点心爛漫!中華フェア

作者:四季乃

●Accident
 ふんわり、ふわふわ。
 小春日和のあたたかな風に乗って、金属粉のような鈍く光る胞子が秋の空に舞い踊る。思う存分、空中を漂っていたそれは、ふと下方から聞こえてくる賑やかな声に気が付くと、その場で静止した。
「肉まん、あんまん、ピザまん、それから桃包。餃子、焼売、小籠包に春巻きもあるよぉ」
 チャイナドレスをめかしこんだ黒髪美人がにこにこしながら呼びかけをしているその後方で、幾台もの蒸し器やセイロが蒸気を吹かしている。もくもくと立ち込める煙に交じる点心の香りはフェアに訪れた人々の食欲をくすぐって、どの屋台もにぎわっている。
 光る胞子はすすすと下りていくと、物珍しそうに蒸し器の周囲を飛び回り、まるで人間が頷くように大きく揺れた。
 そして。
「ほーら出来たてアツアツの――……」
「月餅ダヨォ~」
 ぴょーん。
 突然、月餅を敷き詰めた蒸し器が職人の手から離れ、カウンター越しにいる客の方に向かって飛び跳ねた。攻性植物の胞子が入り込んだステンレス製の蒸し器は、くるり宙を舞いながら機械的なヒールで体を作り変えて少し肥大化すると、ニョキニョキと脚まで生やして男性客の頭上に着地した。
「アッツァッッ!!!!」
「点心、好吃ー!」
 足元で熱さに暴れ回る男性なぞ気にもとめずに、ダモクレス・蒸し器(月餅)は人々に向かって”脚”を伸ばした。それは蜘蛛のような機械のものではなく、茨の蔓のような植物だった。

●Caution
「そうしてダモクレスになってしまった蒸し器は、中華フェアに訪れていた人々に無理やり点心を食べさせ――いえ、グラビティ・チェインを奪っていったのです」
 頬に手の平を宛がって吐息を漏らしたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の顔には微苦笑が浮かんでいる。その隣で後頭部に両手を回して話を聞いていたラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)も呆れたように笑っていた。
「点心を食べさせたいってのは多分蒸し器の残留意思みたいなもんだろうなぁ。忙しいやつだ」
 しかしこのダモクレス、いつもとは少々様子が違う。
「屋外、それもビルの屋上で使用されていたこの蒸し器、実は攻性植物の胞子によって作り替えられているのです」

 機械的なヒールで蒸し器が作り変えられていること自体は、通常のダモクレスと相違はない。だが、蒸し器に入り込んだのが攻性植物の胞子という理由から、この蒸し器は攻性植物付きのダモクレスという扱いになる。
「とは言え、電化製品がロボットみたいに変形しただけでなく、攻性植物の特徴も備わっているってだけだから……まぁそんなに脅威ではないんじゃないかな?」
 ラルバは明後日の方向を見ながらそんなことを口にする。
「この蒸し器、いわゆるじゃばら型のタイプでして、それを小さく絞って熱光線を撃ち出したりするそうです。あと、蒸し器の残留意思に引っ張られている影響か、アツアツの点心を次々と飛ばしてきたりもするそうなんですが……」
「その内のひとつに、攻性植物の毒にまみれた点心も紛れ込んでいたりもするらしい。ロシアンルーレット的なやつ」
 それは食べることによって、ではなく、被弾することで毒のつぶてを喰らうようなものらしい。うっかり食べてしまっても大惨事になるだろう。
 現場はビルの屋上で中華フェアの真っただ中。広さはあるものの、屋台周辺は人が密集しているため、緑が多く障害物のない芝生スペースに誘い出すのが良いだろう。こちらのスペースで飲食している人も多いが、比較的人が散らばっていること、ビル屋内に通じる出入口が近いこともあって真っ先に避難が完了する場所でもある。
「避難誘導は警備員の方に協力を仰いでいますので、皆さんはダモクレスの気を引きつつ誘導、あとは避難する皆さんに被害が及ばぬよう立ち回って頂ければと思います」
 うんうん、と頷いていたラルバは、ふと真面目な視線をケルベロスたちに向ける。
「多分、この事件はユグドラシル・ウォーで逃げ延びたダモクレス勢力によるものだと思う。一つずつ事件を解決していけば、奴らに繋がる何かを得られるかもしれない」
「そうですね。今はわたしたちに出来ることを、一つずつクリアしていきましょう」
 二人の言葉に強く頷いたケルベロスであったが、これから向かう先はきっと良い匂いがするのだろうなぁ、とほんの少し心がそわそわするのだった。


参加者
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)

■リプレイ


 おだやかな風に乗って、蒸したてほかほかの香りが吹き抜けていく。
 うま味たっぷりの肉汁は食欲をそそるし、しっとりした餡子の甘さは腹に響く。ビルの手すりにしゃがみこんでいたアリャリァリャ・ロートクロム(悪食・e35846)は、香ばしいゴマの香りや焼き目を付けた餅など、あちらこちらから漂う美味しそうな匂いをめいっぱい吸い込んで、大きな口を三日月のようにしならせた。
「イイ匂い♪ アツアツ点心祭りダモ、楽しみダナ!」
 にんまり笑うアリャリァリャの言葉に、ライドキャリバーの雷がパネルに♪の絵文字を光らせた。星、ハート、次々変化していく楽しそうな様子に、天音・迅(無銘の拳士・e11143)が唇の隙間から吐息するような笑みを漏らす。
「食事を楽しみに訪れた人々に対してイメージ最悪のダモクレスだな……被害者ゼロのまま殲滅して見せるぜ」
 にぃ、と口端を吊り上げて不敵に笑んだ視線の先、少し歳を取った中年男性の頭の上に陣取ったダモクレス・蒸し器が「アイヤー!」と雄叫びを轟かせる。見ようによっては随分と間抜けな光景だが、一般人にしてみればたまったものじゃない。
「アッツァッッ!!!!」
 とくに、足場にされている男性は。
「蒸し器のダモクレス、本当にいたもんだな。おいしい点心食わせたい気持ちは嬉しいけど、みんなが怪我するのはカンベンだぜ」
「こんなお祭りの中でもダモクレス……攻性植物? の脅威にさらされるなんて」
 ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)がドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させていく傍ら、周囲に視線を巡らせて警備員に合図を送っていたヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が、あるものを見つけて、はたと目の色を変えた。視線の先には「あんまん」の文字。その隣には「ゴマ団子」、さらにその隣には「杏仁豆腐」!意識すれば甘い物の香りだけが鼻腔をくすぐるようで、気分が次第に高まっていく。
「点心、いやお街の為に頑張ろうじゃないか!」
 とつぜん赤茶の瞳を爛々と光らせたヴィルフレッドが、ばさりとコートの裾を大きく翻してアリャリァリャを振り返る。
「大丈夫、落ち着いて敵を見れば必ず次の動きが見えるはずさ」
 片目を瞑って寄越されたのはプレゼントウィーク。齎されたその情報によって敵の動きを予測するに至ったアリャリァリャが、ハッと立ち上がる。
「ッテ、いつまでも遠足気分じゃあダメダナ! お仕事すルゾ!」
 二対の真っ赤なチェーンソー剣を、どるるんと蒼穹の下でうならせたアリャリァリャは、高々と跳ね上がって人々の頭上を飛び越えると、ダモクレスの眼前に姿を現した。とたん、警備員たちが一斉に動き出す。
「来るがイイ! キサマを丸ごと味わっテやル!」
「点心、好吃ー!」
 ちょっとカタコトな中国語でぴょいんと飛び上がったダモクレスが、おのれの蒸し器の中から月餅を鷲掴みにして、豪速球よろしくブン投げた。ぺろり、と唇を舐めたアリャリァリャは首を伸ばして、お口でキャッチ。
「ン!」
 口に咥えたまま、片足を軸にして大きく身を捻ると、飛び込んで来たダモクレスにのこぎり状の刃を深く食い込ませ、半円を描くようにそのまま地面に叩きつけた。激しく激突し、ぴくぴくと”脚”をヒクつかせているダモクレスであったが、会場に居る人々が悲鳴を上げて一目散に逃げていく気配を察し、弾かれたように飛び起きる。
 行かないでーと”脚”をわきわきさせて走り出したダモクレスの眼前、キュッとブレーキ音を立てて行く手を遮ったのは、バツ印の絵文字を表示させて炎を纏う雷だった。じり……じり……と互いに一定の距離を保ち、にらみ合う。
「点心、こっちにくれよー!」
 そんな時だ。
 嬉しい言葉が聞こえてきた。どこからか聞こえてくる呼び声に、パァァッと顔を――いやステンレスを光らせたダモクレスが意気揚々と振り返る。しかし。隙ありっと雷がダモクレスの尻を蹴っ飛ばすと、蒸し器は炎に巻かれながら宙へと投げ出された。その拍子に、勢いをつけて飛び出した月餅が、青空を舞って散り散りに落ちていく。
 空中でパクパクと月餅を一つも残さず平らげていくアリャリァリャを横目に、頭に火傷を負った男性にヒールをかけていたラルバは、慰めるように背中を押して逃がしてやると、気を取り直して、
「こっちだぞー!」
 バサバサと両翼を羽ばたかせて、再度アピールする。
「無害なら可愛いもんだがな」
 迅はヴィルフレッドに向けてサッと九尾扇を振り払った。妖しく蠢く幻影を付与されたヴィルフレッドは、空中で身動きが取れぬ蒸し器に標準を定めて竜砲弾を撃ち込むと、すかさずラルバも至近から轟竜砲を叩き込んだ。衝撃で、人が居ない方、居ない方へと押し込んでやれば、あっちからこっちからともみくちゃにされた蒸し器が「ヒイイ」と情けのない声を出す。
「ホラ、ホラ。まだまだ食べラれルゾ!」
 そこへ、おかわりを要求するアリャリァリャが、右から左へ、左から右へとチェーンソー剣の刃でダモクレスを転がして遊ぶ始末。ころころーころころーと芝の上で弄ばれるダモクレスは「ふんぎー!」と怒ったかと思えば、蛇腹の”口”をすぼめて、こちらに向けてきた。
「危ない!」
 咄嗟に前に出て、撃ち出された光線を庇い受けたのはラルバだった。びゅっと水平に薙いだそれは、同列にいた迅と雷たちも一絡げにして灼いたのだ。傷付いた味方たちを振り返り、それからゆっくりと、アリャリァリャがダモクレスへ向き直る。にんまり笑った口から、鋭い歯が覗く。
「欲しいノハ、それじゃナイゾ?」
「…………是」
 蔓の”脚”が何だか内股になっているような気がして、迅は小さく、噴き出した。ひとまず、積極的に前に出て盾役として動く彼らを優先して回復する一方、当のラルバが氷属性の騎士のエネルギー体を召喚して貫くと、ころりと地面に転倒したダモクレスをキャリバースピンで雷が激突をかます。
 むくっと起き上がったダモクレスは、蛇腹を閉じてゆっさゆっさと蒸し器を上下させはじめた。
「おっと……月餅の次はなんだ?」
 空になったから新しいのを補充しているのだろう。
 迅の言葉につられたように視線が集まる。戦いには真剣に挑むラルバであったが、彼も次はどんな点心が射出されるのか興味津々だ。四人がちょっとわくわくした面持ちで様子を見守るなか、ダモクレスはぱかーっと蛇腹を開いた。ほっかりした煙が立ち込める。
「焼売~!」
 気の抜けた声と共に、出来立てアツアツ焼売がぽぽぽぽぉーんと飛び出してきた。
「火を吹けるくらいだし熱いだけなら平気だぜ」
 攻撃も焼売も喰らいつつ笑うラルバだったが、「……熱っ」短く声を漏らしたのを、ヴィルフレッドは聞き逃さなかった。しかし肝心の彼は、何だか残念そう。影の如き視認困難な高速のつつきで、ダモクレスに次を催促する。アリャリァリャも面白がって、チェーンソー剣をがならせておかわりコール。くくく、と不敵な笑みを浮かべて、握りしめた拳からオーラを放つ迅――は、傷付いた雷の体を癒していた。
「オレ知ってる。これカツアゲって言うんだぜ」
 ラルバは焼売を咀嚼しながら、ダモクレスを中央に閉じ込めて四方を固める猟犬たちを見て笑う。
 ほらジャンプしてみろよとばかりにどつかれたダモクレスはぷるぷる震えて、「わたし負けない!」と新しい点心を生成。仕組みはわからないが、とにかくフル稼働で動かねば満足してもらえないという強迫観念に追い立てられるように、蒸し器から餃子、春巻き、小籠包、八宝飯とどんどん次から次へと点心を生み出していく。
「美味イ! 美味イ!」
 中には毒入りの変わり種――というか攻撃そのものもこっそり交えていたはずなのに、もぐもぐタイムが終わらないアリャリァリャに、少しずつダモクレスの元気が失われていく。
「モット!」
「キャアアア――!」
 むしろ蛇腹を無理やり開いて、中身を食うほどだ。
 けれど美味しい点心を食べてもらえるのは蒸し器の喜び。複雑な機械心を押し込めて、ダモクレスは粽を発射。今度こそ、これは毒入りだ。
「ンむ!」
 ぱくん、とかぶりつき、頬張るアリャリァリャのほっぺたが、リスの頬袋みたいにぷくーっと膨らんだ。はた目からみても、それが口の中で弾けたのだと分かる。毒だ。
 ダモクレスが「太好了!」と飛び上がって――、
「毒? 味が爆発すル変わり種のヤツカ? おいしいゾ! オ カ ワ リ!」
 芝の上に”膝”を突いた。
 粽を飲み込み、口の周りについた食べかすをぺろりと舐めたアリャリァリャが、にこーっとひどく嬉しそうに破顔する。
「おいしい点心作れルナラきっとダモ本体もおいしいゾ!」
「ドウシテ」
 突然の日本語に噴き出す声が重なった。
 ンンッと咳払いしたヴィルフレッドが改良ドラゴニックハンマーで小突いている内に、あることを閃いた。欲しい物が出てこないなら、リクエストすればいいのでは? 期待を胸にヴィルフレッドが屋台ののぼりを指差して、
「……ところで変わり種点心に甘い物、甘い物はあるのかい!?」
 と食い気味に問うと、氷結された身体を雷の炎で溶かしているダモクレスが少し身を仰け反って、それから頷いた。ヴィルフレッドが指差すのはあんまんののぼり。蒸し器の口がしぼんで、ゆっさゆっさと身体が揺れる。まるで踊るみたいにしゃかしゃか振れる蒸し器に、ヴィルフレッドの表情がどんどん明るいものになってくる。
 そうして作り上げたのは、一口サイズのあんまんだった。見た目は肉まんと変わらないが、ほんのりと香るやさしい甘さは小豆のそれ。
 ぱっと顔を輝かせたヴィルフレッドに向けて蒸し器が「どうぞー」とでも言うかのように放り投げた。弧を描くあんまん。落とすものかと両手を伸ばすヴィルフレッド。その下で、ステンレスをにやり――ではなく、ぎらりと光らせるダモクレス。
 両手で受け止めたヴィルフレッドがお行儀よく頬張るのを前に、腰に拳を置いたラルバが、そうっと顔を覗き込む。
「大丈夫か? 明らかにそれ、罠だと思うんだが」
 曇り切った澄んだ目で瞬きしたしたヴィルフレッドが、口元に笑みを刷く。
「あんまんに毒? ……餡子が毒を中和するから無問題だろう?」
「ウソデショ」
 ダモクレスは”手”を突いて”膝”から崩れ落ちた。
 もうやだなにこの人たち。
「相手が悪かったなぁお前」
 一応、毒を”喰らった”アリャリァリャとヴィルフレッドたちにヒールを施す迅が、ぽん、と掌を置く。まるで元気だせよ、とでも言うように。
「気持ちはしっかり受け取っとく。あとは悪いけどストップな」
 もうすっかり元気を失った蒸し器に微苦笑を浮かべたラルバが、ゆっくりと御業の力と、これまでに喰らった力を極限にまで開放し始めたことに気付き、迅は雷と目配せした。親指を立てる絵文字を表示させた雷が、意気消沈ぐったりした蒸し器をスピンで上空へと突き上げると、迅が物質の時間を凍結する弾丸を撃ち込んだ。
 空中で氷漬けにされたダモクレスを見上げ、ひと心地ついたと言った風に吐息したヴィルフレッドが、シャドウリッパーで蒸し器から生えた歪な”手足”を切断。力の全てを拳に乗せたラルバが飛び上がり、ダモクレスに向かって降破・幻狼竜を叩き込む。
 ちょっと名残惜しいといった様子を見せていたアリャリァリャは、地に落ちたダモクレスに摩り下ろすが如き猛烈な連撃を加えると、撒き上げた破塵に着火。
「ダイ、コン――おろーし!!」
 顕現した地獄の窯で、魂までこんがりと。
「ダイ……コン……?」
 蒸し器のはずが焼き上げられてしまったダモクレスは、その一言を最後に、蛇腹が壊れてぱかりと開く。まるで心が折れました、というように。
「腹……大丈夫なのか?」
 ヒールしようか、と迅が問いかけたそのとき。焼けてプスプス黒い煙を上げているダモクレスをアリャリァリャが指で摘まみ上げたのが、視界の端に移った。肩越しに振り返ったその笑みは、今日一番輝いて見えた。

「ゴチソウサマ」
 パン、と両手を合わせる。ひとつの”欠片”も残さずに完食したアリャリァリャがにんまり笑い、指をぺろりと舐め、屋台の方を振り返る。多分あそこにあったのだろうな、という位置を見つけ、ポケットに手を突っ込んだ。
「蒸し器壊しちゃっタカラお店のヒトに謝っテケルベロスカード渡しテおく」
「だな。しかし改めて見るといろんな種類があるな。肉まんとか焼売とかたくさん食べたいぞ。みんなも食べてこうぜ」
 ラルバは額に手を翳して屋台を一望する。後片付けをしたら、後に残るのは本日のお楽しみ。


 再開した中華フェアは、ケルベロスに守られたという触れ込みもあってか、当初より多くの人で賑わっていた。大きな口でパクパクもぐもぐ、点心を片っ端から食べていくアリャリァリャの食いっぷりに触発された者も、少なからずいるようだ。
「肉まんうっまー!」
 右手に肉まん、左手にゴマ団子を装備したラルバは満面の笑みだった。ダモクレスが食べさせてくれた点心も美味しかったが、屋台で作られたものも、また格別な味がしてひと際美味しく感じられる。
「月餅、ゴマ団子、杏仁豆腐、マンゴープリン、エッグタルトに桃まん!」
 ヴィルフレッドは屋台に売られている全ての甘い物を買い求めると、テーブルに所狭しと並べてご機嫌だ。普段は物事を冷静に判断できるのだが、甘い物が唯一この男を狂わせる。
『冷静に判断した結果の行動』
 それが本人の認識なのだから、相当だ。
 けれど甘い物に罪はない。あるのは人を笑顔にする魅力だけ。さぁどれから食べようか。選ぶことすら楽しくて。そんな彼の姿に、肉まんを食べ終えたラルバは頬杖を突くと、やさしげな笑みを浮かべてみせた。

「あ、辛子はいらないんで」
 びし、と掌を突き付けた迅は、セイロに盛られた点心を片手に雷の元へと戻るとそのまま寄りかかる。つい少し前までダモクレスが暴れていた場所を、今は子どもたちが自分の順番を待っている。列をなした人の笑み。楽し気に交わされる言葉の数々を耳にしながら、迅は月餅を頬張った。
「美味い。アイツが食べさせようとしたのも、ちょっと分かるな」
 胃の腑に沁みわたる優しい甘さに、迅は深く吐息した。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月30日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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