温泉の前に血圧を測りましょう!

作者:baron

『ブロ……プレ……モニター!』
 地元の人しか知らないような、ひなびた温泉で奇妙な声が聞こえた。
 奇声を上げて小屋が破壊され、ナニカが飛び出してくる。
『グラビティ! 回収します』
 そいつはヒラヒラとエイが泳ぐように空中を進んだ。
 ホバリングとでも言うべきか、それとも尻尾みたいなコードで自重を支えているのか?
 いずれにせよやる事は変わらない。
『グラビティ回収……』
 滅多に人が通らない場所であり、周囲に人が居ないことを確認すると……。
 そいつは犠牲者を求めて町の方に向かったのである。


「山中で忘れられた……というか、備品だった家電が壊れてダモクレスになっちゃうみたいなのよー」
 心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)が地図を手に説明を始めた。
「……ゴホン。その場所は採算の取れない温泉だったようですね。地元の人しか行かないような場所だったそうです」
「そうそう。たしかそんなところだったわ~」
 セリカ・リュミエールが予知での情報を捕捉する。
 括が幾つかの情報を提供したのだが、その中から感知したらしい。
「場所が場所だけに今は被害が出ていませんが、放置すれば危険なことになるでしょう。その前にお願いしますね」
 セリカはそう言ってカタログを取り出した。
「敵は血圧測定器だったようです。どうやら備え付けで置いておかれている間に腐食したのかと」
「あー。血圧の高いお年寄りが温泉入ると危ない時もあるものねー」
 お風呂で血圧があがるとか、トイレで踏ん張るとか危険な事は多い。
 そういう人のために念の為、測ってから入る様にと備え付けられたのだろう。
 とはいえ地元の人が偶に入るくらいで旅行者などまずいない場所である。
 いつのまにか壊れていたのであろうか。
「攻撃方法は相手を絞め殺し、あるいは電撃を浴びせて来るようですね。もちろん射撃もできるのでしょうが、得意なのは白兵戦の様です」
 元になった機械に影響されているのか、戦闘方法は白兵攻撃が多いらしい。
 もちろん射撃も可能なので注意は必要だろうが。
「罪もない人を虐殺させる訳にはいかないし、温泉もあるから頑張るわよ~」
「今なら十分に間に合いますので、被害が出る前にお願いしますね」
 ケルベロス達が相談する間にセリカは出発の準備に向かうのであった。


参加者
心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)
ヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)
オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)

■リプレイ


 山あり谷あり典型的な田舎道をケルベロスが進んでいく。
 県道すら途中で終わり、村落で地元の会社に発注したらしき粗末な道が続いていた。
 途中までは畑に作物が植えられていたのだが、収穫物を干しているのかと思ったら、茎を干して何かに加工する為らしい。
「なかなかに長閑な場所だ」
 オズ・スティンソン(嘯く蛇・e86471)は周囲の景色を眺めた。
 村全体を見ても家屋は数えるほどしかなく、その一つは目的地である場所なのだから言う事はない。
 故郷を思わせる集落の片隅に、動物が訪れても不思議ではないような温泉があるのだから。
「癒されに来たのに、ショックで死んでしまうのは悲劇だね……」
「城ケ島や大阪みたいな危険地帯ならともかく、これだけ長閑なら確かにそうね。戦果を忘れてのんびりしたいのでしょうし」
 オズの言葉にヒルデガルダ・エメリッヒ(暁天の騎士・e66300)は頷いた。
 これだけ平和な場所だと油断大敵とも言えまい。それどころか昨今の事情を考えれば廃棄家電のゴミも片付けていたはずだ。
 まさか設置していた物が腐食して壊れたなどとは思いもすまい。
「山中でも血圧計が置いてあるなんて、やさしさを感じるわね。無人販売所みたいな善性を感じるわ」
「こういう所ほどお年寄りのお客さんが多いから必要になるのよねー。田舎はたいていそんなものよー。身内所帯だからってのもあるのでしょうけれど」
 ヒルデガルダと心意・括(孤児達の母親代わり・e32452)は都会の世知辛さを苦笑した。
 都会だと金目物はなかなか無人のところに置けない。それこそみんなが見ているからと衆人環視の場所に置いていても「 身内が持って行ったのだと思った』とシレっと盗まれることもあるそうだ。
「温泉で温まっている体に体温計や血圧測定器がいるのか疑問でしたが……なるほど。入る前に測るのですね。予防接種前の様な感じでしょうか」
「そうねー。温泉に入っている間や、出た瞬間にキューっと血圧が変化する人も居るから」
 エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)は括の説明を聞いて、疑問が解けたとばかりにポンと手の平を拳で叩いた。

 そして一同が温泉地に辿り着こうとした時、ほったて小屋が弾けるように壊れた。
『グラビティ! 回収します。グラビティィー』
「何はともあれ、命を救う為のもので命を落とさせるような事はさせないわよ!」
 現れたダモクレスに括たちが走り出す。
 谷間が揺れてしまうが気にしている余裕はない。もちろん地震の事ではないのだが。
「見た限りですが周囲に人は居ません。今の内に倒してしまいましょう」
「こちらも気配なし、問題ないわよ」
 エレスが避難させる人はいないと告げると、ヒルデガルダも翼を羽ばたかせて上空から教えてくれる。
「そうだね。僕は寓話を語るけど事故は管轄外と言うか、身近な人死にはあまり好きじゃないんだ」
 オズは敵との間合いを測りながら、戦いに備えて身構えた。
 ケルベロス達はまずは横に広がる様に道を塞ぎ、人里に向かわないようにしながら戦う事にする。
「トト。頼んだよ」
「ソウちゃん。頑張るのよ」
 オズはトトに指示を出し、括はソウに指示を出す。
 二匹の翼猫は連れ立ってケルベロス達を守ろうと前衛に立った。
『ブロ……プレ……モニター!』
 そこに向けてダモクレスが蛇のように迫る!
 あるいは奴が向かって来るから二匹が立ち塞がったというべきか?
 ダモクレスを構成する帯が、トトの胴体をギューっと掴む!
「猫相手でも、セクハラは許しません!」
 エレスは自分が捕まって居たらと思うと恥ずかしかったと思うので、トトの頑張りには感謝しておいた。
 そして敵の体が崩れ去る幻影を掛けて、少しでも脱出し易く成る様に祈っておく。
「ソウちゃんお友達(?)を回復してあげるんですよ~。その間に私は……援護しておきますねー」
「すみません。本当はあの子が傷ついているのに……」
 括はソウに回復の指示を出しつつ、自身はエレスに電波治療を施した。
 彼女は傷ついてはいないのだが、電気療法によって意識と神経を活性化させる。
 そうする事で攻撃力が上がり、ひいては戦いが速く済むからだ。
「別に構わないそれが役目なんだろうし……それに、これは終わりのある耐久だから」
 オズはそう言ってトトに微笑んだ。
 やはり傷つくのはかわいそうだが、今を耐えれば本当に終わりがある分だけ良い事なのだと思う。
 そして自身が変わってもよかったが、それよりも攻撃に回った方が良い技があるからこそ、自分もポジションをこちらにしたのである。
「……でも、お返しはしておく」
 オズはそう言って勢いを付けると、飛び蹴りを食らわせてダモクレスをその場に縫い留めた。
 本体である機械部分がバウンドして僅かに傷付くが、それよりも重要なのは動きが憎く成った事であろう。
「今よ! はあ……いい感じね!」
 ヒルデガルダはカッ! と目を見開いて巡って来たチャンスに飛びついた。
 のろのろと起き上がるダモクレスに渾身の正拳突きを決める。

 痛烈な一撃で鈍らせたとはいえ、それで倒せたりはしない。
 まるで怒り狂うかのように強烈な電撃を放った!
「きぃいやああ……? キャーー♪」
 最初ヒルデガルダは痛みの悲鳴を上げようかと思った。
 しかし気が付いたらニャンコたちに挟まれてモフモフしている自分が居る。
 これってもしかして天国ではないだろうか? うん、この後に温泉あるらしいしきっとそうだろう。
「まあ……羨ましいわ。私もソウちゃんたちに囲まれて癒されたい~」
「毛が付きそうですが……そうですね。後で温泉で汗と一緒に流れるなら、それもよいかもしれませんね」
 ならちょっとくらい毛だらけになっても良いかもね。
 そんな風に語る二人だが、世の中の男性はきっと貴女たちに囲まれたいと思う。
 まあストイックな人やまだ小さいお子様は違うかもしれませんが。
「それじゃあ気を取り直して怪我を治していくわよー。ほっといてごめんなさいねー」
 括は改めてトトを治療することにした。
 盾役だからと言って誰もが確実にカバーできるわけではないし、複数いれば当然可能性は減る。
 だが珍しいことに今回は連続でトトがカバ-することに成功したのだ。良く頑張ったねと褒めてあげて、胸元から取り出した包帯で優しく包んであげた。
「幻影なら長さも位置も自由自在ですよ」
 エレスは棍を振り回してブウンと大回転。
 ダモクレスは巧みに避けたつもりでも、何故かバシンと当たって地面に叩き付けられる。
 それはその棍の長さが全て幻影であり、彼女の脇の位置や手首の位置も違うからだ。結果的に方向も違うので直撃してしまったのだ。
「これは痛めつけられたニャンコの怒りよ! これもニャンコの怒り!」
「……それはボクのセリフだと思うんだけどね。まあいいか」
 ヒルデガルダが怒りを雷に変えて叩き付けるのを見て、オズはアンニュイな視線を向けた。
 トトは彼の相棒であり友人である。別に取られたわけでもないのに不安なのは、寂しがり過ぎだろうか?
 そんな事を思いながら、砲撃を終えたハンマーを構え直すのであった。

 そして何度目かの攻防が過ぎ去り……。
 戦況は均衡からケルベロス有利へと変わって来た。
 やはり役割分担や長期戦への祖投げが大きいだろう。攻撃力や耐久力は高くともダモクレスにはそれが欠けている。
「今がチャンスよ~」
「さっさと倒して温泉にいきましょ!」
 括もそろそろ締めとあって攻撃に回り、ヒルデガルダの言葉に頷きつつ闘気を放った。
「では予約と行きましょう。一足早く攻撃と回復の入れ替え予約です」
 エレスは盾役の翼猫たちに与えられたダメージを記憶し、その分のダメージをお返しに放った。
 もちろん幻影でしかないが、逆襲という意味では似合っている。
 そして同じ力を治癒に使うと決めることで、本当に傷を交換したかのように見えるだろう。
 普通ならば流石にここまで便利に使えないが、混沌を幻影に混ぜているからこそ可能な技だ。
「トドメは任せるよ……」
 オズは尻尾で締め付けながら毒の闘気を流し込んでいく。
 もう倒す段階なので不要かもしれないが、これも技の一部なので構うまい。
 さっきビリビリ喰らったトトのお返しにタップリ流し込んでおいた。もちろんギュっと締め上げてね。
「これが最後の一撃よ!」
 ヒルデガルダはナイフで切り掛かってダモクレスの帯部分を切り裂いていく。
 血圧を測るための帯だが、もはや人を絞め殺す為の武器でしかない。ならばザクザク切り裂いても問題ないだろう。

 そして戦いが終わればご褒美タイムだ。
 だがその為には先にやっておくべきことがある。
「もう傷はないですかねー?」
 エレスは翼猫たちを癒し終ると仲間たちの傷を確認する。
「無いとは思うが……。戦闘の余波はヒールしておこう。足元の岩場とか、いつもと勝手が違うだけで危ないしね」
 オズは特に傷はない事を伝えつつ、互いの攻撃で傷ついた周辺を修復し始める。
「そういえば日本では温泉は浸かるものだけれど、欧州では呑む場所があるそうだよ。聖なる泉のようなもので……」
 そんな感じで物語を語りながら、オズは周囲につけられたデコボコを丁寧に直していく。
「うーん、呑む温泉かあ。でもここは秘境の温泉ーっぽいよね!」
 ヒルデガルダはそんな彼の物語に頷きつつも、周囲の木々や谷に心を馳せた。
「普通の温泉宿みたいなところしか入ったことがなくて、バラエティ番組で見てちょっと憧れてたのよね。せっかくだから入っていきたいけど、大丈夫かしら?」
「秘境……という訳では無さそうですが、ゆっくりと温泉が楽しめそうですね」
 ヒルデガルダの提案にエレスは一緒にモフモフしていたニャンコを手放した。
 やはり猫は現れるのが苦手なのだろうか? 子供たちと一緒に現われているような気もするのですけれどね。
「折角だし温泉に入って汗を流していこうかしら―?」
 括の言葉にそれは良いそれは良いと翼猫たちが言ったような気がします。
 本当はヒデとエレスの声真似ですけどね。
「括さん、お背中をお流ししましょうか?」
「あら? えーちゃんが背中を流してくれるのー? じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら! 勿論お返しもするわよ!」
 もうちょっとで納得しそうだったので、エレスは巧みに括を説得します。
「あーでも……大丈夫かしら?」
「女性陣となら一緒でもOKよー」
「温泉は……一人で入る方がリラックスできるから」
 括が念のために確認すると、ヒルデガルダは頷きオズは離れた方向に行きながらそれとなく頷く。
 そこには小川の様に漏れ出した温泉が流れており、足湯として使えそうだった。
 オズはメリュジーヌということもあり、長い尻尾を気兼ねなく浸したかったのです。
(「そういえば、尻尾を漬ける場合でも足湯と言うのだろうか?」)
 オズがそんなことを思っていた時、トトは一足先に温泉に浸かってニャーンと笑っていた。
 哲学は体験から悟る事もあると言うが、猫の身には足湯の深さでも温泉と同じである。
 ならば名称など別に構うまいと思うオズなのでした。
「括さんお肌が白いですね」
「えーちゃんは肌に弾力があって良いわよねー」
(「何かすごく敗北感があるわね? ……これからなのよ、これから!」)
 小屋で服を脱ぎながらヒルデガルダは、二人の一部を見て自らの同じ部位にそっと触れた。
 未来は誰にでもあるという言葉を思い出し、バスタオルを胸に世界へとヒデは飛び出したのです。
「……ん? 誰かが啼いている? そうかもね」
 オズは温泉までに道のりに、野の花とは違う色の花やその周囲の石だけが色違いなのに気が付いた。
 きっと誰かが花壇代わりに花を植え、目を愉しませるようにしたのだろう。
 積まれた医師もコンクリートとは違って風情がある。
 そこにはどんな物語があったのだろうかと、温泉でのみ出逢う老人たちの集いに想像の翼を広げるのであった。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2020年11月25日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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