君と語り合うラプソディー

作者:秋月諒

●乙女回路をぶんまわして
 ——そういえば、とふと思い出すことがある。買ったのにあまり着てない服、意外と使わなかった化粧品。それにあと一つ——……。
「あのゲーム機、ディスク飲み込んだまま壊れちゃったしなぁ……」
 そもそも何処に片付けたっけ? と彼女は思う。大団円エンドの前だったか、フルコンプの直前だったか。当時は好きだったゲームは結局終わらないまま——やり直すほどの気力も無かったしなぁ、と彼女は思う。
「捨てたかな、片付けたっけ? ま、いいか。今は残りの片付けしないと引っ越しに間に合わない……」
 念願の一人暮らしを前に忙しくする彼女には知るよしも無い。実家の店と一緒に使っている倉庫にゲーム機が片付けられていたことも、握り拳ほどの大きさのコギトエルゴスムに機械の足がついた小型ダモクレスが倉庫に潜り込んだことも。
「ピロリロリロリロリリリリ」
 機械的なヒールで体を作り替えられたダモクレスが、すちゃっと立ち上がり倉庫の壁をどーんして出てきたことも。
「ばーか! よそ見してんじゃねーよ!」
 妙なセリフを告げて出てきたことも。

●君と黄昏のディスティニー
「なんとゲームディスクをまるっと飲み込んだゲーム機が格好良いセリフを言うんですよ」
 そう告げるのは狐の耳を持つ娘であった。集まったケルベロス達の姿にレイリ・フォルティカロにたっぷりと間を開けた後に三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は一先ず首を傾げることを選んだ。
「うん?」
「あ、千さん知らない振りしましたね。反応がいまいち悪いです」
 むーむー、と不服を演じて見せた娘は集まったケルベロス達に、にっこり、と笑みを見せた。
「皆様、忙しい時期にお集まり頂きありがとうございます。実は、関東近郊にて放置されていた家電製品がダモクレスとなる事件が確認されました」
 機械的なヒールを受け、ダモクレス化したのは液晶一体型のゲーム機だ。ディスクを飲み込んだまま動かなくなっていた機械は、長らく倉庫に放置されており、倉庫そのものも商店街から少し離れた場所にある古いが、大きなものだ。
「商店街の皆様で使われていた大きな倉庫ですが、今は運良く中身も少なくなっていたようです」
 ダモクレス化したゲーム機により、既に一部は破壊されている。幸い、まだ街中には降りてきてはいないが——それも、時間の問題だろう。
「商店街までは、雑木林から坂を下りて行けば辿り着けてしまいます。皆様には、被害が出るまでにこのダモクレスを倒して頂きます」
 レイリはそう言って、ケルベロス達を見た。

 敵はゲーム機型ダモクレスが一体。配下は無い。ディスク一体型のゲーム機は、機械的なヒールによりその姿を巨大化させているのだという。
「両手両足がついた、という漢字でしょうか。上半身と顔は、ゲーム機をそのまま使い、動き回る手足を得たダモクレスは素早い攻撃を得意とするようです」
 確認できた限り、相手はキャスターだろうとレイリは言った。
「召喚型ミサイルに、催眠を齎す光の他、近接では蹴りを拳を得意とします」
 それは壁を砕くほどの力を持つのだ。注意が必要だろう。
「また、読み込んだディスクの関係かもしれませんが……、ダモクレスは所謂恋愛シミュレーションゲームで聞くような台詞を言う方を狙いやすいようです」
 巧く使うことで、戦いの幅を広げる事も出来るだろう。
「戦場となるのは、この倉庫内になります。巨大な倉庫で、戦うには充分な広さがあるかと」
 中に置かれているものも、多くは無いという。中で戦闘となることについては、商店街側の確認も得ている。
「避難指示は私にお任せください。皆様は、ダモクレスとの戦いをお願い致します」
 そこまで話を終えると、レイリは集まったケルベロス達を見た。
「最後まで話を聞いて頂きありがとうございます。大変な時期ではありますが、街の皆様の日常の為にもどうか力を貸してください」
 楽しく遊んでいた記憶さえ、恐怖に塗りつぶす惨劇いに変えない為にも。
「それでは行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
小柳・玲央(剣扇・e26293)
ヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)
佐竹・レイ(あたし参上・e85969)

■リプレイ

●リスタート
 ——その機械は、なんか変だった。
「ピロリロリロリリリリ」
 機械的なヒールを受け、その身を作り替えられたダモクレスが妙にご機嫌でファンシーな音楽を響かせながら倉庫を進んでいた。
「おいで、私だけのプリンセス」
 それはもう——妙なセリフと共に。
「うん、乙女回路とやらはちょっとないので分からないが……」
 瓦礫の散乱する空間と成り果てた倉庫を一度見上げ、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)はゆっくりとダモクレスへと視線を戻した。
「とにかくダモクレスがもたらす悲劇は阻止しなければなるまい」
「あらあらまあまあ」
 金色の瞳を瞬かせてシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は、頬に手を添えた。
「ダモクレスさんは不思議が一杯ですわねえ」
「まぁ、ゲームディスクを飲み込んだって事だし……影響を受けて、なのかな?」
 軽く肩を竦めるようにして小柳・玲央(剣扇・e26293)は息をつく。
「俺に——ついて来イ」
 キラーンと妙なポーズがダモクレスにあった。両足で器用に立つなぁ、とか首が痛そうなポーズ取るなぁとかそういう前に、そうそんなことの前に霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)には覚えがあった。
「——ふふ、ふふふふふふ」
 ばさぁぁあと外套を翻し、裁一はダモクレスを指差した。
「聞いたことありますよその台詞。リア充から!」
 そう、世に言う恋愛ゲームはプレイしたことは無いが、裁一の周りにはリア充が多い。どういう因果か神の悪戯か知らないが多い。そう多いのだ。
「何度もリア充爆破で相対した結果、歯も浮くような言葉も数々聞いてきました」
「恋愛ゲームじゃなくて本物の方なんだね」
 ある意味流石だね、と思いながら玲央は視線を上げる。
「少なからず、古い記録(記憶)がうずくと言うか」
 あの日、決着をつけたコーラの自動販売機を思わせる玲央の宿敵。雰囲気が似ている気がして、そうしてこの地にやってきたのだ。
「見過ごせなかったわけだけど……うん、面白いことになっているね♪」
「おも、しろい……」
 僅かゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)の眉が寄った。恋愛ゲームのディスクを飲み込んだら、そんな台詞を敵が言い、挙げ句そんな台詞を言っていれば敵が惹きつけられるというのだが——。
「ゼノアはなんか気が重そうですね」
「不可解だからな。だが、仕事だ。裁一はやる気か」
「えぇ。歯も浮くような言葉に、ベタ甘だとか言う言葉も含め数多聞いてきましたからね」
 そう、つまり事前学習は既に済んでいるのだ。
「リア充から得た力でリア充的なゲームを破壊する地産地消!」
 生まれた傍から即潰す。この力。
 ぐっと拳を掲げる裁一を前に、壁に向かってドーンとしていたダモクレスの視線が——液晶が此方を向く。
「オレを、見ておけヨ」
「これが恋愛ゲームですか」
 シャランと聞こえるのは効果音なのだろう。湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)は、ぱち、と瞳を瞬かせた。
(「そういうゲームはあまりやった事が無いですけど、ひとたび嵌ると、キャラクターに愛着が沸くらしいですし、楽しそうですよね」)
 ガシャン、と機械めいた音が耳に届く。こちらを外敵と認識したのだろう。
「いや……まぁ、何でもありになってきたよねぇ。ダモクレス」
 少しばかりの哀愁を残して、三芝・千鷲(ラディウス・en0113)は息をつく。それでも、利用できる特徴があるのは分かりやすいと言えるだろう。
(「あたしは乙女ゲーとかあんまり知らないけどね、けどね! あんたみたいなダモクレスにはちょーっとだけ感謝してるの」)
 向かい来るダモクレスに、佐竹・レイ(あたし参上・e85969)は顔を上げた。
(「さぁノーコンティニューでクリアしてあげる!」)
「ピロリロロロロロ!」
 可愛らしい機械音が響く。液晶に映っていた顔がきり、っとした顔に変化する。
(「恋愛ゲームのダモクレスってなんだか二次元から飛び出した、て感じで面白そうだね」)
 ゆっくりとこちらを向くダモクレスに、ヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)は息を吸った。
「——来る」
 ピローン、という音と共にダモクレスの背後が熱を帯びた。
「俺が君を守る」
 キラーンと煌めく星のエフェクトと共に、ミサイルが——来た。

●イベント発生?
「ミサイルですか。盛大ですね」
「——確かに、乙女回路がどうだとか言うのと関係あるのかは分からない、が——」
 熱源に、アンゼリカは身を横に振る。浅く腕を掠っていった熱源に、小さく瞬いたのはピリ、と感じた痛みがあったからだ。
「麻痺か」
「そうみたいですね」
 同じように一撃に身を飛ばした麻亜弥が息を落とす。違和感自体は然程強くは無いが、一撃強くあたった訳でも無いのに流れた血は多い、と思う。
「もしかしてクラッシャーでしょうか」
「その可能性はあるね。前衛のみんな、回復するよ」
 トン、と玲央は踵で床を叩く。瞬間、地面に描かれた守護星座が回復と加護を紡ぎ上げた。
「ピロピピピ!」
 響く警告音に敵意が乗る。殺意では無く、外敵に向ける排除命令に近いそれを玲央は笑うように受け止めた。
「驚きはしないよ。臆する必要も、ね」
 戦場を、戦いを知らぬ訳では無い。キュイン、とダモクレスの駆動音が響く。身を低め、一気に二足を得たゲーム機は跳ぶ——筈だった。
「おや、ツレないダモクレスですね。ほら、怖がらないでください。俺の方を見てください」
「!」
 キキーと妙に良い音を立てて、ダモクレスが脚を止める。ゆっくりと上げられた視線と共に、液晶に映っていた顔が変わっていく。その変化に、ふ、と裁一はフードの奥で笑みを見せた。
「俺は君の心が他に向けられるのが我慢ならないんです」
 差し出した手からふわり、と光の蝶が舞う。灯すは癒やしと加護。向かう先は攻撃手たるアンゼリカだ。
「ピピピピピ!」
「あらあら、まぁ。こういうのがお好きなんですね」
 ぽむ、とシアは手を打った。ふわりと、と瞬間柔らかな光が戦場に生まれる。
「足下の花も良くご覧になって?」
 それは美しくも幻の花。淡い色彩を添えて、咲き誇る花々は仄暗い倉庫の中にはあり得ぬものだ。
「ピピ……」
 たとえ、それが幻花であったとしても足が止まる。一拍、動きが止まれば——そこを、ゼノアは見逃すことが無かった。
(「恋愛シミュレーションゲーム……というのは今一つピンと来ないが、要するに口説き文句を口にすればいいんだな?」)
 指先ひとつ、空に滑らせながらゼノアは回復と加護を紡ぐ。心霊治療士の持つ癒やしの術。その加護を共に展開しながら、ゼノアは視線を上げた。
「やれやれ……やる気は感じるが流石に少し乱暴が過ぎるな」
 ゆっくりと向けられた視線ひとつ、髪をかき上げて青年は言った。
「それじゃ落ちる相手も落ちないだろう」
「ピピピピピ!」
 ぴょん、とダモクレスが跳ねる。
「効いているようですし、この間に攻撃ですね」
「——あぁ。さぁ、撃ち抜くとしよう」
 麻亜弥の言葉にアンゼリカが地を蹴った。高い天井へと翼を広げる。宙にて纏うのは流星の煌めき。翼の影がダモクレスに触れた。
「ピピ!」
 流石にその危機には気がつくか。だが、動きは遅い。シアの紡いだ幻花、そしてあと一つの力が届いていたからだ。
「遠隔爆破です、吹き飛んでしまいなさい!」
 麻亜弥がナイフの鋒をダモクレスに向けた瞬間——力が、弾けた。爆発が生じたのだ。
「ピピ、ピピピ!?」
 ガウン、と衝撃にダモクレスが身を揺らす。ゲーム機から火花が散り、それでも蹈鞴を踏むだけにして立つのは未だ頑丈ということか。
「必ず、手に入れル……手に入れるゼ」
「それなら、させないって言わせてもらうんだからっ!」
 ぐっとレイは拳を掲げる。光り輝くオウガ粒子が仲間へと加護と癒やしを紡いでいく。
「そうだね。抜かせはしないし、あなたを逃がしもしない」
 口元、小さく笑みを浮かべてヴァイスハイトは指先に構えた符を天に放つ。加護を、と小さく唇に乗せ、加護と癒やしを重ねたヴァイスハイトは、傍らのビハインド・テスタメントへと小道具を手渡した。
『君の声は、何て甘美なのだろうか? 私の心を掴んで離さない』
 ゲーム風の縁とセリフ枠付きの小道具だ。ついでにセリフの読み上げは後ろでヴァイスハイトがしている。手を差し出すように、声音は優しく響かせれば、ダモクレスがぱ、と顔を上げた。
「ピピピ!」
 どうも、響いたらしい。

●君と僕とラプソディー(多分)
「ピピ、ピロロロ!」
 音を残しダモクレスが——来る。瞬発の加速。振り上げられた拳が見えた瞬間、風がヴァイスハイトの頬に触れた。
「ドーン!」
 効果音は声なのか。
 妙に低い声と共に来た拳に、テスタメントがヴァイスハイトの腕を引き、守るように立った。
「お兄ちゃん……」
『守らせてください。それがナイトの務め……愛すべき人の守り手だから』
 そんなセリフを、枠を手にしたまま言っていることになっているテスタメントと、瞳を伏せて頷くヴァイスハイトの姿にダモクレスの視線が向き——。
「ピピピピ!」
「うっはーガチなやつだっ、さっすがダミヘね! ほぞんー、ほぞんー、永久保存♪」
 レイの視線も向いていた。
(「ふぁぁぁ、生ものもエモいわね♪うへ、うぇへへ……もぉ尊死しちゃうー! ヴァイスさん……そのイケボ反則っっっ」)
 テンションアップ、というやつであった。
「Bえl……じゃなくってBSまみれにしてやるんだからっ」
「ピピピロロロ!」
 キュイイイン、と高音が響いた。ダン、と踏み込もうとするダモクレスへとレイは炎を生む攻撃を叩き込む。
「ピピピピー!」
 熱と炎。そしてミサイルの雨が降り注ぎ、鋭く拳が来る。床に走った罅を、破片を飛び越えるように来たダモクレスが液晶にピコン、と笑顔を浮かべれば光が——来た。
「——ふ、リア充達のライトアップ好きに比べれば大したことはありませんよ」
 攻撃の向かう先は前衛だ。
 ゆらり、と身を揺らしながらも立った裁一は、少しばかり焦げた衣を払う。意識を持って行かれている感覚は無い。
(「耐性が上手く機能しているようですね」)
 敵の動きも最初より、幾分か鈍くなってきていた。こちらも流石に無傷とは言えないが、動ける範囲だ。
「ハートを狙い撃ち(物理)にきてるってことかな?」
 花弁のオーラを戦場に届けながら、玲央は戦場を見据えた。ポジションに関しては、クラッシャーで確定だろう。攻撃力は未だに高く、だが動きを制約で縛った分、躱すこともできている。
(「甘い言葉にも惹かれてるし、順調かな」)
 うん、と頷く。回復は本業の玲央と盾役でもあるゼノアが主に担っている。それぞれ回復の手段は加護を紡ぐ為の術式で用意があった。回復は潤沢。今や戦いの流れはケルベロス達にあった。——妙な、セリフをやたら言う羽目になりながらではあるのだが。
 千鷲が制約を紡ぐように撃鉄を引き、銃弾の雨が降り注ぐ中、軽やかにシアが飛ぶ。
「こっちですよー」
 宙にて纏うは流星の煌めき。せーの、と落とす一撃が、ガウンと鈍い音を響かせた。
「ピピ、ピピピピピ!? れはもう、僕はもう君しか見エてなイんだ」
 ノイズがかって響くそれは声というよりは再生されたに近いのだろうか。ぐん、とこちらを向いたダモクレスへ、地に足を下ろしたシアは翼を広げる。
「頑張って下さいませねっ」
 告げる言葉の意味は誘導を担うゼノアが一歩、前に出たからだ。
「お前のパッション、中々じゃないか。だが、もっとだ……もっと高め合って行こうぜ?」
 ふ、と口元笑みを浮かべてみせれば、ダモクレスがぐん、とこちらを向く。
「ピロピピピ」
 既に液晶はひび割れていようとも、掲げる手は炎を——ミサイルを招く。
「俺が君を守る」
「来ます」
 警戒を告げる麻亜弥の声と、爆音が重なった。前衛へと降り注ぐ衝撃と共にダモクレスが——来る。
「ピピピピ!」
 だが、爆煙の向こうゆらり、と立つ影があった。
「おっと……こいつに触れたいのなら、俺の許可を得てからにして貰おうか」
 ゼノアだ。一帯を焼き尽くすミサイルとはいえ、一人を守るように立つことはできる。
「——無事か」
 そう、裁一を。
 庇うように立てば、ぱたぱたと血が落ちる。振り返ったのは、言葉を告げた後のことであった。
「っ! 許可も何もゼノアの物でもないですが~~?!」
 視線を、逸らす。守られた事実と、許可と告げられた言葉で頭がいっぱいになる。——あぁ、どうしてか頬が、熱い。
「……ふん、一人でも防げましたが……ありがとうございます……」
 照れ隠しのように、逸らした視線の先、ピピピピピ、とダモクレスがテンションを上げる。
 ——そう、全ては演技であった。
 今日という日まで何の因果か培った技術情報反応諸々全てのリア充語録の集大成。
(「これぞ究極の地産地消……」)
 ぐ、と一人拳を握る裁一の前、ゼノアは小さく息を吸っていた。
「……」
 恋愛ゲーム云々については不可解ではあったが仕事と割り切ってしまえば、演技に戸惑いや恥じらいは無かった。
(「なぜなら俺達は高練度のケルベロスでありプロフェッショナルだからだ」)
 必要であればそれを成す。有効と知ればそれを使う。ただそれだけのことであり——そこに憂いは無い。
「なるほどなー」
 無いの、だが。
 パチパチパチ、と手を叩くアンゼリカの視線が、気になる。旅団での同僚の視線というか言葉というか。
「すまないが、ゲーム内恋愛だろうと見る専だよ、宜しく頼むね!」
 最近、最愛の彼女にプロポーズしたばかりの身だ。この言葉を捧げたいのはただひとり。
「後学のため、台詞回しは覚えさせてもらうけどもな?」
「……」
 くすり、と微笑んだ彼女にゼノアはとりあえずそっと祈った。
(「これも番犬としての責務だ」)
 そう理解しておいてくれ、と。

●ハッピーエンド大団円?
 斯くしてテンションの跳ね上がったダモクレスの狙いは裁一とゼノアに集中することとなった。ダモクレスの好みか、判定の程は不思議ではあるが——倒すには敵の動きが読めるのはある種ありがたい。
「非リアに与えた苦しみは苦しみを持って返すまで!!」
 そう、これはリア充に対する八つ当たりから生まれた暗殺術。それが故に、気配を殺し、謎の注射器で妖しい薬物を投与すれば——痺れるのだ。
「ピピ、ピピイィイ! れ、俺の腕がお前ノ、ノノノ」
「ふ、それ以上のリア充だって居ましたよ」
 ゼノアからの回復を受け取り、叩き込んだ一撃にダモクレスが痺れる。液晶がはじけ飛ぶ。
「そういえば、どれもさ、所謂相手をときめかせる行動に見せかけているけど……あ、心(蔵)を落とすってこと?」
 戦闘は激化する。
 リア充への恨みと甘い台詞をごった煮にしてなんか光線まで出てくる。リズムを刻み、舞うように戦う玲央も今日はダモクレスへの口撃がメインだ。
「あらあら、まぁ。熱烈でしょうか?」
「勢いでこんなになるんだね……家電」
 間合い深く、飛び込んだシアの一撃がダモクレスの腕を落とす。ぐら、と揺れた体躯に千鷲の銃弾が届けば火花が散った。
「ピピ、ピピピ、ビ!」
 片腕が落ちようとも、身を起こす。まだ遊ぶんだとばかりに一撃を放とうとするダモクレスを黒の液体が捕らえた。
「その粘液で僕を……お兄ちゃんのえっち……っ! 嫌いじゃ、ないけど……」
 ヴァイスハイトだ。手を添えるように立つテスタメントとの姿にレイが胸を押さえる。辛い、苦しい。美味しい。乙女は忙しいのである。
(「自分が対象になったら……卒倒しちゃうかもっっ」)
 倒れる気がする。ふ、と笑ったヴァイスハイトに、今は無理今はあぶない美味しすぎるから、と必死に身振りと手振りをして——拳を握る。
「あんたが移植される日を待っててあげるわ」
 叩き込む一撃は全力で。
 爆煙の中、ぐらと揺れたダモクレスが止まる。動けずにあった理由はただ一つ。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らせ……」
 麻亜弥の暗器が届いたのだ。亀裂を引き裂き、深く一撃が届けばぐらり、と身を揺らす。
「君の麗しい髪も、美しい瞳も、私だけのものとしたい」
 そこに、一つの声が届いた。
 騎士が麗しの乙女へと愛を告げるように。アンゼリカは言の葉を紡ぐ。
「どうかこのまま、私と――」
「ピピ——!!」
 光が溢れた。アンゼリカの手から届けられた究極の光がダモクレスに届き——爆発する。なんかちょっと前にひとりで、ばぶん、と煙を出したりもだもだしていたりする気もするが。
「ピピ、ピィ……」
 斯くして、ゲーム機型ダモクレスは崩れ落ちた。賑やかな声が消えれば、遠く鳥たちの声が聞こえてくる。
「ん、こんな感じではなかったよね」
 揺れる髪をそのままに、ふ、とアンゼリカは微笑んだ。
「やはり最も大切な言葉は私と彼女だけのものさ」
 大切な人の名をそっと心の中で紡いで、視線を上げる。小さく聞こえる鳥の声は平穏に気がついた故だろう。
「……仕事だからな」
 演技を終え、ゼノアは長いため息をつく。妙に疲れたような気も——する。
「なるほどなるほど、乙女ゲーム? というのはこういうモノを言うのですわね~」
 ぽむり、と手を打ったシアがほんわかと告げる。長い戦いを終えたケルベロス達を労るように、風が優しく届いた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。