蒸した皮は熱々モッチモチ

作者:芦原クロ

 豪華絢爛な外観の中華料理店が並ぶ、とある中華街。
 値段が割安な店、本格的な中華料理が楽しめる店、コースや食べ放題など。店によって様々だ。
 炒飯に麻婆豆腐や餃子、焼売、フカヒレの姿煮や北京ダック……と、定番のものはどの店でも扱っている。
 食欲を誘う香りが漂って来るが、その香りを掻き消そうと、苛立ちながら翼をバサバサと動かすビルシャナ。
 中華街入り口付近の、隅っこに、怪しい集団の影。
『中華よりも日本人なら和食一択であるべきだ! 和食は健康にも良い! 辛いものや油ものばかり使っている中華なんて、食べたら太るぞ! 中華なんて!』
 二回繰り返すあたり、食べて太った経験が有るのだろう。
 そんな身勝手な主張をするビルシャナに納得した者は信者となり、全く納得出来ない人は逃げ去っている。
『さあ、行こう! まずはここいらの中華料理店を、一軒一軒潰しに行こうではないか! 食べて潰すのではなく、力で潰すのだ! 暴力で潰される中華店……ははは! 良いザマだ!』
 無茶苦茶な教義に、10名の信者たちは反論しない。
 ビルシャナの言動によって正気を失った男女の信者たちは、拍手を送っていた。

「中華も和食も、美味しい物は美味しいと思うわ」
「ローレライ・ウィッシュスターさんの推理から、事件が予知されました。個人的な主義主張により、ビルシャナ化した人間が、事件を起こそうとしています。犠牲者が出る前に阻止し、一般人の救出とビルシャナの討伐をお願いします」
 ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)の発した言葉に一度頷いてから、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を始める。

 ビルシャナの言葉には強い説得力がある為、放っておくと、一般人は配下になってしまう。
 信者たちは、ビルシャナの言葉によって破壊衝動を強められたに過ぎない。
 倒すと死んでしまうほど、配下は絶望的に弱い為、戦闘になれば攻撃しにくい面倒な敵になる。
 配下は、ビルシャナを倒せば元に戻る。
 だが、死なせる危険性が有る以上、ビルシャナの主張を覆すような、インパクトのある主張を行ない、信者を正気に戻して配下化を阻止するのが最善だろう。

「このビルシャナは、皆さんのほうを優先します。なにも食べていなくても、ビルシャナの視界に入っただけで、ケルベロス専用の中華料理店が有るのではないか、と勘違いして追って来ます。ビルシャナが追えば、信者たちもついてきます」

 あとは路地裏へ上手く誘導し、念の為に人払いをしてから、信者を説得すれば完璧だろう。
 中華料理の良さをアピールしたり、和食のデメリットなどを言うだけでも、信者は正気を取り戻す。
「ビルシャナとなってしまった人は救うことは出来ません。せめて被害が大きくならないように、撃破をお願いします」


参加者
オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
武蔵野・大和(大魔神・e50884)

■リプレイ


 ビルシャナが信者と共に、中華街へ入ろうとした、その時。
(「みんなで協力して、ビルシャナたちを他の人の迷惑にならない所に誘導したら説得開始ね」)
 青色のチャイナドレスを着こなし、髪もお団子状にした、中華の雰囲気が出ている氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)が、ビルシャナの視界に入る。
『なんという中華! おのれ! 中華満載の恰好で、中華料理店を満喫する気だな!?』
 勝手に解釈したビルシャナは、かぐらを追い、信者たちと共に路地裏へ誘導されてゆく。
 人の気配が全く無い路地裏に到着すると、ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)が念の為に殺界形成を展開し、一般人の接近を防ぐ。
(「中華料理を許さないビルシャナですか」)
 敵をまじまじと見て、武蔵野・大和(大魔神・e50884)は思案する。
(「……中国にもパンってあるんですかね?」)
 パン屋で働いている大和は、パンの有無に興味津々だ。
「和食には和食の、中華には中華の良いところがあるのです」
 オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)が一歩足を進め、主張する。
『中華に良いところなんて有るわけ無いだろ! 和食こそがヘルシーなのだ!』
 ビルシャナが即否定すれば、信者たちも「そうだそうだ」とはやし立てる。
(「和食だけがヘルシーだと思ったら大間違いなのよ」)
 ローレライは、事前に購入しておいた小籠包を、美味しそうに頬張る。
 薄い皮の中に包まれた、具と熱いスープの絶妙なバランス。
 寒さも吹き飛んでゆきそうなほどの、温かい料理。
「あー、すごくこの小籠包美味しいわ!」
 白い息を吐きつつ、上機嫌で小籠包を食べているローレライを見て、ごくりと喉を鳴らす1人の信者。
「う、美味そう……駄目だ、我慢出来ない!」
 信仰をあっさり捨てて、信者1名がその場から去って行った。


「中華にだってヘルシーなものはあるのです。例えば春雨。麻婆によし、サラダによし、スープの具によし」
「スープの発想は無かった!」
 春雨について語るオイナスに、衝撃を受けた信者が1人、我に返る。
「スープ春雨は具材の味がたっぷり染み込んでて、おいしいのよね。寒い時期なら温かいスープがより一層、おいしくなるわね」
 かぐらが相づちを打つと、寒空の下で想像していた信者がまた1人、去ってゆく。
(「うん、中華も和食も美味しいものは美味しいのよ!」)
 ローレライは満足そうに、こくこくと頷いている。
「春雨は春巻きの具にも良いですし、麺料理の主役にもなるのです。そして何と言っても……」
 オイナスは一度言葉を区切ることで、信者たちの注目を浴びた。
「茹でるだけでカロリーがそばやうどん、そうめんより圧倒的に少なくなるのです! ヘルシーさでは負けないのです」
「そうなの!?」
「カロリーが、和食の麺類より少ないとかマジかよ!」
 驚き、ざわめきだす信者たち。
 カロリーを気にしていた、男女2名が正気に戻った。
(「うーん、中華だ和食だって言う前に、太らなくて健康によければいいんじゃないの……?」)
 信者たちの様子を見る限り、そんな結論にいたる、かぐら。
「中華料理に使われる香辛料に花椒という物があります。あれは確かに辛いですけど、中国では胃薬代わりに使われる香辛料です」
 信者たちの様子を観察していた大和が不意に口を開き、大きな声量で言葉を並べた。
 麻婆豆腐や担々麺など、様々な中華料理に欠かせない香辛料、花椒。
 それがまさか、胃薬の代わりになるとは知らず、信者たちは興味深そうに、大和の言葉に耳を傾けた。
 胃液などの消化液の分泌を促し、消化をすすめる効果が有るので、消化不良や食欲不振を改善。
 更に、精神安定に加え、鎮痛や解毒効果も有り、病の治療にまで活用されている。
 花椒は胃腸を整え、ホルモンバランスの調整まで出来ることを、大和は分かりやすく説明。
「炒め物や唐揚げとかに、少し加えると風味も上がるのよ? すごくない?」
 ビルシャナの前で中華料理を食べまくり、ビルシャナの注意を惹き付けていたローレライが、言葉を付け足す。
「まぁ、中華料理って一言で言ってもいろいろよね。味つけの幅が広がるのも、中華料理の香辛料ならではよね」
 かぐらも同意を示すようにして、頷いて見せる。
「中華って、奥深いな」
「中華が太るなんて、そんなのもう古い情報ですよ」
 無知だった自分を恥じている様子で、信者たちが呟くと、大和が追い打ちをかける。
 恥ずかしさで居たたまれなくなった、2名の元信者が、走り去って行った。
「毎日和食ばかりは飽きてしまうわ! たまに、無性に餃子やチャーハン、食べたくならない?」
 ビルシャナの惹き付け役を、かぐらに任せたローレライが、残りの信者たちに問う。
 どの信者も首を縦には振らず、和食派を貫いている。
「今話したチャーハンだって味付けや材料で、和食にだってなるのよ?」
 ローレライが発した、驚きの事実に、信者たちがざわめく。
「しらすや、ひじきのチャーハン。ゴマや味噌を使ったものも有るわね! ふわとろの玉子が乗った、白だしや胡椒で味付けたチャーハンなんて美味しそうじゃない?」
「家に帰って和風チャーハン作ってみるわ」
 和風のチャーハンを、どんどんあげてゆくローレライに、女性信者が礼を告げてから立ち去った。
「中華料理って、一般的なら、餃子や麻婆豆腐に炒飯といったものね。ツバメの巣やフカヒレなんて普段目にしないものもあるけれど、健康に気を使うなら薬膳がお勧めよ」
「薬膳? 名前的に、美味しく無さそう」
 かぐらの説得に対し、女性信者が表情を曇らせる。
「とってもおいしいのよ。体にいい食材やその組み合わせ、調理法が昔から考えられているし。わたしもさっき薬膳のデザートを見つけて買っちゃったのよね」
 買ったデザートをかぐらが見せると、信者の曇った顔が一気に晴れた。
「イメージしてたのと全然違う! 美味しそうだし、映えそうー! 私も買って来る!」
 スマホを取り出し、写真を撮りまくって満足した女性信者は明るい調子で手を振り、去ってゆく。
「どんな効果が有っても美味そうでも、やっぱり日本人は和食だろ。刺身に寿司、最高だ!」
 最後の1人が、ふんっと鼻を鳴らし、ガードの硬さを強調。
「……アニサキスを知ってますか? 魚介類に寄生する虫なんですが」
 すると、大和が狙いすましたかのように、言葉を紡ぐ。
 信者も嫌な予感がしたのか、冷や汗をかいている。
「和食の中には生魚を生食する料理ありますよね? 食中毒の原因の一つにアニサキスも含まれているんですよ。怖くないですか?」
 まさしく、寿司や刺身である。
「怖い! いやマジで、怖い怖い!」
 これには反論出来ず、最後の信者は脱兎の勢いで逃げ去ってしまった。
『あれ!? 俺が集めた信者が1人も居ない!?』
 ローレライと、かぐらに意識が集中していた為、ようやく気づいたビルシャナ。
 大きなショックを受け、へなへなと脱力し、動かなくなる。
「まったく、相変わらずね……」
 素早く戦闘態勢に入る、かぐら。
 敵に狙いを定め、攻撃を繰り出す。
「プロイネンは、みんなを守ってあげて」
「シュテル、全力で凶器攻撃してやって!」
 オイナスがプロイネンに優しく指示し、ローレライも同様に、シュテルネへ言葉を掛ける。
 プロイネンはサポートへ回り、シュテルネは凶器で敵にダメージを与える。
「フルパワーのドラゴニックスマッシュで決めてやるわ!」
「修行の成果……見せてやるのです!」
 高威力で敵を叩き潰したローレライに合わせ、オイナスは二つの刀を連続で振るう。
 炎と氷が、まるで花びらを思わせるかのように舞い散り、煌めく。
「中国にある大きなパンってなーんだ?」
 大和は問題を出すも、弱体化した敵は一言も発せず。
 答えのイメージが具現化し、巨大なパンダが敵を押し潰す。
 その攻撃がトドメとなり、ビルシャナは完全に消滅した。


「せっかくですから中華街の料理を見て、食べてみたいですね」
「中華街を食べ歩きよ!」
 片づけを終え、路地裏から出ると、大和の視線は中華街のほうへ向く。
 殺界形成を解除したローレライは、事前購入した料理をすべて平らげてから、メンバーと共に中華街へ。
「あんなに食べていたのに、まだ入るの……?」
「うん、まだまだ食べられるわ! ラーメンもいいし、ああデザートも捨てがたいわ」
 かぐらが微笑みながら問えば、大食い性質のローレライは頷き、食べたいものを指折り数えている。
「桃まんに杏仁豆腐でしょ? 揚げパンなんかもいいわね!」
 ローレライは言ったそばから、それらを購入し、幸せそうに食べている。
 大和が、パンというワードに反応し、中華のパンを探し始めた。
「……中国のパンは蒸して作るんですか。これ三つください」
「武蔵野さん、一人で三つも食べるの? ローレさんと同じくらい、大食いね」
 かぐらは少し驚くが、すぐに微笑みを浮かべ、沢山食べている2人を温かく見守っている。
「……あんまん美味しいですね。あんぱんと食感が全然違いますね」
 大食いの大和は、パン系を次々と購入し、あっという間に平らげていた。
「ん? これは豚肉が入っているんですか。筍の食感も美味しいですね」
 感想や新しい発見を呟き、知識を得てゆく大和。
「一杯食べるローは、見ていて癒されるのです」
 暫くローレライに視線を注いでいたオイナスだったが、ローレライがあまりにも美味しそうに食べるので、食欲が刺激される。
「ボクもデザート食べようかな。ゴマ団子とか美味しいのですー」
「みんなで食べると、よりおいしいわね」
 オイナスに続き、かぐらも中華料理を堪能したのだった。

作者:芦原クロ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月26日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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