罪人エインヘリアル 串刺しツェッペ

作者:秋津透

 長野県と岐阜県の県境に聳える、名峰「槍ヶ岳」。
 夏季には多くの登山者で賑わうが、冬季の登山は難しく、遭難者が出ることもある。しかしそれでも、敢えて冬の槍ヶ岳に挑む冬季登山者は、多くはないとはいえ後を絶たない。
 その日も何組かの登山隊が、冬季登頂ルートを進んでいたのだが。
 そこへ、天空から罪人エインヘリアルが降下してきたのは、さすがに予想外だっただろう。
「ヒャッハー! 串刺し、串刺し、串刺しだあああああああっ!」
 両手に一本ずつ、巨大な槍を持ったデウスエクスの巨漢戦士は、下品な歓喜の叫びとともに冬の山中を軽々と跳び回り、逃げることもできない登山隊を次々に串刺しにしていく。
 そして、目につく登山者をすべて刺し殺すと、罪人エインヘリアル「串刺しツェッペ」は、更なる獲物を求めて山麓へと疾走していくのだった。

 ヘリオライダーの高御倉・康が、真剣な表情で告げる。
「日本アルプスの槍ヶ岳に、槍使いの罪人エインヘリアル「串刺しツェッペ」が出現するという予知が得られました。既に地元警察に連絡して、予知された区域の立ち入りは禁じてもらっていますが、山全体を立ち入り禁止にしてしまうと、罪人エインヘリアルの降下地点が変わってしまう恐れがあるので、そこまではやっていません。急行すれば、罪人エインヘリアルの出現に間に合うので、他の地域に移動する前に撃破してください」
 そう言って、康はプロジェクターに画像を出す。
「予知された降下地点はここ、敵の外見は見ての通り。通常なら両手持ちの槍を二本、それぞれ片手で扱い、雪の積もった山の中を岩場から岩場へと飛び移って移動する、凄まじい技量と身体能力の持ち主です。武器は、ゲシュタルトグレイブとセントールランスを一本ずつ。ポジションは、おそらくクラッシャー。典型的な戦闘狂のようなので、逃走はしないと思います」
 そして康は、一同を見回して続ける。
「見ての通りの強敵で、冬山の中で足場も悪いですが、万一人里まで出られたら大変なことになりますので、何とかして山中で討ち取ってください。『ヘリオンデバイス』での支援も可能な限り行いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
 ケルベロスに勝利を、と、ヘリオンデバイスのコマンドワードを口にして、康は頭を下げた。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
九竜・紅風(血桜散華・e45405)
クロミエ・リディエル(ハイテンションガール・e54376)
リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)

■リプレイ

●幕前:飛行戦闘についての小談義
「今回の現場は非常に足場が悪いから、俺のジェットパックデバイスから牽引ビームを出して、全員で低空飛行戦闘をするのがいいんじゃないかと思うんだが、どうだ?」
 現場に向かうヘリオンの中で、クラッシャーポジションの日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が他の三人のメンバー、九竜・紅風(血桜散華・e45405)クロミエ・リディエル(ハイテンションガール・e54376)リサ・フローディア(メリュジーヌのブラックウィザード・e86488)に提案したところ、彼らは少々意表を突かれたような表情で顔を見合せた。
「ええと、足場が悪いというのは承知しているし、登山靴を用意してきたんだが、飛行戦闘したほうが有利だろうか?」
 躊躇気味に訊ねる紅風に、蒼眞は頭をぽりぽりと?きながら応じる。
「そりゃまあ、雪溜まりなんかに嵌っちまったら、登山靴はいてても意味ないし。敵は、突き出た岩の足場から足場に跳んで闘うらしいから、足場の取り合いになっちまったら不利だと思うぞ。ジェットパックデバイスの飛行なら、ポジション効果失うデメリットもないし、絶対に有利だと思うんだが」
「えっ? ジェットパックデバイスの飛行って、ポジション効果失わないのか!?」
 クロミエが素っ頓狂な声で叫び、蒼眞は目を丸くする。
「ああ、大丈夫だ。何度か実戦でやったことがあるが、牽引するクラッシャーも、牽引される他のメンバーも、ポジション効果を保ったまま飛べる」
 そう言ってから、蒼眞はやっと、他の三人が全員飛行可能種族であることに気が付いた。
「あ、そうか。俺はもともとは飛べないから、ポジション効果を失わないジェットパックデバイスの飛行の方が普通なんだけど、皆は自力で飛んで戦闘したらポジション効果がなくなる方が普通というか、今までずっとそうだったんだな」
「そういうことね」
 応じて、リサが小さく苦笑する。
「せっかくわざわざ足を人間形態に変化させて重い靴を履いてきたけど、意味なかったわね。でも、正直、慣れない足で雪山を跳び回って戦うのは自信なかったから、足場を気にせず飛んで戦えるのは有り難いわ」
「それなら、何よりだ」
 とはいえ、人間形態にしたフローディアの脚はとても綺麗だから、俺はそっちで来てくれた方が嬉しいな、と、蒼眞は内心思ったが、口に出したら百パーセントセクハラ認定されるに決まっているので、それについては黙っていた。
 すると紅風が、思案顔で訊ねる。
「俺は牽引してもらって飛べばいいわけだが、疾風丸はどうなる? 地上に置いてきぼりか?」
「サーヴァントは、本来精霊みたいなもんだからな。飛行可能でなくても、マスターについて来られると思う。以前の戦闘では、ライドキャリバーに騎乗した状態のケルベロスを、そのまま牽引して飛行させたこともあったしな」
 蒼眞の答えに、紅風は安心した表情になる。
「そうか。ライドキャリバーが飛べるなら、テレビウムが飛べないわけはないな」
「まあな」
 どっちかというと、サーヴァントとマスターの絆の強さに関係するんじゃないかと思うけどな、と、蒼眞は内心呟いたが、それも口には出さず別の話をする。
「それから、あまり想定したくない状況ではあるが、ジェットパックデバイスを装備しているクラッシャー、つまり俺がやられてしまったら、牽引ビームが出せなくなる可能性がある。もしもそんな状況になったら、どう対応するかは自己判断で決めてくれ」
「……それは確かに、想定したくない状況だな」
 紅風が、眉を寄せて唸る。
「勝負は時の運ではあるが……少なくとも、ディフェンダーの俺より先に誰かが倒されることのないよう、全力を尽くす」
「そうね。私もメディックとして皆が倒れないよう全力を尽くすわ」
 そう言いつつ、リサは意外にクールに続ける。
「だけど、どうにも勝ち目がなくなったら、高空に飛んで撤収するのが得策かもしれないわ。敵は飛べないのだから」
「ああ、そうか。ある程度の高さまで飛べば、近距離攻撃は届かないんだよな」
 クロミエが、思案顔で呟く。
「もしも万一、前衛が全員やられてしまっても、高く上がれば敵の攻撃でこっちまで届くのは、ゲイボルグ投擲法だけだ。続けて使ってくれば見切れるし、その状況で敵が無傷ってこともないだろうから、やれる。たぶんやれるよ」
「まあ、そんな状況にならないに越したことはないがな」
 本当に勝ち目がなくなったら、俺は暴走するつもりだがね、と、蒼眞は言葉には出さずに続けた。

●戦いの岐路
「敵は、どこだっ?」
 ヘリオンから飛び出すと同時に、ゴッドサイトデバイスで索敵を始めるクロミエに、蒼眞が苦笑混じりの声をかける。
「落ち着け。ヘリオライダーが言っていたろう。タイミングとしては、俺たちが現場に着いてから、敵が降下してくるだろうって」
「え? あ、そうか」
 言われて、クロミエはゴッドサイトデバイスを装着したまま天を仰ぐ。
「すると、敵はこれから降下……あっ! あれかっ?」
「そのようだな」
 超高空から、大気との摩擦で禍々しく輝く物体が墜ちてくるのを認め、蒼眞がうなずく。
「行くぞ」
 紅風のサーヴァント、テレビウムの疾風丸を含む全員が、ジェットパックデバイスの牽引ビームに包まれ、障害物のない中空をエインヘリアルの降下地点へ向かって飛ぶ。
(「これ、もしも地上を歩いて移動するしかなかったら、降下地点に行くだけで一苦労だったんじゃないか?」)
 ジェットパックデバイスさまさまだな、と、蒼眞は小さく肩をすくめる。
 そして間もなく、空中停止したケルベロスたちの目前で、降下してきた罪人エインヘリアルが山肌に激突する。
 山中に轟音と震動が轟き、何か所かで雪崩が起きる。
「……立入禁止にしておいてよかったな。降りてくるだけで充分に災害だ」
 紅風が、不快げに眉を寄せて唸る。
 すると、その声が耳に入ったのだろうか。両手に槍を持って立ち上がった半裸の罪人エインヘリアルが、傲然と叫ぶ。
「そうとも! オレはてめえらにとっての災害さ! チビすけの地球人どもめ! この串刺しツェッペ様に、出くわしたのを不運と思え! ヒャッハー!」
「……なんて寒いの」
 リサが、ぼそりと呟く。雪山の中、腰の周りを毛皮らしきもので覆っただけのエインヘリアルのいでたちが寒いのか、あるいはその言動が寒いのか、それは定かではない。
 そしてエインヘリアルは、周囲をぐるっと見回し、大仰に顔を顰めて唸った。
「あぁん? 貴様ら、タダの地球人じゃねえな? さては、何の酔狂か地球人に味方して、デウスエクス様に逆らう反乱妖精って奴らか? このツェッペ様が、身の程を教えてやらあ!」
 言うが早いか、エインヘリアルはケルベロスの後衛に向け、右手の槍、ゲシュタルトグレイブをぶん投げる。
 投げられた槍は、空中で分散して降り注ぐ。
「ヒャッハー! 同士討ちして潰しあっちまえ!」
「させるか!」
 間一髪、紅風がクロミエを、疾風丸がリサを庇い、それぞれ肩代わりして攻撃を受ける。
 そして次の瞬間、蒼眞が猛迫してエインヘリアルに斬りかかる。
「とんだ早合点だな。俺は、地球人だ!」
「ぐあっ!」
 斬霊刀が一閃し、頭を割るには至らなかったものの、肩から分厚い胸板にかけて深々と斬り裂き、更にその傷にびしっと氷が張り付く。
「……ますます寒いわね」
 冷ややかに論評したリサはちょっと考えて、攻撃を受けた前衛に鎮めの風を送る。当初は、催眠防止のため自分にBS耐性を付与するつもりだったが、二撃続けて同じ攻撃は来ないと読んで、先に前衛の催眠を解く方を選んだ。
「大丈夫よ、落ち着いていれば安全だから」
「有難い、助かる」
 癒しとキュアの効果を持つ風を受け、紅風が礼を言う。礼を言うのは庇われた私の方、と、リサは小さく笑みを返す。
 一方クロミエは、早々とオリジナルグラビティ『土竜帰り(モグラガエリ)』をエインヘリアルに向けぶちかます。
「土の中に潜む竜よ、その姿を現せ!」
「うわっ!」
 クロミエの零の術により、土竜を模ったオーラが地面の中から飛び出し、敵の足元で爆発する。さしものツェッペも、立っていた岩場から吹っ飛ばされ、雪だまりの中に転げ落ちる。
 ちなみに、クロミエが駆使するオーラの形は竜ではなく、あくまで土竜(モグラ)である。彼女的には、竜より土竜の方が「断然、可愛い恰好いい」らしい。
「好機!」
 催眠を心配する必要がなくなった紅風が、雪だまりに嵌ったエインヘリアルの頭を、遠慮会釈なく登山靴を兼ねたエアシューズで蹴りつける。
「ぎゃあっ!」
 蹴りそのもののダメージもさることながら、髪に火をつけられてツェッペは絶叫する。そこへ疾風丸が、手にした凶器でがつんと殴る。
「き、き、貴様ら、よくもよくも、よくもーっ!」
 絶叫しながら、エインヘリアルはさすがというべきか、一跳びで雪だまりから飛び出すと、左手の槍、セントールランスに炎をまとわせ、ケルベロスの前衛を薙ぎ払う。痛くないと言ったらウソになるが、催眠のように行動を抑制されるわけではない。
「我慢比べなら、負ける気はないぜ!」
 蒼眞が飛び掛かり、斬霊刀の一閃で氷と炎を増やす。一見すると、毎回同じように斬っているように思えるが、実は一撃目は達人の一撃、二撃目は絶空斬と、見切られないよう技を変えている。
 そしてリサは、当初の予定通り、自分自身にBS耐性を付与する。
「自然を巡る属性の力よ、私を護る盾となりなさい!」
 何より怖いのは催眠で動けなくなること、と、リサは口には出さず呟く。一撃目は、運よく疾風丸が庇ってくれたが、ディフェンダーの庇いは必ず発動するとは限らない。
(「あそこで、庇いがなかったら危なかった……けど、最大の危機は幸いにも凌げたわ」)
 この戦い、もはや負ける気はしないわ、と、リサは微笑した。

●山中雪上に死す
「ランディの意志と力を今ここに!……全てを斬れ……雷光烈斬牙…!」
 蒼眞が、異世界の冒険者、ランディ・ブラックロッドの意志と能力の一端を借り受けるオリジナルグラビティ『終焉破壊者招来(サモン・エンドブレイカー!)』を発動させ、エインヘリアルの頭上から猛然と斬り込む。
 もはや満身創痍のツェッペは、かろうじて身を捩り、頭から真っ向唐竹割りにされることだけは防いだが、左肩を完全に斬り割られ、セントールランスを掴んだ腕が落ちる。
「ぐわああああああっ!」
 絶叫しながらも、ツェッペは残った右手に掴んだゲシュタルトグレイブを投げる。分裂した無数の槍がケルベロスの前衛に降り注ぎ、疾風丸が蒼眞を庇って肩代わりをする。受けるダメージは小さくないが、攻撃を受けた二人はディフェンダーでダメージ半減。疾風丸は庇った分で倍になるが、身の危険を感じるほどではない。
 そして何より、ゲイボルグ投擲法の最も恐ろしい効果、催眠に対しては、既に紅風も疾風丸もBS耐性を付与されているので無効にすることができる。
「ここは、一気に押すところね」
 呟いて、リサはオリジナルグラビティ『ライトニングパルス』を発動させる。
「この電気信号で、痺れてしまうと良いわよ」
「ぎゃああああっ!」
 高速で流れる電気信号を浴びせられたツェッペが、強烈な輝きを発して棒立ちになる。左肩や全身の傷口から、凄まじい勢いで血が噴き出す。
「そろそろ、限界か?」
 クロミエが、愛用の零式鉄爪「零の誓い」を構え、エインヘリアルを凝視する。
「では、零の境地を、その身で体感して貰おうか!」
「ぐはっ!」
 鉄爪で胸元を完全に貫通され、ツェッペが大量の血を吐く。目が虚ろになり、右手が力なく開いて、ゲシュタルトグレイブが落ちる。
「やったか?」
「いや、まだ倒れてないぞ」
 一突きすれば今にも倒れそうではあるが、しかしそれでも身体を揺らしながら立っているエインヘリアルを見やり、蒼眞が紅風を促す。
「とどめ、行ってくれ。……気が乗らないなら疾風丸に譲ってもいいが」
「いや、俺がやるよ」
 小さく苦笑し、紅風は空中を滑るようにして、虚ろな目をしたエインヘリアルの前に進む。
「この世の名残りに、美しいものを見せてやろう。賛嘆して逝け」
 言い放つと、紅風はさっと自分の前髪を払うような動作をする。
 ツェッペの目が、一瞬、くわっと見開かれ、次の瞬間、再び全身から血が噴き出す。そして、罪人エインヘリアルは雪の中へばったりと倒れ、そのままぴくりとも動かなくなった。
(「よりにもよって、最後のとどめが「美貌の呪い」かよ。確かに見事な攻撃だが」)
 純白の雪を真紅の血に染めて、戦闘狂の粗暴なエインヘリアルにしちゃ、妙に美しいというか、絵になる最期だったな、と、蒼眞は小さく苦笑した。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年12月2日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。