ドキッ☆ 滑落だらけの盆栽剪定祭

作者:質種剰


「今年のクリスマスは……いや、もはやクリスマス全く関係ないのでありますが」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー)が楽しそうに説明を始める。
「せっかくですしケルベロス の皆さんにしかできない、チキンレースをしませんか?」
 なんでも、この真冬に日本海へ面した崖を使って『崖登りレース』をしたいそうな。
「すんごい切り立った崖の天辺に、立派な黒松が生えているのを見つけたでありますよ」
 その黒松をゴールに見立てて、崖の真下から命綱もつけずに登り切れと言うのだ。
 崖下は冬の日本海。グラビティや装備は相手が死なない程度に使い放題。
「いかがでありましょうか? たまにはライバルたちを存分に妨害したり足蹴にしたりして、がむしゃらに1位を目指してみませんか♪」
 にこっと笑うかけらの笑顔が妙に恐い。
 ちなみに1位の賞品は、そのゴール地点の黒松を剪定する権利らしい。
「順位の高いお方から早い者勝ちに、剪定しがいのある良い枝を選んでいったら面白いかなーと思って」
 レース中ライバルを邪魔するのへ注力するか、ゴールした後の黒松の剪定に力を入れるか、どちらを重視するかは自由である。
 注意事項は、未成年者の飲酒喫煙の禁止、それだけである。
「それでは、皆さんのご参加を楽しみにしてるでありますよ~♪」
 なんだか体良く崖っぷちの松の手入れを頼まれただけのように感じるが、それは気のせいであろう。


■リプレイ

●証拠隠滅開始
 海へ向かって黒松が枝を伸ばしている断崖絶壁。
 その黒松の大分危険な剪定をしにきたのが、ララティア乳業の面々だ。
 競技自体のカオスさもさることながら、当然のごとく当人たちがその目的やルールを理解しているかは非常に怪しいもので。
「崖に来たらやるべきことは一つ!」
 赤いランドセルを背負ってやってきたルル・サルティーナ(タンスとか勝手に開けるアレ・e03571)などは、自信満々に叫んでズレた行動を取り始める。
「まずテストを取り出します!」
「……これはまた見事な赤点じゃのう」
 ガイバーンが呆れ顔でツッコむ。
「海のバカヤローと叫びながら、海に投げます!」
「証拠隠滅か……確かに2時間ドラマとかで殺人事件の凶器とかよく海に捨てられたりするから、『崖でやるべき事』としては間違ってないかもな」
「次にドリルを取り出します!」
「何でいきなり工具?」
「違う。問題集の方」
 ルルがうきうきした様子でランドセルから何冊も引っ張り出す中、その傍らでは首を傾げるかけらに衣が説明している。
「海のバカヤローと叫びながら、海に投げます!」
「あれってまさか冬休みの宿題かのう」
「まだ冬休み始まってすらないですし、計画的に進めれば良いのに……」
 ガイバーンは眉を顰め、かけらも普通に心配している。
 これが既に解き終えた——もっともルルは殆ど何も解いていないが——テストと手つかずのまま放棄せんとしているドリルとの違いであろう。
「最後にテストとドリルが入っていたランドセルを掲げます!」
「「なんで???」」
 ガイバーンとかけらのツッコむ声が揃った。
 点数の悪いテストが大人の目に触れる前に闇へ葬り去りたい気持ちは、それが悪いことだと頭では理解していても、誰しも共感できるだろう。
 また、冬休みの宿題らしきまっさらなドリルをやりたくないという思いも、海に捨てるのはやり過ぎだがこれも皆が通ってきた道だ。
 しかし、ランドセルを捨てるという行為に対しては、共感や納得よりも心配が先に来てしまう。
 そんなに学校に行きたくないのか。何か人間関係に問題でも。
「海のバ……」
 だが、恐らく単純に授業を受けたくないだけのルルは、みたびバカヤローと大声で叫ぼうとして、
「ウワァアアアアアア……!」
 今までのバチが当たったのか、つるっと足を滑らせ落下していった。


 一方。
「ヘリオンデバイスがマイナーチェンジして飛べるようになったとか聞いたんだが、恥ずかしながら、ヘリオンデバイスがどういうものかも良く分からなくてな!」
 と、テストの隠蔽工作とは別の意味で情けなさを露呈しているのは、ルイス・メルクリオ(キノコムシャムシャくん・e12907)。
「ここは手っ取り早く、鬼道戦士・野良トリオンの飛行能力を活用しようと思う!」
 早速いつものごとくぺらぺらとよく回る舌で、姉の翼飛行を使って楽に崖っぷちへ到達し、誰よりも早く黒松を剪定しようと意気込んでいた。
 一見卑怯極まりない手段に見えるものの、実際のところそんな卑怯な手こそ推奨されているお祭りなので何の問題も無い。むしろ祭りの趣旨に一番沿っているといえよう。
「ヘリオンもマリオンも似たようなもんだしな!」
 ともあれ、言うに事欠いて姉を巨大サーヴァント扱いしながら、高笑いするルイス。
「ヘリオンデバイスがどういうものか分からないって、お前それ、割とマジで恥ずかしいですよ?」
 それでも、マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)はヘリオンと一緒くたにされたことを起こるより先に、真面目な顔で呆れてみせた。
「……いや、まぁ、私も良く分からないんですけどね……」
 その視線が泳いているのは気のせいではあるまい。
「そんで、なんで心優しき美貌のお姉ちゃんがお前に協力してやらなきゃならんのかってことも良く分からないんですが、委細、承知しました!」
 ともあれ、傍から見てもいささか拍子抜けするぐらいに、今回はルイスの命令へ素直に頷くマリオン。
「だってそこはほら、内気な妖精ルイルイが自力で崖登りなんて、とてもとても……」
 ルイスはそんな姉を不審がる様子もなく、機嫌よく持ち上げられようとしていた。
「はっ、内気さでうちのころころに勝てると思ったら大間違いでありますよ」
「誰がころころだ。漫画雑誌みたいに言うな」
 周りの漫才をBGMに、ルイスはマリオンへ作戦を説明する。
「まず、俺を後ろから抱え上げて、対象となる黒松に海側から接近」
「ふんふん」
「その後、命綱をつけた野良トリオンは上空でホバリング待機し、牽引された俺は、剪定作業を実施」
「ふんふん」
「アホでも理解出来る、シンプルな作戦じゃろ? 名付けて、エクストリーム・BONSAIじゃ」
「新種の土下座みたいじゃのう」
 ガイバーンが感心半分でツッコむ。
「は~、流石俺天才過ぎん? オリンピック競技に認定されんかな~」
 いつも通り自画自賛するルイスは、いつになく素直で従順なマリオンによって胴体を抱え上げられた時も、いまだにエクストリーム・BONSAIの成功を信じていた。
「後ろから抱えて、バックドロップで地面に沈めろって、そういうことですね!」
「ギャーーー!!?」
 岩肌へ頭から叩きつけられるルイス。
「見事な裏切りじゃのう」
 とガイバーン。
「ちょっ、命綱忘れてる!!」
「……他にも言うことあるだろうに」
 ルイスの抗議へ衣がツッコんだ。
「ああ、紐で牽引でしたっけ? それならここに、チロちゃんから借りた犬用首輪がございます!」
 マリオンはさも今し方思い出したかのように頷くと、例の警察沙汰を引き起こす忌々しい犬用首輪に長い命綱を括りつけて、ルイスへ捕縛術の要領で投げつけた。
「グェーーーッ!!」
 一般人がいないから警察沙汰にはならなくとも、犬用首輪の継続ダメージの恐ろしさは今やララ乳の皆がよく知っている。
「痛そう……」
 とかけらも心配そうだ。
「上空でホバリングとな? つまり、地上のお前を一斉掃射ってことですね! お任せください!」
 そして、極めつけがClou de girofle——別名釘バットによる雷の嵐、マリオン曰くの一斉掃射であった。もちろん黒松には当てていない。
「すべて、完璧にこなして御覧に入れましょう!」
 サムズアップするマリオンは心底楽しそうで。
「暗黒街の帝王様、今年溜まりに溜まった鬱憤をここぞとばかりに晴らしてるでありますね」
「うむうむ。終わりよければ全てよし、じゃな」
 ギャラリーは微笑ましい心地で見守っている。
 だが。
「うおお、危ねっ!!」
 危うくマリオンの雷の犠牲になりかけたチロ・リンデンバウム(チャージマン犬・e12915)からすれば、生きた心地がしなかったに違いない。
「草臥たん生誕記念祭・エクストリームガーデニングゲームっていうから参加したのに、上から紙降ってくるわ本降ってくるわランドセル降ってくるわ最後にゃ投げてた本人降ってくるわ……」
 どうやらルルがテストを撒き散らした辺りから、ララ乳の歴史に刻まれる新たな一頁を全て記憶せんと眺めていた——わけではないだろうが、崖の下で戦々恐々とするチロ。
 もしかすると誰より素直にレースへ参加して、崖下から自力でよじ登ろうとしていたのかもしれない。
「ましてや奇声発して暴れているアホ姉弟が居ると思ったら、こっちからも石降ってくるわ木の枝降ってくるわ最後にゃ本人たち降ってくるわで、これ、何のクソゲーだよ……!」
 ちなみにアホ姉弟もとい漫才姉弟——いやいやファッショナブル姉弟が降らせている石や枝とは、地面へ沈められたルイスが反撃に投擲したものである。
 姉を鷹狩りか何かと勘違いしているようだ。
「……不愉快な仲間たちは全員海に落下したな? 崖下確認!」
 ついにマリオンまで海へ墜落したのを見やって、安堵の息をつくチロ。
「チロ殿、その確認はむしろ復活するフラグというか……いや、もちろんご無事な方がいいけど」
「それじゃ剪定はガイバーンにお任せし、チロは害虫駆除を担当しよう」
「わしで良いのかのう」
 ともあれチロは生存者権限でガイバーンへ指示をすると、自分もちまちまとピンセットを使って黒松の害虫を取り除き、殺虫剤も丁寧に散布してくれた。
 ——もちろん、一度海に落ちたからと言って不死身のララ乳面子もといケルベロスがそう簡単に沈黙するわけもなかった。
「は~やべぇわ」
 まずはルルがけろりとした顔で元いた位置まで登ってきた。
「彼女を選んだ訳さえ聞けない女の人の歌とか聞こえてきて、死んだかと思った!」
「ルル殿はお幾つでいらっしゃいましたかね……?」
 かけらがホッとした顔でツッコむ。
「な、なにぃいいいい!??」
 チロが大袈裟に驚いたのはこれだけではない。
「誰かまた暗黒街の帝王っつっただろゴラァァ!!」
「あの立派な黒松の世話を犬に任せておくわけには……多分黒松本体を無視して超強力殺虫剤とかぶっかけそうだしな」
 マリオンもルイスも断崖絶壁を己が気力だけで這い上がってきたからだ。
「アホかあいつら、一度海に落下したのに、何故また崖上に戻って同じ蛮行を繰り返……」
 漫才姉弟の執念へ恐れ慄くチロ。
「「誰が蛮行じゃ!!」」
 この時ばかりは姉弟息を合わせて、チロへ雷と石を見事直撃させた。
「ぐぎゃぁあああああ!」
 終わらない姉弟喧嘩の幕開けを報せるチロの悲鳴が、岩に砕かれる波の音へ負けじと響いた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月9日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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