ミッション破壊作戦~死風さかまく刻

作者:ほむらもやし

●四八ヶ月目
 ミッション破壊作戦が始まってから4度目の冬がやって来た。
 枯れ果てた野が太陽の光を浴びて黄金色に輝く一方、耕された田には二毛作の麦が青い芽を出して、春に向かって歩き始めている。自然は歩みを止めないのだ。
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は丁寧に頭を下げると、ミッション破壊作戦の実施を告げた。
「今回攻略するのは死神勢力のミッション地域だ」
 死神勢力との関係は小康状態とも言えるが、死者の泉における作戦が進行している現在、特に注意が必要だ。
 思い浮かぶ懸念を飲み込みつつ、ケンジは5つの印をつけた日本地図を示す。
『28-4 愛知県稲沢市』
『31-5 栗原市防衛線』
『34-5 長野県諏訪』
『37-5 瓜生島伝説』
『39-5 三重県尾鷲市』
「現時点で、死神勢力のミッション地域は全部で5箇所。今から向かう先は、此処に示した地域の中から1箇所を皆で相談して決めて欲しい」

 魔空回廊への攻撃は、これまで通り、高空からの降下作戦で実施する。
 通常、ヘリオンが飛ぶよりも高い高度からの降下だ。
 グラディウスによる攻撃を行ったケルベロスは、自力でミッション地域中枢部から撤退しなければならない。
「撤退を阻む敵に関しては、既に公開されているミッションのデータが参考になる」
 ミッション破壊作戦の戦術はほぼ確立されており、危険と言われたのは過去の記憶になりつつある。
 新たに得たヘリオンデバイスもリスクの低減に役立っている。
「グラディウスは降下攻撃の時に魔空回廊上部に浮遊する防護バリアに刃を触れさせるだけで良い。手放しさえしなければ、叩き付けても突いても、切りつけても、自己流の使い方でも差し障りない」
 なお防護バリアは半径30メートルほどのドーム型であることが多い。
 グラディウスは一度使用すると蓄えたグラビティ・チェインを放出して主要な機能を失うが、1ヶ月程度グラビティ・チェインを吸収させれば再使用できる。
 そのため使用済みのグラディウスを持ち帰るのも任務のうちである。
「限られた数のグラディウスをやりくりしながら、魔空回廊を破壊し続けられたのは、皆がグラディウスを大切に扱ってくれたおかげだ」
 市街地、島嶼、山岳地帯……地形や状況は、選択したミッション地域によって異なる。
 山中を素早く移動するのに適切な作戦が、市街地や海で同様に役立つとは限らない。
 場所に応じた適切な行動を心がければ、メリットは自然に重なるだろう。
 但し、ミッション破壊作戦の実施にはリスクがある。
 皆の能力向上や、ヘリオンデバイスの獲得などによって、最悪の事態が発生する可能性は低くなっているけれど、撤退時の戦闘や撤退自体に時間をかけ過ぎれば、孤立無援のまま全滅する可能性はある。
「上空から叫びながらグラディウスを叩きつける――という攻撃は問答無用で目立つからね」
 この叫びは『魂の叫び』と俗称され、攻撃の破壊力向上に役立つ一方、目立つという欠点がある。
 グラディウス行使の余波である爆炎や雷光は、強力なダメージを与えて敵を大混乱に陥れる。
 発生する爆煙(スモーク)によって、敵は視界を阻まれ、一時的に組織的行動が出来ない状況にある。
「スモークが有効に働いている時間が撤退時間の目安だ。攻撃を終えてからスモークが効果を発揮する時間は、多少のばらつきはあるけれど、数十分程度だろう」
 敵中枢に大胆な攻撃を掛けて、一度も戦わずに逃走できるほど易しくはない。
 ミッション破壊作戦では地域に設置された強襲型魔空回廊の破壊を目指し、魔空回廊の破壊はその後のミッション地域の開放という結果に繋がって行く。
「奪われたものは取り戻す。一気にケリをつけよう。もう死神どもに大きな顔はさせない」
 今年も残り1ヶ月。寒さに息を潜める冬がやって来た。


参加者
シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)

■リプレイ

●栗原市解放戦
 栗原市(くりはらし)は、宮城県にある人口64000ほどの小さな市である。
 岩手秋田両県に境を接する栗駒山のある北西部には、先日からの寒気の流入により、冠雪が見られる。
 それが朝焼けの空の下、白く浮き上がるように見える。
 一方、大崎平野に続く南東部の平地には目立った積雪はまだ無い。
「さて、ミッション破壊作戦頑張りますかっ!」
 窓から見える景色から視線を機内に移して、シル・ウィンディア(鳳翼の精霊姫・e00695)は陽気な声で言った。賑やかな声はそれだけで空席の目立つ機内を明るくする。
「そうそう、支援の呼びかけをしてみたから、誰かが気づいてくれるはずだよ!」
 思い出したかのように、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)は撤退の段取りを確認する。
「地形が分かっていても、ミッション地域になってからはまだ誰も立ち入っていない中枢だからね」
「備えあれば憂い無しというわけですな」
 頷きつつ、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)は、窓の外に視線を向ける。
 そんなタイミングで、降下可能を告げるアラームが鳴った。
「それじゃあスタート! スピード勝負だねっ」
 シルは扉を開け放つと、滑り止めのゴムを踏み込んで大空に飛び出る。
 肌を切るような寒気が頬を打つと同時に強襲型魔空回廊を護る半球状のバリアが見えた。
 まだ指先ほどにしか見えないが、それが急速に大きくなって来るのを感じる。1分もすれば、自分の攻撃は終了するだろう。
「死神、人の命をなんだと思ってるのっ!」
 瞼を閉じる。そして短い間に思いを込める。
 自由落下の距離をおよそ2000mとするなら、減速の手立てを講じなければ、空気抵抗を考慮しても攻撃時の秒速にして50m以上になると言われる。
「人の命は……、
 あなた達の玩具じゃないんだっ!!
 それに、死んじゃった人まで弄んで……、
 あなた達は、絶対に許さないっ!」
 加速と共に万感が胸に満ちる。
 再び瞼を開いた時、バリアは巨大な壁の如くに見える程の近さに迫っていた。
「命を弄ぶような存在からこの地を開放するために グラディウス、力を解き放ってっ!」
 グラディウスを突き出す。
 こうして、栗原市の魔空回廊への攻撃の幕は切って落とされた。
 落雷の如き衝撃がグラディウスを手先から身体の反対側に突き抜ける。それと同時グラディウスの刃先から放出される莫大なグラビティの流れと共に閃光が風景を真白に変えた。
 瞬間、閃光の中から生じた火球が空気を圧し退けて膨張を始める。
 それは、続いて攻撃態勢に入ったシルディの眼には巨大な炎の壁に見えた。
「サルベージされたローカストさんやその他のデウスエクスと戦ったことはあるけど……」
 ぶつかるかと思った瞬間、魔空回廊への道を示すかのように裂ける。
 グラディウスが導いてくれているのか、グラディウスの加護なのか、偶然なのか――考える間も無く、シルディはグラディウスを構える。
「ほんの僅かに残った意思からもとても望んでいるようには思えなかったよ」
 同じ敵を二度殺すのも、同じ相手に二度殺されるのも望んだことじゃ無い。それが関係の無い死神の一存によるものなら――。
「そんな戦いを強いることは、とても見過ごせない!」
 炎の高熱に生み出された、凄まじい勢いの上昇気流のためか、幾分落下速度が穏やかになった気がする中、シルディはグラディウスを振り下ろした。
「いまここで、終わらせるよ!」
 強烈な衝撃、連続して生み出された火球が空気をさらに押し上げる。激しさを増す上昇気流に抗いきれずに、地表にあるものが次々と空中に舞い上げられ始める。
 次いで攻撃を掛ける、リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)は、波紋のような虹色を明滅させるバリアの頂点に狙いを定める。
 ダメージの度合いは良く分からない。
 しかしそれは心配することじゃない。今は思いを全力で突き付ける時。
「これは……、この地に住む人達に平穏を届ける為。なにより……」
 斃したはずの相手と再び戦わなければならない理不尽。
「死者をサルベージして、無理やり起こす。そのようなことを許すわけにはいきません」
 揺らめく虹色の面に一瞬、グラディウスを構える自分自身の歪んだ像が映った。
「そのような存在には、この地からは立ち去ってもらいます!」
 終わりにした。強い思いを孕んだリビィのグラディウスがバリアに触れた瞬間、ヴォーンと厚い金属を打ち鳴らしたような鳴動音が轟いた。
 脳髄を揺さぶられるような不快な鳴動音に表情を険しくしながらも、赤煙は身につけていたグラディウスを抜き放ち、真っ直ぐに構えた。急速に迫って来るバリアは腹が立ちそうなほどにきれいな虹色だった。
 ――厳しい状況ですが、全力を尽くしましょう。
「およそ4年前のダモクレスの大攻勢では、多くの人が傷つき、命が失われました」
 2016年のクリスマスに出現した巨大ダモクレス『ゴッドサンタ』。このダモクレスの撃破でケルベロスは、グラディウスを手にし、その力を知り、ミッション破壊作戦が開始された。
「今、サルベージしたダモクレスに人々を襲わせる行い……」
 逆巻く上昇気流を背中の翼で巧みに流しながら、赤煙はバリアに緩やかに降下して行く。
「命を奪い、大攻勢当時の恐怖を蘇らせる行いを、いつまでも看過はできませんな」
 大きな戦いが起これば周囲は戦禍に巻き込まれる。戦わねば殺され、戦って救えない命もある。
 それでも助けられる命の為に赤煙は心折られることなく手を差し伸べ続けて来た。
 だから。
「この一撃は人々の命のためだけではありません。人の心も守るための一撃です!!」
 赤煙は壮絶な衝撃を覚悟してグラディウスを突き出した。
 刃が触れた瞬間、鶏卵の薄殻を割るような異質な触感がして、その意外さに驚くよりも早く、内側から破裂するようにしてバリアは無数の砕片と化した。
 破片と煙、稲妻と炎が噴き乱れる中、赤煙はグラディウスを前に突き出したまま、グラビティ・チェインを放出し尽くすまで、グラディウスに気持ちを込める。
 今、破壊がなれば、年内に故郷に戻れる人もいるだろう。今年は降雪が遅い。雪が積もる前に何としても。
 グラディウスから迸るグラビティ・チェインの奔流と噴き出す魔空回廊の渦が大空に拡散して行く虹色のバリアの粒に導かれるようにして、存在感を薄めて行った。

●屍を越えて
 かくして魔空回廊の破壊は成功した。
 一行の周囲には、灰色のスモークが霧のように満たされていて真夜中のような暗さだった。
「やったね。赤煙さん、と言うわけで、敵が立ち直る前に、ササッと脱出だよっ!」
「ありがとうございます。本当に破壊出来るとは……夢でも見ているようです」
 赤煙は、満面の笑みを向けて来るシルの薬指に指輪が煌めくのを見逃さない。クリスマスまであと少しだ。待っている人の為にも全員で無事に帰還してみせる。
「みんな、寒さは大丈夫みたいだね。もし気になるようなら言ってね」
「はい。その時はよろしくお願いします」
 準備は万全と自信を見せるシルディにリビィが真面目な表情で応じる。
 グラディウスの所在で各自が把握している。万一無くした者がいたとしても、命を危険に晒してまでグラディウスを探すことはしないため、それを口にする者もいなかった。
「だいじょうぶだよ。僕がサポートするから……」
 皆を導くように前に出る赤煙に、夜目の利くドワーフであるシルディが並ぶ。
 基本は大きな道を利用する。発見した敵を避けるために道を外れても『隠された森の小路』用意しいている。
「助かります。灯りをつけるわけにも行きませんから」
 路上には放置され、或いは破壊された車両が、年月を経てなお残っており、障害物になっている。視界は可能な限り確保したほうが良い。
「これなら戦わずに撤退もできるかもしれないね」
 少ない人数で準備に万全を期していたこともあり、撤退は順調に進んだ。
「スモークも薄くなり始めました。防衛線まであと少しでしょう」
 倒れた信号機に記された表記を確認した赤煙が期待と共に心配そうな顔をする。ミッション破壊作戦ではどんなに撤退をうまくやっても、1回は必ず戦闘になるというジンクスがあるからだ。
「あと少しです。だからこそ、一層気をつけて参りましょう」
 リビィが小さな声で言った。倒れた信号の先は下り坂になっていて、アンダーパスに続く。
 敵が襲いかかって来たのは、そこを抜けようとした時だった。
 四人の中で、上からの異変を最初に察知したのはリビィが警告を飛ばす。
「危ない!」
 次いで、狙われた赤煙を突き飛ばすと、音も無く天井から落下して骨の大蛇を受け止めようとする。
「くっ、なんという力ですか」
 瞬時に強烈な毒に冒されながらも、防具耐性の恩恵によりダメージはさほどではない。
「大丈夫です。このぐらいなら――耐えられます」
「おっと残念、そこでストップです……我々が」
 口をついて出た台詞と共に、赤煙はメタリックバーストの光輝を放出する。
「わかったよ。ササッと片付けるよっ!」
 アンダーパスの天井に頭をぶつけないように斜めに跳ぶシル。周囲に鋭く視線を巡らせる。
 そして少し離れた位置に立つ死神「追命鬼」の姿を認めた。
「本体はそっちのおばさんみたいね」
 直後、壁面に足先を着いて向きを変える。反動と踏み込みの勢いを加えた足先が光を帯びる。
「闇を切り裂く、流星の煌めきを受けてみてっ!」
 命中すると同時に光が散る。景色が明滅する中、大ダメージを受けた追命鬼の身体が揺らぐ。
「一気に行きたいところだけど、落ち着いて行くよ」
 シルディの発動した色鮮やかなブレイブマインの爆風が吹き抜け、壊アップの恩恵をもたらすと共にリビィを苦しめていた毒を浄化する。
 再び骨の大蛇がうねり、シルを狙う。
 それを予測していたかの様に今度は、確りと組み付くように骨の蛇を受け止めるリビィ。
 敵からのダメージはさほどでも無く。此方からの攻撃はほぼ確実に当たる。
「良く分かりませんが、嫌な予感がします」
 攻めは封じられ、瀕死なほどにダメージも深いはずの、追命鬼は、そんな苦境にあってもヒールで自らを癒そうともせずに、余裕すらあるような薄ら笑みを浮かべている。
「再び出でるが良い、死したる鋼達よ」
 追命鬼が腕を掲げて呼びかけると、地鳴りと共に、シルディの背中側から、重火器を装備したダモクレスの群れが湧き上がって来る。身を隠してくれているスモークはかなり薄まって来ている。
「我らと共に在る限り、汝らの肉体は不滅。蘇り、そして命を奪うがいい」
 追命鬼が掲げた腕を振り下ろすと同時、氷の呪力を孕んだ光線が一面に降り注いだ。
 ケルベロスにとって有利な状況は一瞬にして窮地に切り替わったようにみえた。
 次の瞬間、後ろからの攻撃には目もくれずに、前に躍り出た赤煙が、歓喜の表情をみせる追命鬼に刃を突き付ける。
「問題ありませんな。あなたを斃して先に進めば良いだけです」
 言い放つと同時、突き付けた日本刀を突き刺して、袈裟懸けに振り下ろす。
「早く、こやつらを――」
 追命鬼の口から血と呟きが零れ、侵入者を殺せと消えそうな声が飛ぶ。
「六芒精霊収束砲……」
 これで決着をつける。己の都合で死者を呼び覚ます死神の所業に静かな怒りを込めて、シルは追命鬼に狙いを定める。
「わたしの全力魔法、しーっかりと味わってねっ!」
 瞬間、怒気を孕んだ魔力を収束させた六芒は全てを撃ち抜きし力と化し、立ちはだかる追命鬼の腰から上を跡形もなく消し飛ばす。直後、残った二本の足だけと、骨の大蛇は動かなくなり、風に吹かれた砂が流れる様にして崩れ始める。
「道が開けたっ! ササッと脱出だよっ!」
 この日何度も聞いたササッが、とても心地のよく聞こえた。
「あと少し――終わったよ!」
 シルディは後ろからの敵を阻むようにレスキュードローン・デバイスを放置すると、間近で援護してくれたリビィ。
「こちらも首尾は上々です」
「今度こそササッと――」
 そして敵の動きを阻んでくれた赤煙とシルと共に一挙にアンダーパスを駆け上った。
 坂道を上り切ると敵が追いかけて来る気配は無くなった。それでも油断はできないと放置された車の残骸の間を縫うようにして必死で駆けた。
 ここまで身を隠してくれていたスモークは薄くなり、消えてしまいそうだった。
 果たして、激しい撤退戦にも勝利を収めた一行は、戦いに傷ついた焦土に別れを告げ、ミッション地域と通常の地域を隔てる防衛線にたどり着き、そこで出会ったケルベロスに魔空回廊の破壊成功を報告した。
「お疲れ様でした。ありがとう!」
「ありがとうございます。栗原もようやく復興に入れます」
 叫びも戦いも、これで栗原市民64000人が日常を取り戻せると思えば、疲れも吹き飛ぶ。
「死神ともいずれは決着を付ける事になるでしょう。それがどんな形になるかは未だわかりませんが、な……」
「そうだね。死神の魂もサルベージされた魂も死の泉に向かって……いくのかな? それとも冥府の海へ?」
「わかりませんな……」
 シルディに呟きで応じつつ赤煙は空を見上げる。鉛色の雲の下、粉雪が舞い始めていた。
「今度は積もるかも知れませんね」
 雪を冠した栗駒山の方から、肌を切るような冷たい風が吹き下ろしてくる。
 秋が終わり、長い冬が始まった。それでも復興に向かえる希望は心をあたたかくしてくれた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月16日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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