双魚宮「死者の泉」潜入戦~奇襲よりも早く

作者:土師三良

●油断のビジョン
 魔導神殿群ヴァルハラの一つ、双魚宮・死者の泉。
 その内部にある大広間でシャイターンたちが酒宴を繰り広げていた。
 ある者は酒杯を傾け、ある者は肉にかぶりつき、ある者は楽しげに歌い、ある者は――、
「あー! 退屈だ! 退屈だ! 退屈だぁーっ!」
 ――苛立たしげに吠えていた。
 声の主は、この面子のリーダー格であろう男。頭に王冠を乗せ、他の者たちよりも高い位置に陣取っている。
「暴れる機会がないもんだから、体がすっかり鈍っちまったじゃねえか!」
 退屈なのは事実かもしれないが、体が鈍っているようには見えない。厚いマント(素肌の上から直に羽織っていた)といくつもの宝飾品に飾られた上半身は屈強そのもの。ズボンに包まれた下半身も屈強だが、上半身とのバランスが取れていない。控え目に言うと、重心の位置が常人よりも低かった。有り体に言うと、短足だった。
「まったく、エインヘリアルのおバカっぷりには呆れるしかねえよな。どでかい戦争をおっぱじめるってえのに、このワシに……そう、『略奪王』と呼ばれたアウゴジャダイン様に双魚宮で留守番をさせるたぁ、愚策もいいところじゃねえか」
 周囲のシャイターンたちが『そうっすね』や『愚策っす、愚策っす』と適当に相槌を打った。
 それらを聞いて腹の虫が少しばかり治まったのか、アウゴジャダインなるシャイターンはニヤリと笑った。
「奴らが揃いも揃っておバカなのは、図体がデカすぎるからだろうな。ほら、昔から言うだろう? 『大男、脳ミソに血が巡りかね』ってよぉ」
 周囲のシャイターンたちが『そうっすね』や『巡りかねっす、巡りかねっす』と適当に相槌を打った。間違いに気付いていないのか。あるいは間違いを指摘するのが怖いのか。
 アウゴジャダインはまたもやニヤリと笑い――、
「あー。退屈だ。退屈だ。退屈だぁ」
 ――先程と同じ言葉を先程とは違う調子で吐き出した。

 総身に知恵が回らぬこのシャイターンはまだ知らない。
 退屈な日々から解放してくれる者たちがすぐそこまで迫っていることを。
 退屈かどうかにかかわらず、『日々』と呼べるほどの時間が自分に残されていないことも。

●音々子かく語りき
「磨羯宮ブレイザブリクの防御機構である『門』をついに突破することができましたよぉーっ! ひゃっほぉーい!」
 ヘリポートに招集されたケルベロスたちの前で、ヘリオライダーの根占・音々子が声を張り上げた。いつにも増してテンションが高いのは、予知だの任務の準備だので徹夜明けだからだろうか。
「その結果、『門』の先にある双魚宮・死者の泉を含めた魔導神殿群ヴァルハラの状況を予知することができちゃいましたー!」
 ワーカーズハイな状態のまま、音々子は予知の内容をケルベロスたちに語って聞かせた。
 現在、魔導神殿群ヴァルハラでは、エインヘリアルの王族が率いる複数の軍勢が戦争の準備を進めているという。どうやら、いくつかの神殿を地上に侵攻させる大規模な作戦をおこなおうとしているらしい。
 その『いくつかの神殿』の中に死者の泉は含まれていない。定命者をエインヘリアルに転生させる重要(かつ、戦闘に不向き)な施設であるため、戦列から外されたのだろう。
 しかし、作戦に加わらないとはいえ、無人になっているわけではない。死者の泉を制御する『アストライア』という名のエインヘリアルがいるし、シャイターンたちもいる。
「皆さんは以前よりもずっと強くなられましたから、シャイターンなんてザコも同然ですよねー。エインヘリアルどももそれが判っているから、戦場にならない死者の泉に駐屯させたんじゃないでしょうか。でも、こっちにとっては好都合! 戦場にならないと思ってる場所を戦場にしてやりましょー!」
 つまり、死者の泉に奇襲をかけるということだ。
 転移門を利用して双魚宮に潜入し、主だった敵を撃破した上で死者の泉を制圧できれば、残りのシャイターンは降伏するだろう。しかも、他の要塞にいるエインヘリアルたちがそれに気付くことはない。防衛機構の『門』が突破されたことにもまだ気付いていないのだから。
「転移門で一度に移動できるのは八人だけなので、大戦力を投入することはできません。まあ、奇襲という性質上、そもそも大戦力で派手に暴れるわけにはいかないんですけどね。それに先程も言ったように皆さんは強くなられてますから、少人数でも問題なし! 絶対に成功させることができるはずでーす!」
 そう言いながら、音々子は皆に地図を配った。双魚宮の『隠された領域』の地図だ。二つの丸が描かれ、曲がりくねった線がそれらを繋いでいる。
「皆さんが倒すべき敵――幹部格シャイターンの居場所とそこまでのルートが予知で判ったので、地図に書いておきました。小さいほうの丸印が、皆さんが転移門で送られるスタート地点。ちょっと大きめの丸印が敵の場所です。二つを繋いでる線に従って進めば、なんの障害にもぶつかることなく、敵のところに辿り着けるはずです。もっとも、この場合の『障害』というのはトラップだとか常駐しているシャイターンだとかの類だけですから、『偶然とおりかかったシャイターンと遭遇』なんて事態もあるかもしれませんけど。その時は――」
 首をかき切るジェスチャーをする音々子。
「――シュパッと瞬殺しちゃってください。騒がれちゃう前に」
 大きな丸印にいる敵の名は『略奪王アウゴジャダイン』。『シャイターン四王』と呼ばれる強力なシャイターンの一人だ。音々子が述べたようにシャイターンはもはやザコ同然だが、四王たちは別格と考えたほうがいいだろう。
「アウゴジャダインってのは、じゃらじゃらと光り物をつけまくったマッチョかつおチビちゃんな奴でしてー。その見た目どおり、わっかりやすい脳筋タイプみたいですね。八人のザコい手下どもが周りにいますが、そいつらだけに戦いを任せたりせず、前面に出てくるはずです」
 アウゴジャダインが倒れれば、手下たちは降伏するだろう。もちろん、戦闘時に手下たちを優先的に倒しても構わないが。
「もしかしたら、アウゴジャダインは我が身を盾にして手下を攻撃から庇うこともあるかもしれません。でも、それは手下思いの優しい親分だからじゃないですよ。自分がいかに頑強であるかをアピールしたいだけです」
 実に恐ろしい敵だと言えよう。色々な意味で。
 しかし、音々子はどんな意味の恐ろしさも感じていないらしく、テンションを更に上げて、ケルベロスたちを励ました。
「死者の泉を制圧できれば、来たるべきエインヘリアルとの戦争で大きなアドバンテージを得ることができるはずでーす! なーのーでー! 頑張って参りましょー! えいえいおー!」


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
青葉・幽(ロットアウト・e00321)
ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
副島・二郎(不屈の破片・e56537)

■リプレイ

●略奪王、漲る!
 双魚宮『死者の泉』内の通路を八人のケルベロスと二体のサーヴァントが行く。
 もっとも、他者の目には八人には見えないかもしれない。半数ほどの面々は防具特徴の『隠密気流』を用いているのだから。
 いや、それ以前に彼らや彼女らの姿を見る『他者』など存在しない。宮内にいる者たちの動きをゴッドサイト・デバイスで把握し、不用な接触を避けているのだから。不用な接触の後に起こるのが必要な排除であることを考えれば、不特定多数の『他者』候補は幸運だと言えるだろう。
 無駄な犠牲者を出すことなく、ケルベロスたちは進み続けた。静かに、素早く。
「対アストライア班が移動を止めたようじゃ。敵と思わしき者の前でな」
 ゴッドサイト・デバイスを装着したシャドウエルフの月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)が皆に小声で伝えた。
「その『敵と思わしき者』はアストライアと考えていいでしょうね」
 と、青葉・幽(ロットアウト・e00321)が補足した。彼女もまたゴッドサイト・デバイスを装着し、仲間や敵の位置を把握しているのだ。
「……」
 狼の人型ウェアライダーであるヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)が無言で足を止め、仲間たちにもハンドサインで制止を促した。
「あー! 退屈だぁー!」
 通路の奥から聞こえてきたのは、知性というものを微塵も感じさせない大音声。
「どうやら――」
 ヴォルフと同じく狼の人型ウェアライダーであるリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が呟いた。
「――俺たちも標的のところに辿り着けたようだな」
「そのようでスネ」
 レプリカントのエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)が頷くと、あの大音声がまた響き渡った。
「退屈すぎて、コギトエルゴスム化しちまいそうだぜぇ!」
「『死にそう』じゃなくて『コギトエルゴスム化』っていうのがデウスエクスらしいというか、なんというか……」
 元ダモクレスのレプリカントであるジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983)が苦笑を噛み殺す。
 その横に立っていた北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)が右手で拳銃を抜いた。左手の指先で眼鏡をずり上げながら。
「奴の退屈な日々を終わらせてやりましょう」
「ああ……」
 顔に包帯を巻いた男――副島・二郎(不屈の破片・e56537)が言葉少なに頷き、足を踏み出した。

「退屈だ! 退屈だぁーっ!」
 筋骨隆々ながらも垂直方向に困難を抱えたシャイターンが大広間で吠えていた。
 略奪王ことアウゴジャダインである。
 周囲で酒を飲んでいた同族の手下たちが『そうっすね』や『退屈っす、退屈っす』と相槌を打った。心が込められていない義務的なリアクションであることは明らかだが、アウゴジャダインは気付いていないらしく、おなじみの愚痴をまた吐き出した。
「退屈だ! 退屈だ! 退屈だぁーっ!」
「そんなに退屈ならバ――」
 不愉快な叫びの残響に穏やかな声が重なった。
 エトヴァの声だ。
 そして、彼を含むケルベロスたちが大広間に姿を現した。
「――お手合わせ願いマス」
「むぉ!? ケ、ケルベロスか!?」
 さすがのアウゴジャダインも目を剥いた。当然と言えよう。死者の泉は魔導神殿群ヴァルハラの中でも最も奥にあり、敵が侵入してくることなどありえない……というのがエインヘリアル勢の見解だったのだから。
「ブッたるんでるわね、コイツら……」
 呆れ顔でシャイターンたちを見回す幽。
 その冷ややかな言葉と眼差しによって、アウゴジャダインは我に返り――、
「どこを見てものを言ってる、小娘! ワシはたるんでなんかねえぞ!」
 ――オーバーアクションでマントをはだけ、鍛え上げられた上半身を誇示した。
「ほぉーら! めちゃくちゃ引き締まってるだろうがぁ!」
「いや、あんたの体の話じゃないから……」
 と、幽に代わって指摘する朔耶を無視して、引き締まった体のシャイターンは傍らに突き立てられていた大剣を引き抜いた。
「貴様ら、どんな手品を使って、死者の泉に入って来たんだ? いや、そんなこたぁ、どうでもいいか。入って来ることができても、生きて帰ることはできやしないんだからな。まさに――」
 見得を切るかのように大剣を構えるアウゴジャダイン。
「――『屯田ビニール夏の牛』ってやつだぜ!」
 周囲の手下たちも身構えた。『そうっすね』や『夏の牛っす、夏の牛っす』と適当に相槌を打ちながら。

●略奪王、迸る!
 エトヴァの腕に絡みついている青い薔薇の攻性植物が黄金の果実の光を放射した。対象は後衛陣――朔耶、幽、二郎、そして、ジェットパック・デバイスで舞い上がったジェミ。
「Brechen…」
 ヴォルフがなにごとかをぼそりと呟くと、精霊らしき者が現れ、アウゴジャダインと何人かの手下に襲いかかった。
 その猛攻はすぐに収束したが、彼らの受難がそれで終わったわけではない。計都が六発の銃弾を続けざまに撃ち込んだのだから。いや、続けざまというよりも、ほぼ同時である。
 ヴォルフの精霊は複数の敵を攻撃したが、銃弾群の標的は手下のうちのただ一人。しかし、その手下には命中しなかった。アウゴジャダインが盾となり、代わりに受けたのだ。
「むほほほほ!」
 体のそこかしこに六つの弾痕が穿たれたというのに、アウゴジャダインは平然と笑ってみせた。
「チンケな鉛玉なんぞを何百発ブッ放そうが、ワシの鋼の体には傷一つつけることはできねえよぉ!」
「いや、一つどころか六つもついとるんじゃが……」
 鼻白みながらも、朔耶がオウガ粒子を散布した。
「脳筋とは聞いていたが、ここまで酷いとはな」
 無表情で呟きながら、二郎が九尾扇を振った。破剣の力を付与する百戦百識陣。
「同じ脳筋として、対抗心がメラメラと燃えてくるわね!」
 朔耶と二郎のエンチャントの恩恵を受けたジェミが砲撃形態のドラゴニックハンマーを構えた。
「自分で脳筋だと認めるのか……」
 ポジティブ(?)なジェミの発言に呆れつつ、リューディガーがエレメンタルボルトを腕に突き刺し、エネルギーの盾を頭上に発生させた。
 その盾に身を守られながら、ジェミが空から――、
「こっちの鉛玉はどうかしら?」
 ――竜砲弾をアウゴジャダインに撃ち込んだ。いや、本当は手下の一人を狙ったのだが、先程と同様にアウゴジャダインが庇ったのだ。
「むほほほほ! 効かん! 効かーん!」
 またもや大笑するアウゴジャダイン。確かにその笑い声だけを聞いてる限りでは、効いてないように思える。実際は血塗れになっているのだが。
「エインヘリアルってのは全体的に知能指数低めな感じだけど――」
 アームドフォート『Pterygotus』のアフターバーナーを噴かして、幽が敵陣に飛び込んだ。
「――この脳筋野郎を前線に出さなかったという判断に関してだけは評価してもいいと思うわ」
 通過ざまに『Pterygotus』の格闘用ブレードで斬り裂いた相手は手下の一人……のつもりだったのだが、血を流したのは『脳筋野郎』のほうだった。また手下を庇ったのである。もっとも、幽は気にしていない。アウゴジャダインが手下の盾になるのは想定済みだ。
 何人かの手下たちがヒールのグラビティをアウゴジャダインに施した。癒しの力を持つ蛇を創造して対象に噛みつかせるという、見た目には『横暴なボスに対する手下たちの反乱』と誤解されそうなグラビティだ。
 残りの手下はケルベロスたちめがけて砂嵐をぶつけた。ダメージはさして大きくないが、催眠効果を持つ厄介な技である。
 それを更に厄介なものにするべく――、
「ボエーッ!」
 ――ジグザグ効果のある奇妙な歌をアウゴジャダインが熱唱した。いや、それは『歌』とは言えない。騒音も同然の代物なのだから。グラビティでなかったとしても、聴く者の命と精神をすり減らすことができるかもしれない。
「聴くに耐えんな……」
 眉間に皺を寄せて、リューディガーが華麗な舞いを披露した。フローレスフラワーズだ。
「まったくでス」
 人狼のダンスで催眠をキュアされたエトヴァが今度は自分が癒す番とばかりに『ブラッドスター』を歌い始めた。
「これが本当の歌ってもんだ」
 と、アウゴジャダインに語りかけながら、エトヴァの歌声に癒された二郎がブレイブマインを炸裂させた。
 手下たちが思わず『そうっすね』や『本当の歌っす、本当の歌っす』と本音を漏らしたが、爆発音に邪魔されてアウゴジャダインの耳には届いていないようだ。
「はぁ? なにを言ってんだ! レプリカント野郎の軟弱な歌声のほうが聴くに耐えねえよ! ワシの歌こそが本当の歌だ! そうだろう、貴様ら?」
 爆破音が収まったところで、アウゴジャダインは手下たちに問いかけた。
 当然のように『そうっすね』や『本当の歌っす、本当の歌っす』とおもねり、へつらい、機嫌を取る手下たち。
 そんな彼らを叱り飛ばすかのようにライドキャリバーのこがらす丸がガトリングを掃射した。

●略奪王、熱り立つ!
 ケルベロスは手下たちを優先的に狙い続けた。
 アウゴジャダインは頑強な肉体を駆使して盾役を務めたが(手下を思いやっているからではなく、自分の強さをアピールしたいだけである)、いかに頑強といえども、全員を守り切れるものではない。一人また一人と手下たちは倒れていった。
 手下たちは仲間の死で奮起するようなタイプではなかった。残された者たちは皆、あきらかに戦意を失っている。それでも逃げ出さないのは、アウゴジャダインへの忠誠心……ではなく、恐怖心のためだろう。
「まったく、こいつらと来たら……」
 手下の一人めがけて幽がフォートレスキャノンを発射した。
「同じシャイターンでも、白百合騎士団と行動をともにしていた連斬部隊とは大違いね。アイツらは――」
 直撃を受け、手下は吹き飛んだ。アウゴジャダインのガードは間に合わなかったのだ。
「――レリたちと同様、もっと高潔だったわよ」
「いや、ワシの筋肉のほうがコーケツだ!」
 ポージングを決めて叫ぶアウゴジャダイン。おそらく、『高潔』という言葉の意味が判っていない。
 その不愉快かつ滑稽な姿に氷のごとき視線を突き刺しながら、幽はうんざりとした調子で呟いた。
「レリのバカを一から十まで肯定はできないけど、こういう手合いを見てたら、アスガルドの変革を目指したアイツの気持ちも判らなくはない……かもね」
「レリに代わって、俺たちが少しばかり『変革』してやろう」
 ヴォルフが足を振り上げ、フーチュンスターのオーラを蹴り込んだ。例によって、標的は手下。そして、これも例によって、アウゴジャダインが盾となった。
「こいつを排除するという形でな」
「この程度の攻撃で確変などできるものかよ!」
 オーラを受けた大胸筋を誇示しながら、ヴォルフめがけて大剣を振り下ろすアウゴジャダイン(『変革』と『確変』の間違いについてはもう誰もツッコまなかった)。
 しかし、小さな白い影がヴォルフの前に飛び出し、その刃を代わりに受けた。オルトロスのリキだ。頑強さではアウゴジャダインに及ばないが、闘志は負けていない。
「よしよし。えらいのう」
 リキを誉めながら、朔耶がファミリアロッドを梟の姿にして放った。見た目はファミリアシュートのようだが、実は『月桜禽(ツキ)』なるグラビティだ。
 手下に飛んだその攻撃をまた我が身で防ごうとしたアウゴジャダインであったが、踏み込みが足りず(短い足が災いした)果たせなかった。しかし、勢いを殺すことなく跳躍し、別の手下の盾となった。ジェミが掌底を素早く繰り出してきたからだ。
「頑強が自慢なら、これも耐えてみなさい!」
 ジェミの掌底には魔力の光が宿っていた。このグラビティは物理攻撃ではなく、魔法の類なのである。少なくとも、本人はそう主張していた。
「ふん!」
 アウゴジャダインは気合いを発して、掌底を胸板で受け止めた。
 そして――、
「こんな魔法など効かぬわ!」
 ――打撃技にしか見えないそれを魔法扱いした。ジェミと思考回路が似ているのかもしれない。

「ボエーッ!」
「空き地でリサイタルを開いてそうな輩ですが――」
 騒音のごとき歌声を響かせるアウゴジャダインに計都が銃口を向けた。
「――それを倒すのにうってつけな男こそ、この俺でしょうね。眼鏡をかけていて、銃を扱えるんですから」
 更に『あやとりが得意』と『どこでも居眠りができる』という要素が加われば、完璧だろう。
「はぁ?」
 アウゴジャダインが顔をしかめた。計都の言っていることが理解できないらしい。
「わけの判らんことを抜かしやがって! 貴様なんぞ、ギッタンギッタンにしてやるぅ!」
 いや、実は理解しているのかもしれない。
 しかし、『ギッタンギッタン』にされたのはアウゴジャダインのほうだった。この戦いが始まった時と同様、六発の弾丸を撃ち込まれたのだ。手下を庇ったわけではない。既に手下はすべて倒されていた。
「……ぐっ!?」
 さすがのアウゴジャダインもよろめいた。盾役を張り切りすぎたため、ダメージと状態異常が蓄積しているのだ。それこそがケルベロスの狙いだったのだが。
「シャイターン……妖精八種族の中で唯一、地球を愛する心を得なかった者。命を踏み躙り、戦士の誇りを忘れた痴れ者ども」
 怒りを吐き出しながら、リューディガーがゾディアックソードを一閃させた。
「その邪悪なる性根、情をかけるにも値せぬ。愚鈍なる戯言も今日で終わりだ!」
 破剣の力を宿した斬撃がアウゴジャダインの肩に撃ち込まれる。
 その直後、花吹雪が彼の全身を覆い隠した。エトヴァのフラワージェイルである。
「そう、今日デ――」
「――終わりだ」
 エトヴァの後を引き取り、二郎が腕を突き出した。
 掌から放たれた怒號雷撃がアウゴジャダインの胸を刺し貫く。
「ボ、ボエーッ!?」
 あの騒音じみた歌声と同じような絶叫を残して、アウゴジャダインはついに力尽きた。
 だが、ケルベロスたちは緊張を解かなかった。
 いつの間にか、大広間の壁際に沿うようにして、新手のシャイターンたちが並んでいたからだ。戦闘の音を聞きつけ、集まってきたらしい。
「アンタたちも、やるつもり?」
 静かに問いかける幽の横で、リューディガーがアウゴジャダインの骸から王冠を毟しり取り、掲げてみせた。
 すると、シャイターンたちは一斉に平伏した。言葉を交わすこともなければ、顔を見合わせることもなく。
「随分とあっさり降伏したわね」
 三葉葵の印籠を見せつけられた悪代官のごときリアクションを示すシャイターンたちを見回して、ジェミが肩をすくめた。
「俺たちの力を思い知ったからでしょうか?」
 首をかしげる計都。
「それとも、アウゴジャダインに人望がなかっただけですかね」
「きット、その両方でスネ」
 と、エトヴァが断言した。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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