とっとこもるもっと

作者:絲上ゆいこ

●徒花に咲く
 がらんとした暗い部屋で幾つもの気配が蠢いていた。
「ぷい、ぷい」
「ぷい……」
 小さなケージの中には、モルモット達がみっちりとひしめき合い。
 なんとか置かれた皿の上には、少量のペレットにすっかりカビた牧草、給水器の水だってとうにからっぽ。
 ここはとあるモルモットカフェ――の予定地。
 オーナーの計画はとても杜撰で、カフェとしての体裁を整える準備すら頓挫中。
 その結果。
 無計画に集められたモルモット達が狭いケージの中に詰め込まれたまま、店になる予定の店舗の一角でひどくなおざりに扱われていた。
「ぷいぷいぷい……」
 詰め込まれたモルモット達は衰弱し、後は死を待つばかりと言う有様であったが――。
 突如。
 森の中のように爽やかな風が、店内を吹き抜けた。
 モルモットの頭上で、ぽんぽんと音を立てて花の蕾が宿る。
「人間が憎いですか?」
 闇の中で揺らぐ、穏やかな碧色をした瞳。
 白い牡鹿によく似た姿をしたデウスエクス『森の女神』メデインが、低く優しい声で問うた。
「ぷいぷい、ぷい?」
「しかし人間を憎んだとしても、それであなた達が何か得られる訳でも無いでしょう。――何も、人間と共に生きよとは言いません」
 ケージに収まらぬ程に大きくなったモルモット達がケージの外へと踏み出すと、頭上の蓮が甘く華やかな香りを漂わせて花開き。牡鹿は彼らへと寄り添うように、更に言葉を次ぐ。
「あなた達はもう人間に縛られる事は無く、自由になる力を得たのです」
 甘やかな誘い声を口に、メデインはモルモット達を見据えて。
「さあ。人間のいない場所で、人間の事を忘れて暮らしましょう」
 その言葉に、モルモット達は相談するように頭を突き合わせて。
 大半のモルモット達はメデインの傍へと寄り添って行ったのだが――。
「ぷい」
 3匹のモルモット達が、メデインへと向き直ってもう一度鳴いた。
「ぷい、ぷいぷいぷい」
 それは袂を分かつ鳴き声。
 自らの強い決意を伝える鳴き声だ。
 メデインは視線を揺らして――。
「――そうですか。……わかりました。それがあなた達の、選択ならば――」

●ぷい
「攻性植物が『聖王女』と呼ぶデウスエクスの事をを覚えてっか?」
 瞳を眇めたレプスは掌上の資料を指差しながら、小さく肩を竦めて。
「今日はな。恐らくソイツの手引で攻性植物にされたモルモット達が、人々を襲う予知が見えたんだ」
 心無いオーナーによって虐げられていたモルモット達は、オーナーへと強い憎悪の念を抱いているようで。
「……聖王女の手勢は、モルモット達を自分達の戦力として連れて帰ろうとしていたようなんだが……」
 復讐を選ぶ者達は本人の意志を汲んでやったようだ、と。
 レプスは空中をタップしながら、ホログラムの資料を切り替えた。
 次に映し出されたのは、大きなスクランブル交差点の映像である。
「ま、無計画なオーナーが復讐される分にゃ自業自得とも言えるけどな。その為にはモルモット達は移動しなければ行けない訳で――」
 身体の大きくなった3匹のモルモット達は、ビルを出るとすぐに道路を爆走して車や人を薙ぎ倒しながら、何処に居るかも判らぬオーナーを探して暴れまわると、予知には見えていた。
 勿論、無関係の人々を巻き込んで。
「ま、そういう訳でモルモット達を、――退治してきて欲しい」
 モルモット達は決して強くは無いが、攻性植物にとりつかれた際に熊ほどの大きさに巨大化している。
 その体躯を生かして、力任せにぶつかって来るだろう。
「コイツラは三匹で一匹程度の強さでそれほど強くは無いンだが……、懐いた振りをして油断を誘って来る。餌でも与えられたらしばらくは和んだ振りもするだろう。――けれどなァ、オーナーへ復讐したいという気持ちは変わらず、邪魔をする者には容赦なく食らいついて来るぞ」
 ――モルモット達には選択する事が出来なかったとはいえ、既に彼らは攻性植物となってしまっている。
 平和に暮らす誘いを捨てた彼らがどれだけふかふかで可愛くとも、彼らが復讐を捨てる事は無い。
「同情の余地はあるだろうが……、被害が出てしまう事は確かなんだ。……頼んだぞ」
 そうして。
 ケルベロスたちの顔を一人づつ見やったレプスは、頭を下げた。


参加者
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
ラッセル・フォリア(羊草・e17713)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
御手塚・秋子(夏白菊・e33779)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
ルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)

■リプレイ


 昼下がりの交差点。
 先刻迄は車達が行儀良く行進を止める度に、横断歩道は雑踏に埋め尽くされていた。
 しかし今は。
「皆様、まもなく大型デウスエクスが襲来します! 屋内に避難して下さーい!」
「この交差点より離れれば危険はありません、焦らず避難してください」
 レスキュードローンが人々を誘導するように、空中を泳ぎ。ラッセル・フォリア(羊草・e17713)の声掛けと羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)の放つ気配によって、雑踏は波のように引いて行く。
「フフフ何が来たって平気よーっ! 私たちがバッチリガッシリ守るゆえ!」
 テレビウムの梓紗と共にウサギの耳をぴょーんと揺らして、車を巨大な機械腕で持ち上げた片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)は自信に溢れた笑顔。
 ――日常の中に突如現れた非日常に、人々が騒々しく浮足立つ中。
 今日がケルベロスとして初仕事のルイーズ・ロジェ(宵の星・e86874)も、車をぎゅっと押しながら考える。
 予知通りならば、この場はもうすぐ戦場と成る。
 その時にわたしはちゃんと……戦えるのかな? ちゃんとみんなを守れるかな?
 固く拳を握りしめた彼女は、視線を落として――。
「……デウスエクスたちが来ます!」
 ミミックのフォーマルハウトが警戒するようにカプカプと口を開き。強化ゴーグルに手を当ててビルを見張っていたカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)が鋭く呼びかける。
 最初に響いたのは鈍い音、次に弾けるような破砕音。
「キュッ!」「キー!」
 ビルの壁ごと粉砕された扉と粉塵が宙に舞い、もうもうと土煙が上がる中。
 皆を守るべくその前へと一目散に駆け込んできたのは、ぴょーんとポーズを決めた芙蓉と梓紗であった。
「最高の兎が迎えに来てあげたわよ、ご同輩!」
 ……勿論、胸裏に忸怩たるモノが無いとは言わない、言えない。
 しかし攻性植物からもう戻れぬのならば、最後まで楽しく賑やかに! 送ってあげるが兎の花道!
「来たな、モルモットども」
 右左の肩にファミリアのシーサーを侍らせた玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)もその横に、デウスエクス達の進路を塞ぐよう。
 彼の頭上に乗った翼猫も今日は火の属性を纏ってシーサー姿、頭がぽかぽかする。
「きゅうっ!」
 言葉に呼応するように高く鳴き、土煙を追い抜いたって駆け続ける獣。頭に蓮を咲かせた3匹のモルモット――軽車両ほどの大きさの攻性植物達が真っ直ぐに二人へと向かう!
「……いや、こんなの熊じゃん」
 思わず心の声がだだ漏れた陣内。デカいだろアレ。
「あらあら可愛いわね! フフフけれどね兎もまた可愛いもの、あっ! 大きいッ!?」
 芙蓉は胸を張って余裕をぶっこいた後に、思ったよりの勢いと質量に慌てて機械腕をガードにあげる。アラヤダ、大きい。
 プップー、キキキーッ!
 そこに響いた車の嘶く声。
 合わせて転がるキャベツに人参、セロリに大根――大量の野菜!
 二人とモル達の間に割り込むように飛び込んできた軽トラが豪快にドリフトをキメて、地へ轍を引き横断歩道の真上に止まった。
「ん、お待たせ」
 運転席から顔と腕を出した比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が、ひらりひらり軽く手を振ると。
「ぷい!?」「ぷい!」
 突然現れた御馳走と障害物にモル達は急制動。
 しかし勢いが余った3匹はぶつかり、ころころと転がる。
「アギー、遅かったな」
「道が混んでたんだよ」
 陣内の軽口に肩を竦めたアガサが、軽トラの荷台を開くと。
 かき集めてきた野菜がごろごろと地へ広がって、ぴょんと跳ねたモルは更にぷいぷい。
 デウスエクスと軽トラの乱入に避難中の人々は騒然と。そのまま混乱が起こるかと思われた――その時。
「皆様、たった今デウスエクスが出現致しましたが押さず焦らず! 近づいたり撮影は危険なのでご遠慮下さいね!」
 朗々と響いたラッセルの声は、丁寧で親しみ深い響き。
 ……他者の命を預かる覚悟と責任は、命を預かった以上持たねばならぬ者だ。
 それは避難する人々の命も、モルモット達であった頃の彼らの命も同じ事。
 彼らはソレが守られなかった為に今、この様な事件を起こしている。
 ラッセルは唇をきゅっと噛んで、他者の命を背負う者として瞳の奥に覚悟の色を燃やす。
 ――デウスエクスになった彼らから、皆を守れるのは自分たちだけ。
 逃げる皆が足を止めぬように――、あっ、可愛……もとい。
「危ない!」
 モルへと近づきそうになった者を庇い。
 その毛並みをへと手を伸ばしたラッセルは、ついでにわしゃっと撫でて思わずニッコリ。
 思ったより毛が硬いけれど、なんとも抱きつきたく成る不思議な感触。
 撫でられたモルはお尻を揺らしてぷいぷい、人参モグモグ。
 ……うん、危ない、危ない!
「ぷ、ぷぃぷぃ……もる……もっ……」
 キープアウトテープを手にしてバリケードを作る御手塚・秋子(夏白菊・e33779)は、思わず拳を握りしめすぎてプルプルしてしまう。口も言ってはいけない形にモゴモゴもする。
 ぷいぷい揺れるモルの尻。
 秋子はふるふると顔を振って、激怒した。
 ――あんなに尊いもふもふを退治しなきゃいけないなんて……。もふもふ。
「ぷいぷい」「ぷい」
 野菜を食べて嬉しそうに瞳を細めるモルを見ながら秋子は、必ずかの邪知暴虐のオーナーだけは絶対許さぬと心に誓う。美味しそうに食べるね、可愛いねー!
「もーっ、絶対に絶対に後で警察に突き出した上で、SNSで拡散炎上させてやるぁああっ!!」
 虐待ダメ、絶対! モルモルは飢餓に弱いのに……、沢山お食べ、美味しいねー!!
 相反する感情に心をめちゃくちゃにされながら百面相する秋子は、知らず知らずテープから両手にキャベツを持ち変えており、無意識にモルへの距離も近くなっていた。
 そうして秋子はキャベツを差し出して――。
「ぷい?」
 サクサクサクサク。
「わ~」
 今日一番の笑顔で秋子はモルをナデナデ。
 直接手渡して食べてもらえると嬉しい~! ごちそう嬉しいねー! おぅ、本当に許さんぞオーナー!!
「お水もあるけど、あんまり焦って口に詰め込まないようにね」
「ぷいぷい!」
 カロンが3匹分の大きめの容器へとミネラルウォーターを注ぐと、モルはご機嫌。
 容器の端に手を乗せたモルは、口を付けては頭を上げて。
 水を飲む時でさえ忙しなく口を動かし続ける彼らに、カロンは瞳を眇める。
 ――杜撰なオーナーによって、こんなに餓えてしまうまで放置されていたなんて。
 頭の花を揺らす彼らはもう、元に戻る事は出来ない。
 こんなの――実験動物として扱われるモノの方が、まだ優しく扱われているんじゃないだろうか?
 ちくりと痛む、カロンの胸の奥。
 けれどこれが最後ならば、……せめて、せめて。たくさん遊んであげよう。
 カロンはそっと決意を胸に、その毛並みに手を沈めた。
 そこに。
 そうっとウサギに変身した芙蓉はモルへと近寄り、ウィンクバチバチ。
 ――もりもり召し上がっているようね、人間達を恨んでいたとしても動物ならどうかしら?
 仲良くなれて! しまったり! 兎を愛でたくなったり! したりしてしまわれたり!?
 なんたって兎は可愛いもの、フフフあなた達も可愛いけれどね! やはり兎よね!
 これなら懐柔だってバッチリの筈よ!
 ウサギは話せないので、ウサギと成った芙蓉はぴかぴかと瞳を瞬かせて語りかけるよう。
 さあ、来なさい、ふわふわの……ふわ……大きいふわふわは暖かいわね……。
「……」
 サクサク、サクサク。
 そうしてふわふわに身体を委ねて野菜を齧りだした芙蓉は、暫しモルと一緒に野生に還ってしまうのであった。
 野生のご主人の様子に梓紗はたいそう慌ててぴょんぴょんしたが、跳ねるテレビウムとご飯を食べるウサギとモルはとても平和な光景であったそうな。
 呆気にとられていたルイーズは、瞬きを一つ、二つ。
 ケルベロス達の仕事っぷりは、自由で、それでいて豪快で。
 ……わたしも、その一人なのよね。
「ほんとうに用意できるのね……、トラック」
 皆の仕事ぶりにこくんと喉を鳴らしたルイーズは、そうして強く感じた一言をぽつりと零した。
「用意できる物なのですねぇ……、トラック」
 拾いあげたセロリを短毛のモルの口の前へと慎重に――そう、慎重に。差し出しながら紺は相槌を打つ。
 これはそう見た目に惑わされたとかでは無くて、餌付けによって懐柔する事で戦いを有利にする為の行動でして。短毛君可愛いとかそういう訳じゃなくて。
「ぷい?」
 すり、と手に頬を寄せてくるモルに紺はふるふると首を振る。
 ともかく、ええと、油断してる訳ではありません。ばっちり引きつけに成功しているだけです。
 作戦の為なのです。あくまでも、あくまでも。
「もう一つ食べますか?」
「ぷい!」
 自分を言い聞かせた紺がモルに尋ねてセロリを差し出すと、サクサクと食べ始めるモル。
 食べやすいようにキャベツを解体していたなつみがぴかぴか笑顔で頷き。
「そうそう作戦に必要だと、色んな物も貸してくれる事があるのよね!」
「やっぱりケルベロスってすごいのね」
 ルイーズは改めて今日、自分がここへ来た理由を胸裏でなぞる。
 もふもふの動物は好きだけれども、彼らは辛い想いをしてここに居るのだ。
 ならせめて今は――お腹いっぱい食べてもらいたいな。
 ルイーズは固く握りしめたままであった掌を開いて、閉じて。
 ……ああ、うん。大きいけれど、かわいいのよ……。
 いつの間にか緊張は何処へやら。撫でに行くタイミングを見計らって、手をわきわきさせるルイーズなのであった。
 もふもふふかふか、巻き毛くんと長毛くんはふかふか、短毛くんは毛がかたーいなの!
 猫の尾をぴこぴこ揺らす仏頂面のアガサがモルの顎の下を撫でてやると、モルはぷいぷいぷいぷいと心地よさげな声を漏らす。
 ――そうしてレスキュードローンが戻って来る頃には、周りの喧騒はすっかりと収まっているもので。
「……避難も終わったみたいだな」
「ぷい?」
 それは戦いの始まりを表しても居るのだが。
「ん」
 撫でる事を止められたモルが首を傾ぐものだから、アガサはその口に人参を突っ込んでやった。


「ぷい」「ぷいぷい~」
 御馳走をたっぷり平らげたモル達が、ご機嫌でひと心地ついた頃。
 身体を寄せ合ってぺったりと地に座り込むモルの背に、猫とシーサー達もくつろいでふっかふか。
「こら、何おまえ達まで遊びに行っているんだ」
 自らの猫達を陣内は嗜めて。
 ――そう、ケルベロスは目的を忘れたりなんかしない。
 キープアンドテープで作られた一画は、さながら彼らのリングであった。
「ぷい……」「ぐるぐる」「きい!」
 ゲップしたモル達は何かを思い出した様子で、顔を突き合わせ作戦会議。
 それから思い出したように後ろ足で地を蹴ると、突然短毛モルが大きく口を開いて飛びかかり――。
「待て、だ」
 陣内より響いた低い声、それは獣の序列を呼び覚ます魔力の籠もった咆哮だ。
「きゅっ!?」
 駆け出そうとしたモルは思わず怯んだ様子で毛を逆立てて、足を止める。
「ここから先を、通す訳には行きません」
 そんなモルの前へと一気に間合いを詰めたのは、上半身をぎゅうっと引き絞って竜槌を構えた紺であった。
 ――愛らしい見た目とは言え、彼らは放っておけば人を害成すモノ。
 決して惑わされるわけには行かないのだ。
 踏み込みと同時に一瞬で砲へと変形した竜槌が半円を描いて振り抜かれると、放たれた砲にぷぷいとモルが転がって。
 目の前に転がってきたモルに秋子は、空色の瞳をまあるくして、声に交じる喜色。
「もふもふがこっちに飛び込んできてくれたヤツ……!?」
 両手を広げて思わず抱きつこうとした秋子に向かって、体勢を整え直してきゅっと地を蹴ったモルは力いっぱい頭突きをキメた。
「ああ~、しあわ……っ、ゴフッ!?」
 もっふぁめしゃああっ。
「きゃーっ、アキコー!?」
 車両に轢かれた位の勢いでぶっ飛んだ秋子はめちゃくちゃ良い笑顔、それを追ってなつみが慌てて駆けて行く。
「ぶつかってきたわね、本当に!」「走る大型動物の前に立つのは危ないと思うよ」
 うさうさな符を撒き散らした芙蓉が光る猫を大量に侍らせると同時に、距離を詰めたカロンは星のキラメキを纏って。
 フォーマルハウトが大口を開いて飛びかかると、それを合図にカロンが解き放つ重力と流星を纏う鋭い蹴り。合わせて光る猫の群れが、モル達へと殺到し――!
「きゅうっ!」
 猫に絡みつかれながらも、モルは地へと降り立とうとしたカロンを狙って大口を開くが――。
 その間にフォーマルハウトが飛び込むと、思い切り身体をぶつけて弾き返した。
「……ありがとう、フォーマルハウト!」
 こんころりとその身を挺して助けてくれた友達に、カロンはお礼を。
「暴れるなら容赦はできないよ」
 高く跳躍した巻き毛モルがアガサを睨めつけ、ガトリングガンを構えた彼女は地へと倒れんばかりに身を低く構えて。
「人々に危害を与えるなら、止めなきゃね」
 ラッセルが合わせて全身に纏ったオウガメタルへと力を流し込むと、オウガメタルがぞろりと蠢いた。
「物理の愛でる、でごめんね……!」
 本来なら沢山可愛がって貰えたはずなのに、という気持ちは勿論在る。
 しかしデウスエクスにされてしまった彼らを止められるのは――ケルベロスだけなのだ。
 何度目かの胸裏の問答。
 ラッセルが黒い光線と撃ち放つと共に。
 跳躍したモルの下を滑ってくぐり抜けたアガサの銃口が、高い音を立てて嵐のように弾を吐き出す。
 きゅっと睨めつけてきた長毛モルに向かって、ルイーズは大根を差し出した。
「ね、おこらないで。……ほら、これも食べる?」
「ぷい?」
 思わず寄ってきてしまったモルは、さくさくカリカリ。
「今だーーっ!」
「今ね!?」
「今なの!?」
 たーっと駆け戻ってきながら、地へと加護の陣を展開する秋子に合わせて。
 なつみとルイーズもガジェットから蒸気を吹き上げ、仲間達の防御を固めて。
「ぷいぷい、ぷいぷい」
 モル達はまた頭を突き合わせて花をゆらゆら、ご飯を食べ始めていた。


 ――遊ぶように、戯れるように。戦う時間は矢の如く過ぎる。
「フォーマルハウト!」
 出来るだけ苦しまぬようにと祈るカロンは、魔力に星と命の美しさを籠めて。
 相棒たる友達へと声をかけると、ミミックは大口を開いてモルへと飛び込む。
「もう少しな感じだね、気張ってこー!」
「みんな、大丈夫?」
 秋子の放った赤いレイピアが、芙蓉の胸を貫き。
 ――始めこそ少し驚いたが、此れは彼女の治癒の御業。
 ぱしゃんと弾けた赤刃に合わせてルイーズが跳ねるように舞って、癒やしの花弁を皆へと舞い散らせる。
「大丈夫も大丈夫、元気モリモリ、兎の祭りよーーっ!」
「まっ、更に祭っちゃう!?」
「フフフうさモル三大祭の一つに認定だわ!」
 可愛くってごめんなさいね!
 回復を受けた芙蓉は元気いっぱい。全身から兎のエネルギー体を迸らせると、ウワァー!!とだいぶヤバイ兎の群れをモルへと殺到させて。
 蒸気をバリアとして放ったなつみも適当なヨイショ。
「あと二つは何だよ」
 思わず突っ込んだ陣内の服裾を、アガサがぐいと引き。
「陣、合わせて」
 傷ついても未だに闘争心を失わぬモルの瞳を見据えて言った。
「はいはい」
 陣内は頷くと猫の花輪に燃える向日葵を二輪拝借して、シーサー達を飾り付けてやる。
 三匹も連れてきたのは、彼らの数に合わせて。
 アガサが大きく腕を薙ぐと風がたわみ、炎を纏ったシーサーが跳躍する。
 全てを薙ぎ払う風が、炎を巻き上げて――!
「さあ、……夢をみておやすみ」
「はい、――おやすみなさい」
 柔らかく瞳を和らげたラッセルの言葉に、紺が小さく頷くと。
 炎を追って駆けた竜の如き稲妻と夜色をした影が、モル達を飲み込んだ。


 花が萎むように、植物が枯れるように。
 モルモットだったモノの身は崩れ落ちて、解けて消えゆく。
 デウスエクスの姿が溶け消えたとしたって、彼らが居たという事実は消えない。
 それは食べ残した野菜であったり――。
「それではせーの、で行こうか」
「オッケー、任せてほしいわ!」
 加護の光が、壊れたコンクリート壁を満たして。
 ラッセルとなつみがビルにヒールを施すと蔦がしゅるりと伸びて、幾つもの蕾がおもたげに揺れたかと思うと、ぽん、と蓮によく似た花弁が花開く。
「向こうの壁も直しに行きましょうか」
 紺の声掛けにラッセルがこっくり頷き。
 そんな皆の様子を見渡したルイーズは、野菜を拾い上げながら小さく息を吐いた。
「……これ以上、かわいそうなコ達が増えないといいね」
「うん、ほんとにね」
 ルイーズが眉を下げて瞳を伏せると、アガサは常の薄い表情のまま頷いて応じる。
 ――彼らがこうなる原因となった者たちに天罰が下るように、なんて。
 アガサは考えているんだろうなと、付き合いの長い陣内には解ってしまう。
 肩を竦めた陣内の横で、秋子はぷんすこ。
「オーナーには苦情を言いに行かなきゃ!」
 その前を車を掲げた芙蓉は、てってこ駆ける。
 ――最後まで沢山遊んで彼らが楽しかったならば、幸いだと願いながら。
「……」
 タンポポのブーケを手にしたカロンは、彼らの為に結わえた十字架へと祈りを捧げる。
 ――願わくば、願わくば。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2021年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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