを・e18738)が足元から焔を揺蕩わす。
(「ちょっと寒いかも。でも――」)
 私の炎があれば大丈夫、と。
 弾ける火花の衝撃で、寒気も振り払いながら――高空へ跳躍。螺旋の力を解き放ち、衝撃の渦で巨躯を抉っていた。
 罪人は後退しながらも波動を放つ、が、オズが翼猫のトトと共に受け止めながら――同時に物語を紡ぐ。
 寓話語り『最後の希望』。言葉で織り成された未来と因果が、現実の運命をも変遷させて負傷を癒やしていった。
 メリルディも刃を天に掲げ、星の光を呼び込んでいる。
 刹那、明滅する煌めきが加護と優しい癒やしを生み出して――仲間を万全に保ってゆく。
「これで大丈夫かな」
「それじゃ、反撃と行こうか」
 言って翅で風を泳ぎ、優美に夜空へ昇っているのはティニア・フォリウム(小さな鏡・e84652)だった。
 罪人はとっさに上へ向いてくるが――その足元から脅威は現れる。
「さあ、咲き誇れ、オダマキ」
 呼応するのはティニアが撒いていた光の粒。
 それが苧環の花となって成長し、蔓を流動させる。『杯に湛えし勝利への渇望』――巨体に絡みつくそれは鎧に罅を入れて膚までもを引き裂いた。
 生まれた隙に刃を突き出すのは結衣。
「その薄汚い刃が何かを奪う前に、砕いてやるよ」
 刹那、焔の塊を放つと、直後に脚装からもビームを発射。炎へ撃ち当てて衝撃を爆散させて罪人の剣先を破砕する。
「そのまま、使い物にならなくさせてやる!」
 同時、恭介も連閃。花を象る無数の剣撃を奔らせて、腕を斬り裂きながら巨剣を中程まで寸断してみせた。

●決着
 血溜まりに波紋を広げて、罪人は微かによろめく。
 苦痛の吐息に交じるのは、憎しみにも似た色だ。
「全てに……暗闇を与えてやる……」
「ううん、駄目だよ」
 ティニアはその殺意も凶行も、全てを否定するよう首を振る。
 こんなに素敵な光景なのだから、と。
「雪や氷の煌めきに貴方が求める闇は合わないかな」
「ああ。冷たく暗い闇の底へ落ちるのは――お前だけだ」
 結衣は疾駆して双剣で一撃、罪人を斬り上げながら巨大な火柱を迸らせていた。
 鳳翼<炸裂する太陽>。巨躯が宙へ打ち上げられると豪速で追いつき、火炎を増大させた刃で直下への斬撃を叩きつける。
「今だ」
「はいっ……!」
 墜ちた巨躯へ、ネフティメスも超重力を生み出し『ブラックホール・インプロージョン』――稲妻の障壁と共に爆縮する衝撃で巨躯の全身を穿っていた。
 よろめく罪人の頭上を、ティニアは周遊するように飛翔。零す光で星座を模り、煌めくオーラで穢れた魂を浄化するように蝕んでゆく。
 呻く罪人は、忿怒のままに折れた刃をネフティメスへ突き出す、が。予見していた結衣が眼前に跳んで防御していた。
(「全く、打たれ強くも無い癖に無茶をしてくれる」)
 敵を引きつけ続けたネフティメスへ、嘆息とも気遣いとも取れぬものを零しつつ。しかと敵の刃を弾き返す。
 結衣自身のダメージも零ではない。が、直後にはオズが羽ばたいて舞い降りて、掌に煌々と治癒の魔力を湛えていた。
 美しく赫くそれは、飛ばされると共に結衣の膚へ触れ、苦痛を吹き飛ばす。
「これであと少しかな」
「それじゃあ、わたしに任せてね」
 メリルディもまたふわりと髪を揺らがせながら、耀くオーラを顕現。ネロリの香りを仄かに漂わせながら――光を注いで体力を保たせた。
 憂いが残らないと見れば、メリルディはそのまま攻勢へ。
「ケルス、お願いだよ」
 呼びかけに応じた攻性植物の蔓を伸びやかに撓らせて――巨躯を捕らえて離さない。
 罪人は苦しげに唸る。
「全てを……斬り刻まなければ――」
「刻まれるのは、貴様だ!」
 真っ直ぐにそこへ奔り込むのは恭介。限界まで滾らせた地獄を剣に纏わせ、天を衝くが如き炎を燃え盛らせていた。
「魂まで焼き尽くしてやる。罪なき人々の命を奪おうとした報いを受けろ!」
 振り下ろす一撃は『我流剣技・地獄炎葬剣一閃』。大気を灼くような灼熱を伴う裂帛の衝撃が、巨躯の腕を烈しく斬り飛ばす。
 蹈鞴を踏む罪人が、未だ抵抗の意志を見せるなら――ノチユも慈悲を与えない。
 そっと傍らの巫山・幽子を見つめる。彼女の前ではあまり使いたくないけれど。
「罪人にはうってつけの技だ。暗闇には程遠いが、お前を呼ぶ声がするだろう」
 ――僕の眸を、視ろ。
 『神呼び』によって双彩の瞳に映るのは誰かの影。その姿と声に死を視るように、罪人は命を朽ちさせてゆく。
 朦朧と、それでも罪人は片腕で柄を振り回す。
 が、天音はそこへ躊躇わず跳んでいた。
「このきれいなスケート場も……町の人達もみんな……絶対守る!」
 刹那、凛然たる心と共に鮮烈な獄炎を閃かせ、右脚を無数の焔刃と成してゆく。
 それは己が地獄に染み込んだ、デウスエクスの犠牲者達の憎しみが滾らせた力――『獄炎斬華・恨壊』。
 憎むべき敵へ独りでに振るわれ、突き刺さってゆく刃は、罪人を慈悲も容赦なく千々に切り刻み、霧散させていった。

●氷に游ぶ
 銀色の光に沢山の笑顔が照らされ、愉しげな声が響き渡る。
 戦闘後、番犬達は場の修復をして人々へ無事を伝え、平穏を取り戻していた。銀盤には既に人々が降り立ってそれぞれの時間を楽しんでいる。
 メリルディもまたスケート靴を刷いて、そっとリンクに足を降ろしていた。
「滑るのは久しぶりだけど上手くできるかなぁ」
 新鮮な気分と、恐る恐るの気持ちを半分ずつに……ゆっくりと足元に体重を預ける。と、文字通り前へと滑り出す。
「わっ、と」
 すこしバランスが崩れそうになると、上手く羽で風を撫ぜるようにして。倒れずに真っ直ぐ、曲がり、そして緩やかに回転もしつつ。
「ん、段々慣れてきた」
 感覚も徐々に思い出して、少しの後には踊るように滑走していた。
 そうして一頻り滑った後は――カフェへ。快い暖かさの店内で席に着くと、ホットレモネードとケーキを注文した。
「わぁ、美味しそう」
 レモネードは甘酸っぱい香りを漂わせ、ケーキには苺だけじゃなくメロンやオレンジの層まであって見目も鮮やかだ。
 早速一口食べると……心地良い疲労感に果実とクリームの甘味が蕩けてゆくようで。
「うん。来てよかった」
 レモネードで心も体も温めて、ほっと一息ついていた。

 恭介は、リンクの修復具合が問題ないと見れば真っ直ぐにカフェへ。
「ここは流石に暖かいな」
 肌に触れる暖気に、人心地がついた気分で――席に座ってメニューを手に取っていた。
 窓を見れば外の景色が望めて、イルミネーションと星の灯りの明るさが感じられる。リンクにいる人々は皆楽しそうで。
「意外といい場所だな」
 呟きつつ、品を選ぶことにする。
 ただ、中々にメニューは豊富なようだ。どれも良さそうで、それ故に少々迷ってしまいそうだけれど……恭介は悩む前に店員へ声をかけた。
「すまない、この店おススメのスイーツはあるか? それを全部くれ!」
 これなら間違いないだろう、と。
 楽しみに待っていると……程なく品々がやってきた。
「おぉ」
 恭介は次々に卓に置かれるそれを見つめる。
 艷やかなタルトタタンに、キウイのピューレを使ったブランマンジェ。冬の果実を使ったパフェ。彩りも香りも豊かな眺めに思わず目を奪われた。
 元より恭介はお菓子好きでもある。
 タルトタタンを食べて、芳醇な甘みを楽しむと……ブランマンジェのぷるりとした食感を堪能し、パフェもぱくぱくと止まらず食べ進めて。
「美味いな」
 ココアも飲んでとりあえず満足すると――。
「よし、お代わりだ!」
 更に注文。疲れを癒やす甘みを存分に摂取してゆくのだった。

(「さて、ネフティメスのご要望通り来てはみたが……」)
 わいわいと和やかな賑わいに包まれる銀盤。
 そこへレンタルしたスケート靴を手に、結衣は歩んできていた。こうしていると何だか、久しいような気持ちだ。
 隣のネフティメスはというと、わくわくした様子でリンクへと降りるところだ。
「そう言えば結衣さん、スケートって得意ですか? スポーツはどれもそつなくできそうなイメージはありますけど……」
 そういう姿は何気に見たことないですよね、と。
 結衣は頷く。
「まあな。実際、スケートもいつ以来だろうな」
 前にした時期もはっきりと思い出せない程度には過日だろう。
 それでも、別段結衣に不安はない。
 そもそも日々足場の悪い環境での戦闘も行っているわけで、それに慣れていれば氷程度、どうということがあるわけもなく。
 履き替えた靴で氷に滑り出すと、よろめきもせずに苦労なくバランスを取っていた。
「……まあ、こんなものか」
「わぁ、結衣さんすごいです!」
 一方、言いながら盤上に出たネフティメスは、足元をふるふる震わせている。氷の抵抗のなさに姿勢を制御できず……立っているので精一杯という様相だ。
 それでは楽しむことも出来まいと、結衣はそこに近づいて。
(「ま、今日はこうして遊んでやるか」)
 ゆっくり手を引くようにして導いてあげる。ネフティメスは手を見つめてわぁ、と嬉しげな声音。
「ありがとうございます!」
「ひとまずは、転ばずに済むだろう」
 結衣は言ってすいすいと滑り、緩やかな曲線を描いていく。
 厚着とは言えないネフティメスの為に、仄かに地獄を操って――その周囲だけを暖かな空気で覆っておくのも忘れない。
 だからネフティメスは愉しげに、快さげに……結衣と共に氷上を滑った。
「そろそろ、一人で滑ってみるか?」
「ん~、もう少し、手を引いていて貰えますか……? 慣れたいので」
 それにこうしていれば堂々と手を繋いでいられますし、と。
 小声の呟きに、結衣は怪訝な顔をするだけだけれど……ネフティメスが言うのならと、また手を引いて、今度は円弧の形に滑ってゆく。
 柔らかな慣性と、手に触れる温度が心地良い。しばらくこのままで、とネフティメスは手を握り返し……冬の時間を楽しんでゆく。

「溶けた所はなさそうで……安心」
 天音は暫しリンクの周りを歩み、自分の炎が被害を及ぼしてないことを確認していた。
 それが判ると、後は自分もスケート。しっかりと靴を合わせて、エッジを氷の表面に当てて……ゆっくりと滑り出す。
 すると、最初は一直線に進めていたけれど――。
「んん……」
 そのうち軌道が逸れてきて、どてん! 転んで氷に手をついてしまう。
 炎の扱いは比類ないけれど、スケートは苦手。その後も立っては転び、滑ってはふらふらと危なげだった。
 それでも、ちゃんと滑りたい。
 と、思っている所に――無料の講習会を発見。広いリンクの一角で行われているそこに、参加してみることにした。
 すると……靴がVの字になるように開いて安定を、と教えられたとおりにやるとさっきより真っ直ぐ立てる。
 それでもまだ覚束ないけれど、角度を調整して試すとふらつかなくなってきた。
「少し、出来るかも……」
 そのまま片足を支えに滑り出すと、すい、とすべらかに進み出す。
「……!」
 その内にまたよろめいて、どてっと転んでしまうけれど――先刻よりは明らかに距離が伸びていた。
「まだ全然だけど……」
 それでもうまくなれる気がする。
 少しだけ、声音を和らげるように呟いて。天音はまたゆっくりと滑り出していた。

 ノチユは幽子を誘ってカフェへ。
 幽子にミルクレープやパフェや紅茶、自分にカフェラテを頼み……食事を始めている。
「美味しいです……」
 もふもふと甘味を口に運びながら、幽子は嬉しげ。
 相変わらずのその食べっぷりが可愛くて、心がぬくくて。ノチユはカップを手に、少し瞳を細めた。
「良かった」
 言いつつ視線を窓へやると、初雪と星空が両方見られて得した気分。イルミネーションと星の光も、互いに邪魔にならなくて。
(「……そうだ」)
 想起するのは二年前。
 少し彼女と近くなった時も、こんな風に人々を眺めてた。
 幽子はふとノチユを見つめる。
「前の事、思い出していました……。エテルニタさんに誘って頂いて……嬉しかったです……」
「僕も思い出してた」
 懐かしいな、なんて小さく笑って。
 折角だから、あの時しなかったことを、と。
「滑ってみようか」
「興味、あります……経験はありませんが……」
「大丈夫、僕もまだやったことない」
 ゆっくり始めよう、と。
 食事を済ますと、二人で靴を履き替え氷上へ。
 ノチユはまず氷の上に立てるように、少し慣れる。エアシューズより難しい……とも思ったけど、やってみると案外楽しくて。
 一方の幽子は滑って転びそうになる、けれど――ノチユがしっかり手を取って支えた。
「平気?」
「ありがとうございます……」
 転ばないように。もし転んでも必ず手を取るよ、と。ノチユが仄かに手に力を込めると、幽子もあたたかな表情で微笑んで。
 やわく手を握り返し、光の中を暫し、ノチユと共に滑ってゆく。

「皆、楽しそうだね」
 氷上に滑り出す人々を、ティニアは見やっていた。
 勿論、自分もやってみるつもりだけれど……初めてだから、少しばかり緊張の面持ち。スケート靴をそっと氷につけて出方を窺っているところだ。
 と、そこへ丁度オズもやってくる。
「やっぱり、暖かくていい感じだな――」
 言いながら自身を見下ろす、その姿は人型。厚手のズボンもぴったりと合っていて、寒気を防いでくれるその感覚に満足げだ。
 ティニアは顔を上げる。
「今から滑る所?」
「うん。一緒に滑るかい。といっても、僕は初心者だけど」
「私もだよ。普通に滑れるくらいには慣れたいね」
 というわけで二人で氷上へ。
 ティニアは早速、支え無しで立ってみるけれど……やはり氷面はつるつるしていて不安定。運動神経は悪くなくとも、流石に最初はぷるぷるしてしまう。
「中々、難しいね」
「そうだね――」
 と、応えるオズはゆっくりと滑り出すことが出来ていた。二足でしかと氷を捉える感覚が新鮮ながら、楽しくて。
「両の足だとこうも速く滑れるものなんだね……っとと、これは、覚え甲斐がありそうだ」
 言いながらも時折、加速もしてみせていた。
 ティニアはそれに感心を浮かべつつ、自身も前に進み出そうとして……つるん。
「……っと」
 手をつきそうになる、が、直前に翅を羽ばたかせて回避。元の体勢に素早く戻っていた。
「今のは……こ、転んでないよ!」
 恥ずかしいのでグレー判定を主張してみる……と、オズもそれは同意するように。自分が転びそうになると、翼で上手く風を掃いてバランスを保っていた。
「こういう躰だし、活かすのもいいよね」
「うん。そうだよね」
 ティニアも嬉しげに頷くと、また練習を再開。普通に立つことも段々出来るようになり、翅の補助でそこから動けるようにもなっていた。
 オズもリンクの形に沿って大回りに滑り始めていて……その上達が心地良く。
「翼なしでやれるくらい、練習してみようか」
「いいね」
 それにはティニアも頷いて。
 ゆっくりとだけれど、確かに前に進むように――煌めく光の中で銀盤を滑っていった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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